scene.52 俺達の戦いは…
「シャーロット様、ケルシー様、マリアさん、私は怒ってはいないのです」
グリフィアの応接室で1人椅子に座り、フェリシアは優しく話し始めた。
あろうことか、シャーロット王女とアトワラスとカラドリアの令嬢を床に座らせている。
誰もそれに疑問を持たないし、誰もそれに反論しない。
フェリシアがそれを許さないからだ。
「「「………」」」
シャーロット、ケルシー、マリアはうんともすんとも言わなかった。
なんか返事してあげなよ。
フェリシアの話は中々終わらず、優しい語り口とは裏腹にアメジストのような美しくも鋭い瞳を光らせて俺達を威圧していた。
いつも笑顔のフェリシアは誰にでも親しみやすい優しい女の子なのだが、今のフェリシアはどういうわけか怖い。物腰こそ柔らかいし、視線だって別に睨んでいるわけではない。ただ笑っていないだけで、ただ目を開いているだけなのに、巨大な何かを目の前にするようなプレッシャーを感じている。
ゲームの説明にあった『リンドヴルムの覚醒』とかいうよくわからない状態なのかもしれないが、なんだったっけ……アイリーンルートでドラゴンと龍の違いとか龍の血を浴びたリンドヴルムがどうのうこうのと言っていたと思うけど……緊張しすぎて全然思い出せない!怖い!
「もちろん、オーランド様にも怒ってはいないです」
「あ……はい」
本当?でもさっき俺を見ていた目は怖かったですよ?
今もなんて言うんだろう……オーラって言うんですか?怖いですよフェリシアさん?
「ですが、皆さんは節度を守ってください。オーランド様は婚約者のある身、その程度ご存知でしょう?知らないはずがありませんよね?」
「「「はい」」」
「物事には順序があります。私はオーランド様が誰とどの様な遊びをしていても咎めるつもりはありませんし、束縛するつもりもありませが……順序は大切です」
おお、ニコニコのフェリシアに戻った。
俺は殺されないで済む…のか?
「この場合の順序とはつまり、私へ話を通すことにあります。オーランド様に隠すつもりが無かった事もわかりますし、貴女方が必死だったことも……まあ、そうですね……わからなくもありません。ですが、まずは私へ伺いを立てて貰わなければ筋が通りません」
さっきからずっと何の話をしてるんだろうか。
俺が手紙を書くのをやめたのがそんなにいけなかったのだろうか……
つっても1ヶ月くらいか?それまでが異常だったんだって、毎日手紙書くって頭おかしいだろ。
返事が来る前に矢継ぎ早に手紙が送られてきて、数日前の手紙の返事を見てはそれの返事を書くって……聞いたことねぇよそんな手紙のやり取り……報告書っていうんだよああいうのは……レポートだって余裕を持って仕上げていた俺が辛く感じる量の手紙はどう考えても異常だ。
「シャーロット様?私はオーランド様と共に貴女をお支えする所存です。シャーロット様が望まれるのであればそういうことも……考えなくもありませんが、それでもまずは私に相談をしてください」
「相談すれば、その……」
「考えなくもありません」
「……はい、フェリシア、ごめんなさい」
フェリシアは笑顔だし、仲直りしてる……んだよな?
じゃあいいか。
「ケルシー様、貴女はアトワラス家の者でしょう?何をしているのですか?三女である貴女であれば正式に両親に頼みさえすればどうにかすることもできるのではないですか?オーランド様は貴女のものではありません」
「は、はいぃ……」
リンドヴルム家の血を引く人間は制圧力が違うな。流石は龍殺しの一族だ。
場を纏め上げる力……カリスマ性というものだろうか、そういうものがある気がする。
よくわからんけど……ラスボス戦のフェリシアは能力値がバグるしな。
「マリアさん、貴女は分を弁えなさい……と言いましても貴女はカラドリアですからね……貴女がその気になればどうとでもなる…………などと甘えた事を考えているのでしたら勘違いですよ」
「なん……どういうことですの……?」
「そうなればオーリーは死にます」
「え?俺死ぬのッ!?」
「なッ……!え?ど、どういう意味ですの…?」
口を挟むつもりは無かったのについつい声がでてしまった。
てか俺死ぬのッ!?なんで!?
「そうならない為にも分を弁えなさい。心配せずともオーランド様が望まれるのであれば貴女にも機会はあります。大事なオーリーに死んで欲しくないのなら以降は婚約者である私への態度は改めなさい」
「……も……申し訳ありませんでした……フェリシア様」
いやいや……俺、死ぬの?
というかマリアが誰かに謝罪してるの凄く貴重な場面だな。
いやでも、なんで今の会話で俺の死が浮上したんだよ!
「オーランド様は……少し2人でお話致しましょう」
「いッ」
殺される!!!
「嫌なのですか?私の聞き間違えですか?」
笑顔のフェリシアと先程の死ぬ発言で思わず拒否しようと思ったが…
「はいよろこんでー!!」
笑顔を止めて目を開いたフェリシアを見たら、元気に答える事しかできなかった。
◇ ◇ ◇
その後、シャーロット、ケルシー、マリアは帰宅し、
俺とフェリシアも応接室から自室に場所を移した。
彼女は特に何を言うでもなく、俺の部屋をぐるりと見ては頷いていた。
「髪を……切られたのですね」
そうしてしばらく部屋の中を観察して、初めて、フェリシアは髪について触れてきた。
「あ、はい。その……ダンジョンで戦うときに邪魔になるかと思いまして……」
「もっと普通に話してください。怒っていないと言ったではありませんか」
「わ、わかった」
「まあいいです。とりあえずここに座ってください」
言われるがまま、俺は姿見の前に置かれた椅子に座った。
そしてフェリシアは椅子に座った俺の後ろにそっと立ち、俺の髪を触り始めた。
「また……どうするのですか、こんなに切ってしまって……」
「ごめん…怒ってるんだよな」
「怒っていないと言っているではないですか。でも、そうですね……髪はまた伸びてきますが、身体は1つしかないのです……婚約者に心配かけるような行動は控えてくださると助かります」
ツンツンに適当に切られた髪の毛を触りながらフェリシアは溜息をついている。
「ごめん…」
「もういいですよ、そんなに謝られなくても。それよりも、何か辛いことでもありましたか?」
「いや…別にそういったことは──」
「言いたくないのでしたら無理には聞きませんが、これからは困っている事や辛いことは全部私に言ってください。リンドヴルムから飛んできますので」
フェリシアらしくもない台詞に、
優しさすら感じる息遣いを聞いて、
この時になってようやく、俺はフェリシアをちゃんと見た。
色々と起こり過ぎて圧倒された半日だったせいで、彼女の顔をちゃんと見れていなかった。
姿見に映るフェリシアは、楽しそうに俺の髪を触っていたが……
「フェリシア?なんか顔色悪くないか?」
どうにも顔色が良くない。
そもそも何でここに居るのかもわからない。
供回りの人間も見えないし……
「そうですか?リンドヴルムから寝ないで来たので少し眠たいのかもしれないですね、お恥ずかしい限りです」
「え?」
そんな事が可能なのか?
1日2日の距離じゃないだろ?
「オーランド様の手紙が来なくなったからですよ。大丈夫なら大丈夫とお手紙をくださいませ。何かあったのかと思って来てしまったではありませんか……お母様に叱られる時はご助力くださいね?」
「来てしまったって……」
何でもないように言っているが、冗談なのか?
フェリシアのジョークなのか?マジなのか?どっちだ……
「ですが、そうですね。少し眠いのでベッドをお借りしてもよろしいですか?」
「あ、ああ……すぐに部屋を用意するように」
「いえいえ、そこにあるではないですか。」
そう言ってフェリシアが指差したのは俺のベッドだった。
「そこにって、ここは俺……」
婚約者とは言え、男のベッドで寝るなんてリンドヴルムのご両親にバレたら絶対に怒られるだろうに。フェリシアは礼儀作法や礼節は徹底して守るヒロインのはずなのに、さっきの応接室といい今といい…
「いいではないですか。一緒に寝ましょうと言っているわけではないのですから。では……私はもう寝ますので、起きるまでそこで待っていてくださいね」
そして、フェリシアは有無を言わさず俺のベッドに潜り込み始めた。
「え?あ、はい。」
俺は朝からドタバタとありすぎて思考が追いつかず、
空返事をすることしか出来なかったけど……
「そうそう、明日は紐を買いに行きますから……そのつもりで予定を空けておいて下さいね」
「リボン?」
ベッドで横になりながらフェリシアはぽつりぽつりと話を続けた。
「そうですよ……そんなに髪を短くされて……迂闊な事をしないように、私がプレゼント…する……ので……」
しかしその話は一瞬で終わった。
ベッドで横になって1分もしないでフェリシアが静かな寝息を立て始めたからだ。
「……わかった」
その後、起きるまで待てと言われた俺は何をするでもなく椅子に座ってフェリシアの寝顔を見ていた。今日こそはダンジョンに行こうと思ったのに、結局ダンジョン行けてないじゃん……つくづく俺は意志薄弱だな……騒々し過ぎて色々考えていたのが馬鹿らしくなってきた……
なんでだろう…
なんでこうなったんだ…
もう攻略ヒロインとなんて関わらないって決めたのに、
どいつもこいつもぞろぞろやって来やがって……
リリィと一緒にダンジョンに行こうとしただけなのに……
未だ見ぬ主人公との恋路の邪魔なんて絶対にしないから……
頼むから俺には構わないでくれ……
俺はまだ死にたくないんだ……
悪役転生者の生存戦略 第一部
悪役と出会いの物語・完
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
でも……そうだな、ゲーム本編までまだ時間はあるんだ。
焦って全てを諦めるにはちょっと早過ぎたのかもしれない。
不安と不満だらけの毎日だけど、
上手くいかない事ばかりだけど、
楽しい事なんて何ひとつない世界だけど、
だからと言って、悪い事ばかりじゃなかった。
自棄になるのはよくなかった。
ケルシーはおかしくなっていたけど泣いているよりずっとマシだ
マリアは金の心配だけではなく人の心配をするようになった
シャーロットは怒っていないと言っていた、ごめんなさいと言っていた
静かに寝息を立てているフェリシアの何処に俺への殺意があるのか
いずれ命を狙われるくらいなら関わりたくなんてない
いずれ俺が切り捨てる人達になんて関わりたくなんてない
その考えは変わらないけど……
それでもまあ……もう少しくらいなら……
彼女らが主人公と出会って恋に落ちるその時までは…
俺に出来る範囲でサポートくらいはしよう
別に助けるとかそういうんじゃなくて……
今日みたいに喧嘩して誰かに死なれたら困るからな。
うん。それだけだ。
そもそも、悪役と主人公&ヒロインの戦場は学園だ。
そう考えると俺の生存戦略はまだ始まってすらいないのかもしれない。
まあ、いいさ…決戦の舞台は『ラーガル学園』だ
焦るのも諦めるのも投げやりになるのも、
全てが終わるその時まで、今はまだ取っておいてやる
今はまだ…敵も味方も関係ない
そう言う毎日を過ごすのも……悪くはない
最後までお読みいただきありがとう御座いました!1部は終わりです!打ち切り完結です!
約1ヶ月間応援ありがとう御座いました!