表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/59

6.バードン、ユーリへ過去を伝える

1/20

 執務室を出て空っぽの従業員控室を抜ける。受付にはミリス、アーリマ、クーさん、スカーレットの4人が立っていた。エントランスホールはすっきりしており、長蛇の列は宿に収まったようだ。


「お父さん、夕食の配膳手伝ってくるから、ここよろしくー」


 隣で声を掛けてきたユーリの顔は満面の笑み。というか、さっきからずっと笑っている。受付の後遺症だろうか、心配だ。


「スカーレット、クーさんお疲れ。アーリマとミリスもな」


 ミリスとアーリマは笑顔。クーさんはいつも通りの暗い顔。スカーレットは焦点すら定まっていない。



「だ、だいぶ疲れたようだな。うん、本当にありがとう」


「バードンさーん、2時間ぐらいずーっと同じ事を言い続けて、同じ事を聞かれ続けて、私おかしくなったかも……」


「いや、いやー、スカーレット!大丈夫だ、君はおかしくないぞ!ちょっとどこを見てるか分からないけど、すぐに治るさ」


「そうかしら?今日は5階まで人が泊まってるわよ?夕食の支度はタカダさんが準備してくれるから問題ないけれど、それを配膳するには人手が足りないと思うわ。いくら転送出来るからってタカダさんとユーリだけじゃ無理よね」


「……じゃあ、俺が行こうかな?今、受付は暇だろ?ここでテキトーに」


「さっきから連絡用魔石放置してるのよねー、人手が足りないから。どうします?バードンさん」


「…………くっ、スカーレット、本当にすみませんでした。どうしたらいいでしようか」


 バードン・オンツキー36歳、宿の店主が22歳の若造に頭を下げるそれは、社会の縮図だ。まあ俺が悪いので文句は言えない。


「アーリマとバードンさんで受付と連絡を担当して頂戴。ミリスさんとクーちゃんと私は交代で休憩しながら夕食の転送をするわ」


「拝命致します!お疲れさまです!」


 ()()()とした態度、もしかしたら、平社員の方が向いているかもしれない。いっそ丁稚奉公でもしてみようかしら。


「ミリスも休憩するのか?俺も休憩……」


「アーリマさん?それはないわ、ないないないない」


 余計な事を言ったアーリマへスカーレットのお小言は続いた。ミリスは俺達を呼びに行って一時的に受付を抜けていただけ。俺とアーリマは、殆どノータッチ。「お前らとミリスさんじゃ仕事量が違えんだよ」滾々と言われるアーリマを横目に、受付台の下から魔石を取り出した。


「はい受付でございます。如何されましたか?」


 どんまいアーリマ。俺は仕事するぜ。


 23:00に帰宅した。家はダンジョンの地下にある。牢屋というか生け簀というか、魔物が蔓延る区画とは違う場所に建っている。そもそも地下という表現が正しいのかすら分からない。ここの構造はかなり複雑なのだ。


「で?何してたわけ?皆文句言ってたよ?謝らないと駄目だよ?」


「お、押忍」


 確かに階段を下って行けば家に辿り着く。しかし窓の外には野原が広がっていて、時間に合わせて太陽も沈む。地下だけど地下じゃない、不思議な場所。ユーリの怒った顔は愛くるしいが、その内容が俺を諭すようで居た堪れない。


「おすって何よ」


「――お前に話さなきゃいけない事があってな」


「今日受付をさぼった話?勇者候補が逃げたんでしょ?ミリスさんとアーリマさんから聞いたもん。そういえば仮面の子が逃げていった時に大変だったんだから。あれもお父さんのせいでしょ?」


「うーん。まあ、俺のせい、だな」


「やっぱり人を雇ったほうがいいんじゃない?前にお父さんも言ってたでしょ?今の人数じゃ厳しいって」


「んああ…………違う。いや、人を雇ったほうがいいのはそうなんだが、話したいのは別の事だ」


「何よ?ハッキリ言ってよ」


「――――昔の話だ。要するに、母さんの事」


「何で今その話なの?」


「勇者候補が母さんの過去と関係があるからだ。母さんどころか、俺やリンやアーリマ、ミリスにも関係があった」


 最後のパンのかけらで、皿を綺麗に掬っている。口へ運ぶユーリの顔から感情が読み取れない。

 苛立たしげな表情は無くなったが、無関心のように見える。いや、そんなはずはない。もしかしたら、まだ早かったのか?


「それで?」


 マグカップのミルクティーを啜り続きを促してきた。

 それでと言われても、どこから話せばいいのか。俺の冒険者時代すべてを話すようなもんだ。

 はあ、気が重い。なんて言われるか……


「長くなるけど、いいか?疲れてるなら明日にでも……」


「いい」


「うっ、そうか。そうだな、話すなら初めからにするか」


「うん」


「――お前の母さんは異世界から来た転移者で、名前はエイミ・ウキタ。俺と同い年だった。ユーリは母さんの事覚えているか?」


「ううん。何にも覚えてない」


「そうか。俺とエイミ、アーリマと後2人でお前が生まれる前から冒険者として各地を旅していた。アーリマは12歳の時から旅をしている仲だ。ちょうどお前と同じ年だな」


「旅をし始めた頃にエイミが妊娠してることが分かった。エイミは旅先で産むのも醍醐味だとか言ってたが、全員で止めた。出産てのは命懸けだからな、勝手の違う国や安心できない場所で産ませたくなかった。それに産んだ後のことを考えるとワカチナがいいだろうということで、帰ってきた。そして産まれたのがお前だ」


「お前を産んだ後、すぐに冒険に出ると言い出した時は流石に正気を疑った。エイミの体の心配もあるし、お前を連れてってのは危険だろ?それでも行く、一人でも行くと言い出してな。結局お前を連れて全員で冒険に出たんだ。流石に各地を旅するってのは無理だったから、この国のダンジョンや魔界を開拓していった。子連れのパーティーは後にも先にも俺たちだけだったな」


「それから時が過ぎて、俺達はS級とA級で、構成された称号持ちのパーティーになった。とにかくダンジョンを潰して回ったし、魔界の攻略も続けたからな。良くも悪くも目立っていた」


「そんな折、マルブリーツェ、つまりここにダンジョンが頻繁に出現するようになって、俺達はここを拠点に活動し始めた。マルブリーツェは今も昔も、魔界とダンジョンのあるただの田舎だが、冒険者にとっては最高の稼ぎ場だ。冒険者なんていつ死ぬか分からない職業だろ?ユーリのいる俺達パーティーは、何をおいても金を稼ごうと考えた。もしもの時にお前が困らないようにな。狩り、ギルドの依頼、護衛任務、魔界開拓にダンジョン攻略何でもやった」


「目立ってた俺らはマルブリーツェの領主に目をかけられてな、仲良くしてたんだが、代替わりで新領主になってからはどうも反りが合わなくなって……付き合いを辞めることにした。それがちょうど10年前になる」


「それって、お母さんがいなくなった年だよね?」


「ああ。その辺りでこのダンジョンが出来たんだ。当時は死のダンジョンと呼ばれて、難攻不落のダンジョンだった。俺達も挑んだが、本当に強かった。そして同時期、ダンジョンの魔力と浮遊魔力の関係についても取り沙汰されている頃だった。簡単に言うと、ダンジョンが永続的に活動できるのは、漂っている魔力、つまり浮遊魔力を使っているからだという説が有力視されていたんだ」


「さらに、召喚された"転移者"にはこの世界の人間とは違う魔力が備わっているという仮説が出た。異世界人特有の膨大な魔力の一端を知れる可能性が出てきたから、研究が盛んになった。ダンジョンと異世界人が注目され始めた時期と俺達の活動とが重なりマルブリーツェ卿がエイミとオマケの俺達を欲しがった。配下というよりは奴隷として隷属させたがったんだ」


「貴族と事を構えるのは骨が折れると思った、だから他国へ逃げる事にしたんだ。そこでトラブってな……エイミが信頼していた人間に裏切られたようで、脱出が出来なくなった上に、襲撃された。騎士団と、領主の雇った傭兵だな。泊まった宿は客も従業員も皆殺しにされて、俺達は命からがらといったところだったが、2歳だったお前は、魔法で眠らされて、連れ去られた」


「そして領主から伝言が届いた。死のダンジョンを攻略するか、パーティー全員で奴隷となるかを選択しろと。もちろん、お前を探すのは続けた。お前の捜索を頼んだのはリンだ。だが、あのリンでも探し出すのが難しく間に合わなかった。返答の時期が近づいて選択を迫られた。俺達が奴隷となれば、お前も奴隷落ちするか殺されると確信していたから、ダンジョン攻略に賭けたんだ」


「ここは今でこそ落ち着いているが、あの時は血や臓物がその辺に散らばって、死臭が漂う掃き溜めみたいな所だった。結果から言うと、どうにか攻略に成功した。当然だが全員が満身創痍だった。そしてダンジョンから出ると騎士団が待ち伏せていたんだ。想定はしていた。でも為す術が無かったんだ」


「その場で縛心の鎖と隷属の鎖を繋がれて領主の下へ連行された。ああ、縛心と隷属の鎖は要するに奴隷だな。何をするにも命令が必要って状態になるんだ。その時点で本来なら終わりなんだが、リンともう1人の仲間が助け出してくれた。アイツらも相当やらかして助けに来てくれたらしい。んで、リンが案内してくれた先にお前がいたんだ。リンともう1人の仲間が助け出したらしくて、無傷でピンピンしてた。皆喜んだけどエイミには敵わないな」


「で、俺達は準備を始めた。誰も通らない魔界を突っ切ってワカチナの仮想敵になっている隣国へ逃げる事にしたんだが、それもダメだった。後から分かったんだが、異世界人は召喚された時点で魔物への隷属とは違う特殊な繋がりが召喚者とあるらしく、誰もその可能性に気づいていなかった。」


「騎士団の追手が来たんだ。そのせいで、エイミは魔界のど真ん中で死んでしまった……嘘をついてすまない」


「――――それからどうなったの?」


「――大まかに説明する。もし詳細に聞きたいならリンに聞いて欲しい。それでもいいなら話すけどどうする?」


「分かった。聞かせて」


「エイミが死んでから、魔界を統治する六魔角(ろくまかく)と呼ばれる魔人と誓約をした。抵抗する力も無かった俺達は、この国から出られないように魔法の誓約をさせられて、ここへ戻らざるを得なかった」


「逃してもらったの?」


「供物がどうとか言っていた。だから、ワカチナの地にいるならば命だけは助けてやると言われた。アイツらにすれば弱りきった犬を逃した程度の遊びなんだろう。ひとしきり現状を説明したが歯牙にもかけなかったよ」


「……」


「この国に戻った俺達は仲間が治める土地に逃げたかったが、いくつもの州を超えなければ辿り着けない場所にある。州境の管理は厳しい上に時間が掛かる。俺達は追手から早急に身を隠す必要があった。だから、マルブリーツェのダンジョンに潜るしかないと考えた。しかも、誰も手を出したがらないダンジョンにな」


「それは?」


「死のダンジョンへ転移した」


「えっ!?」


「死のダンジョン、本当に強いダンジョンだ。魔物も個性的でダンジョンの守護者も変わっている。ボロボロになった俺達は確かに敵わなかった。皆殺しを覚悟した。でも、ここのダンジョンは変わってるんだ」


「変わってる?」


「俺達は攻略したというより、させてもらったんだ。ダンジョンは攻略させると崩壊すると言われてる。数日か数ヶ月か数年後か分からないが。それを嫌ってダンジョンは俺たちを殺しに掛かってるはずだろ?自己防衛反応というやつだ。それなのに自ら明け渡した。おかしいと思わないか?」


「うん」


「一度攻略したダンジョンだ、下手したら騎士達が入り込んでいる可能性もあったが、誰もいなかった。俺達は転移の陣を最終階の最奥に作っていたから、上階は見ていないんだが、恐らく殺られたんだと思う。ダンジョンが欲しいというくせに、ダンジョンに誰もいな居ないんだから」


「初めて来た時よりも綺麗になっていて、静かだった。魔物一匹いないから逆に不安になった。俺の策は上手くいくかなって。形見を使ってダンジョンと契約をしようと思ったんだ。本来なら意思疎通の出来る()()としか契約出来ない筈だが、このダンジョンは生物と考えられるのではないかと、希望的に解釈したんだ。ここの守護者、炎の魔物が自らダンジョンと名乗り俺達と会話をしたから、それを信じてみたんだ」


「俺たち以外にいないダンジョンで、魔物が現れた。全身が火に包まれ、額から角の生えた妖精族みたいな魔物、守護者でありダンジョンだ。そこで頼んでみた。形見を返すから俺達を匿ってくれと」


「形見って何?」


「ああ、ダンジョンを攻略すると手に入るお宝みたいな物だ。ここは真っ赤な石だった」


「ふーん、ありがと。続きを聞かせて」


「端的に言うと契約するのは構わない、だが内容を変更したいと言ったんだ。ダンジョンの要求は定期的な魔力供給とダンジョンの管理を。その代わりとして形見の返還は不要だが、管理者として形見は持ち続けろと。それだけだった。だから即断した。魔力供給や管理について何も分からなかったが、外に出れば死ぬのは分かってたからな」


「逃げ回って、魔物にやられて、ダンジョンと契約して、それだけで半年くらいかな。やっと落ち着いたと思ったらお前が3歳になったんだ。少しは覚えてそうだがどうだ?」


「炎の妖精さんと話したのは覚えてるよ。何を話したか覚えてないけど、会話したのは覚えてる。それだけかな」


「そうか。アイツと話したんだな。その間にリンはダンジョンから出て外の様子を探ったり、裏社会で盤石の体制作りに奔走したり、とにかく色々やってくれた。もちろん、もう1人の仲間もな」


「俺たちがここで隠れ住んでいる間、他のダンジョンや魔界が活発に活動をし始めたらしく、俺たちを追うどころではなかったらしい。しかも国王の崩御と王位争い、各地の貴族の対立とかこの国はカオスだった。もちろんマルブリーツェも例外ではない。ダンジョンや魔界を擁する土地だから、それの抑え込みに躍起になっていたらしい。異世界人のエイミが生きていれば勇者候補の一人として危機に立ち向かったんだろうが、既に死んでいたからな、冒険者達が何人も死にながら戦っていたらしい」


「それで、ようやく外に出られる機会が巡ってきたんだ。終わりの見えない戦いに混乱する王国、冒険者も働けば食えるって簡単な話ではなくなった。だから、冒険者が仕事をしなくなり、ギルドですら対処不能になった。そこでリンが裏から手を回して冒険者ギルドと5大マフィアをまとめたんだ。そうすることでマルブリーツェ卿の力を削いで交渉のテーブルにつけた」


「それから俺達は外に出る算段が付き、全員で仲間の治める地方へ行くことに決めたんだが、炎の魔物の言葉で俺はユーリと残ることを決めた。あいつが言うには、ダンジョンは異世界人の魔力から生まれると。ダンジョンはこの世界で異質、その異質さは異世界人の魔力が生み出しているらしい。その魔力で生まれたダンジョンは、この世界の魔力を取り込み続け生存し年月を掛け強くなるが、効率的に()をつけるのなら、やはり異世界人の魔力が必要になるそうだ。だから、その子を外に出すのはオススメしないと言われた。お前は異世界人の子だから魅力的らしい」


「もう1つ。この世界の魔物は動物が変質した生物であり、その原因はやはり異世界人の魔力。彼らもその魔力を探すため本能的に人間と敵対するそうだ。ダンジョンにいる魔物も魔界の魔物も同じだと考えていい。実際は違うと炎の妖精にチクチク言われたが、詳しく話すと難しいからな。この国はダンジョンが多く点在する。俺達が行こうとしていた州もダンジョンが多かったから、相当悩んだ」


「嘘かもしれないんじゃない?」


「契約に死印をついた。俺たち四人とリンでな。死印は、そうだな、簡単に言うと約束を守らなければ死、もしくは完全服従を相手が選べる印だ。これを両者が押せば嘘も危害を加える事も出来なくなる。だから嘘はない」


「それともう一つ理由があった。エイミの魔力も還ることができないと言っていたんだ。異世界人の魔力は生物やダンジョンにしか取り込めず行き場がない。つまり、エイミの魔力は魔界の魔物達とエイミの死と同時期に出来た2つのダンジョンの元になっている可能性がある。一応、ここもエイミの魔力が元になったダンジョンだそうだ。まあ、俺はそれらについて思うところがあってな、お前と、エイミの魔力の事を考えるとここから動く理由が無くなった」


「お母さんの魔力がここから出ない理由?どういうこと?」


「……解放したいなと思ったんだ。まあ、アイツにも色んな過去があってな、とにかく自由にしたいと思ったし、当時はできると思ったんだ。魔界で、その、エイミを取り込んだ魔物を駆除してダンジョンも攻略できると。それが終わったら、ここから離れてお前と新天地を探そうかなと思ってた。ここの管理があるし、この国からも離れてはダメだからあんまり遠くへは行けないけどな。それから月日が経って現在はこのザマだ。結局ダンジョンの1つは俺以外のヤツに攻略され、もう1つは未だ健在。魔界については正直わからん」


「それで宿を始めたの?」


「最初は冒険者らしく魔界で狩りをしたり、このダンジョンの魔物の不要になった鱗やら皮やらを売っていた。けどな、それだけだとおかしくなりそうでな。お前がいても、魔物との生活なんて気が狂いそうだった。今までさんざん殺して来た魔物がその辺で寝てたり、隙を見せればお前と遊んでいたり、炎の魔物と当たり前のように会話したり、やっぱり狂ってきたんだと思い始めてな。このままだと、お前のためにもならないと思ったんだ。魔物は、魔物。ここにいる魔物だけが俺達に友好的なだけで、外に出ればすべての魔物は敵でしかない」


「だから、人と交流できる商売をしようかと思ったんだ。ダンジョンで出来て金も稼げて、人が来る。冒険者時代に当たり前に使っていたから、それで宿かなって」


「私は覚えてないよ。魔物と遊んだ事なんて」


「お前が5歳になる前に宿が出来た。いつから記憶があるんだ?」


「ホロトコさんが父さんと喧嘩してたり、エルフの男の人が私に大きくなったねって言ったり、全部宿での事」


「なら5歳ぐらいからの記憶だな。4歳ぐらいまでは魔物と話してたし、遊んでた。まあ、俺から言えるのは……」


「他にもあるの?教えて」


「そうだな、なんて言えばいいのか。ああ、このままだとあいつらが悪者になっちまうな。俺を残した3人は俺とお前を連れて行こうとしたんだ。魔法使ったり殴り合いしたり、アーリマには泣かれたり。もちろんリンも安全な隠れ家なら腐るほどあるとか、暇なマフィアを警護につけれて盾にすればいいとか言ってた。それを俺が全部断って俺が勝手に決めたんだ。だから、あいつらを悪く思わないでくれ。それでだ、まず、お前の事を自分の子供のように可愛がっていたのはさっきお前が言ったエルフだ。ワパックっていう。それから、ジナキウっていうトカゲの尻尾が生えて蛇みたいな顔の女を覚えてるか?そいつもお前を可愛がってた。そいつは口下手でシャイなやつで、お前にまで敬語で話してた。そんで、アーリマは言ってもまだ子供だったから妹みたいに思ってただろうな。とにかくお前が覚えてるかは分からんけど、お前の親は沢山いるんだ」


「ん?親はお父さんとお母さんでしょ?」


「ああ、まあそうなんだが……」


「何かまだ話しにくい事があるの?」


「話しにくい事があるな。でも、いつか話さないといけないとは思ってた」


「今は話せないの?」


「――イヤ、話す」


「ユーリ、まずエイミは大変な過去を持ってる。俺から詳しく話すことは出来ない。人が隠したい筈の過去をペラペラ喋るのは良くないと思うからだ。それが親子であってもだ。もし聞きたいなら話してくれる人を探せばいい。知りたいと思うのは当然だから止めたりはしない。だから大まかに話す。エイミがここに召喚されたのは23歳の時で俺と会う7カ月ぐらい前に、王都で召喚された。そこでまあ、色々あったんだ。言葉も分からず、文化も違い、魔法の無い平和な世界から来たエイミにすればここはとてつもなく野蛮で恐ろしい世界だっただろう。少しは想像できるか?」


「うーん、まあなんとなく」


「難しいよな。エイミは生きる為というか、死なない為だろうな。とにかく嫌なことでも抵抗せずに何でもした。それで、まあお前が出来た、と思う」


「――――私が出来た?どうやって出来たの?」


「え?あ、ああ、んー、それは難しい質問だな。何というか、ミリスとかスカーレットに聞かなかったのか?その、そういうことを」


「どうやって子供ができるか?聞いたよ。お父さんに聞きなさいって言われたー」


「それで知らないのか?はあ、なるほどな。あー、それだと説明が難しいな。そうだな、スマン。俺まどろっこしいのは無理なんだ。分かりやすく言うぞ?」


「俺とユーリは血が繋がってないんだ。何ていうか、顔似てないだろ?髪の色とか目の色とか魔法の使い方とか、そういうのが本当は似たりするんだが、俺とは似てない。もちろん、エイミにそっくりだぞ。うんうん」


「――うん?血が繋がってないから何?」


「いや、血が繋がってないから……血が繋がってないからだな……?血が繋がってないからなんだろうな。お前の父親は俺だし、お前を大切に思う親は、沢山いるしな」


「それが言いにくいことなの?」


「まあ、そうだな。本当の、というか普通は血の繋がりを気にするんだ。もちろん俺は関係無いと思ってるけどな」


「わたしも関係無いと思うよ。ねぇ、指輪してないけどお父さんとお母さんは結婚したの?普通は結婚して子供ができるんでしょ?」


「あ、ああ、そうそう、結婚したら子供ができるんだ。俺達は結婚する直前だった。結婚する前にアイツが死んでしまったんだ。俺はエイミが俺の妻だと思ってるしこれからもそれは変わらない」


「そっか」


「質問はあるか?」


「お母さんを解放したいって言ってたけど、もう諦めたの?」


「諦めた。トライしたけど、無理だ。だからせめて、ここは守ろうと思ってる」


「マルブリーツェ卿はまだお父さん達を狙ってるの?」


「ああ、それが勇者候補と繋がるんだ。手打ちにしたのはかなり前で古い魔法契約を使ったから、破棄する方法を見つけたのかもしれない。あの勇者候補はマルブリーツェ卿の配下、もしくは子飼いだったようだ。仮面の女は奴隷か、配下か。かなり強かった。リンが言うには、既にマルブリーツェ卿の手の者が何らかの形で入り込んでるだろうって。だから今日話すことにした」


「戦ったの?」


「まあ、一応な、怪我はないし本気でやれば勝てない相手ではない」


「そっか。勇者候補達は逃げたって聞いたけどホントなの?」


「いや、死んだ。殺したのはマルブリーツェ卿だ。目的は、ダンジョンだろうな。でもやり方が回りくどくて真意が分かりづらい」


「ふーん。ここにいても狙われるなら、外に出てもいいんじゃない?」


「いや契約があるから、最悪地下に逃げれば助かる。それに魔界は未だに活発だしダンジョンも各地で増え続けてる。ここはどこよりも安全なんだ……すまんが分かって欲しい。それと、リン、アーリマ、ミリス以外には話しちゃだめだ。巻き込んでしまうかもしれないからな」


「分かった。私疲れたから寝るね」


 食器を纏め、流し台へと運ぶ。


「お、おう。聞きたいことがあったら聞いてくれ。おやすみ


「うん、おやすみ」


 振り返ることなく自室へ戻っていった。


「笑顔でおやすみは求め過ぎだな」


 バードンは温かいトリッパのスープが好物だ。煮込み時間の短縮に執念を燃やし、確立した。大量のトマトを使いつつ通常の煮込み時間と同程度にしたのだ。そして肉が隠れるほどのスープを堪能するのが常だった。


 バードンの前にあるのは冷めきったひたひたのスープ。立ち昇る湯気もなく、酸味を孕んだ香りもなく、啜るたびに体の熱を奪う。


「明日食うか」


 ポツリと呟き、皿とパンを保存棚へ丁寧に仕舞った。

 時計の音がやけに響き渡る食卓、何もないテーブル、バードンは佇んでいた。





 ユーリ・オンツキーは人に飢えていた。狂いそうな時間を過ごしたバードンのそれと似ている。幼い頃からダンジョンで育ち、外に出るときはバードンかアーリマと一緒。身内ではなく他人とはどういう生き方をして、どんなことを考えているのか、漠然とした興味が社交性を成長させた。


 冒険者や商人の集まる宿はユーリにとって興味の尽きない場所だった。人と交流し自分の住む地域や国、世界について知り、商売や金、裏社会の怖いところを学んだ。当然人間の汚い部分や、魔物の恐ろしさも聞いたり、体験したり、実際目の当たりにした。


 ユーリは自室で戸棚を漁っていた。いつもは開けない1番下の引き出しから、染みのある藤色のローブを取りだす。


 キレイに畳まれたローブを全身が見えるように両手で掲げた。ユーリには大きすぎるローブである。


 じっくり眺める。その表情は堪えるもので、ローブを抱き締め顔を埋めた。

 短くない時間ユーリはそうしていた。今度は頭から被り袖を通す。手も見えずたくし上げるのに時間がかかるほど裾と袖が余る。


 裾を踏まないよう、ローブを着たまま机へ向かい、引き出しから紙を取り出した。インク壺へカチャカチャとペンをつけると、一心不乱に何かを書き始める。ふと、顔を上げ何かを思い出しながらまた書き始める。


 それが終わると、ペン立てへ戻し、ツボの蓋を閉めた。お腹のあたりのダブついた布地を両手で掴み眺める。

 そうしてベッドに入ると、布団を頭まですっぽりと被り微かに呟く。


「お母さん」


 震えていた。生まれてから物心がつくまでどれだけこの言葉を使っただろうか。ユーリはお母さんと呼べる人がいない。試すように声に出したユーリだったが、鼻を啜る音もやがては寝息へと変わる。

 ダンジョンを使った格安宿はいつにも増して盛況だった。その疲れが誘ったのだ、安眠へと。


 ユーリ・オンツキーは交流した日の知識や経験を逃すまいと、日記をつけている。

 お気に入りのつけペンとインクは商人からお下がりとして貰った物である。そして紙は父にねだり仕入れて貰った物だ。

 机に置かれた紙、細かな字で書かれた拙い文は彼女だけのものである。




 血の繋がったお父さんは、お母さんの嫌いな人かもしれない。私がお母さんなら嫌いになる。

 お父さんにはうそをついたけど、冒険者の女の人に教えてもらったから、子供のでき方は知ってる。

 そういう事は好きな人とするんだよって教えてもらった。

 それでもがんばったお母さんのことを考えるとむねがいたくなる。

 私が知らない世界に行ったらどうなるのか、少しこわい。お母さんみたいに強く生きられないと思う。

 私の魔力は魔物が好きみたい。お母さんは魔界で魔物の"なえどこ"にされたんだと思う。お父さんは私がこわがると思って言わなかったけど。

 その後は食べられたんだろうな。仲間が食べられるところを見た冒険者の人から話を聞いたことがある。

 私が外に出たら、魔物に狙われてしまう。それもこわい。

 外に出て色んな体験をしてみたいけど、私ではすぐに死んでしまうかもしれない。

 でも、ワパックさんやジナキウさんにも会ってみたい。ホロトコさんは口が悪くて、お父さんの事を好きなんだと思っていたけど、違うみたい。親友だと思う。私を助けてくれた人だから、ちゃんとお話をしてみて、お礼をしたい。 

 そして、そんな親友がいつかできるといいな。

 それから、お父さんは仲間と言ってちゃんと教えなかったけど、貴族の知り合いがいるみたい。異世界人を召喚できるのは貴族だけだと聞いたことがあるから、貴族は悪いやつなんだと思っていた。異世界人が勝手に知らない世界につれてこられるのはかわいそうだから。

 そして、お母さんを痛めつけたのも、マルブリーツェの領主もみんな悪いやつで貴族ってやっぱり悪いやつなんだと思ったけど、いい貴族もいるのかもしれない。

 その人にも会ってみたい。

 炎のようせいさんにも会いたい。君は強くなるねと言ってくれたようせいさんに。背中に乗せてくれた大きなオオカミのパックにも会いたい。

 お父さんはお父さんなのにきをつかっていたみたい。でも、お母さんとお父さんの子供が良かったと思う。

 今まで守ってくれたお父さんにありがとうと思うけど、つたえるのははずかしい。

 強くなって、色んな事をしてみたい。

 知らないことはたくさんあるけど、お母さんをかいほうしたいと言っていたお父さんは私の為にここでとどまってくれたんだ。

 強くなってお父さんができなかった事をしてみたい。

 お母さんは負けなかった。お父さんも負けなかった。

 2人の子供だから私も頑張ろう。負けない為に私も強くなろう。


次回もお願いしますね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ