89.不穏
次話も今日投稿します。
遅れてゴメス。
「では失礼する。行くぞ」
憲兵が魔法で造った車椅子に乗せられ、狭い入り口から出ていったクーさん。
連行される後ろ姿を眺めながら、単純な疑問が口をついた。
「脚は治らないのか?魔法で再生出来そうだけど」
その問いにボーデウスは腕組みしながら答える。
「本来なら出来る。魔力が流れる魔力経路が正常ならね」
「何か異常があったのか。でも、槍で吹っ飛んだだけなのに、そうなるのか?魔物による傷は再生できないってのはよく聞くけど」
「吹っ飛んだだけって。それもよっぽどだと思うけどね。まあ、こういうのは戦場でよくあるよ。深い傷に他人の魔力が触れると、防衛反応で経路は閉じる。普通なら自然と元に戻るけど、彼の体は普通じゃないからね」
「普通じゃない?何が?」
オルキスは、バードンの記憶力の低さに大きくため息をつくと大きく頭を振った。
「狼のような身体は普通じゃないだろう」
「ああ、確かに」
狼のようなグレーの毛並みに、前に尖った鼻。大きな口からのぞく鋭い牙。大きな足は窮屈な革靴を破り、鋭い爪が地面を噛んでいた事を思い出すバードン。
「確かにって。よく忘れていられるな」
「忘れてた訳じゃない。奥の方にしまってたんだよ」
オルキスは鼻で笑い、ボーデウスは異常な身体について講義を始める。
「色々と調べたけど、ありゃ酷いよ。自分の魔力を根こそぎ引き出して身体を変質させる。魔力経路は容量を超えた魔力の流れで自壊してしまい、まともに魔法も使えない。そうなったら魔法で腕を再生させても、自分の魔力が通らないんだから使えない」
「なるほど」
「あの力は戦場を想定しているんだろうけど、全く酷いね。彼はもう魔法を使えないだろうね。そして、起源魔力を殆ど使い果たしているから、あまり長くないよ」
「長くない!?何で?治したんだろ?」
「起源魔力っていう魔力の素を無理矢理引き出して使ってるからね。貯留器官がダメになってるんだよ。そうなればもって2週間。長くてひと月だろうね」
「……」
言葉を失うバードン。クーさんとは特別親しい訳ではない。だが、宿で働く皆を他人と言い切れる訳でもない。殺されかけたが、理由は理解できるところもあるし、同情する点もあった。もっといえば、一時的にではあるが和解できたのだ。
「それは、クーさんに伝えたのか?」
「いや伝えてない。でも、本人は気付いてると思うよ。心胆痛っていって、起源魔力の貯留器官がダメージを負うと、全身が凍傷のように激しく痛むからね」
「我慢してたって事か」
「投薬して魔法も掛けたけど、辛いだろうね。軍病院の人にカルテは送るから、向こうで苦しむことは無いよ」
どうしても、なんとしてでも一矢報いようと、自分に殺意を向けたのだろうか。転生者であるイムリュエンに刃を向けたところで届かない事は、この世界に生きていれば自明。
仇敵の元で働いていた自身に怒り、過去を忘れのほほんと暮らすバードンに殺意が向いたのだろう。決して妥協してという訳ではないはずだ。
自分と重ねクーさんの心情に思いを馳せる。
医師ボーデウス・トゥルーバックは沈痛な面持ちのバードンの意識を少しでも逸らそうと軍に関する、ある思い出を語りだした。
「父親に付いてニリーズ公国で負傷軍人達の治療に参加した時の事だけどね。その中には元軍人のワカチナ人がいたのさ。見た目は違ったけど、状態はスパワさんと同じ。生きるのもギリギリの状態。アタシは聞いたよ。何故ニリーズにいるのか。どんな魔法でこうなるのかってね」
オルキスの後ろに控える騎士達は飾り物の様に直立し、またバードンとオルキスも隣で淡々と話すボーデウスの昔話を聞いていた。
「こう言ってたよ。ワカチナはどことも戦争していないのに、軍人は毎年数百人死んでいる。それは訓練中の事故だと片付けられるけれど、そんなおざなりの管理をするわけがない。実験として身体を改造され、戦争中のニリーズという異国で戦い死んでいく。恨み言も言わず祖国のためと信じて死んだ彼らを一人に出来ないから、戦いに来た、ってね。流石に改造の内容については教えてくれなかったけど、これは教えてくれたね。魔人を人の手で生み出すのが目的だって」
「魔人か」
倒れたクーさんを治療しようとしたジナキウも言っていた「魔人」という言葉。
世界を旅したバードンも魔人を見たのはジナキウとあと一人だけ。とても数が少ない、異世界人と似通った点が多い魔物のような人間。
それを人工的に作り出そうとした結果がクーさんなのか。
新鮮で激しい情報ばかりで、思考がすっかり停止してしまったバードン。するとオルキスはポツリと呟いた。
「不穏だな」
鈍色の空間で、赤い光が差し込む入り口を見ながら誰もが閉口していた。
この国に差し迫った脅威があるとは思えない。しかし、中央の政治の結果が一人の軍人に与えた影響を今の今まで知らなかった。それほどまでに東と西では情報に大きな差があったのだ。
バードンはマルブリーツェ卿からの情報を全て信じているわけではない。10年近く恨んできたしこりがそう簡単に信じさせない。
しかし、クーさんの状況、ボーデウスからの話、イムリュエンから聞いた昔話はマルブリーツェ卿の情報の確からしさを高めていた。
だから閉口するしかなかったのだ。
自分は一体何に巻き込まれていたのか。そして今後、巻き込まれないのだろうかと。
座面を工夫しろよと言いたくなる、硬い木の台に座ると馬車は動き出す。
向かうのはバードンが経営する宿【ほのぼの郷】である。
日は傾き、領主邸の前を通る頃には街灯が付き始めていた。
2区の大通りの街並みを眺めながら、頭を空っぽにするバードン。過去を知れば知るほど深みにはまっていくようで、考えれば考えるほど敵の大きさに虚無感が押し寄せるからだ。何も考えず、とにかく家に帰って落ち着きたいなと思っていると、馬車は3区に入った。景色が一変し暗がりが広がる。御者の前には釣り竿のような長い棒がしなり、その先には光石の入ったカンテラが取り付けられている。その光でようやく前が見え、やっと馬も進めるというほどに辺りは暗い。
秩序なく建てられた背の低い家屋。無駄に広く舗装されていない剥き出し道。ガタガタと揺れがひどくなり、バードンがおしりの痛みと戦っていると、馬車はゆっくりと速度を落とし、停止した。
バードンは俯いていた頭を上げ周辺の景色を観察する。暗くてよく見えないが、鬱蒼とした木々も近寄ってくる家無人もいない。まだ宿じゃないのに、なぜ止まったのか。隣に座るオルキスに顔を向けるとオルキスもこちらに顔を向け、ちょうど目が合った。
「ここ、では無かったよな」
「ああ、まだ先だ」
オルキスは唇の前に指を当て静かにするように命じると、眼の前に座る3人の騎士たちにこめかみを叩き合図する。
『姿を消して様子を見てこい』
『『『了解』』』
黒に溶け込むことで姿を消し、障壁に組み込まれた遮音の魔法で彼らの音は誰にも届かない。
目の前で溶けるように消えていく騎士たち。恐らく襲撃を警戒して確認させに行ったたのだろうと推察するが、バードンは全く気にしていない。3区に慣れてない騎士が警戒し過ぎているだけで、家をお持ちでない方が寝べっていて止まったのだろうとしか考えていなかったからだ。
こんなことでいちいちビビるなよと心の中で笑いながら、あと数分後には辿り着く家のベットで、さっさと眠りたいなとぼんやり考えていた。
すると、夏場に感じるような、湿気が肌にまとわりつく感覚に全身が反応し、右手をウエストコートのポケットに滑り込ませた。
「感知魔法だ」
「バレたな。ジョナサン、コイツの傍にいろ。何かあれば避難するんだ」
バードンの隣に座るジョナサンは落ち着いた様子で頷いてみせた。
「やあやあ、こんばんは!ダストン・オルキスさーんいるんでしょう?」
聞き覚えのある声が馬車の先から響いてくる。つい最近出会った、あの男の声。
オルキスもそれに気づき立ち上がりざまにバードンを睨みつけた。
「お前、余計なことを」
「い、いやいや。何もしてないから。手錠かけられてたし、ずーっと一緒だっただろ」
オルキスは弁明など不要とばかりに、不機嫌な様子で馬車から降りると、声の方へ向かわずに立ち止まった。少しの間何かを考え、不機嫌な顔をバードンに向ける。
「お前も来い」
「俺も?」
「当たり前だ。お前が治めろ」
「いやだから、俺は何にも知らないんだって」
「おーーーい、オルキスさんやーい。貴族の犬さーんこっちーだよー」
子供じみた挑発が暗い3区に響き渡る。やれやれとオルキスは頭を振り、さっさと来いと手招きをした。バードンは仕方無しに腰を上げ、言われるがままオルキスの跡をついて行く。




