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21.ハズレボンビーとリン

 ニュルッと空中から出てきたのは和傘のような白い物体。

 石突がコツンと床に着くと、胴が開いた。骨組みで6つに区分けされたその中には、高価な弓や錆びた剣等の武器と硬貨やシルクのハンカチや便箋に、丸められた陣紙がペタペタと張り付いている。


 その中から丸まった陣紙を2つを取ると、1つはアーリマへ、もう1つは自分用に持ち、和傘の柄を握る。

 コイツは武器棒(ぶっきらぼう)という俺の魔法だ。イメージを伝えれば、触らなくても閉じることができるのだが、クーさんとの戦闘で、魔力操作に対する自信が失せかけていたので、今回は触れてみた。


 バシンッ!


 ちゃんと閉じたから、魔力操作は問題ないか。怪我も治ったし、体内で循環する魔力もちゃんと感じられる。大丈夫だ、これで本気を出せるな。


「久々だな。じゃあ行こうか」

「うっす」


 筒状に丸まった紙を広げるて、元の形である正方形に戻す。描かれているのは転移の陣。

 このダンジョンを攻略したその昔。何か使うかもと設置した転移陣と対を成す陣が描かれた紙だ。

 その紙を握り締め地下へと転移した。


 あの日契約を交わした、最奥の間へと。




 黒い空には巨大な太陽が嵌め込まれ、揺れる水面には美しい月が煌めく。天と地の間には不可視の地があり、何人もの冒険者が幻想的な光景に息を飲んだ場所。

 そこに設置された転移陣へと2人は降り立った。


 グォォォ。


 大型獣の唸り声のような音が響いた。

 太陽が広がり、雲のように天を覆う。

 月が赤く溶け、水面が大きく揺らめく。


 轟炎――――。


 油に点いた火のように、一帯を赤く染めた。

 天地の赤炎が渦を巻き始め、鞭のようにしなる。

 上下から火炎竜巻が発生し、2人の異物へと迫った。


「毎度、魔力の無駄遣いだろうに」


 バードンがぽつりと呟いた。


 その言葉すらも飲み込むように一層のうねりを上げて、2人の体に触れようかというその時。


 ぴたり、と静止した。


 首をもたげたまま時が止まったように固まり、頭から徐々に氣勢を失っていく。

 鼻先から黒煙があがり、仄白く熱を失い、煤けた灰がハラハラと舞い散った。

 一瞬で朝から夕暮れまでを巡り、消えた照り。

 刹那に時節が過ぎ去り夏に贋の雪が降る。


 煌々と居座っていた太陽が、今では小さく鳴りを潜め、優麗な朧月は深い影に身をやつしていたのだが、舞う贋物の雪を吸い込み膨れ上がっていった。ぷくりぷっくりと腹を肥やして、幻想的な色味を帯びていく。


 天の暗黒、地の闇池に輝耀が戻った。


「慣れないっすね」


 目を輝かせ、嬉しそうにボヤいたアーリマ。


 すると2人の足元に転移の魔法陣がじわりと浮かび上がった。外周を白く縁取り、内側の複雑な造形へと侵食するように。


「邪魔になるから離れよう。そろそろ来るはずだ」


 誰も居なくなった転移陣は、最後のピースが繋げて、一層の輝きを放った。

 人影が一つ、また一つと現れ、最後には険しい表情の女性が降り立ち、転移陣の光が穏やかになる。


 待っていたとでも言うように、彼女らの上下から大蛇のような火が迫ったが、またもや取り越し苦労であった。しゅんと勢いを失くして、灰になって消えていく。


「お久しぶりですバードン」

「久しぶりだなージナキウ」


 全身黒尽くめで、見えているのは目だけ。相変わらずの徹底ぶりだ。


「挨拶はいらねぇなバードン。さっさと説明しろ」


 エルフなのに口が悪い。エルフなのにはしたない。エルフなのに人間の友達が多い。

 エルフ界の異端児、ワパック。なんだか不機嫌そうだ。それもそうか、いきなり呼び出したんだし。


 リンは口を真一文字に結び、いつにも増した渋面だ。腕組みした袖の下では入れ墨が黒く輝いている。ダンジョンを警戒しているのだろう。


 思い出話に花を咲かせたいが、そんなことをしたら、喧嘩上等のワパックとリンが飛びかかってきそうだ。早速、事情を説明することにした。


「ククルーザ・スパワという名前に聞き覚えはあるか?」


 リン以外が首を横に振る。


「うちの従業員なんだが、本人曰くミホ・ジングウジの婚約者だったらしい」


 ミホ・ジングウジと聞いてワパック、ジナキウは顔を曇らせる。

 当然だ。

 エイミを裏切り、俺たちを陥れた者の名前なのだから、忘れるはずもない。


「処刑された恨みがあって、リンとイムリュエンを殺すと言っていた。処刑に関与した2人を止められなかった俺も殺すそうだ」


「はあっ!?ただの逆恨みじゃねぇか、ざけやがって」


「まあそうなんだが、助けてもらった事もあっただろ?それを仇で返すのか?ってさ」


 ワパックは首を振って苦い顔をしている。全く納得がいかないらしい。


「ユーリちゃまはどこだ?」

「ちゃま……。安全な場所に避難させてるから大丈夫だ」

「ひとまず良かった。で、元気なのか?」

「――ああ、まあ普通に元気だぞ」

「寂しがってないか?俺の優しさを求めて枕を濡らしたり……」


「ユーリさんの話は後にしましょう。バードン、恨まれていることは分かりましたが、我々は何をすれば?」

「クーさん、えっとスパワを拘束する手伝いをしてほしい。俺はコテンパンにやられてさ、アーリマもこの通りだから、皆の力を貸してほしい」

「本気でやってコテンパンにされたのですか?」

「――いや、本気を出す前にやられた。何というか勘が鈍ってたな。やばいと思った時には遅かった」

「効率優先。相手に合わせて力を制御する。悪い癖だとエイミが言っていたでしょう」

「ああ、うん。頼むから説教は勘弁してくれ。反省してるよ。それでだな……」


 久々の説教に嫌な気はしなかった。宿では店主だし、従業員たちは年下ばかり。スカーレットに小言を言われることもあるが、それとは違う。

 気心知れた仲間との、懐かしいやり取りに和んでいた。


 カツカツ。


 せっかちな足音が迫った。ガツンと胸ぐらを掴まれて、下から睨んでくる。どうあっても身長差があるので、見下さざるを得ない。


「なんだよリン」

「拘束ってのは間違えだろ?殺すといい間違えたんだよな?」


 やっぱりか。

 こうなることは何となく分かっていた。

 リンは裏切りに敏感だ。裏切り者を庇い立てする者にも同じく、厳しい反応をみせる。

 分かっている。俺たちの昔を思えば、そうなるのは分かるんだが、例外ぐらいあってもいいはずなのに。


「言い間違えじゃない。拘束だ」

「――は?ふざけんじゃねえよ」


「ミホさんが裏切ったのは確かだ。でも当時からおかしいと思ってただろ?エイミを捕まえるにしても、殺すにしても、やり方が回りくどすぎると思ってただろ?」

「裏切っただろ。疑う余地もない」


「最後はそうだ。でも何か事情があったとは思わないか?誰かがミホさんを(けしか)けたかもしれないし、何か魔法を使って操られていたかもしれない」

「で、裏切った。事情を考慮してやる必要はない」


 頑固だ。本当に頑固。リンの良いところでもあり欠点でもある。何があろうと絶対に信念を曲げないのは素晴らしい。信念が正しいのなら、なお素晴らしい。

 裏切り者を皆殺しにするのは正しいか?そんなはずはない。裏切りの苦しみは分かるけど、ソイツにも事情がある。

 つい最近、シャスキーさんの件で思い知っただろうに。それでも変わらないのか。


「スパワの言う事にも一理ある。俺たちは恩を返していない。だからせめて、当時何があったのか……」

「その腐りかけの脳味噌でよく考えろ。イムリュエンが処刑を命じたんだぞ?今更、黒幕がいましたなんて世間に知れたらあいつに汚点が残ることになる。裏切者とその協力者の為にそこまでするのか?」


「それでも調べるべきだ。世間に公表はせずに、イムリュエンだけに伝えるとか、やり方はあるだろ」

「ねえよ。処刑して全部終わってんだよ。蒸し返すそのボケも処刑して終わらせる。裏切りに同情すべき理由なんてこの世のどこを探しても存在しない。お前、ククルーザ・スパワに自分を重ねて感傷に浸ってるだけだろ?」

「お前こそ怖いんだろ?殺してきた奴の事を思い出すのが。だからそんなに必死になってるんだろ?」


 マフィアという稼業が、リンの価値観を凝り固めたのかもしれない。裏切者を何人も処理し続ける日々に、やつれていたのを思い出す。

 片を付けなければ自身の信念を曲げることになる上に、周囲にナメられる。

 だから、仕方ない。

 弱音を吐かないリンが珍しく漏らしていたのが、懐かしい。


「くだらない。亡霊よりも生きている人間の方がよっぽどだぞバードン。お前も知ってるだろ」


 説得しても無理みたいだ。リンを呼んだのは戦力としてではない。万が一負ける事があれば、地下にいる皆を助けてもらうためだ。

 今更帰れと言っても、帰らないだろうし。

 まあ、俺の気持ちを汲んで、自重してくれると思うんだけど……。無茶しないよな、たぶん。


 リンから視線を外すと、ワパックとジナキウが居心地悪そうにしていた。止めようか、どうしようか、お互いに背中を押し合っている。


「リンもう放せ。皆の意見も聞こう」

「聞くまでも無いだろ。殺す一択だ。そうだな!」


 リンは手を放し後ろを振り返る。ワパックとジナキウはお互いに目線を合わせ、戸惑いを見せた。

 リンの目が黒ゴマ1号(アーリマ)へと向けば、ぎょっとした顔で上空の太陽を眺め始めた。


「ま、まあそうだな。経緯を知りたいっていうバードンの気持ちも分かるがよ、相手は殺しに来てるんだろ?中途半端に拘束しようなんて考えは危険だろ。端っから殺す気でいかねぇとよ」


「私はバードンに賛成です。まずは拘束して話を聞きましょう。これだけ強いメンバーが揃ったんですから、可能なはずです……と思います。ごめんなさい」


 顔をピクピクさせ睨み散らすリンに、ジナキウの言葉は尻すぼみに終わる。


「リン、チンピラみたいなマネするなよ。アーリマは?戦ってみた感じも含めてどう思う?」


「そ、そうっすね。あー、早くミリスに会いたいなー」


「ほら見ろ!黒ゴマ1号も早く終わらせたいそうだ。つまり、拘束なんてまどろっこしい事はせず殺ろうぜってことだな!そうだな!」


「す」

「あ?」

「すー」


 可哀想に。昔からリンにイジメられてたから、トラウマで壊れてしまった。


「いじめてやるなよ。きっとお前にビビって答えられないんだ。こうなったら拘束だぞ!ここは俺の宿だし俺が皆を集めたんだ。それでいいな」

「集めた?助けてくれって連絡よこした分際で偉そうに言ってんじゃねぇ、くそデブ!」


「いくらでも言ってくれ。どんな攻撃も、この厚い脂肪が防いでくれる」

「開き直ってんじゃねぇよバカ!」


「アーリマ、クーさんと最後にやりあったのはエントランスだな?」

「っすー」


「よし、ダンジョン!エントランスに行きたい!扉を出してくれ!」


 ブーブー言うリンの言葉には耳を貸さず、上空に向かって叫んだ。


 すると質素な扉が現れた。火の妖精型ドアノブは子供が怒ったような表情をしており、扉には「パシリじゃないよ!」という張り紙がある。


「じゃあ、皆気合入れて行くぞ!」


 ノブを握りしめた。


「待って、扉を閉めてください!」


 ジナキウは、バードンのボロボロになったジャケットの背中を引っ掴み、強引に引き戻した。


「ぐぇっ。おいなんだよ」

「どうやって戦うんですか?作戦の1つや2つぐらいあるのでしょうけど、共有してくれないと困りますよ」

「作戦ね。いつも通りに決まってる」

「つまり無いってことですか。では使い時があるのか分かりませんが、一応、催眠草(チプノスル)ジュースを飲んでください『造成、薬箱』」


 白いボールは床の上で円を描き、古い木箱へと変貌する。その箱の最下段からスキットルボトルを取り出すと、バードンへと押し付けた。


 バードンは嫌そうな顔をしつつも、グビッと一口飲む。催眠草(チプノスル)はこの世界における雑草であり、その汁の味も雑草そのもの。土のような味がするし、エグみや苦みが酷く食用には向かないが、催眠草(チプノスル)による催眠効果を打ち消すには飲まなければならない。


 スキットルをワパックへと回し順番に飲んでいく。一様に顔が歪ませ、最後にジナキウも一口飲む。彼女は魔界に住み着いていたこともあり、植物と魔物に精通している。本ではなく体を使って蓄えた知識があるので、頻繁に食べたり飲んだりした催眠草(チプノスル)の味など、表情を変えるまでもないという様子だった。


 スキットルを古い木箱へ戻すと、最上段から取り出した黒い丸薬を乳棒でゴリゴリと潰していく。


「私達は何の事前情報もありません。何か共有すべきことはありませんか?あ、強いのは分かりましたからね」


 やってみりゃ分かるさ、とにかく突撃!を信条とするのか、バードン以下の男連中は作戦など名ばかりの打ち合わせのみで済ませようとする傾向がある。それを窘めてきたのがバードンの妻エイミとジナキウであった。


 成長の欠片も見えない彼らに思うところがあるのだろう。ため息を漏らしながら、丸まった陣紙を床に広げた。


 粉末になった丸薬を、魔法陣の描かれた陣紙の上に落とす。粉末が溢れないよう、四つ角を中心へ折り曲げ、『引っ付け』と唱えた。重なり合った部分がピタリとくっつき、粉末が梱包される。それを床から丁寧に拾い上げ木箱へとしまった。


「戦闘スタイルを聞きたいんだな?んー、格闘士(ファイター)って感じかな。近距離射程で一撃が重い。それと、一歩がでかい。あれは何かの魔法なんだろうけど、ゆっくり動き出したと思ったら、目の前まで詰められてる」

「なら、足止めして遠距離で攻撃するか、的を絞らせないように全方位から攻撃しますか」


「そうだな。アーリマは?何かあるか?」

「そっすね。異常に攻撃が通りにくい感覚があったっす。それと、魔法も上手かったっすね。無発声で魔法を飛ばしてきたんすよ」

「そうとうな手練だな。魔法にまで明るいのか」


 バードンは心底感心した様子で頷いていた。


「近距離が長けていて、防御力も高いのですか。さらに魔法の技術も高度。弱点などは見つけましたか?」


「音響閃光石は喰らってたぞ。たぶん、物理的な防御力は高いだろうけど、毒とか催眠とか内側に向く攻撃に対しては人並みじゃないか?」

「急所はきっちり守ってたっすよ。そこも人並みっすね」


「分かりました。作戦はこうです」


 ジナキウ・ニーノは生き抜いてきた。


 人に捕まれば死ぬより酷い目に合う。人が恐れる魔界に潜れば、魔物達と対峙する事になる。そんな環境で生き抜いて来た彼女は強くしたたかである。しかしそれが、徒党を組んで発揮できるのかといえばノーだ。であるからこのパーティーでは補助に徹し、パーティーの方針に従って来たのだが、エイミがいない今、計画を立てる者が不在となった。

 だから仕方なく全員の前に立ちそれっぽいことを言うのだ。


 実は計画や作戦を立てるのが苦手である。単独行動ならばできるかもしれない。ちなみに魔界にて単独で生き抜いてきた時には作戦など殆ど無く、とにかく隠れ潜むだけであった。

 つまり、複数人の個性を統合し様々なプランを出すなど経験上難しかった。だがエイミの側で見てきたのだから私にも出来るはずという自信を持っている。そして作戦の必要性も知っている。同じ目的のために、一致団結して動くという指針は非常に重要だと、身をもって知っている。仲間を助け、助けられ、任務を効率的にこなす手段が作戦・計画だから、苦手なのに進んで行うのだ。


 作戦が皆に共有されたところで、リンがおもむろに口を開いた。


「ククルーザ・スパワについて調べてきた事がある」


 バードンが続きを促すと、ギロリと睨み返す。


「お前が知っていることは?」

「犯罪者か何かだろ?あんまり聞かれたくなさそうにしてたから聞かなかったんだよ」

「クソボケが。危機感が足りねえんだよ。アイツは元軍人で免官の上、抹消除隊になってる」

「め、免官?抹消?何だそりゃ」

「とりあえず軍で偉いやつだったがクビにされたってことだ。しかも軍に在籍していなかった事になってる」

「はあ、そりゃまた大変だ。何したんだろうな」

「そこまでは知らん。でも、抹消除隊はよっぽどだ。軍人なんて殺人マシーンを宿の従業員にするなんてお前はイカれてるのか?身の上ぐらい調べろ」

「殺人マシーンて大げさな」

「冗談じゃないぞ。この国で起きた内戦や大陸戦争、世界大戦、全てが繋がり今の軍を作ってるんだ。昔よりも強く殺しに特化した殺人マシーンだ」

「そ、そうか」

「まあこのメンツなら勝てるだろう。本気でやればな。軍人は魔法で身体改造を施すらしいから人間とは思うなよ」

「どんな改造を?」

「武隊にもよるし年代にも階級にもよるそうだ。とりあえず体が異常に硬いのと高速移動がその結果ではないかと思うが、まだ隠しているかもしれん。気を抜くな」


「よしっ!行くぞ!」


 バードンはドアノブを回した。


「なぁ、スパワってやつまだいんのかね?だいぶ話し込んじまったけどよ」


 ワパックの言葉に対して、誰も何も言わなかった。ここで下手に答えて、この長話の責任が自分に向くのを嫌ったのだろう。


 扉の先にはぐちゃぐちゃになったエントランスホールがあった。

 原型を留める僅か一脚のソファー。そこにはククルーザ・スパワが座っていた。


「アイツ、暇なのか?」


 ワパックの辛辣な言葉を皮切りにククルーザ・スパワは語り出した。


「リーンピム・ホロトコ。こちらから出向く手間が省けた。2人まとめて殺してやる」


 ククルーザ・スパワは立ち上がり、リンへとまっすぐに指をさす。


「簡単に死ねると思うなよ」


 一歩踏み出そうと右足が床を離れた瞬間だった。


『物体造成、銃』


 空中から白い球体が現れ、リンの手にすっぽりと収まった。形を変えたそれは、異世界の武器。銃口からグリップまで黒いリボルバーだった。


 バードンが静止する間もなく、エントランスに乾いた音が響く。

 ククルーザ・スパワの頭がのけ反ったが、ゆっくりと顔を前へ向け、微かに笑みを浮かべている。

 そして、潰れた弾丸がカラリと床に落ちた。


 すかさず、残り4発の弾丸が放たれた。額とはいかずも顔面を正確に捉えた弾丸は、人間の皮膚を裂き骨を砕き死に至らしめるはずだった。

 しかし当たり前のように仁王立ちをするククルーザ・スパワを見れば奇襲が失敗した事は誰の目にも明らかだった。


「リン!お前!何してんだよ」


 殺さないと打ち合わせしたばっかりなのに。

 ぶさけんなよとグチを言いたかったが、それどころではない。

 異世界の強力な武器でも倒れないのだ。これは相当、骨が折れるな。


「異世界人が広めた武器だな。その程度か、くだらない」


 クーさんが動き出した。散歩でもするように悠然と歩きだすと、こちらとの距離は半分以下に縮まった。あの歩法はやり辛い。

 最初は魔法かとも思ったが、たぶん、人体改造の成果なんだろう。あんな魔法、想像もつかないからだ。魔法なら、効果を分析して対応出来るが、仕組みの分からない人体改造となると力押しせざるを得ない。

 それはつまり、生け捕りが極端に難しくなるということだ。


 そんな苦悩を意に介さず、更に一本足を進めようとした。


泥泥(どろどろ)()


 当然それを見逃す訳も無く、アーリマが足止めを試みた。素早く距離を詰められるのは脅威だが、歩く動作を必ずするのだから、普通の人間と同様に考えればいい。

 床を液状化させ足を絡め捕り、液状化した床を固めてしまえば足止めすることが出来る。それから魔法なり、簀巻きにするなりで拘束できるはずだ、と思っていた。

 しかしクーさんの体は生身で弾丸を防いだ。

 あまり期待はできない。


 踏み出した足がズブズブと沈み込んだ。脛のあたりまで床に埋もれると、次には瞬間的に固まり、クーさんは前傾姿勢のまま動かなくなった。

 何が起きたのか確かめるように足元を見下ろしている。

 すると、だから?とでもいうように、再び歩き出した。

 踏み出した足も床に固定され、クーさんの両足は床に埋まった。


「ボス!これであいつ動けないっすよ」

「いや、まだだ」


 そんな訳はない。魔法だと分かっていても歩き出したのだ。つまり対処可能ということだ。いやもしかしたら、対処するまでもないと思っているのかもしれない。少なくとも、余裕の表情をみせている彼を、足止めできているとは到底思えない。


 作戦通りに次の案に移るべきだ。ジナキウに頷いて指示を出した。


 結局クーさんを拘束できたのは一瞬だった。ビキビキと音が鳴り始めると、強引に足を引き抜き再び液状化した床へ足を突っ込んだ。それを交互に繰り返し、迫ってきたのだ。


「ジナキウ今だ!」


『召喚、ケププリル』


 そう唱えると、ジナキウの目の前に魔法陣が出現し、その中心から魚のような4足獣が現れた。饅頭のような顔に離れた目、首元には赤い触覚のようなものに襞がついている。白い体毛の胴部分からは猫のような短い足が生えており、平べったい尾びれの先は薄いピンク色で、優雅に揺れている。


 ケププリルと呼ばれる獣は、液状化した床へ飛び込み、顔を出しながらククルーザ・スパワの周りをフラフラと泳ぎ始めた。


『彼の脚を止めてください』


 ジナキウからの司令が飛ぶと、トプンと潜りククルーザ・スパワの脚の傍で顔を出した。短い前足を脛部へと当てると、大した抵抗もなくヌルリと一体化した。

 痛みも触れられる感覚も無いのか表情は変わらないが、足が止まったのは確かだ。


 クーさんの目標が足元の魔物へと変わった。不気味な魔物が後から厄介な存在になるのは困ると考えたのだろう。拳を正確に叩きつける。

 固まっていた地面は砕けた。魔物の生死を確かめるようにゆっくりと拳を上ようとしている。だが抜けない。額に青筋を作りながら藻掻いているが、どうしようもないだろう。


 振り下ろした拳は正確無比に魔物の胴体を貫いているが、魔物にダメージは無い。

 あの魔物は不思議で、あらゆる物体を通り抜けることができる。しかも任意の場所で通り抜けるをやめることができるから、冒険者の脚に一度引っ付くとまったく身動きが取れなくなる。

 この生物自体はなんの攻撃力も持たない、とても弱い生物なので軽視されがちだが、通り抜けるという特性が非常に厄介で有名な魔物だ。


 殴りつけた拳が微動だにせず、何かに気づいたように膝を動かし始めた。


 見事作戦の通り、足止めに成功したようだ。

 ワパックに指示を出し、次の段階へと移る。ワパックはボキボキと指を鳴らしながら走り出すと、苦しい態勢で固定されたククルーザ・スパワの顔面目掛けて右ストレートを繰り出した。見事鼻にクリーンヒットした拳を収めると、追撃とばかりに左ひざをぶち込み、大きく引いた右足を振り上げる。


 エントランスホールには岩をハンマーで殴るような音が響き渡った。


「硬すぎるな」


 その言葉を表すように、一発殴っただけの右拳からは血が噴き出している。


「下がるぞ!」


 ワパックの近距離攻撃はハズレボンビーでも最高火力である。その強さはワパックはだけのものではなく、エルフという種族の特性として知られているもので、遠距離における精度と近距離におけるパワーがトレードオフ関係となっているのだ。最強火力である近距離での攻撃に自身の体が耐えられるようにと各部分は頑丈になっているのだが、その拳からは血が噴き出している。下がるということは、物理攻撃が有効ではないと判断したからだろう。


 だが幸いなことにククルーザ・スパワも無傷とはいかず、鼻は折れ歯が折れて、顔の中心は血みどろだ。


「ぺっ。エルフのワパック・ゴルクに魔人のジナキウ・ニーノ、そしてアーリマ・ジャンクト。お前たちも敵なんだな」


「今更気づいたのかよ」


 驚きに目を見開いているクーさん。

 それもそのはず。アーリマが、いつの間にか横に立っているのだから。ケププリルに片手と両足を取られ、身動きが取れず、首を捻るだけだった。


(ボム)


 アーリマは、クーさんの額を軽く小突いた。

 人体改造だろうが、限界はあるはず。ゼロ距離での爆発に耐えられるか、いや無理だろう。ワパックの拳が()()()()()では、うちの最大火力だが、その拳よりも狭い面にワパック以上の火力を上乗せすれば?耐えられるはずもない。


 指先という一点に火力を集中させた、額への一撃だ。

 死なないか心配ではあるが、ジナキウがいるからすぐに治癒はできる。


『改変を許可する』

 ドォォォン!


 今のは何だ?

 爆発前に呟いた、改変、許可とは。

 一瞬のことで、正確には聞き取れなかった。

 もうもうと広がる黒煙。アーリマが後退し、ハズレボンビーとリンが揃って、烟る先を眺めた。



「ガアァァァァァァァァァ!」


 絶叫に耳を覆った。痛みから?それとも怒り?どちらにしても、生きてるいるようだ。そのタフネスは驚きだが、無傷とはいかないだろう。ケププリルに絡め取られ、爆ぜた額に触れることもままならず、業を煮やしているといったところだろう。


『風、晴らせ』


 魔法で黒煙を晴らした。早急に治療をさせて、落ち着かせたかったからだ。


「あれは、一体……」


 思わず漏れた言葉。

 目の前にいたのは異形だった。


 尖った牙にツンと立った鼻。犬のような両耳にグレーの体毛。二足で立つ獣人がククルーザ・スパワであったことは明白だ。丸い眼鏡に宿の制服である、スリーピーススーツ。何よりも先ほど爆発で吹き飛んだであろう腕と脚が無い。いや、今生え始めているのだ。

 骨が延びその上を筋肉が覆い、肉と皮膚が付きグレーの毛が生え、鋭い爪がギラリと反射する。


 クーさんを捕らえていたケププリルはガタガタと体を震わせ、床へと潜り込んだ。

 ケププリルは弱い生物である。だからこそ天敵の少ない生物を移動経路として使い、安住の地を求めるのだ。自身に腕力が無いため、移動先を間違えれば簡単に死んでしまう。


 ケププリルは魔法と魔物を何よりも恐れる。その類の攻撃を受ければ成すすべなく死んでしまうからだ。だからこそ敏感な危機察知能力があるのだ。召喚士(サモナー)界隈では独特なフォルムと扱いやすさから頻繁に召喚される魔物なだけあって、人間には慣れ切っていたのだが、鈍っていた本能があの異形は危険だと警告を発したのだろう。


 召喚者の指示を無視して逃げるとは……。


「バードン、召喚陣が消えました。あれは、私と同族かもしれません。気を引き締めないと」

「どういうことだ?」


 嫌な声色に、気は引き締まっていた。

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