表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/59

7.クソ田舎マルブリーツェの新S級冒険者

1/21

「ピルド!久しぶりだな。新聞見たぞ!こんな田舎でS級になるなんてすごいじゃないか!」


 4階までに余裕で収まる客数だと予測していたので、ここ5階は新人S級冒険者ピルドの貸し切りにするつもりであった。その配慮は新人のS級は与し易いだろうと考える不届き者への対策の為なのだが、予想客数をかなり超えてしまったので5階の10部屋を一般開放している。つまり貸し切りに出来なかった。


 不届き者への対応としてはピルドに5階最奥の部屋を貸している。

 初めて5階を使用したので、ここまで来たかと宿の成長に喜びを覚えた。それと同時にVIPが来た時にいつでも使えるよう、増築も必要かなと考えていた。

 そしてちょうど今、目の前にいるのがVIPである。


「バードンさん!お久しぶりです。ご挨拶に伺おうかと思ったんですが、忙しそうだったので、すみません」


「ああいいよ。それより今後はどうするんだ?いつまでもここにいる訳にはいかないだろ?S級ともなれば王都から依頼があるだろうし」


「バードンさん、僕がずっとここにいる理由分からないんですか?」


「そりゃあ、この街が好きだからとかじゃないの?」


「違いますよ!こんな田舎早く出ていって王都でウハウハな生活したいですよ」


「お、おう。ならさっさと行けばいいだろ」


「憶えてないんですね。まぁ、期待はしていませんでした」


「ヒドイ言われようだな。ならなんでここに残ってるのか聞かせてくれよ」


 近くにあった椅子を引っ掴み腰掛ける。ピルドは直立のままだ。座ればいいのに。


「バードンさん、約束通りS級冒険者となりました。弟子にしてください!」


 腰を直角に折り曲げるピルド。

 何の話だ?うーん、いやそんな約束した憶えないぞ、絶対ない。


「意味がわからん。そんな約束してないだろ」


「しましたよ!アーリマとミリスが証人です。アーリマだけパーティーに入れて、僕にはこう言いましたよ!S級になってからな!ってね!」


「ふーん。アーリマはあの時から才能が凄まじかったからな。だから連れてったけど、お前とそんな約束したかー?」


「はい。間違いありません。誓約しておけばよかったと後悔していますが、口約束でも約束です。お願いします」


「ほれ、今の俺見てみ?余裕で倒せそうだろ?わざわざ弟子にならなくても……」


「いえ、なります!オールラウンダー界のスーパースター。僕は、僕だけは分かっていますよ。バードンさんは最強だと」


「そこまで褒められると悪い気はしないな。でもな、俺が何を教えられるよ。冒険者学校とか魔法学校とか、武術道場とかに行けばいくらでも教えてくれるぞ?なんせS級なんだから。金払ってでも来て欲しいだろうに」


「いくつもオファーはありました。王都の王立魔法学院や、国立冒険者学校で宣伝してくれたら、授業料免除とか高待遇で指導者にしますとか。それから研究職やギルドへの指名依頼やらとにかく沢山来ました。ですが、全部断りました。もちろん弟子になる為です!」


「――いやバカじゃん。目が恐いって、ちょっと待ってくれ。うーん、本気か?俺はここから出る気がないんだぞ?」


「その理由は気になりますが、それでも構いません。ここでウハウハな生活を手に入れます。芋娘でも我慢出来ます!」


「お前、なんちゅー事言うんだ。絶対女の子の前で言うんじゃねえぞ。ウハウハどころかボコボコだからな。そこまで言うなら……」


「ありがとうございます!師匠!」


 黒のサーコートがはためくほど、ベッドの上で踊り狂うピルド。茶髪にソバカスの顔も相まって子供にしか見えないが、ピルド・イバタカンサ、御年23歳である。


「ピルドよ。まずは落ち着け!それと、さっきも聞いたけどこれからどうするんだ。家族はこの街にいるんだろ?」


 ベッドから飛び降り取り繕うように片膝をつくピルド。たぶんそれ師弟というより主従だよ。


「これからですか?家族はそのまま暮らしますし、僕はここで住み込みかと思ってましたが違うんですか?」


「ん?家がすぐ近くにあるならそこに住めよ。なんでわざわざここなんだよ」


「そりゃあ師匠ですから。行き来するよりここで僕が師匠のお世話をしたり、師匠から教えを授かったり何かと都合がいいですよね?」


「お世話って、お前に世話される事なんてないわ。金払え。割引はしてやる」


「し、師匠。もしかして金欠ですか?僕も金欠なんですよー。やはり師弟ですね」


「金欠じゃないわ!お前働いてないのか?S級ならすぐに稼げるだろ」


「フッ。芋娘達が群がってくるのでね、仕方なく」


「お前、毟り取られてるじゃねえか。ったく。弟子の前に金の管理から教えなきゃならんか……あっ」


「なんですか師匠!何か教えを?」


「いや、教えでは……いや教えだな、うん。俺の親友にリーンピム・ホロトコ・カワギシって奴がいる。知ってるか?」


「変わった名前ですね。申し訳ありません。有名な方ですか?」


「あーーーーいやまあその手の人間には有名だな。そいつは王都出身の切れ者でな、金の管理も教えてくれるし、魔法も達者だ。それに美人だぞ」


「――僕はそんなにチョロくないですよ。弟子は辞めません。そして真の教えはなんですか?」


「弟子を辞めてほしい訳じゃない。その女性はカリーニングを活動拠点にしててな、俺に来て欲しいと言っていたんだが、時間的に厳しい。だから俺と同じ、いや俺以上の実力者で、しかも信頼できる者を向こうに送りたかったんだが、なかなか見つからなくてな。そこでどうだ?美人の元で生活出来て、俺も相当困ってるんだ。師匠として命令してもいいんだが、お前にとって悪い話ではないと思うんだよな。ほれ、ここを出て学んでこい!」


「師匠。僕は弟子であってパシリではありません」


「いや、似たようなもんだろ。何かを学びたいなら、リンから学べ。商人もやってるからその辺も学べる。さっきも言ったが、魔法も達者だからな。アイツ魔法は得意だが、腕っぷしは幼児並みの弱さなんだ。その辺はアイツ自身も分かってるが、もしもがあるだろ?」


「護衛しろと?」


「護衛とまでいかないが、気にかけてやってくれ」


「畏まりました。その任、拝命致します」


「へ?いいの?」


「もちろん!教えではありませんが、師匠からの初めての試練です。師匠の親友の護衛、必ずや果たして参ります。ところで、期間はどれほどでしょうか」


「あ、ああ、とりあえず1年?とりあえずな。詳しくはリンに聞いて欲しい」


「畏まりました。では失礼」


「いやいやいや、今から行くのか?」


「逆にいつ行くんですか?」


「明日でいい!今からリンに連絡して宿とか色々手配してもらうから」


「そうですか。では準備をしておきます」


「家族に報告は?」


「既に話はしてあります。バードンさんの弟子になると小さい頃から言っていたので、何も言わずとも大丈夫です」


「本当に約束したのか?俺……」


「ええまあ、気にしないでください、僕の印象が薄いせいですよ」


「お前、わざと卑下してるな。俺の良心を……」


「ところでカリーニングなら4州越えるんですよね。最短だとベイ、スフミ、アサティンゴ、ベイジのルートですか」


「だな。この街から出たことないのによく知ってるな」


「当然ですよ。出たことないから調べまくったんです。いつか出られる日を夢見て」


「――いや絶対に約束してないと思うけど、でもゴメン」


「その謝罪、受け入れましょう!」


「お、おん。関所を通る時の金は用意するから、心配しなくていいぞ。それと、少ないけど金はある程度持たせるから好きに使ってくれ。メシ代はリンが払うから金は要らないだろうけど、まあ持っておいた方がいいだろう」


「師匠!やはりあなたが師匠で良かった!」


「やっぱ、お前破門にしようかな。準備はしとけよ。明日の朝には出発してくれ。俺は連絡入れてくる」


「分かりました!」


「あ、連絡用の魔石ってあるか?」


「一応持ってます。遠方へ出向く機会がやっとできたので、初めて使います。幼い頃にコツコツ貯めた小遣いで……」


「分かったもういい。次俺の心を弄んだら破門な」


「畏まりました。当分は封印します」


「当分、ですか」


 弟子にしてよかったのか?でもパシリで使えそうだし悪くないか。既にS級なんだ、教えることないだろ。頑張ってこい愛弟子!



 一階に転移して執務室に向かう途中、エントランスホールで冒険者と話し込むユーリがいた。

 昨日の今日なので心配していたのだが、やけにテンションが高い。明るくなったというより、張り切っている。活発的になっているのだ。落ち込むよりは……とも思ったが、逆にというパターンがあるかもしれない。

 まあ避けられたりしてるわけじゃないから、大丈夫なのだろうか。よく分からん。


「お父さん!ピルドさんと話してきたの?」


「おう。明日の朝にはここを発ってリンの所へ向かってもらう」


「向かってもらう?何か用事をお願いしたの?」


「あー、お願いというか、弟子になりたいって言ってきたから、師匠としてお願いした感じだな」


「それって強制じゃん。へぇーホロトコさんのところにね」


「ん?リンに何か用でもあるのか?」


「ううん、何でもない。405号室の掃除してくるねー」


 何だ今の顔。何でもあるだろ、絶対なんか企んでる!リン?ピルド?あんまり関わりがないはずだが、何をする気なんだ?

 うーん……いや、一度決めたんだ静観しよう。

 何か抱えているなら、ちゃんと相談してくれるはず。でもなー親に相談し辛い事もあるから友達が必要だよなー。外に出さないから……

 いやたまに冒険者の子供が泊まることもある。それはそれで問題か。冒険者になるとか言いそうだし。


 悶々としていると深夜組がやって来た。もうこんな時間か。


「バードンさーん、例の新人連れてきたわよ。ほら挨拶なさい!」


 整えられ刈り込まれた髪と、やけにニコニコした好青年はケリーの後ろからひょっこりと姿を表し一礼。


「ウネツ・ワンと申します。こんなゴミ人間を雇って頂き誠に、誠に、誠に誠にぃぃ」


「う、うん。いいよ。よろしくね」


「ありがとうございまぁぁぁす」


「――うん」


「バードンさん、調子狂うでしょ?あんまり付き合っちゃダメよ。適当にあしらっていいから」


「なんとお呼びすればよろしいでしょうか。閣下!バードン様!殿下!国王陛下!あなたは何者ですか?」


「む、ムチャクチャだな。大丈夫なんだよな?なんか心配になってきた」


「大丈夫!アタシよりも研究バカで会話もマトモにできないけど、仕事は真面目にやってくれるわ」


「そうか。スカーレットが言うから信用するよ。ワンさんよろしくね」


「どうか、どうかぁぁぁぁ、ゴホッゲホッ、どうかぁぁぁ」


「咳き込むぐらい喉に負担掛かってるんだよ。落ちついて、頼むから」


「畏まりました。私のことはウネツとお呼び下さい」


「普通に喋れるのね。分かった。ウネツ君よろしく頼む。仕事内容は、スカーレットに教えてもらって。無理しなくていいから頑張ってね」


「かぁぁぁぁぁしこまりました!」


「――――俺寝るわ。スカーレットあとよろしく」


 次の日の疲れまで一気に来たようで、すぐにでも眠りたかった。立ち上がろうとすると……


「バードンさん!ちょっとお話があるんですけど」


「ん?どうした?」


「明日から4日お休みが欲しいんです。母が体調を崩したみたいで。急でごめんなさい」


「マジか。お母さん大丈夫なの?」


「体調崩した事がないので、過剰に反応してるだけだと思います。一人暮らしだから心配で」


「構わない。必要なら追加で休み取ってくれていいから、その時は連絡してくれ。それとお大事にって伝えといてくれ」


「ありがとうございます。伝えておきます」


「それじゃあ、明日からウネツ君の事はクーさんにお願いしないとな」


「アタシから話しとくから、バードンさんはもう休んでいいわよ」


「く、口調が変わった。色々発見があるものだな。クーさんに伝えるのもよろしく。あ!実家で道具の解析ってできるか?実は、とあるブツを仕入れてだな」


「あら何?ヤバそうな匂いがプンプンするわ」


「スカーレットの部屋に明日の朝届けるから解析して欲しいんだが、頼めるかな?礼金も払うつもりなんだけど、相場がわからなくて、いくらぐらいになる?」


「バードンさんは研究者魂を分かってないわね。タダでいいわ。暇つぶしにもなるし。期限はあるかしら」


「いや、特に無いな。スカーレットの古巣の物らしくてな、よろしく頼む。俺は寝るから、あとよろしく」


「は~い。おやすみなさーい」


「ちょぉぉぉぉぉっと待った!」


「嘘だろ。どうしたウネツ君。俺は眠りたいんだが、緊急かな?」


「主よ。そのブツとやら私めに解析させては頂けぬか?我の魂も疼いて仕方ないのでござる」


「いやースカーレットに頼んだし、また今度ね。おやす……」


「先輩!ここは古巣のよしみでござろう?我もあの魔窟にて忌避された身、研究し足りぬでござるよ。何卒、何卒!」


「俺、帰っていいか?」


「んもう、分かったわ。アタシは今研究中の物もあるしウネツ君に譲っちゃう」


「流石、我が同胞(はらから)にござるよ。この御恩、末代まで伝えまする」


「いいのよぉ、大袈裟ねぇ」


「おやす」


「という事で、主上!大船に乗ったつもりで、吾におまかせを!」


「うん任せた。明日の朝ウネツ君の部屋に届けるよ。もう他には、無いね。俺行っちゃうよ?いいね?」


「ああ、吾の古巣での境遇を主に伝えておらなんだ。何たる失態。吾輩はかの国立工具道具製作庁に勤めておりやした。先輩とは同期でございやすが、何かと面倒を見ていただいておりやしてね。その節はかたじけなき思いでいっぱいにございやす」


「なあ、聞かなきゃダメかな?」


「もう止まらないわよ」


「吾輩、こう見えて世に言うドジっ子でございやしてね、粗相を繰り返すんですな。な~に、大したことじゃあありゃーせん。上司の頭からコーヒーこぼしたり、上司のかつらを自作の道具で吹き飛ばしたり、上司の下着がふんどしだと言いふらしたり、上司の」


「上司ばっかりじゃねぇか。上司嫌いだったんだろ」


「いやあ、うっかりを連発しただけでごぜぇやしてね。そんなんでクビをちょん切られたっつー訳なんでさぁ。あっしはこう見えて研究一筋でしてねぇ、それ以外は点でだめなんでさあ。あ、旦那、勘違いしねぇでくだせぇ。仕事は別ですぜ?私生活と性格がダメダメなんでさぁ」


「ダメじゃん」


「金はあるのに家賃は滞納。預金してる銀行がどこだか分かんねぇ。そうなりゃあ、一文無しの出来上がりってね。そいでスカーレットの姉御がこの魔界と街の狭間で働いてるって風のうわさで聞きやしてね?ちょいと魔界を間借りさせてもらったって次第でさぁ」


「ちょ、ちょっと待った!給料が支払われて、銀行に預けたが、どこだが忘れてそのままに?探せばいいだろう?」


「いやー、至るところに行きやしたよ。ところがどっこい門前払い。俺は客だぞ!どうして追い払われる事があるんだ!って怒鳴り散らしてやりましたよ。そしたらガタイのいい兄貴が言うんでさぁ。あんた毎日ここに来てるだろってね。あっし同じ銀行に毎日通ってたみたいでね、いやーありゃ参りやしたよ。こりゃあ一本取られたぜ!なんて言ったら、その兄貴に投げ飛ばされて、二本取られたんでさぁ」


「不憫だ……そんな人間がいるなんて」


「ガハハハハ。そんでよぉ、この森で快適なスローライフってのか?それを送ってたわけよ。ほいだら、スカーレットの野郎が俺を拾ってくれたって訳さ。なかなか泣けるじゃねぇか、ええ?」


「なあ、スカーレット。コイツ大丈夫なのか?もう、恐怖だよ。いくつ人格があるんだよ」


「1つよ。キャラが定まらないから色々試してるんですって。気にしたら負けよ」


「なあ船長!俺を拾ったのはスカーレットだろ?スカーレットを拾ったのはアンタだ!アンタは漢の中の漢だぜ。この世界という荒波で一際輝いてらぁ。いやー眩しいぜ」


「誰の事を船長って言ってるんだ」


「当然バードンさんよ」


「なにはともあれ、私を拾って頂いた御恩に必ずや報います。どうぞよしなに」


「――ああ、骨身に染みた。充分過ぎる程理解したからもう帰っていいか?身の上話も聞いたしもう話す事無いよな?スカーレットも無いよな?」


「アタシは無いわよ。バードンさん、何回も言うけど、この子仕事はちゃんとやる子よ。安心して」


「安心、安心て何かね」


「それはまた深い話ですね。うーん辞書を参考にすれば」


「いやいい。答えは求めてない。おやすみ。用があるなら明日にしてくれ」


「あいよ!お疲れっした!」


「おやすみなさーい」


 その日の夜バードンはなかなか寝付けずにいた。目を瞑る度に出てくるのだ。何人ものウネツ君が。身の上話や魔法のうんちく、道具のうんちくを代わる代わる披露してくるのだ。


 明朝なかなか起きてこないバードンを心配して、ユーリがベッドへ様子を見に行った。白目を剥いたバードンは「もう勘弁してくれー」とうなされていて慌てて起こしたのだ。


 ウネツ君の部屋へ例のブツを持っていったバードン。その顔はげっそりとしており、目元には濃い隈があった。


「間違えたかなー」


 バードンは執務室で呟くのだった。





 ピルドは部屋にいた。明日はマルブリ―ツェ州を初めて出る日。期待に胸が膨らむ。しかし不安もある。何故なら、何の情報も貰っていないからだ。リーンピム・ホロトコ・カワギシという師匠の親友調べてみると裏社会の人間でありかなりの有名人らしい。

 危険は付き物だろうに、今護衛が必要という事は相当危険が迫っているという事か……

 任せてください!必ずややり遂げてみせます!そしていずれは師匠の名を世界に轟かせてみせます!


「ピルド、朝早くに悪いな。これ、道中使ってくれ。それからな、どうやら4州越えはしなくていいみたいだ。転移陣を用意してあるから早急に向かわせろと。2区の8番町に事務所があるから来いってさ。分かりそうか?」


 2区8番町と言えば冒険者ギルドの隣で歓楽街があるところか。あの辺は治安が悪い事で有名だ。そして僕の金も無くなった恐ろしい場所……


「大丈夫か?顔が青いけど」


「ええ、嫌な記憶が……分かりました、向かいます」


「おう、気を付けてな。なんかあったら連絡してくれ」


「連絡先を登録してもいいですか?」


「ああ、忘れてた。はいよ」


 よっしゃーーーーー!やっとだ、やっと手に入る。魔石を近づけて魔力を流せば、よしっ光った。キタキタキタキターーー!10年だ、10年待ちわびた瞬間がやっと来た。ついに連絡先を手に入れたぞ。連絡する用事を作ろう、でないとまた忘れられてしまう。


「体調悪いのか?息が上がってるみたいだけど」


「い、いえ問題ありません。ではやり遂げてきます、師匠!」


「お、おん」


 さて歩くと2時間ぐらいは掛かってしまうな。朝6時馬車は走っていないだろうし、3区の外れにあるここまで来ることはないだろうな。師匠はどんな生活を送っているんだ。ここから市場までは30分ぐらい、それなら歩いているのか。くっ、元S級冒険者なのにこんな生活を送っているなんておかしいだろ!そもそも何で綺麗な嫁さんがいないんだよ。

 前の嫁さんは亡くなったと聞いた。さぞかし辛かったろうに。つまりは、前の嫁さんが忘れられずに……後妻は不要なんですね。フッ、さすが師匠だ。漢の鑑ですな。

 なーんか綺麗でエロイ女の人落ちてないかなー。

 おっといかんいかん。素が出てしまった。今は大切な任務中、早急に事務所に向かわなければ。そうなると、全力で走った方が早いか?ギルドまでなら15分で着くからその倍、30分では着くだろう。


 ふう、とりあえず冒険者ギルドには着いたな。2区8番町と言えば確かにここの隣にあるが、具体的にどれだろうか。目印とかを伝えてくれなかった……すぐに分かるという事か。

 ギルドも暇そうだな。受付のキャットさんは相変わらず綺麗だ。その隣のピュリアは、まあどうでもいいや。

 ギルド前の通りをまっすぐ行けば歓楽街に入る。ここで事務所を探せばいい。リーンピム・ホロトコ・カワギシか、聞いた方が早いな。女を口説いているあのキャッチ、暇って事だな。


「おはようございます。ちょっと尋ねたいのですが」


「えー今日はむりー」

「いいじゃんよ、俺明日仕事なんだってー」


 ――こいつら無視しやがって。まあいいさ。僕の僻みを感じ取って敵対行動に出たことは認めよう。しかし、僕はS級冒険者なのだ。喧嘩は負けない。そしてイチャイチャする奴は必ず爆散させる、文字通りな。


「あのーすみません。お尋ねしたいのですが……」


「うっせえな!引っ込んで……ろ?」


 ん?まずは殴り合う前のトラッシュトークじゃないのか?何で首を傾げてる、僕も真似した方がいいのだろうか。


「見たことある、誰だ?知り合いだっけ?」


「いえ知りません。ある方の事務所を探していまして……」


「ねえーわたし帰ってもいい?眠いんだけどー」

「あ、いやちょっと待って。連絡先教えて、今度誘うからさ」


 どっちも田舎臭い面だ。邪魔しなければよかったな。競争人口が減るのは大変喜ばしい事だ。特に僕の好みじゃない女の子とくっつくことは推奨するね。

 で、律義にも男は残ってくれた。わざわざ何で?ただのいい奴なのだろうか。


「絶対見たことあるんだよなー。有名人だったりしない?異世界人?貴族?作家さん?」


「冒険者です。ところでリーンピム・ホロトコ・カワギシという名前に聞き覚えはありますか?」


 今度はどうしたんだよ。完全に固まってしまった。そんな大口開けてたら虫が入っちゃうよ。


「――それはもちろん知ってる。ここはあんたらのシマじゃないだろ?互救会に確認は取ってある」


「ああ、僕はカタギです、落ち着いてください。僕が知りたいのはその女性の事務所の場所なんです。どこか分かりますか?」


「――カタギか、何しに行くんだ?」


「仕事ですね。ご都合がよろしければ教えて頂けませんか?」


「あれだよ、ホロトコ商会。一番でかい建物だ」


 指の先に目をやると、この界隈では大きい建物がある。この辺は平屋が多いのでかなり目立つ、細長い建物だ。高さ的には冒険者ギルドと同じくらいか。そういえばギルドマスターの部屋の窓から見たことがあるな。こんなに近かったのか、師匠の親友の事務所は。世界は意外と狭いな。


「なるほど、助かりました。ではまた」


「――――あっ!S級冒険者だろ!ピルドだろ!」


 僕は軽く手を振りながら事務所を目指す。野郎の覚えがめでたくても嬉しくないね。きゃぴきゃぴした女性に群がってほしいんだ!まったく僕はS級だってのに皆何をしているんだか。

 師匠もこんな感覚だったのだろうか。いや僕よりも酷かっただろう。オールラウンダーという役職はかなり舐められる。男女ともにウケが良くなかった可能性がある。

 バカ供め。師匠の偉大さを冒険者達への貢献を知らずに死んでいくがいいさ。僕は次の世代に伝える。師匠がいかに天才的でそれであって泥臭くて魔法の寵児であるかを。

 うん?随分と仰々しい格好の男がいるな。あの人はカワギシさんの部下だろうか。こちらを凝視しているので、たぶんそうだろう。


「初めましてピルドさん。私、ホロトコ商会金庫番のヤコブ・アブラハムと申します」


「初めまして、ピルド・イバタカンサと申します」


「ご準備はよろしいですか?すぐに転移いたしますが」


「ええ、問題ありませんよ」


「では1つだけ注意事項を。会頭に嘘をついてはなりません。真実のみをご報告ください、よろしいですか?」


「もし仮に、あなたが不正をしていてもですか?」


「フッ、そうですね。自分の保身を考えるのならそうすべきです。S級でも死ぬときは死にますからね」


 随分と手厚い歓迎だ。マフィア風情がと言いたいところだが、生憎僕は彼らの日常や仕事に疎い。妙に怖がられている人たち、という事だけは理解しているのだが……今のところ子犬が吠えているようにしか見えない。


「善処します。行きましょう」


 僕が人生で初めて越州した先は、亜人が作った州カリーニングだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ