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成上夜千香


 「―――なんてこった。本当に起きちまったのか、、、」

目を見開き口を半開きにした状態で少年はそう言った。そのような状態になるのも仕方がない。現在の日本では考えられない光景が広がっていたからである。奇抜な格好、金髪や赤髪、青髪などの派手な髪色、そして頭から生えた耳、背中から垂れている尻尾、中には鋭い牙が口元に確認できる者もいた。日本にもいるような普通の人間もいるが、制服姿やスーツ姿などの人は一切見られず、みんな鎧やマント、ローブなどを羽織っている。

この異質な光景を目の当たりにし、少し沈黙したあと少年は言った。

「これが噂の異世界転生か」 



成上夜千香は、日本に存在する公立高校に在籍する十七歳の高校生であった。兄弟はおらず、一人っ子ということもあり、とても甘やかされて育った。友達はあまりおらず彼女はできたことがない。学校がない日は趣味に没頭しておりアニメ、漫画、ゲームの繰り返しで一日が終わる。「外に出たら負けだ!」というほどの絵に描いたようなインドア派である。しかし、そんな彼が一番熱中していたのは他にある。一日中家で過ごす彼が、始発に家を出て終電で帰ってくるという、極度のインドア派から極度のアウトドア派に転生してしまうほど熱中しているものがある。

―――アイドルだ。

彼はアイドルのこととなると人がかわる。朝六時にはグッズの列に並びお小遣い全部使って買い占め、ライブ中にはインドア派とは思えないくらいの声を出し、コールや合いの手なども一言一句間違えず完璧にこなす。ライブが終わったあ後は、終電までの時間ライブ会場の外で一人呆然と立ち尽く夜空を見上げ、ライブの余韻浸る。そう、これが彼の真の姿

―――アイドルオタクである。



俺、成上夜千香がなぜ異世界転生したのか、その説明をしていこう。

2021年12月25日、俺は大好きなアイドルのクリスマスイベントにのために秋葉原に来ていたのである。

「今日のゆいゆいもかわいかったなぁ」

夜空を見上げ天にそう言葉を吐き、誰も残っていないイベント会場で余韻に浸っていた。ちなみに「ゆいゆい」とは俺が超絶的に応援しているアイドル、、、つまり推しメンである。

黒髪セミロングのサラサラな髪、キラキラと輝いてる瞳、8頭身という全女性陣が憧れるスタイルを持ち、そして「悪魔的にかわいい」アイドルの鑑のような人物なのである。と、「ゆいゆい」の話をするとそれだけで小説が終わってしまいそうなくらい語ってしまいそうなためここまでにしておこう。

 「終電の時間近いしそろそろ行くか」

名残惜しそうにイベント会場を見つめてから俺は会場を後にした。駅までは20分くらいかかるが俺は近道を知っているのでその道から帰ることにした。この道は人通りが少ないので周りを気にすることなく、イベントで披露された曲を口ずさみながら駅に向かっていると、誰かが走るような足音とともにとても可愛らしくてどこか聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。

 「すみません!」

その声に少し驚きながらも振り向き返事をした。

 「は、はい!」

するとそこには手を膝につき顔を下げている女性の姿があった。息遣いが荒く背中が上下に揺れていたのでここまで走ってきたのが窺えた。息を整えているのか喋る気配がないのでこちらから声をかけた。

 「あのー、大丈夫ですか?」 

 そう声をかけて少し経つとようやく息が整ったのか、その女性は顔をあげながらこう言った。

 「いきなりすみません!助けてくださいっ!」

 そう言うと彼女は、とても綺麗に輝きしかしどこか怯えているような瞳で俺の目を見つめてきた。俺はその瞳を見つめたまま驚きで動くことができなかった。ぜならその女性に見覚えがあったからである。

 「あ、あの助けてくださいっ!」

その聞き覚えのある綺麗な声に驚きをかくせぬままこう答えた。

 「ゆ、ゆいゆい?」

俺が驚いたのもしょうがない。いきなり女性に助けを求められたから驚いててるのではない。普段家でダラダラ過ごしている友達の少ない童貞の俺が、女性から声をかけられたからでもない。俺にいきなり助けを求め今俺の目の前にたっているのが、正真正銘俺の推しメン「ゆいゆい」だったからである。

 「ゆ、ゆいゆいがなんでこんなところに???」

俺は彼女が目の前にいることが信じられず質問を投げかけていた。しかし、彼女は質問には応えず震え交じりの声でこう言った。

 「助けてください!男の人に追われているんです!!」

 そういうと彼女が走ってきた方から小太りの中年の男が歩いて近づいてくるのが見えた。みるからにアイドルオタクであろう。  

 「あ、あいつですか?」

 「そ、そうです」

これは漫画とかでよくある展開だと思った。大抵のかっこいい主人公はここで多くは語らず華麗に敵を倒す。俺も主人公になる時がきたんだと思い、ゆいゆいを庇うように前にでた。

 「俺に任せときな!ゆいゆい!」

決まった。これであの男を倒せばゆいゆいにかっこいいところを見せられる。しかし、休みの日は家で一日を過ごすアイドルオタクの俺はもちろん喧嘩はしたことない。だが俺には絶対に負けない自信があった。なぜなら、相手の男も同種族だからである。しかも太っているので動きにも制限がある。負けるはずがない。

 「だ、だれだ!お、おまえ!」

小太りの男がオタク特有のきょどり具合でそう言った。

 「俺か、俺はゆいゆいのナイトさ」 

今思うととても寒いセリフを吐いたと反省している。

 「ナイトだと?ゆ、ゆいゆいは僕のものだ!」

この自意識過剰小太りオタクはやばいやつだと確信した。こういう勘違い害悪オタク野郎のはガツンと言ってやるしかない。

 「ゆいゆいをこんなに怯えさせてるやつが何を言ってるんだ。お前なんかオタクの恥だ。この小太り野郎!」

 「う、うるさーーーい!」

やばい。調子にのって小太り野郎とか言ったからさすがに怒ったか。

 「僕は、オタクじゃなーーーい!」

そう怒鳴り男は俺のほうに突っ込んできた。みんな思ったであろう。

「小太りなのは認めるんかい!」と

 俺は体勢を整えた。男が距離を詰めてくる。その時だった。

 「気、気を付けてくださいっ!」

ゆいゆいが俺の心配をしてくれている声が聞こえた。その声のおかげで体の底からパワーがみなぎってきた。俺はこぶしを握り締めファイティングポーズを取った。

 「大丈夫さゆいゆい!こんなやつ一秒もあれば、、、」

俺はかっこよく秒殺宣言をしようとしたが、それはゆいゆいによって遮られた。

 「違うんです!その人、刃物持ってるんです!!!」

 「え?」

男は駆け寄りながらポケットから刃物取り出した。

 「に、にげろーーー!!!」

俺は小太りオタク野郎に背中を向けゆいゆいの手を引っ張り一目散に逃げ出した。

 「え、えええええ!」

ゆいゆいは驚きながらも俺に手を引っ張られ走り出した。ここから人通りの多い道までは

曲がり角は多いが一本道だ。距離にすると300mくらいだろう。ここを抜ければ助かる、そう思いながらひたすら走った。

 「ゆいゆいきつくないかい」

 「は、はいっ」

ピンチの時も女性の体調に気を遣う紳士な男ですよアピールを入れつつひたすら走った。

推しメンと手を握りながら人通りの少ない道を駆け抜けている。こんなスペシャルイベント状態にもう死んでも悔いはないと思いながら角に差し当たった。

 「ゆいゆい角曲がるから、転ばないように気を付け!」

 「わ、わかりました!」 

どんな時も冷静で相手が怪我しないよう気遣う紳士な男ですよアピールを入れつつ角を曲がったその時だった。ガタンッ!という音とともに俺の視界に地面が急速に近づいてきた。

 「痛っっっ!」

そう。こけたのである。曲がり角を曲がったすぐのところに段差があったのだ。

 「大丈夫ですかっ!!」

 「だ、大丈夫大丈夫!このくらい平気だから!!」

そう言って立ち上がろうとした瞬間だった。

 「痛てててて」

 右足に激痛が走った。転んだとき足を挫いたのだろう。

 「足、痛むんですか?」

 「す、少しだけね」

とは言ったもの立つのがやっとである。大通りまではあと直接で100mほどだ。歩ききれない距離ではない。

 「もう大通り見えてるから、ゆいゆい先に行きなよ」

 「で、でも」

 「俺も後から歩いて行くからさ」

そう言いながら足を引きずるように前へ進むと 

 「全然歩けてないじゃないですか」

 「大丈夫だからはやく行って!あいつが来る前に!」

 「で、でも、、、こんなところで見捨てるわけにはいきませんよ!」

ゆいゆいはそう言うと俺の腕を自分の肩に回しかばうように歩き始めた。

 「なにしてんの!」

 「私が巻き込んだんです。あなただけ残してはいけません。」

 「ご、ごめん」

二人は少しずつだが大通りに向かい歩を進める。一歩一歩と歩き、そして大通りまであと50メートルぐらいのところに差し迫ったところで

 「や、やっと追いついたぞぉ!」

声の方を振り返ると、汗だくの小太りオタクの姿があった。

 「くそ!あと少しなのに!」

 「うそ、どうしましょう」

小太りオタクが一歩一歩と近づいてくる。このままでは大通りに出る前に追いつかれて二人とも殺される。

 「ゆいゆい!」

 「は、はい!」

 「俺が時間を稼ぐから走って逃げて!」

こうなったらゆいゆいが大通りに辿り着くまで少しでも時間を稼ぐしかない。

 「何言っているんですか!そんなことできませんよ!!!」

 「君はこんなところで死んじゃだめだ!これからもみんなに元気と勇気を与えなきゃいけない存在なんだ!」

 「な、なに言ってるんです、、、」

 「いいからいけ!!!」

 彼女の言葉を遮るように怒鳴りつけた。諦めがついたのかこう言い残して彼女は走り去った。

 「絶対に、また!絶対に生きてまたイベントに来てくださいね。夜千香くんっ!」

 彼女は振り向き大通りへ向かって走っていく。彼女の背中がどんどん小さくなっていく。それを見ながら俺は涙が止まらなかった。決してこれから自分が男に刺され死ぬのが怖くて泣いているのではない。

 「名前、知っててくれたんだ、、、」

名前を推しメン覚えてもらうこと、それはアイドルオタクにとってとても幸せなことなのだ。俺は嬉し涙で視界がにじむ中小さくなっていく背中を最後まで見続けた。

 「ぐさっ!!!」

そして俺は刺された。痛い。痛すぎる。叫びだしそうなくらい痛い。しかし俺は叫び声をあげず彼女の背中を見続け。せめて彼女の安心が確認できるまで。痛みで意識が飛びそうだが

まだ死ぬわけにはいかい。そして彼女の足が止まった。大通りに出たのだろう。 

よかった。これで死ねる、そう思い目を閉じようとしたとき彼女がこっちを振り返った気がした。

「まったくほんとに悪魔的に推せるアイドルだぜ」

俺は、最後にこう言い残して視界が真っ暗になった。




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