第5話 普通の令嬢みたいに帰りを待つなんて出来ない。
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お祖父様と、カイル様。
二人が全力で止めてきたけれど、私の心は変わらなかった。
もし、これくらいで決意が変わるくらいだったら、前の人生だって救国の乙女なんて続けられたはずがない。
「……私はこのまま何もせずに、普通の令嬢みたいに刺繍をして夫の帰りを待っているなんて出来ないわ」
「たしかに、アリアローゼのそんな姿、想像もできないな」
ひどいです、お祖父様。一応刺繍も今回の人生では、出来るのですよ。ちょっと個性的な仕上がりになるだけで。
「たしかに、以前ローゼがくれたハンカチ、子豚の刺繍かと思ったら、フェンリルのだと聞いた時は驚いたな」
「ひどいです……。カイル様」
カイル様は、様をつけられるなんて恐れ多いと言ったけれど、最終的にはカイル様呼びで落ち着いた。そして、私のことをアリアローゼ様と呼びたがったけれど、外聞を考えてご遠慮した。
「入団試験を受けさせていただけないなら、冒険者になります。私はどちらでも構いません。己の信念を曲げずに生きていけるならば」
最終的には、どこにいるのかもわからない冒険者よりも、二人の目が届く騎士団の方が、マシだという結論に落ち着いた。
「……普通の令嬢として、誰かとともに幸せになるという選択肢はないのか」
ふと、神様に話した「私より強い人が好き」という言葉を思い出す。
なんでそんな話が出たのかについては、全く思い出せないのだけれど……。
今のところ、あの時の全盛期の私よりも強いのは、お祖父様とカイル様くらいだろう。
あれ? カイル様くらい? そういえば、なんでやり直しなのに、最初からやり直しじゃないんだっけ?
喉に引っかかった小骨のように、その事に違和感を感じた気がしたけれど。
「そうか、ところでアリアローゼ。いや、ローゼ。ディーベルト伯爵家の養女に……」
「考えておきます」
「えー、わし寂しい」
「そんな可愛く言ってもダメですよ。……今回は、父も母もいない戦争孤児という事になっているんですから。それにこれからは毎日、騎士団で会えますからか
「――――そうか、遺憾だが、貴族と結婚したくなった時には、いつでも我が家に養女に迎える準備はできている。まあ、息子が外に作った子とでもいえば、その見た目だ。誰もが納得するだろう」
ピンポーンと、どこからか聞きなれない音が聞こえてきた気がする。さっきから何なのだろう。神様は何を私に告げたいのか。
――――それに、先の戦争で私より前に散ったお父様は、お母様一筋だったのだけれど。それに私は、母親似だ。
「……俺もそれを勧めるな」
「そうですね。いつまでも私なんかが、カイル様の屋敷にお世話になっていては、カイル様の婚期がますます遅れてしまいます。……お祖父様、では」
「いや、ちょっと待て!」
お祖父様の方に行こうとした私を、カイル様が全力で引き止めてくる。
「……そんなに急いで決めることもない。騎士団には俺の屋敷からの方が近いし……」
「それもそうですね! では、お祖父様、保留ということで」
「……もっとはっきり言わないと、ローゼには通じないと思うのだが」
そんなことを言うお祖父様と、『そうだ、そうだ!』とどこかから聞こえるヤジ。
私は、部下の気持ちはわかる方だと自負しているのだけど。私はこっそり、ため息をついた。
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