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19.元S級とダンジョンの力

「バードン、お前は最低の人間だ。心底軽蔑する」

「待て、分かるように説明してくれ。俺が何をしたんだ?」


 扉を穿ち腹部へと迫った。咄嗟に後ろへ飛び退いたが間に合わない。

 飛び出していたのは鋭利な刃と化した、ただの貫手。

 皮膚を裂かれてジワリと血が滲む。


「落ち着け!」


 腕が引っ込むと、ギイッという音と共にククルーザ・スパワが姿を現した。静止の言葉を歯牙にも掛けず、ふらりと歩き出す。


 スパワの脚が悠然と踏み出したと思えば目の前に拳が迫っていた。


「っっ!」


 ただただ歩いただけ。しかし目にも留まらぬ速さであり、避けることはできなかった。

 拳が鼻に直撃し、呼吸を乱す。

 脈打つ痛みが、骨折を報せてくれた。


 瞬間的に体を仰け反らせて、辛うじてだが勢いを殺し脳へのダメージを軽減した。

 ここは廊下という狭所。つまり近距離でやり合うことになる。だがこのスピードと強さだ、本能的に後退した。

 スパワも合わせて一歩を踏み出す。


「しっ!」


 的確に顔面を狙ってくる。異常な速さに障壁が間に合わない。反射的に防いだ生身の腕がもはや使い物にならなくなった。


 この技は一体――――。


 一歩が常人の何倍もの長さであり、ゆったりとした動きが間合いを見誤らせる。

 下がっては距離を詰められ、下がっては左右に展開され、下がっては……。


 壁だ。

 背中に感じた衝撃は、これ以上後がないと告げている。


 ここぞとばかりにラッシュが降り注いだ。

 次々と迫りくる連撃を受け続ける。腕で捌き、蹴りを足で捌き。折れた骨に追撃が加わり、ぱっくりと裂けた肉がどんどんと広がる。

 痛みと、数日の寝不足がたたり、魔力操作が上手くいかない。障壁を出そうにもイメージする余裕がない。


「っつ……」


 蓄積されたダメージは、ガードを許さない程だった。パコンと頬骨に拳がぶつかり、ボロボロになった脚では堪えきれなかった。膝に力が入らず、眼前には廊下の赤い絨毯が迫っていた。


 辛うじて見えたのは、ボールでも蹴るように振り上げた脚だった。


『障壁、静』


 床にぶつかるまでの瞬時に、全神経を集中させイメージした。シンプルで最も硬い一型障壁をその一瞬の為に発動させる。顔面を狙いすましたスパワの蹴りを防ぐ為に。


 発動はした。しかし脆弱すぎた。

 やはり魔力の操作が不安定で、上手く発現させられなかったようだ。

 脆く淡い障壁は容易く破られ、左目を抉るような衝撃が脳内に響く。


「ぐあっ」


 強烈な痛みが頭の中をぴょんぴょんと跳ね回る。

 とんかちで頭蓋骨を点検するように、満遍ない痛みが四方八方に飛び散っている。


 明滅する片目で覗く微かな視界、その先では冷たい表情のスパワが見下ろしていた。


「お前達は何故ミホを助けなかった。お前達が窮地にいる時に彼女は助けたはずだ。それなのに何故殺した、何故酷い殺し方をした、何故死体を何日も晒し続けた」


「ぞれ"ば」


「何故、彼女があんな目に遭うんだ。何でだバードン。何故、何人も殺して幾度となく戦争をけしかけて、貴族の飼い犬のような真似をした人間でなく彼女なんだ!」


「ずぱわ、お"ちついでぐれ。頼む"」


「リーンピム・ホロトコ、イムリュエン・ペレーゲ、お前の盟友だ。こいつらが主犯だという事も分かっている。だから、必ず殺す。だが、その前にお前だバードン」


「スパワ、頼む、から、話を、聞いてくれ」


 息も絶え絶えに言葉を捻り出すが、スパワの耳には届かない。


「盟友ならば止める事もできただろう。それができなくとも、救うだけの恩があったはずだ。それなのに何もしなかったお前は主犯と同罪だろう」


 違うか?と問いかけるスパワ。

 その問いの答えを探すのだが、自身の体が異常な回復をしている事に気を取られていた。鼻血は止まり、蹴り潰された左目の奥は僅かに痛みが和らいでいる。粉々に折れた四肢は不格好に骨を形成しているようで、力を入れる事ができそうだ。


 ふと、左腕に付けたブレスレットを思い出す。銀の札は治癒の促進。黄色い石は音響閃光石。

 勝てないことは分かりきっているのだ、何とかして誰かに知らせないと、そう考えたバードンはこの状況を打開するべく魔法を使う。


『強硬化、激動』


 左腕を諸共壊す勢いで、ブレスレットの石めがけて拳を振り下ろした。

 動けないと踏んでいたのだろう。拳が石にぶつかる瞬間、スパワの表情に驚きが見えた。


 石がパキンとひび割れる。

 変化が、ない?

 不発の二文字が、痛む頭で踊る。


 しかし、スパワの様相は違っていた。


 顔を歪め後方へ飛び退いたのだ。

 見えない何かを必死で防ぐように目を瞑り手を翳して、よたよたと尻餅をついた。

 どうやら、音響閃光石はちゃんと機能したようだ。

 逃げるなら今しかない。

 ボロ雑巾のようにひしゃげた腕で体を起こし、甘くなった激痛がぶり返す中、木の枝のようにポキポキと音を立てる脚で立ち上がった。

 冷や汗が全身から吹き出す。それでも今しかない。二度と倒れ込まないようにどうにか踏ん張りを効かせた。


「くそっ!バードン!絶対に殺してやる!」


 あらぬ方向へ怒鳴り散らすスパワにかかずらっている余裕はない。

 魔力を全身から放出した。精緻な操作が出来ないならば量と数で魔法を成功させるのだ。

 ユラリとスパワが立ち上がる。


 急げ。急げ!

 背中からの推進力をイメージして魔法の発動を繰り返した。『動』という基礎魔法、いつもなら簡単に出来る魔法が、応えてくれない。

 ケガが魔力の流れを乱して、イメージを正しく伝達できていないのだろう。

 だから繰り返す。何度も何度も『動』を発現しようと繰り返し、イメージを大量の魔力に乗せる。


「ぐっ!」


 突如、魔法が発動した。脆い脚に摩擦が加わり骨の髄から全身へ、猛烈な刺激が走った。

 ブレスレットのお陰で、幾分かマシな気がする。

 背中を強く押されて体が前へと推進する。

 このまま何処かへ転移しなければ、きっと追いつかれるだろう。

 廊下を勢いよく飛び抜け、震える手をポケットに滑り込ませる。黒い木札に魔力を流し、何処でもいいから転移しなければ。

 放出し続けている魔力が木札に流れ、イメージを伝える。

 執務室へ転移だ――――。


 パッと視界が変わり、年季の入った床板と整理のされない机が目に飛び込んできた。

 逃げられた。

 だがしかし、暴走列車の如き状態で執務室中央へ転移したのだ。魔力の操作も頼りない。

 一瞬の安堵の後、目の前の机に突っ込み、机を押しながら窓辺に衝突した。


 声にならない電撃が、砕けた脚の骨に轟く。神経を伝わり、ビリリと全身が硬直した。

 止まらない魔法。

 止めるには終息のイメージが必要だ。もしくは魔力の放出を完全に止める。

 簡単な選択肢をすぐさま選び、止まれ止まれと脳内で繰り返す。

 それでも魔法は止まらず、背中からの圧力と、硬塊木(ブロックウッド)の机からの反発で腰がぺしゃんこになりそうだった。


 硬化でも障壁でも魔法で防げたらいいのだが、生憎そんな余裕がない。痛みで意識が朦朧として、怪我で魔力の伝達に支障が出ているのだから。


 折れた腕をつっかえ棒のようにして苦しさから逃れようとするが、クッキーを粉々にする感触が腕から伝わってくる。


「ぐはっ」


『止まれ、止、まれ、止、ま、れ』


 魔法はイメージであり、それを具体化して固定化するのが言葉なのだ。

 初診に立ち返り、言葉を繰り返す。痛みに耐える為、歯を食いしばりながら。


 ふと体が軽くなった。


 魔法が解けたらしい。


 両脚に体重が掛かり、更なる激痛が襲ってきた。あまりの痛みにわざと床に倒れ込んだ。

 もう脚は使い物にならないようだ。


「誰かーーー!」


 いつもなら朝勤組が夜の10時頃まで、ご飯を食べてだべっている。しかしたまにだが、ジャンクト夫妻が買い物に出かけることもある。もし、今日がその日なら不運としか言いようがないだろう。


 とにかく必死で叫び続けた。


 執務室は1枚の扉を隔て、控室へと繋がる。その扉は遮音性が高く、その設計は自分自身で行った。

 控室にいる従業員に魔法研究中の自分の独り言や魔法の音で迷惑を掛けないための配慮だったが、今日に限っては裏目に出てしまった。


 それでも構わず叫んだ。

 遮音性が高いと言っても、完全に防ぐわけではない。だから繰り返した。先程の魔法のように。


 コンコン。


 そろーりと扉が開きアーリマの顔がひょっこりと現れた。室内の様子を探るように視線を動かしていた。

 そして、やっと俺を見つけてくれた。


「ボ、ボス!ミリス!こっち来てくれ!」


 駆け寄ったアーリマの顔が険しくなった。逆の立場なら俺もそんな顔をするだろうな。酷い有様なんだろう。

 もう四肢の感覚がない。痛みが鈍ってきている。


「スパワさんっすか?」

「そうだ。アーリマ、お前じゃ相性が悪くて勝てない。でも時間を稼ぐために戦ってほしい」

「うっす!ちなみに俺、かなり強くなったっすよ?どこまでやるっすか?」

「拘束が優先。だが無理はしないでくれ。時間を稼げばいい」

「うっす。ミリス達はどうするっすか?」


 扉からミリスとアゼル、ユーリが入ってきた。どの表情も現況が芳しく無いことを物語っている。


「お父さん!」


 ユーリはバードンの元へ駆け寄ろうとするが、ミリスがその首根っこを捕まえる。


「私達はどうすれば?」

「話が早くて助かる。今から俺と一緒に地下に行く。お前達を人質に取られたら最悪だからな。たぶん、客を人質に取る事は無いだろうし、もしそうなっても騎士の領分だから考えないでおこう。そして、アーリマにはクーさんを足止めしてもらう」

「1人でですか?」

「俺とアーリマ以外で戦えるやつがいないんだ。地下に行って準備する間耐えてもらうだけだ、心配ない」


「ミリス、そんな顔すんなよ、余裕だぜ?」

「――でしょうね。バードンさん行きましょう」


 ミリスは全てを飲み込んで、俺の側に膝をついてくれた。アーリマを行かせて申し訳ないと思う。当然危険はあるし、相性が悪いといったのも本当だ。だが、戦える奴がいないのだ。

 ユーリだけじゃない。従業員の誰かを人質に取られたら、俺では太刀打ちできないだろう。今のままでは。


「すまん、ミリス」

「何がですか?さあ、立てますか?」

「いや、もう立てないんだ」

「私の肩に捕まって……」

「違う、そういう意味じゃない」

「えっ……」


 脚を動かしているつもりだが、ピクリともしない。たぶん神経をやられたんだろう。痛みも完全に消えてしまった。

 さて、アイツらに契約を履行してもらわないとな。こういう時のために、俺はここに引きこもっていたんだから。


 震える手で胸ポケットからチェーンを取り出した。かつて攻略したダンジョンの形見たちをまとめたチェーンだ。

 その内の1つ、赤い石が地下に向かう為の鍵。これを使って地下に逃げる必要がある。


「スカーレットとウネツは?」

「受付にいます。さっき爆発音がしたので、急いで戻ってきたんですよ」

「ああ、そうか。2人も連れてきてくれ」

「分かりました」


 ミリスは開きっぱなしのドアから、部屋を後にした。その側では泣きじゃくっているユーリと呆然と立ち尽くすアゼルの姿がある。


「ユーリ、アゼル。魔法は使えるな?」

「……」

「は、はい。下手ですけど」


「『動』だ。あの机を本棚まで寄せてくれ」

「分かりました」


 泣きじゃくるユーリは動かなかった。

 その代わり、アゼルが机の横へ行き両手を突き出した。


『動け!』


 ギギーッ。


「魔力が限界じゃなければ、続けてくれ。その下に転移陣があるから、どうしても机を動かさないといけない」

「分かりました。やります」


『動け!』


 ギギーーッ。


 3度目でようやく、机が書棚へと張り付いた。

 残ったのは背もたれが半分から折れた、ボロい椅子だった。


「ユーリ、椅子を引いて右の踵で2回床を鳴らす。やってみてくれ」


 俯き肩を震わせるユーリへ、痛みを我慢した震える声で告げた。しかし中々動いてくれない。


「昔の契約に含まれていた者にしか出来ないんだ。ユーリ、頼むから」


 つい最近、母の死を知った。そして父親がこのザマだ。怯えるのも当然だろう。

 不甲斐無い父親で、本当に申し訳ないが、なんとしても動いてもらう必要がある。自分の過去のせいで誰かが傷つくのはお断りだ。尚の事娘が傷つくのは、絶対にお断りだ。


「行こう」


 ユーリの手を引いたのはアゼルだった。

 子供のように手を払い除け、顔を覆ったが、その手を強引に引っ張った。


「ほら、ユーリにしかできないってバードンさんが言ってたでしょ」


「嫌だ」

「バードンさんが死んでもいいの?」


 俺はそんな風に見えてるのか。痛みには随分と慣れきた。いや、ブレスレットのお陰だろうか。脚は言う事を聞かないし、腕は変形してまともに使えないが、頭はしっかりしている。

 死にかけ、か。

 冒険者以来の体験だ。


「良いわけ無いでしょ!」


 珍しく声を荒らげて睨むユーリだったが、アゼルは一歩も引かなかった。


「だったら何をすべきか分かるでしょ?ミリスさんだってアーリマさんが戦いに行って不安なんだよ。バードンさんだって不安だと思う。みんなユーリと同じ気持ちなんだよ」


「でも、お父さんの子供は私だけ、皆は他人でしょ。それでも私と同じだって言えるの?」

「もちろん心配だよ。ユーリ、お父さんは好き?」

「うん」

「居なくなったら嫌でしょ?」

「うん」

「それならやらなくちゃ。考える必要も戸惑う必要もないよ。僕の親父はクソ野郎だけど、同じ状況になったら助けると思う。だって親だから。後悔しないために助けると思うんだ。好きなら、なおさら動かなくちゃ」

「でも」

「今やるんだ。その後の事はその時心配すればいい」


 ユーリの手を椅子の背もたれへと置き、アゼルは傍らに立った。


 こっちが泣きたい気分だった。

 お父さんの子供だと言われたこともそうだが、好きだと言われたのも、年老いた涙腺に効いてくる。


 ユーリは背もたれをゆっくりと引いた。そして、ここに立てばいいのかと視線で尋ねてくる。

 頷き、それでいいと伝えた。


 右の踵を2回鳴らすと、床の上に転移陣が現れた。


「ありがとうユーリ。それとな、このぐらいじゃ人間てのは死なないぞ」


 泣きながら何度も頷くユーリ。


「連れてきました!」

「キャッ!バードンさん!?」

「あ、あああ、あああ、ああああ、あ、あ、あ、あ、ああわわあわあわあわあわあわあわあ」

「落ち着いて二人共」


 ウネツ……。お前の方が酷い状態だったと思うんだが。壊れたゴーレムみたいになってるぞ。


「ユーリ、これを持て」


 何故か昔の記憶が蘇ってきた。

 ユーリとこのダンジョンで眠った、あまりの楽しくない思い出だ。

 ダンジョンにベッドだけを作ってもらい、二人で一緒に眠った。小さい我が子を胸に抱いて、不安いっぱいの中目を閉じた、あの日々を。


 目の前にいるユーリは、何だが随分と成長した気がする。背が伸びて、髪は寝癖がついて、顔立ちがエイミに似てきて。泣くところは子供のままか。


 まだまだ小さい手。

 震えながらチェーンを手渡した。


 随分と弱って見えたのだろう。落ち着いた嗚咽がぶり返してきた。

 頼むから泣き止んでほしい。


 こっちも泣きそうになる。

 迷惑かけてごめんな。


「転移陣の上に立って、これに魔力を込めれば地下へ行ける。みんなユーリに触れてくれ」

「じゃあ皆、手を繋いで。バードンさんは私が」


 転移陣の上にユーリが立ち、数珠を繋ぐように連なって、ミリスが俺の腹に手を置いた。深い意味はないんだろうが、妊婦にでもなった気分だ。


 ――――痩せよう。


「イェーイ!!!久しぶりだねーユーリちゃん」


 転移した先では、待ってましたとばかりに、火の妖精ジョンが騒いでいた。

 やけにニコニコして、朗らかにユーリへと近付いて行く。


「大変だったねー。よく来ましたー」

「ダンジョン、ここにいる、5人を、匿ってくれ。それと、調理場にいる、タカダさ、んもだ」


「やーだーね。契約外だよー。ボクは慈善家じゃないんもん」


「対価、は」


 その言葉を口にする間もなく、バードンは気を失った。その様子を一瞥するジョンは気にした様子もなくユーリの頭を撫でる。


「バードンさん!?バードンさん!」


 バードンの肩を揺するが、一向に反応がない。


「ユーリちゃん、心配しないで。生きてるよー」

「あ、あのお久しぶりです」


 念願叶ったユーリだが、優しい妖精のイメージは崩れかかっていた。


「覚えていてくれたんだねー。ボク嬉しいよ。そうだ!パック覚えてる?連れてくるよ!喜ぶと思うなー」

「ちょっと待ってください。お父さんを治してくれませんか?」

「……死なないよ?後で人間に治して貰えばいいんじゃないかな?」

「でも、心配なんです。お願いします」

「そしたら遊んでくれる?ボク達暇なんだよねー」

「あと、さっきお父さんが言っていた事もお願いします」


「君達5人とタカダさん?いくらユーリちゃんのお願いでもそれはやだね」

「どうしてですか?」

「だって、そんな契約してないもーん。だから関係無いでしょー?また契約してくれるならいいけどね!」

「じゃあ、私が契約します」


「だめよっ!」


 声を上げたのはミリスだった。魔法契約それ自体は広く普及する有効な契約手法だが、相手を選ぶ必要がある。何故なら担保の対象が、所有するものであれば何でもいいからだ。命も、血液も、金も、それらすべてでも。


 相手が魔物であればミリスの反応は当然と言える。


「ユーリちゃん、ダメよ。誓約でもいいじゃない」

「ダメだぞー、ボクを騙そうとしてるな人間!」


 ジョンに纏わりつく穏やかな火は熱く滾り、ミリスへと熱波が注ぐ。汗すら乾き体内の水気すら奪う焦熱が纏わり付き、ミリスは苦悶の表情を浮かべていた。


 しかしユーリとアゼルは何が起きているのか分からなかった。

 火の魔物が明るく光りだしただけで、他に変わった様子はないからだ。


「ミリスさん?」

「嘘つきにはお仕置だっ!。ほーんと、ボクを騙そうなんて800年早いよ」

「はあ、はあ」


 ミリスは崩折れた。呼吸を荒くして、目をきつく閉じている。水分を持っていかれるから口も閉じていたいが、鼻からだけでは、息苦しくて気を失いそうなのだ。


 やっとのことで異変に気づいたユーリ。


「やめて!ミリスさんは騙そうとした訳じゃないの」

「そーかなー?誓約って騙そうと思えば騙せるよね。契約は騙せないよね。ほーら嘘つきだー!」

「待ってお願い!契約するから、嘘つかないから、お願いします」

「イェーイ!じゃあさどんな契約にする?言ってごらん。あ、魔法を解かなきゃね、はい」

「ミリスさん!大丈夫ですか?」


 触れただけで、どれだけの熱が襲っていたのか分かる。高熱を出した時の事を思い出すユーリ。


「大丈夫!この程度じゃー死なないよ。ほらほらどんな契約したいのー?言ってみなよー」


 必死なユーリが心底面白いのか、それとも人間を甚振るのが愉しいのか、ユーリの記憶にはもはや、あの日の優しい妖精はいない。


「お父さんとミリスさんとアゼルと私、スカーレットさんとウネツさんとアーリマさん、調理場にいるタカダさんを此処に匿ってください。そして、お父さんとミリスさんを治してください」


「その代わり何をしてくれるの?」


 命の恩人への対価とはなんだろう?例えばお金?魔物はお金を使うのかな?人間?魔物のご飯て人間なのかな?なんだろう。


「妖精さんは何が欲しいですか?私は妖精さんが喜びそうなものを知りません」

「そーだーねー、ボクはユーリちゃんが欲しいなー」

「私を食べるんですか?」

「ちーがーうーよー。前みたいに遊びたいのーーー。ボク達暇なんだよー、ねぇいいでしょー?」

「それって、私とお友達になりたいって事ですか?」

「お、お友達!そうそう!お友達だよ!」

「いいですけど、私お友達がいなくて、何をすればいいんですか?」

「うーん、遊ぶんじゃないの?毎日遊びに来て!これが契約条件!」


 父の大怪我は恐怖だった。今すぐにでも死んでしまいそうで、目に入れたくなかった。でもそばにいないと寂しい。目を覆っている自分に腹が立ってどうしようもなくて、泣いていた。


 でも思い出したのだ。

 誰が何のためにここに閉じ籠もっていたのか。

 そして両親はどれだけ強い気持ちで生きてきたのか。

 それを話すあの時の父は、どんな心境だったのか。

 考えて日記にして、誓ったはずだ。

 負けない、と。


 なりふり構う必要はない。踏み出して後悔すればいい。何もしない後悔よりはきっといい。アゼルがさっき言っていた。


 欲張っても、文句は言わないよね。


「ここに魔物はいますか?」

「んー?もちろんいるよ。どうしたの?」


 チラリとバードンの方を見る。つられて()()()()()()()()ジョンもバードンを見る。


 怖怖とジョンへ近づくと、パアッと花が咲いたように笑って、歩み寄ってくれた。

 背丈は同じぐらい。

 耳元に口を近づけて、小声で事情を話す。


「私、世界を旅したいんです」

「危ないよー?恐い魔物も人間もいっぱいだよ?」

「それでも、旅して強くなってやりたいことがあるんです」

「ふーん。それじゃ、ボクとは遊べないってこと?」


 ツンと唇を尖らせ、拗ねた様子のジョン。


「違います。ここの魔物と訓練して強くなりたいんです。これも契約に追加してください。魔物さんの暇つぶしにもなるし、お互いに得じゃないですか?」

「じゃあ、このダンジョンにいる魔物全員と友達になるってこと?」

「全員と毎日遊べるか分からないけど、友達にはなりたいです」

「いいよ!みんなハッピーな契約だね!じゃあ、ボクとは毎日遊ぶこと。他の魔物とはお話して決めてね。これでどう?」

「はい、その条件で契約します」


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