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85.州立魔法病傷専門病院

今後も13:00に投稿します。

 医師ボーデウス・トゥルーバックは生命の強さと儚さを知る、自称ヤブ医者である。

 3階から彼らを見たときには気付かなかったが、通路の先にいたスリーピースの男に見覚えがあった。戦争が続く公国で見たあの少年だ。


 バードンとオルキス達は、目の前に現れた女性をじっくりと観察する。脚は付いているか、体の向こうは透けていないか、この世に対する未練を呟いていないか。

 ぱっと見は人間だ。しかし、心なしか肌寒いのは、やはり幽霊だから?


「何者だ!どこから来た!」


 オルキスは名誉ある騎士として、問い掛けた。


「アンタ達こそ誰だい。なんで逃げるんだい?」


 薄く笑い問返した女性に、皆の皮膚が粟立つ。今にも逃げ出したいが、そんな格好悪い様を誰にも見せたくない。特に同僚や後輩には絶対に。

 そんな思いで騎士達は、体を硬くして幽霊と思われる女性と相対するが、バードンは違う。少しずつ後退っていた。


「お、俺は信じる派だ。だから連れてくのは止めてくれ!」


「……何を言ってんだか。アタシは医者だよ!人間だよ!みりゃ分かんでしょ!」


 白衣のポケットに両手を突っ込みながら、飽きてきた寸劇に終止符を打った。


「アンタ、アンタだよ!スーツの、そうそう。バードン・オンツキーだろ?アタシのこと覚えてないのかい?」


 指指されたバードンはじっと女性を見る。丸メガネ、黒い長髪に、眉間にクッキリと刻まれたシワ。全く心当たりがない。


「ニリーズでガキンチョ達を助けてくれたろ。その時運んでくれた診療所の医者だよ。覚えてないのかい?」


 確かにニリーズに行ったことがある。だが、子供助けた覚えはない。人違いではないのかとバードンは考えていた。


 実際のところ、医師ボーデウス・トゥルーバックの言うとおり、バードンはニリーズにて子供を助け診療所へと運び、彼女と会っている。

 覚えていないのは、バードンとボーデウス・トゥルーバックとの認識が違うからだろう。

 バードンはこの国でもそういった活動を子供の内から行っていた。だから、助けたというよりも日課、義務に近い。バードンは広いニリーズ公国の各地を周り冒険者として経験を積みながらも、その日課は欠かさなかった。

 だから、ちょうど彼女がいる診療所に赴いていたのだとしても、バードンは覚えていないだろう。日常の延長であって、ほとんど流れ作業のようなもの。ボーデウス・トゥルーバック以外にも出会った医者は多いのだから。


「全く覚えてない。まさか、そこで……」


「いや死んでないよ。どうしても故郷に戻りたくて幽霊として戻ってきたわけじゃあない。生きてるっての。まあいいさ。ほんで、あんたらは何しにきたんだい?」


「ゴホンッ!ククルーザ・スパワに面会だ」


 オルキスは、自分よりもひ弱そうで年上そうな女性に怯えていた事に、かなりの気恥ずかしさを覚えながらも、剣を収め憮然と伝えた。


「案内するよ。……んー、いつもならここに冒険者がいるんだけどね。ソイツらに会ったかい?」


「彼らは帰ったぞ。ギルドマスターに呼び出されてな」


「ふーん。緊急の依頼かねー。まあいいや、行くよ!」


 コツコツと通路を進んでいくボーデウスの後ろ姿を眺め、一向はついて行く。バードンと知り合いでなおかつ幽霊っぽくない。ならば問題ないだろうと騎士達は思っていた。バードンはといえば、こんなハキハキした幽霊はいないだろうと、曖昧な理屈で人間だと確信していた。決して思い出したとかそういうわけではない。


 ボーデウスの後をついていく。先は明るいが、人一人通れる円柱を引き伸ばしたような通路には灯りがない。前と後ろから漏れる光が届かない通路半ばを過ぎ、明るい場所へ出ると、そこはやはり、2階の質素な病室が並ぶ場所であった。


 バードン達はボーデウスに視線を送る。どこからどうやって来たのか、声を掛けたのか、その答えが分かるだろうと期待しているのだ。


「地上は10階まであって、地下にも3階フロアがある。階段は無いし、上階は見えないように魔法が施されてる」


 そう言うと、通路を出てすぐ右側の壁に手を当て、ポンポンと叩いてみせた。


「アンタらもう少しここに来な。よし、こうやって強く叩くと」


 通路を塞ぐようにボーデウスの説明を聞くバードン達は、言うとおり少し移動した。するとボーデウスはその手を握り、拳の横の柔らかいところで壁をゴンッと殴ると、クルリと壁が回り、意味を成さない階段が出てきた。

 10段の段差を登りきっても辿り着くのは壁だから意味を成さないのだ。


「こうやって階段が出てくる。指定移動の魔法が掛けられてるから、これで各階に移動出来るんだ」 


 流石に州立病院だなとオルキスは感心する一方で、バードンは理解が追いつかない。

 ここに来る前の宿では階段を少し登っただけで上階へ移動し、ここでは指定移動魔法という謎の魔法が出てくる。

 魔法に詳しいバードンは、真剣な表情で脳内で魔法書のページを捲るがどこにもそんな魔法はない。

 魔法も進化したのかなとボンヤリと考えながらボーデウスの説明の続きに耳を傾けた。


「奇数は右端を踏む。偶数は左端を踏む。今回は10階に行きたいから、10段目の左端を踏めばそこへ飛べる。いいね?アタシのあとに続きな」


 ボーデウスは階段の真ん中を小気味よく踏んでいき、一番上の段にたどり着くと左脚を一番端へと軽く置いた。


 すると、忽然と姿が消えた。パッと初めから何もなかったように姿が消え、ポツリと奇妙な階段だけが残った。


「では、私が行こう。その次がバードン、お前達は後から来い」


 オルキスは頷く騎士達を確認すると、ボーデウスと同じように階段を登り左端を踏んだ。パッとその場からいなくなり、次はバードン。ふうーと息をつくと、階段を登る。向かうのは壁で何だか歩きにくい。間違えて段差の端っこを踏んでしまいそうになるが、何とか10段目に到達した。壁との距離を考慮してか、大きめの幅にしてあるが、一歩踏み出せば壁にぶつかる距離。圧迫感を感じながらも左脚をそっと動かし体重をかけた。


 だが、変わった様子はない。目の前には壁。確かに左端を踏んでいるのに何故だろう。そう思い再び脚をあげると、後方から声が聞こえた。


「もう着いてるよ。後ろを見な」


 バードンはその言葉通り、振り返る。端を踏まないように小さく足を動かしながら回ると、先に10階へ移動したはずのボーデウスとオルキスがこちらを見ている。


「10階だよ。降りてきな。次が来れなくなっちまう」


 階段を慎重に降り、あたりを見渡すが代わり映えしない、病室が並び、左を見れば2階で通った通路もある。一つだけ違うのは階下が見えるところだ。手すりの下を覗き込むと各階層の廊下が見え、吹き抜けになっている。


「地下以外は全く同じ造りだよ。患者が逃げたときに迷うようにさ」


 ここに来てからというもの、違和感を感じていた正体がやっと分かった。


「狭い通路も、ここへ入る門も、逃げ出さないように?」


「そういうこと。滅多に起きないから心配いらないよ。ククルーザ・スパワはあの部屋だね、行こうか」


 後続の騎士達も揃い、ロの字の通路を進み、狭い通路の真向かいまで来るとボーデウスは足を止めた。


「ここだよ。騎士様が来たってことは面会というより取り調べだろうけど、感情を昂ぶらせるような事は聞かないでくれよ。怪我が治ったばかりなんだから」


「我々は控えておく。コイツが話したいそうだからな」


 視線を向けられたバードンは少し驚く。ついでに取り調べでもするのだろうと思っていたからだ。


「事件の詳細は後で聞けばいい。我々は待っておく。行ってこい」


 バードンはそうかと頷いた。

 息を整え、ククルーザ・スパワという名札が掛かった木製の扉にコンコンとノックをしてみる。


 中からは何も聞こえない。チラリとボーデウスに視線を送ると、いいから入れと促してくる。

 バードンはそれに従い、くすんだ銀色の丸いドアノブに手をかけた。

 過去を清算するにはどうしても話さなければならない。事情を聞き、こちらの持つ真実を手渡さなければならない。


 少しだけ緊張しながらも、バードンはドアノブを捻った。


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