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75.財務担当者、参戦

 過去と向き合うと決めたバードンだが、それよりも現在と向き合う必要がある。宿泊客の減少だ。

 ククルーザ・スパワと揉めてからみるみる客足は遠のき、現在30部屋しか埋まっていない。


 この宿の売りはコスパの良さである。安宿にしては清潔で設備も豊富。トイレも最新式だし料理もうまい。欠点は立地だ。三区という貧民街の中でも更に貧相なスラムを抜け、人が近づかない森にあるのだ。目端の効く者や口コミで恐る恐るやってくる者以外寄り付かない立地では新規の客など見込めない。


 経営者であり社長さんのバードン。金持ちかと思うだろうがそんな事も無い。人件費は求人募集で目を引くように多めに設定し、料理は足りなくなると困るからと多めに仕入れ、魔石や細々とした設備もリンの商会から買い入れている。バードンの手元に残るのはたかが知れており、この国の平均月収ぐらいの給料しかない。


「お父さん、どうすんの!」


 執務室の机には帳簿が開かれ、赤い文字が並ぶ。


「今月はツケにしてもらったけど、来月以降はちゃん払わないと契約切られちゃうよ」


「長い付き合いだからどうにかなるんじゃないか?」


「無理だよ!三区の市場も苦しくなってるから現金じゃないと困るって言ってたもん」


「んんんんーー。急にどうしたんだろうな」


「最近値上がりしてるって言ったじゃん!皆カツカツだけど今月はツケにしてくれたんだよ」


 三区市場はアールガウ三区の住民や商売人が集う大市場。生活に欠かせない食材達がこの頃高騰しているとユーリは把握していたが、バードンはその事すら知らずにいた。


「まあ、とりあえずリンに相談」


「したよ。商人ギルドが流通網を制限してるからそのせいだろうって。ホロトコ商会のあるカリーニングも食材は高騰してて、全国的に起きてるから落ち着くまで様子見るようにって言ってた」


「ああ、そうか」


「それで、どうするの?」


「どうって、そりゃあ様子見だろ?」


「違うよ。今食材が高騰してるけど、一次産品の元売りは安いままだって。運送業の価格が釣り上がってるだけだから、他の産業は高騰してないんだよ?何でウチまで経営が傾いてるの?別に不景気って訳じゃないんだよ?」


「そりゃあまあ、クーさんとの一件が原因だろうな」


「ホロトコさんは様子見って言ってたけど、それができるのは余裕がある商人だけだよ。ウチは余裕ないでしょ?だから何か変えて建て直さないと、このまま潰れちゃうよ!」


「んー、例えば宿泊費下げるとか?」


「無理だよ。今でも安すぎるもん。料理を食べる人がいるから利益が出てるんだよ?」


「なら俺の給料を」


「駄目だよ。そしたらオンツキー家が苦しくなるじゃん。貯金あるの?」


「んまあ、少しは」


「1年保つ?最低でも建て直しに1年掛かると思うよ」


「1年……どっかから借りるとか」


「駄目!全員の給料を削って、食材も無駄が出ないように仕入れる。稼働してない上の3フロアの魔石は全部外して営業循環に組み込む。それから、運送業者と新規で契約する!」


「おん」


「マルブリーツェに来ても、この宿に来るのが大変だからお客さんが減る一方なんだよ。流通網に組み込まれなかった運送業者をこっちに巻き込んで新規客を取りに行こうよ!」


 金が無いと説教されていたはずなのに、新しく契約するのか?と訳が分からないバードン。何かと言えば身銭を切ってきたのは、従業員の生活に支障が出ないようにと思ってのことであり、宿泊費をやたら下げたがるのは、冒険者時代の経験で、安ければ泊まると安直な発想からである。そこに費用と収益の感覚など一切入っていなかった。


 だから、ユーリの考えている事の一部しか理解できないバードンだが、なんかあったらリンに相談しようと思うのであった。


「まあ、いいんじゃない?」


「なにそれ。じゃあ、私が話しつけていいんだね?」


「え!?ま、まあ。俺いらないの?」


「代理なら契約できるよ」


「あ、そう。んまあ、ならよろしく」


 几帳面につけられた帳簿をパタリと閉じ、小脇に抱えて扉へ向かうユーリだったが奥から物凄い衝撃音と地響きがして立ち止まった。


「何だ!?」


 バードンはハット顔を上げ、耳を澄ませようと一瞬固まったが、音がしたのは受付の方だ。執務室は遮音性の高いドアを使っているのだから、相当な衝撃音。固まった一瞬で受付にいるミリスが心配になり慌てて扉から飛び出した。従業員控室を抜け受付に行くと、そこにはブレザーにネクタイの若い男がヘラヘラと笑いながらミリスに顔を近づけて因縁をつけているところだった。


「おばさーん、俺達はさわざわざこんなクソみたいな所まで来たんだよ?一般客と同じ部屋ってそりゃあ無いでしょ?」


 17歳ぐらいの青年とミリスの間にある受付は無事だが、控室と受付との間にある壁は大きく破損し、大きな窪みができている。

 取り巻き連中も似たような服装で、女子はスカート。軍隊のように規律のある身だしなみだが、ニヤケ面や嘲るような笑い声が見掛け倒しであると理解させてくれる。


「それ以外の部屋はこの宿にありませんので、いい部屋に泊まりたいなら別の宿をお探しください」


 クソガキにナメられ怒っているのか、圧倒的な魔法に怯えているのか、震えた声でも我慢して接客するミリス。よく見れば金色の髪が左右非対称になっており、片耳は真っ赤になっていた。


「スイートがあるんだろ?知ってんだよ!客に嘘ついていいのかなー?」


 受付に頬杖を付きながら挑発する青年。周りの取り巻きは20人程で纏まりがなく、興味なさそうにするものや、囃し立てるもの、青年を睨むものもいる。


 バードンは状況を理解し、ミリスの隣へと並んだ。


 それも店主とは思えない鬼の形相で。


「オイ糞ガキ。今謝ったら半殺しで許してやる」


 いきなり出てきて、チンピラのような文句を吐くおっさんに動じる訳はない。彼らは転移者なのだから。転移して途轍もない力を持っているのだと自覚しているから、こんな横暴ができるのだ。


 おっさん如きに臆するわけもなく、バードンの言葉は火に油を注ぐ。


「接客って知ってる?マジで文化レベル低すぎだろー。原始人か何かですかー?」


 決め台詞だったのだろう。青年は、仲間たちの反応を窺うため後ろを振り返った。自ら喧嘩を吹っかけて、怒れる獅子から目を逸らすなど、戦闘慣れしていないにも程がある。バードンはその隙を見逃すほど、異世界人を見くびってはいない。


黒滴こくてき、魔力感知』


 広いエントランスの照明は間接照明ばかりで、光る天井もぼんやりと明るい程度。だが、四方を囲む壁材が光を反射させることによってエントランスは明るくなっていた。だが、バードンの魔法が発現すると、天井の光は下まで届かなくなり、時間を追うごとに壁、通路全ての光が遮られていく。ポツリポツリと水に墨を垂らすように天井から地面まで順に暗闇となった。


『ライト!』


 青年は暗くなった視界を確保するため光を作り出すが、黒をいくら照らしても黒である。彼は何度も魔法を繰り返すが、結果は変わらず焦りだす。


「魔法が使えない!クソが!『解除!』」


 魔法を消そうとしたのだろう。今までなら消せたのに、どうしてか暗闇のまま。すると青年は急激な浮遊感がして手足をバタつかせるが、その光景を見ているのはバードンのみ。魔力感知によって、青年の拡散する魔力をしっかりと確認している。


『物体造成』


 ボスンと、浮き上がった青年の頭にバスケットボール程の白い魔力の塊が落ちると、バードンのイメージを読み取り青年の体を包んでゆく。顔から足先まで満遍なく張り付いたそれは、パキンという音と共に一瞬でかたまり、彼専用の甲冑型の檻となった。


 取り巻き達も、暗闇から逃れようと魔法を使うがうまくいかない。だが、その内の一人が魔力感知を行い状況を把握する。彼らのリーダーのような青年が浮き上がり固まっているのだ。


「ユ、ユキト!まずい、皆!魔力感知だ!」


 声を張り上げるが、バードンは気にすること無く、青年を後方の控室へと放った。金属と石材のぶつかる音が響き、青年の取り巻き達は魔力感知でバードンを捉える。


「俺達は勇者だぞ!こんな事して、ただで済むと思ってるのか?」


 返事はせず、バードンは睨みを効かせながら魔法を頭の中で組み立て、発話せずに発現させる。半球状の透明のドームが彼らを覆い外界からの音をすべて遮断する。そのドームを取り囲むように正方形の少し黄ばんだ様な色の障壁が互いの接触を阻んだ。


「これは障壁か。ナメるなよ!『フレイム』」


 火の玉が障壁にぶつかり、大きな力に耐えきれず障壁は砕けるはずだった。だが、障壁はびくともせず攻撃を跳ね返すというありえない挙動をしたのだ。自分の攻撃が跳ね返るなど思ってもみなかった青年は慌てて自分だけに障壁を張る。周りの者たちは一瞬の事で何もできずただ、味方の攻撃を受けるしかなかった。ドームの中では悲鳴がこだましパニックとなっているがその声はバードンには届かない。


「ミリス、怪我してるとこ悪いがアーリマを大至急呼んでくれ。あの人数は流石に分が悪すぎる」


「え!?わ、分かりました」


 あれだけの啖呵を切ったのだから、勝てるのだと思っていたが、バードンの渋い顔を見て受付を飛び越えすぐさま上階へと駆けていった。


「ジョン君!装備一式ちょうだい!」


 障壁は牢屋ではない。確かに触れ続けると体に害をなすが、一瞬ならば不快感があるだけ。この世界での戦闘が浅いであろう転移者達には、檻のように見えるだろうとバードンは考え、さっきから初見殺しの魔法ばかりを使っていたのだが、パニックとなった彼らは障壁をすり抜け怪我がないことに安堵し、バードンを睨みつけていた。

 バードンがそんな彼らを見ながら次の一手を考えていると、後方でユーリの声が聞こえ振り向いた。昨日見た簡素な装備で身を守り新品の剣を構えていた。


「お、お前」


麻痺しろ(パラライズ)


 翳した左手から青白い閃光が制服の女子へ届くと、ビクンと硬直し仰向けに倒れた。


「ウチは経営難なの!これ以上暴れるな!」


 ユーリ(12)の言葉を聞き、物悲しさを覚えるバードンだった。

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