表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/59

3.バードンの仇敵

1/19

 アーリマと共に13号室前へ転移したバードンは『動作補助』の魔法を使った。この宿は生憎プライバシーを重視している。防音性能にはかなり自信があった。だから、中の様子を窺うには研ぎ澄まされた聴覚が必要だったのだ。


「ぐへへっへへへへ。店主、遅いなあ。俺はあ、ゆう、ヒクッ、ゆううううしゃらぞおお」


 酒に飲まれた上に下卑た声が部屋から聞こえてくる。


「――おいお前ら!よーち、こっちへおいれ。またいい子いい子してあげるからねぇ」


 ()()()、その言葉に尽きる。勇者候補だか何だか知らないが、声にキモさを感じずにはいられなかった。女性が「生理的に受け付けない」というのはこういう輩の事だろう、いやそうでないと不合理すぎると変な憤りを感じつつ、耳を傾ける。

 ベッドのスプリングの音がした。

 幸い激しいものではないが、2回沈むような音がしたという事は、まあ少なくとも2人がベッドにいるという事だろう。思わずため息をついたバードンはドアノブに手を掛けようとした。


「おい!なにしてるんだああ。ヒクッ。こっこへ、おいでぇ」


 確か、勇者候補のお付きは2人いた筈である。白磁の仮面を被った少女が2人。どうやらもう1人には拒否されたらしくチッと舌打ちが聞こえた。

 あの少女、背格好から察するにユーリと同じかそれより下の年齢であると推察していたバードンは、震えていた。こんなゴミ屑にいいようにされるなんて!中にいる少女とユーリが重なってしまい、激怒するただの父親になっていた。


 拳を握りしめドアを結構強めに叩いた。


「――バードン・オンツキー、店主だ。約束通り退去してもらう!10秒以内に開けろ!」


 周りに人はいない。それを観察するぐらいの冷静さはあった。だから多少荒い言葉を使ったのだが、逆効果であった。そしてその逆効果を狙っていたのだ。


「今は忙しい!あとにしろ、ヒック。でないと殺すぞ!!」


 この言葉、要するに宣戦布告である。バードンはやっと怒りを発散できることに少しだけ喜びを覚えていた。そして魔法を掛ける。


『融解』


 手を触れたドアは熱したチーズの様に解けて、床にどろりと広がった。もちろんマスターキーぐらい持っている。しかし律義に鍵を開けて入るのも癪だったので魔法で壊したのだ。一応勘定はしている。これは勇者損害保険の適用内であるから問題ないと。

 中に入ってみると、布団の中でもぞもぞと動いている最中だった。実際目にするとあまりのおぞましさに熱い怒りは冷めていき、単純にシメたいという欲求が高まる。多少の冷静さで室内を見回すと、窓際では女の子が震えて縮こまっていた。

 きっと、恐怖に打ち震えているのだろう。哀憐の情が生まれるのも仕方がなかった。

 隣に立つアーリマは首を鳴らして準備万端のようだ。この光景にというより、久々の力試しに闘志が沸き上がっているようだ。


 とっくに侵入されているのに、未だにもぞもぞしている糞 ()()()勇者候補、略してウンチ君。何をしているかは分かる。お付きは2人いたのに、室内で目視できるのは1人だけ。

 あまりにも酷い現実とウンチ君の勘の悪さにしびれを切らす。


「おーい、出ていく準備を始めてくれ」


「お、お前ら〜、勝手に、ヒック、勝手に人の部屋に入っていいと思ってるのか!」


 布団をめくりベッドで上がったウンチ君。それを見てホッとしたのはパンツを穿いていたからだ。

 だがその隣では胸の前で布団を握りしめる少女がいた。憐みの目を向けてしまったバードンは、予期せぬ反応にたじろいだ。

 昔に何度も味わった殺気が少女から向けられているのだ。顔は幼くユーリよりも年下に見える。しかし、その目は冷たく突き刺すようにこちらを見ている。獲物の動向を注意深く眺める獣のように。 


 その視線で自身の仮説が正しかったと判断し、全身全霊で彼女()に注意を払う。


「アーリマ、窓側任せる」


 アーリマも瞬時に察してくれたようで、ジャケットをまくり上げ、腰元に刺していた2本の短剣を逆手で握りしめた。


「ぶっはははは。俺に勝てると思ってるのかー?ヒック、勇者だぞ!!」


 もうお前に何か興味ないんだよ!と言いたかったが、少女の視線が痛い。すると突然ウンチ君は飛んだ。ベッドの上からぴょーんと飛んできたので、思い切り右脚を振り抜いた。横腹にクリーンヒットした後、また視線を少女へと向ける。ウンチ君は体の中の息を吐きだして静かになった。壁に激突し気絶しているようだ。


「おいクソ弱いぞ、地下に送ったら死んじゃうな。はあー、ったく。何で異世界人は、弱くても強くても厄介なんだよ」


 鬱憤が声になってぼやいてしまった。別に誰かに向けたわけでもないのだが、少女の目の鋭さがますます増した気がする。


「嬢ちゃん、争う気はねぇんだ。大人しくここから出てってくれれば、こっちとしては問題無い。だけど、抵抗するなら地下に送る、A級の魔物がいるこわ~い牢屋だぞー。どうだ?大人しく出てってくれるな?」


 アーリマが窓際の震える女の子に脅しをかけた。

 そこでバードンは確信を強めた。ベッドにいる女の子は目線を動かし冷静に状況を観察している。彼女達にすれば、こちらは勇者を蹴り倒した暴漢という認識なはず。次は私達では?と怯えてしまうのも無理はないのだが、汗一つかかず落ち着き払っている。やはり、カタギではない上に只者ではない。

 だがベッドに座る少女の視線に違和感を覚えた。やたらと窓際の少女に目をやっているのだ。心配……

 いや、敵である俺たちを見る目で窓際の少女を見ている。趨勢を見守る第三者のような、どちらにも与したくないかのような、奇妙な振舞だ。


「君達は仲間じゃないのか?」


 この言葉でベッドに座る少女の目の色が変わった。


「そして、さっきから君は何が可笑しいんだ?」


 窓際で縮こまる少女へと尋ねた。初めこそ泣いていると思ったが、娘も同じくらいの年だ。ウソ泣きぐらいは分かる。


「ボス、気味悪いっすね。ボスが言っていた強いかもって意味分かった気がします」


「気を抜くなよ」


 視界の端でピタリと震えが止まり、機械仕掛けの人形のようにぎこちなく立ち上がる少女が見えた。


「うーん、メイちゃん。この人達強いね。あなた1人で勝てる?ううん。無理だよね。殺されちゃうね。勇者候補どうしよう」


 殺伐としたこの場所で、少女の楽しそうな声は不気味だった。


「メイちゃんとはまだまだ遊びたいから、先にお館様の所に帰って。コイツらはマイと遊ぶから安心して」


 ベッドに座っていた少女―メイ―は、窓際の少女の言葉を聞き始めて感情らしいものを見せた。目を見開き、驚いていたのだ。固まってしまった少女に場も固まる。帰ってとは?何もせずにそのまま逃げるという事か?


「はーやーくー。こいつらはマイがやっとくから。次繰り返させたらメイと遊ばないよ〜?」


 手をひらひらさせて、急ぐように促す窓際の少女―マイ―。

 凍っていたメイはベッドから跳ね上がると、出入り口をこちらを見比べている。どうやら逃げる算段をしているらしい。逃げてくれるならと軽く両手を上げて交渉を試みる。彼女たちの立場は明確だ、上にいるのはメイではなく、マイ。窓際に目線を向けて話しかけた。


「あー、マイちゃんでいいかな?殺す気は無いんだ。大人しく……」


 ここに入る前に掛けた『動作補助』のお陰でシュッ!という音が聞こえ、マイが何かを投擲したと気づいた。避ける時間はないだろう、それどころか投げたであろう武器が見えない。前面に障壁を展開すると、甲高い音と共に複数の金属が床で輝いていた。細い細い針である。

 これを目だけで対処するのは不可能だと判断したバードンは、すぐさま感知魔法を展開した。人の動きだけでなく、範囲内にある全ての物を感じ取る事が出来る。針が刺さったとて死にはしないだろう。しかしあれは暗器の類、要するに何かしらの魔法や薬が仕込んであるに違いない。


 アーリマは少しだけこちらを気にしたが、すぐに視線を窓際へ戻した。アーリマの強さは自身がよく知っている。昔からの付き合いで、同じパーティーメンバだったから。そして今の攻撃はその彼の視線を搔い潜ってこちらに届いたのだ。動きと言えば指が僅かに動いただけ。一体何をしたのか……


 すると今度はメイが、勇者候補のようにベッドから飛び掛かってきた。先程の視線から察するに逃げる為だろう。つまりただの牽制であり、単純に受けて逃してやればいい。

 メイの実力は未知数だが、窓際で佇むマイと同じだとすれば、本気を出さざるを得ないだろう。加減などできないということだ。

 それはしたくない。まだ子供だからだ。


 ふわりと飛んできたメイは全裸だった。少しだけ面食らったが、すぐに立て直す、つもりだった。その飛翔の最中、服を身に纏ったのだ。イメージの具体化である詠唱を用いずに、容易くやってのけた。

 ――コイツも強い、それがバードンの直感だった。

 裸で飛び出す、冒険者でも出来る者はいない。滑稽にも思えるが、長い年月における習慣は、違和感に過敏に反応する。その反応は挙動に影響を与え精神に作用する。その中で戦闘に挑むとは、どんな訓練をしたのか想像もできない。

 そして服を作る、言葉にすれば単純だが魔法ともなれば別である。『物体造成』の魔法は魔力とイメージを酷使する魔法、詠唱がないというだけで高度であり、戦闘中に体へ装着するというのは、連戦練磨の猛者しかできない。とても簡単に見える事を並行して行った、見る者が見なければ分からないが、少女とは思えない強さだ。


 驚きを隠せずにいた。そして到達した側頭部への回し蹴り、それを左腕で受けると同時に局所的な障壁を展開した。一瞬遅ければ腕が砕けていただろう。辛うじて視認できた残像とブンッという音で、すぐに障壁が必要だと判断したのだ。

 案の定、障壁にはヒビが入った。


 蹴りが弾かれ間隙が生まれるかと思ったが、どうやら一分もない。くるりと空中で回転し顎を蹴り上げるようにつま先が面前を掠めた。

 トンッとステップを踏んだのは空中。感知魔法で察するに、障壁を踏み台に突っ込んでくるらしい。

 膝を曲げバネのように突進してくると、体を捻り強烈な後ろ回し蹴りが放たれた。今度は障壁にヒビなど入らない、そのように魔力を注ぎ込んでいるからだ。右腕で蹴りを受けると、その踵から刃がグンッと伸びてきた。

 上手い二段攻撃だが、間一髪、こめかみ付近で障壁とぶつかった。ギリギリと音を立て何とか防ぐ。


 感嘆するほどの魔法技術だった。

 障壁を割りそうな威力、見えない先に障壁を作り出し足場とした練度、見え辛い刃や二段階の攻撃という戦法、地道に場数を踏み日々鍛錬したのであろうと手に取るように分かる。

 だからこそ、死闘を演じる前に早めに決着をつけるべきだと考えた。


 空いた左手で彼女の髪の毛を掴む。それと同時に右脚を掴み軸脚だけの不安定な状態にさせる。そうすると、防御ができない軸足を庇うため回避行動を取る。これは、本格的な武術を学ぶ者だから取る行動だ。恐らく身に染み付いているのだろう。本当は障壁で防げばなんの問題もないのだ。


部分保護(パートプロテクト)


 髪を掴んだ左手には違和感がある。恐らく髪の毛を硬化させているのだろう。

 軸脚を屈めて跳ね上げると、あの視認し辛い刃が足裏から伸びていた。自身の髪の毛と脚をわざと敵に固定させ、不安定な軸脚を敢えて攻撃にまわす。髪を保護したのも、体重に負けて頭皮ごと剥がれてしまわないようにか。上手い。


『動』


 下から迫る刃には障壁を当て、背を向けているメイには、『動』を使う。単純な基礎魔法。物体を動かすだけだが、視線がこちらに向いておらず、なおかつ魔法を併用しているため防御意識が散漫になっている。だからこそ有効なのだ。


「ぐふッ」


 空中に出していた自分の障壁にぶつかり、背中からの圧迫で苦しそうに藻掻いている、


「そのまま帰ってくれ。いいな?」


 抑えつけられたメイを見てか、窓際で動きがあった。感知魔法では針の動きがよく分かる。アーリマも感知魔法を展開しており、短剣で弾いてくれた。

 一瞬だけ意識が逸れた、それを見逃さなかったようで『動』の魔法は防がれたようだ。直接体に触れる魔法は、体内の魔力で弾くことができる。そう、簡単に防ぐことができるから、戦闘で滅多に使う奴はいない。だから敢えて『動』を使ったのだが、看破されたようだ。若い奴程高度な魔法に執着して基礎を蔑ろにするから有効だと思ったが……

 ジジイみたいに巧みだ。


 すると、ねっとりと絡みつく湿気のようなものが、バードンの体を包んだ。どうやら感知魔法を使ったらしい。既にこちら側が感知魔法を使用しているから、妨害の為だろう。

 さっさと逃げてくれよ、マイという奴の殺気が怖すぎるんだよ。


 バードンは敢えてアーリマの背に近づいた。入り口から逆方向に移動すれば、逃げてくれるだろうと思ったからだ。戦闘中に妨害するならまだしも、一息ついた今、あまり意味を見いだせない。そもそもこの感知魔法はマイの針攻撃を防ぐ為であって、メイに対しては五感さえあれば十分だった。

 それを逆手に取ったわけか。マイを警戒しているから、感知魔法を妨害することで自身へと警戒が疎かになる。その隙に逃げようと……


 メイは障壁を解除して床に立つと、こちらに視線を向けつつ入り口へと近付いていく。もちろん追わないし攻撃もしない。小さく両手を上げて見せると、背中を見せて走り去っていった。


 さて、残るは超ヤバそうなマイだ。コイツは素顔を隠したまま、目と口だけ開いた白磁の面を被っている。そこから漏れ出る殺気が、その辺の魔物よりも数段上だ。


「マイちゃん、これ以上の攻撃は止めなさい。殺そうとする相手に手加減は出来ないよ?理解できるね?」


 マイが仕掛けてくる様子もないので、とりあえずお話をしてみる。わざわざこちらから殺しに掛かる理由もないし。


「ええ。バードン・オンツキー、アーリマ・ジャンクト、元S級、A級冒険者でパーティー【ハズレボンビー】のメンバー。先駆者(パイオニア)の称号を初めてパーティで得た、色んな意味で稀有なパーティー」


「へぇー急にベラベラ話すんだな嬢ちゃん」


「アーリマ、婚約者はミリス。バードン、娘はユーリ」


 アーリマが警戒するのも分かる。俺だって娘の名前を出されれば、手にも力が入る。


「マイちゃん、娘の友達なのかな?」


「お前が閉じ込めているから、娘に友達なんていないだろ?ああ、お前の奥さんの死に様は伝えた?」


「チッ、アイツ部下だな?そっすよね?ボス」


「……間違い無いな。作戦変更だ、ここで殺るぞ」


 待ってましたとばかりに、アーリマは短剣でマイの喉元を切り裂いた。あまりにも呆気なくキレイな断面を見せる喉だが、血は愚か色もない。粘土を断ち切ったような切り口だ。

 アーリマはすぐさま、こちらまで下がった。


「感触は粘土っぽいっす。アイツは人形で本体は宿の外じゃないっすか?」


「さっきから探してるが、魔力の手掛かりもない。イカれてるな」


「殺す気はないって言わなかった?」


「ん?イヤもうダメだ。アイツの部下でさっきのは脅しだろ?もう遅いな」


「ふーん。やれるもんならやってみなー。殺しちゃおっかなー」


 また指を動かした。しかし針の発射口は割れている。口だ。こちらへと向かってくる針、障壁を展開して防ぐつもりだったが、直角に曲がった。

 そして誰もいないはずの後方へ……

 異世界人!

 咄嗟に振り返り、気絶したウンチ君へと障壁を張る。まったく面倒掛けやがって。


「チッ。目的はなんだ?」


 マイを見て尋ねた。後ろの方ではカツカツと音がする。執拗に針をぶつけているのだ。


「さあねー。死んだらお前たちのせいだよ!」


 ウンチ君を殺す気か。別に死んでもいいけど、ここではダメだ。わざわざ俺達の評判を落とすためにこんな大掛かりな事を?暇すぎるだろ。


泥泥(どろどろ)()


 アーリマは隙をついて手を翳した。マイの足元へ。すると床がとろりと液状になり、ずぶずぶと右足が沈んでいく。その間、彼女は慌てた様子もなく、ひたすらに勇者へと針をぶつけているだけ。ガッチリと床は固まり、マイの右足は動かなくなった、はずだ。

 不気味な行動に、奥の手があるとしか思えない。


 メイは逃してよかったのか?もし仮にメイとマイが()()()の手下だとしたら、マズイのではないか?


「目的は?悪いが子供扱いはしないからな。理由は分かるだろ?」


「過去を根に持っているんだろ?お館様は既に話したはず。それ以外要求したことはない。今回も勇者候補が来たがったから同行したまで」


「――お館様ってのは、マルブリーツェ卿の事だよな?勇者候補が遊びに来たがったから、付いてきただけって、信じられるわけないだろ?」


「信じなくてもいい。ただ、勇者候補は殺す」


「で?人に擦り付けると?迷惑も甚だしい」


 グッと拳を握り、仮面をぶち壊してやろうかと思ったその時……

 嫌な声、昔に聞いた低い声がした。


「マイ、もう戻ってよいぞ。『還れ我が魔力』」


「――――くっ、やっぱりお前か!」


「久しいなバードン。アーリマよ成長したのだな。ふむ、どうかね?我が家で働くのは。今よりも良い生活を保障してやろう」


「うっせえよ」


 マイは床に埋まった右脚を力いっぱい持ち上げた。脛から千切れてしまった脚を気にする様子もなく、片脚でぼうっと佇んでいる。


「ダンジョンか……」


 ボソリと呟いたマイは、部屋中を見回しこちらには目もくれない。


『帰る』


 マイの姿はグニャリと歪み、一点に吸い込まれるように姿を消した。全てが一瞬の出来事だった。


「もう話せぬか。健勝でなバードン、アーリマ」


 静かになった部屋で、魔力の痕跡を探る。一体どこから語りかけてきたのか。俺の知らない魔法だ。


「ボス、マイっていう女の子は転移したんすか?」


「ああ、そうみたいだな。転移陣無しで転移ね、異世界人かもしれないな。だとしたら本当に()()()()()だけかもな」


「厄介っすね……」


「とりあえず魔力の痕跡もないから、もういないのは間違いない。そして最悪なことに、ウンチ君の魔力が感じられない……死んでるな」


「――ウンチ君?ああ勇者候補っすね」


 涎を垂らしている勇者候補。その鼻と口に手の甲を近づけてみると、やはり呼吸はない。


「これを俺達のせいにっすか?流石に無理があると思うんすけど……ああ、痕跡がないのか」


「そういうことだ。してやられたって感じだな」


「どうします?燃やしますか?」


「――いや、下手に触らないでおこう。あっ、そういえば脚……」


 振り返ってみると、マイの脚が床に埋まっている。


「一応、残ってるっすね」


「これで疑いが晴れ、ないな。人間の体じゃないから俺達が操ったと言われる可能性もある」


「本気で泊まりに来ただけなんすかね」


「それはないだろ。わざわざここに来るか?挑発以外の意味に取る方が難しい」


 ――コンコン


 ふと入り口へ目をやると、いつの間にか扉があった。溶かしたはずなのに、全く気が付かなかった。感知魔法が廊下に漏れると、客に気づかれるから室内に留めていた。そのせいで、入り口の動きは把握していなかったのだ。

 アーリマはずっと側にいて、入り口を造った素振りもそういった魔力の動きもなかった。一体誰が……

 いや、その前にこのノックだ。

 想像以上の相手が強かったから、騒音にまで気が回らなかった。マズイ。


「バードンさん!ミリスです」


 ミリス!?何でここに?ああ、煩すぎて様子を見に来たとかか?

 念のため、アーリマに視線を送る。すると頷きが返ってきたので、ドアを少しだけ開けてみた。


「おーどうした?」


「仮面の子が慌てた様子で出ていきましたけど、大丈夫ですか?」


「ああ、アイツか。逃げただけか?何もしなかったか?」


「並んでいるお客様にぶつかって、少しだけ騒ぎになりました。全力で走っていったので、捕まえられませんでしたけど、お客様には平謝りして宥めました。ところで、入っても?」


「ん……んあーそーだなあ」


「何かあったんですか?」


「――ミリス、お前は向こう行ってろ!こっちはボスと何とかするからよ」


 慌てて隣に来たアーリマが余計なことを口走ってしまった。何とかってするからよって、何かあったと言っているようなもんじゃないか。

 ミリズの表情が険しい。眉間の皺が深くなっている。


「開けて下さい。バードンさん、私はバードンさんを尊敬していますし父親のようにも思っています」


「えっ、あ、おん」


「でも、戦闘以外じゃポンコツですよね」


「おいミリス!失礼だろ!」


「本当の事を言っているだけです。トラブルなら今すぐに情報を共有してください!2人で考えるよりは、きっとマシな提案をします」


「んんんん、アーリマ……」


 一応、旦那のアーリマに確認を取ってみた。尻に敷かれてるから、頷くのは目に見えていたが、まあ一応。やはり頷いた。

 そっとドアを開けてミリスを招き入れると、すぐに閉じた。


「殺してないからな?そうだよなアーリマ」


「ん?ああ、俺たちが殺したわけじゃねーよ?要するに敵がだな」


「いちいち狼狽えないで下さい。死体ぐらい見慣れてますよね?」


「まあ、そうだな」


 ミリスは勇者候補の口元に手を翳して呼吸を確認した。そして辺りを見回し、何かを観察している。


「魔力の痕跡が無かったんですね?」


「お、おう。なんで分かった」


「魔法が得意なのはバードンさんです。そして殺しの有力な手掛かりになるのは魔力の痕跡、それが見つけられなかったから狼狽えているんですね?」


 冒険者に名探偵という役職があれば、きっとミリスは適任だ。ガクガクと頭を振ってみせた。


「そこにあるのは何ですか?」


「ああアレは脚だ」


「ふむ、不思議です。激しい戦闘があったのでしょうけど、苦情は何一つ来ていません。そして受付にいた私達も何も聞こえませんでした」


「誰かが隠してくれたと?」


「そうでしょうね。目撃者はいない、せめてもの救いです」


「ほ、本当にいないのか?」


「居たら騎士に通報するでしょう。もしくは受付に来ませんか?それかバードンさんに斬り掛かってくるとか、冒険者はやたらトラブルに首を突っ込みたがりますから」


「まあ確かに」


 ものすごい説得力だ。ミリスってこんな才能があったんだな。昔からリーダーの素質があるとは思っていたが、悪人にならなくてよかった。


「――バードンさん!?呆けている場合じゃないですよ?」


「お、おう。騎士団を呼ぶべきだろうか」


「有り得ません。騎士団が来るということは重大事件が起きたということ。そしてここにいるのは、勇者候補です。これだけ聞いても宿へのダメージが計り知れないと思いませんか?」


「はい思います」


「最近では異世界人の扱いについて見直すような動きが出ています。特に召喚士(サモナー)辺りは貴族から指示があったらしくピリピリしていますよ。そういう時流にあって勇者候補が殺されたんです。嫌でも国中から目を引きます。終わりですよ?」


「……ヤバイな」


「ええ、ヤバイです。最も"オールラウンダー"のバードンさんはいくら元S級でも疑われる事はないでしょう。疑われるのはアーリマなんです。それはかーなーり困ります」


「はあ?なんで俺だけ」


「バードンさんがオールラウンダー、アーリマは暗殺者(アサシン)、言わずもがなだと思うけど?それにこの針、暗器ね。暗殺者(アサシン)が使いそうだと思わない?」


 ミリスはしゃがみ込んだ。しげしげと針を眺めている。


「なるほどな。だから死体は隠すと」


 思わず嘆息し、異世界人の呪いだと憤懣した。しかし「オールラウンダー」一筋の自分のせいで、アーリマに迷惑を掛けたくなかった。だから騎士団を呼ぶ選択はあり得ない。


 冒険者はパーティーを組む際、役職を指標に仲間にするか否かを決める。様々な役職が存在し、各員の個性やパーティーのバランスを見て適切なメンツを揃えるのだが、オールラウンダーは見てももらえない。オールラウンダーという役職は、何でも屋と呼ばれており、ゴミ扱いの役職なのだ。

 荷物持ち、弾除け、炊事やら洗濯やら武器手入れやら、酷いパーティーでは雑用しかさせてもらえない。

 無能イメージの強いオールラウンダーと、殺し屋イメージの強い暗殺者(アサシン)、確かに言わずもがなだ。


 こうなったらアイツに助けてもらおう、どうせここに来るんだし。犯罪を熟知した親友に頼み込むしかないだろう。絶対に文句を言われるけど……

読んでくれて感謝。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ