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13.月覇会の会合

追加の新話です。

今話はほのぼの郷から一旦離れてリンのお仕事です。

 ワカチナ連邦王国南西には極めて特殊な地域が存在する。差別に耐えかねて、そして立ち上がり、自治するに至った土地。それが亜人たちの街カリーニング州である。

 主な産業は漁業で、他州や外国からの船荷も届く貿易港でもある。カリーニングはその存在自体が特殊なので、王国法が届かない場所でも知られている。

 なぜ届かないのか。

 王国法こそが差別の根源だからだ。

 だから亜人たちは独自の法を作り、秩序を作った。

 極めて亜人に優しく、人間に厳しい法を。

 しかし無法者というものはどの世界にもいる。何を基準に法律を決めようと、意に介さない無頼漢がいる。

 王国法にもカリーニング州法にも縛られない、縛られまいとする悪人は今日も忙しなく生きていた。


 カリーニング州を覆うように存在するのはベイジ州。この2つを分かつ州境には、検問所がある。一般的には、法執行機関である騎士が配される。そして例に漏れず、ベイジ側には騎士が立っていた。

 口元には空気を取り込む穴が複数個、目元にはドアの隙間の様に細長い穴が開いている。すっかり冷え切ったヘルムの隙間から、温かく白い息を零し、飾りの如く微動だにしない。

 騎士が見据えるのは、ドアのない入口から暖かな灯りが漏れる一軒の小屋だった、そこにいるのはカリーニング州の州境管理官。

 騎士でも軍人でもない。モーニングコートに山高帽を被った男たちは、煙草をふかしカードに興を乗せていた。

 ペチンと手札を叩きつけ、ゲームが終わる。

 1人が一喜するとまた1人が一憂して金を手渡し、グラスに残る蒸留酒を呷った。


「おーい、一杯やるか?」


 山高帽の男はいつもより酒が入ったようで、憂さ晴らしのためのサンドバッグを求めた。

 片手には酒瓶。ふらりと小屋を出て、州境へと近づいていく。

 ザリッザリッ。

 寒さに堪える足音が響く度、冷えきった緊張が熱を帯びていく。


 この線を越えれば斬る、それがベイジ側に立つ騎士の役目なのだ。

 足元の覚束ない山高帽。蒸気のような白煙を漏らす騎士。彼らの距離が縮まる。

 ゆっくりと柄に手が掛かった。


 州境を明示する線はない。各州に建てられた施設を起点として、その中間が境界となるのだ。

 見えない線が確実に存在し、今近づく者がある。

 警告を黙示するため、剣身を半ば顕にした。


 ザリッ。

 山高帽は線の前で立ち止まった。強風でも吹こうものなら、州境には血が染み込むだろう。


 凍てつく空気に緊張が滾る。


 すると気の抜けるあくびと共に両足を大きく開いた。もたつきながらもバックルを外し、ズボンをずり下げたのだ。


「ひょーー堪んねえな。ずっと我慢してたんだよ」


 豪快な水流が地面を叩く。さっき飲んだばかりの酒を全て吐き出す勢いだ。

 水溜りからはもわもわと湯気が立ち昇っている。

 それを見て、ニヤリと告げた。


「ひっひっ、これで、ちょっとは、暖かくなったろ?」


 体を揺らし終えると、ズボンを上げ直し、バックルにベルトを通し始めた。寒さから手が思うように動かないようで、さっきよりももたついている。


 ザッザッ――。


 ベルトに気を取られ、足音が近づいていることも気づいていない。酔いがかなり回っているのか、ゆらゆらと揺れながらも苦心してベルトを通した。


 ザッ!


「んああ?」


 後ろを振り返って、彼は絶句した。


「いい度胸じゃねえの、新入り」


 今日の淀んだ空よりも澄み切った青い瞳。スッと通った鼻筋に血でも啜ったかのような唇。シャープな眉がへの字に曲がり、答ろと言いたげだった。ここで何をしているのか、その答えを。


「ク、クロスさん!これは、違うんですっ!」

「いや、違うな」


 ヒュンッ。風を切る音が響くと男が倒れた。切れ込みの入った木のように、ゆったりと背中から地面に激突した。

 コロコロとボールが転がった先は州境の向こう側、ベイジ州である。倒れた体も流れる血も線を越えていた。

 首からもがれた頭の行く先は騎士の足元。コツンと止まると、柔和な声が時を動かした。


「うちの者が大変な失礼を。どうかご容赦頂きたい。因みに、その首はご入用ですか?気分が晴れないと言うなら、体ごと差し上げますが……」

「――野蛮人め」


 騎士は足元に転がるボールを蹴り飛ばし、カリーニングの地へと送り返した。


「遺体はお前たちで処分しろ。いいか、一歩も入るんじゃないぞ?容赦しないからな」

「もちろんでございますよ。それではごきげんよう」


 帽子を被り直すと、バレリーナの様にくるりと踵を返した。小屋から飛び出していた数人の男たちは、すっかり青ざめた顔で直立の姿勢を崩さなかった。


「片付けろ」

「はい!」


 そう告げて数歩、何かを思い出したように立ち止まった。


「そうだ、お前たちに一つだけ言っておく」


 男たちは見送るように頭を下げていた。そしてカチカチと奇妙な音が鳴っていた。かみ合わない歯の根が余命間近の心音の様に早鐘を打っていたのだ。


「ごまかし、嘘、妄言、一切禁止だ。俺や会長の前でしてみろ、アイツみたいになるからな」




 カリーニング州領主邸の横には、この州で一番大きな建物がある。貴族の屋敷が分家に見えるほどに絢爛で堅牢で顕著なそれは、ある団体の活動拠点であった。

 山高帽の男たちが煙草をふかしながら門前で佇んでいた。あくびをしたり、首を回したり、軽口を叩いてみたり、まるで緊張感がない。しかし馬車のいななきが聞こえると、ジャケットのよれを直して棒のように動かなくなった。


 淡かった音が徐々に鮮明になる。蹄鉄が路面を跳ねて、車輪が荒い地面と喧嘩する。気配が迫るにつれて、男たちの様子も変化した。ごくりと生唾を飲む者があれば、目を瞑り精神を整えようとする者もある。はたまた小刻みに震え、緊張で呼吸が荒くなる者まで。

 馬の脚が止まった。シックな黒い車体のドアが開くと、小柄な女性が身を乗り出した。紺のパンツドレスにベージュのパンプス。薄手の装いで降り立った彼女の息は白い。ショールで肩を覆っているが、随分と寒そうに身を縮こませている。入れ墨の入った腕で体を擦りながら歩き出した。


「さっぶ」


 ぽつり一言呟くと、続けざまに降りた青年が女性の元へと小走りで近づいた。


『障壁、熱波』


 二人を囲むように、微かに波立つ透明の壁が出来上がった。女性はちらりと男を見遣ると、はあ、と大きく溜息をついて、門扉へと急いだ。


「お疲れ様ですっ!」


 山高帽の男たちは、一糸乱れぬ振る舞いを披露して巨大な門を力一杯に押した。ギィィィと主を歓迎するように唸りの中を、女性は平然と進み行った。


 この国の裏社会を支配する月覇会(げっぱかい)。その総本部であった。



「いい加減熱いんだよ童貞!」

「んなっ!人の好意をそんな風に言うんですか!?見損ないました」

「勝手に見損なえ。つーかいちいちくっついてくんなよ鬱陶しい」

「護衛です!必要でしょう?」

「今から大事な会合がある。お前は上行ってマスでも掻いてろ」

「ふんっ、なんですかマスって、四角い枡ですよね!?口が悪すぎますよホロトコさんは」


 プリプリと不貞腐れながら、大きな階段を駆け上がって行った青年。その後を見送るでもなく、女性は歩き出した。

 カツカツと大理石が音を立て、だだっ広い壁から天井に反響し、床に舞い戻る。綺麗に磨かれた床、ホコリ1つない窓、若々しい艶の手摺、どこをとっても一流。その屋敷を我が物顔で闊歩する。


 メイドが椅子を下げ、女性が座る。互いに慣れた所作だった。

 彼女の前には白磁の皿とナイフやフォーク、様々なスプーンが几帳面に並べられている。しかし気分ではなかったようだ。


「邪魔だ、下げろ」


 何処からともなく現れたメイドたち。

 音もなく、素早い手付きと身のこなし。熟達した連携で長い机を瞬く間に片付けた。

 今度は燕尾服姿の男性が現れ、女性の側で恭しく頭を下げた。


「ホロトコ様、お帰りなさいませ」

「ああ、他の連中は?」

「上階におります。お通ししても?」

「さっさと呼べ」

「畏まりました」


 大邸宅の主、リーンピム・ホロトコ・カワギシは宙に手を突っ込み銀色のタバコケースを取り出した。お気に入りの銘柄で、中には残り2本しか残っていなかった。

 精神安定剤として、出先で大量に消費してしまったからだ。商人たちの言い訳を思い出して、1つ舌打ちをすると、マッチに火をつけた。

 紫煙がゆらりと立ち上る。気苦労も幾分か掻き消えるが、一時的なものだ。


 常に欠かさないタバコを残り2本にまで減らしたのは、現在の敵のせいだった。


 マルブリーツェにあるクールメ商店は、この国で3大商会と呼ばれるアイウン商会傘下の店だった。親友であるバードンの宿に手を出したから対抗する決意をしたのだが、それだけが理由ではない。

 マルブリーツェ州はかなり排他的な地域で、地元の商人や商会が市場を牛耳っており、付け入る隙がなかった。

 だが商業ギルドが力をつけてからというもの、マルブリーツェもその流れに逆らえなかったらしい。領主の代替わりと方針転換も相まって、一気に大商会の色に染まってしまった。

 つまり私の敵に奪い取られてしまったわけだ。

 マルブリーツェ州はこの国の中央にあり、あまり発展をしていない田舎だ。東側と西側という政治対立の中で、前領主までは中立的立場にあっただけにその重要性は高い。

 未発展かつ曖昧な政治方針を持つ州。要衝地としての潜在的な力を秘めているのだ。

 しかも、東側と西側の州、どちらにも与しなかった名残から、越州時の税金もかなり優遇されている。

 それだけではない。

 あの州には魔界がある。マルブリーツェ州の頭と足を押さえつけられるようにして存在する魔界が、未だに開拓されていないのだ。切り開けば更なる土地が、調べれば価値のある素材が、開拓を果たせば名誉が手に入る。

 そんな場所からみすみす手を引くなんて真似はできないのだ。だからこそ立ち上がったのだが、早速お仕置きをされてしまった。アイウン商会を含む、3大商会が仕切る商業ギルドにすればお尻軽く叩いたつもりなんだろう。しかしこちらは中小規模の商会だ。早急な対応をしないと腰骨が砕けてしまう。

 それで各地の商人たちを集めて事情を聞けば、既に商業ギルドの配下に成り果てていた。家族が人質にされたとか、このままだと立ち行かなくなるとか、とにかく言い訳ばかり。

 クソが。誰が面倒を見てやったと思ってるんだ。

 まあいい、戦争が終わればアイツらは消してやる。誰にでも尻尾を振る犬は可愛くないからな。


 階段を降りてくる足音がいくつも聞こえてきた。

 コイツらの意識もかなり緩んでいる。シノギに手を出されてもろくに守ることもできず、私達の本業すらギルドに奪われている始末だ。

 正業、すなわち表向きの仕事ならある程度は許容してやるが、裏稼業にまで影響が出るのは看過できない。1つに纏めたがゆえに、競争意識、メンツ、裏社会で生きていく上で必要な矜持がただの飾りになっているのだろう。


「お久しぶりですな、ホロトコさん」


 でっぷり肥えた互救会(ごきゅうかい)の会長は、長テーブルで一番私に近い席へと腰掛けた。

 コイツはいらないな。頭が悪い。


「クロス」


 幹部達がぞろぞろとやってくる中、最後尾で羊を追い立てる猟犬の真似事をしていた男、フォバット・クロス。私が呼ぶと元軍人らしく、特殊な歩法で一気に詰め寄ってきた。


「コイツはいらん」

「畏まりました」


 ヒュンッ!


 ただの成金のような面構えになってやがる。スジ者の顔じゃない。

 身内のゴタゴタなら身内で片を付ける、でないと体面が保てないからだ。組織に力がないと喧伝するようなものだからだ。

 もし他所に任せたなら、第三者に頼る軟弱者であり、てめえのケツも拭けない木偶の棒。

 こう評されたくないならやり返す必要がある。プライドと体面を守るために。

 これが裏社会で生き残るために鉄則であり、裏社会に存在する数少ないルールなのだ。

 それが出来ないなら要らない。要らないなら自ら消す。ルールはルール、私であっても従わざるを得ない、それがルールだ。


 遠くの方で鈍い音が跳ねた。椅子に手を掛けていた者達は、その音を聞いて動かなくなった。

 ぴゅーと血が吹き出し、前のめりに倒れた元会長。それを見てようやく、事の次第を理解し始めたらしい。

 ドバドバとテーブルに血溜まりが広がる。私の脚にも零れそうな勢いだ。

 すると執事がハンカチを広げて、私の前に手を置いた。血をせき止める為だろう、コイツらの方が良くできている。ぞろぞろとやってきたメイド達も、血を拭き始めたり、首のない元会長を引き摺って行ったりと、忙しなく動いている。


 その手の稼業に勤しむ男共は、その光景を毒気を抜かれて眺めているだけ。当然だろう。ギラギラした競争意識もなくなり、適当に手を取り合い私腹を肥やす。そんな奴らが久しぶりに見たリアルなのだから。まあ気合の入ったやつが数名いるのは救いだな。


「お、親父を、殺りやがった……」

「黙れ」


 狼狽えているのは互救会(ごきゅうかい)の幹部だ。のし上がって来た男らしいが、大したタマじゃない。どうすべきか逡巡している時点で使えないことは明白だ。

 報復か服従か、簡単な二択を迷っている時点で、自分は替えが利く存在ですと言っているようなものだ。本物の矜持があるのなら、魔法でも肉弾戦でも仕掛けてみればいい。もしくは笑顔で私に跪くか。自分の組織と私の組織の大きさを測っている最中だろう。現場にいながら何もしなかった場合の、自分の価値低下を計算しているのだろう。

 組織の歯車にもなれない、コイツも要らないな。


「クソっ、お前らどうなるか分かってんのか!せっかく作り上げたこの同盟を……」

「黙れって言ったんだ、聞こえなかったか?」

「黙れるわけ……」

「順番が違うんだよ、バカ。てめえの席を確保する前に会長に挨拶だろうが。脂肉ばっか食って脳みそスカスカになったのか?」

「――それだけで殺したのか?」

「文句があるならかかって来いよ。何をぼーっとしてんだ?親の首が飛んでもビビって動けねえか、互救会(ごきゅうかい)はタマ無しかー」


 クロスが煽る中、運良く助かった連中は私の様子を観察している。真意が何処にあるのか知りたがっているようだ。

 クロスの言っていることは正しい。だが、それだけで殺したりはしないさ。


「ふざけやがって……」

「挨拶だ、できるのかできないのか、今すぐに行動で示せ」

「クロス、もういい。さあ座ってくれ」


 はっとした様子で私の元へ群がって来た。座れといったのに、今更遅いんだよ。


「いいから座れ、2度言わせんじゃねえよ」


 所在無さげに腰を下ろしていく中、私の近くの席は埋まらない。コイツら本当に……。

 はあ、商業ギルドの連中の方がよっぽど肝っ玉がある。このままじゃあ、本気で負けるんじゃねえか?


 銘々が腰掛けた。そして私の近くには机を挟んで2脚ある。1つはクロス、その向かいにはへっぽこマフィア、互救会(ごきゅうかい)の幹部が座った。伏せがちの目で未だに悩んでいる様子だ。この調子なら私を殺すことはないだろう。必死に自分の地位を守るための算段立てている事だろうから。


「集まってくれて感謝する。カリーニングは遠かっただろう」


 ――言葉も出ない、か。

 抗争が無くなり、それぞれの団体がキレイに棲み分けできている。だからこそ安穏としているられるわけだが、それは私の望む物ではない。


 しんと静まる大広間で、一人が声を上げた。


「説明は無しかい。このままじゃあ互救会(ごきゅうかい)も黙っちゃいねぇだろうよ。どうする気だい?」


 好々爺然としたこの男は、違法な魔法道具などで財を成した【アサントブラザーズ】の現会長だ。どちらかといえば私寄りの派閥、咎めているわけではなく、本気で意図を知りたがっているのだろう。


「お前らに善行なんか期待してない。必要なのはルールだ」

「俺の質問を聞いてたかい?」

「黙って聞けよジジイ」


 取り巻き連中が立ち上がりかけたが、シワシワの手が制止した。まだ骨のある連中がいるのは僥倖だ。


「裏は私達が仕切る。そしてその頂点にいる者がルールだ。そのルールを守れないなら始末する、単純な話だろ?」

「挨拶をしないから始末するってわけかい」

「挨拶なんざどうでもいいんだよ。敬意と筋の通し方の問題だ。お前ら覚えてるか?私が明確に禁止した2つの事柄を。エスコバル言ってみろ」


 首が飛んでも動じなかったのはこの男だけだった。キシロン・エスコバル、昔気質の頑固者。3代前の恩を返す際に己の右腕を失ったという。恩と一族と組織、全てを背負う一徹な漢。仲間に慕われ裏社会だけでなく表社会でも尊敬されている。


「――ヤクに関わるな。ガキをこの世界に入れるな」

「ガタイが良いだけのノータリンかと思ってたわ、良くできたな」

「口に気をつけろ。品性を疑われるぞ」

「勝手に疑わせときゃいい。さて、エスコバル君この写真を見てくれ。私の部下がお前の所の者だってうるせえんだ。間違ってるよな?」


 クロスが内ポケットから取り出したのは一枚の写真。船着き場で荷下ろしをする一コマを写したものだった。


「俺の部下だ」

「はあ〜。それはマズイな、次の写真も見てくれよ」


 転がるバールと開いた木箱。中には中毒性の高い植物がぎっしりと詰まっていた。その後ろに写るのは、エスコバルの部下と太った金持ち風の男。


「――魔法で細工でも」

「してねえよ。お前を陥れるメリットがねえだろ」

「……」


 残り一本のタバコを咥えると、そばに控えるクロスがマッチを摺った。黙り込んでしまったエスコバルの表情に変化はない。しかし僅かながらに悲しげに見える。


「甥っ子らしいな。ウチで始末してやろうか?」

「――――――いや結構だ。ケツぐらい拭ける」

「だろうな。それはやるよ、額に入れて飾るといい」


 ここに座るのは裏社会でも名の通った重鎮ばかり。さっき殺したあの男だって、マルブリーツェ州を拠点に中部地域では力を持っていた。

 でも死んだ。

 危機感の欠如が招いた、憐れな死に様だ。


「そしてもう一つ、これについては説明をしてほしいな。ロッシ」

「これは……」


 執事が銀のプレートに乗せて運んできたのは、魔石の在庫管理表だった。


 各地に店舗を持つホロトコ商会だが、中西部の南部地域に関しては仕入れた魔石を一元管理している。この地域は魔石の仕入れが安定しないため、各店舗で自由に売買されるとホロトコ商会として安定供給が難しくなるからだ。必要なら東側や中西部北部地域からも買い入れて南部地域へと放出する。

 これは、大変効率が悪い。

 仕入れが安定しないならば供給量を絞ればいい。もしくは運送費分を値上げして市場に流せばいい。しかしそれをしないから、西側南部では赤字が出ている。

 ムダを押してでも市場供給量を安定させようとするのは、市場占有率を維持するためだ。顧客に一瞬でも、供給が難しいと思わせれば、鞍替えする先は商業ギルドになってしまうからだ。


 利益の出ない商売を続ける、それはつまり金をバラ撒くのと同じ。はっきり言って商人の行動ではない。しかしそこに目を瞑ればメリットもある。

 ホロトコ商会の本店、つまり自身で魔石の管理ができる点だ。そうすることで、トップダウンでは末端まで伝わり辛い経営方針などを自ら体現できる。

 徹底した在庫管理と、仕入れ値売値を臨機応変に付けることで、商会全体として商業ギルドに立ち向かうという大きな目的意識を反映した商売ができる。

 在庫管理表には日々の受入れ、払出し数量や金額が記載されている。幾つの魔石が入ったのか、そして幾つ売りに出したのか。売れ残りはいくつ戻ったのか等だ。


 そこに記載されている内容に不審な点はない。しかしある情報を元に照合すると、多額の損失が出ている可能性があるから、こうして突きつけているわけだ。


 高級な魔石は10個セットで商品としており、バラ売りするかどうかは各店舗に任せている。その魔石のセットを50ロット、運搬したと備考には記載されているのだが、つい最近入った連絡では、どうやらその魔石が届いていないらしいのだ。

 本来なら本店を実質的に取り仕切る【麒麟組】がその魔石を一旦受け入れ、各地の店舗に配付するはずだった。だが連絡を寄越したのは【麒麟組】ではなく末端の店舗だった。ここ数ヶ月魔石が入っていない。高級な魔石だけならお客様にお待ち頂く事もできたが、普通の魔石まで届かないとなると、うちの信用に関わると。

 普通の魔石、安価なクズ魔石とは違い、一般的に広く流通する魔石だ。50個セットの500ロット分、これを毎月送り出していたはずだが、それが届いていないと連絡があった。他からは連絡が来ていないから、お前が不興を買った罰じゃないのかと笑って言うと「他も届いてませんよ。みんな怯えて声を上げないだけです。俺の知り合いは冒険者ギルドから買い入れてますよ」と震える声で端的に現状を知らせてくれた。


 商業ギルドは大商会が束ねるだけあって、各種団体が加盟しており、恩恵も大きい。その代わりギルドに加盟していない者には冷たく、売らず買わずを徹底している。

 仕方なく冒険者ギルドから買い入れているのだろう。形も質も悪く、高級な魔石が欲しくても安定的には確保できない。しかも冒険者ギルドを介す分値段が高い。商人が冒険者ギルトで仕入れをするということはつまり、特定の仕入れルートを持っていない、もしくはその界隈で顔が利かず懇意に出来る業者がいない。そう見られ、侮られてしまう。

 恥を忍んでの行動だろうが、その店は恐らく潰れるだろう。目先の利益に踊らされ、いの一番に相談しなかったのだから、自己責任だ。

 だからといって問題は解決していない。一番大きな問題は、【麒麟組】が何を考えて隠蔽していたのかだ。

 ホロトコ商会本店はフロント企業の統括組織であり、本来の裏稼業とは完全に切り離されている。運営、経営、全てカタギ。【麒麟組】がすることはちょっかいを掛けてくるバカの排除と物流時の護衛だ。

 私も忙しい。常に本店にいるわけではないが、帳簿類にはほぼ毎日目を通しているから判明した事実だった。


 ちょうど、この会合の前に商人連中との会議があった。もちろん本店からも何人か来ていたから、優しく尋ねた。こういうクレームが来ているが事実なのかと。

「私たちは何度も、なんとかしてくれと麒麟組にお願いしたんです。黙って任せてろと言われました。ホロトコ会長にも伝えてあるからと言われたんです。だからご承知の事だと……決して隠していたわけではありません」


 だそうだ。腐っても相手はマフィアだから、強くは出られなかったんだろう。つまり正業の問題ではなく、この月覇会(げっぱかい)の怠慢が招いた問題なわけだ。


「お前のシマで売る魔石は、私が管理してるって知らなかったのか?いや、教えたはずだ、そうだよな?」

「――ああ」

「聞こうか、3ヶ月も魔石が配布されてない理由をよ」


 端的にまとめると、自力で解決しようとしたそういう理由だった。相手の素性までは割り出せたが、雇い主を探すのに時間が掛かったらしい。

 それが遂に判明したらしく、どうやらこの会合の後に伝えるつもりだったとか。


「商業ギルドが送り込んでいた。始めは田舎の冒険者崩れがやったのかと思っていたが……」

「商売敵が他にいるか?この程度すぐに分かることだろ」

「アサンチアのジジイかと思ったんだよ。俺たちの信用に傷を入れるためかと」

「【アサントブラザーズ】が?はあ、マジで使えねえな」


【アサントブラザーズ】と【麒麟組】はシマが近いこともあって、昔から抗争を繰り返していた。しかし両団体に代替わりがあって手打ちになったはずだ。それも私が仲介した。だからこうして1つにまとまっているというのに……。


「で?回収はしたんだろうな」

「いや……」

「ちっ」


 商業ギルドにしてみれば大した量じゃない。しかしウチにとっては大きな痛手だ。そもそもあの量の高級魔石を売ってくれる地域は西側に少ない。

 例えば最西端のヌアクショット州では、高級魔石を軍事利用するために全てを州政府が買い取っている。他の地域でも似たような状況で、安定的には仕入れができるのはバードンが隠し持っている採石場だけ。といっても一人で石を掘っているから、量はかなり少ない。


「報告しろ、連絡しろ、相談しろ、いちいち言わなきゃ分かんねえのか?てめえらフロント企業を持ってる商人だよな!?表のシノギがいかに重要かってのも話したよな?しょっぺえプライドのために幾ら損失を積めばいいんだ?なあ、教えてくれよロッシ!」

「すまない、この損失は必ず……」

「必ず取り返すか?当然だろ。それから小売店の信用とその小売店が贔屓にしてる顧客への信用も取り返すもんな」

「……」

「取り急ぎ各小売店に石を回す必要がある。今在庫にある分じゃ足りねえから、どっか余ってる所は?」


 手を挙げたのはエスコバルただ一人。彼が仕切るのは東側の南部州で、売上も高い。エスコバルが頭を張る【13界(サーティーンサークル)】はカタギからも一目置かれる存在で、金持ちや権力者の太客が多い。だからあまり手はつけたくないな。


「アイウンはどうなんだ?」

「まあ出せるけどよ、損の補填は誰持ちだ?」

「当然ロッシの所が出すさ」


 アイウンとは首都アイウン州を盟主とした帝国時代から今まで続く【アイウン・シンジケート】の事だ。彼らは複数の団体で構成されており、各地名で呼び合っている。大昔は互いにやり合っていたそうだが、各州でマフィアが勃興した為、手を取り合い今の形に落ち着いたという。【アイウン・シンジケート】の仲は良好という訳では無いが、それなりの絆はあるようだ。


「分かった。3日後に届ける」


 目の据わった童顔の男、エル・カポこそがシンジケートのボスである。見た目に反して暴力的で私よりも人を殺しているだろう。しかし誰よりも臆病で何事にも過敏に反応する、私の評価はカリスマ性のあるクレイジーな男だ。


「さてロッシ、今回は見逃してやる。でもケジメは必要だな」

「何をすればいい」

互救会(ごきゅうかい)だよ。抜け駆けして公共事業に噛んでるってな?」


 斜め前に座っていた男は眉間にしわを寄せて不満そうにしている。


「何が問題なんだ。それに親父を殺った理由を釈明しないのか?」

「その公共事業、確か商業ギルドが元請けだよな」

「だからなんだって言うんだ」

「その仕事受ける気か?」

「こっちの構成員は、あんたらと違って労働者なんだよ。仕事があれば人も集まるし上納金も多くなる、文句無いだろ」

「どう見えるか、そんなことを考える頭も無いのか」

「ふざけんなっ!どういう意味だ!」


 敵対組織である商業ギルドから仕事を受ける。世間にはどう見えるだろうか。

 大きな労働者団体の互救会(ごきゅうかい)ですら商業ギルドに靡いてしまうのだから、ただの商人が太刀打ちできるわけがない。そう考えて商業ギルドに加入するだろう。

 月覇会(げっぱかい)の一角がこのザマじゃあ、崩壊も近い。だったら早いうちにヤクの商売を始めてしまおうかと考える輩もいるだろう。

 そして、商業ギルドはこう考える。金をチラつかせれば股を開く娼婦だなと。実際、各団体の末端の構成員は金に靡くだろう。しかし中核メンバーは金ではなく伝統や規律を重んじているから簡単に懐柔はできない、はずだった。こうして互救会(ごきゅうかい)が尻尾を振るまでは。

 たった1つの出来事が良からぬ形で伝播する事は多々ある。物の見方というのは人によって違うから、その分多面的に複層的になる。つまり複雑になるということだ。そして人は複雑になった物事を単純化しようとする。

 例えば、互救会(ごきゅうかい)が足抜けしようとしてるとか。そんな風に考えてしまうこともあるだろう。

 ここで手柄を立てれば、互救会(ごきゅうかい)のシマがまるごと手に入る上に、商業ギルドとも仲良くできると考えるかもしれない。

 嘘と裏切りに塗れた世界だからこそ、疑念を生むような行動は慎まなければならない。だからこそ頭は冴えていなければならないし、バカに幹部は務まらない。


「片付けたらうちが面倒を見るのか?さすがに範囲が広すぎる」


 ロッシの方はヘマをしたがちゃんと頭は回っているようだ。

 今の取り仕切る範囲だけでも結構な労力だ、それは認める。そのうえで互救会(ごきゅうかい)が抜けたシマ、つまりマルブリ―ツェ州とボボル州、それからベイ州とラサパロス州の一部まで面倒を見ろというのだ、我ながら無理難題だと思う。しかしやってもらわないと困る。


互救会(ごきゅうかい)と麒麟組は兄弟みたいなもんだろ。お前が宥めて時間を稼げ。その後は私が面倒を見る」


 以前から商業ギルドの妨害工作はあった。だがそれはあくまでも、商業ギルドの威を借る商店や商人が仕掛けたものだった。取引先を脅して回ったり、フロント企業の従業員の家に脅迫文を送りつけたりと、しょうもないものだった。実行者は当然消したし、それ以来報復もなかった。

 つまるところ、これまでの小競り合いが霞むほど、本気の攻勢を仕掛けてきたというわけだ。

 私達がすべきことは、徹底的な防衛に尽きる。反転攻勢をするほどの力はない。暗殺出来るほど、アイツらの護衛は安くない。つまり守り抜くしかないのだ。

 有能な敵よりも無能な味方を恐れるからこそ、早めに摘み取る必要がある。互救会(ごきゅうかい)の現幹部を始末することは決定だ。

 ロッシが互救会(ごきゅうかい)を抑える間に、終わればいいが。

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