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100.最高の魔法士

 翼を広げれば3メートルはあろうかという大きさ。そしてその美しさは、戦う前であっても見る者を虜にしてしまう。


 リネスティ・モートンは眼前の亜人に注意を払っていた。文献で読んだ知識だが、彼女たちの翼が巻き起こす突風で、数千人の死者が出たという。家屋が倒壊し、巻き上げられた瓦礫に押しつぶされ亡くなった者も居る。

 そして最も警戒すべきなのが鳴き声だ。

 間近で受ければ肉体を粉々にして、跡形も無くなるという。

 そしてこの広漠の更地は、彼女たちの鳴き声が齎した第2波の影響だろう。一撃目を防いだとしても、その声が風を生み出し、鳴き声を追うように全てをなぎ倒し飲み込んでいくという。


 だが弱点もある。それを使うべきか否か、彼女たちの反応次第じゃな。


「ピルド!皆を連れて今すぐ逃げるんじゃ!」


 バードンは生きとるんじゃろうな。まったく、なんじゃあの障壁は。ピルドではあの障壁、破れんな。魔法に長けた者ならあるいは、というところだが、今はそれどころではないわ。


「一体何を言って……」


 やっと気づいたか、あやつもまだまだじゃの。


「アンタ一人で!?無茶だろ!」


「いいから行け!ったく最近の若い者は、いちいち反抗しよる。キャットにスタンピードの対応をしろと伝えるんじゃ!奴らの名はハルピュイアじゃ、覚えたか?ハルピュイア!」


「――年寄りじゃねえから何回も言うな!死ぬなよ!すぐに戻ってくる!」


「まだ死なんわ!寿命以外は受け付けんと決めとる!」


 さあて、アーリマとゴブリンは戦えんな。うむ、どれだけ耐えればいいのやら。


 太陽は傾き、辺りは赤く染まりつつある。そして上空では無数の影が飛来した。

 バサリバサリと羽ばたく美しい亜人、ハルピュイアの顔は、こちらを見て悉く歪んでいく。怨嗟の念、魔法など使わずともヒリヒリと殺意が伝わってくる。


「人間!何の用だ!魔界はお前たちの来ていい場所ではないぞ!」


「ああ、分かっとる。お前さん達こそ何しに来たんじゃ。ここいらはちと暑すぎやせんか?」


「――故郷を奪っておいて、良くもぬけぬけと!」


 いかんいかん。悲しいかな、ワシは圧が強すぎるんじゃったな。


「すまんのお、ワシら人間が、ヒトが憎いのじゃろう?お前さんたちの顔を見れば分かる」


「分かったからなんだ?」


「敵じゃないっちゅうこっちゃ。んで、ヒトでも襲いにきたのか?」


「フッ、だったらどうする?」


「戦いたくはない。お前さんたちが受けた仕打ちは知っておる。だから話し合いで解決したいと思っとるんじゃよ」


「解決すべきことなどない。また私達を追い出すというのか!」


「ハーピー、知っておるじゃろ?この国におる。()()にはおらんがな。じゃから、()()に住むというのならワシはなーんも言わん」


「――無理だな。私達にはやるべきことがある」


「何をするんじゃ?ワシが力になろう」


「お前に、お前たちだけには絶対に頼らない」


「――頼む、ここから先へは行かんと約束してほだけじゃ。魔界はおんしらの領分。だが」


「おい人間、お前たちは私達の仲間を殺した。この翼、この羽根が欲しいとそれだけのために殺したのだ。知っているか?何人の仲間がヒトに身を売っているか。殺されたくないと、お前たち虫けらに体を売っている者がいるのだ!そして今度は、生きるために、すべきことをしようというのに、邪魔すると言うんだな!」


 返すべき言葉が見つからない。

 彼女の潤む目を見て、ヒトはきっと心動かされるだろう。彼女のたちへの仕打ちに心を痛め、酷い仕打ちの実行者を糾弾するはずだ。

 だが、どうだろうか。

 彼女たちが自分たちを襲うのではないかと思ったら。


「邪魔はしたくない。だから協力させてくれんか。ワシだけじゃ、他の者には手出しさせん、頼む」


 リネスティ・モートンは頭を下げた。人生においてこれ程までに、懇願したことはないだろう。

 ハルピュイアは女性だけの種族だ。子供を成す時は別種の亜人やヒトと交わり、力を幅広く強固なものにするという。だから美しい翼を持ち美形が多いのだと、ハルピュイア研究をする()()の学者は言う。

 随分と主観的な研究もあったものだと、モートンは思っていた。この美しい翼がオスを呼び寄せるだけのものだろうか。怒りに歪み、悲しみに打ち拉がれる顔に、どんなオスが寄ってくるのだろうか。

 団結と決意が連綿と受け継がれたその翼は、彼女たちの誇りであるのだと、ようやく悟った。

 同じ女性として、感情を持つ生物として、優しさを持つ大人として、どうか受け入れてくれと願った。


「お前たちでは無理だ」


 長生きすると人の死に目によく立ち会う。それと同時に誕生にも立ち会い、命は巡るのだとひしひしと感じることが多くなる。そしてふとした瞬間、若者たちが大きな壁を乗り越える現場に遭遇する。


「頼む」


 自分では無理だと諦めた壁を、軽々と乗り越えるその瞬間、自分のしたことは無駄じゃなかったのだと実感する。ただのこじつけかもしれないが、全ては受け継がれ、次世代への助けになるのだと、この年になって直感していた。


「――変な人間だ」


「お前さん達をこれ以上傷つけたくないんじゃよ」


「フッ、ハルピュイアを代表して言おう。人間の力は借りない!そうするぐらいなら、死んだほうがマシだ!逃げるなら今のうちだぞ?」


 ミィと触れ合う子どもたちが、ジョンと触れ合う子どもたちが、どうすれば遺恨を残さず手を取り合えるのだろうか。

 ここで戦い、傷つけ合うことがどう繋がっていくのだろうか。


 何が起きようとも、きっと良い未来になってくれるのだろうと願うしかなかった。


「引くわけには行かんのじゃ。本当にすまんのぉ」


 はあ、と息を吸い込むハルピュイア達。いきなり殺しに来るようだ。彼女たちの身体構造は学者によって解明されている。黒い歴史の中で齎された知識だ。

 ヒトと変わらない肺を持ち、喉にある特異な器官で体内の魔力を使用して鳴き声を出す。そうすると、ヒトをひき肉にできるらしい。

 つまり、ヒトが使う魔法とは別物だが、魔力を使うという点では魔法と言える代物なのだ。

 結局のところ、空気が取り込めなければ声は出せない。そして喉を潰せばその器官も損傷してしまう。弱点はヒトと同じなのだ。


『空間支配、転送』『障壁』


 ギャーという鳴き声が上下左右から降り注いだ。ビビビビビと周囲に展開した障壁が震える。だが、ヒビ一つ入ることはなく、鳴き声は2秒程で消滅した。

 この障壁は触れたものの性質を変化させてゆく。人をミンチにする鳴き声を防ぎ、その間に浮遊魔力へと変換したのだ。魔力で作り上げられた武器、すなわち魔法だから、構造さえ知っていれば簡単にへし折ることだってできる。

 最硬度の障壁では無かっただけに心配だったが、余裕じゃな。


 するとハルピュイアたちが呻き出した。

 目の前にいるリーダー格のハルピュイアやその仲間たちは、喉を抑え苦しみ悶えていた。酸素を取り込めず、意識が遠のきポツポツと落下していく。

 空間を支配し、空気を別の場所へ転送すれば、彼女たちは呼吸ができない。こうして落ちていくしかないのだ。魔法さえ使えれば逃れることもできように、どうやら魔法は苦手らしいな。

 しかし数が多い。彼女たち全てを覆う空間の支配はムリだ。


 数名のハルピュイアが異変を察知し、落ちていく者達の救援に向かっていった。その最中、あらゆる方向から突進する者が出てきた。数で潰す、そう考えたのだろう。


 ハルピュイア達の爪が障壁にぶつかるが、爪が掛からず滞空している。それではどうぞ攻撃してくださいと両手を広げるようなものだ。単純な『動』の魔法が翼に当たるだけで真っ逆さまになる。複数名は魔力の扱いに長けているようで、自身の固有魔力を翼に流して対抗しているようだ。しかし魔法はこれだけじゃない。


 魔力を抑えた単純な障壁で、その翼のを覆った。至極単純、可動域を制限したのだ。彼女たちは自由に飛び回ることができず、互いにぶつかり合い、果ては落下していく。

 この程度、詠唱する必要もない。


 リネスティ・モートンは思案していた。

 自分の魔力が尽きる前に、彼女たちが助力を求めてくれる、そんな分の悪い賭けが成立するのだろうかと。

 このままこの茶番を続けていても、何かが変わるはずもない。落ちていった彼女たちは、健在な翼で襲い掛かってくるのだから。

 殺さ不(ころさず)

 憐れむばかりでは今までの人間と変わらない。であればやるしかないだろう。恨みを凌駕する力でもって、敵ではないと知らしめるしかないだろう。


 怨嗟の鐘の音も、モートンの障壁の前では無力であった。




 こんな時に陣紙を忘れるなんて、師匠になんて言われるか。こうして走る羽目になったのも油断のせいだ。あの数の魔物、いや亜人か?あれと戦うなんて、ギルマスでも絶対に勝てない。だから、こうして俺たちを逃したんだ。

 助けを呼ばなくては、ギルマスがヤバい。


 動作補助を全開にしてピルドは走っていた。アーリマとゴブリンには「悪い」と告げ、全力で更地を駆けていた。ピルドのスピードは、他の追随を許さない。バードンに教えを請い、自力で編み出した瞬速の魔法。

 筋肉へ直接『動作補助』を行い魔力効率を高め、『障壁』によって体の保護を図り『動』の魔法によって足では生み出せない超加速を実現した。そして接地の際はスビードによって脚が砕けないように『軟』の魔法で反発を最小にして、『静』の魔法によってブレーキを掛ける。

 細かな調節と魔法の同時使用を行うことで、この魔法は完成される。これが他の追随を許さない所以である。


 そうして駆け抜けた魔界からほのぼの郷が飛び込んでくる。だが、それを横目に疾駆する。ここにバードンを置いていくのは得策ではないからだ。一刻も早くギルドに向かい、バードンの手当とモートンの救助要請を出さなくてはいけないと考えていたのだ。

 肩に担いだ箱、嫌な例えだが棺に似ている。恐らく障壁だろうが、意識を失っても存続するなんて聞いたことがない。

 魔法を解くには、魔法を特定する必要がある。俺ではムリだ。

 しかしギルドにてスタンピード用緊急招集が掛かれば、上位ランクの者たちが集うのだ。魔法に長けたアイツがいる。そして治療ならば低ランク帯の人間でもできるし、病院に連れて行くことも可能だ。

 だから、ギルドへとひた走るのであった。



「なんか、魔界の辺りで叫び声がするって」

「えー何それ。オカルトじゃないの?」

「絶対そうだよ。だってほら、あそこの騎士暇そうじゃん」

「ハハハ、確かに」


 若者たちの声すらも置き去りに、ギルドの建物が目前に迫った。入口の前で全力の『静』を掛け、『障壁』が体の中と外を支え保護してくれる。生身だったら急ブレーキで肉体がぐちゃぐちゃになっていただろう。しかしこの操作も慣れたもので、体が覚えている。

 扉を開くといつもの風景だった。受付嬢が苦笑いして、商人が無茶ぶりをする、いつもの光景である。

 カランコロンとドアベルが鳴ると耳目が集う。


「キャットさん!ギルマス命令です!スタンピード!」


 ほのぼのした空気は一瞬で凍りついた。魔界にほど近い3区において、スタンピードというのは地獄を意味する。止めようのない波を止めろと冒険者たちへ命令するのだ。

 受付嬢のキャットが一瞬固まり、頷いた。机の下をゴソゴソすると、全ての窓にカーテンが降ろされ、受付台は天井へ伸びていく。受付台の下には地下へ伸びる階段があり、一般人を匿うためのシェルターが存在する。1,000人程度なら3日は耐えられる備蓄があるというが、実運用は今回が初めてだ。

 すべての照明が落ちる。明かりは魔物を呼び寄せる可能性があるからだ。手持ちランタンでキャットさんがこちらへとやってきた。


「ギルマスは、まさか」


「一人です。ハルピュイアという亜人の群れが魔界に現れました。数は目測で400から500」


「嘘でしょ」


「早く助けに行かないと。それからこの方、バードンさんです。すぐに治療が必要なんですが、見ての通り魔法が掛けられていて……」


「ギヨーム君ね、分かったわ。この魔法が無くなり次第治療させるわ」


「お願いします、おっ!来たか」


「ちょっと待って、助けに行ってはダメよ」


「えっ何故です」


「波は止められない、だから各地の被害を局所的に低減させていく、これがスタンピード対応の規則だからよ」


「それなら、みんなと話し合って決めます」


 続々と集まる高ランク冒険者たち。彼らは任務中であろうが、結婚式中であろうが、親の死に目であろうが、こうして集まると誓っている。それが高ランク冒険者になる上での絶対条件だからだ。


「みんな揃ったみたい、あとはよろしくね」


 バードンが横たわる箱を、キャットさんは寄越せと手招きしている。本当なら魔法で軽くすべきだが、魔力消費を最小にするため素の重さになっている。かなり重いのだ。

 訝しみながらも手渡すと、うんしょと言いつつ軽々と持ち去っていった。

 やはりあの人は元冒険者じゃないかと思うんだよな……。本人は違うと否定するけど。

 おっと、全員がこちらを見ている。準備万端だな。


「魔界でスタンピード発生だ。対象は亜人と思われる。種族名はハルピュイア、知ってる者は?」


「ハーピーの親戚だろ?絶滅したって聞いてたけどな」


「ギルマスがハルピュイアだと念を押していた。間違いない」


「なるほど。じゃあ説明するな」


「頼む」


 前に出てきたのは、トルーセウス・ベネット【一殺掃(ヘッド・ショット)討隊(キラーズ)】のリーダーである。


「空を飛ぶ亜人だということを認識しといてほしい。その上で2つ攻撃手段があって、1つ目は鳴き声だ。至近距離で食らえばミンチにされる上に遠距離でも鼓膜が破れてしまうそうだ。そして鳴き声直後に発生する第2波にも注意が必要だ。第2波は攫い風とも云われていて、鳴き声の進行方向へと伸びていく。強力な風だから高硬度の障壁じゃないと耐えられないだろう。そして2つ目の武器は翼による風圧だ。嵐なんか目じゃない程の威力で人が吹き飛ぶそうだ。そこで防御手段と攻撃方法について提案がある」


 彼の提案はシンプルだった。魔法で造った耳栓で鳴き声のダメージを軽減する。意思疎通は念話で行う。

 現場についたら3つの点を遵守する。

 1つ、ギルドマスターの指示を仰ぐ

 2つ、特段の指示がない限り防衛と進行阻止のみを行う。積極的攻撃は避ける。

 3つ、パーティー単位で動き、基本的に全体での行動はしない。

 ギルドマスターの指示を仰ぐのは当然である。

 2つ目の消極的戦闘は、最大の目的がスタンピード対応だからである。500体の亜人に対して数十人で挑むと取りこぼしが発生する。その為、接敵地点の最後方で進行阻止に専念する。つまり後退しつつ撃滅していくということだ。

 そして3つ目、各パーティー単位での行動は、その方が動きやすく、効率がいいからである。一箇所にまとまって、一斉射撃や一斉突入なんて騎士みたいなことをすれば、数の少ないこちらがすり潰されるだけ。なので、各パーティーが各持ち場にて仕事を行う方が都合がいいのだ。


「みんな、今さらで申し訳ないんだけど、今回はスタンピード対応なんだ。つまり発生地点に向かうのは僕たちの任務じゃない。そこで、ギルマスサポートのために、一緒に向かってくれる人を募りたい。規則破りだと言われたら僕が何とかするよ」


「愚かな質問ッ!当然行くッ!」


金翅銀翔(きんしぎんしょう)】のベルナルディノ・ルフェテが拳を握り高らかに宣言した。同調する者が声を上げると、渋い顔をする者達が浮き彫りになる。こちらから見る限り、応援に向かうと息巻いているのは半分ほど、それもA級のパーティーばかりだ。


「どうやらB級の連中は腰抜けが多いようだなッ!そしてシルビア!貴様こそ向かうべきだろうッ!」


 A級パーティーが気炎を上げる中で伏目がちに気配を消していたのはシルビアだった。

 元パーティーメンバーなので息を潜めていた理由は分かる。

 S級冒険者になる前は、彼女がリーダーを務める【誇り高き緑帽子とアブソリュートゼロの風林火山】略称【緑帽子】に所属していた。俺が抜けてからまたメンバーが変わっている様子だ。まだA級の仕事に慣れていないのだろう、顔が青い子もいる。実力が伴っていないと分かっているから、前線に立ちたくないと考えても仕方ない。


「ルフェテさん、強制はしていませんので控えてください」


「ふんッ!思い出させてやっただけだッ!恩人が誰なのかをなッ!」


「――決まったみたいだね。それじゃあ街の防衛に当たるパーティーはベネットの注意点に気を配って行動してくれ。ギルマス援護に向かうパーティーはこっちへ」


 冒険者ギルドには正面に階段がある。その両側には様々なお客さんの様々な要望を受け付ける窓口があり、現在は右側の受付が地下通路への入り口となっている。

 左側受付の仕様に変わりはなく、人がいなくて暗い以外は普段通りである。

 ピルドは受付台に置かれている、アンティークの時計に目を付けた。スタンピード対応時やギルドが緊急だと認めた場合、必要になるのは資金と物資と人材。人材は既に集まっている。

 置き時計に触れ魔力を流すと時計の針が急速に回りだし、12時を指し示した。

 微かに床が揺れると、時計がくるりと倒れ、受付台の下に消えた。元から無かったかのように、すっかりと片付いた受付台が天井へと動きだしピタリとくっつく。


 そこには、現金、回復薬、伝説級とされる魔物について書かれた本、そして武器や大きな魔石がびっしりと詰め込まれていた。

 奥行きはあまりないが、左右対称の図書館の様で中央には人一人が通れるスペースがある。


「時間が惜しいので、魔石で転移する。僕たちの目的はギルマスの援護だ。でももし、まあないとは思うけど、ギルマスが危険だと思ったなら、全員でここへ転移させる。いいね?」


「もしッ、ギルマスが帰らないと言ったらどうするんだッ!?」


「ギルマスが万全なら、連れ帰るのは至難でしょう。でも僕達が危険だと思うってことは、そんな余力がないってことです。後で文句を言われたら僕のせいにしてください」


「フンッ、文句は言わせんッ!」


「魔石だけを取ってください。武器や薬はここに残るパーティーのために残しておきます。必要なら転移してここで応急処置をしてください」


 成人男性でも手に余る大きさの魔石は、仄暗いギルド内においてもその透明度が分かる。水晶玉に紫色の液体を注ぎ混まれたように澱みがない。


 魔石が渡ったかと見渡していると、唯一のB級パーティーが手を上げた。


「とうした?」


「す、すみません。これの使い方が分からなくて」


「あー、それはね」


「ピルドッ!俺達は先に行くッ!いいなッ!?」


「ええ、分かりました。耳栓と、現場に着いたら……」


「分かっているッ!」


 暗いギルド内。魔石を持つ冒険者達の顔がぼうっと紫色の光で照らし出された。すると彼らは光に吸い込まれるように転移した。


「すみません、ピルドさん……」


「いやいや気にしないで。こんな高い魔石、使い方知ってる方がオカシイから。この魔石は魔力を引き出して、任意の魔法を使えるというものなんだ。転移以外にも使えるけど、それは止めてね」


「帰れなくなるからですか?転移だけで相当な魔力を消費しますもんね」


「そいうこと。いいかい?少量の魔力を石にコーティングする、後は転移魔法を使う時と全く同じだ。転移魔法、初めてじゃないよね?」


「実習で一回だけ……」


「なら大丈夫。難しい魔法じゃないからね」


「場所の指定はイメージするだけでいいんですよね?」


「うん。君達、魔界に入ったことは?」


「入口を眺めるだけなら……」


「なら、魔界の入り口をイメージして」


「分かりました」


「現場に到着したら真っ先に障壁を張ること。それから今すぐ耳栓をして、準備ができたら教えてくれ。僕も一緒に転移するから」


 耳栓をつけたB級パーティーは、親指を立てて準備完了を告げた。ピルドも『物体造成』で造った耳栓を詰め込み、魔石を光らせて彼らの様子を窺う。全員が上手くできているようだ。それを確認すると、ピルドは魔界入り口へと転移した。


 前面に障壁を張ると、突風が両脇をすり抜けていく。そして微かにだが、甲高い悲鳴が聞こえてくる。遅れて転移したのは先程のB級パーティー。キチンと指示を守り障壁を展開している。

 ん?そういえばこのパーティーは……。


『君達6人じゃなかった?一人足りないようだけど』


『ギヨームはバードンさんという方の治療の為に残っています』


『あっ、君達のパーティーだったのか。そうか、ありがとう。僕が依頼したんだ。でもギヨーム君がいなくても平気かい?』


『平気、ではないですが、経験を積みたいので。ヤバくなったら逃げるつもりです……すみません』


『いいよ、いいよ、経験は大事だ!ふうー、僕は先に行くよ。気をつけてね!』


 コキコキと指を鳴らし、首を回し、腰を捻って準備をする。後は現場まで走り抜けるだけだ。


 ヒュンッ!


 景色が川のように流れる。

 基礎魔法と動作補助を応用した瞬速の魔法で魔界を駆け抜ける。だが風が強くて最高速度には遠い。

 強い向かい風を受け流す為、障壁をくの字に折り曲げたが、凄まじい抵抗がある。土や石ころがパチパチと障壁に飛び込んでくる中、ギルドマスターの無事を祈っていた。




 戦場は緩慢になっていた。何度も何度も攻撃するハルピュイア達。それを幾度も幾度も跳ね返すモートン。誰も傷つかず、誰も死なず、今何をしているのかそんな空気がハルピュイアたちに広がっていた。


 ならばと、ハルピュイアの一部が魔界から抜けようと試みる。モートンに的を絞るからやられるのだ。魔界を抜ける素振りを見せれば、意識が削がれるだろう。あわよくば市街地に出られるかもしれない、とそんな思いがあったのだろう。


 ――そう簡単に許されるはずはない。


「先へは行かせんと言うたじゃろ」


 過ぎ去っていくハルピュイアには見向きもせず、ボソリと呟いた。


 翼を優雅に上下させ、風のように魔界を移動していたが、止まった――。


 一斉に急ブレーキでもかけたかのように、誰も前へは進まなかった。いや進めなかったのだ。

 翼の付け根には円形の縄が絡まり、前へ前へと抵抗すればするほどに、輪っかが締まっていく。自慢の美しい翼がギチギチと悲鳴を上げる。制御がまったくできなくなり、そして地上へと落下していく。


 駄々をこねる子供の様相だ。長い縄に引きずられながら、戦場へと戻ってきたのだ。


 ハルピュイアの一部といえども、その数は数十に上る。

 鳴き声も、鉤爪も、翼の成す颯も悉くモートンへ届かない。

 一体どれ程の魔力があるのだ。これをいつまで続ければ終わるのだ。ハルピュイア達は、小さな一人の老婆の姿に、天を覆う大きな雲を重ねていた。


「ちょいと休まんか?話でもしながら、どうじゃ」


 ハルピュイア達は互いに目を合わせ、様子を窺う。


「何が聞きたい」


 静寂を断ち切ったのはリーダー格のハルピュイアだった。

 地上へ落下した後、仲間に助けられ戦場へと舞い戻ったのだ。


「ワシはリネスティ・モートン、冒険者ギルドのマスターじゃ。自己紹介が遅れたのぉ」


「名前は……お前でいい」


「ふむ、そうか。なんとも奇妙じゃが、今日サイクロプスが出たんじゃよ。ガピアザにしか居らんっちゅう目玉の魔物がじゃ。そんでおんしら、そん魔物に襲われたんじゃろ?これはただの偶然かのう?それとも計略、か?」


「――――襲われた?何の事か分からないな。そして深入りは止めるべきだぞ」


 襲われていないと。

 ではこの情報を齎した子供についてはどうか。


「そうか、忠言感謝じゃの。ところでミィっちゅう子は知っとるか?」


 ミィという名前で、明らかに動揺したリーダーのハルピュイア。だがそこに喜びや怒りは感じられない。寧ろ何かを恐れているような……。


「ワシの、弟子っ子の所で預かっとる。なあに、ちゃんと面倒見るでな。だから話し合いで解決せんか?お前さんらを傷つけて、ワシはミィにどんな顔をすればいいんじゃ」


 顔を曇らせたリーダー。すると別のハルピュイアが近づき何やら話し込み始めた。いや、リーダーのハルピュイアが二、三言口を開けば、別のハルピュイアはその倍以上、強い語気で諌めている。

 もしかしたら、こちらが誘拐したなんて言うんじゃなかろうな。

 バードンの齎した情報からは、襲われて逃げ延びた子を保護しただけ……。


 いや、襲われていないと言っておった。そしてこうも言っておった。

「深入りは止めたほうがいいぞ」と。

 ふむ、つまりはサイクロプスが居ることは承知していたのじゃな。

 ちゅうことは、示し合わせてこの魔界に来たと。何かに追われたのか、それとも指示されたのか。

 彼女たちとサイクロプスの裏に潜む者がいるのではなかろうか。深入りは止せと言わしめるほどの邪悪な何かが。

 しかしミィは襲われたと言っておったの。わけが分からん。


 俯き加減のリーダーへと詰め寄るひとりのハルピュイア。彼女がこちらへと振り返った。


「人間、ミィ返せば手を引こう。これで解決、そうだな?」


 その晴れやかな顔に背筋がゾクリとする。


 リーダーの表情には恐れをがあった。今はずいぶん苦しそうだ。

 一方コイツは清々しい顔をしている。

 きっと道筋が見えたのだろう。解決への糸口、ミィを手に入れれば何かが終わるから、安堵して緊張も緩んだのだろう。

 サイクロプス、ミィ、そして裏に潜む何者か。


 イカンな、渡すわけには。


「お前さんリーダーじゃなかろう?話す気はないのぉ」


「ちっ、メリィ言ってやんなよ」


 メリィ、か。自信なさげに唇を噛み締めておる。さっきまでとはまるで別人じゃ。


 ハルピュイアのリーダーであるメリィは静かに目を瞑り、覚悟の表情でこちらを見た。


「――誓ってくれ、必ずあの子を守ると!」


 ハルピュイア達がざわめきだす。

 それを意に介さず、翼を羽ばたき、一気に上昇。こちらを睥睨すると大きく息を吸い込んだ。

 それはまさに、攻撃の合図だ。


 そしてワシは動かずにいた。

 何が起きるのか確証があった訳ではない。ハルピュイアたちも同じく怪訝そうに上空を眺めている。

 些か不思議だと、後になって思うことがある。戦闘中の敵に対して畏敬の念を持ち、同志と仰ぐような感覚。

 望む地は違えど道程や葛藤は共有している敵への同情、そして互いに笑い合うような架空の未来を想像してしまうのだ。

 過去に幾度か経験したそれを、メリィに感じていた。

 まだ若い。若く拙いが、長としての矜持を感じた。ギルドマスターという小さな集団の長と類していいものではないが、通ずるものがあった。

 そして今、決断したのだろう。


 あの子を守れ。


 さて、どうする。殺すのか。はたまた種族を裏切るのか。


 ワシは彼女たちに同情しながら、彼女たちを散々甚振ってきた人間を守ろうというのだ。

 そしてメリィに決断を迫ったのもワシ。


 人間を頼らんと言うたくせに、誓えとな。


 ――信じよう。子を守れと言うた彼女を信じよう。



 怒気と魔力の旋律が、メリィの味方であるはずハルピュイア達へと降り注いだ。

 殺意の咆哮。メリィへ叱責していたハルピュイアは泥人形のように崩れていき、その周囲にいた者達も同じく人の体を成していなかった。

 そして何人ものハルピュイアが制御を失い、ヒトと変わらない、ただの悲鳴を上げて墜落していく。

 空にびっしりと布陣したハルピュイア達の間に、亀裂のような空間が出来上がった。今の彼女たちを表すように、雲間を縫って陽光が差すように。


「マズイ!」


 誰かが叫び、散り散りに急上昇していく。

 途端に隙間風のようなヒューという音がすると、嵐のような暴風へと変わった。第2波、攫い風が巻き起こったのだ。仲間たちを救おうと急降下していった者たちは、強力な翼を持ってしても抗えず、地上へと叩きつけられていく。


 こうして百数十のハルピュイア達がこの場から姿を消した。


「アイツは殺せ!人間も殺せ!ミィを探すぞ!」


 やれやれ、ハルピュイアというのは強いな。

 ひとまずメリィはこちらに付いたわけか。にしても、その理由が気になるのお。

 ハルピュイア達が息を吸い込むと同時に魔法を発動させた。空間を支配し、空気だけを転送する魔法を。王国最強を自負する魔法士(ウィザード)、モートンだったがこの魔法を使ったことで時間を意識し始めた。


 ハルピュイア達と向き合い語る為に滞空し、話だけで解決したいとの想いから高硬度の障壁で攻撃を凌ぎ続け、言いつけを守らないギルド員達がここへ来て、攻撃を始める事を恐れた為、広範囲の探知魔法を展開していた。

 連続して複数の複雑な魔法を使い続けた。

 いくら最強といえども、魔力には限界がある。それはすぐそこに見えていた。


 メリィへ向かうはずの激烈な咆哮は止められた。しかし長引く戦いで手の内はバレている。範囲を見切った彼女たちは四方へ散り散りになり、山のように雲のように、広い空を我がものとした。

 伸びきった隊列に纏まりはない。

 威圧感も精強さも感じられない。

 しかし地の利、いや空の利と数を活かした的確な態勢だった。

 もう同じ魔法は使えない。

 この広さの空間を支配して攻撃など、魔力が尽きそうな今では望むべくもない。

 どこからでも攻撃できる彼女たち。待つ必要もないだろう。それぞれが攻撃を開始した。


 メリィの目的の仄かな輪郭は見えていた。

 彼女達の裏に潜む敵、逃げ出したミィ、保護したと聞いて狼狽したメリィ、そして何としてもミィを得ようとするハルピュイア達。


「――誓ってくれ、必ずあの子を守ると!」

 言われずとも守るっちゅうのに。子供をだしに使うほど耄碌しとらんわ。


 彼女達も悪鬼に追い立てられた者達だ。平和な世ならば子供を慈しむだろう。モートンは憎いと思った。ハルピュイアを襲ったヒトも、裏に潜む何者かも、そして無力な自分も。


『障壁』


 空に広がるハルピュイア達は絶叫した。重なり合い、隊列を組んでいた時には、味方への誤射を気にして一部の者しか鳴き声を発しなかったのだ。

 しかし今は全力を出せる。

 薄く広く布陣した彼女達は、モートンとメリィへ、容赦ない絶望の鳴動を与えた。


誰か……

なんか辻褄合わなくね?的な部分があったら教えて……

小説って難しすぎる……

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