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第6話 この場所に戻ってきて。



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 あれから、カイル様は毎日稽古をつけてくれるようになった。忙しい騎士団の仕事の合間を縫って。


 私も同じ立場だったから、その忙しさは分かっているつもりだ。救国の英雄や乙女は、戦っているだけがお仕事ではないのだ。


「さすが、ローゼは強いな」


「まだまだ、カイル様には敵いません。体力もないし」


 騎士団の入団試験には、基礎体力試験がある。

 剣技だけなら余裕で受かるだろうけれど、今の私の体力は普通の令嬢に毛が生えた程度だ。


「……ローゼ」


「カイル様?」


「明日から、しばらく鍛錬には付き合えない」


「…………もしかして、魔獣討伐任務? どれくらい?」


 カイル様は、黙ったままこちらを見つめて、それから微笑むと「すぐに帰る」と言った。


 いつもカイル様は、過酷な任務の時ほどすぐ帰ると私を安心させるように言った。


 だから、つまりそれはきっと、過酷な任務で、いつ帰れるのかはわからないと言うことなのだ。


「あまり遅いと、騎士団で私の方が強くなってしまいますよ?」 


「はは、それはあまりに情けない」


「……生き延びてください。なにを犠牲にしても」


 十五年前の救国の乙女と呼ばれ、最前線で戦っていた私なら、「任務を完遂して帰るように」と、笑顔のままに言えたはず。


 他の世界なんて知らなかったし、いつだって、そうする覚悟があったから。


 今だって、覚悟がないわけじゃない。


 でも、私は穏やかな幸せを知ってしまったから。

 帰りたい場所が、ここにあると、知ってしまったから。


 たぶんそれは、カイル様のせい。


 十五年前にたしかにいたアリアローゼは、今ここにいない。今ここにいるのは、その記憶を持っているのだとしても、愛されて守られて育ったローゼだけ。


 でも、カイル様にとっては、やっぱりアリアローゼが忘れられないのだろうか。


 目を伏せて、私は思案する。もう一度、戦うことができるのかと。


 答えは是。


 でも、たぶんあの時みたいに、何も知らずに前だけを見て戦い続けることはもう出来なくて。


 そんな私をしばらく見つめていたカイル様が、徐に語り始めた。


「――――十五年前、死を目前にしてあなたに救われて、死に場所を探していた時、幼いあなたにもう一度救われた。俺の命はあなたのものです。……ローゼ」


 カイル様は、アリアローゼと呼ばなかった。ただ、ローゼと私の名を呼んだ。


「ローゼ、ここで待っていて。それだけで、俺はもっと強くなれるから」


 なぜだろう。こんなふうに、頬が熱くて堪らないなんて。


 なぜだろう。心臓が鷲掴みにされたみたいに苦しくて切ないのは。


 こんな時に限って、神様は何も言ってくれない。


「生きてここに戻ってきてください」


 私はようやく、その一言だけを口にした。




最後までご覧いただきありがとうございました。


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