15.店主と娘の一日
明日は11時〜12時頃に投稿します。
大食堂はミリスの構想通りの仕上がりになった。
まず大食堂へ転移すると、短い幅広の廊下がある。5人が横並びで入れるほどの入り口に繋がっていて、その隣には簡易な受付台を設置した。
お客様は受付で木札を見せる。木札に記載されている客室の番号と人数を照合するためだ。後から遅れて来ますというパターンは、口頭で部屋番号を確認して入場させる。
中へ入ると床に矢印が書かれているので、その流れに従って進んでもらう。
まず左に進み、食器類を持って前の人に付いていく。すると料理が並んでいるので、好きな物をチョイスしてプレートに盛り付けてもらう。
始めはパンや米などの主食が並んでいて、次に揚げ物や肉類などメインになるような料理がある。更に進むと副菜となる野菜類の料理と、サラダ。
ここで大食堂の隅に突き当たるので、順当に右に曲がってもらうと、ドレッシングやスープが置いてある。そんなに数はないが、常時3種類ぐらいは置く予定だ。それからガラス製のピッチャーに入ったドリンクがあり、最後にデザートと果物が置いてある。
この並び順はタカダさんが発案したもので、如何に素早く腹を満たすか、それに重点を置いて配置したらしい。この並びが最も満腹になりやすいと言っていたのだが、恐らく異世界知識だろう。説明されても俺にはさっぱりだった。感覚的には何となく分かる気がするが。
最後にデザートがあるのは、デザートだけを食べたい人の為らしい。入り口からドリンクゾーンまで真っ直ぐに通路があるので、列を途中離脱したり、ドリンクだけ取ったりすることもできる。その流れでスイーツだけを取る人も出てくるだろうから、そういう人は端っこに流した方が滞留せずに済むだろうと、考えたらしい。
今はまだテストの段階なので、料理の数を増やしたりはしない。だが様子を見て色々と試すそうだ。
大食堂というだけあって、かなり質素にしている。あまり飾り付けてレストランみたいにするのも違うと思ったからだ。きっと、安宿でわちゃわちゃしながらご飯を食べるのがいいだろう。
それにしても、安っぽくしすぎた気がする。自分の宿にケチを付けるわけじゃないが、長テーブルを並べるだけではなんかなあ。
今日はブュッフェ形式にしてからの初営業になる。月末ということもあって、うきうきしながら宿に戻ってくる冒険者たちの姿があった。
はたまた、新しい装備でこの宿にやってきた馴染みもいて、料理代に少しだけ怪訝な表情を見せていたが、食べ放題という言葉を聞いて気前良く払ってくれた。
滑り出しは悪くない。
移行期間ということもあり本日は、ビュッフェだけでなく転送するお客さんもいる。大食堂に来て、目の前に広がるご馳走を食べるなと言うのはかなり酷。だから救済措置として、追加料金を支払うならビュッフェに変更することとした。そうしたら結構な数のお客さんが変更していった。
食べ放題、もとを取ってやるぜと息巻いていた。
始まるのは夕食からだ。さて、それまでは魔力供給でもするかな。
黒い木札で執務室へと転移すると、机の向かいに積まれている木箱を運ぶ。両手で抱えられる程度の大きさの箱だが、この中にぎっしり石が詰まっているのだから相当重い。だから魔法を掛けて軽くしてある。
空箱を隣において流れ作業のように放り投げていくわけだが、机片付けてから運ぶんだったな……。魔法書と描きかけの魔法陣が散乱していて、箱の置き場がない。
「はあ。勝手に片付けてくれる魔法作ろうかな」
魔法に不可能はない。偉大な学者の言葉だ。実際にはあるが、ほとんど不可能はない。横着な片付け下手がこの世にはたくさんいるだろうから、きっと生まれるだろう。魔法は小さな奇跡の連続なのだから、と考えながら、かき集めた紙束を魔法書に挟んで閉じた。
机に乗せた木箱を開けると、色味の違う魔石がゴロゴロと眠っていた。これは採れたての魔石で、つい最近採石場から頑張って掘ってきた。
冒険者時代、魔界探索中にたまたま発見した場所で、掘っても掘っても終わりが見えないほど魔石が転がっている。この宿がこうして大量の魔石を使用出来るのも昔の遺産が未だに活用できるからなのだ。
黒に近い魔石は蓄魔量が少なく、紫がかった澄んだ魔石は蓄魔量が多い。そして大きければ大きいほどに、蓄魔量と蓄魔回数が増えるので、価値も高くなる。
この箱1つで数百万ワカチナぐらいの価値にはなるだろう。
この中から宿の使用に適した魔石だけを選り分けて、魔力を注入していく。そのほとんどが黒っぽい魔石で、価値のある魔石はオーバースペック過ぎるので全部売り払っている。といってもそんなに儲からない。売り先は友人のリンだから、市場での相場よりもかなり安くで売っている。高級魔石は安定して手に入らないから、アイツも苦労しているらしい。そんな奴の足元を見て売るなんてできないだろ。
しかもアイツのところから魔石を買い入れてるから、利益が少ないのだ。
採石場で手に入る魔石だけでもやっていけるのだが、俺も毎日採石できるわけじゃない。それに、一人で採石しているから、一回の採石で大した量は手に入らない。あの場所の情報が漏れると、またマルブリーツェ卿に目をつけられるかもしれないから、一人でやらざるを得ないのだ。
俺が頑張ればいい話なのだが、自前の魔石には欠点もある。市場に流れないからこその欠点で、鑑定がされていないのだ。俺は魔石のプロじゃない。どのくらいの回数使用できるのか、今すぐに使用して問題ないか、など市場に流れていれば気にも留めない部分がハッキリとは分からないのだ。
魔石とは長い付き合いだから、少しぐらい目利きはできるのだが、専門の鑑定士に比べれば素人に毛が生えた程度。蓄魔できる量や回数を多少把握できても、元々の耐久性だったり経年劣化までは測れない。
かなり前のことだが、俺が採ってきた魔石が全て粉々になったことがある。
最悪だったのは、魔力を注入した瞬間ではなく、客室や木札用に使用し始めてから壊れたのだ。たまたま予備があったから良かったものの、あの時は肝を冷やした。
この事件をリン伝手に専門家に聞いてみたところ、どうやら1箇所から採石したのが問題だったらしい。だからといって明確な対応策もないそうで、普通は大規模に採石するからあまり気にされないそうだ。まあそうだろう、総量の数%は不良品なんて当たり前の事で、天然物なら覚悟すべきだ。俺の場合はその総量が少ないからハズレを引いた時のダメージがデカイのだ。全部外れってのは珍しいとも言っていたな。
そういうことで市場に流れる魔石も一定量は仕入れるようにしている。
さて、魔力供給始めますかな。
そういえば、宿に階段をつけてから、木札への魔力供給量が減った。数値化しているわけじゃないからどれぐらいと表すのが難しいが、魔物を狩ってまで魔力を補充する必要がないくらいにはなった。
正直微々たるものだが、思い描いたとおりに事が運ぶのは嬉しいものだし、仕事が減るのは喜ばしい。
当分は魔力不足に悩むこともなくなるだろうな。
そしてブュッフェ形式にしたことで転送用の魔力も必要なくなる。転送には机の下に隠した専用の陣を使っている。俺がいちいち各部屋を回るのも面倒くさいので、机の上に木札をセットできるように差込口を作った。そこに差し込めば木札の魔力を流用して転送ができるようになるわけだ。まあ、各部屋から転送することは殆どないから、専ら転送場所を指定するマーキングのための魔力しか使ってなかった。要するに大した量じゃないってことだ。
それでもかき集めれば1部屋の木札分ぐらいの魔力量にはなる。
それでも魔力のストックは貯め続けなければいけない。俺が倒れたりしたらこの宿が営業できなくなるからだ。魔石は一人の魔力しか受け入れない。空っぽになれば他人の魔力を入れることもできるが、少しでも魔力が残っていたりしたら砕けてしまう。
この部屋の魔力はこの従業員が。そんな具合に割り振れば良いんだろうが、いくつか問題がある。
重労働、慣れるまで時間が掛かる、そして魔力量だ。俺は一般人よりも魔力が多い上に魔法好きってのが高じて、魔力供給をしてもヘロヘロにならずに過ごせる。
例えばこれをミリスにさせるとどうなるか。
恐らく1日、動けずに寝込むだろう。魔力を意識して使用するってのはかなりの重労働な上に、魔力管理を日頃行っていないと、自分の底を知らないから使い果たしてしまう。さらに、魔力注入というのは魔力をしっかりと操作して、魔石に無理矢理ねじ込むという感覚を覚えないと、魔力を無駄にするだけで一向に蓄魔できないだろう。
魔力量も俺の1/10ぐらいだから、宿に必要な魔力量には到底及ばない。
あまりやらせたい仕事じゃないんだよな。
ということでこれまでやってきたわけだ。悪いことばかりじゃない。俺の魔力操作技術は磨きがかかっているし、魔力量も地味ながら増えている。人間は魔力量を増やすことができないといわれているが、あれは間違っているな。俺の師匠もそう言ってたし、こうして実体験として証明できるし。
黒っぽい魔石を両手に、魔力を注入していく。慣れてない人が行うと、磁石同士が反発するみたいに、流し込む魔力が押し返される。これは魔力量が足りないからだ。初めは大量の魔力を送り込み、徐々に量を減らして一定にしていく。ドバドバ送り続けるとムダが出るからだ。それで、この魔石が満タンになるのに3分ぐらいで、1日に3時間ぐらいは魔力補充をしている。結構疲れるし根気のいる作業だから間隔を空けて作業を行う。
この宿で一番魔力を使用するのは木札で、客室に備えてあるあらゆる魔石や魔法陣に魔力を流している。いちいち補充して回るのが面倒だからだ。トイレだったり転移だったり、鍵の開け締めにまで使う木札は1日に1回は交換する必要がある。
1日の客室利用数は50〜60部屋ぐらいで、最近は40部屋ぐらいに落ち込んでいる。その分とストック、合せて3時間だ。その日の調子にもよるが、この時間をベースにしている。
数を参考にしていないのは、魔石の蓄魔できる量がバラバラなのに、満充填する時間は3分と同じだからだ。石の大きさによってはもっと早くなることもあるが、採石段階で石の大きさは揃えているので、時間を基準にしている。
で、ちょっと疲れてきたら魔法書や新聞を読むわけだ。俺が毎日読んでいる【ジョン・ドウ新聞】は政治や経済についても書かれているが、ニッチな魔法情報なんかも載っている。文量は多くないしコラム程度のものだが、この記者さん、もしくは編集者さんは魔法好きだと思う。俺も感心するほどの小ネタが満載だからだ。そこで得た面白い情報といえば、最近は魔法を特殊な言葉で詠唱することが多いらしい。サンダーボルトとかファイアーボールとか、異世界人の影響みたいだ。
まあ、魔法ってのはイメージさえできれば言葉なんて必要ないので、何をどんな言葉で唱えようと問題ない。大げさに言えば『水』と言いながら『火』を造り出すことだってできる。
あまりオススメはしないけど……。
魔法の詠唱ってのは、イメージの具体化と固定化を補助してくれるもので、魔法に必要な工程ではない。
『水』と一口に言っても、雨だったり水球だったり、鉄砲水だったり津波だったり、もしかしたらお湯かもしれない。それを具体的に思い描く為に言葉にする。
丸い水、ボールみたいな水、水の球を造りたい、これをイメージしやすい言葉で表せばいいのだ。水玉でも水球でも水ボールでも、本人が分かればいい。言葉にして自分の思考から余計な情報を追い出す。これはなんだろうかと疑問に思う前に、名前をつけてしまうから『水球』だ!とイメージを固定化できるのだ。
初心者はこうして魔法を覚えていくべきなんだが、異世界人の言葉を使いたくなる気持ちが分からない訳でもない。
なんかカッコいいもんな。
俺の場合は、自分のやり方が染み付いてるから、多言語で詠唱することはない。寧ろ悪影響が出かねないから。
まあ言葉とイメージが結びつくなら、いいとは思うけど……。この感じだと、世代間で魔法が変わってるだろなー。
学者さん達はどんな風に魔法を教えるんだろうか。難しいだろうなー。
休憩がてらに新聞のコラムを読んでいると、ドアがノックされた。
「父上〜」
いつもは父さーんと呼ぶくせに、今日は父上とな?貴族ごっこだろうか。
「なんだ娘よ」
「紙がなくなるよ〜」
「紙?」
「ないよ〜、買って〜」
「なんか早くない?最近渡した気がするけど……」
「使っちゃったよ〜それに受付のメモも無くなりそうだよ〜」
「マジ!?台帳は?そっちの紙はあるか?」
「あと少しだよ〜」
3ヶ月に1回リンの所から仕入れてたはずだけどな……。早くね?
※※※
私のメモ帳が無くなったので、宿で使う分を拝借しようと思ったら、スッカラカンだった。仕入れ関係は私の担当だから私のせいなんだけどね。いつもは魔石と一緒に持ってきてくれるんだけど、アゼル曰く受け取ったのは魔石だけだったらしい。遅れて持ってくるのかと思ったけど来ない。それに連絡もつかない。
ベンケン・シャスキーさんは真っ当な商売人として名が通っている。田舎町特有ののんびりした時間感覚ではなく、きっちりかっちり仕事をこなしてくれると、ここに泊まる商人さんから聞いていた。
その評判もクールメ商店時代のものだから、ホロトコ商会の支店長になってから変わったのだろうか。偉い人になって忙しくなったのかもしれないけど、私は別の心配をしている。
お父さんの友だち、ホロトコさんの噂だ。
私が子供の頃の話を聞いてからホロトコさんについて情報を集めていたのだ。どの商人さんも口ごもるヤバい人だということが、最近分かってきた。
裏社会ではホロトコ商会に手を出すなと言われるほど、恐れられているらしい。裏社会が怖がる商人て、普通逆だと思うけどな。
あの人は裏の人間だから手を出すな、じゃないんだーと思ったし、スカーレットさんも良からぬ噂を知っているらしい。
ホロトコさんが5大マフィアをまとめたと聞いたとき、お金持ちとか貴族とかそんな風に思った。まさか女の人が悪人のボスとは思わない。
情報を集めて辿り着いたのは、ホロトコさんは裏の怖ーい社会の人ってこと。
だから怖いとかは思わないんだけど、シャスキーさんはそのゴタゴタに巻き込まれて失踪したんじゃないかと思ってたりもする。
商人さんは評判を物凄く気にするから、評判と違ってバックレるなんてことはしないと思うんだよなー。
「あと少しか。んー、リンに連絡すると商人さんが可哀想だからなあ。ていうか魔石は届いてたぞ?そん時に受け取らなかったのか?」
「うん、私がトイレに行ってる間に商人さんが来ちゃったからアゼルが代わりに受け取ったの。紙は忘れてたんじゃないかな」
「なるほどな。忘れてるのかもな。連絡してみるよ」
「もう連絡したよ」
「んっ?それで?」
「出なかった。スカーレットさんの知り合い伝に連絡を取ってもらったけど、ダメだったってさ。何個か不良品あったでしょ?魔石の。それ取り替えるついでに紙も持ってきてって言おうとしたんだけどねー」
「ああ、魔石はいいだろ。あんなもん誤差だって……」
「いいじゃんタダで取り替えてくれるんだか」
「まあ、そうね」
「どうしてるのかなー。シャスキーさん」
「――シャスキー?何か聞いたことあるな」
そう、私は知ったのだ。
個人情報の宝庫、宿泊名簿をペラペラ捲り、名前がよく耳に入る冒険者や商人の住所をメモっていた時に見つけたのだ。
ベンケン・シャスキーの名を。
アールガウに住んでいるのに、わざわざこんな宿に泊まっていたから、流し読みしていても目に留まった。そしてミリスさんに覚えているかと尋ねると「ああトイレじゃない?」と言っていた。
どうやらトイレを詰まらせたフリをしてお父さんと話をしようとしたらしい。何故そんな回りくどい真似をしたのか謎だけど、姑息にも部下にそのフリをさせたらしい。
よく解釈すればいい商人というのは幾つも人格を持っているものだ。
悪く言えば、お得意先にだけいい顔をする……。
そしてお父さんは不機嫌になりながら執務室に戻ってきたというから、多分覚えているだろう。ていうか商会に移ったって知らなかったんだ。
「鉱石専門の商人さんでね、前はクールメ商店の経理さんだったんだけど、今はホロトコ商会の支店長なんだって。大出世だよねー」
「鉱石、クールメ……ああ、ああ!トイレか!」
「トイレ?」
「トイレ詰まったとかホラ吹いてたあいつか!あいつが支店長?へえー。ていうかなんでシャスキーさんの心配をしてんのよ」
「だってウチに持ってきたのシャスキーさんだもん」
「ふむふむ。余計、リンに言えないな。マジで殺されるかもしれないし……」
「えっ!?」
「あ、違う違う、例えだ。死ぬぐらい怒られるって意味な」
「あ、ああうん」
絶対嘘でしょ。5大マフィアをまとめる大物だよ?マジで殺されそう。紙だけで?それは可哀想すぎる。
「魔石の納入って明日でしょ?今月は遅くなるって連絡があったけど、基本的に月初だよね」
「だな」
「このままっていうのもねー」
「んんー」
まあ、割高になるけど市場に買いに行けば済む。
本当に大丈夫なのだろうか。納入うんぬんよりも、シャスキーさんが心配だ。それにホロトコ商会も大丈夫なんだろうか。普通は別の人間が連絡を寄越してフォローするとかあるだろうけど、この通り。新しく出来たばかりだから、連携がうまく行っていない?それとも大きな商会だから、伝言ゲームのように不可思議な伝わり方でもしたのでろうか。
――考えても仕方ない!それよりもブュッフェだ!
私が頭をひねり、何とか生み出したこの宿の目玉。なんと、異世界ではあるあるの形式らしい。料理についてはウチの料理人、タカダさんに聞くべきだ。極度の人見知りでお父さん以外とは話さない。というかお父さんでも顔を見たことが無いらしい。そんな人をよく雇うなと思ったけど、まあお父さんらしい。
ということで文通でやり取りをした。
タカダさんもこの宿に住んでいるので、ひっそりとドアの隙間から便箋を差し込んでおいた。そしたらお父さんが手紙を持って来たからビックリした。
「タカダさんから手紙を預かってるぞー。仲いいのか?」とか言って。
固まっていないアイデア段階で、意見を求めただけだった。だからバレても誤魔化せたけど、タカダさんはちゃんと秘密にしてくれたらしい。
「あの人、人見知りだからな。グイグイいくなよ?辞めてもらっちゃあ困るんだ」
大して興味もなかったみたいで、追求されることもなかった。セーーフ。
ということで、次に差し入れた便箋にはお父さんに内緒だと書いておいた。受け渡しはドアの隙間。私が早朝に行くと、赤い絨毯の上に白い紙がぴょこんと出ていた。
そこで知ったのは、ビュッフェまたはバイキングという形式は、ニホンでとてもありきたりだということ。ありきたりだけど、結局みんな好きな形式らしい。
私のぼんやりとした計画はまさにそれだった。
何度か文通して、ミリスさんと予算についての打ち合わせをしながら今の形に落ち着いた。そして最も重要だったのがお父さんの説得。
この宿はとてもシンプルだけど、こだわりが強い。だって全部、お父さんが冒険者時代に持っていた不満から出来上がってるから。アレあったらなーとか、ああいうの自動でできたらなーとか。
だから数字を使って説明しても「お客さんが満足するなら……」とか言いかねない。
なのでお客さんのクレームを逐一記録した。それから、従業員の不満も記録した。採算なんて頭にないから、お節介心に訴えかけることにしたのだ。
準備を進めて、もう引けません!これは宿の為なんです!と押しに押せばなんとかなるはず、と思っていたのだけど、なんとかなった。
そして今日がお披露目の日。
「とりあえず様子を見よう。必要なら俺が買いに行ってくるよ。それよりもビュッフェだな」
「うん」
大食堂は賑わいを見せていた。
元を取ろうと必死で食べているけど、まったく問題ない。売れ残った食材を買い入れたので、原価は今まで以上に安いのだ。
ビュッフェの良いところは、こちらが食べてほしい食材を大量に消費できるところだ。メニューはこちらが指定できるし、早めに使いたい食材があれば、そちらを優先して提供できる。
「あー、腹いっぱいだ」
「はあ?早くないか?」
「めっちゃ食った気がするんだけどな……」
そして目の前に並ぶ豊富なメニューを見て、人は何を食べるのか。
好きな物を食べるに決まっている。そしてその好きな物っていうのは、結構偏りがある。甘い物だったりガッツリ系だったり、スープだったり主食だったり。
そもそも大量消費される食材は需要が多いから供給量も多くなる。売れ残りでなくても元から安価。安いうちに大量に仕入れて、空間魔法を利用した保存棚に入れておけば、コストを抑えてお客さんのお腹を満たせる。
もしもヘルシー志向なら?野菜ばっかり食べる人もいる。でも問題ない。そんな人が大食いなわけないし、野菜も時期を見て仕入れるからね。
これだけ考えても、やっぱりイレギュラーは発生するもので、今もこうして現実になっている。
「すいませーん、これのおかわりないんですか?」
「今作ってますので、少々お待ちください」
アゼルが対応しているあの女、スイーツハンターだ。タカダさんが憂慮していた通り、スイーツは化け物を呼び寄せるようだ。
あれだけあったケーキ。既に食い尽くされている。
スイーツは高い。まず甘味の原料が高い。
砂糖、糖蜜、蜂蜜どれをとっても高い。食べ放題でスイーツに目をつけられたら赤字になるほど高い。
だから、1日の使用量はシビアに管理されている。
そんな台所事情があるので、テーブルに並ぶスイーツは果物をふんだんに使用したものが多い。とにかく優しい甘さになっている。タカダさんはかなり苦心して作ったそうだ。
素材の風味を生かして、とにかく優しい味に仕上げたのだとか。
試食でいくつか味見させてもらったけど、要するにあんまり甘くないってことかと納得した。
でも美味しかった。舌で感じる甘さが嫌いな私でもパクパク食べてしまったのは、優しい甘さと素材の風味のおかげだと思う。鼻から抜ける香りとか、食感とか、その中に微妙に感じる甘みというのがとても興味深かった。
それを知ったのか、あの女はめっちゃ食うな。
スイーツの欠点はあともう一つある。手間がかかるのだ。厳密な分量とか、混ぜたり寝かせたりの工程とか。この中でコストが掛かっているのは間違いなくスイーツ。
スイーツキラーなのか、本気で元を取りに来ているのか。どちらにしても悔しいな。もっとコストを下げて作れないだろうか。
ちなみに、彼女がどれだけ食べても利益は出る。一人で十人分食べるとかなら怖いけど、まあまあ食べる程度なら問題ない。
単純に、こちらの作戦を見抜かれたようで悔しいだけだ。商人さんの伝手で安い仕入先を探すのか、それとも調理工程を見直すか。私に出来ることはお金のやり繰りだけだから、調理の件はタカダさんに相談してみよう。
さあて、今日の粗利でも計算してこよっと。




