scene.06 2人きりのダンスレッスン
「ドレイク、少し3人にしてください」
「はっ!ですが、直に生誕会が始まります、お話のお時間はあまり取れませんがよろしいですか?」
「構いません、この先王家を支える事になる2人とすこしでも親睦を深めたく思います」
ドレイクお父様はその言葉に一礼し、退室していった。
「さあ、今は3人だけですよ。気軽にしてください」
シャーロット王女はにっこにこだ、何がそんなに楽しいのか知らないが良い笑顔だ。しかし…
「そうは言われましても……」
横を見るとフェリシアもどうしたものかと反応に困っている様子だった。
「いいのですよ、お父様が臥せってからというものラーガル王家は弱体の一途を辿っております。お2人はそんな王家を……私を支えるために婚約をなさったのでしょう?私はとても感謝しているのですよ」
「勿体無いお言葉です」
ラーガル王国にて王都周辺の軍を統括するグリフィア
ラーガル王国の国境周辺の軍を統括するリンドヴルム
確かに、俺とフェリシアの婚約は病に臥せて威光を失いつつあるラーガル王家を守り固める為の政治的な判断だ。
「私も15になれば学園に通う事にはなると思いますが、今は父の代わりに動かなければならないことが多い身です。城には歳の近い者もおりませんし、心から信用できる者もまた……そう、多くはありません」
10歳の女の子が王の名代として各地に行ってるのだろうか?だとすれば大変だな……
「ですから、今日こうしてお2人を呼んだのは私の我侭なのです。舞踏会に参加できるわけでもないのに、王城まで足労させてしまったことは大変心苦しく思います」
「足労などとんでもありません、グリフィア家は建国以来王家に忠誠を捧げる一族です。王女殿下の命あらば即座に馳せ参じる次第です」
思ったよりも口が回るな。
オーランド=グリフィアは馬鹿かもしれないが、子供の脳みそやこの身体自体は優秀なのかもしれない……思ったことがスラスラと口から出てくるのはありがたい。
シャーロット王女との挨拶を楽しみにしていたっぽいからフェリシアはもっと喋るのかと思っていたが、なぜだか王女との会話の矢面には俺が立たされている。
「ふふ、ドレイクから聞いていた話とは印象が違いますね」
「ほう……父上はなんと?」
「どうにも元気が過ぎる……と聞いておりましたので、今回の招待も一度はドレイクに断られたくらいです。私に無礼があってはならないから、と。ですが、ドレイクの杞憂だったようですね」
「それは、まあ…はい。先日庭の池で溺れまして、他人に迷惑をかけてばかりではいけないと猛省した次第です」
「まあ……?どうして池に?」
「どうしてと言われましても、池の中の魚を捕まえてみようと思いまして……」
「それは何故なのですか?」
「な、何故といわれましても……」
めっちゃ突っかかってくるじゃん……
なんだよ。反省したんだからいいだろ。
「泳いでいる魚を素手で捕まえたら面白いかなと、多分そんなところじゃないでしょうか」
「それで溺れてしまったのですか?」
「はい、3日も眠っていたそうです」
「3日も!?お身体は大丈夫なのですか?」
そりゃ驚くよな。なんでこいつ自分家の庭の池で溺れて死にかけてるんだよって思うよな。俺だってそう思う。
「今は全く問題御座いません!いつ如何なる時も王女殿下のために動けます!」
「ふふ、頼もしいですね。ですがなるほど…それ以来周りに気をつけるようになった、と?」
「仰る通りです。私も9歳、貴族としていい加減に子供は卒業しなければならないと痛感した次第でございます」
「そうなのね……でも、そういうお話は聞いた事がなかったから、また今度聞かせてくださらない?」
「王女殿下が仰るのであればいつ如何なる時も!」
「シャーロットで構いません、私とあなた達は今日より友なのですから」
「畏まりました、シャーロット様」
「畏まりました!」
「ラーガル、グリフィア、リンドヴルム、私達は互いに互いを支えあっていける友でいましょうね。それでは、そうね、フェリシアのことも聞かせてくれないかしら?」
「は、はい!」
それからしばらく、父上が部屋の扉をたたくまでの間俺達3人は会話を重ねた。
◇ ◇ ◇
生誕会は恙無く進行していった。
本来であればラーガル王にエスコートされて登場するはずだったシャーロット王女が、護衛である俺の父を引き連れて現れたこと以外は特に変わった事もなく、国中から集まった貴族連中と挨拶を交わし談笑し、何度かダンスが行われていた。
俺もフェリシアも9歳なので舞踏会の方には参加できなかったが、離れた所からそれを眺める事はできた。
「シャーロット様、お綺麗ですね……」
城のバルコニーから舞踏会を眺め、フェリシアは呟いた。
「ええ。ですが、私の目にはあの中の誰よりもフェリシア様の方が美しく映っていますよ」
確かにシャーロット王女殿下は尋常出はない程の輝きを放っているが、こういう時に馬鹿正直に他の女性を褒めてもいい事なんて何もない。
ましてや言っているのは婚約者のフェリシアだ、とりあえずフェリシアを褒めるしかない。
「そ……そう、ですか?」
「ええ。そうだ……折角ですので来年の為の予習をしませんか?」
オーランドはダンスの練習ほとんどしてないな……
練習した記憶が全然見つからん……
「来年の為の予習?」
「来年は僕らもそれぞれの家で生誕会を開く事になるでしょう?そのためのダンスの予習でも、と。幸いにも、このバルコニーには誰も居りはしません」
「そう……ですね。何事も練習は大事ですものね」
「あー……でもですね…実の所、私はダンスの練習が殆ど進んでいなくて……」
「ふふふ、ご自身から誘っておいて踊れないのですね。オーランド様らしいです」
ふわりとした笑顔。
これはどちらの笑顔なんだろうか…作り笑いか、それとも……
「お恥ずかしい限りです……不肖なこの身ではありますが、フェリシア様、どうか私と一曲付き合ってもらえませんか?」
そんな事どうででもいいか……俺の目的は死の回避だ。
その為に18歳まで完璧な貴族として振舞い、処断されるような悪評は避けなければならない。10歳の生誕会で恥をかくようなことは避けなければならない。フェリシアが内心で俺を毛嫌いしていようが婚約者であることには変わりない。であれば、フェリシアが俺を嫌っていようが憎悪していようが今は俺のダンスの練習台になってもらうだけのことだ。
「はい、よろこんで!」
俺が差し出した手を、フェリシアはぎゅっと握った。
一曲だけのつもりだったが、結局舞踏会が終わるまでの長い間2人きりの練習は続いた。