出会い
僕には73の妻がいる。
ちなみに僕は27である。
僕たち二人の関係を初めて知る人は皆同じことを考えているのだろう。
『絶対金目当ての結婚だよ』と。
しかし、言い訳ではなく、本当に僕は彼女のことを愛おしいと思い、結婚を決意した。お金なんて全く関係ない。まして、今は亡き彼女の前夫が貿易商の社長であったことなどどうでもいいことである。
ただ、周りはどう言おうとそれを信じてくれないし、むしろ力説するのも馬鹿馬鹿しい。何故なら、自分が逆の立場でもそう思うであろうからである。
彼女は亡き前夫の後を継ぎ、会社社長を司っている。一方、僕は中小企業のしがないサラリーマンである。
そんな一見接点がなさそうな二人が出会ったのは本当に偶然のことであった。
その日、僕は会社からリストラを宣告された。理由は会社の経営不振であった。
うなだれながら、トボトボと歩いて帰っていたのだが、ふと帰り道の公園が目に留まり、何気なくそこにあったベンチに腰を下ろした。それからいくらかじっとその場に座っていたら、頬を何かがポロポロと伝うように感じていた。それを拭う気力さえなかった。
あれはきっと会社への愛着とか、裏切られたといった感情で溢れ出たものではなく、認めさせる力が自分にはなかったことへの自分に対しての不甲斐なさに溢れ出てきたものであろう、と思い返した時に後で感じた。
そんな僕の前に、さっと人影が現れ、ハンカチがすっと差し出されていた。
顔を上げると、年の割に小綺麗な格好をしている年配の女性が立っていた。
それが彼女との出会いだった。
僕は差し出されたハンカチをそっと受け取り、こぼれ落ちるモノをそっと拭った。
「何かあったんですか?もし私でもよければ、お話相手くらいにはなれますよ」と、彼女から口を開いた。
「実は会社が経営不振で、
リストラを行っていく中でその対象者になりまして、今日最後の業務を終えてきたところです」
「そうだったんですね。お辛いでしょうね、きっとその会社で頑張ってこられたんでしょう」
「いえ、それで言うと頑張りが足りなかったのかもしれません。」
「そう思うのであれば、次のお仕事でより精を出して頑張ったらよいではないですか。お若いんですもの。まだまだ何回でもやり直しは利くと思いますよ。亡くなった主人も若い頃は色々と失敗を重ねて、何十年かけて少しずつ会社を安定稼動させていったんですよ」
そう言った彼女は僕に一粒の大きい飴玉を手渡した。
「どうぞ。甘い物食べると、人って元気でいれますから。現に私も元気に毎日過ごしてますしね。」
そう言って少し笑った彼女の表情は、シワこそ多くあるけれど、本当に素敵で、そして可憐な表情を見せていた。
その顔を見たら何だか顔が緩んで、自然と自分にも笑顔が生まれていた。
「そう、その顔。その顔でいらしたら、きっと良いお仕事にまた恵まれますよ」
「ありがとうございます。何か少し元気出ましたよ。」
「それはよかった。では私はそろそろ失礼させて頂きますね。ごきげんよう」
そう言って女性が去ろうとした時、自然と口が開いた。頭ではなく、身体が反応したようだった。
「待ってください。あの、お名前教えて頂けませんか。それとできたら電話番号も。何かこのままでこの出会いを終わらせたくないんです。友達、っていうのは失礼かもしれませんが、これからも相談相手になってくれませんか。もしご迷惑なら諦めますけど」
「喜んで、こんなオババでよろしければ。名前は倉田陽子。電話番号は赤外線で交換できますか」
「赤外線!?だ、大丈夫です。赤外線できます。交換しましょう」
「私が赤外線知ってるのがそんな驚いてしまいます?まあ無理もないですよね、こんなオババからそんな言葉出たら。でもそのくらい知ってるんですよ。ところで貴方様のお名前は?」
「すみません、忘れてました。多賀巧と言います。」
「巧さんね、良いお名前ですね。・・あっ、もうこんな時間、行かないと。赤外線しましょ」そう言って、彼女は慣れた手つきでセットして、僕の携帯に送信した。
「あとで空メール送って頂けたら、返信させてもらいますね。ではまた」
そう言って彼女は近くに停めてあった車に乗り、颯爽と去っていった。
番号を交換したものの、また会うことになるのか、増してや結婚相手になることなど、その時には想像することすら僕には難しかった。