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96.絶体絶命の障壁

次話未定。

定期投稿できるように頑張ります。

 元S級といっても10年前の話だ。そのランクも金で買った可能性がある。初対面での印象は、ただのオッサンだ。腹の出たただの中年、その辺にいる農家の方がよっぽど引き締まっている。

 こっちは5つのマフィアを傘下に持つ組織で、掃除屋と呼ばれる部隊に身を置いてきたのだ。入れ替わりが激しい中でも生き残り、遂にそのトップになった。更にはホロトコ一家でも武闘派最強格と謳われる若頭フォバット・クロスの補佐にまで上り詰めたのだ。負けるはずはない、すぐにケリがつくだろう。


 愛用のクナイを握り、まずは1つ。鈍重そうな体で避けるのは想定内だ。そしてまた1つ。これを傘で弾くか、戦闘の勘は鈍っていないようだ。あの傘が邪魔で表情が分からないが、恐らく攻撃の算段をつけているのだろう。

 戦いにおいて求められるのは冷静さと計画だ。激昂せず、後悔せず、焦燥せず、感情は削ぎ落とし、事前に立てた計画、そして余念なく準備した動きにだけ意識を集中させることが勝利への鍵だ。そもそも、この戦いに勝ち負けはないか。仕事を蔑ろにする男への指導だ。

 俺の武器には、一つの魔力にしか呼応しないという特性がある。こうして敵が攻勢に転じた今こそ好機なのだ。敵はこう考えているだろう、中距離武器を投擲してくるなら、近距離で殴り合ってやろう、そちらの方が不得手かもしれないと。

 つまり敵は、少し前に飛来した武器など忘れ去り、次のステップへ進んだのだ。俺が投擲したクナイは避けたから安全だと高を括り、背後ががら空きになっているわけだ。

 俺の魔力に呼応するクナイをこうして呼び戻してやれば……

『動』の魔法で、バードンの背後から追尾するようにグサリといくはずなのに、発動した感覚がない。ヤバい、近づいてきている、こうなったらもう一度クナイを投げて……

 あの傘、邪魔だ!バードンが見えない。だがこのまま突っ込んできたら、今投げたクナイを背後から突き刺して動きを止める。

 何!?コイツ剣を持ってやがる。傘で防御をしつつ、武器と身を隠しながら特攻か、いい手だ。

 こうなったら、障壁で攻撃を防ぐしかない。防いでいる間にクナイを呼び戻してやればいい。


 バードンの剣がヒュッと風を切ると、猛烈な衝突音で空気が震えた。ネリフが咄嗟に張った障壁とバードンの斬撃がぶつかったのだ。そして斬撃は追い打ちのように奇妙な音を立てる。その度に障壁も悲鳴を上げ、ひび割れ入りの様態へと姿を変えた。


 これはなんだ?上下に振動し左から右へと波のようにうねっている。剣から放たれたのだから斬撃なのだろう。そして一向に消える気配がない。咄嗟に展開した障壁にはさほど魔力を掛けていない。俺の少ない魔力を考えれば当然の行動なのだが、今回に限っては見誤った、想像以上の威力だ。追加の障壁を張り直さないと保たない……

 そしてあの剣はなんだ!急にボロボロになったぞ。まさかあれで戦おうっていうのか。

 はっ、飛んだ?マズい!

 この斬撃は囮で、上空から攻撃を仕掛けてくる気だ!ここはできるだけ多くの魔力を消費して防ぐしかない。囮でこれだけの威力なのだから。

 ちっ、こっちの障壁は、いや今は上だけに集中しないと……


 上空にて剣を振り上げるバードンは、柔らかな布地でも斬るように優しく剣を振った。

 するとピシッピシッと細かな斬撃が降り注いだ。あちこちで下草が刈り取られ、ネリフが空へ向けて展開した障壁は瀬戸物のように網目が広がる。



 さっきと違うタイプの斬撃、攻撃力は大したことがないのに、魔力がもう残っていなかったか、クソっ。

 上からの攻撃、そして横から、殆ど詰みだな。リミッターを解放して戦うしか、いやそれはやめろと会長に言われている。

 横の障壁が崩れたか。

 接地面を減らすように体の位置を変えて、残り僅かな魔力を障壁だけに集中して受け止めれば、なんとかなるかもしれない。


 放たれた猟犬のようにネリフの横腹に食らいついた斬撃。体の一部、何とか張った薄い障壁は容易く破れてしまい、剥き出しの肉体へと到達した。

 障壁と2度ぶつかりその威力は当初のものより格段に落ちていた。しかしそれでも膝を折る程度の威力は健在であった。


 内蔵をグチャグチャに掻き回すような斬撃、分からない、何をされたか、なんの魔法なのか。もう立っていられない、吐き気が止まらない。空えづきだと思ったら今度は血かよ。コイツは強い、理解出来ないほどに俺よりも上なんだ。ヤバい、障壁が。


 四方八方に飛び散る細かな斬撃は、ネリフが空へ向けて展開した障壁を破り、そして到達した。


 皮膚の裂傷、一部は筋肉まで到達したがどうにかなった。いや、どうにかしてもらったのか。コイツは手を抜いている、間違いない。加減してくれたというべきだろうが、本当に舐めやがって。内臓の守りに使った魔力はどうやら無駄になったみたいだな。

 完全に負けだ。息一つ乱れず、汗一つかかずか。ふざけやがって、何で亜人なんかの為にそこまでするんだよ!

 少なくとも俺は殺す気で挑んだんだ、止めを刺されても文句は言えねえ。

 負け犬の俺がこれ以上やろうってのは無様だが、まだ死ぬわけにはいかない。なんとか逃げ切る為にも最後まで足掻いてみるしかねえよな。


 ボロボロになった彼の装いは、まさに敗北者。これで懲りただろうと、上空から降り立ったバードンは戦意を確かめるため歩み寄った。

 口の割には大したことがない相手、冒険者時代には腐る程いたのだ。罵られた直後なら確かにイラッとするものだが、戦いが始まればすぐに冷静になってしまう。格下だからこそ、攻撃の雑さや視線の動き、魔法の練度など、全てが力量として分かってしまう。だからこそ、殺さないよう注意を払いつつ、適度に痛めつけて心を折ってやる必要があり、その過程で怒りなど忘れてしまうのだ。

 そしてふと、ネリフの言動について思い至る。亜人に対して差別的だが、子供を手に掛ける様子は微塵もなかった。それどころか、治療を見守りこう言った。

「飛んで帰れるだろう」

 詰まる所、どうしても採石場に行きたいわけである。何故ならリンの命令だから。ここまでさせる理由がそれだけなはずはない、そりゃそうだろうが、身の上話を聞いてやる暇もないのだから、取り敢えず自分を納得させた。


「ちょっと待った!」


 袖からするりと流れ出たナイフを突き出し、フラフラ立ち上がったネリフに提案をしてみることにする。

 攻撃してくる気配はない。ひとまず休戦が成立したようで、その提案を投げかけた。


「採石場に行きたいんだよな?そこに着けば、俺は必要ない。だってそうだろ?値入するのも現物を確認するのも商人がいれば事足りるんだから」


「――案内人がいなければ辿り着けねえだろ」


「そのまま南向きに真っすぐだ。太陽を見ながら進めば方角は分かるだろ?気をつける事といえば、あの草花を踏み外さないようにするぐらいだ」


「迷ったらどうする」


「大丈夫、ほんの数百メートル先にある。すぐに開けた場所に着くはずだ」


 ネリフは額の汗を拭った。すると絵の具のように血の跡が滲む。至る所に切り傷ができ、傍目に見ても満身創痍。

 うなじに手を当て視線を外したネリフ、どうやら悩んでいるらしい。もうひと押し、あと一声あれば無駄に時間を浪費しなくて済む。


「アイツ、アイツだ!リッツマン君ならあの草花をよく知っているだろ。彼に聞きながら進めば安全に、すぐに辿り着く」


「――安全だと?そんなもん信用できねえが、まあいいさ。魔石さえ確認できればな」


 シャツの袖口をキュッと伸ばすその手からは、いつの間にかナイフが消えていた。それから徐ろに手をかざしたので思わず身構えたのものの、彼の手へとナイフが飛来しただけだった。

 まずはバードンの傘が弾いたナイフたちが、そして、バードンが避けて何処かへと消えたナイフが遅れて、彼の手目掛けて飛んでいく。

 自傷行為でもする気かと目を見張ったが、そこには傷のない掌があった。多少血で汚れているが、今出来た傷ではない。

 一瞬の出来事でどんな魔法を使ったのか理解できなかったが、彼は決して弱い訳ではないのだと、経験から悟った。


 初撃のナイフで背後から刺せたぞとでも言うように、デモンストレーションをしてくれたわけだ。そして特筆すべきは吸い込まれるように消えたナイフ。あれは空間に作用する魔法だろう。

 彼はナイフに何かしらの細工をして追跡可能にしており、視認せずに『動』の魔法で誘導できる。そして相手の意表を突く。さらに空間に作用する魔法は、ナイフのストック、もしくは別の武器を持つ可能性を仄めかし、果ては巧みな魔法の応用によってその空間すらも武器に変える可能性を示した。

「アンタに負けるほど弱くはねえ」との言葉は強がりでも空威張りでもなく、実力に裏打ちされたものだったのだろう。

 だが使い方が悪い。そして実践が足りない。


「おーい!お前もったいないぞ!戦い方ちょっと考えた方がいい」


 よたよたと歩いていく彼は、少しだけ反応をみせた。しかし振り返ることなく、歩き去っていった。



 嵐が過ぎ去った後というのはとても静かに感じるもので、魔界においてそれは顕著である。滅多な事で踏み入らず、用があるとすれば争いに向けての大行進、そんな人間達には分からないほど元々静かな場所なのだ。あまり知られていない魔界の静けさをバードンはよく知っている。


 だからこそ焦っていた。


 ふさふさズボンのポケットに手を突っ込み魔石を取り出すと、アーリマへと繋がる。


「ボス!今、鳥の」


「アーリマ、落ち着いて聞いてくれ」


 亜人の子供が言っていた大きな目の魔物。バードンは一度戦ったことがある。


「どうしたんすか?」


「サイクロプスが魔界にいる。そこにいる鳥みたいな亜人の子がそう言っていた」


「マジっすか!?ワカチナに居るなんて、聞いたことがないっすね」


「だよな。下手すると魔界中の魔物やら動物がそっちに逃げるかもしれない、ミリス達には絶対に外に出るなと伝えてくれ。あと、万が一に備えろとユーリ伝手にダンジョンに言っといてくれ。ああ、調査に来てる役人さんにもな」


「うっす。で、殺るんすか?」


「助けるって言ったからな。悪いけど手伝ってくれるか?」


「良いっすけど、ちょっとキツくないっすか?」


「そうだよなぁ〜」


 アーリマの故郷では有名な害獣。とにかく頭が悪く、悪食である。厄介なのは、頑丈な体とよく効く目だ。知能とトレードオフしたのか、運動神経がよく3メートル弱の体躯でよく動く。

 並の攻撃をアホ面で跳ね返す体だからこそ、身を隠す場所を必要としない。いやアホだからこそ、適当に走り回り何もかもを破壊するともいえる。

 言わば5歳ぐらいのレスラーが、気の向くままに行動するのだ。

 かつての【ハズレボンビー】なら、近距離パワー型のワパックと多彩な攻撃に特化したエイミがいたから、簡単に倒せた相手である。

 スピードと奇襲に長けたアーリマや、どちらかといえば防御が得意なバードンが相手をするとなれば、負けることはなくとも、苦戦することは目に見えていた。


「攻撃力バツグン、いやワパックさんに勝てる奴はいないっすよねー。だったらあと一人魔法が得意な人がいてほしいっすね」


「だな。パワーがないなら魔法に頼るしかない、あ!」


「うわっ!なんすか急に」


「すまん、あの子だ!ゴブリン、ゴブリンを連れてきてくれ!」


「マジっすか?なんか頼りないっすけど」


「大丈夫、あの子タフだし器用だから」


「了解っす。そっち方面向かうんで、現場に着いたら標しだけお願いしゃっす」


「オッケー!」


 魔石をポケットに押し込むと全力で走り出した。息も乱さず、汗もかかず、木々の間を軽やかに駆けた。


 怠け、だらけたバードンの体には贅肉がたっぷりつき、階段の上り下りだけで太ももが張り、息が上がるような、そんな体である。それでもこうして現役の様に動けるのは、動作補助の魔法が掛かっているからだ。常時魔力を消費して、なおかつ動作の補助という抽象的で具体的なイメージをしなければならない魔法を、バードンは掛け続けていたのだ。


「ふう、流石に疲れた。明日は筋肉痛だろうな」


 少しだけ滲んだ汗を拭いながら、足は動かし続ける。巨体のサイクロプスが暴れまわっているなら、簡単に見つかるはずなのだが、気配がない。

 どこにいるんだと焦れた気持ちを抑えつつ、鳥人間の子供を思い浮かべる。あの子は飛んできた、走ってきたわけではない。その速度を比べるのもおかしな話だが、このままでは間に合わないかもしれない。自分がつく前に母親や仲間たちが殺されてしまうかもしれない。

 走り続けたバードンは軽く上がった息を整えながら、木陰に身を隠した。遠くの方、かなり小さな音だが微かに声が聞こえたからだ。うるさい自分の息をなんとか殺して、動作補助の魔法で聴力を最大限に引き上げると、話し声が聞こえてきた。


「あの子は死んだわ、彼が殺したもの」


「アンタはそれを黙って見ていたと?」


「ええそうよ、なにか問題が?」


「それを信じるとでも思っているの!?我が子可愛さに逃がしたのね!これで、これで私達がどうなるか分かっていて……もういいわ、死になさい」


 いくつもの羽ばたく音がすると、耳なじみのある音が聞こえてきた。いつもなら聞き逃していただろう。

 しかしさっきまで整えようとしていたから分かったのだ。

 息を吸い込む音だと。

 すぐさま魔力補助を解除して、頭に被っている帽子に耳を塞げと、魔力を通じて命令した。すると二本の触手が顔の両側に伸びて耳の穴に入り込み、空気すら入らないように密閉した。

 ビリビリと軽い電気を浴びたような感覚。そして耳を塞いでも鼓膜を震わせる絶叫。あの子供が発した鳴き声よりも激しく、殺意に満ち溢れた波動が魔界に激震を齎した。


 聞いていた話ではサイクロプスに襲われる鳥人間たちだったはず。しかし今聞いたのは誰かと鳥人間の言い争う声。まさか魔界で人間と言い合いをしている訳はないだろう。頭の悪いサイクロプスがあんな流暢に話せるわけもない、となると仲間割れをしていたのか?


 間一髪で鼓膜が潰れるのを防いだバードンは、情報を整理していた。

 その為、気づくのが遅れてしまった。

 絶叫が齎した第2波は、もうそこまで来ているという事に。


 地面を通して体が震え、もたれ掛かった木から振動が伝わってくる。そして、それは徐々に強くなっていた。


「なんだ?」


 耳を塞いでいた青色の栓が外れると、ゴゴゴゴゴという濁流のような音と共に何かがこちらに迫っていた。視界いっぱいに広がる霧のようなものを捉えた時にはすでに遅かった。粉塵を巻き上げ、折れた木々の残骸や砕かれた岩が、もう目前に迫っていたのだ。


『障……壁』


 ぶつかるという寸前で発した言葉は、ドオンという轟音を聞きながら言い終えた。そして同時に意識も手放してしまった。




 ギャーという薄っすらとした悲鳴が魔界から聞こえ、アーリマは顔を上げた。


「聞こえた?」


「うん、人間ではないよな」


「ホントにその格好で行くの?着替える時間ぐらいあるでしょ」


「早くいかないと、ボスが1人で突っ走るだろ」


「――ケガとかしないでね」


「大丈夫だって、サイクロプスだぜ?楽勝よ」


「ゴブリンちゃんは?無理しなくてもいいのよ?バードンさんだってそう言うと思うし」


 ほのぼの郷のユニフォームであるスリーピーススーツのまま準備をするアーリマ。さすがに革靴では戦い辛いだろうと、現役時代に活躍した【軽やかシューズ】の靴紐を結んでいた。

 隣に立つゴブリンに目を向けると、ポカンとした顔でミリスを見つめている。


「大丈夫か?ミリスの言う通り、嫌なら来なくてもいいぜ?」


「一宿一飯の恩義がありますので、行かないなんてあり得ないです」


「真面目だなー。それはいい心掛けだけど、ホントに行くのか?下手すると死ぬんだぜ?」


 少しだけ脅しを入れてみたのは、彼女を思ってではない。敵の強さよりも恐れるべきは連携できない、勝手知らない味方だと知っているからだ。

 バードンが呼べと言ったのだから、何か光るものがあるのだろう。だが彼女がいなくてもサイクロプスは倒せる。

 だから、少しでも不安があるなら残っていてもらおうと考えて、つっけんどんに言いやったのだ。


「お役に立てるならそれでも構いません。恩人の助けを無視する不義理よりもよっぽどいいです」


「――そっか」


 一片の迷いもないその返答にバツが悪くなったアーリマは、ちょうど靴紐を結び終えた。


「じゃ、行ってくる」


「気をつけてね、本当に」


「分かってるよ」


 笑顔で頷くと、ミリスも手を振って見送ってくれた。


「あ、そうだ。ボスがここも閉めとけって言ってたんだ。よろしくな」


「ここも?お客様が困るんじゃない?」


「まあなー。でも安全のためなんだから仕方ないっしょ」


「そうね、じゃあ閉めるわ。行ってら、ん?何かしら」


 ゴゴゴという振動が地面から伝わってくる。魔界の奥に目を凝らしてみるが、ぼやけていて判然としない。いつも魔界を注視しているわけでもないから、その違いも分からない。

 するとゴブリンの耳がフード越しにピクリと動き、突然叫んだ。


「ミリスさん!今すぐ扉を……『障壁』」


 ゴブリンは突然、入口を覆うようにカーブの掛かった障壁を展開した。

 何事かと彼女に顔を向けると、捲し立ててくる。


「今すぐに障壁を!全力で!」


 彼女の剣幕に何かヤバいのだと察したアーリマは、既にできた障壁に重ねるように全力の障壁を展開した。

 徐々に強くなる地面の振動に魔界の方へ顔を伸ばすと、茶色い霧とでもいうような濁流が障壁へとぶつかった。ドンッとぶつかったのは巨木。べチッと張り付いたのは何かの死骸。ゴンッとヒビを入れたのは鋭利に尖った岩の塊だった。

 ゴゴゴという地鳴りが続く中、キャッという小さな悲鳴が後ろから聞こえた。障壁への意識は切らさず後ろに首を向けると、豪炎を纏った妖精とユーリがそこにいた。


「大荒れだねー。バードン君は買い物?」


 のほほんとした喋り口、そしてあどけない笑顔、挑発されたと感じたアーリマは睨みを効かせる。


「えっ!?心配しているんだよー?なーんでボクが睨まれるのさ!」


「じゃあなんとかしろよ、お前ならできるんだろ?」


「ムリだよー、ダンジョンの外の事はどうにもできないの!」


「じゃあ何しに来た、茶化しに来たのか?」


「バードン君もアーリマ君も、いっつもプリプリ怒って、ボクが何をしたって言うんだい」


 火の妖精ことダンジョン―ジョン・ダンと名乗っている―は確かに何もしていない。寧ろ自分たちを助けてくれている。しかし割り切れないのだ。魔物であるということが、絶対に揺るがない境界線として存在するからこそ、彼の態度に靡いてはいけないと、頑なにさせるのだ。


「ジョン、本当に何がしたいの?上に行くって急に言うから……」


 気まずい空気をかき消してくれたのはユーリだった。


「攻撃だと思ったんだよー。でもこれは自然現象かな?近くに魔物はいないからねー」


「自然現象?竜巻でもできたってのか?魔界で?」


「そうなんじゃないのー?ボクが分かるのは、これが魔法じゃないってことだけだよー。ものすごーく強い風だね」


 またもや大岩がぶつかり、ゴブリンの障壁のヒビが広がる。


「保ちそうか?」


「魔力はまだあります。これが破れたら、アーリマさんの障壁の下から張り直します」


「了解」


 アーリマは「魔力はまだある」という言葉に驚いた。何故なら、自分は既に魔力の2/3を消費してこの障壁を作っているからだ。未だゴブリンが耐えているから露呈していないが、巨木が当たった時点で障壁にヒビが入っていただろうと予想はつく。

 つまり、自分よりも高硬度の障壁を張った上で、まだ余力があると言い捨てたのだ。魔力量の計算ができていないだけなのか、それともバードンのように魔力量に自信があるのか。


 そう考えていると徐々に風が弱まり、いつの間にか地鳴りも止んでいた。


「止まり、ましたね」


「ああ、お疲れ」


 二人は障壁を解除すると一歩踏み出し、魔界の方へ目を向けた。


「これは……」


「くっ、やべえな」


 緑の映える木々が生い茂り、どこまでも鬱蒼とした下草が一面を覆っていた魔界。

 しかし目に映るのは禿げ上がった大地だった。

 所々には草が残り、葉が吹き飛んだ樹木も数本程度残っている。見るも無惨な光景に唖然とするしかなかった。どうやら魔界の一部を風が奪い去ったようで、宿から百数十メートル向かいの木々は健在だった。

 そして真っ先に思い浮かぶのはバードンだった。魔界に入り、この風に当てられたなら無事では済まないだろう。だが悲観はしていなかった。バードンの魔力量と魔法の知識があれば乗り切っている可能性は十分にあるし、今までその光景を何度も見て体験しているからだ。


「ジョン、お父さんが魔界にいるの。助けに行ってあげて」


「ユーリちゃんのお願いでも、()()()動けないよー」


 ユーリの心配を他所に、ジョンは相変わらずおちゃらけている。あえてそうしているのか、それとも生来のものか、どちらにしてもユーリの気持ちに寄り添う態度とは思えない。所詮は魔物だと割り切って、ユーリを励まそうと声を掛けた。


「ユーリちゃん、俺が助けに行くから大丈夫!ここで待っててくれ」


「でも……」


「でもアーリマ君、魔力がだいぶ少ないよー?ムリしない方がいーよー」


「――ちっ、じゃあ行ってくるわ」


 いちいち感情を逆なでするダンジョンことジョンは、この場を乱してバードンの救出を遅らせようとしているとしか思えない。だが時間は待ってくれない。その事実が冷静さを取り戻してくれた。


「ミリス、扉は閉めとけよ。ゴブリン、来てくれるか?」


「分かった、気をつけてね!お願いよ」


「任せとけ」


「行きましょう」


「助かるぜ」


 でこぼこになったほのぼの郷前から、随分と視界の開けた魔界へと進みだした。魔界といえるのか、まともに生え残った木は一本もない。辛うじて残る草花も茎が折れた状態で土にしがみついているものばかり。そこに生物の気配はしなかった。そして不気味なほどに静かであった。



「まったくー、ボクは行かないよって言っただけなのに、あんなに怒るー?」


「ボクは?誰かが行ってくれるの?」


「うん、空と地中にボクの仲間がいるよー」


「え、いつの間に?」


「地下にいるときに向かわせたんだー。前にユーリちゃんが言ってたでしょー?情報収集が勝つためのコツだってさー」


「言ったけど、どうして?お父さんと仲悪いんでしょ?」


「バードン君が嫌っているだけだよー。ボクは好きだよ、アーリマ君もね。でもホントの理由は、ユーリちゃんに褒めてもらおうと思ってねー」


「――ありがとう」


「どういたしまして!」



 魔界上空では真っ黒い魔物が空を旋回していた。一見するとただのカラスだが、区別する唯一無二の方法がある。それは……


「オイ、アレハ、ターゲット、カ?」


「――ターゲットだ!バードン・オンツキー、だ!」


「ウゴカナイゾ、シンデイル、カ?」


「ムスコタチヨ!ターゲットハマダイキテイル。ミテミロ、マリョクガアツマッテイルダロウ?」


「ホントダ」


「イキテイル、ボスニ、ホウコク?」


「アァ、ホウコクセヨ!」



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