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17.商業ギルドの襲撃

明日も同じ時間です。


 俺の名前はカザコ・ノマセ。元A級冒険者だ。

 こんな田舎町に来たのは他でも無い、商業ギルドからの依頼があったからだ。


 この国の商人互助団体である商業ギルドには、数多の商人がいる。業界では名を馳せる人物でも、このギルドでは一角の人物でしかない。何故なら商業ギルドをまとめるのが、あの3大商会だからだ。

 超巨大資本と優秀な人材を擁して、あらゆる産業に根を張る商会を前にしては、王都の有名な商人だって霞んでしまう。そして居丈高に振る舞える者もいない。皆、萎縮してしまうのだ。


 何が萎縮させるのか。彼らが偉大な商人で畏れ多いからではない。


 怯えからだ。


 あらゆる産業を牛耳る商会は、清く正しい経営だけでのし上がってきたのではない。それは周知の事実であり公然の秘密。

 誰もが口を噤むのは、東側の貴族たちと蜜月の関係にあり、法ですら裁けないと知っているからだ。もし彼らの不興を買おうものなら、言うまでもなく消されてしまうだろう。


「あらゆる手を使ってホロトコ商会に損失を与えろ」

「ほのぼの郷にいるバードン・オンツキ―という男を捕らえろ」


 俺への依頼は2つだった。どちらも殺すのは厳禁らしい。


 最近はこの手の依頼が多い。恐らく、商業ギルドの敵が表面化してきたからだろう。


 その中でもホロトコ商会は有名だ。


 裏社会を完全に支配するホロトコという大物が、表社会でも稼ぎを求めて進出したのだ。裏では頭打ちだとでも思ったのか、表にまでのさばるその真意は分からない。

 今では中堅、いや上位の商会にまで成長している。


 裏と関わりのある商会であることも有名だが、もう1つ有名な点がある。それは商業ギルドのメンバーではないということだ。

 まあ、不思議な事はない。

 悪評がちらほら聞こえる商会を、ギルドが受け入れるメリットがない。

 あちらさんだって、ギルドに利益を吸い取られ、束縛されるのを嫌うだろう。


 敵対するのは時間の問題だったのだ。


 かなり稼いでいるようだし、その手の人脈も相当なものだが、商業ギルドに勝るはずがない。マフィアが表に進出するようにギルドだって裏にまで手を伸ばしているのだから。


 2つの依頼、どちらから始めても良かったのだが、まずはホロトコの案件に手を付けた。

 簡単で美味しいお仕事だから、景気付けに良いだろうと考えたのだ。


 いつどこに来るか分かっている積み荷を襲い、中身を奪うか使い物にならなくすればいいのだ。高価な物は俺たちがかっぱらい、どこかで売ってしまえば儲けが膨らむ。

 正直言って、金を貰わなくてもやりたい仕事だ。


 ターゲットはスフミ州周辺の4州に向けた荷馬車だ。積み荷は魔石で、高級な魔石も入っているらしい。

 魔石というのは、価値が変動しづらく現金化しやすいから、盗賊が好んで盗むと有名だ。

 早速、出発地点であるスフミ州に向かった。本来は越境の手続きが必要だが、俺たちの後ろにいるのは、あの商業ギルド。ギルド証とギルドからの依頼であるという書状を見せることで、簡単に州を超える事が出来た。


 そして、大量の魔石を手に入れてマルブリ―ツェ州へと逃げることに成功する。もちろんこれだけで終わらない。立ち寄った街で商会の支店に脅しをかけていき、きちんと仕事をしながら進んでいった。

 馬車の時もそうだったが、護衛のマフィアは自分の所属している団体を連呼するだけで、大したタマじゃなかった。

 しかし残念なことに、仲間が1人捕らえられてしまった。彼も本当に無念だと思う。

 成功報酬は俺たちだけで山分けすることになるからだ。俺はあんなヘマ絶対にしない。腐っても元A級なのだから。


 マルブリーツェに辿り着き、次の依頼の準備を進める。

 しかしバードン・オンツキ―についての情報はあまり与えられなかった。ただ仕事をすればそれでいいと。そうは言っても、やはり情報は必要で、無いならば自力で探すしかない。

 そして知ったのは、唖然とする事実だった。


 ダンジョン――。


 殺しは厳禁の意味が、ようやく分かった。

 ノウハウや経験を聞き出すには生かしておく必要がある。そしてダンジョンの所有権を移譲するには、本人の同意が必要だ。

 だから商業ギルドは、バードン・オンツキ―を捕らえるように依頼してきたわけだ。


 攻略済みのダンジョンというのは、あまり価値がない。調査したり、素材を集めようとしても、いつ崩落するか分からないという危険が伴うからだ。1秒後かもしれないし、1月後かもしれない。基本的に2週間以内には崩壊すると言われている。ギルドがこのダンジョンに目をつけたのは活動中だからだろう。


 活動するダンジョンに住むだけなら、冒険者時代に俺も経験した。逃げようにも逃げられず、暮らすしかなかったのだ。そこで生き延びる為、ありとあらゆる罪を犯した。食料を得る為、身を守る為、欲求を満たす為。やって来た冒険者を食い物にして、ダンジョンから出た結果がこれだ。


 冒険者崩れ。


 夢破れた者ではない。冒険者の皮を被った犯罪者という意味だ。本来なら刑務所で一生を終えるはずだったが、俺は商業ギルドに拾われた。A級という肩書が役に立ったのだ。今では現役時代よりも稼ぎがいい上に、家族も出来た。やばい仕事については隠しているが、それでも心を通わせる良き妻と愛すべき子供がいる。

 商業ギルドのおかげでこうして生きていられるのだから、依頼に否やはない。


 バードン・オンツキーには悪いが、仕方あるまい。

 活動中のダンジョンで宿を始めるなんて馬鹿な事をしなければ、安穏と生きられただろうに。欲を搔いたばかりに商業ギルドの悪魔に目をつけられるのだ。


 さっさと仕事を終えて、こんな田舎町から出たいものだ。何だか生臭くて適わん。どうやら俺はこの町が嫌いみたいだ。俺の故郷はワカチナ西部にある海辺の町。潮風が懐かしく、酒飲みの男たちが喧嘩するような長閑な町だ。こんな土臭い田舎じゃない、風光明媚な町だ。

 この仕事が終わったら少しだけ帰ろうかな。


 宿に来て正直驚いた。内装は綺麗だし、受付嬢も可愛い。ガキも働いているようだが、接客がしっかりしていて、好印象を持った。元冒険者にしてはセンスがいいし、活動中のダンジョンとは思えない。俺の中のダンジョンは、床が血に濡れて、魔物と人の腐臭が漂う薄暗い洞穴だ。


 田舎の宿にしておくには勿体ないと思った。

 そして受付でもう一つ驚いたのが、宿代の安さだ。ここよりもボロい宿で2倍の金を取る所を知っている。その宿が悪いのではなく、ここが異常なのだ。まあ客にとってはいい事なので、素直に喜んでおいた。経費が浮けば、懐に入れる分が増えるのだから。


 俺は敢えて1人で泊まることにした。むさ苦しい奴らとは部屋を分けたいとかそういうんじゃない。作戦では、俺が情報収集を行い、現場から離脱する手はずを整えることになっているからだ。あいつらと違って単独の任務になるので、わざわざ一緒に居る必要がない。

 そしてその日の夜、市場へと酒を買いに行き、軽く胃に流し込んだ。そして、スフミ州でかっぱらっておいた商人の服に身を包み、香水代わりに酒を体中に振りかける。

 べろべろになったふりをして宿に戻ると、入り口横で力尽きたように狸寝入りを決め込んだ。襲撃は夜間に行うから、逃走経路と障害となりそうな人物を把握するためだ。


 やって来たのは、ナヨナヨしたオトコ女だった。起こされるのは想定内だ。俺は演技でごまかしながら狸寝入りを続行。コイツは一瞬で片付くから警戒する必要は無いだろう。

 次にやって来たのは青年だ。やけに色白で頭の良さそうな面をしている。どっかのボンボンだろうか、何でこんな宿で働いているんだか。危険はないが、貴族の落とし子や有力商人の庶子だったら、ヤバいかもしれないな。まあ、ケガはさせないように警戒すればいい。

 最後にやって来たのは、メガネで無精ひげの暗い男だ。かなり細身で青い顔をしている。問題ないな。この3名が夜勤で働く者達。簡単に逃げられそうだ。


 またオカマが起こしに来たか。そろそろ退散するか?情報は得られたわけだ。腰も痛くなってきたし部屋で休みたい。


「冒険者かなー」


 オカマの言葉で、耳をそばだててみると、確かに外から足音が……。

 冒険者では無いな。複数人、1人はガキだ。この足音は3人いるな。こんな夜中に帰ってくるのか。一体どんな用事があったのやら。


「ベンケン・シャスキーです。お願いします、今すぐオンツキーさんに会わせてください、お願いします」


 ――――なにっっ!?ベンケン・シャスキーだと?


 この町で唯一のホロトコ商会だったので、きっちりと脅しをかけた。コイツはたしか支店長だったはず、何でここに!?しかもオンツキーだと?確かホロトコ商会とこの宿は取引があると聞いたが、こんな時間に取引か?それとも納品、あり得ない。そしてこの焦りよう。

 顔を見られてはマズいな。

 俺は大きく顔を伏せ、一言一句聞き漏らすまいと全神経を耳に集中させた。


 なるほど、状況は掴めた。

 俺たちの言いつけ通り休業していたが、ホロトコ商会を裏切ることだけはできず、助けを求めてきたらしい。

 どうでもいいが、後で仕置は必要だろう。方法は後で考えるとして、収穫が2つもあった。


 1つ目はバードン・オンツキーの住む場所だ。オカマはこう言っていた。

()で男の人が泣いてるので来てくださいなんて言えませんので」と。

 つまりバードン・オンツキーは下に住んでいるということだ。更にはこの時間、確実に眠っている事も分かった。


 2つ目はバードン・オンツキーを見て分かった、戦闘能力だ。

 元S級冒険者だとは聞いていたが、全く信用していなかった。何故ならコイツの役職(ジョブ)はオールラウンダーというクソ役職(ジョブ)だからだ。

 荷物持ちの何でも屋。囮に使うぐらいしか利用価値がない役職(ジョブ)の男がS級?あり得ない。


 昔はよくあったのだ。金でランクを買うという悪習が。俺もその時代の冒険者だから否定はしないが、ターゲットの身上調査をする上では非常に邪魔だ。

 適正なランクかどうかを調べる手間が増えてしまう。恐らくその類だろうと踏んでいたが、今確信に変わった。


 ぶよぶよの体に、のんびりとした表情。死線を離れて長いと見える。恐るるに足らず。

 今回の仕事も楽に片付きそうだ。


 明くる日、仲間達に昨夜の情報を伝え本日の夜決行すると伝えた。

 計画はシンプルだ。


 夜中に夜勤組を襲い、人質を取る。リーダー格のオカマにバードン・オンツキーの家まで案内させる。

 人質達を殺すと脅しターゲットを攫うだけ。

 州外へ出てから人質は捨てれば良いだろう。いや、足が付くとマズいな。頃合いを見て殺すか。



 夜も深まった。

 ――決行の時だ。


 部屋を出て隣の扉を軽くノックする。一回目のノックで扉が開き、仲間たちが出てきた。

 お互いに頷きで合図をして、布で鼻から口を覆った。今日の受付はメガネのヒョロい男だ。脅しを掛けてオカマとボンボンを呼び出すように伝え、後は計画通りに進める。


 廊下を進み、転移陣が備えられた突き当りまで来た。左側にある受付台を見ると、メガネは暇そうに座って入り口を眺めていた。


 ダガーナイフを腰のホルスターから抜き取り、受付まで即座に距離を詰める。

 ナイフを喉元に突き出して、静かに捲し立てた。


「大声を出したら殺す。指示通り動け。背いたら殺す。分かったら頷け」


 メガネは一瞬驚いていたが、鼻からため息を漏らすと一つ頷いた。

 なんだかやけに冷静だ。面食らって思考停止しているのだろうか。

 仲間たちは手際よく受付を乗り越えて、メガネを縛り上げた。


「オカマと金持ちそうな若造がいるな。ソイツらをここに呼び出せ。俺の指示通りの言葉でだ、いいな」


 メガネは頷き、受付の下にある何かを目で示した。取れということだろうか。


「おい、この辺りに何かあるか?」


 中にいる仲間に尋ねると、手渡されたのは魔石だった。

 ――ナメやがって。


「おい、一発殴ってやれ」

「ういー。おらっ」


 バゴッ!

 メガネが吹っ飛び、口元からはだらりと血が滴る。コイツ、やけにタフだ。倒れずに座ってやがる。緊張で痛みが麻痺しているんだろう、俺も冒険者時代にあった。


「ポケットに魔石があるはずだ。なぜそれを使わない」

「…………」

「話せ」

「深い意味はない」

「ふんっ。まあいい。ポケットから魔石を取り出してやれ」


 やはり持っていた。コイツが示した魔石は、何か緊急時用の物か?危なかった。昨日シャスキーが来なかったら、情報を得られなかっただろう。


「いいか、こう言うんだ。血を流した冒険者がいるから、手当を手伝ってほしい。もし状況を聞かれたり、他の従業員を呼ぼうとしたら魔石を切る。いいな?」


 頷いたのを確認し、仲間が魔石に魔力を流した。正八面体に形を変え、暫くの沈黙があったが、すぐにオカマの声が響いた。


「おつかれー。どうしたのー?」

「――――――――冒険者が」

「クーちゃん?冒険者が何?」

「――――――――――――――――黒樹根(こくじゅこん)の葉は無毒だ!」

「えっ?えっ!?クーち……」


 コイツ!!

 クソッ暗号だな。

 危機を知らせる合言葉だろう。


 やりやがったな、クソメガネ。

 仲間がすぐに魔力を止めたが、応援を呼ばれるな。ちっ、こうなったらゴリ押しだ。


「コイツはシメろ。一人でいいな?」

「問題ねえな」

「俺たちは……」


「おいコラ、ぶち殺される覚悟出来てんだよなあ?」


「はっ?」


 転移陣が並ぶ場所に目を向けると、そこに居たのはバードン・オンツキーだった。昨日と同じで締まりの無い服装だが、表情は鬼のようだ。

 だが問題ない。所詮は金で買ったS級の元冒険者だ。実力は俺と同じかそれ以下だろう。俺たちは5人、すぐに終わる。


「お前らっ、やっちま……」


「よっしゃきたあああ!待ってたぞボケがぁ!今すぐ掛かってこいやあ!」


「はあ?」


 アイツは、確か従業員だな。昼間に見た気がする。

 何で出てきた?ただの強盗だとでも思ったのか?それにしても随分と気合の入った野郎だ。

 ――何故笑っているんだ。気でも狂っているのか?

 まあいいさ、すぐに笑えなくしてやる。


「やっちまえ!」

「おう!」


 3人の仲間が飛び出した。

 ナイフで軽く傷を入れれば、きっと大人しくなるはずだ。


『障壁』


 ふんっ、障壁だと?こっちはA級が揃ってるんだ。そんなもん簡単にぶち破るに決まってんだろうが。


「ぼへっ」


「ナイフ使いかよ!俺も持ってくりゃ良かったわ!」

「ごべっ」


「アーリマ、殺すなよ!」

「へぶっ」


「――――へぇっっ?」


 何で?何が?何を?えっ?ちょっと意味がわかりません。

 仲間が倒れている?


 1人は足元の障壁につまずいて。

 1人は若い男にぶん投げられて。

 1人はバードン・オンツキーに迫ったものの、ナイフを避けられて腹パン一発。


 どうなってんだよおい!


「クーさんを放せ。そしたら加減してやる」


 はっ!人質がいる。

 そうだ、まだ俺達にアドバンテージがある。

 大丈夫だ予想よりも強いが、人質を見殺しにはできないだろう。


「バードン・オンツキー、俺と一緒に来てもらおうか。そうしたらメガネは解放してやる」

「次、俺に命令してみろ。騎士には引き渡さんからな」


 ――――――――――――――――――――――――――――――やべえ。


 コイツ、やべえわ。

 マジもんのS級か?


 見誤ったか?オールラウンダーなんてクソ役職(ジョブ)がS級だと?

 あり得ないと思ったが、現実はこのザマだ。


 俺の本能が危険だと告げている。この男は本物だと告げている。そして若い野郎も相当の手練だ。俺一人じゃあ太刀打ちできないだろう。


 コイツら、コイツら、何で宿なんかやってんだよ!


 マズいマズい。どうする俺。

 ここで逃げたら商業ギルドに消されるだろう。だからといってコイツらと?絶対に死ぬ!騎士に引き渡さないと言っていた。

 どういう意味だ?

 逃がすってことか?いや、騎士に引き渡さない事が罰かのように言っていた。


 あっ。ここは活動中のダンジョンだった。


 またダンジョン生活しろってか!?絶対に嫌だ。俺には家族がいるんだ。帰る、必ず帰る。

 何とかしないと何とかしないと。


「解放します。見逃してください」


 おいぃぃ!裏切るなよバカ!人質がいなくなったら俺どうすんだよ!裸で突撃しろってか?

 めっちゃ見てるよー。目が据わってるよー。クソ怖えーよー。


「すみませんでした。殺さないでください。騎士に引き渡してください」


「ああーつまんねえ。チョロかったっすね」

「はあ。夜中に起こすなよバカが」


 S級ってこんなに強いんだねー。いい勉強になったよ。

 俺、A級なのにビビって何もできなかったよ。

 はあ、もう辞めよう。畑を耕すでもいい、力仕事でもいい。

 そうだ、故郷に帰って漁師になるのもいい。家族で慎ましく暮らそう。


 クソッ。その前に商業ギルドから逃げないと。


 ※※※


「何が目的だ」

「あなたを誘拐するようにと」

「商業ギルドか?」

「はい」

「冒険者崩れだな。このナイフは冒険者しか買えない物だ」

「その通りです」

「ベンケン・シャスキーさんは知ってるか?」

「俺がやりました」

「――えっ、あ、そう。じゃあもう安全だと伝えていいか?」

「分かりません。また刺客を送り込むかもしれません」

「なるほど」

「すみませんでした!」


 随分と大人しくなったな。大柄で、結構強そうなのにな。中身は大したことないってパターンか。さてどうしたものか。

 騎士に引き渡せば、商業ギルドに情報が流れて証拠隠滅か。コイツらも消されるな。だからといって地下に閉じ込めるのもあり得ない。

 いやいや、情け無用だ。


「お願いします、1つだけ頼みを聞いてください」

「泣かなくてもいいのに……。何?」

「妻と娘に愛している、そして済まないと伝えてください」

「――はあ」


 困ったなあ。お子さんがいるのか。コイツが居なくなったら、稼ぎ頭がいなくなる。女性が仕事を探すのは大変だからな。それに子守をしながらってのもキツイだろう。嫁ぎ先が見つかればいいんだろうが、どうなんだろうか。


「奥さん、いくつだ?」

「35です」

「お子さんは?」

「2歳です。やっとできた子供で、俺もあいつも年なので……。娘が最後の…………」


 はあ、厳しいな。出産するのに35歳はかなり高齢だ。母体にも赤ちゃんにも相当な負荷が掛かるし、魔法での補助も限界がある。

 家の跡継ぎを産めないとなると、嫁ぎ先を探すのも無理だろうな。

 それに2歳。


 孤児か――――。


 ダメだ、絶対に。

 俺みたいな奴を俺自身が作ってどうする。コイツはムカつくけど、子供はなんにも悪くない。

 だからといって、このまま無罪放免てのもあり得ない。

 荒くれ者の前科持ちを管理できて、尚且つ仕事もくれる。そんな職場、あるわけないよなー。

 ないよ、な?

 あるわ。


「マフィアになるか?」

「はっ?」

「商会に手を出したんだから、たぶん死ぬような思いをする。正直に言っておくと、拷問とかされると思うんだ」

「え?えっ!?」

「だけど、それに耐えられたらマフィアとして雇ってくれると思う。そしたら家族と過ごせるし、何より子供が寂しい思いをしなくて済むだろ?」

「マフィアって、まさか……」

「ホロトコの所で働く気はあるか?その気があるなら俺が仲介する」

「分かった!何でもやる!拷問も耐える!」

「よし。ここで大人しく待っといてくれ」

「ありがとう、ありがとうございます」


 クーさんは大丈夫だろうか。暗殺術が趣味らしいけど、さすがに怖かったろうな。

 アーリマが縄を解いて、手を差し伸べたが、クーさんは不機嫌そうに立ち上がった。まだ動揺しているのだろうか。

 受付に向かい、声をかけてみた。


「クーさん、ケガは大丈夫?」

「……」

「あ、あのー、明日キツそうだったら休んでいいから!」

「……」


 長い受付の中を通りスイングドアに至るまで、こちらを見ることもなかった。すれ違いざまにチラリとだけ睨まれた気がしたが、気のせいだろう。

 それにしても無視、か。動揺してるって感じじゃなかったな。なんか怒ってるのか?なんかしたっけな。

 まあ足取りもしっかりしてるし大丈夫だろう。明日、また声をかけてみればいい。


「なんすかアレ。ありがとうもなかったっすよ」

「まあ、驚いたんだろ」

「ふーむ。そうなんすかね」

「そういうことにしとこう。もう少しコイツらの面倒見ててくれるか?」

「うっす」


 夜も遅いから連絡するのは失礼にあたる。しかし幸いなことに、リンは夜型だ。つまり、この時間がベストタイミングという事だ。

 執務室に入り、机に向かって腰かけた。夜中に来るのは久しぶりだ。宿を始めたばかりの頃は、寝付けないユーリと一緒にここで遊んだ思い出がある。ちょうど今みたいに、めちゃくちゃ眠かったんだよな。

 魔石に魔力を流して意識を集中すると、正八面体へと変形した。

 いつもなら、なかなか出てくれないのだが……。


「おう!珍しいなボケ!」

「お、おお。元気だな」

「お前らの時間で言うとちょうど昼間だ。バリバリよ!」

「ああそう。ちょっと相談があってな……」


 今日起きたこと、それから冒険者崩れについて話した。奥さんと子供だけを残すと、いずれは離れ離れになり孤児になってしまうだろう。それは避けたいから、何とか雇ってくれないかと。一応、そこそこ強かったと付け足しておいた。嘘ではない。俺とアーリマが強かっただけで、あいつらも少しは出来る。ランクで言うとB級だな。うん、そこそこ強いで間違いない!


「いいぞ。シメるってのは言ってあるんだろ?」

「ちゃんと言った。それでもやるってさ」

「ならお前のとこで預かっとけ。支店の人間に拾いに行かせる」

「あー支店に関してはだな……」


 シャスキーさんの件を伝えた。はっ?とかチッとかの連続だったけどちゃんと伝わっただろうか。裏切りというワードを極端に嫌うからなリンは。やったら死刑、やらないのが当たり前。コイツには中間がないからシャスキーさんが心配だ。


 もちろん、死刑を回避できるように説得をした。ウチにしてみれば紙が来なかっただけだし、今日の納品については事情が事情だから、遅れると言わなくとも承知している。他の店は知らないが、まじめにやっていると思うと伝えた。正直全く知らないけど、()()と感想を述べただけだ。


 それにリンが怖すぎるのが悪い。こういう事で脅されましてと報告しようものなら、絶対にブチ切れるのが目に見えている。

「てめぇで処理しろよハゲ」とか「消したんだろうな」とか言われるのが俺でも想像がつく、と伝えたら案の定ブチ切れられた。


「どいつもこいつも!てめえで片を付けろよカスが!お前も庇ってんじゃねえよ。商品が来なかったって正直にクレームつけてみろやっ!」

「へええ、何で俺が怒られる……」

「ったく。マジでクソだな商業ギルド」

「なんかあったのか?」


 どうやら、魔石が大量に盗まれたらしい。荷馬車を襲われ、魔石を奪われ、それをつい最近まで隠されていたと。それも冒険者崩れの仕業だから、きっちり絞ってやる、と。


「殺さないよな?子供がいるんだからな?忘れるなよ?」

「分かってるわハゲッ!はあ、とにかく冒険者崩れ共はお前が面倒を見ろ、朝には遣いを寄越す。シャスキーには、私から話しておく」

「そうか、分かった。よろしく頼む」

「じゃあな」


 何とか、上手くまとめられた……よな。


 ※※※


「あなた、連絡が来てるわよ。お願いだから出て」


 眠そうにする妻に起こされて、渋々ながら連絡用魔石を手に取った。こんな時間に一体誰だ。まったく、非常識な奴がいたもんだ。少しだけ怒りを滲ませて魔石に意識を向けた。


「はい!」

「はい?ああ゛?なんだよ、こんな時間にうるせえなってか!?」


 ――――ホロトコ会長!?


 ああああ、マズイ。


「も、申し訳ありません。いつでもご連絡をお待ちしております、はい。本日はどうされましたか」

「どうされたじゃねえだろ。商業ギルドに脅されたらしいな」

「は、はい。しかし私は裏切っていません。あの、あああ、た、確かに勝手に休業はしましたが、も申し訳ありません。ですがそれ以外は何もしておりません。誓って本当です」


 私の慌てように妻も起きてしまった。不安そうに見つめるが、私にできる事は正直に全てを打ち明ける事と、謝る事、そして懇願すること以外にない。

 すまない、お前たちだけでも助けてもらえるよう何とかする。

 だから私を見ないでくれ、お前を巻き込んでしまった私を見ないでくれ。


 魔石からため息のような音が聞こえ、思わず息を飲んだ。死刑宣告を待つ囚人のようで、恐ろしくて堪らない。


「脅されたってのは、具体的に何をされたんだ」

「み、店に、ナイフを持って店に詰めかけてきました」

「それだけか?」

「あ、ああ、後は……」

「さっさと言え!」

「息子が、攫われ、攫われそうに」


 再びため息が聞こえた。

 今考えても胸が苦しくなる事件だった。遊びに行った帰り道、冒険者崩れに連れ去られそうになった。そこにたまたま通りかかった、正真正銘の冒険者達が助けてくれなかったら、息子とは一生会えなかっただろう。


「ケガは?」

「膝を擦りむいた程度です。会長!お願いします、妻と子供は見逃してください!どんな罰も受けますから、妻と子供だけは助けてください」

「ったく。揃いも揃って、私をなんだと思ってんだ」

「申し訳ありません。ですが……」

「黙れ」


 沈黙が痛い。会長はどんな表情をしているのだろうか。

 私は商人だ。人の機微を見抜き、欲しい物を与える修行をしてきた。だから目の前に彼女がいれば、きっともっと上手くやれたはず。

 魔石越しではあまりにも惨い。宣告を受けるにはあまりにも。

 頼むから家族だけは……。


「裏切らないのが普通だ。だから感謝もしないし同情もしない。そしてお前たちに制裁を加えることもしない」

「ほ、本当ですか!」

「私が嘘つきだと思うのか?」

「い、いえ。ありがとうございます!」

「朝にはアブラハムを向かわせる。それまではお前が冒険者崩れの面倒を見ろ」

「面倒を見ろ、ですか?」

「宿を襲いにきたらしい。狙いはお前じゃないけどな」

「そうですか……私が奴らを」

「アイツらにはギルドに殺されるか、私に殺されるかの2択しかない。そして私は許してやると決めた」

「……」

「死ぬよりもキツイ制裁を課す。相当な被害が出たんだから当然だ」

「――はい」

「以上だ」

「……」

「ああ、それから」

「はい」

「支店は頼んだ。信用してるからな」



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