77.ジョン・パック・時々ピクちゃん
後ほど推敲予定。
7/26 17:19修整終わり。
バタンッ!
広いエントランスホールで開きっぱなしの扉が独りでに閉じた。
「ユーリちゃんボクが来たから安心だよーー!」
「えっ?」
制服姿の女は自分が突き立てたはずのナイフを見る。何故かそこにあるはずの刃がない。そして、火を纏う魔物が、空中に現れ赤い宝石のような角を輝かせながらこちらに笑いかけている。
「キミ、異世界人でしょ?」
「あ、あんたどっから」
「あ、そのナイフ危ないから蒸発させたよー。そしてさ、ユーリちゃんを傷つけようとしてたね。ボク絶対に許さないから」
角の中で火が渦巻き、呼応するようにユーリを包む火の渦。
「キャッ!」
女はあまりの熱さにユーリを突き飛ばし、従業員控室の方へと下がった。
「おい、ダンジョン!ユーリは」
「大丈夫だよバードン君。少しは信用してよー」
ジョンは組んでいた腕を空中で広げ、ゆっくりと着地した。すると、広いエントランスホールがみるみる広がっていく。そこにあったはずの壁が向こうへ。受付台も控室も遠くの方へ動き出し、避難した女も控室に放り投げていたユキトと呼ばれる転移者も置いてきぼりにして、ここにいる生物達が遮るものが何一つない白い空間に唖然として佇んでいた。
ジョンは火に包まれるユーリの側に歩み寄ると彼女を抱き上げた。瞬く間に火は掻き消え、傷はそのままで辛そうなユーリだが、生きている姿がそこにはあった。
「ピクちゃんよろしくー」
ジョンの横で豪炎が立ち昇ると、そこにはどんな傷も癒やしてくれる魔物、ピクフォヴォスがいた。キッ!と呆然としている転移者達を睨むと、ジョンが床に寝かせたユーリに鼻を近づけ診察し始めた。
「あ、アーリマ君忘れてた。ほい!」
今度はバードンの横に火柱が立つと、そこには目を見開くアーリマの姿があった。
「あ、あれ?ボス、ここは、あれ?」
「ダンジョンの仕業だ。落ち着け」
「あーそういうことっすか。やっと1階に着いたと思ったらエントランスホールに全然辿り着けなくて、ヤバいなと思ってたんすよ。ダンジョンか。えっ!?ユーリちゃん!?」
駆け寄ろうとしたアーリマを睨み、近付くなと制したピクフォヴォス。
ジョンは、自然と1つに固まり警戒する転移者達を見て何か思いついたように手を叩いた。
「パック!いい機会だから、ユーリちゃんに魔物の戦いを見せてあげなよ」
転移者達の目の前にまたもや立ち昇る火柱。そこに現れたのは狼のような魔物。
ルカプボリガロは身体の伸縮が特徴的でユーリを背に乗せて遊ぶ時が通常のサイズである。体高が110センチ程で全長が約180センチ。獲物が捕れない時期には体をコンパクトにして省エネを図る。逆に戦闘となれば体を大きくして戦う。その大きさは体高180センチに全長300センチ。羽でも着いているかのように駆け回り、前足が空を切れば突風が吹く。
そんなパックが鼻先を上げ、沢山の空気を取り込むと、目の前の転移者達に咆哮した。
「ガオォォォォォォン!」
人数の分だけ重ねられた障壁がビリビリと振動する。倒れる仲間達が吹き飛んで行くが、それを助ける余裕はない。1歩でも障壁の外に出れば自分があのようになるのだから。
雄叫びを上げると、4足が床を蹴りを目にも留まらぬ速さで障壁にぶつかり砕く。前足で引っ掻き、大きな口で咀嚼すれば、あっという間に障壁は数枚程度に減ってしまった。
「う、嘘だ!」
転移者は才能を持ち、勇者の資質があるこの世界の救世主。そんなほら話で煽てられ、若い彼らは真に受けた。だが、この世界もそんなに甘くない。死のダンジョンは幾人もの冒険者、幾人もの転移者を殺した過去に例を見ないダンジョンである。そして、バードンが安定的に供給し続けた魔力はほんとんど使われることがなかった。彼ら魔物の体力はダンジョンの魔力と言い換えてもいい。
戦いの訓練も、魔法の知識も無い彼らでは到底太刀打ちできなかった。
「ユーリ」
睨むピクフォヴォスを無視して、ユーリの頭を撫でるバードン。
「ちょっと、頭支えて」
「は?」
「見えないから頭支えて」
ユーリは首を折り曲げ腹筋をぷるぷるさせながらも、パックの一方的な攻撃を食い入るように眺めていた。
バードンはとりあえず、娘の言うとおり後頭部に手を添えて支えてあげる。
「ユーリ、ごめんな」
心情的には身を挺してでも守りたかった。だが、同じ轍を踏む訳にもいかなかった。娘を見殺しにする気は無かった。だが、彼女の行動に頼ってしまった。結果的に無事、とは言い難いが生きている娘に謝るしか出来なかった。
「何が?」
「……こんな大怪我させてしまってすまん」
「あー、お父さんのせいじゃないじゃん。気にしないで」
「でも、障壁を張っていれば」
「正直、ビビっちゃったけど、次は大丈夫!ホントに謝らないで。私が防御の魔法を使わなかったのが悪いんだもん」
ピクフォヴォスが傷を舐めるとみるみる回復していく。ユーリは手を固め、緩め元に戻ったことを確認すると、明後日の方向に向いていない2本の足で立ち上がる。治療してくれた小さなお医者さんの前にしゃがみ込み「ありがとう」と一言告げ、白い顎を撫でた。
「バードン君、あの2人は貰っていいの?」
ジョンは拘束された青年とユーリにナイフを突きつけた女を指指した。
「いや、騎士団に突きだす。っとその前に『解除』」
鎧のような拘束具は指先からめくれ上がっていき、頭頂部へと集約すると自らを押しつぶし跳躍し、空中で勢いを失った途端に消失した。
青年は拘束中に中で暴れたのだろう。傷だらけで気を失っている。
「えー、1人ぐらいいいでしょー?」
「いや駄目だ。コイツらを捕まえれば絶対に州が動く。貴重な戦力だからな」
「ふーん、貴重な戦力ねーー」
貴重な戦力という言葉が疑わしいぞというように、転移者達を見る。パックは障壁を全て破壊し、転移者達の魔法を避ける素振りも見せず厚い毛皮で受け止め、軽やかなステップで喉元まで迫るとガブリと甘噛みする。それを繰り返された転移者達は戦意を失い、しっぽを振りながらジャレてくる狼にいいようにされていた。
拘束が解けたユキトという青年は気絶しているし、その隣にいる、ユーリを殺そうとした女は目の前の異様な光景に復讐心が削がれたのか、口を開け呆然としている。
「コイツラはあまり訓練してないんだろ。でも転移者だから貴重なのは間違いない」
「ボコボコにしたけど大丈夫なのー?」
「恐らく今から騎士が来るだろうな。コイツラはマルブリーツェ卿の指示で動いているようだし」
「ああ、なるほど!」
「……何がなるほどなんだ?」
「さっきから扉に魔法を掛けてる人がいるんだよねー。たぶん騎士じゃないかなー?」
「もう来たのか」
「んじゃ、ボク達は帰るねー。ユーリちゃんバイバイ」
ユーリに手を振ると、三本の火柱が立ち魔物達は姿を消した。すると、広くなったエントランスホールが急激に縮み、元の大きさに戻ると玄関の扉が荒々しく開かれた。
「な、なんだ。急に扉が開いたぞ」
「とにかく中へ入れ!」
「マルブリーツェ州騎士団だ!」
バードンはぞろぞろとやってくる騎士達の中に、仮面の少女がいることに、大きな不安を覚えたのであった。




