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Kの短編集「SF的箱庭プラス」

キノコはささやく

作者: K

 男のささやかな楽しみはキノコの会話を聞くことだった。キノコが微弱な電気信号で特定のシグナルを発することはずいぶん前から分かっていた。そして、ついこの間そのシグナルを聞くことのできる機械が作られたのだ。


 値段は安く、尚且つ仰々しい装置もなく、ただ特製の電極をキノコの傘に取り付けもう一端をスマホにつなげるだけでシグナルをキノコ語に変換してアプリで教えてくれる。


 まずキノコ本体が必要だが、男はネットでなめこ栽培キットなるものを手に入れ、育てていた。なめこの菌床を水に一旦つけてしばらくしてから水を捨て、表面に土をかければ、なめこがたくさん生えてくる。


 キノコの呟きは様々だった。


 ある時は、「湿り気が足りないよ」。ある時は、「胞子を飛ばすよ」と、聞いていて飽きない。


 友人を家に招き、キノコの会話を聞かせたこともあった。


 友人は驚き、これは興味深いと熱心に聞き入っていた。


「このキノコ翻訳機はどんな種類のキノコにも使えるのか?」


「そうみたいだよ。君も買ってみたらどうだい?」


「そうだな。検討してみるよ」


 そんなキノコの会話を聞き始めてしばらく経った頃のことだ。

 

 聞き慣れない言葉が聞こえてきた。


「誰かが侵入してきたみたいだ」


「気をつけろ」


「新しい仲間だ」


「お前は誰だ」


 なんのことか分からない。


 だが、そうこうしているうちに、なめこの生えている土から妙なキノコが生えてきた。

 最初は胞子の塊のような形をしていたそのキノコは三日も経つと、大きな傘を広げて栽培キットに鎮座するようになった。


 なめこより二回り分くらい大きなそのキノコは、緑色の傘に白い斑点模様が鮮やかな特徴として現れていた。まるで某ゲームに出てくる残機を増やすキノコにそっくりだ。


 男はネットでそのキノコのことを調べた。

 見たこともないキノコだったのだ。


 果たして、特徴を書き込んでも分からずじまい。

 画像検索で調べようともしたが、一致するようなキノコは存在しなかった。


 一体このキノコは何者で、どこから来たのか?


 男は考えた。

 そしてアイデアが浮かんだ。


 このキノコの言葉を聞いてみたら何か分かるかもしれない。


 電極を緑の傘に刺し、スマホから聞こえてくる言葉に耳を傾けた。


「ここはどこだ?」

 

 キノコの第一声はそれだった。

 

「ここはどこだ?」


 この装置ではキノコの言葉を知ることはできても、キノコと会話することはできない。だから、ここは自分の住むマンションだとは教えることはできない。そもそも、キノコにそんなこと分かるとも思えなかったが。


 試しに、もう一本電極を用意し、なめこの方にも刺してみた。

 彼らがどんな会話をするか、興味があったのだ。


 なめこは言う。


「知らない奴が侵入してきたぞ。気をつけろ」


 謎のキノコは言う。


「ここはどこだ?」


 だめだ。会話になってない。

 それでも彼は夜な夜な、謎のキノコの会話を聞くのが日課になった。


 どこかでこのキノコの素性が分かるささやきが聞けるかもしれない。 

 そう考えるとワクワクしてきた。未知のものに対する好奇心だ。


 一週間くらいして、男はキノコのささやきに同じ言葉が繰り返されることに気付いた。


「森に帰りたい」


「森に帰りたい」


「森に帰りたい」


 その言葉を何度も繰り返している。


 男はこの森がどこか分からなかった。

 しかし、思い当たる節もあった。男の趣味はハイキングだったのだ。


 この一ヶ月間に男はいくつかの山にハイキングに出かけた。

 その時に体に胞子がついてしまい、栽培キットに紛れてしまったのではないか。


 同じことは男の友人にも当てはまる可能性があったが、彼は海洋研究者であり家と研究所を往復するような生活をしていると聞いたから、山に行くことはなかったはずだ。


 それならば、実際にキノコに聞いてみるのがいいだろう。

 男は、栽培キットをリュックに入れ、乾燥させないようにビニール袋をかぶせていざ山に訪れた。


 空気は涼しく、葉は色が変わり、もう秋がくることを予感させていた。

 展望台のベンチに座り、リュックから栽培キットと装置を取り出し、ビニール袋をのけた。


 キノコは呟いた。


「森に帰りたい」



 男はそれからいくつかの山を訪れ、キノコの会話を聞いてみたがやはり同じ言葉を繰り返すのみで、生まれ故郷の森に帰ったと思われる言葉はついに聞くことがなかった。


 結局、謎のキノコの正体は分からず仕舞いだった。


 ある日、友人が彼の家を再び訪れた。

 

「ちょっと見てもらいたいものがある」


 男はそう切り出した。


「面白いキノコが生えてきたんだ。ほら、これだ」


 テーブルに栽培キットを載せる。いまだにそこには例の謎のキノコが鎮座していた。

 男は友人の反応を確かめた。


「まさか・・」


 友人は驚愕の表情を浮かべた。

 それは男が思い描いていた反応とは違ったものだった。驚愕の度合いが違うのだ。普通はしげしげと眺めるくらいのものだろう。

 しかし友人は絶句していた。


「どうした? なぜそんなに驚いているんだ?」


 男はたまりかねて聞いてみた。

 すると友人は静かに答えた。


「これは俺のところで育てているキノコじゃないか。なんてこった」


 

 友人はことの顛末を話した。


「俺の仕事は知っているよな」


「ああ。海洋研究家だとかなんとか。詳しいところまでは知らないが」


「俺の研究している内容というのが海底下の生命圏についてなんだ」


「海底下の生命圏?」


「地球上にはたくさんの生物がいる。それぞれに暮らしている場所が違うが、中にはとても過酷な場所で生きている生物もいる。実は、ここ最近の研究で海底のずっと下、数百メートルまでたくさんの微生物がいることが分かってきたんだ。大きな生物はダメだよ。いるのは微生物だ。岩の隙間のキツキツの場所でなんとか生きながらえている。俺はそういう生物を調べているんだよ」


「なるほど。でもそれがどうキノコに結びつくんだ? 海底下にキノコが生えているわけじゃあるまい」


「ああ。三ヶ月くらい前かな? 研究室の同僚が東北沖の日本海溝の海底下1000メートルの場所から資料を持ち帰ってきた。この資料っていうのは海底をドリルで掘削して得られたものだ。ボーリング調査みたいなもんだよ。細長い円柱状の地層の中に、石炭でできた地層があった。キノコはそこの地層で胞子の状態で眠っていたんだ」


「そんな深い場所で胞子は生きていたのか!?」


「生命は案外丈夫にできてるんだ。そして俺たちはそのキノコの培養に成功した。雑菌の混入には気を使っていたが、まさか胞子が体について運ばれるとは」


「最近このキノコは「森に帰りたい」とばかり言うんだ。だが、石炭の地層ってことはその森はつまり」


「そうだ。もうこの世には存在しない。1000万年前に森は陸地ごと海に沈んだ」


 結局、キノコは友人が預かることになった。

 未知の生物だ。環境にどんな影響があるか分からない。このことはおおやけにはしたくないらしい。


 男は、栽培キットがなくなり少し寂しくなった部屋で太古の昔に消えたと言う森のことを思い描いた。


 タイムマシンがあれば帰れたかもしれないが、意味のない空想だった。


 そういえばこの頃、実家の方に顔を見せていない。

 たまには帰るのも悪くない。大事な故郷はいつ消えるとも分からないのだから。



 友人の研究室。

 友人は手に入れた謎のキノコに例のキノコ語翻訳機を取り付けている最中だった。


 実際にどんなささやきが聞けるか興味があったのだ。


 耳を澄ませる。

 そしてついに言葉が発せられた。


「愚かな人類のおかげで我々は様々な場所に胞子を拡散することに成功した。森に帰りたいと言うのはブラフだったのだ。手始めに昨日行った山で繁殖を開始しよう。我々は不滅だ」


 友人は息を飲んだ。

 今の言葉は?


 もう一度耳を澄ませる。

 しかし、もう二度とキノコは言葉を発することはなかった。


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