5.ホロトコは死商
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早足のリンの後を追い235号室の前に来ていた。
リンは戸を強く叩き続ける。
「はい!今行きますから叩かないで」
中から若い丁稚の声がするが、リンは表情を変えず叩き続ける。口と目を半開きにその様を隣で見ているしかなかった。可哀想な子、いつもなら俺が対処するのに、今回ばかりは手が回らなくてね。リンに頼んだ手前、口を挟むとガチ切れされるから、黙って見守るしかない。
ドアが開いた途端リンの拳が鼻を的確に捉えた。
ゴッ!と嫌な音が響き室内に押し入った。完全な強盗である。
「ぐへっ。な、なんですか?」
『静声』
パクパクと丁稚の口は動くが、出るはずの声が出ず顔には恐怖が浮かんでいる。基礎魔法『静』の応用だ。
「なあ、ここまでやる必要あるのか?」
「誰もいないな?手筈通り感知魔法掛けてるだろ?」
「ああ、そっちは問題ない。鼻血が出てるじゃないか。この人は商人に無理やり……」
「関係無い。コイツも将来は商人に成るんだ。親の背を見て育つのは何も血縁に限った話じゃねえ、商人も同じさ。今のうちに躾けとかないとな」
冷たい目で丁稚を見下ろすリン。尻餅をついて涙を浮かべる丁稚に同情を禁じ得ない。だが自分の領分ではないからと自制する。
リンは扉が閉まる音を聞くと、備え付けの簡素な錠を掛けた。
「さて、大声を出せば喉を潰してやる。理解したか?」
丁稚は、見上げた顔の恐ろしさからか、ただ頷いた。
『復声』
「バ、バードンさん。なんですかこれは!」
つい大声を出してしまう丁稚。リンの舌打ちにハッとするが、もう遅い。
『消去、音』
丁稚は何が起きたのか分からないようで、目を瞬きリンを見つめている。
この魔法は消し去る魔法。かなり特殊な魔法で、特定の人間にしか使えないと言われている。しかしどの人間が使えるのか、明確な定義がされていない魔法で、知っている人も少ない。
リンが消したのは音、聴覚を消したわけではなく、彼から全ての音を消したのだ。
声は愚か衣擦れや荒い呼吸音、激しく鼓動する心臓の音まで、何もかも。脳内でイメージ出来るはずの、記憶の音までも消してしまう。
掛けられたとしても、すぐには分からない。昔、リンに頼んで掛けてもらったが、違和感は何一つないからだ。そして、思い出したように音がないことに気づく。解除してくれると分かっていても恐怖を感じたのを覚えている。
「今、私だけの声が聞こえるだろ?どうだ、怖くなってきたか?喉を潰しても良かったが流石にバードンに怒られそうだから止めておく。あのな、世の中には手を出しちゃいけない場所や物、人間、魔物がいるんだ。良かったな、お前はそれをタダで学べる」
リンは、うんうんと頷き悪人然とした笑みを浮かべながら話す。物語なら食い入るように見入るだろうが、見ていられなかった。青年が涙を流して震えているのだ、かなり罪悪感がある。
「私はカワギシだ。ホロトコ商会の会頭、知ってるな?よし、次は私の取引先や商会、家族に手を出したらどうなるかについては知っているか?」
丁稚は首を強く振る。
「巷では、ホロトコ商会にだけは手を出すなと言われてる。私が言い触らせと念を押して、何人か解放したからな。例えばだが、うら若い女性商人が私の商会へ刺客を放った。すると、彼女の信頼していた人間が一斉に行方不明になったんだと。もちろん私は無傷さ。それでな、彼女は気付いたんだ、刺客に裏切られたのだと。そしてかの有名な冒険者ギルドへ秘密依頼を出した。ホロトコ商会会頭を暗殺、もしくは捕縛しろ、そして家族と仲間を救出しろとな」
この後どうなるか分かるか?尋ねられた丁稚の顔色は青白い屍人のようで、小刻みに震えており、辛うじて首を振る。
「私の所へ手紙が来たよ。番犬ルカプホドフィ、知ってるか?貴重な魔犬で使役してるのはこの世界に100人ぐらいだといわれてる。とにかく、それが持ってきた手紙には「暗殺・捕縛依頼有り。身内の救出依頼あり。指示求む」とギルド長の判があった。ギルドも私の側で端から筒抜けだったんだよ。その後はギルドへ私が出向いてね、彼女とお話をしたんだ」
「商売は真っ当に。それが出来なきゃ辞めて嫁ぎ先を探せ。どっちも嫌なら私が有効活用してやる。それと、裏の世界で生きる気なら私の下に付けとな。その時に身内は全員解放した。そしたら後日結婚したと、私を殺すはずだった刺客から連絡が入った。要するにだ、その女商人を殺そうと思えばいつでも殺せたし、その身内だって私の手中だったわけだ。で?お前はその女商人よりもコネや伝手があって、私に勝てる算段があるのか?無いよな」
ブルブルと頬が小刻みに揺れ、鼻水と涙で顔は原型を留めていない。丁稚はなりふり構わず必死に頷く。
「よし、きちんと理解できたんだな?『復元、音』」
丁稚は口を固く閉じ、喉から溢れる音を飲み込む。
「他にも顔面が吹き飛んだ男の話や、魔物の苗床になった娘の話、一家心中しようとして自分だけ死ねなかった男の話、色々あるんだが、まあ話さなくても良さそうだな。さて、お前の上司に会いたいから案内しろ」
立てと手で指示するが、腰が抜けて立てずにいる丁稚。それを見て鼻にシワを寄せるリン。
これは仕方ないだろ!と思いつつ、丁稚の腕を掴んだ。
「俺が、ほら肩を貸すから一緒に行こう」
「ず、ずいませんでした。ヒグッ。236号室でず」
「ああ、いいんだ。指示されただけだもんな。よし行こう」
濡れそぼった子犬にするように優しく接した。生まれたての子鹿よりも震えている気がする。
廊下に出てすぐ隣にある236号室。リンは扉を叩いた。何度も叩くが応答がない。
「バードン、隣の部屋の音って聞こえないのか?」
「ん?いや、そこまでしっかりした造りではないから、大きな音は聞こえるぞ。苦情もくるし」
「魔法で音を遮断してるな。隣でバンバン扉を叩いても出てこなかった。今もほら、出てこない」
丁稚はハッとする。
「ここ最近、呼びかけても返事がなかったので、四六時中音を遮断しているのかもしれません。不機嫌なのかと思っていましたが」
「ふーん。バードン開けろ」
リンは手をこすりながら一歩下がり顎をしゃくる。震えの収まらない丁稚を支えたまま、マスターキーを翳す。カチャカチャと金属が動く音が鳴り、カチンと解錠された。
そっと扉を開いてみた。
「魔法、なのか?どんな魔法か分らないからお前らはここにいろ」
天井から無数のヴェールがひらひらと波打ち、部屋中を満たしている。その狭間から窓の外を眺める男が見え隠れしていた。それを認めたリンは触れられないヴェールの中を躊躇なく進み行く。
リンの両腕が淡く発光し、ヴェールに隠れていても所在がはっきり分かる。パンツドレスの腕部分はシースルーになっており、その下の黒い入れ墨が光源の正体だ。
入口から見える机の上には謎の道具が置いてある。道具というより小さな女性の全身像だが、それから透明の筋が天井へと立ち昇っているところを見ると、何らかの道具だろう。蜃気楼のように見えるそれがこのヴェールの正体か。
窓辺では恰幅のいい男がパイプを燻らせ、左手でこめかみをグリグリと指の腹でいじっている。
リンの腕の淡い光にも気づかない様子だ。
「おい!シカトすんじゃねぇ。ん?『消去、ここにある魔法』……流石にダメか」
リンは魔法の効果を消そうと魔法をかけるが、初めから公算は無かったようだ。だいぶ近づいているのだが、未だ男は振り向かない。リンも魔法を警戒して微妙な距離を保つ。
暫く男の背中を眺めていたリンは、こちらに目を向けた。
「なんの魔法だ!?バードン何とかしろ」
そんな無茶苦茶なフリがあっていいはずは無いのだが、吝かではない。このヴェールといい、全く音を寄せ付けない男といい、材料がすでに面白いからだ。
まず大前提としてこのヴェールが魔法なのか。
リンの入れ墨は魔法に反応する防護の陣だ。光っているところをみると、反応はしているが発動はしていない。少なくともリンを攻撃する魔法ではないと分かった。次に道具だ。金色の女性の像から立ち昇る湯気のような物がこのヴェールの正体である。その湯気が何なのか、今すぐに答えは出ないだろう。
結論としては魔法と考えたほうが無難。ハッキリ言って全くわからない。
では男が音に反応を示さない原因は何なのか。
そもそも遮音できる魔法があるのに使わずに、ヴェールを使用するだろうか。先程の丁稚君の態度から、この男は魔法が使えないわけでもないはず。
それに、遮音の道具はもっととコンパクトなものが出回っている。こんな華美な演出もない。
音とヴェールに関係は無いだろう。
しかし断言できるほど道具類の知識に明るいわけじゃないので、疑いは残る。
ともすれば仮説を立てて実験する他ないだろう。
まず、リンに対して攻撃的ではないが何に反応するか分からない。攻撃可能性があるとして検討する。
ヴェールが遮音と関係があると仮定した場合、道具は継続的に魔法を行使しようとするから、浮遊魔力の支配権強制放棄後もすぐに魔法が再発動するはず。
ではヴェールと遮音とが関係なく、独立した魔法であると仮定する。
その場合、道具である金の女性の像は支配権強制放棄後も継続的に魔法を行使する為、魔法は再発動する。しかし遮音魔法は、支配権強制放棄後に魔法発動者の再発動プロセスが必要であり、道具よりも時間がかかる。
つまりここで行うべきは支配権を強制放棄させることだ。辺りに漂う浮遊魔力、それに対する支配権を持って魔法は発現する。
そして、密閉空間であれば強烈に、閉鎖空間であればやや強い程度に、支配権の差が魔法に現れる。
この部屋を閉鎖空間にした後、生活魔法と呼ばれる、生活に根ざした無害な魔法を使用して支配権を強制放棄させる。そうすれば、ヴェールと遮音の関係についての仮定が証明できる。
「中に入ろう」
「えっ!?大丈夫なんですか?」
「極力触れないように壁際にいて」
「はい……」
丁稚君と中へ入り扉を閉める。まずは閉鎖空間の出来上がり。
次に行うのは生活魔法の行使。これは水玉でも火でも光でも何でもいいのだが、部屋を汚したくない。そしてついでに掃除もしたいので、開発した魔法にする。
『無水洗浄、客室』
水を使わず汚れを落とす。血や食べこぼし、ソース染みや皮脂、汗などあらゆる汚れを浮かせてやると、浮遊魔力に還元されて消滅する。これを知ってる奴は少ないだろう。なんせ俺も見つけてびっくりしたのだ。
冒険者が多いから泥や土が落ちてたり、草花の汁がある場合、これはなかなか落とせない。恐らく魔力に関係していると思うが、未だ研究中だ。
とりあえず生活魔法を行使した。これで浮遊魔力の支配権は強制的に放棄させた。
ヴェールを見ると一瞬明滅したが変化は殆どない。これが道具の優位性だ。
では男の方はどうだろうか。
「ごほんッ!」
「ん?な、なななななな、なんだ?勝手に部屋に!」
滅茶苦茶驚いてくれた。ということは、このヴェールと遮音に関係はない。ではこのヴェール、一体何なのか気になるな……
「『消去、音』まずあの二人を見ろ。よし次に、私はホロトコ商会会頭だ分かるな?」
ホロトコ商会の名を聞いた時点で、男はあからさまに頭を落としていた。それから何か話そうとしてみせたが、声が出ないと気づいたようだ。
「――お前に指示を出す、厳守しろ。今から嘘はなし、大声も出すな、そして動くな、理解したか?」
男は声の出ない口で分かったと言った。
「まずこれは何だ『復元、音』」
「本店からの指示で来たという制作庁の人間から受け取った。魔力調査の一環だとか言っていたが詳しくは知らない」
「なかなかの代物だ、これは後で貰う。クールメ商店から何を指示された?」
「――何故それを」
「クールメ商店アールガウ支店の経理だろ?さっさと話せ」
「ほのぼの郷という宿で魔石が大量に販売されているが、独占契約なので一枚噛めるようルートを作れと」
「その指示、クールメ商店より上から来たって可能性はないか?」
「――上とは例えばアイウン商会か?私は地方商店の経理だから、そこまでは分からん」
「ふむふむ。分かった。二度とここに手を出すなと伝えておけ。さて、道具の話に戻ろう。知っていることを話せ」
「本当にあまり知らないんだ。とにかくこれを持って宿に入り、動かしたら仕事が終わるまでは止めるなと。不気味だから指示に従ってたんだ。詳しい操作方法も聞いてない。スタートとストップしか知らん」
「ふむ、では今後のお前の人生についてだが、私の下、つまりホロトコ商会傘下へ入り、クールメ商店とは縁を切れ。ここアールガウは排他的で仕事がし辛いから、新しく店を出すよりコネのあるお前たちを使ったほうが費用削減になる。理解したか?」
「え、いや、え?」
「傘下に入れ。嫌なら潰す。どうする?」
「なななな、い、嫌ではありません。私にとっては渡りに船、という言い方は良くないでしょうか。いやはや、まともな商売をしていない今より、ホロトコさんのところで働けるならありがたいです。ですが、縁を切れと言われましても、支店の所有者はクールメ本店ですから、現総店長の所有ということになります」
「……変わり身の早さ、清々しいな。現総店長は昔アイウン商会の幹部だったから、アイウン商会が実質的所有者だな。それでも縁を切れ。商裁所に仲裁依頼を出して、そこでケリをつける」
「商裁所に入れる預託金はどうするのですか?ふっかけられますよ?」
「強請るネタはいくらでもある。ケリをつけてタダ同然で買うさ。ああ、知ってると思うが裏切ったら死ぬより恐ろしい思いをさせるから、絶対にバカなことはするな。バカならバカらしく働けば悪いようにはしない。以上だが、質問は?」
「……それで、お咎めはどうなりますか?私になら幾らでも、ただ家族だけは勘弁してください」
男は泣きそうな顔でパイプを強く握りしめ、頭を下げた。
「お咎めなし、将来の利益を見込んでな。他に質問がないなら帰る」
「ほ、本当ですか?」
「ないんだな。バードン、話があるからどっかに部屋を用意しろ」
「ああ、あの道具の止め方は?」
「体に触れれば止まります」
リンは一切の躊躇を持たず、像を掴み取って出て行った。男の言葉通り、部屋中に満ちていたヴェールは天井から滑らかに姿を消していった。
「――ではごゆっくりどうぞ……」
こんな事したくなかったんだぞ!と男に一言言いたかった。しかし自分と同年代ぐらいのおっさんが、呆然と入り口を眺めているのだ。これ以上の傷口を広げるのは止めておこう、そう思いリンを追った。
「リン!とりあえず執務室に行こう!あ、受付が!!今何時だ?」
小さめの細い腕時計をしているので聞いてみる。
「18:10だ。受付は任せればいいだろ。急ぎだ、時間が惜しい」
「いや、流石にそれは」
「チッ、今後の事だ。ここを奪われたいなら受付でもしたらいい。どうする?」
リンは足を止めこちらに振り返った。
「奪われる?どういうことだ」
「それも含めて、マルブリーツェについても話したい。重要で緊急じゃないか?それに私の時間は高くつくが払ってくれるのか?」
「うう。分かったよ」
「さっさと転移しろ」
右腕の時計を指で叩き、いかにも不機嫌そうに急かしてくる。
「じゃあ、俺の側に立ってくれ」
黒い木札をポケットから取り出し、執務室へと転移した。
赤いビロードのカーテンが掛かった味のある一室。転移したあと、少しだけ前後不覚になるが、転移を繰り返しているので流石に慣れた。どうやらリンも慣れているらしい。仏頂面で立っている。
「とりあえず、これに掛けてくれ」
部屋の隅の物置きから、長方形の木箱を取り出す。釘で打ち付けた何の変哲もない木箱だ。
「……ふざけてるのか?友人にも礼節ぐらいは持てよ」
「いやいや、ふざけてない。見てろよ?」
本当にいいリアクションをしてくれる。
木箱を執務机の前に置いて腰を下ろす。すると、木箱は机といい塩梅になるように背を伸ばし、背凭れ、肘掛け、座面、脚と落ち着いた暗褐色のソファーへ早変わりした。
完璧な出来映え!さて、今度はどんなリアクションだ?
「さあ、どうぞ」
いつもなら睨みつけるリンだが、今回は面食らった表情を隠さず、しげしげとソファーを眺め、感触を確かめ、腰を落ち着けた。
めちゃめちゃ素直な表情でこっちが驚いてしまった。俺はこの質素な椅子に座りますよっと。
「俺が長年かけて作ったんだ。造成魔法が苦手だから、自作して克服した。何にでもなるぞ!どうだ!」
「ふーん、例えば流体や粉末はどうなる?命令方法や浮遊魔力の影響が気になるな。この木の特性か?」
「リンが悩むとは、作った甲斐がある。実はな」
「いや、いい。長くなりそうだ。後で聞くとしてまずはクールメ商店についてだ。クールメ商店の出資元はアイウン商会だ。つまりアイウン商会がクールメ商店を動かしている。そして最近、アイウン商会は廃ダンジョンを積極的に買い占めている」
「何のためにダンジョンなんか」
「奴らも商売人だ。金の成る木だと見越して投資してるんだろ。そしてこの宿は、ダンジョンの有効活用が出来ているサンプル。未だに謎の多いダンジョンでこの成功。そして、個人で魔石を売却しているとなれば、このダンジョンに何かあるのだと考えてもおかしくない」
「ダンジョン?ここは何もしてくれないけどな」
「嘘つけ!部屋も土地も内装も全部ダンジョンだろうが」
「んまあ、そうか」
「近いうちに本気でアイウン商会が動き出すかもしれん。最悪なのは、マルブリーツェ卿とアイウン商会が手を組んだ時だ」
「あり得るのか?」
「当然だ。ここはダンジョンが良く発生する場所だろ。ダンジョン収集をするなら地方領主と専売契約を結びたいはず。懇意にしているという噂は聞こえてこないが、近いうちに接近するかもしれない。つまり、この宿は今年が正念場だろうな」
「ど、どうすればいい?ここだけは渡せない!俺の家なんだ」
「……わかってる。だが、私では対処出来ないだろう」
「そんな、嘘だろ」
「私では無理なんだ。だが、アイウン商会を含む3大商会に足蹴にされた中小商人は腐るほどいる。じきにそれらがまとまって巨大な商人組合が発足する事になっている。お前もそこに入れ」
「組合?商人ギルドはダメなのか?」
「あれは互助会だ。助け合うのは利害が一致する者同士。損は切り捨てる、コレで互助ができるだろ?ってのが商人ギルドの考え方だ。そこでも当然のように3大商会が支配しているから、ドンに挨拶するだけの交流会になってる」
「なるほど。俺はギルドに加盟してないから知らなかったな。組合ってのはどうなんだ?」
「そもそもギルドと組合は目的が違う。ギルドは相互利潤の最大化。組合は不当な外圧の排除だ」
「リン!もっと噛み砕いてくれ、分からん」
「暴力とか、経済的な締め付けとかから守ろうって事だ。単純な商売での勝った負けたを組合は預からない。だが、不当な力で損害を与えるなら対処するってのが組合だ」
「それで対処できるのか?中小ってザコがいくら集まってもドラゴンには勝てないだろ?」
「"中小"ってのは3大商会を除いた商人をまとめて指す言葉だ。ドラゴン対全人類ならどっちが勝つ?」
「そりゃあ人類だな。ふむ。組合にはそんなに商人が集まってるのか」
「いや、ぼちぼちだ。組合を作るってだけで、ギルドが商人を締め上げてる。一応対処してるが、本業を疎かにしがちで正直キツイ」
「……珍しいな、お前が弱音を吐くなんて。俺が入ったとして3大商会の一角に対抗できるのか?余力無さそうじゃないか」
「お前も働け。経済的な戦争は別の人間がやるし、情報関連は私が纏めてる。脳味噌まで筋肉の連中を仕切るのも今のところ私がやってるが、そこはお前に任せたい。お互いに利益があるだろ?」
「俺は仕事が増える。組合はアイウン商会へ抵抗を肩代わりしてくれる。この認識であってるか?」
「ああ。ちなみに年10万ワカチナの運営費を徴収する。今後、組合員が増えればもっと下がる見込みだ」
「10万な。なーんかビミョーな額だな」
「切り詰めて10万だ。とにかく入れ。さっきも言ったが私では対処できない。お前一人で対処出来るとも思えない。ここを出る気が無いんなら、答えは決まってるよな」
「だな。お前が言うんだし、分かった。で?いつ払うんだ?仕事とやらの内容も聞きたいな」
「金は私が建て替えておく。今度にでも払ってくれ。仕事はカリーニングでやってもらう。週イチで顔を出してもらって会議、緊急の時は連絡用魔石で指示を出す。あとは」
「待てぇい!週イチでカリーニング?ハゲるわ!カリーニングまで馬車で3日掛かるぞ?それにいくつも州を抜けなきゃ辿り着かんだろ。無理だわ、やっぱ無し!」
「無しは無しだ。こっちも困ってる。友人が困ってるのに見捨てるのか?」
「な、お前、最初から助けてくれって言えばいいだろ。ったく、でもキツイな。ここを空けるのは本末転倒だし。俺はここに居たいんだ。往復6日に1日会議……って、帰れねえじゃねえか!」
「チッ。じゃあどうする?金はたった今100万ワカチナだ」
「吹っかけすぎだバカ。待て待て冷静に話し合おう。俺はその組合に入った方がいいってのは理解した。そんでお前は人手が欲しいんだな?どんな人間がいいんだ?」
「裏切らない、これが絶対だ。そして最低でもS級、かつ経験豊富じゃなければ話にならん。その辺で魔物刈りをするわけじゃないからな。これは戦争と言ってもいい」
「大げさだろ。いくら俺でも戦争の指揮なんか出来ねえよ」
「旗頭が必要なんだ。指揮はその道の人間にやらせればいい。お前はクソみたいな名前の最強パーティーのリーダーだし、死のダンジョンも制した男だから完璧なんだ」
「お、おう。何だ?やけに褒めるな。でも、仕事は引き受けないぞ。悪いが無理なんだ。ただ、そんなヤツ知り合いにいたかな?」
「……探せ。そしたら10万にしてやる」
「――はあ。もちろん探すさ。文句言うなよ!」
「文句は言う!ああ、男ならモテると言え、女なら金持ちの嫁ぎ先が腐るほどあると言え」
「ゲスいな……分かった。ちなみに急ぎか?」
「急ぎだ。明日までに見つけて明後日にはここを発たせろ。宿も飯屋も全部私が手配するから荷物も最低限でいい。見つけ次第連絡を寄越せ」
「明日、明日ですか。まあ、そんだけ緊急ってことだよな。まあ、世話になったし血眼で探しますよ。でも、見つけられなくても怒るなよ?」
「……お前の宿が危うくなるだけだ。冗談ではなく。だから本気で探せ」
「分かりましたよ」
一段落ついたところで、リンはシガーケースを取り出した。
「火」
「ここ禁煙ですけど」
「禁煙を禁じる。火」
「んなムチャクチャな。ちょっと待て。確か、これが、あったあった」
ウエストコートのポケットにある、魔法陣の描かれた紙、通称陣紙を机に転がす。いくつかかる陣紙だが、それぞれ種類が違う。
おお、これだ。
一応中身を確認して……間違いない。これを握り潰せばはい完了。
「これは?」
「空気の洗浄と分離の魔法だ。受付前の休憩スペースにあったろ?それのオリジナルだ」
「オリジナル?いいのか使って」
「見なくても覚えてるからな。明日にでも書き直すさ。ほれ」
バードンは銀色のライターでタバコへ火を点ける。独特の強い臭いもしないし、煙もちゃんと空中で分解洗浄されてるな。
「はぁー。で、ユーリにどう言うんだ」
「え?ああ、エイミの事か。うーんそのまま言うのはアレか?」
「アレってなんだ。確か今年13になるのか?それなら、まあすべて話しても良いんじゃないか?」
「その、アレもか?」
「だからアレってなんだ!?」
「エイミのアレだよ。ほれ」
「ああ、苗床か?それはマルブリーツェ卿と関係ないだろ。それに魔界に死体が捨てられたんだから、魔物たちがどうするかなんて、ある程度決まってるだろ。詳しく話さなくてもユーリは理解するさ」
「そうかねー。その辺の知識ないと思うけどねー」
「その辺てなんだ?シモの事か?それとも魔物の事か?どっちもあるに決まってんだろ」
「は?嘘つけ!調べたのか?なんで知ってるんだ?」
「バカか、調べるわけないだろ。ガキはあっという間にデカくなる。図体も脳味噌も。好奇心のままに勝手に吸収するもんだ。お前以外にも大人は沢山いるし、冒険者だって沢山いるだろ。知る機会なら学舎に通う子供よりも多いだろうな」
「そ、そうなのか?お前もそうだったのか?なあ、ユーリは……」
成長は喜ばしい。しかしまだ子供、無邪気なガキンチョであって欲しいと願ってしまう。寂しいから。
お前には親の気持ちが分からんだろ!そんな目で見るな!
「私は10歳までに、生きる上で必要なあらゆる事を学んだ。ユーリよりも早いし、私の過去は参考にならん。テメエこそ大人になれよ」
「話すか。話しますか。やっぱり父親の事も話すべきかね」
「――それは知らん」
「何だ急に。歯切れが悪いな」
「本当に分からん。分からんが、誠意を見せなきゃ信用は得られない。痛みを恐れて何もせず、ただ信用してくれってのは無しだろ」
「話せって事か?」
「テメェで考えろ。流石に荷が勝ちすぎる」
「分かりました。まどろっこしいのは嫌いだからストレートに包み隠さず言ってみるわ。この後はどうする?帰るのか?」
「ああ、仕事が溜まってるからな。一応、通過する州に転移陣を置いてきたから最短で帰れる」
「金掛かってるな。ていうかそれ、俺も使えないのか?それがあれば……」
「手下に陣の見張りをさせてるし、お前みたいに紙に書いて持ち運びって訳じゃねえんだ。組合の金が無限にあればお前にも使わせてやれたけどな」
「はあ、なるほど。そこまでして帰るのか。忙しいんだな。今日は助かった、ありがとう」
「あ!忘れるところだった。これ、スカーレットに渡して解析させろ。金は出すから他言無用だと伝えてくれ」
空中に手を突っ込み取り出したのは金色の女性像。空間魔法に仕舞っていたのか。
「よろしく頼む。じゃ、今度カリーニング来いよ。奢って欲しい飯がある」
最後の一息を吐き出すと、短くなったタバコは、例の如く消えた。そして手をひらひらさせながら、リンは帰っていった。
受付に行ってから仕事手伝うか。ちらりと見た時計の針は19:00を示す。
ヤバっ。もう受付は落ち着いてる?今行ったら寧ろ総口撃にあう!これは、やってしまった。
そう思ったのも束の間、コンコンコン、扉から軽やかなノックが。
「お父さ〜ん、いるんでしょ〜。皆が受付で待ってるよ〜」
棒読みのセリフ。ユーリお前まで……
スカーレットのように冷徹な受付マシーンに変わってしまったのか……
「あ、ああ。わ、わわ分かった」
このまま家に帰って、何事もなかったように過ごしたかったが、それは無理そうだ。仕方ない、怒られに行くか。
表現力の拙さは、皆様の想像力で補っていただきたく。
アイム・ソーリー。
鋭意努力中なり。
ご報告となります。今日から1週間お休みを頂きます。大変申し訳ありません。
理由と致しまして、ストックが無い、設定が詰められていない。というのが挙げられます。
現在、別作品と同時進行中でして、その作品との兼ね合いもあります。
この1週間に、ストックを作り、設定を詰め、プロットを作ろうと思っております。
これからも続けて参る所存でございますので、何卒よろしくお願い致します。
あとひとつ言い訳ですが、引っ越しで色々大変です。ですが、頑張りますから〜!(見捨てないで)
時期が早まる可能性もありますので、その際はTwitterにてご報告致します。
現時点での次の投稿予定は4/26の7:00となります。
それまでお待ち頂けますよう、よろしくお願い申し上げます。
ホントごめんなさい。