第10話 あの時みたいに話せたなら。
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「……ご令嬢?」
声をかけられて、我に返る。
ずいぶん長く昔のことを思い出してしまっていたみたいだ。
「ごめんなさい。私、ローゼと申します。願書の受付はどちらでしょうか。騎士様」
「――――ローゼ? ……まさか、騎士団の入団試験を?」
「ええ」
なぜか流れる長い沈黙の後に、ようやく若い騎士は口を開く。
「…………失礼しました。俺は、レイン・カディスと申します。騎士団に入団して、まだ三年目の若輩者ですが。入団された際にはよろしくお願いします。ローゼ殿」
確実に、副隊長だったウィード・カディスの関係者だ。
それに、あまりにウィードそのものの姿。
「――――気軽に、ローゼと呼んでいただきたいわ」
「まさかそんな恐れ多い」
そしてどこか、私のことを救国の乙女だと確信していそうな返答。
「――――ウィード」
その瞬間、無表情という表現が一番近かった、その金の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「やはり、アリアローゼ様なのですか?」
「――――あなたこそ、ウィードなの?」
そろそろ、願書を持った受験希望者の数が多くなってきた。
入団試験前から目立ってしまうのは、本当に困る。
たくさんの目がある中、跪こうとしたレインを押しとどめる。
「私は、願書を出してくるから」
「……どうしても、今一度、その道に進まなくてはいけないのですか? 俺は、あの時よりずっと強くなりました。今ならきっと、アリアローゼ様が戦わなくても済むはずです。それに……カイルだって」
「――――あの時、私はあなたたちを守ることができなかった。このままでは、悔いばかりが残ってしまいそうなの。それに、私は剣を握っている時だけ生きていることを実感できる、そんな人間よ」
『そんな人間じゃ、ダメなんだってば……』
久しぶりに、神様の声が聞こえた気がした。
ダメって言われても、困ります。
神様の求める方向性が、良く分かりません。
「アリアローゼ様」
「今は、ただのローゼよ? レイン先輩。ローゼと呼んでください」
「――――その言葉」
そう、これは初めてウィードと出会った時の私の台詞にとても近い。
『救国の乙女なんてやめて。同じ部隊なのだから。今はただのアリアローゼよ? ウィード先輩。アリアローゼと呼んでください』
入団当時は、まだウィードが先輩で、私はただの新入団員でしかなかった。
それでも、頑なに救国の乙女にたいする態度で関わろうとするウィードに私が言った言葉だ。
まさか、そんな言葉の一つまで、覚えているとは思わなかったけれど。
「レイン先輩は、これから、仕事じゃないの?」
「――――ああ、そろそろ行かないと。……ローゼなら確実に合格するだろうな。これから、よろしく頼む」
「ええ、こちらこそお願いいたします」
私は、身についた所作で優雅に礼をする。
「…………ローゼのお嬢様言葉。そして、敬礼以外の挨拶。ものすごく違和感があるな」
昔に戻ったように、そんな軽口をたたく部下の頭を、つい以前の感覚で扇子の端でパシンと叩いてしまった。
そんな私たちを、唖然として入団希望者たちが見つめている。
結局私は、入団願書提出という初日から、周囲の注目を浴びてしまったのだった。
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