92.モートンとの対面
起きられますように。遅刻しませんように。
「本日から宜しくお願いいたします。調査団の団長を務めますジアン・トルケンと申します」
ツナギ姿の女性は40名の調査員を従え、受付のバードンへと敬々しくお辞儀をした。
彼らは2日前に日程が決まった、マルブリーツェの調査員たちである。鉱山で採掘でもするような格好だが、このダンジョンの内情を知らなければ当然だろう。
ダンジョンとは通常、自然を模した環境が広がっており、その中で数日掛けて最深部へと潜っていくことが多い。最短ルートを通れば1日で通れるダンジョンでも数日掛けるのは、その自然の中を探索し珍しい素材が無いか探すからである。ただダンジョンを攻略するだけでは大した金にならなくとも、ダンジョン内に自生する植物、鉱物、魔物の素材を換金することで稼ぐのだ。
もちろんダンジョンによって内情は微妙に異なるが、ことこのダンジョンはその中でも特異なのだ。
「こちらこそ宜しくお願い致します。ではご案内します」
バードンはミリスに目配せし案内を任せる。調査団一行が転移陣の場所まで移動すると、お次はガラの悪い連中が100人やってきた。
「お初にお目に掛かります。私、ホロトコ一家舎弟頭のネリフ・モナートと申します。本日よりお世話になります」
「「「「「押忍!」」」」
大股に開いた膝に手を当て頭を下げる舎弟頭に続き、チンピラ達も頭を下げる。その後ろにいる冒険者や商人はクスクス笑ったりビビっていたりと様々。
「ちょっ、ちょっとモナートさん。ちょっと」
バードンは舎弟頭ネリフ・モナートに手招きをすると受付から体を乗り出し、小さな声で耳打ちする。
「丁寧な挨拶は有り難いんだけど、その挨拶は目立つから普通にしてほしいです。それと、部下の人達も目立たないようにお願いできますか?」
モナートはハッとした表情で再び頭を下げた。またいつものスタイルで下げかけたが、途中で修正しカタギのように軽めに頭を下げるに留まった。
「以後気をつけます。私からご迷惑は掛けないようにと言い聞かせてありますが、もし面倒を起こした際には私にお伝え下さい。舎弟連中に限っては万が一にもご迷惑をかけることは無いはずですが、後ろの連中は自分らと勝手が違うもので」
「なるほど。分かりました。何かあればモナートさんにお伝えします。まあ、気楽にしてください。宜しくお願いしますね」
「ありがとうございます!」
バードンが目配せをすると、アーリマは空いた転移陣の方へとモナートさん一行を移動させた。
「お父さん、リンさんの部下の人達は結局いつまで泊まるの?」
「とりあえず1ヶ月だな。延長の可能性もあるって」
「ふーん」
3ヶ月と伝えた時にはユーリに猛反発されたバードン。親友の頼みだからタダで泊めるとしても、限度がある。部屋は宿屋の商売道具であって、それをホイホイあげていい訳!?と詰められたのだ。その場はひとまず、リンと相談すると言って宥めたのだが、肝心のリンからの回答は最短でも3ヶ月と変わらなかった。
それもそうで、マルブリーツェが財政的に潤い、西側の商人達が連帯し、魔界を開拓するとなれば年単位で見る必要がある。しかし、東側の勢いは日毎に増すばかりで猶予はない。だからこの案が実行されたのだ。その期間は4ヶ月。4ヶ月でそれらの課題をクリアする計画なのだ。
ユーリは従業員ではなくお手伝い。頼んでもいないのに経理も担当していて、その意見も論理的でなく正しい。だからこそ、こうなっている理由を説明せずに説得するのは無理だったので、仕方なく1ヶ月と言ってしまったバードン。保険として延長の可能性もあると伝えたが、ユーリはあまり信用していないようである。
ひとまず1階の8割方が埋まり、在りし日と比べればやや盛況。それに実が伴わないのが残念だが、活気が出るのはいい事で、バードンの顔も自然と綻ぶ。
今日は忙しくなるぞと腕を回そうとすると、またもやユーリから鋭い質問が飛んでくる。
「それで、今後の計画は?再来月も何とか乗り切れそうだけど、3ヶ月後はどうするの?」
集団の宿泊客が部屋へと消えていった後には、すっかり綺麗なエントランスホールが広がり、玄関から人が来そうな気配は微塵もない。
「ユーリが言ってた送迎な、俺が掛け合ってみる。それと今から出掛けるわ」
「は!?どこに行くの?仕事は?」
「この人数ならいけるだろ?飯は調査団と一般客の50人分だからなんとかなる」
「一般客は28人ね。昨日帰ったよ。何しに行くの?仕事に関係あるの?」
「もちろん!宣伝だ!」
バードンは受付から飛び出すと客室前の廊下の掃除をしていたアゼルに「後はよろしく!」と伝え意気揚々と宿から出ていった。
向かう先は約8年ぶりの冒険者ギルドである。
宿を出て森の端にある大きな門を抜けると、いつもよりも人が歩いていた。集団でやって来た一行に施しを受けようとしていたのだろうが、彼らの明暗は表情を見れば分かった。
そんな風景を見ながら、バードンはウエストコートから元は筒状であった潰れた陣紙を取り出した。糊付けを剥がし、カクカクと陣紙を開くと、綺麗な陣が切れ目なく描かれており、問題なく使用できそうだ。
「フッフッフッどんな顔するかな」
どんな老け方をしているのかというワクワクと怒られるかもという少しの不安と、大きな懐古感を胸に、黄ばんだ陣紙を握りつぶした。
転移した先は見覚えのあるギルドマスターの執務室。目前の机の上は綺麗とは程遠く、雑然と置かれた書類の上に魔法書が広げられている。明かりが消え静まり返っているところから、どうやら外出中らしい。
バードンの執務室がこことほぼ同じ作りなのは、やはり弟子だからだろう。部屋中央から周囲を見渡すと、懐かしい魔物の足形が飾ってありその署名にはハズレボンビーの名前が連なっている。もちろんその中には妻であるエイミの名前も。
ニヤつきながら隅々まで観察するバードンは、外からの声にギョッとする。
「駄目となんべん言わせれば気が済むんじゃ?ありゃ州とは関係無いし、よそのギルドから来とる。ただ挨拶に来ただけじゃ」
「嘘だね。よそのギルドから事前に話は来てたんはずだ。それでウチからも冒険者を出せないかって聞きに来てたんだろ。何で一人も出さないんだよ。あれはマルブリーツェの魔界だぞ!俺ははマルブリーツェの冒険者だぞ!」
「はぁ、まったく。年寄りをいじめるのも大概にしてくれんかね」
カチャンと解錠音がして、ノブが周り、開かれた扉の間で視線が交差する。140センチ程の腰の曲がったおばあちゃんは入室できずその場で固まり、バードンは予想外に喧々諤々の議論が外で白熱しているのを聞いて、驚かせよう待ち構えるのを止め、どうしていいか分からず部屋の中央で直立していた。
「チッ、そんな子どもじみた真似すんなよ」
【碧斂集団】のリーダー、レンセンは急に立ち止まったギルドマスターに苛立ち、中を確認しようとギルドマスターの後ろへと回り込む。
すると中には数日前に出会った、元S級冒険者でマルブリーツェでは初の魔界開拓依頼を達成した伝説で憧れの冒険者だったたるんだ身体のオッサンが申し訳無さそうに立っている。
「アンタ、何してんだ?」
「あ、いや、そのー、なんかごめん」
「お前、バードンか!」
死んだかのように固まったギルドマスターはやっと動き出し、杖をつきながらゆったりとと部屋に入って来た。
「何でここにいるんじゃ?部屋には鍵がかかっておるっちゅうのに」
「転移陣があったから、それで」
「何じゃ、まだ使えたのか。せきゅりてーもへったくれもないわ」
「セキュリティーなクソババア」
「ギルドマスターなクソガキ」
ズカズカと入ってきたレンセンとのやり取りは、昔の自分とのやり取りを見ているようで面白くもあり、寂しさもあり。だいぶ時間が経ったのだなとしみじみするバードンにギルドマスターのリネスティ・モートンは問い掛ける。
「ほんで何しに来たんじゃ?金ならやらん」
「いや、金じゃないって。今度顔出すって言ったろ?それで来たんだよ」
「あー、言うとったな。ほんで何しに来た」
「いやだから」
「何年も連絡すら寄越さんかったアホが、顔を見せに来ましたなんて訳があるか。なんか用があるんじゃろ?言え!」
藍色の作務衣姿のおばあちゃんは、杖をバードンへと乱れ突くが、よたよたした攻撃は届きもせず、バードンに苦笑いされる始末。
「落ち着けって。ホントに顔見せに来たんだよ。そのついでに宿の宣伝をしてもらいたくてさ」
「ほれみろ!宣伝が目的じゃろ!ったく、だから最近の若い者は」
「それ昔から言ってるよな。いやー懐かしいな」
おばあちゃんギルドマスターは乱れ突きで消耗した体を杖で支えながら、椅子へと腰掛ける。
「はあ。なんだい、今は宿屋をやってるのかい?」
「ああ、昔攻略したダンジョンを宿屋にしてる」
「……もしかして魔界の宿屋かいね?」
「ん、知ってんのか。そうそう、そこ」
「ああ、そうゆうことじゃったか」
「どゆこと?」
長年の付き物が取れたかのように、スッキリした表情のギルドマスター。一方バードンは何がどういうことなのか、思い当たる節がない。
「アンタ、あのダンジョンを攻略したってギルドに報告したのか?」
レンセンは腕組みしながら苦々しい表情で問い掛けた。
「……いや、そんな余裕がなかったから、特に報告はしていない、な」
「じゃあ、今まで第一ダンジョンを必死に探し回ってた奴らは、無駄足をずっと踏んでたってわけか」
「……ん?」
「呆れたよ。元S級冒険者がこのザマかってな」
「そこまで酷いこと言われる筋合いは無いぞ。俺が報告しなくても、あのダンジョンは魔界に行けばあるんだから、誰かが中に入ってればすぐに分かるはずだろ。とっくに攻略されてるんだって事が」
「バードン。お前の宿は確かほのぼの郷じゃろう?ウチのギルドにいる冒険者は誰一人としてそこに泊まった事はないぞ」
「な、なんで?そんな評判悪いのか?」
「見つけられんからじゃ。ダンジョンをいくら探しても見つけられん。あの付近に宿屋があると風のうわさが流れてきて、ダンジョンの情報を持っているかもしれんと探してみたが宿もない。どうやっても辿り着けんのじゃ」
「意味不明だ。だって俺はそこで働いてるんだぞ?その俺があるって言ってんだからあるに決まってるだろ」
「分かっとるわ!要するに、ダンジョンを探せばダンジョンは見つからず、宿を探せば宿屋は見つかる。ダンジョンに害を齎す目的があると、見つけられんようになっとるっちゅう事じゃ。とまあ、これは長年探し続けてきたギルドマスターの仮説なんじゃがどうかいの?」
「いや知らん。ダンジョンに聞いてみないと。俺だってあのダンジョンの全てを知ってるわけじゃないからな」
「ほんだら、今度聞いといてくれ。宿の宣伝はワシがしてやるから」
「マジで!?助かるわ。1部屋一泊1,500ワカチナで朝夜食事は1人1,000ワカチナだから。そこんところ強調してくれ」
「あいよ。用は済んだか?それならシッシッ」
しわくちゃのミイラのような手をひらひらと動かすギルドマスターだったが、途中で何かを思い出し手を止める。
「そういや、魔界開拓するっちゅうて西のギルドから冒険者が来とるんじゃが、お前んとこに泊まっとるんか」
「ああ。ツレに頼まれて貸してる」
「ほうほう。ちゅうことは何か知っとるな、バードン」
カラッカラだった眼球がギラリと光りだし、嫌な歳のとり方の権化だというように、嫌らしい笑みを浮かべるクソババア。
「い、いや。知らん。なーんも知らん」
用意していたシナリオがあれば、大根なりにも芝居は打てるのだが、エチュードになるとわざととしか思えないほど下手になるバードン。
「相変わらず嘘が下手じゃ。ほれ話せ。広告費じゃと思って話せ」
「……話す気は無い。けど、何が知りたいんだ?答えられるなら答える」
「チッ。別に大したことじゃないわい。魔界が無い西側の者がわざわざマルブリーツェまで来て魔界開拓する理由が知りたいだけじゃ」
「そりゃ金になるからに決まってんだろ。それと名声もランクも上がる。こことは違っていいギルドだなまったく」
レンセンは先程の続きとばかりに、チクチクとギルドマスターを刺していく。
「そうそう、そんなところだ」
バードンはここぞとばかりに乗っかるが、それではあまりにも分かりやすすぎた。
「それも話せんのか。ふむ。ちゅうことは裏があるんじゃな。それはなんじゃ!言え!」
血管がいつ切れてもおかしくないほど、緩急のある語り口。懐かしいなとバードンは笑っていられるが、毎日聞くのは流石に堪えるもの。
「言えないんだって。でも、マルブリーツェにとって悪い話じゃない。だからほっといてやってくれよ」
「よし分かった、情報交換といこう。何故わしが気にするか。それはの、ある女狐が裏で暗躍しとるからじゃ」
「女狐?それは俺も知ってる?」
「いや知らんじゃろ。正体を隠しとるからな。ホロトコっちゅう奴じゃ。今はカワギシっちゅう姓に変えたらしいが、知っとるか?」
「……い、いや?知らんな」
「知っとるんじゃな。ソイツから久しぶりに連絡が来て、魔界開拓に冒険者を寄越せと言ってきおった。だが、目的は語らなんだ。だからお前に聞いとるんじゃ。金じゃあない。アイツは商会を隠れ蓑にして商人たちを抱え込み、搾取しとるからの」
バードンは聞かされていなかった。マルブリーツェの冒険者達を魔界開拓には使う予定だったとは。しかも、ギルドマスターに直接話をしていたとは。
だが、リンとギルドマスターであるリネスティ・モートンに面識があることは知っていた。何故なら、10年前のあの事件でリンが動き回り手駒とした人間の1人が彼女だからである。
バードンは困っていた。どこまで話していいものかと。リンがモートンに依頼したということは、マルブリーツェの冒険者が必要だということ。だが内情を明かしていないのは、彼女の動きが読めないからだろう。しかしバードンには分かる。このババアはバードンに似て、いやバードンが手本にする程のクソお節介な人物なのだから。ただし、極悪人のお節介者という点がバードンと違うところであるが。
「2人でならある程度話す」
「よし、レンセンは出ていけ」
「はぁ!?ここまで聞いてお預けかよ。嫌だね。意地でも居座る」
「レンセン君。魔界に行きたいかい?」
バードンは悪徳商人のような下卑た笑みで問い掛けた。
「そりゃぁそうだろ。アンタでも開拓できたんだから俺にも出来るはずだ」
いちいち癇に障る発言をするヤツだが、やる気はあるようだ。ならばと交換条件を提示する。
「今すぐ出ていって、ここで聞いたことを忘れるなら、魔界開拓に参加させる。いいだろ?モッちゃん」
「メンツにもよる。S級はいるんじゃろうな」
「……知らん。ちょっとそれは確認してみないと」
「最低でもS級が2人以上おらんことには、ダメじゃ」
と、早速決裂しそうな取引だが、どうしても参加したいレンセンが助太刀に入る。
「そりゃ無理だろ。この国で現役のS級は10人しかいないんだぞ。そのうち2人がこんなクソ田舎に来るわけがねぇ」
「そ、そうだそうだ!」
冒険者のランク制度が改定されて久しい。曖昧な基準でS級になっていた冒険者が金で買ったランクだと周囲に嘲笑される事態は、冒険者ギルドとしては不本意であった。何故なら、S級というランクは権威であり、冒険者ならば目標とできるだろうと作られたものだからである。
そこで、S級への昇級に明確な規準を設け、付随する規則もまとめて改正を行った。そのうちの1つが人数上限の設定である。
この国の冒険者ギルドに所属する冒険者達の0.2%までしかS級になれないというものだ。
ちなみに、金で買ったランクと揶揄されたのは他でもないバードンであり、本人はそれを知らない。そして、それを機に改正された規則も知らない。
「とにかくメンツじゃ!有名な冒険者と必ず1人以上のS級がいることが条件!」
「ちっ、クソババアが。じゃあ、理由を聞けないな。俺は出ていかねぇぞ」
バードンとしては、ギルドマスターを引き込みたい。彼女の一声で、ここに所属する冒険者たちが動き出す力があるからだ。
「分かった。何とかする。1人S級に知り合いがいるから頼んでみるよ。それでいいか?レンセン君」
「……間違いないな。絶対にそのS級は参加するんだな」
「あー、大丈夫だろ。いや、間違いなく大丈夫だ。アイツならどうにかできる」
「分かった、とりあえず出て行く。約束は守れよババア。それからおっさん、レンセン君て呼ぶな」
「じゃあなんて呼べばいい?」
「知るか。じゃあな」
ツンケンした対応のレンセンだが、ちょっぴり感動していた。S級冒険者はこの国で10人の大スター。憧れだったバードンはその一人と知り合いで、なおかつ親しい間柄のようなのだから、さすが、元S級で自分が憧れた冒険者だと少年時代気持ちをほんの少しだけ思い出し、部屋を後にしたのだった。
シンと静まった部屋で、バードンは手を一振りし『遮音、魔力感知』と唱えた。外に音が漏れないよう部屋全体に膜が張り付き、じとりとした魔力が隅々までいきわたる。魔力感知は誰かを警戒してではなく、録音や盗聴の道具を警戒して、不自然な魔力が無いか確認するためのもの。万が一にも漏らしたくない話だから念を入れたのだ。そして緊張しながら、感触を確かめる様に話し始めた。
「まず、ホロトコは俺の昔からのツレだ。ガキの頃から一緒にいる」
何か質問を投げかけてくるだろう。そう考えて一拍間を置いた。しかモートンは、既にしわくちゃの眉間をギュッと寄せて更にしわを深くする。
「なんだい。その調子で話されたら日が暮れるじゃろ。一気に話さんか」
「……知っての通りあいつは裏稼業の人間だけど、表の仕事もちゃんとやってる。今回はその表の仕事で、ここの魔界開拓をすることになったんだ。魔界開拓で土地を広げれば、所有者であるマルブリ―ツェ州が公共施設を建てたり、新たな土地を売り払ったりで、雇用と人の流れが出来るだろ?そこに商機を見出したんだ。それにあわよくば新資源を発見できるかもしれないし、貴重な素材が見つかるかもしれない。だから、魔界開拓に踏み切ったんだ」
机に手を重ね、目を瞑るモートン。何を考えているのか全く読めないが、真剣になっていることは分かったバードン。
ゆっくり目を開けると今度はバードンに視線を向けじっと観察し始めた。
「嫌な感じじゃな。ますますきな臭くなってきおった」
「どういう、意味だ?」
目を細め首を傾けるとぼそりと質問を投げかける。
「マルブリ―ツェのバカ息子とはどうなった?今まで顔を出さなかったのはあいつのせいじゃろ?」
「まあ、たぶんな」
「何があったか話せるんか?」
「……あまり話したくは無い」
モートンは偉大な魔法使いであり冒険者からも一目置かれる人物である。それは強いからではなく、その人柄にある。
「誰か死んだんか」
冒険者が冒険者たる所以はロマンを求め危険を顧みず、己の身一つで未踏に臨むところだ。
それを愚直に体現するのが先ほどのレンセンである。彼のような冒険者はこのギルドに数多く所属し、やはり悶々とした日々を過ごしている。
「……」
バードンは口を堅く結び答えられなかった。ずっとどこかにあった罪悪感が、彼女を前にするとどうしても広がってくる。エイミが死んだのは自身の判断が決定的に間違っていたからだという、見たくない現実がどうしても頭の中に広がる。
「リーダーっちゅうのは何をおいても仲間を第一にしなくてはな。お前の首1つで仲間が助かるなら自分で切り落とすぐらいできにゃいかん。だからといって諦めてはダメじゃ。だからバカには務まらんぞ?」
若き日のバードンは何度この言葉を聞いてきたか。彼女を前にするとその言葉がどうしても耳でこだまする。
「誰じゃ」
リネスティ・モートンについてくる冒険者は冒険者とは呼べないかもしれない。
ロマンを求め、ある程度の危険も受け入れる。そしてワクワクするような未踏へと挑戦する。
しかし、己の身一つではない。
どんな危険があろうとも、一寸先が闇であろうとも、世界よりも大きなロマンがそこにあるのなら、助け合い、鎬を削り合い、ぶつかり合い、家族よりも強い命の絆で結ばれた仲間と共に挑戦する。
だから、冒険者と呼べるかは分からない。
バードンはとうとう俯き、一言も発せなくなってしまった。
「お前たちは誰も顔を見せに来なかったな。ワパックは何百年も生きとるからワシの事を忘れ取るじゃろ。ジナキウは礼儀正しく見えて人と距離を取るからの。来る訳が無い。アーリマはお前がキチンと教育しとったらここに来とるはずだが、来てないの。この中で唯一顔を出しそうな、人懐っこいお転婆娘のエイミも来とらん」
話さないバードンを置いてきぼりに、何もかも見透かしたように1人話し続ける。
「なんで相談しなかったんじゃ。貴族の1人ぐらいまた殺してやったちゅうのに。お前が変な気をまわしたんじゃな。はあ。クソガキが余計な事を考えおって」
「子供は生きとるんじゃろうな」
バードンは何とか頷いてみせた。
何故、冒険者として自由に羽ばたけないギルドに所属し続けるのか。それはバードンの耳で反復し続ける言葉通り、仲間の為に命を懸けたギルドマスターがいるからである。
しがない落ちこぼれの冒険者を貴族から守る為に大罪を犯したリーダーが、そこにいるからである。
「死にたくなるほど、辛かったじゃろ」
また一枚、硬い殻が氷解していった。




