scene.45 マリアは考え激怒する
「そう……ラタトシアの……」
あの女がラタトシアの第三王女だったとは思いもしなかったけれど……
「だからなんだと言うの?たかだか男に襲われそうになったくらいなんだというの?私には関係ないし知ったことではないわ。あの女のせいでオーリーがおかしくなったのなら殺せばいいわ」
あの子の事情なんて知ったことではないわ。
ラタトシアなどという小さな国のいざこざに興味はない。
私とオーリーの間に持ち込まないで欲しいわ。
「いえお嬢様……彼女が原因ではない……とまでは言い切れませんが、オーランド様は彼女を助ける為に人を殺めたようです」
オーリーが助けた女をカラドリアで手厚く持て成し、震えていた女から少しずつ話を聞きだした。
小汚い女など興味はないけれど、オーリーが任せると言ったのだから最上の持て成しをするのは当然ですけれど……
「それが何なの?」
話が見えない。
ラタトシアの政変など興味はないし、あの女が家臣に裏切られようと家族を殺されようと、私とオーリーの間にはなんの関係もない。だからなんだというのか。
そんなくだらない話よりもオーリーですわ!
たかがラタトシアとは言え、正規の騎士3人を相手に素晴らしいですわ!出来ることならお近くでその勇姿を見届けたかったというのに、それが何だというのかしら?オーリーが活躍した事とオーリーがおかしくなったことの関係がさっぱりわからないわ。マデリンは何を言っているのかしら。
「これはあくまでも私の勘ですが……オーランド様は生き物を殺す事になれていないのではないかと。いえ、魔物との戦闘を見た限り考え辛いことではあるのですが……少なくとも人を手にかけたのは今回が初めてなのではないかと……先日のあの表情は……見覚えがございます」
「………そう」
私はオーリーから聞いたから知っている。
確かに、オーリーが初めて魔物と戦ったのはほんの一週間前だわ。彼は私にだけ教えてくれた、恥ずかしいからと……2人だけの秘密だ、と。私だけに……えへへへ
確かにマデリンの言うとおりだけど……でも……
「マデリン、わからないわ。それが何だと言うの?人を殺したのが初めてだからといって、それが何だと言うの?人と言ってもあの女を襲っていた賊でしょう?それを殺したところで誰か困るの?誰も損をしませんわ?どうしてオーリーは部屋から出てこないの?今はそんなどうでもいい話が聞きたいのではないわ。絶対にあの女が何かしたのよ……それしか考えられないわ……」
オーリーから任されていなければ拷問にかけて吐かせられるのに…
「……お嬢様はお強い方ですが、全ての者がそうとは限らないのです」
「違うわマデリン、オーリーも強いわ」
私を引っ張ってくださるオーリー!なんて強い眼差しなのかしら!
「私は……アルカイドの騎士として数多の人を屠り、今はお嬢様の為に障害を屠ることになんの感情も沸きません」
「知っているわ。だから貴女が好きなのよ」
マデリンは突然何の話をしているのかしら?
「それでも……初めて人を殺めた時は考えました。私が殺したこの人間は果たして殺されるだけのことをしたのだろうか、この人間にも家族は居たのだろうか、私は何をしているのだろうか、と。……大義名分があれば人はどのような残虐な事でも成せますが、それでも……初めの一歩というものはどうしようもなく重たいものです」
「それが何だと言うの?意味がわからないわ。敵は殺すものよ?ましてや、襲われている女を助ける為に戦ったなど誉れではありませんの?何を悩むというの?オーリーは誇るべきことこそあっても部屋に閉じこもるような事はしていないわ」
「ええ……ええ、お嬢様の仰る通りです」
「何が言いたいのかまるでわからないわマデリン。一度あの女を連れて来なさい」
「畏まりましたお嬢様……ですが、それまでに想像をしてみていただくだけで構いません。オーランド様の心情を。強くない者の心情を……一度だけ」
状況がよくわからない。あの女が何かをしたに違いない。
違いないけど……
オーリーがどう考えているか……
どう考えているのかしら……?
◇ ◇ ◇
「あなたッ!!」
「キャッ……」
気がついたら女を殴っていた。
「お嬢様おやめください。オーランド様に嫌われてしまいます」
「そ……そうですわね」
怒りを静めるのよマリア……
感情的になるのは愚か者のする事ですわ。
「こっこわ…こわく…って…」
目の前には私に殴られて地面に倒れた女と、
そいつを庇うようにして私を制止したマデリンがいる。
「それでもあなたは助けてもらったのでしょう?」
「はッ…はい……」
「だったら!貴女は!誰を怖がっているの!」
「ごっ…ごめん……なさい……」
「私への謝罪など不要ですわ!助けてもらったのならありがとうございますですわ!そんな事も習わないのですか?ラタトシアは!あろうことか!!オッ!オーリーを怖がってッ!!」
「お嬢様、どうか落ち着いてください。彼女の保護はオーランド様のご指示です」
「おっ……落ち着いて…いるわ」
私にはわからない感情。
敵を殺して何が悪いのか、賊を殺めたとて、人を殺したからと言ってだからなんだと言うのか。それの何が悪いのか、それの何処に考える箇所があるのか。自分の障害を排除して何が悪いのか、強い方が勝って全てを手に入れる、弱い方は死ねばいい。それだけの話。
でも……オーリーの考え方は私とは何もかもが違う。
頑張って想像してみようと思ったけれど……
やっぱり私にはオーリーにはなれない。だから考えてみた。
オーリーが賊に襲われていて、颯爽と現れた私が賊を殺す。
おほほほ!オーリーは私に感謝して喜んでくれますわ!
私はオーリーに褒められて嬉しい、
頼られて嬉しい。素敵ですわ!
やっぱりよくわからなかった、なにが困るというのか。悩む箇所がまるでなかったけれど、もう少しだけ考えてみた。
賊を殺したのに、オーリーが無反応だったら?
構いませんわ!
私がオーリーを助けたかっただけですもの!
では、オーリーがお礼を言わないことも?
構いませんわ!
私がオーリーを助けたかっただけですもの!
おーーほほほほ!
じゃあ、オーリーが賊を殺した私を怖がったら?
どうしましょう…少し悲しいかもしれませんわね。
私はオーリーを助けたかっただけですの……
どうすればいいのかしら……
じゃあ、賊を殺した私をオーリーが酷く怖がり、避けるようになったら?
いやですわ!どうしてそうなりますの!
意味がわかりませんわ!?
「貴女の事情なんて知ったことではありませんが、貴女を助けるためにわざわざ人を殺したというのにオーリーを怖がるのはおかしいのではなくて?私、おかしなこといっておりまして?」
女は首を横に振っている……
わかっているのならどうして!
「……貴女…なんなんですの?」
人をイライラさせる天才ですわ。
子供とはいえ王族なのでしょう?
ラタトシアの教育の質は最低ですわね。
「マデリン、その女を引っ張って来なさい。オーリーの所に向かいますわ」
「お嬢様?来るなと言われておりますがよろしいのですか?」
「いいわ。アイリーンだかアイリだかこんな女の名前なんてどうでもいいですけれど、命の恩人にお礼を言わせに行きますわよ。私はそれについていくだけですわ」
オーリーを怖がるのをやめろといいたいけれど……この女はもうダメですわね。
でもせめて、この女の口から助けてくれてありがとうございましたと言わせる。助けてくれた相手に礼も尽くせないようなものが王族だなんてラタトシアは本当にダメね。こんなのが王家なら内乱も起きるというものですわ。よりにもよってオーリーを怖がるなんて……本当に馬鹿な子。度し難い程に。
私も初めは勘違いをしていた。
オーリーはいつでも自分を中心に世界を考えている私と同じ人間だと思っていた。けれど、そうじゃなかった。オーリーは時々言っている事と行動がちぐはぐな時があって、それが不思議でならなかった。でも、マデリンに言われてようやくわかった。
彼はいつだって自分を中心に物事を考えているつもりになっているようで、実際のところ彼の中心にはいつだって自分以外の誰かがいる。それは家族であったり、リリィであったり、私であったり……自分自身気づいていないようだけれど、彼のちぐはぐな行動の中心にはいつだって誰かへの想いがある。
私が嫌がられているくらい知っている…
それでもオーリーは側に居る事を拒絶しない。
一度は切れかけた縁だけど……
それでも……私がそうしたいなら、と。
結局はご自身の節を折られた。
オーリーは言っている事とやっている事が一致しない。
彼は誰かが悲しむ事を、誰かが困る事を極端に嫌う。自己中心的に振る舞っているつもりで、いつも誰かの心配をしてしまう。体と心が一致していないければ器は軋み……やがて痛みになる……私にはよくわかりますわ。
だから、きっと今回も同じ。私にはわからないけれど、オーリーはきっと賊なんて殺したくなかったんじゃないかしら……彼は誰かを傷つける事を好む性格ではないから、きっと今……
これで何が変わるかはわからない。
何も変わらないかもしれない。
でも、オーリーが部屋の外に出てきてくれるかもしれない。出てきたら部屋に戻ってしまわないようにすぐに手を繫いで、契約を持ち出して名前を呼んでもらいますわ!おーほほほほほ!
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