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83.冒険者達のドン

遅れました。休みすぎてごめんなさい。

「で、何なんださっきのは」


 イメイダ家やら未婚の子やら自分の子をあくまでも他人の子のように言い放ったオルキスに真意を尋ねる。


「いろいろあるのだ。察しろ」


「言いたくないんだろうから深く聞く気はない。だけど1つだけ。お前偉いんだろ?マルブリーツェ卿に名前を覚えられてるぐらいだし。自分で直接聞けば良かったんじゃないか?」


「それも察して欲しい事柄の1つだ」


「なんじゃそりゃ」


 呆れた顔で離れていく領主邸を荷台の乗降口から眺めていた。


 幌馬車は土を押し固めた道を進むと、両脇には官庁が建ち並ぶ。領主邸のような古さを残した州騎士団本部や州内外の情報を引き受ける内務省、州の土地を管理運用する州地運輸省、税と州の財政を管理する財務省、州法や連邦法の運用や刑罰の執行を行う法務省、魔法の包括的運用や管理を行う魔法省、州民の健康を守る保健省、商業の健全な発展を目指す商務省、そして最後に見えてきたのが他の省よりも低く面積も小さい建物。だが、領主邸よりも大きな庭ではなく空き地が建物の後ろに広がっていた。


「あれは何の役所なんだ?」


「ああ、異物調査省だ。ダンジョンやら魔界やら異世界人やら。亜人も魔人もひっくるめて調査するところで、ククルーザ・スパワの調査もこいつらが派遣された」


「てことは、俺の宿に来るのもここの役人か」


「んー、役人というか、技術者?というか、学者?そんな感じだぞ。何というか、簡単に言うと変人だ」


「そうか。まあ、堅苦しい奴らよりはいいだろ」


「どうだろうな。さて、そろそろだ」


 馬車がスピードを落とし、もう慣れてきた騎士との問答を終え動き出したかと思えば、また停まる。


「ククルーザ・スパワへの面会です」


「面会人は」


「ダストン・オルキスとその方が保証する者です」


「オルキスとは何者か」


「マルブリーツェ州騎士団アールガウ支部長であり、階級は騎士長です」


「騎士長、確か上から3番目か。3番目!?と、通って良し!」


 重たそうな音がゴゴゴと響き、地響きが荷台を通して伝わってくる。病院と聞いていたから、サッと入れるようなところを想像していたが、中に入り過ぎていく風景は堅牢な塀。地響の正体は地中から迫り上がってくる鈍色の壁。


「騙して刑務所に連れてこうって腹じゃないだろうな」


 そして所々に立つ見張り台を見れば、そう聞かずにはいられない。


「正真正銘の病院だ。普通ではないがな」


 ゆっくりと馬車が停まると、オルキス達は通って来た塀を見ながら馬車を降りる。真四角の塀が辺りを囲み、角にある木組みの物見台の上からは手持ち無沙汰なのか冒険者のような出で立ちの者がこちらを凝視している。


 振り返れば無機質で飾り気の無い、灰色の建物が一帯を囲む塀の中央にあった。どっしりとした柱状で、バードン達を待ち構えていたかのように口を開けている。


「出入り口はこれだけだ。行くぞ」


 建物と向き合うように停まった馬車の横を通り、人ひとり通れる幅の入り口を抜けると数名の冒険者がツルツルに磨かれた灰色の床に金を置き、手にはトランプを持って真剣な顔をしている。


 彼らはバードン達を見ることもなく、最後まで残った二人が睨み合い、手札を開いた。


「は、俺の、給料が」


「お疲れーい。メシ奢ってやるよ!」


 ケラケラと笑う数名と、落ち込む一人を眺めるバードン達。大して広くもない部屋には受付らしきものもないどころか、何もない。奥に続く通路の前に彼らが座り込んでいるのだから、オルキスは話しかけるしかなかった。


「面会だ。そこを通りたい」


 さっきまで悔しそうにしていた男はチラリとオルキスを見ると、驚いた顔をする。


「おお、気づかなかった。すまねぇ。誰の面会だ?」


 貴族よりも身近な上位身分である騎士。粗野な連中に砕けた口調で絡まれる事はよくあるのだが、それを許容しているわけではない。オルキスの部下たちは色めきだつが、本人は気にせず話を続ける。


「ククルーザ・スパワ。最近ここに運ばれた男だ」


「へえー。ソイツはどっちだ?実験用かそれとも解剖用か」


「治療だ。もういいか?さっさ通りたいのだが」


「嫌ダメだね。とりあえず置いてきな」


 手のひらを広げオルキスに見せつける男。だが、その意味が理解できなかった。


「何を置いていくのだ」


「ほれ、金だよ。5万だ。騎士なら金あんだろ?」


「バカをぬかせ。お前達にやる金など無い」


「じゃあ帰りな。この先に通すかどうかは俺達の裁量次第だ。アンタ達はダメ」


「お前の上は誰だ。その者に直接掛け合う」


「さあな。異物調査省と保健省の管轄だからその大臣じゃねえのか?どうせ大臣とのパイプなんてねえんだろ?偉そうにしやがって」


 座り込む冒険者達のリーダーなのだろう。周りの者はオルキスの顔色を窺い、明らかに自分の立場が危ういと慄いているが口を出さない。

 何に腹を立てているのか、リーダーと思しき男は黄ばんだ歯を晒し、卑しさが滲む目はオルキスから視線を外さない。


「オクシェと……異物省の担当は誰だったか」


 オルキスの側で冒険者を睨みつける青年に尋ねる。


「確か、ペッシェだったかと。片眼鏡で男装の変な奴です」


「ああ、アイツか。連絡しろ。それと、この者らの対応が不快だとちゃんと伝えるんだ」


「畏まりました」


 青年は踵を返すと、部屋よりも明るい外へと出ていった。


 どうせ下っ端役人の名前を並べてクレームを入れるんだろうが、そんなんじゃここは通れない。ここは外に出しては州民に危険が及ぶかもしれない者が収容されている建物。州とギルドとの契約でここの出入りは俺らが監督することになっている。大臣かギルドからの指示がない限り、文句を言われる筋合いはない。


 とリーダー格の男は考えていたが、オルキスの階級と騎士としてのキャリアを知らないのが運の尽きだった。


 騎士になって35年。残念ながら騎士団トップの騎士総監や2番目の騎士監には領主であるソンボイユ・ヘヌートの指名が必要で、平民が成った前例はない。ただ、名家の出身でもない彼がナンバー3である騎士長まで上り詰めるだけでも偉業であり、それは偏に功績と人徳によるものなのだ。

 功績とは身分による区別もとい差別行わず人材を登用し、官庁と領主邸のあるヘヌート市だけでなく他市へ支部を設置し騎士の存在意義である治安維持能力を高め、貴族や名家、大商人だけでなく広く州に存在する平民達の呼び掛けに答えるように再教育を行った事である。


 例えば亜人を登用するなど、数年前までは絶対にあり得なかった。それは州民の反発が簡単に予想できるし、騎士達も州民であって受け入れられない事は自明であったし、採用者も州民であるから発想として思いつかなかった。だが、オルキスは騎士総監に直接の交渉を行い、採用するに至った。それは、マルブリーツェが未だに魔界を放置している現状と、他州の圧力から身を守る為に力が必要であるという要因が変革をもたらした。

 軍を持たないこの州の力は騎士に頼らざるを得ない。つまり、血筋や種族、身分などで門戸を狭める余裕のある時代ではなくなったということである。


 差別は目に見える形で残っている。だが、オルキスがいる限り彼らは自制するだろう。3年前のソンボイユ・ヘヌート暗殺計画を挫き、内通者として処刑されそうになった部下達の命を救った騎士なのだから、思想が違えど騎士としてこれほど信頼できる者はいないだろう。


 リーダー格の男は腕輪に嵌められた小さな魔石の震えを感じ意識を向けた。すると八面体になる魔石から突如として聞き馴染みのある声が大音量で部屋に響いた。


「バカもん!今すぐ騎士を通すんじゃ!」


「何だよババア。いきなりそれかよ。下っ端騎士が連絡してきたのか?」


「ババアじゃない!ギルドマスターだ。異物調査省と保健省の大臣補から連絡があったんじゃ!お前を早急に代えろとな」


「無視すりゃいいじゃねえか。大臣補がどんだけ偉いのか知らねえけどよ、契約を一方的に破れないだろ?」


「異物調査省はギルドのお得意様だ。ほんで保健省は薬効のある鉱物、植物の取り扱いに免許を与える。これだけじゃねえがこれだけでも取り上げられたら、ウチは立ち行かない!」


「脅されたってことか。税金で飯食ってる豚どもが偉そうにしやがって」


「アホ!脅されちゃいない。丁寧に書面で申し入れてきたわい。証拠が公文書として残っとるんじゃ。ほんでな大臣補っちゅうのは大臣の補佐じゃ。大臣の右腕じゃ。大臣補に歯向かうっちゅうのは大臣に歯向かうっちゅうことなんじゃ。わかるな?」


「ちっ。じゃあてめえが払えよババア。こっちは安い金でちまちま働いて、魔界に行きたいといえばダメ。いい加減うんざりなんだよ。こっちはやっとA級になったってのにいつになったら魔界に潜らせるんだ。ダンジョンに潜らせるんだ」


「その話は後じゃ。まずは騎士達を」


「いや、今言質がいる。いつになったら俺は魔界やダンジョンに潜れる?」


「……魔界はS級になって州と合同でなければダメじゃ。ダンジョンは今からでもいいがまずは先輩と潜って経験を積んでから、お前達だけで、じゃな」


「S級、か。要するに魔界は駄目ってことか。しかも騎士と合同?何十年魔界が放置されてきたよ。昔から立ち上がったのは冒険者だけじゃねえか。騎士は動かねえよ。アンタならそんぐらい分かんだろ」


「昔がそうだから、これからもそうだっちゅうのは暴論じゃ。それに、お前みたいのが何組も魔界で死んどる。異世界人も死んどる。ホイホイと若い芽を詰ませるわけにはいかん」


「昔に死んだパーティーと俺達を重ねないでくれ。アンタの言葉を借りるなら暴論だ」


「全く。希望とリスクの話じゃ。暴論ではない!今までに魔界に行って帰ってきたのは一組だけじゃ」


「ハズレボンビーだろ」


 やっぱり冒険者は質が悪いなと、元冒険者のバードンは男とギルドマスターの会話を聞いていたのだが、藪から棒に自分達のパーティーの名前が出てきてキョトンとする。


「あやつらも最期はどうなったのか。領主様の奴隷になったと噂になっておったが、とっくに死んでおるじゃろ。亜人や異世界人をパーティーに入れるイカれたリーダーだったが、なかなかに見どころのあるやつだった。若い者が夢を追うのを止めはしないが、命を粗末にするのは止める。それが年寄りの仕事じゃ、分かってくれ」


「……粗末にしたいわけじゃねえよ。はあ。とりあえずダンジョンはいいんだな。じゃあ帰る」


 バードンはようやく気付いた。ギルドマスターと名乗ったしわがれ声のおばあちゃんがリネスティ・モートン、昔師事した魔法の第一人者であることに。


「ちょ、待った!俺だ!オレオレ」


 騎士も冒険者も急に騒ぎ出したバードンに視線を向ける。


「誰だよ」


 スリーピーススーツのバードンを騎士の執事かと思っていたリーダー格の男は、真っ当な質問をする。


「えっと、バードン・オンツキーです。モっちゃん、久しぶりー」


「……」


 モっちゃんが誰を指すのか分からずキョトンとする騎士達。

 恥ずかしそうに腕の石に声を向けるバードンに気持ち悪さで言葉を失う冒険者達。

 冒険者ギルドの自室で死んだと思っていたクソ生意気な青年の声が石から聞こえ絶句する、リネスティ・モートン。


「お、お前バードン、なのか?」


「うっす。久しぶり。なんか老けたな」


 頭をポリポリかきながら、懐かしさに照れるバードンであった。

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