とある婚約破棄の顛末
「エイセル公爵令嬢!君とのこの婚約は、破棄する!!」
国王の御前。何人もの見慣れた貴族たちがいるこの謁見室の中で、婚約者である王太子のエドヴァルドはどこかで聞いたような台詞を吐いた。
対するわたくしは、遠く王家の血筋を持つ由緒正しきエイセル公爵家の長女シェスティン。幼い頃から王太子の婚約者として、日々厳しい妃教育を受けて来た。
近く18の成人を迎えるにあたり、いよいよ輿入れとなった今になってのこのお話……。殿下は一体何をお考えなのやら。
「――殿下、お返事は後にいたしますとして。まずはその理由について、お聞かせ願えませんでしょうか?」
わたくしは尋ねた。それは当然だろう。そうなるに至る覚えなど一切無いのに、いきなり婚約破棄するとだけ伝えられたのだ。きちんとした説明を求めたい。第一、この婚約破棄は非常に不可解である。
「理由?そんなものは特に無い!」
殿下は“王太子”らしく、堂々と胸を張り言い放った。わたくしは真顔になった。
「……はい?申し訳ございません。お声が遠いようでしたわ。もう一度、お願いいたします。」
わたくしは耳に手を当てて聞き返した。すると殿下は、ちょっと怒ったようにのたまった。
「だから、理由は特に無い!」
「…………。」
……『理由は特に無い』……。ちょっと何をおっしゃっているのか分からない。
この期に及んで一体何を隠そうというおつもりなのか。全く理解が出来ない……。
「……ええと…。どなたか、他に想う方がいらっしゃる、という訳では…」
「そんなもの、いる訳が無いだろう!」
「でしょうね。」
確かに殿下の傍らなど、この場にそれらしき令嬢の姿は見当たらない。というか、今ここにわたくし以外の女性がいない。大体、そんな噂も聞いた事が無い。だってあの方――…
「コホン。――では、わたくしがどなたかに嫌がらせをした、などというお話でもお耳になさったのでしょうか?」
「いいや。そんな事をしていたのか?」
殿下は怪訝な顔をして尋ね返した。
…それはそうだろう。何せ今のは仮定のお話だ。「そうだ」などと言おうものなら、わたくしは暴れていたかもしれない。そこはまともなようで、少し安心した。
「いいえ。」
「だろうな。私に構う暇は無いのに、他に構っている者がいたなど言語道断!今すぐにでもその者を引きずり出して、罰してやらねばならないところだ。」
「は い !?」
――いけない。思わず大きな声を上げてしまった……
やっぱり、まともでは無かった……。なぜか嫌がらせされた相手が罰せられるという理不尽。もう意味不明。もしもそんな方が実在していたら、不憫過ぎる。一体どうしたらいいのだろうか…………
「殿下はご乱心だー!!!」と叫びたい衝動に駆られてしまう。
わたくしが頭痛のして来た頭を押さえていると、殿下はとどめの一言を放った。
「とにかく!婚約破棄したいから婚約破棄をする。それが理由だ!!」
……『婚約破棄したいから婚約破棄をする』……。そういうのを、確か東洋の言葉で「禅問答」とか言うのではなかっただろうか……。もしくは哲学?それとも、これが世に言うマリッジブルーというもの⁇
……どうでもいいが、何て頭の悪い理由……
頭痛は眩暈に変わった。
ふと玉座に目をやると、国王はそこで悠然と構えて座っている。王太子のとんでもない言動を目にしてもなお、それを咎めようともしない……。
それはつまり、この婚約破棄を認めている、という事だ。
―――…そう。ならば、仕方がない。
「かしこまりました、殿下。婚約破棄の件、謹んでお受けいたします。それでは皆様、ごきげんよう。」
そう言うとわたくしはドレスのスカートを持ち、これまでの妃教育で培った「素晴らしい笑顔」と「美しいお辞儀」を見せ付けて、颯爽とその場を立ち去ったのだった。謁見室を出る時、目の端に入った貴族たちの薄ら笑いが気に障ったが、不問としましょう。
――… 今、 は。 ……ね。
お分かり頂けたでしょうが、わたくしは別に殿下を恋い慕ってなどいない。ゆえに未練は微塵も無い。むしろこれはわたくしにとって、ある意味好機でもあるのだ。
どうせ元々政略結婚。悲しくなどないが……
経緯の理不尽さに、憤りは、ある。
だから屋敷へ帰り着くと、そのまま父のもとを訪ねた。
「――お父様‼」
「おお、私の可愛いシェス!婚約破棄の件は、こちらも今連絡を受けたところだよ。……何という仕打ちを……可哀想に‼」
娘に対し少々溺愛の気がある父は大いに嘆き、悲しんでくれた。本来ならば家の心配をする方が先だというのに、この方は……。
不覚にも、わたくしはそれを嬉しく思ってしまった。
「お父様!婚約破棄などどうでもいいのです!それよりも、我が公爵家の威信を失墜させる所業、例え相手が王家であろうと決して見過ごす事は出来ません‼今こそ立ち上がるのですわお父様!!謀反を起こす時です!」
「むほん!?」
わたくしが声高らかに進言すると、父は青ざめながら声をひっくり返して慌てふためいた。
「ま、ま、待ちなさい……!い、いいかいシェス…理不尽にも殿下との婚約が破棄されてしまった事は、どんなにか辛かった事だろう。それは分かるが、いきなり謀反とは……。いささか性急なのではないかい??」
父は、言うのも憚られるような提案をしたわたくしを思いとどまらせようと、一生懸命に窘めている。しかしこれは気の迷いでは無く、ましてや報復などでも決して無い。わたくしは本気なのだ。
「いいえお父様。わたくし、どうやら殿下を買い被っていたようですわ。もっと賢い方だと思っておりましたのに、とんでもない痴れ者だったようです。陛下にしても同じ事。我が家との婚約がどういう意味を持つか、お二方ともよくお分かりだったはず。にも拘らずこのような事を……!」
――我がエイセル公爵家ははじめにも言った通り、遠く王家の血筋に当たる。ならば当然旧態依然を良しとする家柄と思われがちだが、その実は全くの逆。国のためになるのなら、新しきはどんどん取り入れるべきという革新派の家なのだ。
つまり、我が家との婚約を進めた王家は、その道を選んだはずだった。……なのに……!
「……もしかすると、陛下と殿下は旧態派に取り込まれてしまったのかもしれないな…。」
父がぽつりと呟いた。
「ええ。ですから、謀反しかないのです!このままでは我が国は、諸外国に大きく後れを取る事になるでしょう……。そうなれば、害を被るのは何の罪も無い民草です!ですからお父様、どうか王位の簒奪を!お父様は国王に、わたくしは王太子になるのですわ。我らにはその資格があります。同じ革新派など、付き従う貴族もいる事でしょう。時は来たのです‼ご決断を!!」
わたくしはそう言って、父の執務室の机をバン、と両手で叩いた。
「な、何て勇ましいんだシェスティン……。う…う~ん…………」
大丈夫。わたくしが受けて来た妃教育には、帝王学も含まれていた。王にもしもの事があった場合、いつでも代理が務まるように――。
わたくしはいつでも王太子に成り代われる。お父様だって、国王を務められるだけの力量は十分に持っていらっしゃるはず。少し気の弱いところはあるものの、それは王太子がお支えすればいいだけの事!
――…その後、父は「考えておく」と言ってその時の話は終わった。しかし、何か思うところがあるというお顔をされていた。じき、決断なさるだろう。
この話は決して口外しないようにと言われたが、そんな事はもちろん分かっている。わたくしは殿下のような愚か者ではない。
後はただ、その時を待つのみ――…。
しかし、異変は翌日から起こった。
「お…お嬢様っ!!」
血相を変えた侍女の一人が、わたくしのところへ飛び込んで来た。
「どうしたの、何があったの⁇」
彼女は、大事そうに持っていた箱をわたくしに差し出した。
「……これは、何?」
「それが……王太子殿下からの、贈り物だそうです……。」
「は…はい??」
……贈り物?殿下から??
わたくしは急いで中身を確認させた。すると箱の中からは――
「……首飾り……で、ございます……ね……」
戸惑ったように、侍女が言った。
「……そうね。」
もう一度よくよく確認させたが、それは毒なども付いていない、ただただキラキラと輝く普通の豪奢な首飾りだった……。これは……
「………手切れ金…、かしら……?」
「………さぁ………??」
他の侍女たちも皆、首を傾げていた。
その翌日。
「お…お嬢様ぁー!!」
「今度は何⁉」
「ま…また、殿下からの贈り物が……」
…二日連続の『元』婚約者からの贈り物……。
とりあえず、今日も中を確認させた。
「……耳飾り……で、ございます……」
「……耳飾り、ね……。」
爆発物なども、特に仕掛けられてはいなかった。
そのまた翌日。
「お、お、お嬢様ぁぁー!!」
「まさかまた来たの!?」
「来ました!!」
これで三日目……。少々狂気じみて来たが、仕方が無いのでまたもや中を確認させた。
「………靴です……っ!」
「………靴ね………」
……これは一体、いつまで続くのだろうか……。首飾り耳飾り靴と来て、もしも明日、また何か届くようならば中身は何となく想像が付く気もするが――…
イミガワカラナイ。
四日目。
やはり来た。
「………ドレスね………」
「………ドレスでございますね、お嬢様………」
しかも真っ白なドレス………。
「これは……一体、どういう意味なのかしら……??」
白……白……白と言えば…………
「――…まさか‼これはもしや、…“死装束”……という、意味なのでは!?」
一人の侍女が声を上げると、その場がどよめいた。
それは……『公爵家はもうすぐ取り潰しだ!この一式を着て棺桶に入る時を楽しみにしておけ!!』とでもいう事??
「!?何それ怖いのだけど!?!」
使用人たちと一緒に、思わずプルプルと震えてしまった。
……殿下はなぜ、そんな事を…。そこまで恨まれる覚えなんて無いのに!!
「――ところでお嬢様。こんな時に申し訳ございませんが……このドレスを含め、これまでの贈り物の処理についてはどういたしましょう?」
侍女の内の一人が気まずそうに、そう尋ねて来た。いけない、わたくしとした事が。少々取り乱してしまっていたようだ。情けない!
仕切り直しとして一度咳払いをすると、姿勢を正して考えた。
「そうねえ…。縁起が悪そうだから捨てる、と言いたいところだけれど――そんな事をしたら、何かがありそうで余計に怖いわ。それに今後、どこかで役に立つ時が来るかもしれない。取っておいてちょうだい。」
「かしこまりました。」
――さて。
明日もまた、何か来るのだろうか……。全くもって、楽しみでは、無い。
「どうしたものかしらね……」
わたくしは長い溜息を吐いて頭を抱えた。
するとそんなところへ父の使いが来て、その執務室へと呼び出された。
「シェスティン、私もついに腹を括ったよ。謀反を起こす事にした!」
「まあお父様!それはご英断ですわ!!」
「明日辺りから、革新派の者たちへ決起を促す連絡を始める事にする。」
……ついにお父様が立ち上がられた!わたくしもこうしてはいられない。これから忙しくなるわ‼
わたくしは気持ちが高揚していた。だからついうっかりして、「例の件」の事を綺麗さっぱり忘れてしまっていたのだ……
翌日。
「お、お、おおおおじょうさま〰〰〰ッッ!!!」
これまでに無いほど常軌を逸した様子で、顔面蒼白の侍女が転がるようにして走って来た。そして目の前で本当に転がって倒れたまま、立ち上がれなくなっている。
「なっ……どうしたの!?」
彼女を起こしてやったその時、ようやく思い出した。
「…………また、来たのね……??」
ごくりと唾を飲み、わたくしは尋ねた。
侍女は口も利けなくなるほど動転しながら、もげるのではないかという勢いで激しく首を上下に振り続けている。
「そう……。」
それにしても、我が家の侍女がここまで動揺するなんて。今日は一体、何が送られて来たのだろうか……。もう、恐怖でしかない。
すると彼女は腰を抜かした状態のまま、ブルブルと震える指で廊下の先を指した。
「あ…あ…あちらに……いらしていますっ!!」
……いらしている……??
胸騒ぎがしたわたくしは、心の準備をする暇も無く、急いで案内された部屋へと向かった。
そして勢いよく扉を開けると――
「やあシェスティン。元気にしていたかな?」
……我が家の応接室で、大きなソファに優雅に腰を掛け……。にっこりとした笑顔を携えたエドヴァルド殿下が、そこにいた……。そしてその対面には――…
「お父様!?」
蛇に睨まれた蛙とでも言うのか……震えながら身を固くしているお父様もまた、そのソファにいた。……これは…一体、どういう状況なの⁇
「そんな所に立っていないで。さあシェス、こっちへ来て座るといい。」
殿下が青い顔をしたわたくしに笑顔で声を掛けて来るので、仕方なく彼らの側に行くしかなかった。そして同じようにソファに腰掛けた。
「さて。早速だが本題に入ろうか。――君たち、謀反を起こそうとしているね?」
「!?!」
殿下はにっこりと笑ってそう言った。わたくしとお父様は、思い切りビクついてしまった。
「あぁ、別に咎めようだとか家の取り潰しに来たとかいうわけではないから、安心して。ただ、それを今すぐに撤回して欲しいだけなんだ。」
にこにこと穏やかに言っているところが空恐ろしい……。理由も無く婚約破棄したいなどと言い出すから、あの時は父子共々とんでもない馬鹿だと思ったが――…。
わたくしは元々、この方の事を買っていたのだ。
エドヴァルド王太子殿下は、聡明な賢王になると思っていた。だからこそ政略結婚で愛など無くても、将来王妃として支えて行くつもりでいた。……その根底が覆されたのだから、あっさりと見切りを付け、婚約破棄も受け入れたのだ。
だが……
その根底が覆っていなかった、としたら……?
「――そう、怖い顔をしないでおくれ。シェス。」
殿下はさっきまでのにこやかな笑顔ではなく、その裏に何かを秘めた笑みを浮かべている。この男は、確実に何か良からぬ事を企んでいるに違いない。
……悔しい……わたくしたちは嵌められたのかもしれない……!!
「ああシェス!そんなに強く唇を噛んだら血が出てしまうではないか…」
その時、わたくしは顔に触れようとして来たエドヴァルドの手を振り払った。
「触らないで!!自ら婚約破棄を突き付けておいて、ふしだら極まりありませんわね‼」
そう言ってキッと睨むと、彼は弱ったような顔をした。
「シェスティン……。きちんと事情を説明をするから、機嫌を直しておくれ……」
「…事情??」
怪訝な表情で聞き返すと、殿下はこくりと頷いた。――そして、事の次第を話し出した。
「私と君の婚姻を良く思わない者たちがいる事は知っているね?」
「ええ……旧態派の方々でしょう?」
「その通り。もっと言えば、その中の反革新派だ。その者たちが――…」
ここ最近、結婚が間近に迫った事で焦り出したらしい。それで、あの手この手を使って何とか阻止しようと画策を始めた。旧態派の令嬢を使っての色仕掛けは日常茶飯事、中にはわたくしを暗殺しようと目論む動きまであったそうだ。
「――…このままでは君の身が危ないと思い、あの婚約は破棄してやったんだよ。彼らの言う通りにね。案の定、向こうは有頂天になっていたわけだが……そんなもの、後からいくらでも結び直せるというのにねえ?」
クククと笑う殿下の話には若干気になる部分があったものの、そこは聞かなかった事にして話を進めた。
「つまり……婚約破棄はわたくしのためだった、という事?」
「まあね。」
「……それならそうと、一言おっしゃればいいものを……。それに、そんな気遣いは無用ですわ!簡単に暗殺されるようならば、それまでのものだったという事でしょう。わたくしは、やられる前にやります!」
だからこそ、父に謀反をと勧めたのだ。元々、国の発展の邪魔をするような旧態派…いや、反革新派は排除しなくてはと思っていた。謀反の際にも、それらを一掃するつもりでいたのだ。…それにしてもわたくしの暗殺とは……おのれあの者どもめ、どうしてくれようか……!!
ハッと気付くと、わたくしは組んだ指に力が入り、険しい表情をしていたらしく眉間が疲れている。いけない、と思って殿下の顔を見ると……
「素晴らしい!ああ……それでこそ君だ!!」
…………。
うっとりとした顔をするな、この元婚約者が!
「それで?なぜ謀反を取り止めろとおっしゃるのです。このまま旧態派の好きにさせておけと??ご冗談を!」
無理やり話を戻すと、殿下も表情を戻した。
「いやいや、まさか!一瞬だが良い夢を見せてやったんだ。もう十分だろう?だから――…すでに皆、ご退場頂いたよ。」
「えっ……??」
それは一体、どういう……
「君とのあの婚約を破棄してからの四日間。大急ぎで反革新派を洗い出した。……と言っても連中は婚約破棄に浮かれていたから、楽に大勢釣る事が出来たけどね。理想を語るだけの旧態派には可愛げがあるが、国を衰退させる事を良しとする反革新派は害悪だ……。それを五日目の今日、一斉に捕らえてやった。容疑は王太子の婚約者暗殺未遂。及び国家反逆罪だ。これで王宮の中は綺麗になったよ。」
そこまでの話を聞いて、わたくしは体から力が抜けた。
これこそが、殿下の本当の狙いだったのだ。その事を陛下もご存知だった。だからあの時、何もおっしゃらなかったのね……
それに思い至らなかったとは……。完敗だ。いや、理由なき婚約破棄からそれを悟れというのは、少々無茶な話なのだが。
「……ン!?ちょっと待って。」
わたくしは何か忘れているような気がした。……思い出さない方が良いような気もするのだが……
「うん?どうしたの?」
殿下が笑顔で返事をした。わたくしは……何となく、座る場所を少しずつ彼の方から遠ざけるようにして尋ねた。
「そういえば……あの贈り物は、一体……?」
作った笑顔が引きつってしまう……。どうも、嫌な予感がするのだ。
すると殿下は素晴らしい笑顔で答えた。
「そんなの決まっているじゃないか!君の花嫁衣裳だよ!!」
「!!!」
やっぱりそっちか―――…!!
…………そうなのだ。こっちにとっては単なる政略結婚なのだが、あの方は、わたくしの事が好き過ぎる……。
だから、婚約破棄など不可解だと思ったのだ……
「確かに“あの婚約”は、破棄した。だから改めて婚約し直し……いや面倒だ、そんなものは飛ばしていっそもう結婚してしまえばいい!そのために急いで反革新派を一掃したのだから……」
……『そのために急いで一掃した』……。政敵ながら、同情してしまう。つまり彼らは、王太子の個人的な事情により“急いで”一掃されたのだ……。せめてもう少し慈悲と言うか……まあいいか。わたくしを暗殺しようとしたのだし。
それよりも、問題はこちらだ。
「さあシェスティン!これで私たちの仲を邪魔をする者はもういない!早く王宮へ行って今すぐにでも式を挙げようではないか!!」
熱すぎる情熱が怖い。
わたくしはぐいぐいと迫り来る殿下の前から逃げ出した。
「あッ‼――エイセル公爵、貴殿はいつまでも固まっていないでシェスを捕まえるんだ!!」
「ぇえっ!?シェ、シェス、待ちなさい……」
「ヒイィィィィッ!!お父様を巻き込まないでっ!!」
……王太子としては買っているが、わたくしはエドヴァルドという人間のこういうところが苦手だ。「婚約破棄」も、理不尽さには憤ったが、実は内心喜んでもいた。
もうこうなれば、破棄したままでよし!!
――しかし後日、わたくしはあの死装束…じゃなかった花嫁衣装を身に着け、結婚式を挙げていたのだった……。
ハア……。捨てておけば良かった。
――完――