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94.マルブリーツェ発展計画の隊長バードン

これはまたもや追記です。

今日中は無理。

ごめんなさい。明日には仕上げます。


9/29 2:53

追記終わり

「いやー、久しぶりに歩いたな。たまにはいいもんだ」


 ほのぼの郷の玄関にたどり着いたバードンは、凹みそうもない腹をさすりながら、嬉しそうにこぼした。


「ここがオンツキーさんの宿ですか」


「そうそう。今日からここが君の家だ。それから職場でもある。あ、聞くの忘れてた。今の家はどこにある?引き払わないといけないからさ」


「家は無いです。基本は野宿で、運が良ければ無料の宿泊所に泊まります」


「……君、いくつなんだ?そんな大変な思いをしてたのか?可哀想に。あの時、俺がもう少し強く言っていれば早くこの宿に来れたのに」


「24歳です」


 三区市場で出会った時に、手を引いてで連れて行くべきだったか?いや、それはただの不審者だ。幼い子を連れ去ろうなんて、お節介が過ぎると犯罪者だなと自嘲していたバードン。


「えっ!?24?……あ、14か。ふむふむ、ユーリよりも年上か。種族の違いが如実だ」


「いえ、24です」


「……」


「いつ言い出そうかと迷ってたんですが、中々言い出しにくくて。背はこれ以上伸びません。仰る通り種族の限界です」


「すまん。子供だと思ってた。あ、めっちゃ賢い子だなと思ってたけど、大人なのね。なるほど」


「すみません」


「いやいや、気にしなくていいよ。こっちの勘違いだし。寧ろすまん。それじゃあとりあえず皆に紹介するから付いてきて。大丈夫、皆いいやつだから」


 開かれた扉をくぐり、ふわふわとした真っ黒な足拭きマットを超えてゆく。間接照明がぼんやりと照らし、それを補うように天井自体が明るくなっている。エントランスホールの動線を歩いて行くと、休憩所のテーブルをせっせと拭くアゼルがいた。


「アゼル!ちょっと来てくれ」


 こちらに気づき、早足でやって来たのはアゼル・ボンタ(12)である。


「アゼル、今日からここで住み込みで働くゴブリンだ。名前がゴブリンな」


「あ、はい。アゼル・ボンタです。よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げるアゼルの挨拶に、ゴブリンは握手で応じる。


「ゴブリンです。よろしくお願いします」


「どう、も。えっ」


 差し出された手には緑色の太い指が3本ついており、それを見て固まってしまった。


「噛みつきゃしないって。ほれ握手」


「は、はい」


 恐る恐るといった様子で手を握るアゼルだが、その手には力が入っていなかった。握り合うというよりも握られた手、それをすぐに引っ込めた。


「アゼル、ゴブリンの指導係に任命するから、面倒見てやってくれな」


「えっ?僕がですか?ミリスさんの方がいいと思いますけど」


「アゼルも長いし、そろそろ後輩の指導を覚えて欲しいんだ。頼めるか?」


「……分かりました」


「うっし。じゃあ、戻っていいぞ。ありがとう」


 アゼルは一礼すると、休憩所へ戻っていった。


「まあ、この辺に奴隷以外の亜人はいないからな。ちょっと気後れしたんだろ。気を悪くしないでくれな」


 アゼルの態度についてフォローを入れるバードン。亜人に対して差別的な考えの多いこの州で、あの程度はよくある事だ。バードンはそれを分かっているが、12歳ならば大人と違い、簡単に考えも変わるだろうと考え、敢えて何も言わなかった。接していくうちに、見た目以外の違いが無いことに気づき、教え込まれた事がただ偏見だったと分かるだろうと考えたのだ。


「はい。あのぐらい平気です。でも、本当にここで働いていいんですか?他の方に相談とか」


「あー大丈夫大丈夫。俺が店主なんだから」


 バードンは大事な大事なあることを忘れているのだが、自信満々に受付へと向かう。そこに居たのはミリス。


「お帰りなさいませ、バードンさん」


「おう!ミリス、この子新入りだからよろしく。指導係はアゼルに頼むんだけど、拙いところもあると思うから気にかけてやってくれ」


「分かりました。初めまして、ミリス・ジャンクトです」


「初めまして、ゴブリンです。よろしくお願いします」


 バードンがこんな人だから、ここにいる人達も偏見が無いのだろうと錯覚していたが、先程の握手で状況は理解していたゴブリン。わざわざ自ら惨めな思いをする必要はないと礼をするに留めたが、ミリスから手を差し伸べてきた。


 これを無視する訳にもいかず、手を握ると握り返してくれた。


「お名前は?」


 手が離れると、バードンと同じリアクションで問い掛けるミリス。


「名前もゴブリンです。よろしくお願いします」


「……そう。よろしくね」


 猫の名前をネコ、人間の名前をニンゲンとするようなもので、戸惑うのも無理は無い。しかし、ゴブリンもそう呼ばれてきたのだから、名前に違和感を持った事は無かった。


 すると受付後ろの扉から休憩を終えたアーリマが出てきた。


「ボス!お帰りなさい。ん?どなたですか?」


「新入りだ!アーリマも挨拶して」


「ういーっす!アーリマって呼んでいいぞ。よろしくな」


 わしゃわしゃとボロ布の上から頭を撫でるが、それも子供だと勘違いしているからだ。


「初めまして。ゴブリンです。よろしくお願いします」


「ブフッ、ハハハ。オモロイっすねこの子。いくつなんです?」


「24だし種族もゴブリンだぞ。お前のイッコ下だ」


「「えっ」」


 ミリスは年齢にアーリマはゴブリンであることに同時に驚いた。


「そ、そうか。よろしくなー」


 人間の成人相手ならブチギレられても文句は言えない態度だったのだから、アーリマもしおらしく挨拶をしなおした。


「よし、仕事に戻ってくれ。俺達は中を案内しながら部屋決めをしてくる」


 バードンは受付を迂回し、中へ入る。そして、アーリマが出てきた従業員控室へとゴブリンを案内した。


「ここが控室。朝礼したり休憩したりするところだ。そんで、この奥が俺の執務室。用がある時はノックして入ってくれ」


「はい」


「よし、じゃあ次は客室を見て回ろうか」


 といった感じで淡々とほのぼの郷を巡り案内した。転移陣を使って移動でき、仕事も簡単で給料もいい。以前よりはすこし少ないが。という話をして従業員の住む部屋へ案内しよう廊下を歩いていると後方からバードンを呼ぶ声が聞こえてきた。


 振り返ると、そこに居たのはダンジョン調査団の団長、ジアン・トルケンだった。


「あ、どうも。どうされました?」


「オンツキーさん、お帰りだったんですね。娘さんに伝言を頼んだのですがもう聞きましたか?」


「いや、まだ娘とは会ってないですね」


 足早に廊下を進みバードンの元へと赴いたジアン・トルケン。真っ青だったつなぎが何故か泥だらけになっていて、短い髪には葉っぱが刺さっている。


「そうでしたか。今後の日程を詰めたいのですが、今よろしいですか?」


「今ですか?いやー、新人を案内したいのでもう少し後でもいいですか?」


「では、今日中にお話できると?」


「え、ええ。構いませんよ」


「では、7時に伺いますので、失礼」


 せかせかした性格なのか、それとも焦っているのか、どちらにしても急ぎのようだ。彼女はくるりと方向転換すると足早に去っていった。


 その後、部屋を割り当て部屋で自由にしてていいと伝えたが、何故か働きたがるゴブリンに苦戦し、どうにか宥めすかすと、執務室へと転移した。


 特にやる事もないと考えているバードン。もちろんそんなことはない。今後の経営戦略の見直しやユーリが今何をしているのか、マルブリーツェ卿とどう付き合っていけばいいのかなど、やるべきこと考えるべきことは山のようにある。しかし、バードンの中ではあまり優先順位が高くないようで、特にやることがないなと考えているのだ。


 そして、その結果捻り出した懸案がリンの()()()である。ギルドマスターのモートンを巻き込んだ手前、自分にも出来ることはないかと考えていたのだ。そこで思い付いたのが魔石である。無くても困らないのだが、あれば便利な蓄魔石。その他にも多様な魔石が眠っている採掘場をリンと共同で運営できないかと考えたのだ。

 本来なら独占したいところだが、一人で持っていてもすべてを採掘できるわけでもないし、雇い入れた人間を働かせるには秘密保持にリスクが伴う。どうせ手に余るのだから、リンと共に、というかほぼリンに任せても構わないだろうという結論になったのだが、身についた贅肉を、この機に削ぎ落とそうという考えもチラホラあったりなかったり。



 机の上にある魔石がピンと立つとめちゃくちゃ不機嫌なリンの声が聞こえた。


「あ?」


「あ?って、お前それでも社会人かよ!」


「何回も連絡してくんな、死ね」


「はあ!?無茶苦茶だな」


「……で!?要件は!?早く言え!」


「嫌です。俺は死にました」


「よし、待ってろ。今から部下に殺すよう伝える」


「うそうそうそ。いい話があんだよ」


「怪しいな。アホが言ってるんだからなお怪しいな」


「魔石だよ。あの採掘場、お前がメインで管理してくれないか?俺はそのうちの少し分け前が貰えればいい」


「……確か、秘密のルートを通らないと危険じゃなかったか?」


「それも教える。即、金になるしどうだ?」


「急にどうした?トラブルか?」


「違う違う。モートンを巻き込んだんだから、この計画を成功させる為に俺もなにかしようと思っただけだ」


「巻き込まなくても動けよデブ」


「あ、おお、もちろんそのつもりだったさ。とにかくどうなんだ?お前なら上手く活用できるだろ」


「マジでいいのか?あそこはただの宝の山だぞ」


「一人で管理しようと思ってたけど、死ぬまでに掘り尽くせる自身がない。持ってても腐らせるだけだから、お前に任せる」


「そういうことならありがたく頂く。そこにいる部下に明日視察に行かせるから案内してくれ。明後日には採掘を始める」


「早っ。いくらなんでも無理だろ」


「互救会から人をかき集める。ちょっと待て」


 いろんな事業を手掛け、裏社会も仕切るリン。そして今回の計画の立案者であり司令塔。いつも以上に忙しくしているリンの元へ齎された情報は風雲急を告げるものだった。


「サムール族自治区にヴォルガが出張って来たらしい。戦争が近そうだな」


「おいおい突然だな」


「どこが突然なんだ。お前、新聞読んでるか?」


「読んでるよ。ジョン・ドゥ新聞を毎日読んる」


「ただの地方新聞だし、ゴシップネタばっかりのクソ新聞だろ。あんなのに金払ってるやつがいたとは」


「……新聞なんてどれも同じじゃないのか。読みやすいから読んでたんだが」


「お前に世界情勢を教えてる暇はないが、もうちょっと知った方がいい。たぶん戦争が起きるからな。それと、サムールでの事業が潰されて後始末の仕事が増えたから、今回のマルブリ―ツェの件だが私一人ではもう回せない。イムリュエンは他州に干渉できないし、分かるだろ?」


「まさか俺にどうにかしろって?いやいや無理無理無理」


「いいかよく聞け。私の仕事が潰されようがマフィアの社会がめちゃくちゃになろうがどうでもいい。今この時もくだらない貴族の考えで割を食ってるやつがいるんだ。それを正さなきゃいけない、そうだろ」


「……ひどくなってるのか?」


「私らの時代に逆戻りだ。どんどん全国に広まって、規模だけで言えば昔以上だな。私の仕事は両輪無ければ成り立たない。表と裏の仕事両方あって出来てるって話はしたよな?だけど、今の状況じゃ片輪をもがれかけて、今までの資産を放出しながら体裁を保つだけで精いっぱいなんだ。だから何としても東の横暴は止めないといけない。これは私だけの問題じゃないだろバードン」


「引きこもり過ぎたか。そんなことになってるとは思わなかった。お前もイムリュエンも何も言ってこないから、てっきり良くなってるのかとばかり」


「仮にお前に相談してどうなる?矢面に立って戦うか?金を援助してくれるか?それとも冒険者時代の遺産をまた寄こしてくれるのか?」


「役に立たないってか?」


「気持ちだけじゃどうにもならないってことだ。お前の方が人に好かれるし、誰よりも先頭に立つべきだと思ってるが、そこから出たくないんだろ?無理じゃないか」


「あーその件なんだが」


 マルブリ―ツェ卿との会話をリンに共有するバードン。確かに今までは外に出る危険を鑑みて外出は控え、魔界にあるダンジョンを宿にしていた。そうして3区内ですべての生活を完結させていたのだが、マルブリ―ツェ卿が過去の一件の罪を全て負うべき人物なのか疑義が生じ、しかも東側の脅威が現実的になって来た現在では、今までとは違う生き方を模索してもいいと思えている。


「話半分で聞いとけよ。お前に宿で転移者を殺しているし、過去の件についても証拠がない。でも、宿を出て活動範囲を広げるってのは賛成だ。ていうことでお前に任せてもいいな」


「本気か?俺だぞ?」


「ああ、お前だからめちゃくちゃ心配だ。でも贅沢は言ってられないんでね。だから計画を単純にした。3つだ。まず、魔界を開拓しろ。これは絶対だ。そして、商人たちを纏めろ。駄々をこねる奴らは脅してでも組合に加入させろ。最後に、戦力がいる。マルブリ―ツェの北と南は既に東側の属州になってる。これは誇大妄想だが東側の旧帝国派が武力侵攻してきた場合、真っ先にやられるのはマルブリ―ツェだ。そして一番被害を受けるだろう。だが、そうなった場合に時間を稼ぎ、前線基地として機能させる為にも戦力を拡充させなければいけない。分かるな」


「お前が言ってるのは冒険者の事だよな?騎士を強くしろってんならお門違いだ」


「イムリュエンがマルブリ―ツェのアホと接触してる。その辺はどうにかするさ。戦力ってのは冒険者達の事だ。量と質を高めろ。良くも悪くもハズレボンビーは有名だからな。ギルドマスターに顔を見せに行ったって事は情報解禁だろ?昔の名声でどうにかしろ」


「どうにかって」


「ああ、漠然とした指示だとダメか。昔のメンツを集めて冒険者たちに帯同するなり、魔法指導するなり、派手に宣伝して冒険者の数を増やすなり。、そんな感じだ。あ、それからノータリンのノッポをそっちに戻すからうまく使え。S級の価値は高いからな」


「誰、ああピルドか。いつ帰ってくる?魔界にも連れていきたいんだが」


「寄り道してなきゃ明日には着くだろ。大体理解したか?マルブリ―ツェの件は任せるからな。それと、そっちに送った奴らにもそのように伝えるから頼む。指示に従えない奴らは殺して構わない」


「うん、殺さないの知ってるだろ。ホント自信ないけど任された。お前大丈夫なのか?寝てるか?」


「じゃあなおふくろ」


 ゴロンと転がる魔石を見つめる。リンの事業の邪魔になるから今回の計画が動いていたのかと思っていたが、どうやら全然違ったらしい。彼女がマフィアになった理由、バードンが冒険者に成った理由。忘れかけていたその理由の為にリンは戦おうとしていたのだ。


「マジか」


 昔に戻りつつあるというワカチナ情勢に思わず口をついて出る言葉。光が当たりにくく、関わりたがらない小さな世界の話。その世界で生き抜いてきたバードンとリーンピムだからこそ、逆行しようとしている現状は看過できないという気持ちは同じだった。


 しかし、熱意だけで変わるほど優しい現実はただの空想、理想、夢の世界である。


 かつてのバードンには冒険者としての力があった。リンには商才と裏社会での権力があった。示し合わさずともそれぞれの道で、零れ落ちる寸前の命たちをどうにかへりから遠ざけるだけの地味な時間稼ぎを行ってきた。


 そうするうちに、その世界は見えないほど小さくなり、やがてそのへりにも柵ができ始めた。バードン達の活動のおかげでは無いが、救われた命も多い。しかし結果だけが充足を齎し、そこに至る過程や因子を気に留めたものはいなかった。誰も目を向けない世界なのだから、仕方が無い。ましてや、バードンやリンでさえ目を向けられなかったのだから、もはや責めるべき人が見当たらない。


 しかしそれは破滅的である。


 制度や構造ではなく、自身の運や環境の問題だと思い込み、努力だけで抜け出せる世界だと考えた者たちがいるからこそ、再び元へ戻りかけてちるのだ。


 バードンとリンが生まれ育ち絆を深めた、王都アイウン州。当時は2人も天におわす国王へと恨みもぶつけるような言を吐いたが、そこに感情はなかった。恨むべくは自身の全てだとだと理解していたからこそ、心の安定の為に言った戯言だった。


 スラムの子よりも卑しい、両親不明の子供たち。奴隷商人も手を出せない腫物のような子供たち。政治に翻弄された子供たち。


 マルブリ―ツェの計画についてあれこれ考えていると、机の上に転がっていた魔石が八面体に変わり、友の声が響いた。


「聞いたぞ。お前が主導するそうだな」


「挨拶も無しかよ。なんだ?やっぱり心配か?」


「当然だろう。しかし吾輩も立場上派手に動けないからな。頼んだぞバードン」


「うん。で?まさか励ますために連絡を寄こした訳じゃないんだろ、イムリュエン」


「ああ。魔石越しで申し訳ないがお前に明かすべきことがある」


「……なんだ、恐いな」


「何かあれば相談しろと言っていただろう?構わないか?」


「おお、いいぞ。どうした」


「ミホ・ジングウジは生きている。その事をククルーザ・スパワに伝えたいのだがどこにいるか分かるか?」


「……」


 口を半開きにしたまま固まってしまったバードン。処刑の現場に居合わせた訳ではないが、ミホは確かに死んだと聞かされていた。そして、現場にいたクーさんもミホが死んだから憤っていたのだ。だから、生きているはずがない。


「聞いているか?ククルーザ・スパワの居場所を教えてくれ」


「ミホ・ジングウジって言ったか?お前、処刑したって言ってたよな?」


「処刑したが、古代魔法で新たな命を得たのだ」


「……い、意味が分からん。さすがに笑えないけど、冗談なんだよな」


「本当だ。まだ子供だがミホ・ジングウジの記憶を持っている。だが、未だに黒幕は分からない。服従魔法は記憶すら歪ませるようだ」


「子供って、まさか換児かんち魔法か?」


「古代魔法まで知っているのか。魔法に関しては篤学だな」


「なんてことを。マジか、マジかよ。その子の家族には言ってないんだよな?」


「言える訳がないだろう。貴様の子と別の者の意識を入れ替えるから、大切に育てろとでも言えばよかったか?」


 魔石の前でついに頭を抱えてしまった。動物同士を過度に争わせる為に創り出されたという魔法。同種同士はおろか捕食者と被捕食者の立場が逆転することもあったとか。カオスを生み出した魔法である。


「俺にどんな顔されるか分かってて、わざわざ打ち明けたんだな?それもクーさんに伝える為か?」


「そうだ。リンとお前との約束も破った。誹りは受けるが、ククルーザ・スパワの居場所を先に教えてくれないか」


「憲兵に連れていかれたよ。ああ、最悪だ」


「自分のした事は分かっている。その前に詳しく教えてくれ」


「違う!クーさんはもう長くない。俺たちに復讐する為に体を酷使したんだ。もってひと月らしい」


「……ならば急がねば」


「俺も詳しい場所は知らないんだ。知り合いの騎士に聞いてみる」


「そうか」


「今、ミホ・ジングウジはどこで何をしてるんだ。何で今になって打ち明けたんだ。つーか、何てことしたんだよ」


 悲痛な顔で魔石に問いかけるバードン。三人の中で最もまともであった男の所業とは思えない。換児かんち魔法を使ったとすればその子供の意識は完全に消えてしまっただろう。何故なら意識を入れ替える魔法なのだから、死んでしまったミホの身体に宿る意識は当然子供のもの。古代なら効率的な魔法である。何とか捕獲した人間に害のある動物の意識を、まだ腹の中にいる別の種の動物と入れ替え、自然界にカオスを齎し、捕獲後の動物は殺してしまう。入れ替わった子供は元の記憶を持ったまま、生れ落ちてすぐに元々持っていた本能に従い親や群れの仲間を攻撃する。それが一匹ならば追い出すだけで終わるだろうことが、数十匹にもなれば群れは混乱し、それを狙いだす動物たちとの間にカオスが起きるのだ。


「ミホは、親元で子供らしく暮らしている。打ち明けた理由は、ククルーザ・スパワの存在だ。こんな事をした理由は、どうしても彼女を疑いきれなかったからだ。ほんの少しのバカげた信用がこうしてしまった。彼女が裏切ったのだと状況を見れば分かったのだが、それでも、疑いが続く限り彼女を生かし続け、吾輩は調べ続けなければ」


「待て待てもういい。なんか、サイコっぽくなってきたから聞くのは止める。要するに殺せなかったんだろ?」


「端的に言えばそうだ」


「チッ、ああー。なんかヤバいな。リンが知ったら終わるな。絶対言うなよ」


「お前は幻滅しないのか」


「幻滅?してるに決まってんだろ。でも、いや、クソみたいな言い訳だが、まだ産まれていなかった子供だから、いややっぱダメだ。やってることがクソすぎる。けど、とにかく隠し通せ」


「分かった」


「クーさんの居場所はすぐに伝える。何時でも連絡がつくようにしといてくれ」


「ああ、頼んだぞ」


「他に言いたい事はあるか?隠してることは?」


「1つだけ」


「はあ、あるのかよ」


「マイという名に聞き覚えは?」


「ある、けど何だよ」


「マルブリーツェ卿とマイについて話したそうだな。何故か吾輩がお前に吹き込んだ事になっていたが、あれは何だ」


「あ、ああ。あれはまあ、ちょっとな。名前を借りただけだ」


「ちょっと?詳しくは話せないのか?」


「いや、別に良いけど、内密にしてくれよ?」


「もちろんだ」


「知り合いの騎士とイメイダ家の娘さんの間の子がマイなんだよ。で、未だにマルブリーツェ卿が預かってるから、何故かって聞いたら、父親不在の子をどこに返せばいいのかって言われたんだ。その時父親は目の前にいたんだけどな」


「イメイダ、確かラサパロス領主の傍流だったな。なるほど、騎士とお前が通じていて探りを入れたわけか」


「そんな感じ」


「ふむ、分かった。では、ククルーザ・スパワの件頼んだぞ」


「ああ、じゃあな」


 魔石が倒れると同時に大きくため息をついたバードン。


「マジかよ」


 思わず言葉が漏れる。


 バタン!


 背もたれに体を預け、天井を眺めていると、いきなり執務室の扉が開いた。驚きで飛び上がり、視線を向けると入ってきたのはアーリマだった。


「ボス!アイツです!アイツが来ました!」


「へっ!?アイツ?誰だ!?」


「あの仮面っす!白い仮面の強いヤツっすよ!どうしますか?例のことをネタにゆすりに来たとかじゃないっすか?」


「仮面?例のこと?……もしかして、マイ?」


「マイ?たぶん、そんなん名前だったっすね。変態勇者候補の件っすよ」


「えっ!?マイ?来てるのか?何しに?」


「いや知らないっすよ。休憩所で座ってるっすよ」


「おう、なんでだ。不吉な感じがするな」


「追い出しますか?それとも殺りますか?」


「いや殺らないで。アーリマよ、君は気が早すぎる。俺が話してみるよ」


「うっす」


 立ち上がると執務室を出て従業員控室を通り過ぎ、受付に出る扉に手をかけた。そこで、未だに会っていない娘の事を思い出す。大体、受付か控室にいるのに今日はいない。


「アーリマ、ユーリはどこだ?上の掃除でもしてるのか?」


「いや、今の時間だとトレーニングじゃないっすか?この時間になるといつもいないっすから。なんも聞いてないんすか?」


「トレーニング、か。毎日か?」


「……は、はい。毎日っすね。てっきりボスには話してるもんだと思ってたっすけど」


「聞いてないな」


 ガチャリと扉を開け、受付を回ってエントランスを抜けると、右側の観葉植物の間から仮面の少女が見える。


「アーリマ、一人で大丈夫だ」


「うっす。受付にいますから、なんかあったら任せてください」


「おう」


 一人佇む少女の前に腰を下ろすが、反応はない。麻でできた淡色のワンピース姿に、白磁の仮面。目立つ少女は静かにバードンを見つめていた。


「マイ・カガミかマイリー・オルキスどっちで呼べばいい?」


「フッ。オルキス?イメイダならまだしも。それはパパの名字なの?」


「そうだ。で?どっちで呼べばいい」


「マイよ」


「マイ、何しに来た?マルブリーツェ卿の使いか?それとも独断か?」


「両方」


「両方、ね。よし、言ってみろ」


『内密にして』


「あ『おお。これでいいか』」


『お館様からの伝言は、調査協力感謝する。本件と関係は無いが、魔界らしき小さな魔物溜まりが州都に出現した。騎士によって封じ込めを終えたが知っていることがあれば、ペッシェまで連絡してほしい、よ』


 マイはピンポン玉のような黒に近い藍色の魔石を手のひらからバードンに差し出した。


『連絡は内密に。これを使って』


『分かった。伝言は終わりか?』


『ええ。次はマイの用。マイとメイをここで雇って』


『無理だ。以上か?』


『……今すぐに答えを出してとは言ってない』


『お前らここで暴れただろうが。考えるまでも無い』


『足を洗って普通に過ごしたいの。だから助けて欲しい』


『んんんんんん、怪しいな。信用できない。それにマルブリーツェ卿には伝えたのか?保護者だろ?』


『どのみち追い出されると思う。情報をお祖父様に流してたから』


『お祖父様?ああ、イメイダ家の。クーさんがそんなこと言ってたな。それでも今まで育ててくれたんだから、挨拶はしなきゃダメだろ』


『バードン・オンツキーに約束してもらうまでは言わない』


『さんな、オンツキーさん。悪いが約束はできない。やっぱり何か裏がありそうだからな』


『どうすればいい?』


『どうって、難しいな。ていうか、イメイダ家に帰ればって、それも無理か。ん?なんでじいちゃんに情報を流してたんだ?』


 確か、イメイダ家の当主に売られたはず。当主はこの子のお祖父様だろう。なのに何故味方するような行動を取っているのか、不思議に思うバードン。


『お母様を助ける為。でも、もう死んだ。だからもういい』


『……要するに、人質に取られたお母さんを助ける為にスパイをしてたってことか?』


『そう』


『なんちゅう家族だよ。はあ』


 彼女の過去や経歴を少しだけ知っているバードンは自然と同情してしまう。しかし、信用はできない。それすらも嘘かもしれないからだ。だが、バードンはクソがつくほどのお節介野郎である。特に身寄りのない子供にはとことんお節介。自分と重ねてしまうからだ。


『あーーーもう!分かった!うちに来ていい。でも、マルブリーツェ卿と話をしてからだ。勝手に住ませたら誘拐だからな。あ、あとアイツにも言わないといけないな』


『よし。やっぱ無しは無し。嘘だったら殺すから』


『……お前、なんじゃその態度は。お前こそ嘘ついてないだろうな!嘘だったらここに住ませないぞ』


『全て本当の事。お館様に話をしてくる。じゃあなバードン・オンツキー』


『だから、さん!』


 立ち上がった途端ふわりと消えてしまったマイ。そしてもう一つ重要なことを思い出した。


「メイってやつも来るんだったな。んんんん、なんかやられた気がする」


 マイの話に夢中になりすぎて、当初の要求を飲んでしまったバードンは、今更後悔していた。


 受付に戻りアーリマに事情を説明したあと、またもや執務室で魔石に意識を向けた。


「はい」


「どうも。聞きたいことと伝えておきたい事がある」


「何だ」


「まず、クーさんの居場所を教えてほしい。具体的に何処の刑務所にいる?」


「ウルソンド州グラッカ市の軍刑務所だ。何かあったのか?」


「あーーーーーー、いや、あれだ、面会したくてな。それより知らせたいことがある」


「……まあいい、なんだ」


「アンタの娘さんと話をした。ここの宿で住み込みで働きたいってさ」


「なに!?今いるのか?」


「いやもう帰った。それで、またマルブリーツェ卿と話をしたいんだが、できるか?」


「待て、何の話をするんだ。それに今は時機が悪い」


「マイとメイの二人を引き取ってもいいかって話だ。時機が悪いって、面会してからそんなに時間は経ってないだろ」


「また邸内の掃除が始まったのだ。いくら塞いでも情報が筒抜けになっているのだから、仕方無いが」


「それって」


「言うな、分かっている。ククルーザ・スパワの言っていた事が本当なら、私が対処せねばならん」


「もしバレたらソイツはどうなる?大丈夫なのか?」


「その者のを過去や経歴を鑑みるだろうな。最悪は言うまでもなく死罪だ」


「時機が悪そうだな。ウチで引き取ろうかと考えているんだが、この件任せてもいいか?」


「ああ任せろ。それと、もし引き取ったら、ゴホン。会いに行っても構わないか」


「そりゃいいだろ。本当はアンタが引き取るべきなんだからな。寧ろ会いに来てちゃんとした関係を作ってくれ」


「ああ、分かった。この件の進捗は追って連絡する。ではな」


 ゴロンと転がりかけた魔石にすかさず意識を向けた。すると、魔石は八面体のまま机の上に立ち応答を待つ。


「分かったか?」


「えっと、ウルソンド州グラッカ市の軍刑務所だそうだ。これで問題無いか?」


「ああ十分だ、感謝する。すぐに伝えるとしよう。ではな」


「おっす」


 一段落したバードンはグッと伸びをした。時計を見るともう7時。まだユーリに会っていないが、何をしているのか。気になったバードンが立ち上がると、執務室をノックする音が聞こえて来た。


「ん?はい」


「お客様です」


 ミリスが連れてきたのは宿に泊まっている調査団の団長ジアン・トルケンとリンの部下であるネリフ・モナートであった。


「どうしました?」


「ダンジョン調査で地下に」「姉御から連絡」


 二人一斉に話し始め、何がなんだか分からない。バードンは一度二人を宥め、一人ずつ要件を聞いていく。


「先程もお伝えしましたが、ダンジョン調査で地下に行きたいのですか、何時ならお手隙ですが?」


「ああ、それなら明日にでも」


「お待ちを旦那。明日は魔石の件があるはずです。姉御からそのように聞いております」


「ああ、そうだった。えっと」


「私達も急ぎ調べたいのですが」


「いーや、こっちのほうが重要なんでね。悪いが姉さんはすっ込んでてくれ」


「はあ!?こっちの方が重要に決まってるでしょ!国でも出来ていないダンジョン調査を、この州が一番に行うのよ?何を言ってるのかしら」


「役人のメンツなんかなんの役にも立たんでしょう。こっちは平民の生活が掛かってるんでね。さあ旦那、明日は魔石の件を優先していただいて」


「ちょっと!」


「頼む、二人とも落ち着いてくれ。これじゃ話が纏まらない」


 それをまとめるのがバードンの役目なのだが、僅か数時間で全ての案件を調整する能力は持ち合わせていない。


「そうだな、んーと。調査は明日じゃないとダメですか?実は魔石は急ぎなもんで」


「我々は膨大な仮説を元にここへ来ました。観察と実証を何としても早急にさせていただきたい!時間は限られていますから、残り日数から逆算すると、明日が望ましいのです」


「そ、そうですよねー」


 ポリポリと頭を掻きながらどうしたものかと悩むバードン。金を払った調査団を優先すべきだが、マルブリーツェ発展計画はリンの肝入であり、バードンにとっても重要な案件。ふと、ダンジョン調査はアーリマに任せてしまおうかと思い立つが、彼の知識はそれ程深いものではない。ハズレボンビーとしてダンジョンと契約したが、それだけだ。バードンのようにここに住み着き、魔物達と意思疎通を卒なくこなせる訳では無い。


「じゃあ、魔石は」


 後にすると言おうかというところで、執務室扉が開いた。


「ユーリちゃん、今お客様が」


 ミリスの制止は間に合わず、随分とボロボロになった服装のユーリがそこに立っていた。


「あ、ごめんなさい」


 皆の視線が集まる。娘の服がこんなに貧相になっている事に恥ずかしくなるバードン。


「ユーリ、ちょっと着替えてこい。そんな服で出歩くな」


「う、うん」


 出て行こうとしたユーリの肩を掴んだのは、団長のジアン・トルケン。頭のてっぺんに鼻を近づけスンスンと匂いを嗅いだかと思えば、全身をくまなく観察する。


「何かが焼けた匂いは髪に付きやすい。ここは剣で斬られている。そしてこれは獣の毛」


 いつの間にか指で摘んでいたグレーの太い毛を見せびらかすと、バードンに向き直る。


「もしや、地下に行っていたのでは?地下で魔物達と何をしているんです?剣の傷がつくということは人型の魔物もいるのですね。ああ、何かの特訓、娘さんは冒険者志望ですか?魔物と実践的な訓練ですか。これは凄い。ああ羨ましい。オンツキーさん、お願いします。明日にはぜひとも地下へ!」


「んああ、そのことですが、ん?ああ、ユーリ。お前アイツらと仲いいよな」


「アイツらってジョン君達の事?」


「ああ。俺がアイツに話しをつけておくから調査団の皆さんを案内してくれないか?明日」


「う、うんいいけど」


 本当は絶対にこんなことはしたくないが、ユーリが地下に行って何をしているのかは想像がつく。毎日1時間程、何も言わずにいなくなっていたのは知っていたが、バードンは何も言わなかった。自分のせいで契約させてしまったのだから、嫌嫌でないならば大目に見るしかないだろうと考えていたのだ。だが、最近は随分と長い事地下に行っているようで、今日に限っては服もボロボロになっている。大目に見るが認めるとは言わないバードンのスタンスも、ここまで来ては是認しているも同じ状態。

 どうせならとは言わないが、人手の足りない今、もはや認めるしかないだろう。


 ユーリはユーリで、知らん顔で地下に行き、冒険者修行に明け暮れていた。絶対に認めないであろう父親には何も告げず、兎に角実力をつけるため努力の毎日。だが、今日はやり過ぎた。そしてその自覚もあったのだが、まさかもう帰っているとは思わなかった。宣伝だと言っていた父を信用してしまった自分を戒めつつ、次からは警戒感を持って行動しようと心に決めていた。

 すると何故か、認めてくれたのかどうなのか分からないが、調査団を案内しろとの命令がくだった。あんなに地下へ行かせることを嫌がっていた父とは思えない発言に面食らったユーリであった。


「よし!ありがとうございます。では、明日6時からお願いします。失礼」


 返事を言う前にさっさと帰っていった団長。有無を言わせず承諾させる作戦が功を奏したようだ。


「はっや。ユーリ遅刻するなよ」


「うん。じゃ、じゃあおやすみー」


 そろーりと去っていくユーリ。そして残ったのはリンの部下ネリフ・モナートである。


「互救会の連中は明日、粛清が始まります。そうなれば明後日から本格的に採掘を始められます。明日はウチの者と商人連中を連れて行きましょう。現場の下見と、値付けまでは出来ますかね」


「リンも言ってたけど、互救会ってのはアンタらの同業さん?」


「ええ。マルブリーツェには結構な構成員がいるんですがね、互救会の拠点を移してから尻尾から頭が生えましてね。意思を持ち始めたんで叩き潰すしてやりますよ」


「お、おん。そっか。じゃあ明日はよろしく」


「押忍!」


 辞めろと言ったが、染み付いて中々抜けないのだろう。膝に手を付き頭を下げる男を見ながら、二人だしまあいいかと妥協しまくりのバードンだった。


 ゴブリンの夕飯を片手に、従業員専用フロアへと赴いたバードン。今日の飯は、パンにクラムチャウダー、チーズのフライと、トマトソースがけのニョッキ。


 コンコンとノックをするとボロ布に包まったゴブリンが出迎えてくれた。


「夕飯持ってきたぞ。タカダさんていう凄腕のシェフが毎日うまい飯を作ってくれるから、楽しみにしててくれ。ホント旨いから」


 お膳を手渡したバードンは、ふとあることに気づく。


「風呂入らなかったのか?もしかして使い方が分からなかった?」


「いえ。夜に入ろうかと」


「そっか。服はあるか?そういえば手ぶらできたけど」


「えーと、これしかありません」


「ほおほお。着替えがないのか。それなら誰かの、誰かの、あれ?確か24歳だったよね」


「はい」


「ゴブリンて声変わりしないの?」


「しますね」


「あ、ああ。ああ、そっか。そうだよねー。それなら、えーとユーリのお下がりで悪いけど持ってくるよ。今度買いに、いや今度ミリスと買いに行くといい。お金は俺が出すよ」


「……はい、ありがとうございます。あの、もしかして男だと思ってました?」


「あーーー、はい。すみませんでした。魔人のツレがいるんですけど、そいつの事も男だと思ってたぐらい、性別を見分けるのが下手なもんで」


「魔人ですか?友達に魔人?スゴイですね」


「いや、別にスゴくはないよ。では、大変失礼致しました。おっさんは消えます。服はミリスに持ってこさせるよ。おやすみー」


「おやすみなさい」


 時計は回り、夜の9時。夜勤組の時間である。


「ケリーじゃなくてスカーレット、それからウネツ君、今日もよろしく!」


「ねえ、それわざとじゃないわよね。ワタシ怒るわよ」


「いやいやいや、絶対に違う。でも、気をつける。ごめん」


「ふんっ」


 ツンツンしながら受付へと去っていったスカーレット。どうにも今日は不機嫌なようだ。


「先輩もダンジョン調査に参加したいんですって。頼んだけど断られたらしいですよ」


「なんで?」


「そりゃー国立工具道具製作庁出身て言えば東側のエリートですからね。政治が絡んでるんじゃないですか?俺ならまだしも、先輩の出身は西側なのに」


「そっか。俺から頼んでみようかな。ウネツ君も参加したい?」


「えっ!?いいんですか?有難き幸せにございます、親分!」


「お、おう。その発作はまだ治らないのか」


「ええ、どうにも身体が疼いて仕方ねぇんでさあ」


「そっか。まあ、掛け合ってみるけど期待はしないでくれよ」


「おっす!」



 夜も暮れバードンも眠ろうかという頃。最後の仕事を片付ける為に地下へと赴いた。


「ダンジョン、今ここを調査してる人がいるのは知ってるだろ?」


「知ってるけどー?なんでボクには内緒にしてたのさ」


「今話してるだろ。拗ねるなよ」


「拗ねてないもーん。それで、何しに来たの?ユーリちゃんのことなら何も話さないよ!」


「ミリスかアゼルに聞くから別にいい。今日来たのは頼みがあるからだ」


「うん?嫌だね!バードン君は最近頼みが多いよ。それなりの対価をくれなきゃね」


「はあ。そう言うと思った。調査団が地下に入って隅々まで調べる。もちろんお前らも調べるし、色々話を聞かれるだろう。それに協力して欲しい。当然、手を出さないという確約もいる」


「バードン君、ここを調べられて困るのはボクだけじゃないはずだよ?君も困るでしょ?」


「なんで俺が困るんだ」


「だって、弱点を見つけられたらどうするのさ」


「弱点か。攻略した俺だから言えるが、ここに弱点はもう無い」


「ホントに?弱点が見つかってバードン君達を守れなくなっても文句は言わないでよ」


「文句は言わないが、契約があるだろ。とにかく、協力してくれ。対価は何がいいんだ?」


「んー、後で決めてもいい?今すぐには思いつかないや」


「程度はあるぞ。今回の頼みはそれ程大変じゃないから、分かってるよな」


「分かってるもん。ボクは今まで正当な対価しか求めてないよ!まったく、いつになったら信用してくれるのさ」


「じゃあ、取引は成立だな?」


「いいよ!」


「じゃ、明日よろしく」


「えーもう帰るのー?遊ぼーよ」


「じゃーな」


 そう言い残すと執務室に転移したバードン。時計は深夜12時。


 久々に忙しかったバードンは家へ帰る。ユーリが最近、部屋に鍵をかける為寝顔を見られない。だからユーリの部屋を素通りし、自分のベットへ潜り込む。そして明日に向けて目を閉じた。

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