第6話 この場所に戻ってきて。
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あれから、カイル様は毎日稽古をつけてくれるようになった。忙しい騎士団の仕事の合間を縫って。
私も同じ立場だったから、その忙しさは分かっているつもりだ。救国の英雄や乙女は、戦っているだけがお仕事ではないのだ。
「さすが、ローゼは強いな」
「まだまだ、カイル様には敵いません。体力もないし」
騎士団の入団試験には、基礎体力試験がある。
剣技だけなら余裕で受かるだろうけれど、今の私の体力は普通の令嬢に毛が生えた程度だ。
「……ローゼ」
「カイル様?」
「明日から、しばらく鍛錬には付き合えない」
「…………もしかして、魔獣討伐任務? どれくらい?」
カイル様は、黙ったままこちらを見つめて、それから微笑むと「すぐに帰る」と言った。
いつもカイル様は、過酷な任務の時ほどすぐ帰ると私を安心させるように言った。
だから、つまりそれはきっと、過酷な任務で、いつ帰れるのかはわからないと言うことなのだ。
「あまり遅いと、騎士団で私の方が強くなってしまいますよ?」
「はは、それはあまりに情けない」
「……生き延びてください。なにを犠牲にしても」
十五年前の救国の乙女と呼ばれ、最前線で戦っていた私なら、「任務を完遂して帰るように」と、笑顔のままに言えたはず。
他の世界なんて知らなかったし、いつだって、そうする覚悟があったから。
今だって、覚悟がないわけじゃない。
でも、私は穏やかな幸せを知ってしまったから。
帰りたい場所が、ここにあると、知ってしまったから。
たぶんそれは、カイル様のせい。
十五年前にたしかにいたアリアローゼは、今ここにいない。今ここにいるのは、その記憶を持っているのだとしても、愛されて守られて育ったローゼだけ。
でも、カイル様にとっては、やっぱりアリアローゼが忘れられないのだろうか。
目を伏せて、私は思案する。もう一度、戦うことができるのかと。
答えは是。
でも、たぶんあの時みたいに、何も知らずに前だけを見て戦い続けることはもう出来なくて。
そんな私をしばらく見つめていたカイル様が、徐に語り始めた。
「――――十五年前、死を目前にしてあなたに救われて、死に場所を探していた時、幼いあなたにもう一度救われた。俺の命はあなたのものです。……ローゼ」
カイル様は、アリアローゼと呼ばなかった。ただ、ローゼと私の名を呼んだ。
「ローゼ、ここで待っていて。それだけで、俺はもっと強くなれるから」
なぜだろう。こんなふうに、頬が熱くて堪らないなんて。
なぜだろう。心臓が鷲掴みにされたみたいに苦しくて切ないのは。
こんな時に限って、神様は何も言ってくれない。
「生きてここに戻ってきてください」
私はようやく、その一言だけを口にした。
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