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88.近いが遠い

「待てーい!バカタレ!どこで暴れようとしてるんだい」


 医師ボーデウスの声が響き渡る。吹き抜けを降ろうと音が空気に乗るが、下階に行く前に魔法が音を消し去った。


 一触即発。男達は柄に手を伸ばしていたがボーデウスの声で時間は凍りつく。


「騎士様の言う通りここは州の管轄だよ。事前の話し合いも無しに来られちゃ困る」


「話し合いなど不要だ。こちらは逮捕命令を受けて来ている。それに妨害するということは王命に反するという事だぞ!」


「知らないよ。ここは病院!さっきの大声で混乱するような人もいるんだ。暴れたらそれこそ収集がつかなくなる」


「王命だぞ!?それを知らないよって、お前アタマおかしいのか!」


「アンタよりはまともさ。患者を逮捕するんならまずは州の担当者に話をしてからだ。さあ出直してきな」


 ボーデウスの叱責を受ける憲兵の声が扉越しに聞こえる頃、バードンはクーさんの表情の変化に気がついた。

 笑みが消え、いつもの仏頂面になっているのだ。


「スパワ、やっぱり逃げる気だったんだな?止めとけ。どうせすぐに釈放されるさ」


 クーさんは首を横に振る。


「軍の刑務所に行きたい」


 あまりにも意外な返答にバードンは面食らう。


「何で!?軍人同士の方が気が合うからなのか?コウメイと逃亡だっけか?そっちの方が絶対罪が重いだろ。何でわざわざ軍の方を選ぶんだ」


「情報だ。捕まった者はただの臆病者やバカだけではない。ソイツらから話を聞く」


「だったら面会とかの方が、いいんじゃ……」


「この州で刑期を終え、次は軍刑務所に自ら捕まりに行けということか。時間の無駄だ」


「そうか、確かに。で、どうするんだ?このままだと憲兵が帰るんじゃないか?」


 外から聞こえる限り納得はしていないようだが、ここまで反対されると一旦帰ってもおかしくない。


「ダストン・オルキスはいるな?」


「ああ」


「なら問題無い」


 そう言って壁に体を預け小さくジャンプしながら前に進むクーさん。

 バードンは何をしてるのかと疑問に思ったが、すぐにオルキスの言葉を思い出し理解した。

 ゆったりとした入院着で足元は見えないが、腿から吹き飛ばされた片脚は再生できず、脚一本で体を支えているのだ。


 バードンはベットを迂回すると、クーさんの両肩を掴み動きを止めさせた。


「待て待て。布団が危ないから一旦座れるか」


 クーさんは頷き、バードンに支えられながらベットへと腰掛けた。布団を拾い上げ枕元に無造作に投げると、バードンは手を差し伸べる。


「よしこれでいい。行こう」


 収まりどころが無い足枷が、ガチャンと床にぶつかるとクーさんは動きにくそうに立ち上がる。腕の自由も無くバードンに支えられながら扉の前まで辿り着くと、未だに言い争う声が聞こえてくる。


「王命よりも上の命令などあるはずがないだろう!さっさと退かんか」


「王命がなんだい。自治権の侵害は国王でもできないはずだよ!そんなのそのへんのガキンチョでも分かることじゃないか」


「まだそんなことを言っているのか。国王陛下の御威光があってこそこの田舎も平和を享受できているのだ。領主風情の統治権など飾りだろう!」


「全く話が通じないねこのバカは」


「な、軍人に向かってバカとは何だ!不敬だぞ!」


 バードンはガチャリとドアノブを回し扉を引いた。扉の前でがなり合っていた者達は何事かと一斉にバードンを見る。バードンは彼らを見るよりもクーさんが転ばないようにと意識を集中しながら、廊下へと進み出た。


「ククルーザ・スパワ、か?」


 憲兵隊班長は手枷を嵌められた、片脚で必死に進むクーさんを見てそう言った。

 だが、クーさんは答えない。彼の視線は廊下に出てからオルキスだけを見ている。


「ダストン・オルキス。少し話がしたい。出来れば二人がいい」


 オルキスは片眉を釣り上げ意外そうな顔をする。何故自分なのか、そして二人だけ?会うのは2回目なのに何を話したいのか興味を唆られたのだ。


「構わない。お前もいいな。大人しく待っていろ」


「お前だと!?俺はハールだ。ここで話せばいいだろう。それとも聞かれたら不味い話なのか?」


 ハールは挑発するように、嫌らしく返すがクーさんが割って入る。


「ある転生者の話だ。お前には関係ない」


 イラッとした表情を隠す様子もなく、ハールはカツカツとクーさんの鼻っ柱まで顔を近づけた。


「軍から逃げ出した臆病者の負け犬にお前と言われる覚えはない。口の聞き方に気を付けろ非国民が」


 クーさん取り合う気はないというように、目線を一切合わせない。隣でクーさんの体を支えるバードンは今にも殴り合いが始まるのではないかとヒヤヒヤしながらも静観する。


 オルキスはといえば、自分に関係のある転生者は一人だけ。そう娘のマイリーだけなのだ。神妙な面持ちになりハールの肩に手を掛けた。


「すまんが二人で話したい。私の家族に関する事なんだ」


 肩を捕まれそちらを振り向くと、今までとは違い複雑な表情をしている。悲しそうだが必死な形相。不承不承ではあるが彼も騎士。その表情を見て落ち着きを取り戻したハールは、良からぬ企みを交わすわけでは無いのだろうと自分を納得させ、肩に置かれた手を払い除けた。


「まあいい。だが、コイツを連れ帰るのを諦めた訳ではない。戻り次第引き渡してもらうぞ」


「感謝する」


 オルキスは頭を下げクーさんに視線を向けた。彼の出自も経歴もわからない。1つ分かるのは憲兵に追われる元軍人という事だけ。

 そんな彼がどんな情報を持っているのか。


「部屋に戻って話そう。バードン、お前もだ」


 バードンは出てきたばかりの部屋へと引き返すと、クーさんをベットへと座らせ、邪魔にならないように壁際に張り付いた。


 パタリと静かに閉めたドアを背に、オルキスはベットに座るクーさんを見下ろす。


「それで?何を知っている」


「2つ、やってもらうことがある。まずは音を遮断しろ。そして軍刑務所に移送すると約束してくれ」


 オルキスは罪人に指示される事にかなり気分を害したが、嫌そうな顔をしつつバードンに視線を向けた。


「バードン頼む。俺よりはうまいだろう」


「了解」


 バードンは部屋全体を一望すると、全体にピッタリと薄い膜を張るイメージを浮かべた。


『範囲指定、消音』


 ふわふわとした半透明の膜が、引き付けられるように部屋全体に、ひたりと張り付くのを確認すると、バードンは頷いてみせた。


「それで、移送というのは交換条件ということか。それはお前の情報次第だ。確約はしない」


「マイ・カガミがどんな仕事をしているのか。誰のペットなのか教えてやるから確約しろ」


 見下ろす視線に刃物の鋭さが宿り、ピリピリとした殺気が漂う。だが、それは僅かの事。


「界隈で有名な殺し屋で、マルブリーツェ卿が()()()()()()。そうだろう?」


「いや違う。これ以上は話さない。今確約しろ」


「……分かった。即刻憲兵に引き渡す。それでいいんだな?」


「ああ」


 オルキスにしてみれば、犯罪者を他所に引き渡す事に抵抗はない。憲兵に対して頑なに引き渡さないのは事前通告も無しに、自分達の権限を侵されそうになったからであって手柄を横取りされたくないという考えは皆無。

 ククルーザ・スパワはいち犯罪者であって、どこの刑務所にどんな刑罰で収監されようともハッキリ言えばどうでもいい。

 もっと言えば、娘の情報が手に入るなら釈放してやる事も吝かではなかった。もちろんその場合は有益な情報に限るが。


「その前に1つ確認だ。他の者に聞かれたくない話かと思ったが、バードンはいいのか?」


「問題無い。連れていた騎士も知っている話だ。ただあの軍人の前では話して欲しくなかっただけだ」


「そうか。では結論から言おう。彼女は殺し屋ではなく内通者だ。そして内通先はラサパロス州領主の傍系であるイメイダ家だ」


 しんとする室内。魔法によって外からの音は一切入らず、またこの部屋の音も外には漏れない。

 オルキスはじっとククルーザ・スパワを見つめたまま難しい顔で固まっていた。


「……質問はあるか」


 表情も変えず固まってしまったオルキスを怪訝に思いながらも、真っ当な取引となるようにと答えを用意して待ち受けた。


「ふむ。まず内通者とはどういう意味だ」


「マルブリーツェ卿の配下だが、そこで得た情報はラサパロスへと流れている」


「そして、その指示を出しているのがイメイダ家なのか」


「そうだ」


「今、娘はどこにいる。マルブリーツェにいるのか?」


「知らん。だが、マルブリーツェにいるだろうな。州の移動は基本的に出来ないはずだ。マルブリーツェ卿保護下の罪人だからな」


「このことを閣下は知っているのか」


「知らないだろう。ここの領主は善人すぎる」


 オルキスとバードンはそんなわけ無いだろと心の中でツッコんだ。だが、クーさんの言葉を聞きそのツッコミが間違っていたと気づく。


「裁判の日から彼女は東の駒になった。ここの領主は人助けだと割り切っているのだろう?甘い。現に弱い毒をじわじわと食らい続けている。東の領主なら自らの求心力を高めるため、民衆の鬱憤を晴らすために火炙りにでもするだろうに」


 唇を噛みしめるオルキスを見て、得意げに語っていたクーさんは言い過ぎたと反省した。苦しめる気は無かったが、善人という言葉を笑っていた二人に現実を見せようとして言いすぎてしまったのだ。

 クーさんは取り繕おうと話を続ける。


「間違いなくここに預けられてよかっただろう」


 オルキスにとって、この情報の価値は高い。だが、より一層泥沼に嵌まっただけでもある。

 イメイダが信用に値しない家だということが分かり、マルブリーツェ卿からどうにか切り離したとしても、他州の名家に対抗できる程の権力も力も無い。


「エリーザはどうしている」


「イメイダの令嬢か。死んだという話は聞かないが、噂話も聞かないな。一応言っておくが娘の話以外を話すのは取引外だぞ」


「分かっている。すまない。マイリーを使う目的は何なんだ。彼女でなければいけない理由があるのか?」


「理由など無い。必要な時に手近に使える駒を使うだけだ」


「……何故イメイダ家がマルブリーツェの情報を欲しがるんだ。ラサパロスの領主家はイスマエル家だろう?そちらにも情報が流れているのか?」


「流れているが、全てではないだろう。ラサパロスの政情にも関係していて精査できていない。だが、両家の関係は芳しくない事を鑑みればイメイダ家が独占している」


「独占してどうするんだ」


「東側の諸侯に高値で売っているのだろう」


「誰だ」


「知らん。これ以上は娘と関係がないだろう」


 オルキスは苦い顔で目を瞑る。押し寄せる無力感に抗おうとするが、近くに感じていた娘の背が更に遠くに行ってしまう。抵抗も虚しく溢れる無力感は罪の意識へと変わっていった。


「落ち込んでいるところ悪いが、約束は守ってもらうぞ」


「……ああ、分かっている」


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