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16.夜勤組の仕事

明日から17時に投稿します。

「ほら!起きてー!」

「うんうん、起きてる……」

「ここで寝ないのー!」

「はっ!うんうん、起きてる……」

「はあ」


 ほのぼの郷の入口横では、へべれけの商人が床に座り込んでいた。ピトッと壁に張り付き、ピンと足を伸ばして、頭だけが上下に動いている。


 夜勤組あるある1の酔っ払いが寝る、が発生したのだ。受付に立つのはスカーレットで、あるある1の当番も彼女になる。


「風邪引いても知らないからねっ!?」

「はっ!ああ、うんうん、起きてますよ……」

「はあ」


 なかなかの強敵だったようで、一旦退却して受付に戻った。こういう時は少し眠らせて、折を見て起こしたほうがいいと経験から悟っているからだ。

 宿としても見栄えが良くないので、本当は部屋に返したいところだが、動かないのでどうしようもない。


 酔っ払いは毎晩のように現れる。ここは田舎町。ワイワイ騒げる店屋は少ないのだが、必ず一人は出てくる。久々に友達と飲んだのか、寂れた飲み屋でベロベロになるまで楽しんだのか、経緯は誰にもわからない。


「スカーレットの姉さん、全室点検終わりやした」

「はーいお疲れ」


 少しこなれてきたウネツが、一日一回の全室点検を終えて戻ってきた。この点検は、空き部屋の備品と清掃状態のチェックを行う。基本的に日勤組が備品の補充や清掃を行うので、そのダブルチェックの業務である。


 そもそも使っていない部屋なので夜勤組が手を施すことは殆どない。しかし時々、何故か布団が捲れていたり、何故か動物の毛がカーペットに絡まっていたり、何故かトイレが水浸しになっていることがあるので、その際は清掃や整理を行う。


 バードン曰くダンジョンのせいらしいが、詳しいことは教えてくれなかった。

 得体の知れない何者かの仕業だと言われるよりは安心だが、ダンジョンも十分得体が知れないので、点検は誰も好まない。好まないので何も知らないウネツに丸投げしている。


「まーた酔っ払いですかい、放置でいいんで?」

「後で起こすからいいのよ。それより掃除は?」

「スパワさんがやっちょります」

「大浴場でしょ?食堂と洗濯場、それから従業員控室、トイレ、廊下に階段、やることたくさんよ」

「おお、忘れておりやした。では行って参る」

「――――普通に喋ればいいのに」


 ウネツの定まらないキャラに飽きてきた。最初は面白かったのだが、一緒に働くと結構効いてくる。ボディーブローのようにじんわりと。

 工具・道具制作庁時代、ウネツとは別の部署だった。ウネツは研究職で、魔法理論、魔力解析、魔法収集など、工具や道具に活かすための研究をしていた。


 制作系の部署と仲が悪いので、こうして働けているのは感慨深い。


 というのも、制作系と研究系は完全に独立した部署であり、横のつながりが希薄だ。やり取りはすべて文書で行い、魔石の連絡や口頭での交流は禁止されている。嫌いだからとかいじわるしたいからとかではなく、確実な証拠を残すようにと上からの厳命があるからだ。


 まあそれも、お互いの仲が悪いから疑心暗鬼になっているからで、今となっては何が原因かなんて誰も覚えていない。

 縦割り部署のせいで、一日で作れる物を一週間掛けるなんてザラ。アドバイスを求めるために、一行の文書を出しても、返答は3日後というのはよくある話。とても効率が悪くなっているというのに、誰も何も言わない。


 痺れを切らしてしまったので、ウネツと密かに共同開発をしたりしていた。それ以来の縁だ。

 ウネツだけではない。効率の悪さを嫌い、積極的に交流を持ちたいという者は結構多かった。特に若者に。しがらみに縛られないからこその発想だが、ベテランが多い上層部に目を付けられると閑職に追いやられてしまうので、行動する者はほぼいなかった。


 辞めたくないと思うのは当然で、工具・道具制作庁は超が付くエリート集団。しかも、公務員で高給取り。地位も名誉も金も、全てが揃う場所であり、魔法道具系に命を懸ける者にすれば天職なのだ。


 天界のスーパーエリート職能集団から地上に降り立って、初めて働いた場所がこの宿であり、ウネツも同じらしい。

 全く後悔はない。仕事は楽しくても人と合わなかったら、職業として成り立たない。成り立たなければ、評価されず仲間も減りいつしか苦痛になる。


 期せずして辿り着いた先だが、とてもいい職場だ。


 同僚もバードンさんもみんな和気あいあいとしていて、時間に追われてピリピリするなんて微塵もない。競争相手を蹴落とすことに躍起になることもないし、学歴で人間性を見ることもしない。それがとても新鮮だった。


 それに、何よりも良いところは、ここがダンジョンだということ。この国の金と力と時間を掛けても解明しきれない謎が間近にある。それだけで研究者、制作者の血が疼く。

 しかも最近研究室なるものが出来た。初めて見た時は唖然とした。


 国王が勅命を出して設立された制作庁ですら、あのレベルの研究室は持っていない。つまりこの国最高の研究室が使い放題だというのだ。

 まあウネツが起こした爆発事故のせいなので大っぴらには喜べない。

 だがしかし、嬉しい誤算というか、棚からぼた餅というか。


「すいやせんスー姉」

「略さない!何?掃除してたんじゃないの?」

「掃除用具が何処にあるのか分かりやせん」

「どこの掃除をしようとしてるのよ」

「食堂でやんす」

「ああ〜場所を変えたって言ってたわね。入って右に真っ直ぐ行くと壁に突き当たるでしょ?魔力を流すと壁がスライドして掃除用具が出てくるわよ」

「ほう、承知!」

「あ、ちょっと待って」


 この前バードンさんに依頼された金の女性像の解析について、進展が気になった。


「バードンさんから預かってる、例のアレどうなのよ」

「ああ、アレですかい……」

「な、なに?またトラブル?爆発だけは止めてよね」

「爆発なんざ……爆発なんか起こしませんよ。そりゃあもう細心の注意を払ってますから」

「じゃあさっきの間は何なのよ」

「それはですね……」


 端的に言うと、八方手詰まりで困っているそうだ。


 魔法の工具・道具を「解析」する際、大まかに3つの工程を経る。


 第一の工程は工具か道具かの判別だ。

 工具とは魔法道具を修繕したり改変したりする物を指す。道具とは何かを作る際に使用したり、生活や仕事を捗らせたりする物を指す。


 魔法道具は、魔力の伝導率や使用効率などの魔力の運用に重点を置いて作られる。その修理に使われるのが工具。

 工具が最も重視するのは、道具の仕様を変えないようにすることだ。そのため、魔力を通さない物質でできていたり、魔力を反発したり逆に吸収しつつ流用したりと、本体の材質はかなり厳選されている。


 あの像は純銀製で表面は金メッキ加工が施されている。銀が最も魔力を通しやすく、金も金属の中では伝導率が高い。つまり魔力の伝導率に重点を置いている事が、素材だけで分かる。これは「道具」であることを意味していて、第一工程は難なくクリアできたそうだ。


 ちなみに「工具」に銀を使うと、使用者の魔力が予期せぬ形で影響を与えたり、被使用側である「道具」の魔力が予期せぬ方向へ流れてしまったりする。すると、「道具」本来の性能が発揮出来なくなるどころか、性能を著しく低下させたり、最悪の場合破壊してしまう。


 道具だと判明した場合の第二工程は、魔力が貯蔵されているかどうかだ。

 例えば魔石が埋め込まれているとする。魔石があるということは魔力が残っているかもしれない。魔力が残っていれば触れた途端に作動してしまうかもしれない。つまり未解析の道具が暴走するわけだ。「道具」の使用目的が非致死性であったり、非殺傷性の物であれば、冷や汗で済む話だが、そうでなかったら。


 世の中には危険な道具がある。


 有名なのは【モンスタートラップ】といえば思いつく、あの細長い円筒形の道具だろう。

 小さな見た目には不釣り合いな魔力を必要として、ひとたび作動すると誰にも止められない。

 何故なら魔物たちが餌だと勘違いして集まってくるからだ。魔物を全て殺して止める必要があるのだが、そんな猛者が身近に居るだろうか。


 もう1つ誰にも止められない理由がある。精神操作系統の魔法が作動しているからだ。だから、集まった魔物たちは互いに食い合う。それもトラップの魔力が尽きるまでだ。

 人間も例外なく魔法の影響を受けるから、精神操作に対抗できるような魔法に明るい者でなければ、近づくと同時に魔物たちの中に飛び込んでしまうだろう。


 つまり、【モンスタートラップ】を止められる者は、大量の魔物を駆逐できて、かなりの魔法の使い手だと言える。


 そんな恐ろしい道具だが、始動の方法はとても単純で、魔力を少し流すだけ。

【モンスタートラップ】上部を捻って魔石の魔力を拡散させると、魔力に反応した魔物たちが集まってくる。そこで一匹でも道具に触れれば、作動するという寸法だ。


 これが解析対象であれば、誰も近づけない。いつ尽きるとも分からない魔力が無くなるまで、解析担当者は錯乱し続けることになる。もちろん、魔法に長けた者がいれば対処は可能だが、都合よくいるとは限らない。


 という理由から、魔力が貯蔵されているかを調べる必要がある。


 その方法は2つある。


 1つは亜人に調べてもらう方法だ。亜人は生物が持つ固有の魔力を視認できるから、道具に蓄えられた魔力を触れずに調べられる。最も安全ではあるが、この国は亜人差別が酷いので、現実味がない。あるとすれば奴隷に頼むぐらいだろうか。


 2つが道具の周囲を完全に密閉して、その空間の中で魔法を使用する。そこで現れた魔法の差異を元に推測する方法だ。

 魔法には生物が持つ「動的魔力」と辺りに漂う「浮遊魔力」が必要で、道具には「動的魔力」が蓄えられている。


 現代の知識と技術では「浮遊魔力」を測定したり貯蔵したり出来ないので、道具の中にある魔力が「動的魔力」であることは間違いない。

「動的魔力」が「浮遊魔力」にイメージを伝達することで「()()()()」が魔法として発現する。


 この根本原則と「浮遊魔力」に関するいくつかの定説を利用すれば、解析対象の道具が魔力を貯蔵しているのかどうかを推測することができる。

 あくまでも推測なのは、魔法を使う人によっては上手く判断できないからだ。


 推測方法は簡単で、量を測りやすい魔法、例えば『水』をコップに注ぐとする。この時、解析対象の道具から一定の間隔で魔法を使用していく。

 一番遠い地点から近い地点まで魔法を使用したら、その結果を観察する。近づくにつれ比例的に『水が』増えていれば、道具は魔力を貯蔵していると判断する。


 これは「浮遊魔力」の性質のうち「恒常性」を基にした推測方法だ。

「浮遊魔力」は自身の濃度を一定に保とうとするから、「動的魔力」の周囲の「浮遊魔力」を増加させて均質化を図ろうとする。そのため、「動的魔力」を貯蔵する道具の周囲で魔法を使うと、『水』の量が増えるというわけだ。


 一般的には属人性を薄めるために、複数人がこの推測方法に関与する。


 今回の道具に関しては魔力があっても、触って問題ない事が分かっていた。何故ならバードンが素手で持っていたからだ。

 道具に触れる時、魔力漏出を抑えていたか?それは事前に確認していたので、多少魔力を流しても大丈夫だとの確信があった。しかしそこに問題があった。


「触ってもオン・オフするだけで特に変化がなくて。大量のヴェールなんて出る気配もないですよ」

「なるほどね。それで?魔法を試してみたと」

「はい」


 像に触れると道具が始動する。触れ続けるとある時点でヴェールが発生する。これは恐らく動的魔力を可視化したものだと思われる。何故なら、道具の素材が銀という伝導率の高い物質だから。

 オン・オフができて、ヴェールが発生しても、特に変化がない。何も起きない。ひらひらしているヴェールに触れてみるが、体に異常を来たしたり、道具に動きがあるわけでもない。


 結果が出ない状況と、魔力を流しながら触れても問題が起きなかったという体験が不注意を招いた。保つべき警戒度を根拠なく引き下げてしまったようで、小規模の魔法で試しても大丈夫だろうと錯覚したそうだ。

 そして爆発。


「ヴェールに触れるとマズい、それ以外の発見はありません」

「んー」


 道具というのは何かの目的を持って作られる。その目的が分かれば、道具の使用方法にも輪郭が見えてくる。使用方法が分かれば目的が見えてくる。今回はその両方ともが不明。確かに難しい。


「商人さんが持ち込んでいて、魔力と思われるヴェールが無数に立ち昇っていた。基本的に触れても無害だけど、魔法を使用すると想定以上の威力になる、のよね」

「そうです。爆発以前も爆発後もヴェールは一枚だけで、場所が関係しているわけではないと思います。となると人数ですかね。魔力の数を増やすとヴェールが増えるのかもしれません」

「それなら魔力の量はどうかしら。バードンさんは魔力量が多いそうよ」

「なるほど。今後はどうしたらいいんでしょうか」


 目的も使用方法も不明ならば仮説に基づいて解析を進めるしかない。道具の使用は危険が伴うから、目的に仮説を立てて間接的に道具の仕様の推測をする方がいいだろう。


 そもそも、魔力を可視化できる道具というのは高価だ。そして使われている素材も銀、つまり高価。そんな道具を一介の商人が持ち込んで、ろくに使い方も知らなかった。上の人間に指示されたそうだけど、あまりにもお粗末なコミュニケーションだ。


 達成すべきタスクとその方法をキチンと下達しないのは、上位の人間が知られたくなかったからだと思う。知られたくないが、自分が動くまでもない?もしくは動きたくない。だから最低限の指示を伝達して行動させた。その内容は「魔力調査」。


 誰の魔力を調査するのか、調査とは具体的に何をもって調査とするのか。例えばバードンさんの魔力を調査したかったとしよう。

 商人さんが行った方法、つまり像を持ち込むだけでは全く意味のない調査になる。


 個々人の魔力の質が違う事は自明だから、今さら調査をする意味はない。

 保有量を調べるのに、こんな高価な道具を使う必要は無い。

 量・質以外の調査ならば口頭での質問、魔法の発現、魔法の威力、浮遊魔力の変化量など道具で測れない方法で行うしかないはずだ。


 つまり誰かの魔力を調べたい訳ではない。「魔力調査」、なんの魔力を調べたいの。


「――ダンジョン」

「はい?」

「ダンジョンの魔力を調査しようとしたのでは?ダンジョン内部に道具を入れる事が出来れば、魔力は簡単に手に入るでしょう?外からじゃ調査できないもの」

「そうですね。ダンジョンの魔力は基本的に外部には漏れないですからね」

「つまりダンジョンの魔力調査を行う道具ということね」

「はあ、それであればなんとなく……」

「なんとなく?」

「場所は関係ないと言いましたが、1つ気になっていたんです。バードンさんが無数のヴェールを見たのは客室で、実験しているのは従業員しか入れない部屋です」

「ヴェールの枚数はダンジョンの魔力が関係している?」

「可能性はありますね。であればヴェールは気にせずに機構の分析だけを行って仮説を積み上げる」

「そしてバードンさんの許可を得て実験すれば、答えが出る、わね」

「それなら数日で出来そうです!ありがとうございます、先輩!」


 御免!そう言って走り去って行った。

 入口の方を見ると、未だに商人が眠りこけている。肩掛けカバンの底には黒ずんだ汚れが付いていて、よくよく見ると服の着丈があっていない。酒ばかり飲んで最近太ったとかそういう事だろうか。あまり見掛けない顔だが、仕事が大変なんだろうなあ。

 当分は起きそうにないので、もう少し放って置くことにした。


 夜勤は人の出入りが少ないので、宿内の掃除や点検、従業員が使う控室やトイレの掃除まで行う。それにバードンさんが用意してくれている魔石の入れ替えも行うから、かなりハード。しかし、人が本当に来ないので、作業に没頭できるのが良いところかもしれない。


 客室からのコールがあるかもしれないのと、防犯の意味で、なるべく受付には誰かがいる。ということで、客室用木札の枚数確認をしながら時間を潰していた。

 受付下にある引き出しを開くと、大量の木札が林立している。差込口付近に部屋番号が記載されているから、空き室なら2枚、使用中なら1枚あるかを点検する。

 ぼーっと木札を眺めて「にーしーろーはー」と数えていると、転移陣にククルーザ・スパワが転移してきた。

 確か、大浴場の掃除中だったはず……なんで転移?大浴場は1階にあるのに、どこに行ってたのだろう。

 青い顔をして急ぎ足でこちらへとやってくるのだから、さすがに身構える。


「どうしたの?」

「1つ、聞きたい」

「うん」

「ホロトコ商会とこの宿の繋がりは!?」

「繋がり?」


 何だか最近、ホロトコ商会の名前をよく聞く。私はあまり縁がないけど、噂はよく聞くのよね。

 ほとんどが黒い噂で、マフィアのフロント企業だとか、違法道具の密売をしているとか、脅迫、殺人までするとか。

 バードンさんのお友達が商会の会長らしいけど、繋がりってそれかしら。


「ホロトコ商会から魔石を仕入れているわよ。詳しくはユーリちゃんが知っているけど、商会の会長がバードンさんの友達らしいから、安くで仕入れてるんじゃないかしら。繋がりって取引してるかって事よね?」

「――――――――分かった」

「う、うん。クーちゃん大丈夫なの?何だか顔色が……」

「問題無い、ありがとう」


 俯き加減に眼鏡の橋をずり上げた。ボサボサの前髪が顔に掛かって表情が窺えないが、なんだかとてもピリピリしている。そして、とても悲しそうに見えた。


 夜も更けて、そろそろ商人を起こそうかという頃。


 入り口は常に開かれているから、暖かい風も冷たい風も入り放題。さすがに真冬は締め切っているけど、基本的には開けっ放しだ。バードンさん曰く「こんな大きな扉だから、開けるのも躊躇うだろう」だそうだ。確かに玄関扉は見上げるほど高く重厚でいて、意匠も細かい。お客さんの視点に立つと扉だけに金を注ぎ込んだような外観をしている。


 今日はやけに風が吹く。何時までも夜風に当てるのは可哀想だと思い、そろそろ起こすことを決意した。

 真っ白い床を革靴が叩き、カツカツと小気味良い音が響く。昼間なら喧騒で聞こえない音も、夜はとても大きく聞こえる。


「お客さーん、そろそろ起きたら?風邪引いちゃうわよー?」

「はーんん、ううう、そうだなーーうん……」

「ほらー寝ないでー?立って立って!また寝ちゃうわよ」

「むにゃむにゃ、起きてるよ……」

「はあ。ダメだこりゃ」


 まあいっか。ここまでしても起きないんだから、あとで自分の行いを悔いるといい。風邪引けー風邪引けーと眠りについた商人へ念を送っていた。

 すると外から数人の足音が。


「冒険者かなー」


 こんな夜中にやってくるのは冒険者ぐらいだ。商人が夜中に、魔界まで足を伸ばすはずがない。

 そしてあるあるの2が、血みどろの冒険者現るだ。

 大怪我を負った冒険者達が必死に逃げてくるのはよくあること。彼らは魔界探索に向けて出発した客だから、文句は言わないが掃除が大変なのでやめて欲しいと強く思っている。真っ白い床が鮮血に染まり、土や変な動物の死骸の体液が飛び散るのだ。そりゃー嫌でしょ。

 はあ、とため息をついて入り口から顔を覗かせると意外な人物たちがやって来た。


「ベンケン・シャスキーです。お願いします、今すぐオンツキーさんに会わせてください、お願いします」


 入るやいなや、床に膝を折って頭を下げ始めた。異世界人が行う土下座というやつだ。謝罪するときに行うと聞いていたけど、お願いするときも使うのか。すると続けざまに現れたのは中年の女性と男の子だった。不安そうな顔をして床に這いつくばる男と私を交互に見ている。


 ちょっと不憫だ。息子さんにこんな姿を晒させるのは…………ん?ベンケン・シャスキー?シャスキーってあのシャスキー!?


「もしかして、ウチに魔石を卸してる商人のシャスキー?」

「は、はい。そうです、あの、お願いします。今すぐにオンツキーさんに会わせてください。お、お願いしますから……」


 そう言うとボロボロと泣き出した。奥さんはシャスキーさんの背中をさすり、息子さんはめっちゃ睨んでくるじゃないの。私!?私が悪いの!?いやいや、バードンさんを呼ぶって言っても今寝てるし……。


「あの、理由を聞かせてください。バードンさんもお休みになってます。上で男の人が泣いてるので来てくださいなんて言えませんので、すみませんけど」

「あなた?話していいわね?」

「い、いやしかし」

「オンツキーさん以外に頼れる人がいないでしょ?」

「そ、そうだな」


 金を貸してください?いや、それで泣くかしら。家族で夜逃げしたみたいだけど、何かヤバそうね。だってホロトコ商会の支店長なんですもの。きっとホロトコさんが関係していて、バードンさんに泣きついてきたってところじゃないかしら。


「私達は脅されていたんです。それで……」


 まとめると、ホロトコ商会と敵対する商業ギルドに脅されて商売ができない。そして商会を裏切らなければ家族まとめて殺すと言われて、こうして逃げてきたと。


「商会を裏切れば、私達は必ず殺されます。ホロトコ会長はその類の噂で有名ですから」

「裏切り者と噂された次の日には死体になっている。そんな話、聞いたことあるわ」

「だから来たんです。ホロトコ会長と親しいというバードンさんに仲裁をお願いしたいんです」

「なるほど。分かったわ」


 魔石の声がシャスキーさんに聞こえないであろう距離まで離れて、ポケットから魔石を取り出した。客室からの連絡用に受付にも1つ魔石がある。しかしこれは緊急時用の呼び出し機能が付いており、ある言葉を言うとバードンさんとアーリマさん、それからミリスさんの魔石に同時に繋がるようになっている。


 この連絡用魔石は基本的に受付から持ち出さない様にと厳命されているので、1人1個配られている魔石で連絡を試みた。

 バードンさんの家はこのダンジョンの地下にあるそうだけど、私達は行けない。地下は危ないからと、従業員の中ではアーリマさんだけが行き方を知っている。

 だから連絡するしかないのよね。


「――――――はい」


 誰か分からないぐらい低い声が魔石から聞こえた。就寝中に連絡するのは初めてなので少し怖い。寝起き悪い人じゃないといいけど。


「お休みのところすみません。ベンケン・シャスキーさんがいらしてます」

「こんな時間に?」

「なんでも商業ギルドに脅されていて、ホロトコさんを裏切るわけにもいかず、バードンさんに仲裁を依頼したいそうです」

「んー、よく分からんけど、騎士に相談したらいいのに……。今じゃないとダメっぽい?」

「見た感じ一家で夜逃げしてきたようです。シャスキーさんも泣き崩れてますし、今がいいと思います」

「――――はあ。今から行くよ」


 まあ寝起きってこんなもんよね。私はブチギレるタイプだから、戦々恐々としてたけど、良かった。

 縋る表情でこちらを見るシャスキーさんへバードンさんが来てくれる事を伝えると、ありがとうございますと地べたに頭を擦り付けていた。土下座って何にでも使うのね。


 1分も経たない内にバードンさんがやって来た。紺色のローブ姿で、白い綿の肌着がボテッとした腹で膨らんでいる。

 いつもは整えてある髪がボサボサだ。


 ――痩せたら男前?


 そんな感想を懐きつつペコリとお辞儀をしてバードンさんを迎えた。


「夜中にどうしたんですか?」

「申し訳ありません。商業ギルドが……」


 さっき話してたことをもう一度繰り返してくれた。補足するなら、バードンさんの言葉だろう。


「冒険者崩れか……」


 私は冒険者があまり好きじゃない。男の子が憧れる職業だからだ。周りの子が冒険者ごっこをする中、女の子達とままごとをしていた。そうすると父にしこたま怒られて、ボッコボコに鍛えられた。お前もアイツらに混ざってこい、ままごとは女のするもんだ、と言われながら。

 そうすると、冒険者に恨みはないのに、冒険者が心底嫌いになった。だから険しい顔をするバードンさんの真意は汲み取れなかった。


「1つ言えるのは、リンを裏切るなってことだ」

「リン?」

「ああ、ホロトコを裏切るなってことだ。絶対に殺される、それは保証する」

「ではどうすれば。お願いします助けてください」

「当分はウチに居ればいい。ホロトコにも支援するように連絡を入れておく。それから脅された件は騎士に相談すべきだ」

「商業ギルドの息が掛かっていない騎士などいると思いますか?」

「――えっ?いないの?」

「商業ギルドは東側の貴族と繋がりが強く、最近では東側とマルブリーツェの共同事業が増えてきました。マルブリーツェもその一派と考えていいでしょう」

「はあ。つまり守ってくれる奴がいないのか」

「元S級のバードンさんのお力をお貸しください。お金ならお支払いします。お願いします!」

「ムリだ。俺はここから動けないし、外で騒ぎなんか起こせない。悪いが俺はなんにもできない」

「そんな……」

「とにかく、この宿に居れば安全だ。ここで何かあれば当然助ける。外のゴタゴタはホロトコになんとかしてもらうさ」

「よろしくお願いします」


 断らないと思ったけど、いい人過ぎるわバードンさん。宿賃も受け取らないって言うし、ご飯も食べて行けって……。

 他人にそこまでする理由は何なの?ただのお節介なら異常よ。


「スカーレット、空いてる部屋を貸してあげてくれ。お子さんも疲れてるだろうし」

「はい」


 子供には弱いとかそういうことなのかしら。

 何でもいいわね。いい人には違いないんだから。

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