11.経費削減とお食事
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只今この物語は手直し中です。
このお話は新規追加ストーリーです。
ちょっと修整しました。大した変化はないかと。
ほのぼの郷には大食堂がある。最大収容人数は1,000名という脅威の広さなのだが、そのような人数が泊った前例は一度もない。過去に例を見ない大入りが最近あったものの、あの時でも宿泊客は600人弱だった。お一人様が多かったこともあり、客室利用率は増えたがお客様自体は少なくて済んだのだ。
この大食堂が出来た経緯は、ほのぼの郷の食事のシステムに由来している。
お客様の移動の手間を省こうという優しさから、朝と夜に食事は各部屋へと転送することにしていた。当初はそのシステムで問題はなかったのだが、宿泊客が増えていくにしたがってじわじわとトラブルが出始めた。それは宿の料金体系に関わってくる根本的な問題が起因していたのだ。
この世界における宿は人数に紐づく料金体系と、部屋に紐づく料金体系の2種類がある。
まず部屋毎に金額が決められている場合、多人数で利用することが多い。1人当たりの支払額を抑える事が出来るからだ。こういった料金体系で運営しているのは、宿が複合的な施設になっていて、他のサービスでも利益を見込めるからだ。宿泊客を出来るだけ多く受け入れて、食事だとか遊戯だとか演劇だとか自前のアトラクションを用意できるならば成り立つ体系となっている。
逆に人数毎に金額が決められている宿は、比較的小規模な場合が多い。出来るだけサービスを削ぎ落して、雨風を凌げるだけの寝床として利用させるような考え方だ。そこに癒しや娯楽という考えはあまりない。その逆をついて、人数毎の値段設定で高級志向を狙っている宿もある。1人でくつろげるような空間を前提として、様々なサービスで癒しを提供したり、非日常を味わえるよう趣向を凝らしたり。
同じ料金システムでも宿によって想定する利用者がかなり違っているのだ。
ほのぼの郷では部屋毎に料金を設定している。しかも格安だ。
宿における商品は「宿泊」というサービスではなく「客室の貸し出し」である。つまり定期的なメンテナンスを必要とする「客室」という在庫を出来るだけ満室にする必要があるのだ。そうしないと空き部屋は維持管理費だけが嵩み、利益を得られないまま劣化していってしまう。いわゆる不良在庫と化してしまうのだ。
だからといってどこよりも安い金額で運営し続ければいいわけではない。
利益を出せるギリギリの金額を見極める必要があるのだ。
商売とは客があって成り立つもので、客は世の情勢に敏感に反応する。天変地異や国の政策、噂やその日の天気なんかによって一気に客が離れてしまうなんてことも起こりえるから、長く経営を続けたいならば常に利益という目標を更新しなければならない。設備を刷新したり流行を取り入れたり、従業員を増やしたり、広告宣伝に力を入れたり、求めるものが高くなればなるほど金が必要になる。つまり利益を生み出さなければいけない。高過ぎず安過ぎず、常に思考し続けてその日の利益額を最大化させる必要があるのだ。
とどのつまり、宿屋というのは相場に合わせて金額が変動してしまう。
連休が続く日には客も増えるだろうから、いつもより金額を高めにしよう。雨の日が続いていて、それでもまだ続きそうだから、値段を下げておこう。
これは資産を最大の効率で運用する為のテクニックであって客に嫌がらせをしたい訳でも守銭奴な訳でもない。何故そう言い切れるか、守銭奴ならば文句を言うような貧乏人を相手にせず高級志向にさっさと転換しているからだ。中小規模の商人が相場を見極めて自分の勘や経験から、出来るだけ利益を生み出すために試行錯誤して料金を決定しているから、どうしても日々毎に変動してしまう。
でもほのぼの郷は違う。
いつも同じ低価格料金で、この国でも超高級な宿にしか置いていないような設備を備えている。かなりむちゃくちゃな経営をしているのだ。何故これが出来るのか、それはズバリ「ダンジョン」だからだ。
設備を入れ替えるにはそれなりの費用が掛かる。その費用は日々の利益から賄われるし、時には借金をしてでも費用に充てる事がある。そうすることでこれまでよりも利益が見込めるからだ。
ほのぼの郷の場合は設備投資をほとんどしていない。何故ならダンジョンが設備を造ってくれる上に、廃棄も入れ替えも全て行ってくれる。本来、経営上必要な費用のほとんどを自前で解決できるからこそ、超低価格で運営できているのだ。
超低価格で日々変動しない宿屋、しかも部屋毎に金額が決められている。さらに安くするには大人数で泊まればいい。
そう、大人数で泊まる客が増えたばかりに配膳スペースがなくなってしまったのだ。一部屋に入る最大人数は、一応5名までとなっている。しかし本人が狭くてもいいというならば8人でも10人でも受け付けていたので、このような問題が発生したのだ。
客室にある机はかなり小さめで、5人分ギリギリ置けるかという細長さだった。もしその机に乗りきらなくてもどうにかなるよと、元冒険者らしく騙し騙しでやっていたのだが、ついに誤魔化しが利かなくなった。
そこである日、大食堂というスペースを増築することにしたのだ。500部屋に2人ずつ止まれば1,000人だから、その程度が入るぐらい広い場所にしよう。中小規模の商人が口をあんぐりしてしまう程の大雑把な計算でそのフロアは完成した。
この宿の経営者バードン・オンツキーは元S級冒険者で、様々な国の様々な宿に泊まった。その経験から宿屋を始めたわけだが、彼に経営のノウハウはない。あるのは純粋なサービス精神だ。
食事を各部屋に転送するのも、自分が当時募らせていた不満から作ったシステムだ。
だからこそ、大食堂を作っても中途半端なままになっていた。
大食堂に宿泊客全員を集めての料理を提供する、そういうシステムに切り替えることはせず、希望者のみ大食堂に料理を提供する事としたのだ。
大人数の客には、部屋に料理を転送するとスペースがないので大食堂に移動したほうがいいですよと事前に伝えるに留め、強制はしなかった。せっかく造ったフロアが補助に成り下がってしまい、配膳の流れが煩雑になっただけだった。
確かに団体客から料理を食う場所がないというクレームは減ったし、事前に予告しましたよねと逃げ口上も用意できるようになったから、当初の問題は解消された。されたのだが、コスパが悪くなってしまった。
それは着実に財政状態へとダメージを与え続けていたのだ。
執務室では地元紙【ジョン・ドウ新聞】を読むバードンの姿があった。
コンコン!
「はいどうぞー!」
新聞から視線を上げると、やって来たのはミリスとアーリマだった。2人揃ってこの部屋に来るのは珍しい。プライベートの相談だろうか。まさか!ついに結婚か?
「お疲れ様です」
「お疲れ様っす」
「おう、お疲れさん。2人共、俺に出来る事があれば何でも言ってくれ。長い付き合いだからな」
この2人は戦争孤児で、故郷を捨ててこの国にやって来た。親代わりとまでは言えない、いやそんな事おこがましくて言えないが、間違いなく家族だ。華やかな式を挙げてやりたいな。
「えっ?あ、はい。そうですねありがとうございます」
「――ボス、たぶん勘違いしてるっす」
「はぇ?結婚じゃないの?」
「それはまだ先ですよ。この調子じゃ一生出来ないかも」
――ミスった。アーリマごめん。
余計なこと言ったな、悪かったよ。悲し気な顔で俺を見ないでくれ。早とちりしたけどそれぐらいお似合いだって事だ。おじさんはそう思うぞ!
でもアーリマの居心地がかなり悪そうなので割って入ることにした。
「ミリス?その辺にしてあげて。俺が早とちりしただけだからさ。用件は?何かあった?」
「はあ、用件は朝夜の食事についてです」
「皆の?」
「違います、お客様に提供する食事です」
「ほう。またクレーム?ちゃんと事前に伝えましたよねって言えばいいよ」
「私達からのクレームです、バードンさん」
えええ?マジで?なんでだ、何が問題なんだ?転送用の魔力は俺が補充しているし、大食堂にも従業員を配置しているし、人数が足りない時は俺も手伝ってる。そんなに負担にならないはずだけどな。ああ、この前の大入りがきつかったのか。確かに俺も手伝ったけど結構腰に来たな。今月の給料はもう少し色を付けて渡そうか。
「悪かったな。今月の給料はちゃんと上乗せしておくよ」
「はい?何の話ですか?」
「大入りの時大食堂が混んでたし、転送もきつかっただろ。その件でクレームじゃないの?」
「全然違うっす。それから給料はちょっとだけ上乗せしてくれればありがたいっす」
「オッケー、それで何が不満なのよ、俺には見当もつかないな」
「今のやり方は、かなりの工数を割く割にお客様を満足させられていないと思います」
「そうなの?」
「はい。詳しくご説明します」
ミリスが言うには、とにかく無駄が多いそうだ。
俺が目指したのは宿泊客をできるだけ移動させずに食事できる環境にすることだった。でも団体で来るお客様が増えてからはそれも上手くいかなくなった。転送した机の上がいっぱいで、皿の上に皿が乗っかったり、端っこの皿が落ちてしまったりと料理の提供自体が難しくなった。だから次善策として大食堂を造って、団体客を出来るだけそちらに誘導することにした。せっかく作った料理が無駄になるのは嫌だし、クレームだって受けたくないから受付の段階で丁寧に説明するようにしている。
それでうまくいっていると思っていたが、そうでもないらしい。
大食堂に転送する分と各部屋に転送する分、この選り分けで初手から煩雑になった。さらに大食堂に配置する従業員が必要になる。お客さんが少なければ2人程度で回せるが、多くなるとそれだけ従業員を割く必要がある。しかも各部屋にも回らないといけない。というのも送るときは転送でいいのだが、調理場に戻すときは一旦従業員が回収してから転送するようにしている。机の上で調理場に送り返すと、時々荷物とか変な植物とか魔物の一部とかが混入してめちゃくちゃになったからだ。
こう考えてみると確かにキツイな。というか今までよくやってこれたな。うちの従業員ってめっちゃ優秀なんじゃないの?
「バードンさんがお客様を大事にしているのは分かりますが、この店の利益を考えるなら食事の形式を転換するべきだと思います」
「転換、ね」
「具体案がありますのでお伝えします」
大食堂をフルに使い、尚且つ従業員の負担を減らすことを目的としているという事を前提に聞いてほしいと前置きしたうえで話し始めた。
まず、食事を取る宿泊客は全員が大食堂へ行くこと。時間内に来なければ食事はなしで返金もしない。
「それだとお客さん怒るぞ。金返せ!って言ってくるよ絶対」
それでも規則として拒否してくださいだそうだ。そのぶん受付時に説明するし、食材の量次第では受付時に食事不要と申告した人でも、当日の支払いで食べられるようにするそうだ。
そんなこと可能だろうか。多少の予備として食材を買い付けているが、何人もの腹を満たせるほどの余剰はないはずだ。
「大丈夫ですよ。今までの様に1人に一セットの料理というわけではありませんから」
何と食べ放題にするらしい。今までよりも食事の料金を引き上げて時間制限を設けたうえで食べ放題にするそうだ。
「そんなんで利益出るのか?冒険者達は大食いだぞ?」
「大量仕入れで割り戻ししてもらいます。しかも処分に困っているような食材を出来るだけ仕入れるようにします。あのタカダさんですから、上手く調理してくれるはずです」
「割り戻しって何?」
「あっ、ご説明します」
割り戻しとはリベートとも言われ「一気にめっちゃ仕入れてくれたら安くするよー」というやつだ。業者さんとしては不良在庫化しそうな商品を価値が落ちる前に出来るだけ売ってしまいたいので、代金の一部を返す、つまり値引きするから買ってーとなる訳だ。
「ふーん、それってさ人気がない食材って事じゃないの?」
「実は違うんです」
そもそも人気がない食材を問屋さんは買い付けてこないから、そういった心配はほとんどないそうだ。たまーに、大手の農家さんから押し付けられることもあるらしい。
ではどんな食材が安くなるのか。単純にその日に捌けなかった食材たちだ。なので一定量は【ほのぼの郷】の分として確保してもらって、それ以上はその日の売れ残りをまとめて買う事にしたらしい。ただし、この方法だと2つの問題が出てくる。1つは日によって食材が大きく変わる事、つまり献立を作れないのだ。2つは納入時間。うちが契約しているのはシュテン問屋という地域密着型の問屋さんで、この辺りのお食事処とは広く契約していたはず。それなりの軒数に早朝から納入してウチに来るのが最後となると、恐らく日暮れ頃か夜だろう。今まではお昼ごろに来ていたので当日の夕食には間に合っていたのだが。
「そこはバードンさんの魔法の出番ですよ。今だって生鮮食品は魔法で保存していますよね。それをもっと大きくして頂いて、1日、欲を言えば2日程度は保存できるようにして頂きたいんです」
「それは、結構厳しいな……」
「魔法がムズイっすよね」
「いやいや、魔法は簡単だよ。ただ、保存を可能にし続ける魔力がな」
「バードンさん、魔力がネックなんですね?お任せください」
転送が必要なくなれば、その分の魔力が浮くということだ。それをどうにか流用できないかということらしい。
「できるよ」
「えっ?マジっすか?」
「ほらー!だから言ったじゃない」
「え、何の話?」
食料を保存する方法はいくつかある。温度を低くし続けるとか、徹底的に乾燥させるとか。俺の場合は特殊な魔法で劣化を完全に止めているのだが、アーリマはその魔法が難しくて、今以上に大きくすることはできないと思っていたようだ。
それをミリスが「バードンさんなら出来るに決まってるじゃないの」と軽く言い合いになって今に至ると。
「あれって空間魔法っすよね?魔力大丈夫っすか?」
「ホッホッホ、実は空間魔法には、ある裏技があるんだよ。それというのが……」
「それは後にしましょう。続きをお話しますね」
「お、おん」
安く仕入れた食材をまとめて調理して、それぞれの料理毎にまとめて並べる。その料理を宿泊客が自分で取り分けて、食べたあとは所定の場所へ皿を返却することで食事は終了となる。この間従業員がやることは、まとめて並んでいる料理の減り具合を見ながら、追加調理させたり、空になった容器を転送したりするだけ。
確かに大食堂をフル活用できるし仕事も減るな。
「私の試算では、20〜25%の仕入れ額削減ができます」
「だったら料金は据え置きでいいんじゃないの?」
「現在の食事料金では完全に赤字です」
「え?そんなことないでしょ。ちゃんと仕入れ値よりも高い金額で提供してるぞ」
「その中に人件費ですとか、転送用の魔石代も含めて計算してますか?」
「ふーくめてないですね。そこまで含めるの?」
「売価から食事の提供に割くコストを引くことで利益を計算しましたので、今は赤字です。それだけではありません。認識しづらいですが、このサービスに従業員の時間が多く消費されている割には、宿の売りに出来る程の存在感が出ていません」
「なるほど」
難しい、ああ難しい。しかしこれが経営なのだ。そして優秀な部下がこうして代替案を提示してくれている訳だ。
客を移動させずに食事提供をする、確かに数年間続けたけど褒められたのは宿を始めてすぐの頃だけだったな。長く続けるうちにクレームが多くなったから大食堂を造ってみたけど、結果的には併存しにくいシステムを無理やり稼働させていたのか。
今の宿で俺が泊ったとしたら、どう思うだろうか。当時のメンバー達でここに泊まっていたら、大食堂と部屋に料理を運ばせるの、どっちを望むだろうか。そもそも俺が部屋から出るのが億劫だったのは、外に出ると必ずと言っていい程絡まれるし、その度にボコボコにして騎士に説明してと、全く飯にありつけなかったからだ。
外に飯を食いに行くわけでもなく、宿の中に大食堂があって、しかも転移できるんだ。その程度の移動に文句をつける奴はいないだろう。いや寧ろ、みんなでワイワイ出来る方がいいよな。ミリスのプランに反論できるような知識はないし、聞く限りでは完璧だと思う。既に仕入れ業者さんと話をつけているような言い方だったし、これは進めた方がいいよな。
「よしっ!やろう!予定とかは決まってるか?」
「今月末には始めたいと思います」
「月末、か。冒険者の最終支払日に合わせようって事だな」
「その通りです」
冒険者に何かしらの案件を依頼するには、ギルドで申請する必要がある。一般的には全額を事前に払い込んだ上で依頼を掲示してもらうのだが、金額が大きい場合や、依頼達成までの期間が長期に渡る場合は頭金だけを払い込んで掲示してもらう事が出来る。その依頼が達成された暁には迅速に支払いが行われるのだが、何かしらの理由で支払いがされない場合もある。その際は仲介を担ったギルドが月末に代金を支払い、依頼者からの取り立てを行うのだが、その月末の代金というのが冒険者の中ではあぶく銭と呼ばれている。支払われなかったであろう金、その月最後に入り込んだ気まぐれな金。
冒険者達が月末に羽目を外す風景というのは、元S級冒険者のバードンからすれば懐かしいものであった。
「料理の代金が高くなっていても多少の目こぼしはしてくれるでしょう。そうなれば最強料理人の最高の味と万全な体制で心を掴むだけです!」
「よーし。俺は保存棚に手を加えればいいんだな?他にやる事は?」
「大食堂にこういった設備を追加して頂きたいんです」
ミリスが胸元のポケットから取り出したのは折りたたまれた紙だった。広げてみると大食堂のスケッチで、料理を並べるための長いテーブルを設置する必要があるらしい。なるほど、ドリンクやデザートも置くのか。ぬるくなったら折角の味を落としかねないな。
「アーリマ、忙しいか?」
「俺の仕事はビラに文字を書き写すぐらいっすね」
「じゃあ、下に行ってダンジョンに造らせてくれ」
「ういっす」
胸ポケットから地下に向かう為の鍵を渡し、図面を手渡した。
「じゃあ、やりますか!」
「はい」
「うっす!」
執務室に戻ると真っ先に棚を漁る。高級な素材と魔法系の書籍には目もくれず、一番下の戸を開けて頭を突っ込んでお目当てのものを探すのだが、見つからない。整理整頓を日頃から心がけていればと過去の自分に説教をしながらも手は止めない。
今探しているのは冒険者時代に持って帰った永久氷雪だ。一見するとただの氷塊。しかしその実、溶けることのない氷雪なのだ。こぶし大の永久氷雪を頑張って持ち帰ったはずなのに、まさか捨てた?いやそれはないよな。めちゃくちゃ遠いヤーパンという国から違法に持ち出した貴重な品だ。売り払おうと思っていたけど、夏場にかなり重宝したから結局売らずに保管してたはずなんだが……
「あった!」
永久氷雪の凄いところは、溶けないことじゃない。まあ溶けないのも面白いけど、もっと面白いところがある。自分よりも温度が高い物の熱を奪う性質があるのだ。
例えば何かの事故でマグマにダイブしたとする。そんな時に永久氷雪さえポケットに忍ばせておけば、マグマの熱を一気に奪い氷に変えてしまうだろう。一気といっても10分ぐらいは掛かるから、やっぱり死ぬかもしれない。でも、とにかくすごい代物なのだ。
その分扱いも難しいので、基本的には魔法で効力を封じてる必要がある。そうでないと、今頃このダンジョンは氷漬けになっていただろう。永久氷雪を机の上において、今度はジャケットのポケットから赤い木札を取り出した。
転移した先は調理場だ。何をするのかと言えば、保存棚の拡張と保存期間延長の改修である。
立ち入り禁止の看板に向かって廊下を進み、左向きに振り返ると暖簾が掛かっている。暖簾がというかカーテンというか、入口の半分以上を隠してしまう長さの布が吊り下げられているのだ。一瞬だけ暖簾を視界に入れたが、すぐに立ち入り禁止の看板に目を向けて、話し始めた。勿論念話を使って。
タカダさんは転移者なので、常時魔法を使っても疲れないほどの魔力量がある。だからこそこの辺りに来ると感知魔法のねっとりした気配が肌に纏わりつく。タカダさんが人目を気にして常に警戒しているのだ。俺がここに来たことも分かっているはずだから、念話を始めるのは簡単だ。
『お疲れ様です。今いいですか?』
『お、乙です。暇です』
『ミリスから食事の提供方式を変えるって話し聞いてます?』
『は、ははい。て、手紙で色々と情報を交換しました』
『そうですか。なら話が早いです、保存棚の改修をしたいんですが、何時がいいですか?』
『も、もももも申し訳ありません。い、今から仕込みがあるので、あ、ああ明日のお昼がいいです。すみません』
『謝らないでください。今日は日程の調整だけのつもりでしたから。分かりました、明日の昼12時すぎぐらいに来ますね。1時間では終わりますから』
『お、おおおなしゃす。あ、あの!』
『はい?』
『こ、ここここここここ公爵様は、ななな、何か言ってましたか?』
『いえ、なにも。あっそうだ。手紙書きましたか?あるなら俺が出しときますよ』
『あ、ああ明日までに書きます。か、かかか必ず書きます!』
『あ、はい。じゃあ明日、宜しくですー』
『お、押忍』
イムリュエンも隅に置けないねー。タカダさんはイムリュエンの話になると態度が変わるからな。分かりやすいぜ。でもアイツ、その気あんのかな。ちょっと聞いてみようかしら。それとなく、応援する感じでな。
余計なお世話こそバードンの魂。キューピッドになることを夢見て、執務室へ転移したのであった。




