82.ソンボイユ・ヘヌートとバードン・オンツキー後編
後に追記。多分明日。
8/10 22:17
やっと追記終わりました。
「服従魔法に掛けられる可能性があるから気をつけろと言いたいのか?」
「そうだ。そして東側が異世界人に対してよく使う魔法でもある」
「随分と詳しいんだな」
「我は古代魔法に対して忌避感は無い。魔法が悪いのではなく使う者の資質や倫理、時代によって感覚は変わると考えているからだ。だから調べたのだが、使う気はないぞ」
「何故?」
「我は服従も隷属も好まない。権力があるのはこの地を統べる事を民が認めているからだ。そして、権力を裏切れば民はわれを見放す。それが権力であって、民を服従させ使役する事で力を得るようなものとは全く違う。我はその自負があるからそんな魔法は使わない」
そうかい、とため息混じりに溢したバードンは、マルブリーツェ卿を見誤っていたかもしれないと思う。確かに、数年前の事件はこの男が発端であり、こちらには何の非もない。だが、ヘヌートが言うように状況は変わった。ユーリが成長し、いつの日かダンジョンから出ていく日が来る。何時までも籠もり続けるわけにも行かないのだ。自分は老いてしまい、守ると豪語しても十年のブランクは埋められず、直近で数度ユーリを危険に晒した。
宿を出ない理由は、マルブリーツェ自体が敵であった事、そしてユーリが外に出れば魔物達の餌食になるのでは無いかとの危惧があったからだ。
だが、マルブリーツェ州やヘヌート公爵が危険でないなら宿にいるよりも、魔界が近くにないマルブリーツェ北部や西側の州に移ったほうがいい。
憎い敵だと思い続けるよりも、ずっといい。そんな思いを巡らせながら、手渡されていた書類を眺めるバードン。
「このリストを見る限り、殆ど対処してくれたってことなんだろうが、コイツらの目的はダンジョンだけか?ウチに異世界人がいるなんて大っぴらにした覚えはないぞ」
「皆、異世界人が居る可能性はあるという程度の認識は持っていた。お前とペレーゲとの繋がりを考えれば当然だろう。現当主のイムリュエン・ペレーゲ公爵は、扱いづらい転移者を高値で買い取ってくれると界隈では有名だ」
「なるほどな。買い取るってのが気になるが、貴族の領分に首を突っ込むのは止めておく。とりあえず、分かった。過去の件はアンタが望んだものとは違う結果だった。そして、俺のダンジョンは今も貴重で、味方がいないこの州にとってはどうしても調査したい場所だって事だな」
「端的に言えばそうなる」
「だから契約違反にならなかったのか。今も昔の契約は有効という認識でいいんだな?」
「変わりない。州旗と家名に懸けて、と契約時に書いたはずだぞ。契約書に名を連ねる者への干渉は本件に関する限り止める、そして本件に関する行動の免責は今でも有効だ」
「うん、それならもう聞くことは無いかな」
契約が有効で、ソンボイユ・ヘヌートも昔とは違うように感じる。昔は平民とみるや会話すらも拒否していたのに、今では貴族が板についてきたのか、堂々と偉そうにしている。
話せば分かるとまでは言わないが、話してみて少しだけ、敵と思っていた人物の人となりも見えてきた。恐らく嘘はついていない。
そもそも、バードンを何らかの罪で投獄なり処刑すれば、宿は一時的にもしくは永続的に州の財産となる。魔界は州のものであり、その中にある宿は誰のものでもない。そして、昔交わした契約は"本件"要するに10年前のエイミとダンジョンを狙った行動を止めるという意味であり、それとは関係なく犯罪を犯したりすれば、領主の裁量次第でどうとでもなる。
この10年前契約や法律的にはいつ殺されてもおかしくなかったのだ。だが、それをしなかったのが嘘をついていないといえる間接的な証拠であり、権力を信じる彼が世間に悪評が立つ横暴をするはずがないだろうと考えられる。
ならば、一体誰が悪いのか、そしてどうすれば逃げ切れたのか。それを考える前に、バードンは腕を叩かれた。急になことに驚きながら、反射的に腕をさすり、叩いた人間を見やる。それを鋭い目を更に尖らせたオルキスだった。
何だと表情で問返すバードンに、オルキスはギロギロと目玉を怪しく動かし何かを訴える。周りの騎士達は何をしているのかと様子を見ていたが、にらめっこをしているようにしか見えない状況から読み取れる事は無く、一様に怪訝な表情を浮かべる。
その中にあって一人、優雅にワインを飲むヘヌートがグラスを置き、藍色のサラサラヘアーを掻き上げながら、口を開いた。
「何だオルキス。オンツキーが言い忘れた事でもあるのか?話して良いぞ」
その言葉を聞くと、バードンを睨みながら小さなため息をついた。
「イメイダ家のご令嬢の娘の件で聞きたいことがあると宿で申していましたので、今聞け、ほれ」
バードンを促すが、ピクリとも動かない。それどころかぽかんとした顔になる始末。オルキスは娘であるマイリー(マイ)の件を訊けと言っているのだが、イメイダがオルキスと駆け落ちした名家の令嬢であり、その間に出来た子がマイリーだということを言っていないのだから、動かないはずである。
バードンは誰のことだと考えるが、当然知るわけがないのだから、出てくるわけもない。
お互い見合ったまま、またもや表情で話し始める。
ヘヌートはと言えば、グラスからワインが無くなる頃にはバードンとも和解しダンジョン調査が進むだろう。そうして、心地良い1日を始めようと考えていたのだが、今しがた最後のひとくちを飲み干した。
「我は次の予定がある。聞きたいことがあるなら今聞くことだ」
机を指で叩きながら貴族にそう言われると、バカでも圧を感じるもので、場がピリつき出した。
「……仮面だ」
「は?」
「仮面の少女だ。聞きたいことがあるのだろう?」
抑えた声でどうにかバードンに喋らせようとするオルキス。
「あー、むす」
「ゴホンッ。バードン。イメイダ家ご令嬢の娘は未婚の子だ。誰が聞いているか分からんからあまり大きな声を出すな」
鬼気迫る表情でそう言われたバードンは、何となく事情を察する。マイの事を聞けと言っているのだろうが、やたらイメイダ家の謎の令嬢を推してくる。自分の娘だと言えばいいのにと、娘の事か?と問おうとすれば恐い顔で制されたのだから、複雑な事情でもあるのだろうと深く考えないことにした。
「んーと、マイリー・オ、じゃなくてマイリー・イメイダという仮面の女の子を知っているだろ?ショウタってやつと一緒に宿に来てた」
「ああ。それがどうした」
「アンタの部下か?」
「そうだが、何かされたのか?穏便にと言ったのだが」
「いや、まあされたけど、それはどうでもいいんだ。何ていうか、彼女は転生者なんだろ?それを未だにここに置いてるのは何故かなーと思って」
「王国裁判で我が後見人となったからだ。それ以外に理由があるか?」
「俺が言いたいのは例えば、親元に返すとかそんなのはしないのか?ていうのも、イムリュエンと重なって、親がいないのは辛いだろうなと思ってな。それだけだ」
「ペレーゲは確か、生まれてから直ぐに母を亡くし、前ヌアクショット卿も余り長くはなかったな」
「そうそう。だから気になったんだ」
「親元か。それはどうだろうか。イメイダ家が幼子を売ったのだぞ。そして、父親は誰だか分からん。これでは帰す場所がないだろう。ここにいる間は差別とも無縁に生きられる。後見人となったからには、我が死ぬまで面倒を見るだろうな」
「売った?どういう事だ?確か勘当されたんじゃ無かったか?」
「ふむ、お前がこの手の話を知っているとは驚きだ。ペレーゲから聞いたのか?」
「あ、いや、まあそんなところだ」
「そうか。実は勘当ではないのだ。ラサパロス州にあるイメイダ家が、騎士舎に直接届けたそうだぞ。転生者は一族の恥、どうか処刑をと当主がその場で懇願したそうだ。何とも悲しい話だ」
「マジかよ」
オルキスの話では8才で勘当されたはずだが、実際は身内に裏切られた。信じ切っていたはずの身内にとは、心情を考えると言葉に詰まる。
「母親は何も?」
「さあな。イメイダ家とは特別親しくもないから、その程度しか知らんが、最近はめっきり令嬢の名を聞かんな。お前に心配されるとは、屈辱だが面白い」
「あ、ああ、すまん。転生者と聞くとちょっとな」
ヘヌートはゆっくりと立ち上がると、バードンの前に置かれた首飾りを見つめる。
「お前はあのダンジョンを攻略した、そうだな?」
「そう、だが、急になんだ」
「遺物を渡さなかったな。あれは意図して隠したのか?」
「ああ、まあそうだな。アンタに聞かれなかったし、いいかなと思って」
「遺物があると最近知ってな、気になっていたのだ。で?調査の折にはそれも見せてくれるのだろう?」
「あー、俺は持ってないんだ。頼めば貸してくれると思うけど」
「頼んでおけ。調査の日程はおって知らせる」
ヘヌートが立ち去るのを騎士達は敬礼で見送る。バードンは晴れた空にたなびくうろこ雲のような気持ちでその背中を見つめていた。
バタンと扉が閉まると、騎士達は安堵したようにため息をついた。何事かと周囲を見回すバードン。
「お前はバカだ。貴族に敬語も使わずよく殺されなかったな」
オルキスの言葉に周りの騎士たちも頷きその通りだと言わんばかり。
「アイツが良いって」
「おい!アイツとは誰のことだ?仮に閣下のことであれば不敬罪。ここで処断できるのだぞ」
口周りにモジャモジャのひげを蓄えたバッヘンがバードンへ掴みかかろうとするが、オルキスはそれを宥める。
「まあまあ、今日は大目に見ようではないか。閣下も無礼を許したのだから」
「む、むう。そうだな」
「我々は病院に向かう。ではまたなバッヘン」
「うむ、ではなオルキス」
右拳で2回自分の左胸を叩き、互いに敬礼をするとオルキスはドカドカと扉へと歩いていく。取り巻きの護衛4人もその後に続いて行く。
バードンはと言えば、病院て何をしに行くのかと疑問に思いながらも、睨みつけるバッヘン達の視線をかいくぐりながらその後を追っていった。
「おい、帰るんじゃないのか?」
「いや、病院に行く。ククルーザ・スパワに会うのだろう?」
「あー、でもこの前調査がどうのこうのって」
「終わったぞ。奴は軍で改造された成れの果てらしい」
「……あの姿が改造の結果なのか?魔人かと思ったが違ったのか」
「魔人か。お前の知識は偏り過ぎだ。魔人など平民では知らない者が殆どだろうに」
「平民だけが?そりゃまた何で」
「異世界人と並ぶ程の力があるからだ。それが魔界にいると流布すればマルブリーツェのニ区にいる商人が逃げ出すだろう」
「わざと隠してるのか」
「それが皆のためなのだ」
階段を降りると、ここに来た時には談笑していた騎士の一人がホコリをはたき、またある騎士は花瓶に水を注いでいる。
「騎士はいつから雑用係になったんだ?」
「フッ。それをバッヘンの前で言えば間違いなく斬られていたであろうな」
広いエントランスホールに降り立つと、騎士達は手を止めオルキスに向けて旨を2回叩いて見せる。
「ご苦労」
オルキスは軽く手を上げそう言うと、また別の騎士が開けた玄関をくぐり待機していた馬車に乗り込んだ。
「彼らも好んであの仕事をしているわけではない。人がいない上に、他州からの刺客も増えたからな。ああやって騎士が護衛と雑務をこなしているのだ」
バードンは硬い座席に腰を下ろし、隣に座る騎士達のせいで窮屈なのか不満げな顔で、オルキスの言葉の意味を問う。
「刺客ってヘヌートも狙われてるのか?」
「ヘヌート公爵閣下も狙われている。お前とは比にならないぐらいな。そして、身内の粛清を行ったのだ。屋敷の殆どの者が首をなくしたぞ」
「また東側か?」
「いや、西もだ。東側はマルブリーツェを通る国土横断道路の建設を進めているが、閣下はそれを敢えて止めている」
「金を引っ張る為にか?」
「違う。道路ができれば人の往来が増える。それは良いことだが、東と西両方に敵視される現状でそんなものを作れば、マルブリーツェに侵攻してこいと手を広げて待つようなものだろう」
「道路建設を止めてるから東が怒ってる訳ではないのか?道路を作れば東が刺客を放つ必要もないだろ」
「10年前旧帝国側へ傾倒しすぎたと気づき、今になって自立へと舵を切った。だから、東が刺客を放ち次の傀儡を擁立しようとしているのだ。道路は関係ない」
「何だか、ヤバそうだな」
「他人事のように言うが、それ程この州は脆弱なのだ。昔とはもう違う。ダンジョンを持つお前は気を引き締めた方が良いのではないか?」
「昔からここはダンジョンやら異世界人やらでちょっかい掛けてくる嫌なとこだった。そんなに変わらないだろ。まあ、気を引き締めろってのは仰るとおりだな」
幌馬車はガタガタ揺れながら、領主邸を背中にククルーザ・スパワのいる病院へと向かっていく。




