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14.ミリスの姉妹

 今日もお客様が少ない。大入り後の反動でもあり、大爆発の影響でもある。どちらにしてもお客様が少ない。

 今日に限って言えば、いつもの客数の半分が新規でいらしただけ。常連さんが顔を出してくれない。部屋の使用率も低域をうろついている。何とかしないといけないけど、この宿は特殊だから……。

 大っぴらに宣伝なんて出来ないわよね。


「おざまーす」

「おはようございます、ユーリちゃんちょっといい?」

「ん?」


 寝癖がボンバーしてるなあ。全く、年頃の女の子なんだから身だしなみに気を使いなさいよ。とりあえず水で湿らせてみようかしら。


『水』


 ちっちゃな水玉を手のひらに、頭の中で思い浮かべて唱えてやれば……。

 魔法は誰にでも使える。おお!と喜んでくれるユーリちゃんが可愛い。マジで何者、ウチに来ないかしら。可愛すぎるわ。

 水玉を手で潰して、寝ぐせを整えてあげれば、これで大丈夫。ちょっと跳ねてるけど、まあ可愛いから大丈夫ね。

 さて、寝ぐせの為にユーリちゃんを呼び止めた訳じゃない。この宿の経営についてきちんと話す必要があるから、こうしてこそこそと会話する。


「バードンさんは?」

「寝てるよ」

「例のビュッフェの話、うまくいったわ。3日以内には始められそうよ」

「イェス!ミリスさんナイスゥゥー」


 小さなガッツポーズで小躍りするユーリちゃんを前に、抱きしめるなという方が難しい。手を広げて抱きしめようかという寸前で、ユーリちゃんの表情が真剣なものになった。

 ――これは本気の顔だ。

 私は思わず息を飲む。今度はどんな提案をしてくるんだろうか、どんなワクワクをくれるんだろうか。


「ミリスさん、この宿の財政状態は厳しいです」

「え?ええ、この前話したわよね。だから料理の提供方式を変えようって」

「焼け石に水です、根本的な解決にはなりません。無駄を省けたという点では成功ですけど」

「ユーリちゃん前ははぐらかされたけど、今度はちゃんと言って!お金がないって事なの?」

「お金?ありませんよ。この宿の利益は全て従業員に還元されているようですから」

「えっ?それって……」

「それだけではありません。仕入れ業者に余分に金を払ったり、謎の備品を購入したり、めちゃくちゃです。だから宿にお金はありません」

「でも金庫にお金があるじゃない?あれは何なの?」

「借り入れ分です。それとウチの貯金です」

「えっ……」


 目の前が真っ暗になりそうだった。金庫には大金が入っている。と言っても100万ワカチナで使おうと思えば使えてしまう、緊急時用の現金だ。借り入れ分も含めたオンツキー家の財産が100万。この事実に軽い衝撃を覚えた。

 どこかで「それは無いよ。元S級冒険者だし、エイミさんが残してくれた遺産もあるだろうし」と思っていたのだ。だから、まだ軽い衝撃で済んでいた。


「本当に、リアルに、マジで、ガチで、100万がオンツキー家の全財産(借金を含む)というわけです。お母さんの遺産はありませんでした。冒険者ギルドに照会したので間違いありません」

「えっ!?それはマズいわよ。ギルドに電話するなんて……」

「大丈夫です、ユーリとは一言も言ってませんしお父さんの名前も出していません。異世界人仲間のふりをして連絡しました。エイミの昔のツレだけどみたいな感じです」

「何で銀行じゃなくてギルドなの?」

「銀行から引き出すには親族が必要です。でもご存じの通りお母さんは異世界人です。お父さんとは正式に婚姻を結んだ訳でも無いので親族とは認められず、委任状が必要でしょう。現状では委任されている人間もいない上に法的な親族もいないです。つまり銀行に預金していても引き出すことは出来ません。私は実子だと証明することが出来ないので、詰みです」

「なるほど」

「もしかしたらギルドに直接預けているかもしれないと思い照会をしてみましたが空振りでした。父はここの領主様と仲が悪いらしいので外に出る事や外と繋がる事を極端に警戒します。だったらすべてのお金を引き出してこのダンジョンに保管する方が安全だと考えるでしょう。だから」

「だから、これが全財産だと分かるわけね」

「はい。この宿に我が家の貯金を使っていて、尚且つ借金まであるんですから財政難です」


 仰る通りだ。そしてユーリちゃんの才能に強い衝撃を受けた。12歳で何でそんなこと分かるの?委任状とか12歳が言う?この子は大商人になるわ、絶対に。私がしてあげる、可愛いから。

 敬語とか使わなくてもいいのに、いつも通りお姉ちゃんだと思って普通に話してもいいんだよ?


「ミリスさん?我が家の危機、宿の危機がそんなに面白いですか?」

「へっ?あっごめんなさい」


 ついついニヤケてしまうわ。あーまた髪が跳ねてるー。ぴょんって、もう可愛いなあ。


「――私がこういった話を出来るのはミリスさんしかいないんです。ビュッフェの件だって、相当悩んでミリスさんに相談したんですよ」

「え?ええ、分かってるわよ。ユーリちゃんが考えたってバードンさんには言わない、でしょ?」

「お客さんとはあまり話すなと言われているんです。まあ、過去の話を聞いたので理解はできますけど。だからこそ、私が商人さん達から情報を仕入れて経営の助言をしているなんてバレたら本当に一人ぼっちになっちゃうんです。それにこの宿を潰したくありません」

「ユーリちゃん……」


 私はユーリちゃんを抱きしめた。頭にキスをして頬ずりをする。彼女を安心させるように背中を軽く叩いてあげた。そして私の心も満たされる。


「下心見え見えです。鼻息荒いよ」

「えっ?ふっ、ふんっ!慰めようと思っただけなのに心外よユーリちゃん」

「ふーん。ありがとう、もう放していいよ」

「分かったわ」

「……」

「……」

「放す気ないでしょ」


 この子なにか魔法を!?ちっ冒険者たちに毒されたのか。余計な魔法を教えやがって、許すまじ。


「顔見れば分かるよ。魔法とか使ってないからね?冒険者さんは悪くないからね?」

「やっぱり魔法……」

「このやり取り1,000回ぐらいしてるもん、何を考えてるか分かるよ。ねえ、ちゃんと聞いてよー」

「――聞いてるわよ。聞くわ、聞くから例のやつ!」

「なんかさー、ちょっとだけ変態じみてるけど本当に大丈夫?」

「変態とか言わないの!ほら言ってごらん、お、お、おね」

「はあ。ミリスお姉ちゃん、ちゃんと話を聞いてよーおねがーい」


 もう一度ギュッと抱きしめた。足りない、足りないわ。ユーリちゃんを私の妹として正式に書面にしたい。ああ、1時間に30回は抱きしめたいわ。可愛いねえ、うんうん、いい子だねえユーリは。


「んん、むはあ!はあ、ハグは一回ストップ。約束したでしょ?話聞いてよ」

「――分かったわよ、聞くわ」

「な、何その感じ。聞くならいいけど。とにかくこの宿は経営がザルなの。何がザルかっていうと……」


「おいーっす」

「あっ」

「おはようございます、バードンさん」

「うっす。なんだよユーリ。あっ、て」

「――チャック」

「は?チャ……こりゃ失礼。危ない危ない。じゃあ今日もよろしく!」

「はい!」

「うーい」


 うーいだって、うーい。可愛いいいいい!マジで何なの?天井知らずの可愛さなの?もう!誰かこの子に限界を教えてほしいわ。


「何がザルかって……」

「ユーリちゃん待って!」


 はあ、危ないわ、アーリマとアゼル君が来ちゃった。こうして黙らせるしかなかったのよ。私がもし「黙って!」なんて言えば、変に思われるでしょう?これは不可抗力というやつよ。


「ういーっす、ってまたユーリちゃんいじめてんのかよ」

「おはようございます」

「アゼル君おはよう。いじめてないわよ!」

「んん、んんんん!」

「ほら放してやれって」

「むはあ!はあはあ、おはようございますアーリマさん、助かりました」

「いいってことよ」

「しっしっ!早く仕事に行け!アゼル君もよろしくねー」


 よっしゃ行け!ん?なになに?

 酷くないか?じゃないんだよ、聞こえてるわ。私たちの交流の時間を遮るお前が酷いわ!アゼル君も困ってるだろうが、優しくて真面目な子だから私とアーリマを気遣って「ストレスかもしれませんね。帰ってお話をすべきですよ」って完璧な答え出してるじゃん!今度カウンセリング受けようかな、プロポーズが全然来ないんですけどってね!


「話してもいい?」

「はあ!?あっごめんなさい。もちろんいいわよ」

「何がザルなのか……それはね」


「ただいまー。おひさーミリスちゃんユーリちゃん!」

「スカーレット!」

「ちっ、全然話せない……」

「んー?なんか舌打ちが聞こえた気がしたわー」

「あ、すいません。おかえりなさいスカーレットさん」

「ただいまー」


 御病気だったお母さまの為に実家に帰省していたというスカーレット。この感じだとお母さまは元気なのね。親孝行して偉いわ。それにしても大きな帽子ね、派手すぎる気がするけど……。


「ねえ聞いてよ、私すごい物作ったの!皆に配る前にデザインを評価してほしいの」

「タダですか?」

「ユーリちゃん……」

「なにー?タダに決まってるでしょ!はい!」


 ブラウンの箱を手渡された。手のひらよりも少し大きいサイズでとても軽い。この箱は厚紙で作ったのだろうか、随分と手の込んだ入れ物だし、高級感がある。期待感が高まりつつ、箱の横についていた小さめの帯を引いてみた。すると箱がスライドしてキラキラと輝くアクセサリーが目に飛び込んで来た。受付にある間接照明の明かりを反射して小さな星が煌めいている。銀色の艶が眩しくて、手に取るのも惜しい程だ。


「どう?まずは一目見てどう思った?」

「とっても綺麗ですね」

「うん、綺麗」

「よしっ、次は手に取ってよく見て」


 星星が連なる星雲のようで、手を触れていいものか逡巡してしまう。製作者が手に取れというのだからと自分を納得させて、銀の川を掴んでみた。

 さらさらと指の間から燦めきがこぼれ落ちるように、たおやかに揺れている。

 恐る恐る手のひらに乗せてみる。

 小さな黄色い石が太陽のようで、私の影が重なってようやく視認できた。とても眩しく美しい石だ。そして銀色の板が姉妹のように寄り添っている。決して主張は強くないけれど、私もいるよと背伸びしている妹のようだ。よく見ると文字が掘られている。

 ――私の名前だ。


「これって……」

「そうそう、名前ね」

「売れますね」

「えー、そんな俗っぽい話は止めてよー」

「すいません、でも本当に凄くて。店に置いていても、誰も文句はつけませんよ。いや、みんな買いますよ」

「んふっ、そう?そういうことなら、嬉しいかな」


 燦めきに目が奪われてこの輝きの正体を見落としていた。これはブレスレットだ。


「通してみても?」

「もちろんよ」


 フックを外して手首に掛けてみる。ひんやりとしていて、しなやかに肌へと吸い付く。

 ブレスレットなんて着けたことがないから、フックを留めるのに手間取っていると、スカーレットが手伝ってくれた。よく見ると、このフックはとても小さい。これも作ったのかしら。空の虹と湖面に浮かぶ虹を切り出したような1つの細長い円。それらが互いに絡み合い、私の手首を包む大きな円になる。その緻密な造形に負けないほど精巧なフックは、既製品なんかではないだろう。

 とても静かに、私の手首に華が咲いた。

 確かな輝きを持つブレスレットだけれど、重力に引っ張られ零れ落ちそうな姉妹達の輝きも負けていない。アクセサリー1つでこんなにも晴れやかになるなんて……。そしてこれを作れるなんて、本当に凄い。


「どうかしら?何か違和感とか石が重いとか……」

「無いです。天才だと思います」

「副業で作ったほうがいいと思います。太客を掴んで、自分のアクセサリーショップを持つのも悪くないと、いや、その方が間違いなく儲かりますね」

「ユーリちゃんはお金ばっかりね。でもありがとう、嬉しいわ。それからこれは、ただのアクセサリーじゃないのよ」

「えっ?他に何か機能があるの?」

「私の前職知ってるでしょ?」

「工具道具制作庁勤めのエリートよね、バードンさんからそう聞いたわ」

「そう、つまり?」

「何か仕掛けがあるのね」

「実はね……」


 黄色い石は音響閃光石という軍でも使われている石の劣化版らしい。魔力と強い衝撃が加わると、物凄い音と物凄い光を放つらしい。魔力を流した本人にだけは聞こえないし見えないから、護身用にもってこいだそうだ。

 それから名前が掘ってある銀色の板は治癒魔法で怪我を直してくれるものらしい。そもそも治癒魔法は魔法の中でも難しいとされている。人体構造を知らなければいけないし、人の体には他人の魔法を自然と跳ね返す反発の機能が備わっていたりするからだ。

 詳しい技術はさっぱりだったけれど、ごく簡単な治療、止血だとか、小さな擦り傷切り傷や捻挫の治癒だとか、痛みの軽減ぐらいはできるらしい。

 目的は治癒ではなく、身を守る事らしいので、逃げるために必要な治癒系統の魔法を詰め込んだらしい。

 つまりこのブレスレットは……。


「デザイン性高い護身具よ」

「完全に自信を持って言えます。売れます、売るべきです」

「ありがとう!こんなにカワイイ護身具初めて見たわ」


「ユーリ、ちょっと……おお!スカーレット!お母さんは大丈夫だったか?」

「バードンさん、おひさー。母はチョー元気よ、滅多に病気にならないから大袈裟に騒いでたみたい」

「そりゃ良かった」

「お土産があるから渡してもいい?」

「んああ、気を使わなくてもいいのに」

「魔法のお話もしたいの」

「魔法!?おお、もちろん!じゃあ執務室で話そうか」


 受付の中に入ってきたスカーレットはバードンさんが奥に行ったのを確認すると、私の耳元で囁いた。


「ヒソヒソ何話してたの?私も混ぜてよ」

「えっ!?」

「全然話せないってユーリちゃんが!秘密のお話でしょ?」

「ああ、それは……」

「ユーリちゃんと相談してて。後で教えてね」


 なんて洞察力。コイツやりおる。

 くっ、ユーリちゃんと私だけの秘密が露呈してしまうのか。だけど、ブレスレットのご恩は大きい、それにスカーレットは頭がいいから、経営に関しても新たな知見があるかもしれない。

 絶対にハグだけは死守しなければ。


「うーん、スカーレットさんにも話そうか」

「へっ!?聞いてたの?」

「いや聞こえなかったけど、悔しそうな顔してるから、混ぜてとか言われたのかと思って。当たってる?」

「お、お主もやりおる」

「じゃあスカーレットさんが来てから相談しよー」

「ええええ、そんなー」

「ユーリ、敵地偵察任務に行って参ります!」

「冒険者とお話するだけでしょーだったら私とー」


 スイングドアを押しのけて、たたたっと客室の方へと走り去っていった。

 くううう、かわゆい、かわゆいのお。

 ユーリちゃんの残り香を嗅いでいると、入れ替わりでやってきたのはアーリマだった。

 何か変だ。目を合わせないぞ?何か企んでいる、いや何かやらかしたな。


「何した?何をやらかした?」

「は、はあ?な、なにもやらかしてねえし」

「ふーん」


 うん?色が変?ジャケットの色がやけに濃いような。それにシャツも張り付いてる、水に濡れたのか?一体何をして?


「雨でも降ってたの?」

「――部屋に戻って、ちょっと手を洗おうと思ってさ」

「あー、シャワーで洗おうとしたわけね。シャワーヘッドがこっちに向いてるのを確認せずに水を出したもんだから服が濡れて、替えは何処にあるか聞きに来たんだ」

「あ、うん。どこだっけ、ほら部屋が広くなったじゃん?ちょっと……」

「変えてないわよ」

「ほ、ほんとに?クローゼットには無かったけどな」

「クローゼット?アンタがクローゼットから引っ張り出すの面倒くさがるから、壁に掛けてあるんじゃないの」

「あ、ああ!壁に!そうだな、あれ俺のだな」

「早く行く!仕事中よ!」

「うっす!」


 はあ。シャワーかあ。私の場合は、温水のシャワーか思ったら冷水でビックリしたなー。めっちゃ叫んだし、その時はアーリマがいなかったから、一人で笑ってたけど。

 シャワーは気を付けないとなー。


 この受付もこのエントランスも客室も私達の部屋も調理場も大食堂も大浴場も全てバードンさんが作ったんだよね。それに魔石に使う魔力はバードンさんの魔力だって言うし。どう考えてもムリをさせ過ぎだと思うんだよなー。

 もしもバードンさんが倒れたりしたら、この宿ってどうなるんだろう。

 例えばバードンさんが病気になって寝込んだら?1日なら大丈夫だろうけど、数日だったらどうなる?基本的に使う部屋は1階のワンフロアだけだから、100部屋が満室だとしても4日は耐えられるわね。使用してない上階の魔石を取り外して入れ替えていけばいいんだから。

 でも木札は?転移にも使うし部屋の鍵にも使うわよね。各部屋用の木札は2枚だけで、片方が魔力切れになったら受付で交換する必要がある。

 空になった木札は、受付下の引き出しの中に差し込むと自動で魔力が補充されるようになっている。補充には予めバードンさんが魔力を入れておいた魔石を使用しているから、保って2日かな。

 でも大入りの時は5階まで開放して、木札の魔力補充用魔石を何回か取り替えたから、2日も保たないかもしれない。てことは、バードンさんにムリしてもらって魔力の補充をお願いすることになるよね。

 んー、どうにかならないのかな。魔物の魔力を活用しているって聞いたことはあるけど、どうやっているのか分からないし、そもそも魔物狩りが出来るのはバードンさんとアーリマぐらいでしょ。

 魔力を使って便利にしたいのは分かるけど、一人の魔力に頼りすぎて、もしもの時に危うい気がするなー。だからといって代案が思い浮かばないんだけどね……。


 ガチャリと後ろでドアの開く音が聞こえた。振り返ると、スカーレットが神妙な顔をしていた。


「どうしたの?」

「うん、魔法は奥が深いなと思ってね。ブレスレットはまあまあだったわ。バードンさん、アクセサリーに興味ないみたいだから」

「あー、魔法には目がないけど、アクセサリーはねえ」

「あれ?ユーリちゃんは?」

「スカーレットが来てから話そうって、また冒険者の話でも聞きに行ったのよ」

「ふーん。それで?なんの話してたの?」

「ああ、それはね……」


 バードンさんに聞こえないように、ヒソヒソとあらましを説明した。執務室の扉はかなり高性能な防音素材でできているから、私達の声が届くことはない。でも従業員控室の方は防音になっていないので、念の為だ。


「なるほど。ユーリちゃん商才があるのね」

「そうなのよ、ほんと凄いの」

「正直経営の事は分からないわ。でもビュッフェの件に関しては、変えてもらって助かるわね。だって効率悪すぎよね」

「効率かあ」

「無駄を省く、費用を削減する、結局効率でしょ?工具・道具制作でも同じよ。如何に効率よく生産して、効率よく魔力を利用するかなのよ」

「そっか。ああ、そうだ。魔力なんだけどね……」


 バードンさんの魔力に頼りすぎている、その懸念点を伝えた。そして何か妙案がないかと尋ねてみたのだ。


「魔物の魔力を利用する機械ってスカーレットが作ったんでしょ?それの使い方とかも知っておいた方がいいと思うのよ」

「そうね。じゃあ今から行きましょうよ」

「今から?」

「バードンさんを立たせとけばいいじゃない」

「でも……」

「大丈夫よ暇そうにしてたから。待ってて」


 そそくさと従業員控室を抜けて執務室の扉を素早く叩いた。「は」と聞こえた瞬間に開け放った扉、その隙間に顔を突っ込んだ。

 私には出来ない。小さな頃からお世話になっているから、多少の遠慮がある。それに、昔のバードンさんはもっと尖っていたから、その面影を引き摺っているのかもしれない。

 スカーレットはバードンさんとの関係が浅いから、割とズケズケと物言いをつけたりする。たまにヒヤッとすることもあるけど、こういう時は本当に頼もしい。

「よろしくねー」と言ってドアを閉めると、笑顔で戻ってきた。


「新しい実験室に移したらしいから、行きましょ」

「は、はい」

「なにー?畏まって」

「スカーレット、姉さん」

「ハハハ、何それ。悪くないわね」


 頼もしい姉ができました――――。


 黒い木札で転移した先は実験室と呼ばれる謎の部屋の前だった。かなり広い。

 目の前には両開きのドアをがあって、跨いだ先にはまた扉がある。今度はノブのない切れ目だけが入った扉だ。客室や従業員の部屋にあるような木札をかざす鍵がついている。そこに黒い木札をかざすと自動で扉がスライドした。なんというか、これまた魔力の……。


「ムダ使いね。でも、この宿の保安上必要なのよ。例えば毒が発生したら、被害が拡散しないように、誰かの権限でロックダウンする必要があるでしょ。手動だとこじ開けられちゃうかもしれないから、魔法で鍵をかける方がいいのよ」

「へえー」


 雪原を思わせるような真っ白な部屋だった。ドア越しに見るよりも広くて、とても静かで、小さな音でも反響する。カチカチと不思議な音が鳴り、その正体を探していると、すっかり体に馴染んだブレスレットだと気づいた。


「あれよ、私が作った魔力吸引圧縮注入機よ」

「ほう」


 名前はごつごつしているけど、見た目には割とシンプルに見える。

 床の上には、1メートルぐらいのくすんだ鼠色の箱があって、その上部分は()()()を逆さに嵌め込んだように煙突が伸びている。その管の最後はラッパ型に口を広げている。


「魔物はこの中に入れるの。上の鍵を外してポイッ、簡単でしょ?」


 スカーレットが示したのは四角い箱の部分。

 鍵は輪っかを横にすれば開き、縦にすれば閉まるという、かなり簡易なものだ。

 解錠すると上から下へ金属の板を開けることができる。その中は暗く、とても狭い。


「魔石はここにセットするの。小さいと割れちゃうから、ある程度の大きさが必要ね」


 今度はラッパ型の口の隣りにある棒を指差した。

 箱から上に伸びて、下向きにカーブを描く。その先にはラッパ型の口よりも広い、平皿のようなものが下向きについており、皿の中心には3本の爪が魔石を掴むために待ち構えている。


「それで、このハンドルを回せば準備完了ね。見てて」


 魔物を入れる扉とは反対側に小さめのハンドルがある。そのハンドルから飛び出たバーを掴んで回すと、魔石を掴む平皿が下へ下へと下がっていき、ピッタリとラッパ型の口に重なった。ぐりぐりと力を込めて回すのは、ラッパ型の口と平皿を隙間なく密着させるためだろう。


「最後はここに鍵を差し込んで回すだけ。これは安全装置ね。間違って子供が入ってもこの機械が動作しないように、鍵をつけてるの」

「こっちの鍵もそのため?」

「そうそう。一人で入って一人で閉められないようにね。それから、思い切り蹴ったり暴れれば、簡単に壊れるようにしてあるの。まかり間違えたら死んじゃうからね」

「――はい」

「大丈夫?」


 正直、ちょっとだけ怖かった。なんだか、命を奪うような恐ろしい機械に見えてしまった。魔物の死体を入れて魔力を頂くだけだから、やってることは動物を食べたり、毛皮を活用したり、脂を燃やしたりするのと同じなのに、何故かとても死がリアルに感じてしまった。


「これが使い方になるけど、他の案も考えたほうがいいわね」

「えっ?」

「バードンさん1人に頼りすぎだっていうのはその通りだし、ミリスちゃん、これ使えないでしょ?」

「――そ、うね。無理かも」

「使える人使えない人がいるって時点で、解決策になってないわ。全員が実行できなと意味がないものね」

「スカーレット、姉さん……」

「行きましょ、魔力の件は考えておくわ」

「うん」


 なんて優しいんだろうか。正式な書面に姉として登録したい。これで性別が男だなんて、誰が何を間違えたのだろうか。正真正銘、私の姉だ。決定だ。


 実験室から退室して、受付横にある転移陣へと転移した。受付に立っていたのはユーリちゃんで、バードンさんの姿はない。


「あー、どこ行ってたのー?お父さんに受付しとけって言われたんだけどー」


 くぁわいいいいい!ふくれっ面堪んねえーー。


「――鼻息」

「堪んねえっす姉貴!」

「抑えたほうがいいわよ。絶対に嫌われるから、いやもう遅いかもね」


 その可愛さに早く頬ずりしたかったので、華麗に受付台を飛び越えた。気にすべきお客さんはいない、幸いなことに暇だから。


「ハグは止めてよ!」

「えっ!?」

「えっ!?って、当たり前でしょ。怖いよ」

「怖くないよーちょっと抱きしめるだけだからねー」

「いや怖いわよ、アンタただの変態じゃないの」

「はんっ、姉さんの言葉でも、納得できないわね」


 バチバチとにらみ合うような音が聞こえた気がする。スカーレットは呆れたような目をしている気がしなくもないけど、睨み合っていたということにしておく。


「スカーレットさん、鉱石商人の知り合いっていますか?」

「いるわよ。ワケアリの鉱石しか扱ってないけどね」

「その方と連絡取れたりしますか?」

「もちろん。でもなんで?」

「うちに魔石を卸してくれるシャスキーさんていう人なんですけど、連絡がつかないんですよ。何個か不良品があったので取り替えてほしいんですよねー」

「個人?それとも商店を持ってるの?」

「ホロトコ商会です。新しく支店ができたんですよ」

「ホロトコ……また凄いところと取引してるのね」

「知ってるんですか?」

「まあ、黒い噂の方をね」

「お父さんの友達が会長さんなんですよ。だから取引してるみたいです。いい商会ですよ」

「へえ、大物と友達なのね。うちに来るようシャスキーさんに伝えてって言えばいいのね?」

「はい。お願いしてもいいですか?」

「お安い御用よ」

「よろしくお願いします!」

「はーい。じゃあ、夜勤があるから寝てくるわね。おやすみー」


 眼福だあ。姉と妹が話してるよー。堪らない堪らないよお。ああ、幸せだ。

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