4.隠蔽工作と口裏合わせ
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「ミリス助っ人を呼ぼうと思うんだがどうかな」
「あまり、情報を広げるのはオススメしませんが」
「そいつは信用できる、心配無用だ」
渋い顔ながらもミリスは首肯した。
「その助っ人とは誰でしょう?」
「俺のツレだ。ちょうど今日来てもらうことになってるんだ。だからついでに……」
「殺人現場の隠蔽工作をしてもらうんですね。そんなついではありませんよ」
「お、おん。とりあえず、来てないか見てくる!」
流石にミリスが恐かった。いつもは優しくていい子なのに。証拠品を精査するベテラン騎士のようで、思わず逃げ出そうとドアノブに手を掛け、ソローっと扉を開いた。
そこには丸眼鏡があった。
「うわっ!」
思い切り閉じたドアに、ミリスもアーリマも驚いている。口を開きかけたミリスに向けて、静かにするよう身振りで示した。
乱れた呼吸を整えて、もう一度慎重に扉を開ける。やはり無精髭の丸眼鏡がいる。
「クーさん、何でここに?受付が混雑してるんじゃないか?」
目を細めているクーさん。人の顔を見ていきなり扉を閉めたら当然怒る。申し訳ないとは思いつつも、無かったこととして平静を装った。
「――――混んでいる。だが、店主も遅いので見に行けと言われた」
「見に行けって誰にだ?」
「跡取り殿とカワギシという女性だ」
「なっ!?リンはもう受付にいるのか?なんてこった、今日は嵐か?クーさん、今日はいつも以上に荒れるはずだ。気を引き締めよう」
「……分かった」
扉をゆっくりと慎重にほんの少しだけ開けて、自分の腹囲と相談する。無理だ。幸いにも勇者の死体は扉を開いた先にある。ちょうどクーさんからは見えない位置。だがもしかすると、角度的には脚が見えるかもしれない。
息を止め腹を凹ませて、大胸筋を自慢するように扉の隙間を通った。
「ふうー、はあー、悪いね。よしっ、行こうか」
「……ああ」
クーさんは興味や疑問を乗り越えて、心配そうな顔で俺を見つめている。グッと下唇を噛み何か言いたげであるが、有無を言わせず廊下を歩いた。
先に見えるのは行列だった。どうやらお客様専用転移陣に並ぶ列らしい。それにしても多い。
「クーさん今何時?」
「17:30」
まさに今、受付は大仕事の真っ最中だろう。転移陣に並ぶお客様へ会釈をしながら横を振り向くと、そこは合戦場であった。
超高速早口で宿の説明をするユーリ。
イライラした客に詰められて謝るアゼル。
宿泊日数を聞くと「ご飯美味しいわよ食べる?はーい、じゃあ部屋へどうぞ!なんかあったら連絡してね、ねっ、ねっっ?はい次!」と左から右へと受け流す作業に従事しているスカーレット。
常々、笑顔を大切にと教えてきた。愛嬌というのは馬鹿にならない。ぶすっとと不貞腐れた態度よりも、ハキハキと明るく笑顔を見せてくれる方が、客の視点に立てば嬉しいし、気持ちがいい。
――それがどうだろうか。
ユーリは受験の追い込み期かのように天井を眺め、呪文のようにぶつぶつと呟いている。
可哀想な事に、アゼルは表情筋が痙攣している。笑っているのか泣いているのか、キレている?のか、詰めていた客も諦めている様子だ。
スカーレットに至っては無であった。ハキハキと腹から声を出しテキパキと仕事をこなしているが、機械のように冷たい。
お疲れ!なんてとても言える雰囲気ではない。ないのだが、行かねばならない。
「ク、クーさん、ありがとう。受付に戻ってくれ」
「…………」
もう何も聞こえなかった。戻りたくないのか、それとも「お前は?」と言いたいのか。今こそ殺人術でシバかれそうだと思ったが、とても渋い顔をして戻ってくれた。リンがいそうな場所を探してみる。
ほのぼの郷のエントランスはダンジョンの名残でわりかし広く造られている。受付側から見て右側には観葉植物に囲われた小休憩用スペース。2人で軽食を食べられる机と椅子が計14台ある。
受付から左側は、4人がけ長椅子が9列2脚ずつに、壁側へ据え付けられたコンソールテーブルがあり、背もたれの無いカウンターチェアが9脚。
そして受付から中央には長蛇の列ができていた。とても広いエントランスホールなのに、入り口まで連なっている。
「ねぇ、お父さん!早く受付して!」
こちらに気付いたユーリは怒気を隠さず、鋭い口調で指示をしてくる。ユーリの声でアゼルやスカーレットもこちらに気づいてしまった。
視線が痛い。
しかし、無理なんだ……
「あ、ああ、今は無理だ!すまん!」
ユーリはより無愛想になり、滑らかすぎる舌で宿泊時の説明をし始めた。アゼルはお利口だ、変な表情でお客様の顔を強張らせている。口は動いているから問題ないだろう。
そしてスカーレットは目だけがこちらを捉えていた。表情も姿勢も声色も何も変わらず接客をしながら、人混みにいる俺だけを見ていた。
みんなゴメン、心の中では土下座をしていた。いやそもそも異世界人が悪いだろう、あのウンチ君がここに来なければ……
そして思い出す。受付したのは自分だったと。
列の合間を縫って、リンを探す。どこかに腰掛けているのだろう。だがどこもかしこも人ばかりで、馴染みの顔が見つからない。
そうしてキョロキョロしていると、1人の女性が手を上げてこちらに手を振っている。
「バードン!こっちだ来い!」
リーンピム・ホロトコ・カワギシ(36)は幼馴染であり、全幅の信頼を寄せる親友であり、仕事におけるパートナーである。
"カワギシ"は転移者である異世界人と結婚したから付けたらしく、元の姓はホロトコ。この世界ではどちらの姓を名乗っても珍しいという反応をされるのだ。
男勝りの勝ち気な性格だが、喧嘩はめっぽう弱い。リーンピムが喧嘩を買い、お節介な俺が助ける為に参戦というのがお決まりだった。
その喧嘩の原因はリーンピムの性格と言動が原因だった。口が悪く粗忽で時間は絶対守らない挙げ句、人を見下すという人間で、初対面の相手とすら殴り合いの喧嘩になるのが日常だった。ある意味才能かと本気で感心した時期もあったが、それは気の迷いだったと思っている。
血なまぐさいエントランスホール、そして受付からの遠距離攻撃から身を隠せると安堵したのは言うまでもない。観葉植物に区切られた小休憩スペースに入り、リンの前へと腰掛ける。
「よっ!久しぶり!」
「よっじゃねえ。ブクブク太りやがって、豚でも目指してんのか?」
「ハハハ、何だよ連絡したら暗かったから心配したのに、普通だな」
「寝起きに掛けてくんなって、前に言ったろ?力が出ねぇんだよ。で?鉱石商人がちょっかいかけてきたから助けてくれだろ?どこにいんだよハゲ!すぐに終わらせるぞ」
「薄くないわ!ちょっと後退しただけだもんねー。本当に口が悪いなお前は……ちょっと」
こめかみの辺りを叩き、リンを見つめる。やはり親友、勘付いたようで軽く頷いてくれた。
体にピクリと電気が走るような感覚があり、繋がったのだと分かる。
口には出さず、頭の中で例のアレを説明する。
『今13号室で勇者候補が死んでいる。助けて欲しい』
リンは眉1つ動かさなかった。数秒、無言が続くと何故か右手をテーブルに翳した。カチャン。銀色の四角いケースがテーブルに落ち、その中のタバコを一本取り出し咥えた。
『火貸してくれ。マッチは切らした』
『あーライターか……点くかな?』
タバコは吸わないが、何かと便利なのでライターは常備している。冒険者時代の名残であって、今は殆ど使用していない。
ジャケットの内ポケットを弄り、銀色のライターを開く。ホイールをジャキッと回すと大きな炎が上がり、やがて火は落ち着く。タバコへとゆっくり近づけると煙が立ち昇った。
『はあーあんがとよ。やっぱ、魔法で火を点けるなんざ風情がねえよな』
何を考えているのか、俺の話には特に触れず、深くタバコを吸い込み、そして吐き出した。
『そういや、このイスってこないだ売ったやつか?』
『ああうん。こいつのお陰で、魔力流せっていちいち注意せずに済むから助かってる』
今座っている椅子は魔法が掛かっている道具だ。空気と煙を分離して、煙だけを洗浄する。具体的にいうと、煙だけを別の物質に変える。この椅子に座るだけでそんな魔法が自動的に発動するのだ。
『この魔法はお前が考えたんだろ?空気の洗浄・分離って面白い事考えたな』
『誰もタバコの煙や匂いを気にしなくなる上に、堂々と吸える。皆にとっていいだろ?』
『売りたくなったら言えよ。高値で魔法を買い取るから。ふぅー。んで、勇者が死んでるんだな』
1つ煙を吐くと急に真剣な顔つきになった。
『ああ。俺達は何もしていない。殺ったのはヘヌート公爵だ』
『ヘヌート家?だとしたらソンボイユ・ヘヌート1択だろ。チッ。マルブリーツェ卿か、いい加減諦めねえかな。貴族もお前もよ』
『俺も?』
『どう考えてもここから出れば済む話だろ??この地の領主こそがマルブリーツェ卿ことソンボイユ・ヘヌート公爵。こんなど田舎の街まで仕掛けてくるんだぞ?その理由なんか、ここがあいつの土地だから以外にあるか?』
『……近く寄ったからとか?』
『随分フットワークの軽い貴族だな。よその貴族の領地ならホイホイ手は出せねえだろ。それに魔法で覗かれる心配もないぞ?』
『前にも言ったけど、ここからは出ない』
『前にも聞いたが、エイミせいだろ?』
『妻の"せい"なんかじゃない。俺がそうしたいと決めたんだ』
『そうだな。前に聞いて無駄だって分かってんのに聞いちまうな。で?どうしたいんだ?シナリオを作って演技するか?死体を消してバレないようにするか?』
『バレないようにしたい。ここがアイツの治める地で、アイツが勇者候補を殺した。しかも状況的には俺が疑われる可能性が高い。そうなればやりたい放題される。それに、この宿で働く皆の仕事が無くなったり、辛い思いをさせるわけにもいかない。頼む』
テーブルに手と頭をつき、人目も憚らず懇願した。会話は聞こえないとはいえ、周りからの視線が痛い。痴話喧嘩とでも思われてるんだろうな……
『おい勘弁しろよ。脂ぎった頭皮見て飯でも食えってか?頭上げろよ。どうせお前の手には余る案件だ。聞いたからには無理にでも介入するつもりだ』
短くなったタバコをつまむと、俺の顔の前で手放した。宙に浮かぶ吸い殻、立ち昇る紫煙。何がしたいんだ?
『こんなふうに消せば終わる』
パチンと指を鳴らすと、火が消えた。そして煙が途切れ、髪の色が抜けていく。徐ろに淡くなっていくと、遂には透明になった。
『なんじゃそりゃー!いちいちスゴイな!それどういう魔法なんだ?』
暇な時教えてくれと懇願するが軽くあしらわれた。
『――勇者候補が死ぬのは想定外だよな?まさか鉱石商人の処理だけで呼び出したのか?前にも言ったよな、忙しいって』
『まあそれはいいじゃないか』
『あ?テメエ、くだらねえ事で呼び出したんじゃねえだろうな、オイ』
『く、くだらなくないもんね。でもまあいいじゃないか』
『……チッ。次同じ事したらマジで髪の毛燃やす、覚えとけ』
『お、押忍』
ちょっかいをかけてきた鉱石商人を処理すれば、どうせ仕事三昧だろ?今日は飲もうぜ!と誘うつもりだった。
それを言えば、タバコのように消されるかもしれないなと思ったので黙っておいた。
13号室へ案内するため、受付前を通るという一大決心をする。「早くしろ!」と頭を叩かれても、こればかりは精神の統一が不可欠であった。苛烈な猛攻に耐える部下たちを横目に、俺ももう1つの戦場に行かなければならないのだ。血が滲む程に唇を噛み締め、ているようなイメージをしつつ、こっそりと列の合間を縫って行く。
しかし、奴の目は誤魔化せなかった。
――スカーレットである。
「ご飯美味しいのー、食べる?はーい、うんうん、はーい、次!」
ガキンチョの相手をする母親といったところだろうか。客の要望ははいで受け流し、まだ粘ろうとする客は後ろの客と同士討ちをさせる高等技術。そしてあの目だ。ギロリとこちらに食らいつくあの目、冷徹なハンターのそれだ。
「おいアホ、ケツの穴増やしてやろうか?」
「いえ、行きましょう閣下」
「――気でも狂ったのか?」
リンという虎の威を借りつつ、堂々と受付の横を通り過ぎようとした。すると、その虎が足を止めてしまった。クソっ!コイツでもダメかっ……
「何考えてんのか知らねえけど、私が骨を折ってやるんだからな?あんまふざけんなよ?」
「――うん、ごめん」
普通に怒られたので素直に謝っておく。喧嘩が弱いのは知っているが、流石にマフィアのボス、めっちゃ怖い。
「あいつ、ちびか?」
「ん?ああ、そう。お前が最後に会ったのって……」
「7、8年前じゃねえか?デカくなったな」
「まあ、言われてみればそうかな?一緒にいると分かりにくいもんだ」
リンの横顔にはどこか郷愁が漂っていた。こんな顔をするなんて珍しい。
「――行くぞ」
廊下を抜けて13号室の扉をノックする。
「俺だ、開けてくれ」
小さく開いた扉から、アーリマが顔を覗かせた。
「うっす、入ってください」
出来るだけコンパクトに入室して、リンを招き入れる。ずかずかと入ると勇者候補の死体を見て、何事もなかったように辺りを見回す。
「魔力の痕跡は無いんだな?」
「ああ」
「シナリオが必要だな」
ボソリと呟くと、目が点になっているアーリマと、訝しみながら観察するミリスを見比べている。
「よお、黒ゴマ1号」
「お、お久しぶりです!」
アーリマは腰を直角に折り曲げ頭を下げた。俺にもこんな挨拶しないのに……
アーリマはリンを知っている。昔に苦境を乗り越えた仲だ。だがミリスは面識がないはずだ。ずっと怪訝そうな表情をしている。
「ミリス、コイツは昔馴染みで信頼出来る。名前はリーン」
「カワギシって呼んでくれ」
ああ、そうだった。下の名前を呼ばれるのが嫌いなんだ。昔はホロトコと呼ばせていたが、今はカワギシか。
渋々ながらも軽く頭を下げたミリス。こんなに疑り深い子だったかしら。もしかしたら、アーリマとリンのやり取りに疎外感を感じているのか?
「で?黒ゴマ!テメェ結婚するらしいな?そこのブロンドが嫁か?挨拶にすら来てねぇのはどういう了見だ?ああ?」
早速因縁をつけたが、これこそがリンである。
「だって、ホロトコさんの住んでるとこ知らないっすもん。聞いても教えないっすよね?」
「教える訳ねえだろ!おい、言い訳はそれだけか?てめえ、バードンに聞いたんだよな?私に連絡したいとか、手紙を出したいとか、家はどこですかとか聞いたんだよな?」
「……聞いてません」
「よぉし、坊主だ。明日までに坊主にしろ。チャラチャラした髪しやがって。5万年早ぇんだよ」
このままだと明日の日勤に、10年前の黒ゴマ1号もといアーリマ少年がやってきてしまう。確かに可愛いが、折角遊べる髪があるのだ。流石に不憫すぎるので、助け舟を出した。
「リン、10年間アーリマに連絡しなかったろ?そりゃあ、疎遠になったんだと思って気を使ったんだよ。坊主は勘弁してあげてくれ」
全くと言っていいほど鼓膜が震えなかったようで、アーリマが震えるほどメンチを切っている。
「あの、ご挨拶遅れまして申し訳ありません。私、アーリマの妻のミリス・ジャンクトと申します。私の気が回らなかったのが原因かもしれません。申し訳ありませんでした」
打って変わって今度はしおらしい態度になったミリス。リンがオラついている以外に、先程と何が変わったのか。
「10年前というと、恐らくエイミさんの事だと思いますが、カワギシさん、ホロトコさんという名前は記憶にありませんでした。ただ、バードンさんの幼馴染がアーリマ達を助けてくれたという話を聞いておりました。もしかして、ホロトコさんの事ではないでしょうか?」
「ああ、完全に正しい。私がアーリマ達を救った張本人だが?」
大仰に胸を張り威張るリン。こんなに恩着せがましいやつは世界中を探してもコイツの右に出る者はいないだろう。まあ、確かに恩を着せるだけの事はしたけれども。
「やはりですか。ああ何ということを、そんな大恩人にご挨拶をしないなど、お詫びのしようもございません。黒ゴマ1号共々改めて謝罪させて頂きます。申し訳ありませんでした!」
黒ゴマ1号のセットした髪の毛はミリスによって容易く崩れ去った。ミリスの右手が脅威の制御能力を発揮し、黒ゴマ1号の頭はいとも簡単に主導権を乗っ取られた。膝に額を打ち付けるほど深く下げられたのだ。
「ふむふむ。なかなか見どころがあるな。いいだろう。今日から金ゴマだ。ゴマたちの結婚を認める!」
腕を組み仁王立ちで宣言したリン。流石にアホらしくなってきた。
「なあ、そこに死体があるんだ。もういいか?」
さっきまでの茶番劇が嘘のように、リンは勇者候補の前に屈み検分し始める。
「まず死体についてだが魔力漏れがない。本来ならまだ魔力が漏れ出ていてもいいはずだが、個体差による可能性もあるから今回は無視する。魔力の残滓が無いというのは奇妙だ。魔力をそっくり抜き取ったって感じだ。こんな死体初めて見るな」
「魔法によるものか?」
「さあな。魔法オタクのお前が知らない魔法なら私も分からん。魔法以外で魔力を抜き取るとなると、何かしらの道具がいるが、そんなのは無かったんだろ?」
「それらしい物は特に」
「目撃者は?」
「仮面の少女が2人いた。かなり強い」
「逃したのか?」
「1人は入り口を抜けて玄関から逃げた。そしてもう1人は転移した」
「――転移?異世界人か?」
「可能性はある。それからマルブリーツェ卿の声が聞こえた。何かしらの魔法でこちらを覗いていたんだろう」
「ふむ、分かった。じゃあ、死体をどうするのかと今後の事だな。『物体造成』」
4人の中心に灰色の球形が落ちてきた。質感は粘土のようで、床で跳ねる。
『ウルフ類の毛皮、綿、肘掛けは腕2つ分、背凭れは肩まで』
球体からは、毛先が灰色で根本は黒の毛が生えた。そして、むくむくと膨れ上がり、ぐにょりと変形すると彼女の指示通りの1人がけソファが完成。
部屋中央、4人の中心には、毛皮でもふもふ肩まで気持ちよく包んでくれそうな座面と背もたれ。肘掛けは腕を自由に動かせる程分厚い。
造った主であるリンは遠離なく腰掛けた。適度に沈み込み、凭れた彼女も満足そうにしている。
「俺らの作ってくれても良かったんじゃないか?俺が造成苦手なの知ってんだろ」
「動け!指示は出す。指示は立って聞け!」
ミリスは騎士のように直立不動を貫き、アーリマは目を輝かせ造成魔法を行使する。俺は天井を見上げ目頭を揉んだ。
コイツら馬鹿じゃないの?
流石にリンの態度が横柄過ぎて鼻につくので、魔法を放つ。
『リンは痺れる!』
指の先からパチンッ!と衝撃音が鳴ると、イスに足を組んで座るリンは目を見開いたまま硬直した。
ざまあみろである。
「調子乗りすぎ、なんかムカつくわ。直ぐ解けるから反省しろバカ」
ミリスは硬直したリンの顔の前で手を振るが、微動だにしない様子を見て、心配そうな顔をする。
「バードンさん、この件はどこまで誰に伝えるんですか?ユーリちゃんには伝えますか?」
「うーん、どうしたものかな。エイミの事すら教えてないんだよな」
「亡くなったって事をっすか?」
「ああ。当時2歳だったからな。もしかしたら何となく理解してるかもしれないけど、遠くに行ったとしか話してないし、原因も話してない」
「話した方が良いと思うっすけどね。10年経ってもコレですよ?アイツら何してくるか分かったもんじゃないっすよ。知るべき事を教えて自衛させないと、じゃないすか?」
「自衛ね。アイツ冒険者になりそうなんだよなー。エイミみたいに芯が強すぎて、どうしたもんかね」
痺れが解けたようで、目を瞑りながら語り始めたリン。
「あの魔法かけんな、目が乾いて仕方ない。それと、さっさと話せバカ。遅すぎるぐらいだ。この宿に何人の刺客が送られてるか考えたか?お前の娘が殺されるならまだしも洗脳されたり、奴隷になったりしたら?10年前の二の舞いだろ。お前とエイミの娘だ、いい子なんだろうがこの世界で食われるだけだぞ?」
「いるのか?刺客」
「お前に付きっきりじゃねえんだ調べてない。だが、いるだろうな。そして既に、ここの従業員全員と接触してるだろう。ああ、あの異世界人だけは無理だな。とりあえず、粉は掛けられてるだろうし、とっくに何かされてる奴がいても不思議じゃない」
「今回の勇者候補、何が目的だと思う?」
「まず大前提として勇者をポイポイ捨てる事は無い。兵士以外にも色々と使い道があるらしい。コイツもその使い道の1つで殺されてると見てる。そのついでにお前にも警告なのか嫌がらせなのか、なすりつけたってとこじゃないか?」
「ついでかよ」
「だからさっさと話せ。黒ゴマ1号の言うことは最もだ。何も知らないガキのまま、永遠に閉じ込める気か?無理だって分かんだろ」
「くたばるよりはいい」
「私はくたばった方がいいと思うね。ゴミ溜めに集るゴキブリやらハエにも自由があるんだ。思い出せよ、ガキの頃をよ……まあとにかく話せ。情報は武器になる、知っているだけで助かることもある」
「……分かった」
「それで、死体はどうするんですか?」
「それは、こうすれば終わりだ。『転送』」
靄が掛かったように勇者候補の死体が霞む。小さな粒子が体から逃れるように空中へ飛散していき、遂には死体が消えてなくなった。
「コレでOK。死体は責任を持って管理する。あとはシナリオを考えるか」
「死体は管理?処分じゃないのか?」
「裏取りのために保管する。お前も黒幕をマルブリーツェ卿で確定させたいだろ?お前の聞いた声が偽物の可能性も否定はできないからな」
「そういう事なら、よろしく頼む」
「まずここで戦闘になったのは黒ゴマ1号とバートンだな」
「間違いないな」
「よし。勇者候補達は部屋を荒らし、バードンと黒ゴマが退去させようと出向いた。しかし女共と勇者候補は慌てて逃走。その際転移の魔法を使った。仮面の女が一人だけ走って逃げたのを忘れるなよ?んで、金ゴマはここに来たが、別の用事を言いつけられたので現場は見ていない。黒ゴマはバートンに先に出てろと言われ退出。地下牢の準備をしていたと」
「分かりました」
「質問は?」
「全くございません!全てお任せします。それでいいんですよね?」
「よしよし、金ゴマは従順でよろしい。ああ、任せろ。そして何かあればバードンにでも報告すればこちらから指示を出す」
「ああ、黒ゴマ1号だけでなく、こうやって私にまで救いの手を差し伸べて頂けるとは、リン様には頭が上がりません」
褒めそやすミリスの言葉だったがリンの表情が曇った。
「カワギシだ。ホロトコでもいい。名前を呼ぶな」
「え、申し訳ありません。馴れ馴れしいですよね……」
「――バードン、例の鉱石商人をシメるぞ。ここは入室中にしておけ、当分は貸すな。行くぞバードン、お前らも散れ」
リンは待ってくれる素振りもなく、そそくさと出て行ってしまった。嵐が過ぎ去った後、そこに残された木々のように呆然と立ち尽くしているアーリマとミリス。
「二人とも、アイツは本当に信用できるやつだから、非礼は詫びるが頼むな。絶対悪いようにはしない」
「非礼なんてとんでもない。お二人を信用してますから。私達も行きますね」
ミリスは澄ました顔で立ち去っていった。
「ボス、俺いつまで黒ゴマなんですか?」
「一生だ」
見て頂き誠に有難う御座います。