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24.絡みつく負の遺産

「アーリマ、タカダさんのとこに行ってくるから家で待っててくれ」


「うっす。会議でもするんすか?」


「そんな大袈裟なもんじゃないけど、話し合いは必要だろ」


「了解っす。じゃあ、お邪魔してますね」


 扉をくぐった先は灰色の天井と見渡す限り緑の空間だった。その真ん中にポツリある一軒家。

 いわば大きな箱庭の真ん中にある、この家こそがバードンの家である。


 アーリマが家の中に入ったのを確認すると、ジャケットの内ポケットから赤い木札を取り出し、そそくさと転移した。


 降り立ったのは、真っ赤な絨毯が敷かれた短い廊下。

 いつものように、壁越しに念話を始めた。


「タカダさーん!ゴタゴタは片付きましたのでもう大丈夫です。ご迷惑をお掛けしました」


「お、乙です。帰ってもいいんですか?」


「はい大丈夫ですよ。あ!その前に1つお願いがありまして……」


「ワイに……お願いですか?」


「宴会をしたいので、料理を作って貰えませんか?」


「い、いつですか?」


「明日の予定です。昔の仲間にいろいろ手伝ってもらったのでタダで帰すわけにはいかなくてですね。材料は買ってきますので、なんとかお願いできませんか」


「わ、分かりました」


「本当にありがとうございます。材料はどうしますか?明日の朝一番に買ってきますが」


「メニューを考えるので、夜までにはリストアップしておきます」


「じゃあ早い時間にタカダさんの部屋へ取りに行きますから、扉の下にメモを挟んでおいてください」


「了」


「ありがとうございます!」


 了承を得たバードンは、赤い木札を使って家の玄関前へと転移した。


 ガチャリと扉を開けると、いつもとは違う空気が流れてくる。懐かしいあの空気だ。

 リビングに向かうと小さいテーブルにはワインが置かれ、ガブガブとボトルを空けるワパックとジナキウの姿があった。


「何でテメェらが飲んでるんだ!クソバカ野郎!」


 リンはチビチビとグラスを傾けるが、周囲はお構い無しにボトルを傾けている。


「リン、お前が持ってきたのか?」


「あ?おお、売出し中のカリーニング産のワインでよ、宿に置いといてもらおうと持ってきたんだ。それをコイツら片っ端から」


「うめぇぜ姉御!」


「お前のほうが200歳も歳上だろ!姉御って呼ぶな!」


「まあまあ、いいじゃないですかー。カリーニングで逞しく生きる私の同胞が作ったのでしょう?止まらないですよー」


「お前の同胞も少しは住んでるが、ワイン作りには関わってねぇーよ」


 テーブルの上に置かれた残骸を空き箱にまとめるアーリマ。その横でユーリは、久々に会った親戚達の前で恥ずかしがる子供のような態度だった。


 バードンは下手くそな物体造成で椅子を造ると腰掛けた。


「はいはい。ちょっと話をしたいんだがいいか?」


「私へのクレームは受け付けないぞ。ハゲデブ」


「ハゲきってないし、ふくよかなだけだリン。そしてお前へのクレームは死ぬほどあるから覚悟しろ」


「それでなんですかー?どんなお話ですかー?ヒック」


 だいぶ酔いが回っているジナキウ。この状況で話していいのか?と心配になるが、急ぎなので気にしないことにする。


「10年前、確かにミホ・ジングウジに助けられた。それは合ってるな」


 まずは一つ一つ丁寧に確認していく。認識のすり合わせからだ。


「まあ確かに助けられたなー。でもよぉ、全部エイミ伝手だろ?」


 ワパックは、ワインを流し込み捲った記憶を言葉にした。


「まあ、そうだな」


「そもそもよぉ俺はその、ミホ?だっけか?見た事も話した事も無いから、裏切られたって感覚もねーわ」


「バードン。こう言ってはなんですが、私達はお2人が信用している方だから異議を唱えず従ったまでですよ」


「要するに、裏切られたって思ってるのは俺とエイミだけだと?」


「まあー端的に言えばそうだな。俺は単なる判断ミスだと思ってたぜ?今までに何回もあったろ?」


「てことは、ミホ・ジングウジの過去について知る必要もないし、思うところも無いとそういう事か?」


「何も思わない訳が無いです。被害を受けたのは私と私の仲間なのですから憤りを覚えます。だから私は知る必要があると思いますよ。特にバードンが知りたいと思うのは自然なことですし、それを応援したいです。ワパックもそうでは?」


 いつもなら冷静で感情を表に出さないジナキウだが、今日に限っては酒が彼女の心を露わにする。


「応援つーか……まあ協力はするさ。でもよ、一応の決着はついてんだろ?今さら何か見つんのか?」


「それは、やってみないと分からんだろ。イムリュエンから聞き出せていない事があるかもしれないしな」


 バードンの言葉を聞くと、リンはグラスを置き徐ろに話し始めた。


「この世には2種類の人間しかいない。裏切る奴と裏切らない奴。そんで私達が心を許して人生を費やしてもいいのは信用している人間だけだ」


「……つまり何が言いたいんだ?」


「時間の無駄って話だ。コイツになら裏切られてもいい。そう思える奴以外は信用しちゃいけないし、信用しないなら有象無象なんだから捨て置けばいい」


「は?ミホ・ジングウジを調べるなって意味か?そんなの俺が知りたいんだからいいだろ?俺の勝手じゃないか」


「ああ、勝手だな。好きにすりゃいい。だがよーく考えるんだな。取るに足らない信用もしていない人間の為に時間を割いて、ずっと側にいる大切な人間に目を向けられないってのは……クソほど反吐が出ないか?」


「さっきから何が言いたいんだ?」


 お前がしようとしているのは時間の無駄だと言っているのは理解できるが、リンの言いたいことが判然としなかった。


「イムリュエンだよ!ハゲ!調べる気ならアイツにも聞くんだよな!?」


「あ、ああもちろん」


「アイツがジングウジの名前入れた理由も知ってるよな!?」


「あ、あれだろ?えーと」


()()で惚れてたんだよ!」


「お、おん」


「んで?それを根掘り葉掘り聞こうって言うわけだろ?裏切り者の正体を暴いてやろうとしてんだろ?」


「……」


「アイツはきっと協力してくれる。罪の意識を感じてるからな。それで?もし仮にだぞ、ミホ・ジングウジが本人の意志ではなく、誰かに唆されていたとしてだ、どうするつもりなんだ!」


 バードンはゴクリと生唾を飲み込む。


「アイツが処刑したんだぞ!自分の手で!リンに任せてしまってはバードンに顔向け出来ないからって言ってよ!」


 バードンは知らなかった。

 降って湧いたような危機の最中、裏切りに遭い、その後も危機と苦難は続いた。とにかく目の前の障害を回避することだけで精一杯だった。

 そんな状況では、ミホの裏切りに気を削ぐ余裕などなく、詳しいことは何も知ろうとしなかった。


 一段落着いてからも、ミホのことより娘と仲間のことだけが気がかりで、妻であるエイミの死に悲しむ時間すらなかったのだから、イムリュエンにミホのその後を聞く事はなく、今に至っている。


 だから、リンの言葉は重く響いた。

 少し考えれば、アイツがどんな気持ちで、どんな思いで処刑したのかぐらい理解できたのに。


 ただただ、裏切り者が死んだ、報いを受けた。その程度にしか理解していなかったのだ。


 まさかイムリュエン自身が処刑したとは、思いもしなかった。


「ここまで聞いてやるって言うなら好きにすればいい」


 リンは一息つくと、グラスを傾ける。


「はぁ。信用もしてねえし、死んでる女だし、そんな奴の為に」


 リンはそう言うと弱々しく首を横に振った。また溜め息をつくと、半分程の残るワインボトルを掴み、立ち上がる。


「チビ、お前の部屋どこだ」


 まだ子供のユーリにも、リンは容赦無くメンチを切る。


「え」


「ほらお前の部屋だよ。あんだろ?見せろ」


 ユーリはまともにリンと話たことが無かった。そして、こんなにチンピラ然とした大人に絡まれたこともなかった。


「は、はい」


 ソファーから立ち上がり、ユーリはリンを自室へと案内することにした。

 しんと静まり返ったリビングではワインが尽き、ヨレヨレになったエルフと魔人、リンの怒気に当てられ萎縮しきりの黒ゴマ(アーリマ)がバードンを見つめる。


「あのーボス」


 小さくなっていた黒ゴマ(アーリマ)はやっと見つけた喋る機会を逃さなかった。


「ん?」


「俺は清算すべきだと思うっすよ。公爵様も辛いかもしれないっすけど、全員が向き合う時が来たんじゃないっすかね」


「全員が、か」


「俺だって、トラウマはあるっすよ。なんつーか、まあここでは言わないっすけど、全員が10年前の事について何かしら抱えてるはずっスから」


「そうなのか?」


 バードンは酔っ払い達に水を向けた。


「あーーーどうだろうな」


「どうでしょうねー」


 言いたくないと顔に書いてある。そう言おうと思ったバードンだったが、それを飲み込む。

 お節介焼きのバードンは少し後悔した。


 俺に気を使わせないように、相談しなかったんだろう。エイミが死んでからジナキウは凄く成長した気がしたのも、俺に頼らずに頑張ったからだ。いくら戦争孤児のアーリマでもあの光景を見て辛い体験をしてトラウマにならない訳が無い。

 ワパックは、ワパック?


「んだよ!俺だってそりゃー辛かったさ!」


 ワパックって辛いことあんのかな?と失礼なバードンの思考を肌で感じ、すかさずツッコむワパック。


「はあー。こういうのあんまりガラじゃないから言いたくねえーなぁー」


 苦い顔をしながら遠くを見つめ、真意を話し始めた。


「エルフは長命、人間は短命。種族で見ればお前らが俺より早く死ぬのは分かってる」


 ワパックは粗暴で喧嘩っ早い。リンと似ているが、決定的に違うのは、義理人情に厚いところだ。彼は自分を貶された程度で怒ることは無い。いつも、パーティーの誰かが揶揄される度に彼が矢面に立って喧嘩を買っていた。

 とにかく熱い男なのだ。


「でもよぉ、なんつーか、子供がどうにかなるってのはやっぱりキツくてよ。エルフはお前ら人間よりも子供が出来にくいんだ。産まれた赤ん坊は国中の大人が親戚かってぐらいそこら中で可愛がられる。そして俺からすりゃお前らなんてクソガキもクソガキよ」


「だからどうにか守ってやりたかったけどよぉ、どうにもなんねぇもんだよな」


 誰もがエイミの事だと理解していた。エイミとワパックは反りが合わないように見えていたパーティーメンバーは少し意外にも思ったが、黙って話を聞く。


「ユーリちゃんも母親がいねぇってのはキツイだろうに。エイミの事はあんまり好かなかったけど、アイツの過去を考えれば立派な女だったのは認める。だから、どうにかしたかったんだけどなあ。お前と結婚して…まあ、幸せになれたんじゃねぇかって。俺は長く生きたから、あの時、代わってやれなかったかな?ってよく考えるんだわ。まあ、無理だわな。たかが亜人ごとき、異世界人の箔には勝てねぇわ」


 突然パチンと手を叩いたワパック。


「終わりだ終わり。こんな話するんじゃなかった。ったく、最近酒飲んでねぇから弱くなってんな」


 バードンは何も言えなかった。気の利いた言葉を探していた訳でも、嗚咽で言葉が出なかった訳でもない。自分を支えてくれた仲間たちが、苦しんでいた事に気付けなかったのかと、不甲斐なさを呪っていたからだ。


 自分は過去と向き合わず逃げてきた。なるだけ思い出さないようにと遠ざけてきた。それは1つの選択肢として適切だろう。だが、仲間達と同じ目線に立つ事が出来なかった事が悔しかった。

 皆が苦しむ中、1人逃げてきたバードンは、この感情を処理しきれずにいた。


「患者さんもそんな顔するんですよ」


 ジナキウは、唐突にバードンへと言葉を投げる。


「ああしとけば良かったかなー先生、そんな事ばかり言うんです」


 ジナキウは顔を覆う黒い帯を解いていく。露わになるのは鱗に蛇のような鼻、鋭く細い瞳孔。パーティーメンバーには見慣れた顔である。


「久しぶりに取りました。ヌアクショットは亜人差別が比較的無い街ですが、この見た目では住みづらくて。それに私は魔人ですからね説明も面倒だからずっと付けてたんです」


 にこやかに語るジナキウは、顔に巻いていた黒い帯をバードンへと手渡す。


「過去は変えられませんから今から変わりましょう。って、患者さんには言っているんです。言葉1つで変わるほど甘くはありませんが、こうやってこの顔を見せると皆分かったと言ってくれるんです」


 バードンの手に握られた黒い帯。ジナキウと出会った頃にあげた、なんの変哲もないただの帯。


「魔人は有名ではありませんから、皆さん私のことを亜人だと思っています。差別されてきた、大変な苦労を持つ亜人先生って事で、この顔には含蓄があるんですって。この顔が役に立ったんですよ」


 常に全身を覆うのは、危険を遠ざけるため。寝るときも必ず全身を隠す。無用な争いを避けるため。


「すみません。私の事ばかり。バードン、あれこれ考えずに貴方のしたい事をすべきです。それをとやかく言える人なんてこの世にひとりとしていませんよ」


「全員に迷惑かけることになるかもしれないんだぞ?」


「今さらですよ。ここにいる誰もが10年前に囚われています。だから乗り越える為に私達を引っ張ってください。バードンがリーダーなんですから」


 なんか上手いこと言い包められてるのは分かっているが、お節介なバードンにこの言葉は、大きな燃料となる。


「まあ、うじうじ考えても仕方ないよな。イムリュエンには悪いが、俺は動くぞ」


「公爵様に何かあれば、私達でどうにかすればいいんですよ」


「貴族のゴタゴタに首突っ込むのかよ。10年前と同じじゃねぇか」


「そんな事ないっすよ。ただの貴族じゃなく命の恩人の貴族っすから。昔とは大違いっすよ」


 バードンは3人の顔を見る。全員がふざけた奴らで、何かしらの面倒を背負っている、ハズレくじのメンバー。どこのパーティーにいってもどうせ貧乏神だと揶揄され除け者にされるような面々。


 ひとりが仲間のために動けば、全員がひとりのために動く。それを平気でするような奴らだから、ハズレボンビーは最強であった。


「悪いがお前ら、俺のわがままに付き合ってくれ」


 3人は首を縦に振る。誰もが待ち望んだ、パーティーの再結成にニヤケ面を隠せる者はいなかった。


 ※※※


 朝、食材のメモを取りにタカダさんの部屋へと向かうバードン。

 扉の下にあるメモを取り内容を確認した。バードンも多少料理をするので材料を見ればどんな料理が出てくるのかある程度予想は出来る。しかしタカダさんは異世界人。たまに奇天烈でうまい料理が出てくることもあるので、今から楽しみであった。


 買い出しのため、めちゃくちゃなままのエントランスホールに向かった。大暴れの名残りは、1日経っても熱を帯びている。ダンジョンに頼めば一瞬で解決してくるのは分かっているが、それは控えている。ユーリとやけに仲良くなったダンジョンのジョンが、何を考えているか分かっていない為、一度距離を置きたいのだ。


 エントランスホールを抜け、外に出るとまだ暗い。現在朝4時半。日が昇るまでまだ時間が掛かる。森の中というのも暗さを際立たせる要因となっている。


 周囲の木々を確認しつつ格子状の門へ到着。一応、魔物への警戒をしていたのだが、滅多に表れないのであまり心配してはいなかった。それよりも人目を避けたいアウトローな人間がフラフラ辿り着いてしまう場所なのでそちらの心配の方が大きいのだが、今日はいないようだ。


 森と街とを隔てる更地を抜け、ゴミ集積場を抜ける。ちらほら人が見えるが、特定の住処を持たない方々がゴミを漁ったり、持ち場からゴミを運んでいるのだ。バードンはその方々へ会釈をしつつアールガウの3区で一番大きい市場へと向かった。ほのぼの郷があるのはマルブリ―ツェ州のアールガウ市。アールガウ市は1区から3区まであり、ほのぼの郷は南側の3区に位置する。アールガウの中では治安が悪く貧しい地域だが、平民のみが居住し高貴な方々が通ることも無いのでその点では安心と言えなくもない。


 てくてくと30分程かけ3区の大市場へと到着。味のある「三区市場」の看板が掲げられたゲートを抜け、まず最初に出迎えるのが野菜や果物等、農家の多い3区ならではのラインナップを全面に押し出したエリア。

 もちろんそれだけではなく、魔物肉、動物肉、野菜、果物が並び、小さな川で獲れる川魚も少しだけお目見えする市場内で、メモに記載されている食材を探す。


 ・サラバモウのヒレ肉

 ・ジャバニカ米

 ・マチジャケ

 ・ティケンドパバントマト(熟してるやつ)

 ・コワモテガチョウのミニタマゴ

 ・アールガウトリプルワイン(白)


 更にその下には説明まで書いてあった。


「ステーキとパエリアとサラダにスープ、ワインという構成で料理を作ります。

 サラバモウはステーキ。ジャバニカ米からトマトまではパエリア、タマゴはサラダに使用します。ワインは皆さんが飲む用なのでお好みで買ってきて下さい。スープの材料は不要です。量は全てお任せします。余っても問題無いので、余分に買っても構いません。よろしくお願いします。」


「まずは米だな」


 ジャバニカ米は、穀物類を主に取り扱うジャックと稲種(イネだね)、トマトは市場をぶらついて探すとして、コワモテガチョウのタマゴとサラバモウは魔物類を扱うアールガウ精魔肉店に行けばあるだろう。ワインは、酒店か。だとするとチョムトン酒店がいいだろうなと、ある程度の目星を付けておき最適な順路を歩き始める。


 直接宿に卸してもらう事がほとんどなので、あまり買い出しにはいかないが、それでも突発的に不足する材料というものはあるもので、時たまこの市場へ赴いている。


 移動を殆どしていない屋台がずらりと並び、中には布の上に商品を広げる露天商人もいるような質素な市場だが、冒険者や地元民が集う活気ある場所でもある。


 朝早いにも関わらずボツボツといる人を避け、先ずはジャックと稲種(イネだね)を目指す。トマトは恐らく歩いている間に見つかるだろうから、その時買おう。そういう腹積もりで店先に並ぶ野菜達を眺めながら歩を進める。


 すると、一軒のオンボロ家屋が右側に見えてくる。屋台や露天ばかりの市場で一際目立つその店がジャックと稲種稲種(イネだね)である。

 穀物のみを取り扱い、卸をメインにする店なのだが、専門店だけあって店先に出向く客も多い。


 早朝に営業はしていないのだが、そこは契約している店なので無理を言って開けてもらうおうと考えた。


「すみません!ほのぼの郷のオンツキーです!」


 通りに人が歩いていても気にせず、取り敢えず戸を叩きどうにか気づいてもらおうとする。


 少し経つと中からおっさんの声が聞こえ、戸が開く。


「あい」


「あ、どうも。ほのぼの郷のオンツキーです。お米を頂きたくて、売っていただけませんか?」


 平身低頭、申し訳無いと言う顔を全力で作り、懇願する。


「あーいよ」


 眠そうな髭面の男は、踵を返し中へと戻っていく。ピシャリと戸を締めたので、恐らく米を取りに行ったのだろう。


 バードンはどの米か言ってないが大丈夫か?と暫し待つ。

 やはり、大丈夫ではなかったようで、戸から日焼けした髭面が出てきた。


「何の米?」


「えーっと」


 バードンはメモを確認しジャバニカ米だと伝えると、再び戸が締まる。

 開けとけば良くない?と思ったが、早朝営業はしていないのだから、仕方がないかと1人納得した。


 暫くすると戸が開き、重そうな麻布を片手で持つおっさんは、どのくらい?と尋ねた。


「えーっと、20人分ぐらい貰えますか?」


 1つ頷き小分け用の麻布に取手の付いた陶器のコップでドバドバと米を注ぎ込む。チラチラとバードンを見ているのはストップと言えよ?という意味だろうと推測し、こんなもんかというところで頷いた。


「金は纏めて今度貰う。ありがとよ」


 小分けにした麻布を押し付けると、ピシャリと締め静かになった店先。

 いつもより無愛想だが、基本的に無愛想なのでバードンは気にしていない。

 商売人としてどうなんだと思うことはあるが、彼も自分と同じく冒険者上がりの商人なので、多くは言わない。


 お次は肉とタマゴを買いに向かう。一直線の通りを歩くと、肉や魚のエリアが顔を出す。アールガウ精魔肉店は朝4時から開店しており、ショーケースに並ぶ肉は全て魔物肉。冒険者からの買い取りも行うので早朝から開店しているのだ。


「サラバモウのヒレ肉とコワモテガチョウのミニタマゴはありますか?」


「いらっしゃい!どのくらいいるの?」


 ふくよかな女性が店先で愛想良く応える。


「20人分ぐらい欲しいんですが」


「んー、肉はあるけどタマゴは無いねぇ。取り敢えず10個だけなら売れるけど、どうする?」


「じゃあ、それでお願いします」


 麻布には紙に包まれたヒレ肉と、小さなタマゴが入れられバードンへと手渡される。


「あのタマゴは」


「大丈夫だよ!茹でなきゃ殻が割れないからね」


 ハンマーで叩かなければ割れないコワモテガチョウのミニタマゴ。茹でれば鶏の卵の様に割れるのだが、それを知らなかったバードンはタマゴだけ別にしてもらおうと思った。だが言うより早くふくよかな女性に制される。


「ありがとうございました」


「毎度!」


 アールガウ精魔肉店を後にするが、流石に重すぎる荷物。あまり使いたくは無いのだが、造成魔法で台車を造るしか無いと考え、人通りの少なくなった頃合いを見計らい台車を造る。


 造成魔法は物体の核ともいえる真っ白な球体を変化させることで、自分の好きなものを生み出すことができる。

 この球体が小さければ小さいほど、余分な魔力を消費せず緻密な造形を施す事が出来ると言われているのだが、バードンの場合はバスケットボール大。


 一般的にソフトボール大が標準とされており、それを上回るとちょっと魔力を無駄にしてるから改善しようね、と言われるだろう。バードンの場合だと、造成は控えようねと言われるレベルで、何故かと言えば魔力の消費が大きすぎるからだ。非効率すぎるということだ。


 しかし、バードンが造成魔法を使っても魔力切れでヘトヘトにならない。それはバードンの保有している魔力が常人よりも多いからなのだ。


 コソコソと不格好でガタツキのある台車を造り、取り敢えず両腕が千切れそうな重さからは解放された。


 通りを歩くと、小さな魚屋が見えてくる。マルブリーツェには海がなく、海魚の流通は少ない。3区ともなれば尚更だ。この市場にある魚は川魚。山脈から流れる巨大な川の支流で捕れる魚である。魚をメインに扱う商人は珍しく、バードンはその店に目を付けた。通りを歩けばその辺に売ってるだろと、アールガウ市民らしく魚には頓着していなかったのて、幸いであった。


 わりかし綺麗な屋台で、少年は活気よく声を上げていた。


「さかなー!さかな安いよー!」


 少年へと声を掛けるバードン。


「マチジャケが欲しいんだけどある?」


「あるよ!何匹?」


 カウンターの下から木箱を取り出し、ドンと置くと銀色に輝く魚がピチピチと暴れる。


「えっとパエリアに使うらしいんだけど」


「ふーん。一応、一匹を3人で食うのが基本だよ」 


「3人で?足りるの?」


「腹がもたれるんだよ。コイツらは都会魚だかいろいろ溜め込んでるってさ。それが旨味になるんだけど、食いすぎるともたれる」


「ほぇ~。じゃあ7匹貰える?」


「毎度!」


 一匹ずつ紙に包み、麻布入れるとバードンへ手渡す。


「料理の直前に〆てね。コイツら生命力が強いんだけど、死んだらすぐ腐るから。あんがと!」


 バードンは1つ雑学を仕入れ、屋台を後にする。


 チョムトン酒店は市場の一番端、終点にある。この市場で最も大きな店で、立派な店舗を構えている。酒の品揃えはアールガウで一番と言われ、ここになければ少なくともアールガウには無いと言える訳だ。


 ドアを開けると、独特のドアベルが高い音を響かせた。ワインボトル型の小さな鋳物がコルク型の打ち鐘にぶつかるたびに、瓶を叩いたような音がなった。


 小気味良いドアベルの音を聞き、店の奥から身綺麗な片眼鏡の男がやってくる。エスニックな色彩の服に身を包み、足元はサンダル。しかし所作から気品を漂わせる。


「いらっしゃいませ。本日は何をお探しで?」


 ニコニコと愛想のいい接客に、バードンも心が安らぐ。


「アールガウトリプルワインの白が欲しいのですが」


「畏まりました。如何程お求めでございましょう」


「あー、そうだなー。10本頂けますか?」


「畏まりました。少々お待ち下さいませ」


 広い店内には所狭しと酒瓶が並べられ、10段程の棚の最上段は高すぎて何の酒か分からない。ショーケースには高そうな酒がディスプレイされ、値段に目が飛び出る。もちろん安酒も置いてあり、酒樽も幾つか見える。品揃えの良さに感じのいい接客。ここに来て良かったと思うバードン。


 ウロウロと店内を見学していると、奥から木箱を抱えた店主が戻ってきた。


「お待たせ致しました。ご確認お願い致します」


「はい。間違いないです。えっと幾らになりますか?」


「こちらお代は結構です」


「え?」


 殆ど来たことの無いチョムトン酒店で、何故か酒代は要らないと言われれば、当然驚く。


「お客様、ほのぼの郷の店主様ではないでしょうか?」


「え、ええ」


「是非ともうちと卸の契約をして頂ければと思いまして。これは試供品としてお納めください」


 やり手のチョムトン酒店店主、チョムトンは不格好な台車へ木箱を載せるとニコニコとそう告げた。


「あー、そうですね。うちのお客さんは冒険者が多いので、あまりお酒は提供していなくてですね、今後も変わらないと思うんですが」


「左様でございますか。酒で暴れられては困るという事でございましょう?」


「はい」


「それでは、こんなのは如何でしょう」


 チョムトンのセールストークは雨霰の如くバードンに降り注ぎ、取り敢えず考えておきますと言い残しバードンは逃走した。商魂逞しいチョムトンに嫌気が差しつつも、後でリンに相談しようと考える。


 すぐに見つかるはずだったティケンドパバントマトが見つからず、野菜や果物が並べられるエリアを行ったり来たりするバードン。これだけ探して無いのならもう諦めようかとアーケードの出口へと向かおうとすると、店員不在の店が目に止まる。そういえばさっきからいないなと歩きながら見つめていると、ボロ布を頭から被った人影が屋台の後ろでじっとコチラを見つめている。


 店先に並ぶ品は大して高価でもないし、珍品というわけでもない。しかし、治安の悪いこの地域で店員不在かつ怪しい人影が屋台裏で様子を窺っている。


 バードンは仕方無く、店の前へ行き商品を物色しているように装った。すぐに店員が戻ってくるだろうと、野菜や果物を眺めるが一向に戻ってこない。


 怪しい人影は隠れたり身を出したりとどう考えてもヤバいヤツなのだが、ずーっとここに居るわけにもいかないので、そろそろ帰ろうかなと思い始める。


 するとボロ布を被った人影が屋台裏から、バードンの方へと近付いてくる。

 俺の前で堂々と盗もうなんて。バードンは身構えた。


「あのー、何かお探しで?」


 怪しい人影は、店員が立つはずの場所でそう尋ねてきた。


「……いや、あー、まあ」


 めちゃくちゃ怪しいのだ。だが、怪しげな店員というパターンも無い訳ではない。もしかして、この人が店員さん?

 バードンはまさかの展開に思考が固まる。さっきまで泥棒だと思っていた怪しいヤツがもしかしたら店員かもしれないのだ。


「えーっと」


 怪しげな人も、何故かモゴモゴするおっさんに戸惑う。


「あーーーー、あれだ!トマト!ティケンドパバントマトが欲しいです」


 バードンはうろちょろしながら探していたトマトで何とか失礼を回避する。そして返答次第では、店員か泥棒かの区別もつくだろうと後付けの理由で勝ち誇った表情をする。


「ああ、ありますよ」


「え、あるの?」


 いくら探しても無かったトマト。それを当然のようにあるという怪しい人物。

 泥棒なら盗みを働く為にさっさと俺を追い返すだろう。もし店員ならこの辺では手に入りませんとか、今日は入荷していませんとか詳細な情報をくれるだろう。バードンはそう予想していた。


 だが、まさかのトマトあります宣言。

 もう、コイツの正体はどうでも良くなっていた。


「ありますよ。コチラですよね。幾つですか?」


 どっかりと置かれた木箱の中には、冷気を纏った真っ赤なトマトがあった。厳しい雪山であるティケンドパバンの麓で、冷気と甘みを一身に蓄えたこの熟れたトマトこそ、バードンの求めていた物だった。


「20人分!」


 バードンは高らかにそう宣言する。


「あの、お一人いくつ食べますでしょうか。在庫は30個しかないのですが」


 ティケンドパバントマトは普通のトマトに比べ小ぶりである。大の大人が食べるとすれば、3つぐらいはペロリと胃袋へ消えるだろう。


「ああ、20、いやパエリアに使うのか。10個ぐらいで大丈夫です」


 アホみたいな宣言の恥ずかしさに気づいたバードンは少し照れ臭そうにしながらも、麻布に入ったトマトを受け取る。


 その際、怪しげな人物もとい店員の手が目に入り得心した。


「俺はほのぼの郷って宿で店主をやってるバードン・オンツキーといいます」


 いきなりお客さんが自己紹介を始めれば誰だって驚くもので、店員は自分よりも怪しい言動のバードンに目が釘付けになる。


「森の方に行くと、おっきな門があってそこを抜けると宿があるんです。もし何か困った事があればいつでも来てください。ありがとうございました」


 バードンは頭を下げると、そそくさとその場を後にした。


 おんぼろ屋台でぼろ布を被る少女は、唐突に告げられた当たり障りの無い内容に頭を捻る。トマトを買えたのが嬉しすぎて社交辞令を言ったのか、と自分でも納得の出来ない答えを導き出し、屋台の後ろへと下がった。



 ワカチナ連邦王国の中央部は未だに魔界が残り、過去にとても苦しめられた経験がある。その歴史は差別を生みその思想は連綿と受け継がれ、王国内でも亜人差別が特に酷い地域で有名である。


 魔界を州内に有し、王国中央部であるマルブリ―ツェは例に漏れず差別が酷い地域である。その地域で生活する亜人は殆どおらず、いるのは家畜のように人間に所有される奴隷ぐらいだ。当然奴隷に商売などさせるはずもなく、人の所業とは思えないような目を伏せたくなる扱いをされているのが現状だ。


 三区市場でティケンドパバントマトを売った少女は亜人であった。纏ったボロ布から垣間見えた手は、薄い緑の4本指。

 それを見れば誰だって気づく。


 だからバードンは提案したのだ。何かあれば来るといい。いつでも待っているよと。

 市場から出ると人が忙しなく行き交う。そこに亜人の姿は無い。ここは貧しい地域で奴隷を買える者など住んでいないし、奴隷では無く1人のヒトとして住むには過酷すぎる。


 何でここにいるんだろうか。そう考えながら、トマトを売った店員に不幸が起きない事を願うばかりのバードンであった。

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