97.アホ目玉と三羽ガラスと
「魔力はどのくらいある?」
「半分あります」
「サイクロプス、やったことあるか?」
「いえ、名前ぐらいしか」
「オッケー、今からプランを言うぜ?シンプルだ。サイクロプスに遭ってもビビるな。そして、ボス捜索以外に魔力を使わない、理解できたか?」
「はい」
ほのぼの郷から全力で走ってきた2人。見渡す限りの更地と遠くの方には森。彼らは当てもなく走っていた。魔力量は成人男性よりやや多い程度のアーリマと、バードン並みの魔力量を持つゴブリン。
探知魔法で辺りを探りながら移動しようと考えたアーリマは、ゴブリンに提案。すると「それはなんですか?」と純粋な目で聞き返されてしまった。
探知魔法はかなりメジャーな魔法で、子犬探しや落とし物捜索にも使われるほど広く知られ親しまれている魔法なのだ。もちろん細かな分類によって、思ってた探知魔法と違う!なんてこともあるのだが、それでも知らないという奴に会ったことがなかった。
魔力節約の為に動作補助の魔法すら使っていない。そんな彼らは、生身の体で全力疾走していた。ゼーゼーと項垂れてしまう程に駆け抜けた。たが魔界の景色は全く変わらない。
「これ、ヤバい、かも」
「なにが、ヤバいん、ですか?」
「流石に魔法がないと、ムリだな」
「でも万が一に備えて、ですよね」
「――応援を呼びたいところだが」
バードンと仲のいいリンやイムリュエンならばとも思ったが、彼らの住む場所からここまでにはかなりの距離がある。そしてボスの友達だからという理由で助力を乞うのも気が引けた。そもそもアーリマ自身、その2人とあまり親しくはないからだ。
となると、元パーティーメンバーのワパックやジナキウに頼りたいが、彼らもまた住む所が遠すぎる。転移の陣紙は、以前ククルーザ・スパワとやり合った際に使っており、新しいものを寄越せとバードンに集っていた。ここ最近、陣紙不足だと悩んでいたバードンのことだから、恐らく新しい転移陣紙を渡していないだろう。
こうなってくると、ここマルブリーツェにいる者に頼るしかない。
【ハズレボンビー】の頃ならバードンがプランを立て、アーリマは従うのみ、それで良かった
ミリスからはよく「ちゃんと計画を立てなさいよ」と小言を言われても、これが俺のやり方だ!と漢を気取っていたが、ここまで来てようやく身に沁みてきた。
見切り発車は良くないと。
あの暴風があって、急いで駆け出してきたはいいもののこのザマだ。傷口が浅いうちに治療をしないと、後々厄介なことになってしまう。だからよく考えてみる。
もし仮に騎士を呼んだとしたら。あり得ない、領主の息が掛かる騎士なんか呼べば、ボスがどうなるか分からない。そういえば、割と親しい様子だったあの騎士、顔が怖いアイツならばと妙案を思いつくが、連絡先を知らない。
だったら冒険者ギルドに連絡するか。いやそれもダメだ、バードンは10年前にダンジョンに籠もってから、ギルドへは連絡を取っていないはずだ。もし当時の出来事をギルドマスターに話せば、きっと報復に出るだろうから、隠し通せと言っていたんだ。
手詰まり、そんな言葉が過り渋面で遠くを眺めた。だだっ広いこの魔界を探し回る内に、バードンはどうなるのか。生きていればいい、だが大怪我を負っていたら、魔物に襲われるかもしれないし、下手すると魔人に殺られるかもしれない。
「あのー」
申し訳なさそうな顔をして、ゴブリンはこちらを覗き込んでいた。
「おっと悪い。色々考えてみたんだが、今すぐに来てくれるような伝手が俺にはないわ」
自嘲気味に笑ってみたが、状況は悪い。いっその事、探知魔法全開にして探してみようかとも考えたが、それはあまりにも無謀だ。魔力がな状態で魔界へ行くなど自殺と同義。だが他に手があるのかと自問してしまう。
「あのー、ギルドへ連絡しましょう。私、強い人知ってます」
「――それが、ギルドはマズイんだ。昔に色々あってよ、ボスが生きてるってギルドに知られると……強い人知ってるって、それ知り合いか?」
「知り合い、というか元仲間というか」
「仲間?そういやゴブリン、アンタはどこで拾われたんだ?」
「拾われたというのは少し心外です。まあ実際そうですけど。冒険者ギルドでお会いしました」
「は?」
「魔界探索のメンバー選考だと言って、ギルマスが紹介してくれたんです。元S級冒険者のバードンさんを」
「え、いやでも」
アーリマは知らなかった。過去が色々と明るみに出ていることを。そしてそれはバードンが自ら公表しているのだと。しかしアーリマは悪くない、何一つ。バードンが伝え忘れていただけなのだから。
「それよりギルドに連絡しましょう。」
「――すぐに連絡してくれ」
不謹慎だと分かっていても恩人であるバードンに「死ね!」と思ったのは言うまでもない。
ちょっとだけ罪悪感を覚えたので、頭を切り替える。ギルドから呼び寄せる人材は優秀な方がいい。しかしアーリマの持つ冒険者情報は10年前で止まっている。現役の強いやつなんて知る由もない。
「ん?何だよ連絡してくれよ」
どんな冒険者を呼ぶべきか、宙を見つめて悩んでいると、ゴブリンはこちらを見つめて固まっていた。
「魔石を持っていませんので、貸して頂けますか?」
「あ、ああ。持ってるのかと思ったぜ」
魔石に向かって話し始めたゴブリンを横目に、捜索に最適なメンバーを思い描く。
バードンのように探知魔法が上手くて、バードンのように魔力量が多くて、バードンのように臨機応変に対応できる能力があって、バードンのように攻守一体の技術を持った人間、そんなヤツいるわけがない。
生まれてこの方、信頼できる人間の指示と計画を頼りに生きてきた。小さい頃はピルドとミリス、バードンに拾われてからは【ハズレボンビー】の仲間たち。
そして今はミリスとバードンの2人。そのお陰か、2人が何も言わずとも、何をしてほしいのか、何をしたいのか、完璧に分かるようになっていた。気分転換というか、突発的な衝動というか、時々自分で何かをしてみることもあったが、上手くはいかない。ミリスの言う「無計画」だ。
だからこそ、アーリマは考えるのをやめた。
「ちょっと、それ貸してくれ」
「えっ、あはい」
受け取った魔石から、若い女性の声が聞こえてくる。どうやら、相手がゴブリンだと分かり、ねちっこくいびっている最中だったようで。
「ベネットさん、アナタがいなくなってからすぐに代わりを見つけたのよ?それも超優秀!そしてイケメン!超人気の【一殺掃討隊】に依頼したいなら、相当高くつくかもー。それでもいいの?」
「あーそれキャンセルで。とりあえずギルマスに代わってくれのない?」
「うっ、え?誰?ですか?」
「誰って依頼人だけど」
「お名前を伺っても?規則なので」
「アーリマ・ジャンクト、まだA級で登録してるはずだから。確認できたらすぐにギルマスに代わってほしい」
「――少々お待ち下さい」
戸棚を開け閉めする音が聞こえたかと思うと「マジ?」という声が漏れ、ドタドタした足音が遠ざかっていく。すると今度はドタドタと音が大きくなり、息を切らした女性が応答した。
「はあ、はあ。すみません、今すぐに代わります」
ピキンと氷が割れるような涼やかな音が魔石越しに聞こえたと思えば、今度は懐かしい声が語りかけてきた。
「なんじゃ、しっしっ!お前はあっち行っとれ!コイツは結婚しとる、たぶん。ほれ!どっか行け!アーリマ、久しぶりじゃのう。元気しとるか〜」
「うっす、お久しぶりっす。あの、色々と申し訳なかったっす。バードンさんがそっちに顔出したの知らなかったもんで」
「んにゃ、ええわそんなもん。どうせ独りで色々動いたんじゃろ。んでお前さんは置いてきぼりじゃろ?ん?」
「えーっとまあ、そんな感じっすね。ちょっとご相談なんすけど、いいっすか?」
「おう、言うてみぃ」
「ボスが魔界で行方不明になりまして、急ぎで助けが欲しいんすよ。誰かいいヤツいないっすか?」
「――――んんんん、アイツは、アイツは!アイツは年を食っても、アホなんかぁああああああ!」
魔石越しに響く怒りの咆哮。流石に老体、怒鳴っただけで呼吸を荒くしている。
「はあ、はあ、あのクソボケ。なんちゅうやっちゃ。ウチは魔界での活動を禁止しとった、つい最近まではな」
「今は、いいってことっすよね?」
「アイツが見繕ったやつがおるわ。全く、タイミングが良いんか悪いんか。とりあえず纏めて放り込む、と言いたいところじゃが、生憎すぐに動けるのは一組だけじゃな」
「今すぐに来れるっすか?俺はもう戦う魔力もないんで、捜索も上手くいってないんすよ」
「ほんじゃあ、すぐに向かわす。ああ、そいとな、ピルドが帰ってきとってな、アイツも暇そうにおなごを眺めとるから、ケツ蹴り上げてそっちに向かわせちゃる」
「お、おっす、あざっす。ああそれと!」
「なんじゃ」
「そっちに被害はないっすか?こっちは魔界が吹き飛んで大変なんすけど」
「なんじゃそりゃ。なーんも変わっとらん、平常じゃ。ヤバいんか?」
「いや、どうっすかね。正直何が起きてるのかさっぱりなんすよ。ボスが言うには、サイクロプスが出て鳥みたいな亜人を襲っているから、魔物やら動物やらが街の辺りまで逃げるかもしれないって言ってたっす。一応、役人の人にも伝えたんすけどね」
「役人の怠慢じゃな、無駄銭ばっか吸い取る癖に、ったく。にしてもサイクロプスに鳥の亜人のお」
「なんか知ってます?」
「さあ?鳥の亜人なんか聞いたこともないし、サイクロプスはここいらにはおらんじゃろ」
「そうなんすよねー。とにかく気をつけてください。それからあざっす」
「礼はいらんから、金を用意しとくんじゃな」
でこぼこの不定形へと変わった魔石をポケットに入れると、カアーカアーとカラスの鳴き声が近づいてくる。
3区ではゴミを漁りにカラスの群れがやってくる。特段珍しくもないので、気にせずに走り出そうとするが、どんどん鳴き声が近づいてくる。
ふと上空を見上げると、3羽の黒い影が森の奥の方向、今まさに向かおうとしている方角からやってくる。
「なんか、話しています」
「どういう意味?」
「あ、あれって魔物じゃないですか?言葉を話してます!」
カアーカアーと鳴き声が近づくにつれ、ゴブリンの言っている意味がようやく分かった。
「カァー!オヤジ、アレ!」
「カアーカアー!アーリマ、トナリ、ダレ?」
「カアーカアーカアー!アーリマノナカマダ、ボスノメイレイダ。アノアジンニモツタエルノダ!」
「魔物だ。でも俺の名前を知っているぞ」
漆黒の翼が荒れ果てた大地の上で舞う。夕暮れ時なら不気味だが、太陽が眩しいお昼時、3羽のカラスが真上を旋回し始めた。
「アーリマ!アーリマ!」
「アジン!アジン!」
敵だとしても大した相手ではない。コーヴァスネルガス、足ふきマットで有名なカラスの魔物だ。人の言葉を話せる程度に頭はいいが、強さはカラスと変わらない。それにしても何故名前を知っているのか、不思議に思いながらも旋回するカラスたちから視線を外さない。そして真上から降り注ぐ太陽の光が眩しい。
「おーい、味方なら降りてきてくれ。敵ならここで殺すぞー!」
カァーと一声鳴くと、中でも大きな1羽から地上へと滑り降りてきた。揃った3羽はテクテクとこちらに近づくと、嘴を開いた。
「バードンヲミツケタ!オマエタチ、ツイテコイ!」
「待て、その前にお前は誰だ、なぜ俺を知っている」
「ワレラガボス、ジョンサマガシッテイルノダ。ワレラモトウゼンシッテイル」
「――もしかしてダンジョンの魔物?手伝ってくれるのか」
「テツダウ!ボスノメイレイダ!サッサトツイテコイ!バードンハケガヲシテイルカラナ」
「分かった案内してくれ」
3羽のカラスは、ピョンピョンと助走をつけると勢いよく飛び上がった。更地となった魔界の奥へと進みながら、こちらを待つように上空を旋回してくれている。
それから数分走り続けた。息も絶え絶えになりながら、ジャケットはとうに脱ぎ捨てて、重たくなった体を動かし続ける。
だいぶ進んだこの辺りは、ほのぼの郷周辺とは景色が違っていた。草も木も石ころも何一つない。直射日光が土に反射して、広い敷地でトレーニングでもしているような気分だった。
「オヤジ!」
「ナニカ、クル!」
ドシンドシンと地面が揺れ、アーリマは立ち止まった。膝に手を当てなんとか呼吸を整えようとする。無風で良かったと安堵した。この気温で風なんか吹けば、すぐに体が冷めてしまい、筋肉が硬直して動けなかっただろう。呼吸するたびに痛む肺。無理矢理に空気を送り続け、嫌な相手が来るのを待った。
小さな1つ目が着地するたびに大きくなり、地面の震えも大きくなる。
馬鹿みたいにデカくて、馬鹿みたいに頑丈な1つ目のアホだるま、サイクロプスが、ドスンドスンと飛び跳ねながら、遠くから一気に距離を詰めてきたのだ。
「おーーー!食べちゃうぞーーーー!」
「ムスコタチヨ!ツカマルナヨ!」
「カアーカアー」
動き回る上空のカラスが気になったのか、ふざけた跳躍でカラスに掴みかかろうとするが、そう簡単に捕まるはずもない。
3羽のカラスは、攻撃を適当にいなしながら時間を稼いでいる。彼らでは戦えないから、こちらが息を整え準備できるよう意識を逸してくれているのだ。
「アーリマさん、いけますか?」
「はあはあ、ムリって言いたいけど、なんとか……」
グッと背筋を反らして気合を入れると、蝶々でも追いかけているような、無邪気なアホ目玉を見やった。どう考えても分が悪い。ボスの居場所は割れている今、捜索に費やす魔力は気にしなくてもいい。だが、逃げる魔力は温存しておきたい。完全な更地、開けた視界、魔力も体力もギリ、不利な相手にこれでもかとハンデを背負っているわけだ。
「ナタ、造ってくんね?2本」
「分かりました『物体造成、ナタ』」
拳ぐらいの大きさの白い玉が、空中で形を変えると、柄は木製、枝打ちに最適そうなどこにでもあるナタが出来上がった。ゴブリンから手渡された2本のそれは、しっくりくる重量感があり、疲れた体でも振り回すのにちょうどいい。そして、アーリマがヘビー級の相手に使える唯一の武器が、ナタだった。
暗器全般、ナイフや毒、だいたい使えるが、ここから匕首を投げたところで、相手は痒みすら感じないだろう。
「何が得意?バードンさんが呼んだってことは魔法が得意なんだろ?」
カラスたちにはまだ余裕がある。サイクロプスから目線を逸らさず、ゴブリンをどのように戦闘に参加させるべきか、いや、自分が役に立てそうもない以上、寧ろ活躍してもらうにはどうしたらいいかと思い尋ねてみた。
「前のパーティーではオールラウンダーでした。囮とか無手の戦いなら得意です」
「――ああ、それは、参考にならないな」
十中八九いや十中十、オールラウンダーとしての仕事というより、亜人だからさせられた仕事だろう。
バードンが連れてきた理由はたぶんそれだ。でもここに呼んだのだから、何か特別なものがあるはず。それを引き出さないと、あのアホ目玉には勝てない。
ここで思い出すのは、バードンと出会い教えを乞うたあの日のことだった。戦争孤児のガキンチョが、新進気鋭の冒険者に縋りついて、鼻水をこすりつけながらなんとか特訓してもらった日、まず聞かれたのは……
「今、怒っていることってあるか?」
「怒っている?怒っていませんよ」
「どうしても許せないとか、これだけは忘れられない、今すぐにでもどうにかしてやりたいって感じの出来事はあるか?」
「それって今すぐに答える……」
「ああ、すぐに答えてくれ。アイツらもキツそうだからな」
当時の自分はまっすぐに答えられなかった。
「家族を奪った戦争が憎いです」なんて考えがなかったからだ。戦争は自然現象みたいなもので、仕方ないのだと思っていたし、自分の非力が招いたなんて思いもしなかった。
だからこう答えた。
「コイツらに唾を吐いたやつがいるんだ!そいつのタマキンぶっ潰してえ!」
今思えば、根っこは同じ。苦しい中支え合ってきた血の繋がらない家族を侮辱されても睨むしかできない、そんな非力を憎んでいたのだ。この質問は的確に人の強さを映し出す。性根から湧き上がる怒りは、その人の倫理の写し鏡で、それに相応しい役職であれば成長も著しい。
攻撃特化、あとは魔力と体質を見ながら俺は暗殺者という役職に定着した。
さて、悩んでいるコイツはなんて答えるのか。
「志は立派でもそれに相応しい行いを出来ない人に腹が立ちます。私は私に腹が立つ」
「飾り過ぎだ、もっとストレートに言えよ。何があって、どうして自分に腹が立ったのか」
「――本当に言わなきゃダメなんですか?」
サイクロプスの無尽蔵のスタミナと高い身体能力は、カラスの気力と体力を削いでいた。余裕があった回避も、今やギリギリ。
「カアーカアー、ソロソロゲンカイ!」
「オイ!タスケロ!」
「ニゲル、キカ!」
フードを被ったその顔は見えない。だが間違い無く葛藤している。協力者である魔物カラスを見捨てるはずがない。一宿一飯の恩義とか不義理がどうとか言っていた奴なのだからできるわけがない。
「弟が、弟が売られていくのを黙って見ていました。父も母も亜人差別には負けないと言ってマルブリーツェに住み続けて、弟は売られてしまったんです。私は、何もできませんでした。私はまだ幼かったから、そうやって言い訳する相手はもういないんです。父母はリンチされ、弟は多分死んだでしょう」
「で、どうしたい?復讐したいのか?」
「復讐はいりません。ただ強くなりたいです。必要な時に大切な人を守れるように。でもそれが出来ない自分に腹が立ちます」
「防衛者いや、あまりにも安直か。守るには攻勢も必要だもんな。んー」
ゴブリンを見つめながら悩む。バードン並みの魔力量は冒険者にすれば1人は欲しい逸材だろう。
ギルドにいるという昔の仲間、恐らくおもちゃのように扱われたんだろう。
電話口での受付嬢の態度や彼女が得意なこととして挙げた、囮や無手格闘という言葉からも想像できる。
それでも頼ろうとしたのは、彼女が頑固な信念を持っているから。
俺に連絡させれば不快になることもなかっただろうに、わざわざ自分で連絡した生真面目な性格。
侮る相手に頭を下げられるのは絶対的な誇りがあるからだ。誰もが君のせいじゃないというはずの身の上を、こうして恥じ入るほどの責任感。
そして亜人特有の鋭い感覚。
なるほど、特定の役職に固定する方が彼女の成長を妨げてしまう。元仲間というやつ、どんな理由でオールラウンダーにしたのか、まあ想像はつくが唯一いい事をしてくれたみたいだ。
「生粋のオールラウンダー、バードンさんが呼ぶのも分かるぜ。よしっ、俺の事は気にせず自由やってくれ。あいつはめちゃくちゃ硬いからそれだけ気をつけろよ!」
「えっ?ちょっと!」
ゴブリンを1人置いていき、ヘロヘロになったカラスたちを執拗に追い回すアホ目玉へと向かっていった。
オールラウンダーというのは、何でも屋ではない。まとまりのない個性を束ね、足りない色を補い、どんな事態にも即応できる技能を持つ者であり、その資質はリーダーのそれと重なる。
彼女は問題ないだろう。俺が無策で突っ込んで、どんな無茶をしても必ず仕留めてくれる。悪いが考えるのは任せたぜ!
習慣というのはなかなか抜けないようで、ここ一番で新人に丸投げするアーリマだった。
「ピルド!おなごのケツばっか追っかけとらんで仕事じゃ」
「嫌です!なんでS級なのにモテないんですか?顔ですか?金ですか?一体何なんだよおおお」
「それじゃろ。お前さん、バードンがくたばりそうだって知っとるか?」
「えっ?師匠が!?知りませんよ!さっき帰って来たばっかですもん」
「魔界でのやらかしたらしいわ。お前ちょっくら行ってこい」
「はい、それは当然行きますけどいいんですか?魔界はダメだってあんなに言ってたのに」
「どうせ2日後に始まる予定じゃった」
「なーんか俺がいない間に変わりましたねー」
「若造が何言っとるんじゃ!ケツの穴ぶっ潰すぞ!」
「脅しが怖すぎるって……で、魔界のどこです?」
「お前さん、バードンの宿には行ったことがあるんか?」
「はい、一回だけですけど。あ、すみません、ツレに隠しとけって言われたので……」
「ああ、別にええわ。宿からまっすぐに進め。すぐに分かると言っとった」
「大雑把だなー」
ギロリと睨みを効かせると、ピルドはお尻を隠しながら逃げていった。
サイクロプス程度ならピルド一人で十分だと踏んでいたギルドマスター、リネスティ・モートンだったが、鳥みたいな亜人というのが気になる。そしてバードンが警戒を促す程の何かが魔界で起きており、アーリマも同様に警戒しているようだった。その原因は不明な上に、いつものことながら役人の動きは遅い。今動ける最高のメンバーで情報を集めるために、入り口付近の小さな食事場でキャッキャしているパーティーに目をつけた。
どうやら食後のデザートを堪能しているらしく、その光景をとんがり帽子の女が微笑ましく見守っているところだった。
「シルビア、仕事じゃ」
「ギルマス!?え、いや今日はオフにしようって決めてるんですけど」
「命令じゃ、みんな揃っとるな。付いてこい」
ドタバタと椅子を戻して皿を重ねる音を背に、入り口の扉に嵌められた窓を眺める。くすんだガラスの奥では日差しが照り付け、通りの人は肌寒い季節の装いをしている。
特段変わった様子はない。魔界で何かあれば真っ先に駆けつけてくるはずなのだが……
「キャット!窓が汚れとるぞ!」
「はっ、すみません!今拭きます」
なぜか受付を乗り越えてダッシュでやって来た受付嬢、通称キャット。雑巾でガラスを擦ってみるがくすみが落ちない。
「アレ?外かな」
カランコロンとドアベルが鳴り、ギルドの外に出たキャットはガラスを拭き取る。するとくもりが晴れて、キャットの顔も綺麗に映った。四枚のガラス拭きを終えた彼女は、目の前の虫を追い払うように手を振り、いがらっぽいのか喉を鳴らして気にしているようだ。
「なんだか、砂埃がすごいですね。定期的に拭いておきますね」
「うん、よろしくの。ああそれとな、わしは出かけるでな」
「どちらに行かれるのですか?」
「ちょっくら魔界にのぉ。もし何かあれば連絡してくれ」
「またいつものですかー?気を付けてくださいね」
頷いてみせると、高いヒールで受付まで戻り、そして乗り越えた。ちゃんと出入口はあるのに、キャットだけは何故かアクロバティックな動きをする。だからといって咎めたことは一度も無いが。
「ほれ!まだかのぉ、寿命が来て死にそうじゃーー。老人虐待じゃーーー」
「くっ、今行きますから!」
ドアベルが鳴り、外に出てみると確かに砂埃が舞っている気がする。目に見えて分かるものではなく、唇がパサつく感じや、手にざらつきを感じる程度のものだ。
乱暴なベルが鳴り、緑のとんがり帽子を被ったシルビアがやって来た。そして遅れて彼女のパーティーメンバーが現れた。
「ギルマス!これって仕事ですよね?この子たち勉強しなきゃいけないから今日は休みたいんですけど」
「魔界がマズいんじゃ。他のパーティーがいれば良かったんじゃが、今おるA級はお前さんのとこだけじゃからな」
マルブリ―ツェ州冒険者ギルドでは、メンバーの引き抜き行為の禁止が明文化されている。何故なら、下級のパーティーが大きく不利益を被る可能性があるからだ。
例えば金、評判、強さ、あらゆる面で劣る下級のパーティーは、黙って引き抜かれるのを見守るしかない。そして下級であるがゆえに生活資金に困っている者も多い。だからこそ、人が抜けても仕事に出てしまい、冒険者人生の幕が閉じるというのは全国的にある話なのだ。各ギルドによって対応は違うが、ここでは禁止。そしてペナルティは1ランク降格という重い処分になる。
そのような重い処分が付く引き抜き行為、これをしていると揶揄されることが多いのがシルビアのパーティーである。
ギルマスは当然知っているし、黙認している。そして上級ランカー達も特に文句は言わない。寧ろ、その手法を真似ようかと動いている連中の方が多いのだ。揶揄する者はB級、すなわちシルビアの1ランク下の者達がやっかみで噂する。
シルビアが行う引き抜きというのは、あくどいものではない。様々な生活環境で貧困の憂き目にあう子供たちの為に、ギルドで仕事を与え、冒険者として登録させる。
そうすることで役所に州民であると認めてもらえる。すると様々な手当てや、生活の足しになるような仕事が回されることがあるのだ。ほんの些細ではあるが……
そしてギルド登録することで、全国のギルドで仕事が出来るようになり、勉強さえすれば冒険者学校に無料で入る事ができるし、卒業できれば王立学校や国立学校にも入学できるチャンスが生まれる。
その為には、コツコツとランクを上げて出来るだけ高いランクを維持してお金を貯める必要があるのだ。シルビアのパーティーにB級しかいないのはそういった原因からなのだ。
各ランクにいる境遇を同じくする子供で結成したパーティーに対して、A級つまりシルビアのパーティーからは技術と金を融通して、なるだけ上位に上がってきてもらい、その数を増やしているのだ。そうすることで下に回せる金も多くなるから。
高ランクの者からも一時は疑問の声があった。ギルドを私的に利用している、だったら商売をしてもいいという事にならないか?だとか、各ランク帯で成長速度に差がでる、それも上級の者に贔屓されているかどうかで、といったものだ。
だがその声はとうの昔になくなった。確かに私的利用だがそれは誰もがそうだ。商売を禁止しているのは金銭授受の問題が発生する可能性があるからで、ギルドを通してもやり取りは出来るはずだ、と若造を一蹴してやり、各ランク帯では、シルビアから教えて貰った技術を全員に広げていたようで、寧ろ全体の成長速度が上がり、ギルドにとっては大いに歓迎する事態だった。
確かに良い事をしている。しかしそれだけでランクは獲れない。彼女は実力で勝ち取った、それは間違いない。だが、パーティー全体の評価となると文句を言われても仕方ない部分がある。
ランクには2種類あり、個人のランクとパーティのランクがある。パーティのランクは個々のメンバーとそのパーティーの実績に応じるのだが、メンツを何度も入れ替えるシルビアのパーティーランクについて、疑義を呈するものはランクを問わず多い。
これについてはギルドマスターとして、全員を黙らせている状態だった。
つまり、Aランクパーティーというのは過大評価であるとギルドマスターである自身も分かっているのだ。
しかしながら、彼女の功績とその善性を無下にはしたくなかったから、強権を発動しているのだ。
その反面もある。各ランクには高額の報酬を受け取るかわりに相応の義務も発生する。それが強制参加のギルド内依頼だ。
Aランクパーティーがシルビアたち【緑帽子】(通称)しかいない今、仕方無しに連れ出したのだ。
もしここで彼女たちを置いて行けば、実力なしの烙印を押すようなものだからである。
「魔界!?私達だけじゃ流石にムリよ!魔界開拓は他のパーティーもいるから参加したいと言ったけど……」
「分かっとるわ!だからワシも行く!ついて来い」
「ギルマス、マジ?」
弟子を取らないことで有名なギルドマスター。だからこそ、シルビアの目の色が変わりギルマスはホッとするのだった。




