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多様性の受容

作者: オモト ラム

「ダニエル、頑張れ!」

「ニッキィ、そこだ、ラストスパート!」

「ポチ、行け行け!やったぞ優勝だ!」

 2096年、第48会オリンピックウラジオストク大会。

 陸上100メートル決勝、ポチは和犬として初めての金メダルを獲得した。

 イッテレの実況アナ、マスター・イッチが絶叫している。

「いや、実に素晴らしい疾走でした。和犬もやれば出来るんですね。いかがですか、アタハラさん。」

 ゲストで日本陸上連盟会長のアタハラ4世が冷静な口調で答える。

「確かに和犬らしい見事なスタートダッシュでしたね。」

 イッチ・アナウンサーはメモを見ながら続ける。

「ポチの飼い主は、カニーブラウン3世です。祖父の無念を見事に果たしたと言えるのではないでしょうか。」

 アタハラ4世が冷静にフォローする。

「正確には祖父の無念を孫のペットが果たしたと言うことでしょうから、ちょっと寂しい気もしますね。」

 しかし心の底からネガティブなイッチ・アナウンサーはアタハラをなだめるように言う。

「確かに、殆どの競技がペットのみの参加になってしまいましたからね。いま人間が参加している競技は陸上だと道具を使うハンマー投げ、円盤投げ、槍投げぐらいです。」

「いやいや、ハンマー投げなんか、あのIOC理事のウロフチ4世が飼っているゴリラのムロ君が、未公認ではありますが曽祖父ウロフチ1世の記録を抜いたらしいですよ。類人猿が投てき競技で人間の記録を破るのも時間の問題でしょうね。」

 アタハラはやりきれない様子だ。

「若者がいないんだからしようがないですよね。現在、日本における10代と20代の人口は600万人。全人口の10分の1です。もちろん日本だけでなく、ら人口減は世界の流れです。」

「世界の陸上競技者が1万人を割っている現実は寂しい限りですよ。」

「無理もありませんよ。特に日本の場合、21世紀前半に政府が作った子育て支援策がことごとく失敗に終わって、少子化に拍車をかけましたからね。」

「そりゃそうだ。とっくの遠に、子育て終わっているジジババや、お手伝いさんに子育てを任せているアッパー階級のメンバーで決めた政策だから上手く行くはずがないよ。」

 会話が政治批判になってきて、番組スポンサーのリアクションと、このあと登場する自分への悪影響を危惧した看板アナウンサー、ミューラ・アサミがマイクを握った。

「こちら会場のインタビュールームです。今、100mを制したポチが、買い主のカニーブラウン3世と共に現れました。なお通訳は、ドクターセックスの異名を持つ、ドリトル・ムツゴロウ9世博士です。」

「さてポチさん、素晴らしい走りでしたね。勝因は何でしたか?」

「バウ、ワウ、ワオーン、バウバウ。」

 博士が通訳する。

「「やはりスタートが上手くできたことです。」と言ってます。」

 放送席のマスター・イッチもインタビューの内容を本筋から離した方が視聴率が上がると判断して、ミューラ・アサミに連絡する。

「ミトちゃん、もっとプライベートなこと、聞いてみて。」

「えっ?」

 ミューラ・アサミは、マスター・イッチの意図は察したものの、犬のプライベートって何だろうと妄想を広げたが、真面目な常識人である自分には無理だと思い、ポチを1人のスポーツマンと割り切り、彼女なりにプライベートな質問した。

「好きな女性のタイプを教えて下さい。」


 ウラジオストク大会の翌年。

 ベルギーにあるIOCビル。

 ここで重要会議が開催されていた。

「会長、では次回のオリンピックから、陸上競技についてのペットの条件を哺乳類全般に広げるということでよろしいですね。」

 ダメスエ事務局長が会長のホワットマイケルジョンソン5世に念を押す。

「今や多様性の受容がトレンドだよ。IOCとて、これを積極的に受け入れている姿勢を見せなくてはマズイだろう。」

 会長の発言に世界体操連盟会長のコマネキ5世が尋ねる。」

「犬、猫以外に出場できるペットっているんですか?」

 自慢げにウロフチ4世が話す。

「いますよ。ちなみに私はゴリラとイノシシを飼っているが、ゴリラのムロちゃんなんか、ハンマー投げで私の曽祖父、アジアの鉄人の記録を去年超えて、今年は祖父の記録に挑戦しているところですからね。」

 ダイバーシティの先進地である欧米の理事たちも概ね肯定的な意見だ。

「ホースレースなら、ヨーロッパ勢は層が厚い。アスコット、グッドウッド、ロンシャンには数百年の歴史がありますからね。」

 一家代々真面目で実直な日本体育連盟のキライ・ヒネリ3世が怪訝な顔で尋ねる。

「ホースレースのサラブレッドってプロですよね。プロの参加はいいんですか?」

 イギリスのオバスチャン・コー7世が鋭い視線を投げかけて言い放つ。

「大丈夫ですよ。既に始まっている欧州大会では年齢制限を設けて3歳以下としてます。かつて行われていた人間サッカーと同じルールですよ。」

「素晴らしい。団体戦、例えば1マイル×4なんかも出来そうですね。」

「その時には是非オーバーエイジ枠も作って欲しいものですな。」

 一部に笑いも出る。

「各種目、動物別のレースでしょうな?」

 30年間理事を務める最長老のコスケ・イタジマ3世が尋ねた。

「隣にいるウザイボルト4世がペットのチーターを走らせるらしいが、同じレースに私のインパラ、ケロちゃんを出すわけにいかないでしょ。」

 ニュージーランドの理事、苦労・ラッセルがうなずく。

「確かに。隣の草食動物を襲ったら、スタジアムは殺戮の舞台となってしまう。ローマ時代のコロッセオじゃあるまいに。そんな事は避けたいですな!」

「では競技は同種単位ということで決定しましょう。」

 副会長のカール・ロイス5世が安堵する。

「ちょっと待ってください。」

 理事のアベベ8世が手をあげる。

「チーターは個体差が無いから無差別でいいだろうが、犬は犬種によって体格は全く違います。階級を設けないと不公平ではないですか?せめて軽量級、中量級、重量級くらいには分けないと。」

「なるほど、ご意見はごもっともです。しかし、どこまでの動物をどの程度の階級に分けるのか基準を設けないことには。公平を期すのはわかりますが、キリがありませんぞ。」

 ルイス副会長は穏やかに答える。

「そうですね。ではとりあえず犬と馬を階級わけするのではいかがですか?」

 アベベ8世が笑みを浮かべる。

 ジョンソン会長もホッとしたようだった。

「いや、まだ他にもあります。」

 世界水泳連盟のウェルプス4世会長だった。

「クジラ類もバンドウイルカからシロナガスクジラまで陸上動物以上に体格差があります。それからアザラシも、ゴマフアザラシとゾウアザラシを競わせることは難しい。」

 ウクライナのボボカ理事が吐き捨てるように言った。

「ウェルプスさん、魚はダメだよ。」

 ウェルプス4世が笑って応えた。

「ボボカさん、ウクライナには海が無いから無理もないが、クジラからアザラシまで皆んな哺乳類ですよ。何の問題もない。」

 ボボカ理事は怪訝な顔で尋ねる。

「言っておきますが、我がウクライナにも黒海という立派な海が有りますよ。ところでウェルプスさん、そのアザラシたちにいったい何を競わせるんですか?チーターの100mのあと、アザラシの100m走を見ろと言うんですか?」

 ウェルプス理事は真剣な表情で答える。

「もちろん競泳ですよ。まあ、フリースタイルのみとなりますが。」

 ボボカ理事が眉を顰める。

「今、議論しているのは陸上競技の話でしょう。参加条件を哺乳類全般に広げたのは、陸上競技に決まってるじゃないですか。」

 ウェルプス理事が冷静に反論する。

「私は先ほどから新たな提案をしているんですよ。前回オリンピックから始まったペットの部の100m自由形決勝を皆さん覚えているでしょう。結局、クリスティアーノ・ドナルゾ4世の愛犬、マロスケが優勝しましたが、優勝タイムは人間の小学生より遅かった。キュー・タカナシ理事のロッピーなんか、水に入るのを棄権する始末。あれじゃ観客は満足しません。見たいのは世界新記録ですよ。」

 オーストラリアのイヤーン・ソープ4世が現実的な質問を投げかける。

「50メートルプールをクジラはどうやって泳ぐんですか?」

 ウェルプス理事は予期していたかのようにニコリとする。

「アザラシ、オットセイ、カワウソの部は通常のプールで競わせます。」

「カワウソの部までつくるんですか?」

 ボボカ理事が呆気に取られている。

「カワウソのレースの後のプールで人間のレースをするのかい?」

 コスケ・イタジマ理事も不快感を示す。

「イタジマさん、差別的発言は控えた方が。多様性を否定する発言はマズイですよ。」

 アベベ8世が発言を諌める。

 ウェルプス理事が淡々と説明を続ける。

「イルカとシャチの部は競艇場で実施します。水深4メートル有りますからレースには全く支障が無いはずですよ。」

「なるほど競艇場の1つや2つなら、私のご先祖さまが残した財力で何とか買い取ることもできるな。」

 ソープ4世はご満悦だ。

「それからシロナガスクジラの部は、メルボルン・タスマニア間の長距離レースにします。240キロ有りますが、シロナガスクジラは時速40キロくらいで泳ぎますから、まあ半日の競技ですかね。空からの実況中継はきっと熱が入りますよ。」

 理事の多くは呆気に取られて言葉が出ない。しかし、イヤン・ソープ4世の熱弁には更に拍車が掛かっている。

「シロナガスクジラのレースを母国、オーストラリアで開催。素晴らしいでしょう!確かにかつてのアメリカンズカップ以来の盛り上がりになるかも知れない。」

 コマネキ5世が隣の理事に囁く。

「なんだかサーカス団の興行談義になってきていません?」

 隣のチャフラウスカ8世理事も頷く。

「いくら少子化でスポーツ選手が枯渇しているからといって、まさかチーターやイルカにまで助けを乞うとはなんとも情けない話。スポーツの美しさはどこに行ったのかしら。」

 理事たちの多くは21世紀最後のオリンピックをIOC存続のために真剣に憂いている様子だ。

「理事長!」

 一人の女性理事が質問した。コタミカコ3世である。

「競技は全て男女別ですよね。」

 カールルイス5世理事長が天を仰いで言った。

「もちろん。男女平等は全ての動物に与えられた権利です。」

「そうだったんですか。」

 キライ・ヒネリ3世が感心している。

「理事長!」

 アベベ8世が手を挙げた。

「あなたまで。今度は何ですか?」

 アベベ8世は真剣に尋ねる。

「ウチの愛犬ハイレ・ソラシエはトランスジェンダーのようなんですが、マラソンにはLGBTの部をつくりますよね?」

「多様性の重視はオリンピック憲章にも則ったことですから当然でしょう。」

 会議はまだまだ終わりそうにない。


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