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22.軍人さんの強さ

「魔物が怯え召喚を振り切って逃げる。滅多にない事ですが、魔人が相手ならあり得る事です。先ほどから私の()で見ていますが()()できません。この2つから人間ではなく魔人、つまり私と同族かと思います」

「マジかよ」


 黄色い眼球をぎょろっと向ける異形は、ゆっくりと口を開いた。


「殺す」


 狼のような魁偉の動きを制約するものは無い。ケププリルは逃げてしまい、爆発で吹き飛んだ四肢が生え揃っているから、完全にフリーになっている。


 バードンは()()を見てからというもの、拘束は困難を極めるだろうと考えていた。魔人の恐るべき点は強力な特質と魔法を使う点にある。

 古来、人間にのみ許されていた魔法は、亜人や魔人といった人型の魔物ともいえる生物の出現により専売特許を剥ぎ取られた。強力な魔法とは、偏に、膨大な魔力を有するという事。


 時間を掛けて疲弊するのを待つことは出来ない。魔力が切れるのは人間であるこちらの方が先だからだ。

 圧倒的な火力で瀕死まで追い込む。人間から異形に代わり、どれだけの攻撃が通用するのか分からない。もしかすると、攻撃が通りやすくなっているかもしれない。かもしれないばかりで行う、高火力での戦闘は、大きな不確実性を伴う。その中で拘束……無理だろう。


 これまでの戦闘経験から、異世界人に次ぐ脅威だと認識している。個体差が大きい事もジナキウから聞いているが、警戒するに越したことはない。


武器棒(ぶっきらぼう)


 ハズレボンビーの移動式武器庫である『武器棒(ぶっきらぼう)』は、各人が得意とする武器や副武器が収納されている。これは造成魔法の指定形態であり、ジナキウの使う『薬箱』と同様の物である。


 指定形態とは簡単に言うと、既に造成された物体である。いちいちイメージして、初めから造る必要がない物体のことだ。


『散れ』


 一声掛けると、開いた和傘型の武器庫から得物が飛び出した。

 ワパックの元には小型のボウガンと弓、ジナキウには生物の皮で出来た巻物、アーリマには2本のククリナイフと玉虫色のローブ、バードンの手には水色の柔らかそうな球体が。


 不本意だが、殺すことを覚悟しなければならない。万が一にも、呼びかけに応じた仲間たちが死ぬなんて、あってはならないから。


 でも最後まで諦めない。


 気炎を上げたクーさんが踏み出した。


 目で追えない速さで距離を詰めてきた。

 前よりも速い!

 眼前の獣はギラついた視線で、こちらを見ている。分かりやすくてありがたい限りだ。

 水色の柔らかな球体を顔の前に軽く投げると、毛むくじゃらな拳とぶつかった。ポムンッと奇妙な音を立ててようやく視認できた程の素早い一撃。

 姿が変わって格段に速くなっている。目で追う事すらできない。


 水色の球体がぐにょりと伸び、またもや攻撃を防ぐ。

 腹部への蹴りだった。ミチミチと伸びきった水色の球体が守ってくれたのだ。

 これは……想像以上ヤバくないか。


 一方的な趨勢を仲間達が黙って見ているはずもなく、後方から粉末が舞った。

 ジナキウが催眠草(チプノスル)を撒いたのだろう。助かるわ、さすが賢智士(セージ)


 ピンクの煙がモクモクと立ち昇り、クーさんが後ずさりした。顔面に直接粉を掛けられたのだから、効くだろうな。ちょうど良い目くらましにもなった。

 オールラウンダーである自分が前線に出るのは、相当特殊な状況だけ。目下はその特殊な状況だ。前線で戦うのはエイミだった。ワパックは近距離から遠距離まで全てのレンジに対応できるが、得意とするのは後方からの射撃。近距離戦闘は誰かメインがいてこその奇襲が主だった。

 エイミがいないパターンはどう考えても特殊だ。だからこそ、防御に徹するタイプの自分が前線で張り切らないといけないのだ。


 催眠草(チプノスル)が効くと、無抵抗の案山子になる。だが意識が完全になくなる訳ではない。夢遊病患者みたいにぼーっと立っているだけで、外界からの刺激には反応するし、深層心理に眠る何かが出てくる場合もある。

 最悪なのは、戦闘狂の場合だ。催眠草(チプノスル)を吸い込んでもめちゃくちゃに戦おうとする。


 水色の球体を頭に乗せて、キャスケット帽をイメージした。まあ頭に乗れば何でもいいのだが、これが似合うと昔言われたので、何となく。水色の帽子が完成するとピンク色の煙の奥から影が飛んできた。


「くっ!」


 上体を逸らして影を避ける。

 一瞬見えた影の正体は、毛むくじゃらの脚だった。戦闘狂の類ではないだろう。まったく効いてない。

 その証左に、晴れた煙の先で黄色い目玉がこちらを凝視していた。


 ヒュンッ!


 風切り音がすると、怪異の腕に矢が突き刺さった。

 ワパック、ナイス!


 ただのボウガンでは効き目が無くとも、ワパックが持つのは特注の弓とボウガン。放たれた2発目3発目がエントランスホールの頑丈な壁面にグサリと刺さる程の威力だ。


(どん)


 クーさんの脇腹がグニョりと沈み込んだ。

 玉虫色のローブが姿を隠して不覚の一発を与えた。あの攻撃はアーリマだ。


鈍重(どんじゅう)

 バギッ!


 更なる一撃が脇腹に波紋を広げた。クーさんは体をくねらせて、嫌がる素振りを見せている。

 しかし逃げられないだろう。ワパックが矢を放ち、動きを封じているからだ。


(えい)!』


 折れた肋付近に血飛沫が舞った。アーリマ愛用のククリナイフが、クーさんの皮膚を切り裂いたのだ。

 過剰なまでに執拗な攻撃が、脇腹にダメージを蓄積していく。


 苛ついたのか、唸りを上げると裏拳で後方を殴りつけた。

 スカした。アーリマの勘も鈍ってはいないようだ。

 クーさんはよろめきながら、バックステップで距離を取る。


「さっさと来い。テメェらをここまで連れてくるのにも金が掛かってんだよ!働け!」

「ん?」


 追撃の魔法を掛けようかとしたら、リンの怒声がエントランスに響いた。

 振り返ると、魔石に向かってツバを飛ばしている。いくら暇だからって、今?少し呆れながらもクーさんに焦点を合わせ直すと、その奥に人影が見えた。


 宿の玄関口からやってきたのは、仰々しいモーニングコートに蝶ネクタイ、山高帽を被り、ピカピカに磨かれた黒い革靴の3人組だった。


「姉御、呼び出しが遅いです」

「るっせぇ!呼ばなくても状況見て来いよ、ハゲ!」

「フフフ、この通りフサフサですが?」

「チッお前、後で覚えとけ」


 リンの部下か。あの風体、間違いない。

 先頭を歩く男は、エントランス中ほどまで進むと恭しく一礼し帽子を被り直した。そして、クーさんの咆哮よりもでかい声で叫んだ。


「ホロトコ一家が若頭!そこなバケモンを殺るんで、あんたら手は出さねぇでください」


 ホロトコ()()?リンに家族はいないはず。団体の名前がホロトコ一家なのだろうか。

 うーん、何かダサくない?マフィアならもっと荒々しい名前がいいだろうに。ほのぼのしてるなー。


 口が裂けてもリンには言えない失礼なことを考えながら、山高帽の3人の動きを注視する。視界の端にいるクーさんも、どうやら戸惑っているらしく、目をギョロギョロさせて忙しない。


 一時の休息だった。

 静まり返ったエントランス。

 その中で動いたのはクーさん。

 増援が厄介だと思ったのか、早めに潰そうと動いたのだろう。


 1歩踏み出し、例の歩法で山高帽に襲いかかる。


「あっ!ガードッ!」


 残像の彼方、山高帽の直前にクーさんは迫っていた。間に合わない、謎の動きを説明する時間はない。とにかくガードしろと叫んだつもりだった。


「どこのもんだ?ククルーザ・スパワ」


 ニヤリと笑いながら、そう言った。

 驚きも恐れもない。口角を吊り上げて、世間話でもするように尋ねたのだ。

 これだけで、心配は杞憂だと悟った。マフィアにこんな肝の据わった奴がいるなんて。A級冒険者でもこんな奴はいないだろう。マフィアなんて勿体ない。


 興味はその強さに移った。

 対ギルドの危険を排除するため、ピルドを送り込んだが取り越し苦労だったかもしれない。

 胆力の裏にどれ程の力が隠れているのか知りたくなった。リンの部下がどれだけ強いのか知るにはいい機会だろう。それに、休ませてくれるのは有り難い。久しぶりの戦いで、疲れが溜まっているのだ。たぶん寝不足も原因だと思う。


 ニヤケ面のまま、素早いパンチがクーさんの腹に当たった。素早いと言っても、視認できる程度に速い。クーさんの攻撃は目で追えないほど……。


「ゲフッ」


 ――――効いてる?

 あのパンチが?魔法、だよな。それ以外考えられない。生身のヘナヘナパンチで、クーさんがくの字に曲がる訳がない。


 遂にクーさんが膝をついた。その光景が衝撃的で言葉を失った。見た目には、ただの腹パンだったのに。あんなに苦労した俺達の作戦は何だったんだ……。


 ※※※


 目は辛うじて敵を見据えつつ、重くなった体は膝をついてしまう。

 口から空気が漏れ、うまく呼吸ができない。自分の体は改造され、あの硬塊木(ブロックウッド)よりも硬いはずなのに。


 更に、士官だけに施された、自身の起源魔力のリミッターを外し、身体構造を変容させることで戦闘に特化した体に成ったはずなのに。


 何故ただの人間にやられるんだ?何故だっ!


「おーい、どこのもんだ?って聞いてるんですがー?」


 まさか――――。


「お前も軍人か」

「今更ですかい?さっきから所属を聞いてたでしょうが」


 てっきり、どこのマフィアかと尋ねられていると思っていた。


 クソッ、相手が軍人ならば闘い方を変えないとまずい。A隊の人間は諜報・工作が主任務。戦闘技量の伴わないハリボテだ。改造されているといっても、格闘技能が向上した訳ではない。起源魔力という"命"を削り、力を手に入れているだけだ。一時的に。


 A隊以外の武隊ならば、間違いなく強い。卓越した対人格闘技能を持っているだろう。そんな強敵に真正面から戦闘を仕掛けることはない。交渉・暗殺等、時間を使うべきだろう。

 状況が許すなら、という条件付きだが。

 搦め手から攻めるにもその情報が無い。

 何者なんだ。


「お前こそ、どこの所属だ」

「フフフ、急に会話する気になったのは、何かの策ですかい?」


 入口付近では、刀を抜き投擲の構えをする者。もう一人は魔法で造り出した槍で狙いを定め、すぐにでも投射しようとしている。

 取り付く島もないのか。


 追い詰められたこの場から、逃げる算段を必死に考えていた。軍人を相手にするのは想定外だ。そして人数、分が悪い。

 ここで捕まるか殺されれば、耐えて飲んだ辛酸の意味がない。これまでの人生が無駄になってしまう。それだけはダメだ。必ず果たさなければ。ここは逃げるべきだ。


 リミッターを外しているから魔法は使えない。もし使えばいつ死んでしまうか分からない。リミットの分からない時限爆弾なのだ。

 脇腹が痛む。肋骨を折られて、呼吸が辛い。目の前の男が繰り出したあのパンチ。鳩尾に軽く触れただけで、臓物を揺さぶられた。


 勝てない、逃げろ!


 こうなれば最後の手段だ。


 ヒュンッ!


 挽回の策を実行しようと、目に力を戻したその時だった。

 無駄な動きを排除し、ただ真っ直ぐに左肩へと迫る刀剣。

 避けようと立ち上がるも待ってましたとばかりに槍が飛んでくる。


 マズイ。


 入口の方から一点に収束するような軌道を描く2射は左右どちらかに避ければ受け入れずに済む。

 だが目の前には元軍人の男がいる。コイツが避ける事を許容してくれるはずもない。


 一瞬の思考が判断を遅らせた。


 目の前の男の行動を予測できなかった。どうすれば?固まった思考に迫りくる刃。呼吸が乱れ、今になって思考を巡らせるが、時も同じく巡る。


 確信はない。とにかく動けと、左へ傾いた。重心を僅かに移した刹那、蝶ネクタイの上ではニヤリと笑ったように見えた。


 刃を避けるように移動し始めた。視界の切れ間にいた、山高帽がいない!?

 残像すら残さず、正面に立っていたのは、奴だった。

 巧みな歩法でふわりと先回りされのだ。

 方向転換する時間は無い。もう間に合わない、突っ込むしかない!


 戻りかかった呼吸のリズムを感じ、フッ、と気合を入れ体当たりを試みる。避ける為だけの不安定な足元では、攻撃には心もとない。ならば余計な事はせず一意専心するのみ。


 ドスッ――――。


「あんた、本当に元軍人ですか?」


 避けた、はず。

 血濡れた刃が左肩から生え、左脚に力が入らない……。


「追尾するって思わないんですかい?ありゃまあ。さすがA隊だあー」


 思わなかった。感が鈍くて、悪かったな。

 突進の勢いも相まって、視界が前のめりに沈んでいく。

 カツーンと素早い蹴りが顎に当たり、意識が遠のいて……。


 ゴズッ!バギッ!


 奇怪な音と衝撃が意識を引き戻した。

 目に映るのは高い高い天井。ぼやりとした優しい明かりの天井で、その側からニヤケ面が拳を振りおろしている最中だった。


 ゴンッ!


 明かりに朱が混じり、全てが真っ赤に染まる。また拳が……。


 ゴギッ!


 終われない、終われない。

 ミホの苦しみに比べれば、この程度でくたばることはできない。歯を食いしばり、寝返りを打つように藻掻く。


「待ちなさいよ、ククルーザ・スパワ」


 頭を押さえつけられ、手脚を動かそうとも進まない。


「姉御、殺りますか?」

「ああ」

「待て!待て待て!殺すなって約束しただろ!」


 バードン……。


「では失礼します」


 済まない、ミホ。俺はお前に何もしてやれなかった。本当に済まない……。


 ニヤケた山高帽は、拳を振りかぶった。


「待て!」


 正直、その強さに驚いていた。終始圧倒している山高帽の男に、これと言って目立った技能はない。クーさんより素早いわけでも、魔法を使っている様子もない。

 ただ一つだけ、この場の誰よりも優れているのは、攻撃をすべて見切る目だろう。

 クーさんと戦ったからこそ、彼のスゴみが理解できた。


 そんな彼が、トドメとばかりに拳を振り下ろしたのだ。

 この距離、間に合わない……。

 老化、運動不足。たるんだ体に引っ付く足では、届かない。昔なら間に合うのに。


 哀愁が滲む36歳は、水色のキャスケット帽を摘んだ。

 走るのが無理ならとばかりに、キャスケット帽をフリスビーのように放り投げた。

 手首のスナップが効き、風を割いて一直線に飛んでいく。


 コントロールは衰えていなかったようで、ちょうど振り下ろした拳とクーさんの顔の間にスルリと滑り込んだ。


 ポムッ。


 岩盤をも砕くハンマーのような拳は、キャスケット帽に遮られる。

 強烈な衝撃を吸収し、クーさんの頭部を守ったのだ。


 しかし山高帽の男、諦めが悪かった。

 水色の奇妙な物体が飛来して、一瞬だけ驚いた表情を見せたが、間髪入れずに次の手を打った。

 全体重を乗せて、掴んでいるクーさんの頭を地面に押し付けだしたのだ。


 まったく。殺さないという約束はどこにいったんだよ……。

 やはりそこはマフィアなのか、殺人に躊躇いがない。パキリと床が割れ、ミシミシと音がする。地面の音か、骨の音か。

 聞き分けている場合じゃない。


『代われ!』


 頭の中で命令すると水色のキャスケット帽は、頭をがっしりと掴む手の間に滑り込み始めた。形を変え厚みを変え、頭と手の僅かな隙間に入り込む。

 軟体動物のように、グニグニと分け入ると、緩衝のためか厚みが増していく。それどころか風船のように膨らみ続け、強情な手を引き剥がす勢いだ。


 あの道具の特性で、もう攻撃は通じない。地面に押しつけても力は伝わらないし、キャスケット帽を引き剥がそうとしても指からすり抜ける。


「面白い物ですね。バードンさん」


 ニコリと笑みを見せる山高帽の男。そこに温かみはなく、戦闘で温まった体でも薄ら寒さを覚える。端正な顔立ちで彫刻かと思うほどの美形が、気味悪さを際立たせている。


 確かに面白い()()()()()だと、俺も思う。ダンジョンにはいない魔物で、極端な場所にしか棲息していないという変な魔物、スライム。大山脈の尾根、寒冷地帯、深海、マグマ溜まり付近、魔力滞留地点など、人間が生活できない危険な場所に棲んでいる。

 完全に無害で、一切攻撃してこない。生態は謎に包まれていて、見た目が涼しげで可愛いという以外に、知られていることはない。

 スライムが攻撃してこないからと言って、簡単に始末できる訳ではなく、攻撃が通じない分、殺すのは大変難しい。


 殴っても力を吸収され、剣をぶつけても柔らかく弾かれ、燃やそうが凍らせようが、毒を撒こうが水に浸けようが、ぷるんと生きている。


 人と関わらず攻撃もしてこないので、誰も殺そうとは考えないのだが。


 そんなスライムの死骸を運良く手に入れ、今はクーさんの命綱。


「リン、殺すなって言っただろ!止めるよう言ってくれ」


 振り返りざまに怒鳴ってみたが、リンは無表情で腕組みしている。禍根は残さず払拭する。その方がいいに決まっている、とで言いたげで、どうやら心変わりする気はないらしい。


「お前が気に病む必要は無い。私に任せておけ」

「リン!さっき話しただろう?俺は知りたいんだ」

「そうか。おい!さっさと殺れ」


 聞く耳すら持たない。こうなったら梃子でも動かせないんだよな。

 昔の話だが、リンが喧嘩を売った相手が商人の息子で、その商人というのが地廻りのマフィアと顔見知りのやばい奴だった。

 幸い、マフィアがまともで殺されはしなかった。子供の喧嘩を本気で仲裁するほど暇じゃなかったらしく、お尻ペンペンだけで済ませてくれた。


 ただのお尻ペンペン。逃げずに受けていれば終わる話なのに、マフィア相手に大立ち回り。でも喧嘩は弱いので、すぐに捕まってお尻をペンペンされた。

 何故か俺もされた。

 その時にマフィアがポツリと呟いた言葉こそ、コイツを表すに相応しかった。


「正しいと思ったら絶対に折れないんだな。そんな独りよがり、いつか誰かに迷惑をかけるぞ」


 物凄く迷惑だ。


 こんなに迷惑そうな顔してるのに、意に介さないのがアイツだ。

 長い付き合いだから、絶対に俺の心情を理解しているはずなのに、顎をシャクって合図を出しやがった。


 呼ばなきゃよかった……。


 今さら後悔したって遅いのだが、頭を抱える代わりに大きな溜め息をつくと、後ろで呪文が聞こえた。


命よ還れ(デディセスムエル)


 ――は?


 今のって……。


 ――は?


 魔法好きと師匠の激しい教育のお陰で、数少ない固有呪文の魔法は全て暗記している。


 今のがまさにそれだ。


 ――古代魔法。

 その中でも致死に分類される魔法だ。

 人間という種が絶滅に追いやられそうになった大昔に生み出されたという。


 この大陸においては、長らく禁止されている兼ね合いもあって、そもそもこの魔法を知っている者は少ない。大昔に比べて平和な時代で、こんな魔法を使う必要がなかったから禁止にされた。ただの一般人が知らないはずの魔法。


 忌避され、時代の陰に追いやられたはずの魔法を躊躇いなく使ったのだ。


 魔人なら確実に死ぬだろう。


 やりやがった。そんな思いで山高帽の男とクーさんを視界に捉えた。

 こんなにも呆気なく、人の命を奪うなんて。


 スライムの死骸に頭を包まれたクーさん。山高帽の男に気負いや罪悪感は微塵も感じられず、静まり返ったエントランスの中央でクーさんを見下ろしている。


 ――――ん?

 少しだけ、クーさんが動いたように見える。

 気のせいだろう。致死魔法を受けて生き延びる事はできない。確実に死を齎すのが致死魔法だから。


 ――――――んん?

 いや、やっぱり動いてる、よな。


「ん?何でだ?『命よ還れ(デディセスムエル)』」


 山高帽の男も異変に気づいたのか、もう一度魔法を掛けた。


 ――――――――やっぱり動いている。生きている!?


「お前は人間、なのですか?」


 困惑の表情で、とぼけたことを聞く山高帽の男。しかし、至極まともで真剣な質問だった。


 古代において使われた魔法で禁忌とされるものは、人間の外敵、つまり人間以外にしか使用できないものであって、人間に使っても効果はない。過去の実験によって証明されている。


 つまり、床で這いずるのは人間であって、亜人や魔人でない。


 しかしジナキウは言った。彼は同族だと。

「目で見ても理解できない」とはジナキウが持つ特性でも看破できないということ。

 一体全体何が起きてる……?


 一時の思案に暮れていると、山高帽の男は手を離した。

 やっと諦めたか……なんてそんなはずはない。

 少し距離を取ると両手を翳して魔法を放った。


『送り火』


 頭部に引っ付くスライムごと、クーさんの体に大炎が纏わり付く。


 ホント、命令に忠実な部下だな。殺人だろうがお構いなしか。

 いい加減にしてくれよ。


『静、水玉』


 炎を止める『静』の魔法と、燃えた体を冷やす『水』を使った。

 大きく揺らめいていた炎はしぼんでいき、ジュッと音を立てながら大きな水玉がクーさんを包む。


 水の中で浮いているクーさんは、ピクリとも動かない。

 当然か。左肩には剣が突き刺さり、右太ももは槍によって分断され、さらには無抵抗で殴られ続け、大炎で焼かれたのだ。

 早急な治療が必要だ。


 小走りでクーさんの元へ向かいながら、ウエストコートから丸められた陣紙を取り、グッと握りつぶす。


 ぶわりと青色のドームが広がると、狼の体がフワリと浮き上がった。 


 意識不明の患者を治療するには、いくつかのステップが必要で、このドームが肝となる。

 人間に備わる魔法への自動防衛機構を錯覚させるためのものだ。

 そして幸いにも、ここには凄腕の医術者がいる。


 このドームを教えてくれた、ジナキウだ。


「ジナキウ!」

「はい!」


 阿吽の呼吸で、彼女は察してくれた。後方から慌てた足音がする。

 ここまでお膳立てして、さらにジナキウの技術さえあれば死ぬことはない。


 邪魔がなければ。


「ちょいと失礼。邪魔するなら戦闘不能にしますが、いかがしますかい?」


 やはり、コイツだ。

 ドームの中にズケズケと割り込んできた。

 クーさんを挟んで、視線が交差する。


「死なれちゃ困るんだ。失せろ」


 語気を強く男に告げるが、取り合う様子は無い。


「おい!オメェら2人で殺れ。突っ立ってんじゃねぇ」


 眼前の男が指示を出すと、入口で腕組みしながら仁王立ちしていた2人が動き出した。


「バードンさん、それと、そこな亜人さん?悪いですが引っ込んでてください」


 碧く鋭い眼光は、お前達も殺ってやろうか?と脅迫を含む。


 バチバチと交錯する視線の最中、ズルリと剣が動き出した。

 左肩に深く突き刺さる剣は、風で血を洗いながら玄関へと飛んでいく。


 ヒュンッ――。


 どこかに転がっていた槍も、風を切って玄関へ。


 暇そうに腕組みしていた2人が、得物を握りしめた。


「なあ、ヨサク。これが貫通したってことは、殺せるってことだよな?」


「だろうなジンパチ。頭を胴から切り離せば死ぬのが相場だ。軽く殺っちまおう」


 ヨサクとジンパチは、コツコツと革靴を鳴らしながらドームへと近づいてくる。

 また、一悶着ありそうだなと身構えるハズレボンビーの一同。


 張り詰めた空気が流れた。ここまで近づけば動くぞ。無言の意思疎通で、ハズレボンビーの全員がその時を待った。


 コツコツ――。


 すると、革靴のリズムを崩すかのように、外の方からガシャガシャと音がした。


 鉄靴と金属のぶつかり合う音。


 その正体は――


「騎士団だ!バードン・オンツキーはいるか!?」


 玄関から顔を出したのは、フルプレートアーマーに身を包んだ、男達だった。


「……ちっ。クソ狗共のお出ましか」


 バードンから視線を逸し、後方を一瞥した山高帽の男は、端正な顔を歪めた。

 騎士団は、州の管轄の行政組織でありいわば警察のようなもの。


 その権力の前で堂々と殺しますか?その問いを孕む視線が向けられた先は、リンだ。


 騎士の登場に、リンはあからさまな態度を見せた。苦虫を噛み潰したような、忌々しげな目つき。

 部下からの問いに対しては、逡巡する間も無く、弱く首を振って見せた。


「どうぞバードンさん」


 山高帽を胸に当て頭を垂れると、バードンを横目にリンの元へと歩いていく。

 部下の2人も武器を収め、山高帽の男へとついて行った。


「オルキスさん!こっちです」


 バードンは手を挙げ、今来たばかりの騎士へと告げる。


 先頭の騎士は後ろに連れていた者達へ何やら指示を出すと、いかついヘルムを小脇に抱えた。いかついヘムルの下にあったのは、いかつい痛々しい顔。それは、つい先日ほのぼの郷を検査した、ダストン・オルキスだった。


 猛牛を宥めるカウボーイの登場で、治療を妨げるものはなくなった。

 バードンとジナキウは、ふわふわと浮かぶクーさんを観察する。

 グレーの毛は燃えてしまい、分厚い皮膚は焼けただれている。見るも無惨な有様だ。

 頭部を覆う水色の物体だけは健在で、何事もなかったように、ぷるんとしている。


「これどうにかなるか?」

「予後は保証できません。確実に障害が残るでしょう」

「生きられるんだな?」

「なんとかしてみます」


 治療に取り掛かるジナキウの表情は固い。

「なんとかしてみる」と、一命について断言しなかったのは、きっと不確実な因子が多すぎるからだ。

 人間か魔人か、それ以外の生物か。もはや誰にも分からない。つまるところ、未体験の暗中を模索しながら、命を繋ぎ止めようとしているのだ。


 これ以上何かを言うと、集中を削いでしまう気がして、バードンは黙って見守るに留めた。


 すると折よく、ダストン・オルキスがやって来た。

 バードンの隣で治療中のクーさんを見下ろし、ボソリと言った。


「説明しろ。1から10まで全てだ」

「……分かりました」


 バードンは滔々と語った。今日起きたことのあらましを。

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