scene.39 愚かな正解者に拍手を
「とりあえず……これを着てください」
外套を渡す手が震える……落ち着け……
あのまま黙って見てるほうが良かったのか?
助けなかった方が良かったのか?そんな事はないはずだ……
だが、殺さずに無力化できた可能性だってあったのでは?
いや…ダメだ…3人に敵対されれば……俺は死んでいた……
相手は大人だ、1人に襲われたって勝てやしない。
1人で行動するのであれば、必ず1人でいる状況を作り出さなければ些細なことで命を落とす事になる、見知らぬ者との共闘など決して考えるな、だったか……
関わらないのが正解、知らないのが正解だった…のかな……
いや……そんなはずは……
俺を見ながらガチガチと歯を鳴らし怯えた表情を浮かべる女の子を見て、そんな女の子を助ける為に魔物を殺して……ようやくわかった事があった。
俺はこの時になってようやく異世界転生や異世界転移してしまった主人公という存在の異常な強さに気付いた。あいつらの強さの根幹にあるものは神様からもらったチート能力なんかじゃなかった。そんな物は副産物でしかなかった。
主人公とは、自分を信じ世界を信じ、即座に環境に順応し、自分の仲間を信じ、自分の正義を信じ、そしてそれを貫く為には容易く人を屠れるような……自身の障害になり得る者を何の躊躇いもなく排除出来るような……化物のような精神性をもった普通の人間とは掛け離れた正真正銘の怪物だ。
何かを貫ける強さを持っているから主人公は主人公たり得るわけで……
それに比べて俺は……
ゲームのちんけな悪役キャラでしかなかったようだ……
ちょっと魔物を殺しただけでこれだ……
気持ち悪い……
吐きそうだ……
◇ ◇ ◇
何も言わないで震えている女の子に外套を被せ、黙って手をひいて街道までの道を歩いていると
「オーリー!見つけましたわ!」
最近よく聞く声が耳に届いてきた。
馬でしか移動できないマリアではあるが、どれだけ遠くに移動しても結局いつも追いついてくる。
身体のどこかにGPSでも埋め込まれているのだろうか……
「オー……ど、どうしましたの?顔が真っ青ですわ…それにその……」
マリアなんかに心配されるとはな。
いいか……どうでもいい……
「魔物に襲われて居た所を保護した。マリア、マデリン、その子を王都まで届けてやってくれ」
手を引いて歩くのも限界だ。
「オーリー…?」
「魔物に……ですか?…………畏まりました、オーランド様」
「ああ、頼むマデリン。ほら……この人なら怖くないだろ」
黙って後ろを付いてきていた女の子を馬から下りたマデリンに突き出す。
早く何処かに行け。
この女も、マリアも、マデリンも、早く何処かに行け。
「オーリー、何処かお怪我を?顔色がよろしくありませんわ」
「なんでもない、早くそいつを連れていってくれ」
「オ…オーリーも帰りましょう…?」
本当にうるさいやつだなこいつは……
たまには俺の言う事を聞いてくれてもいいだろうが…
「今すぐそいつを連れて王都に帰れ!!次はないぞ!!」
いいから帰れよ。なんなんだよマジで……
「オッ……な!なんなんですの!私はオーリーを──」
「お嬢様!」
「な、ど、どうしましたのマデリン。話に割り込むなんて無礼よ!」
「いえ、申し訳ありません。ですが………本日はお帰りになりましょう」
「何でなんですの!オーリーの顔色が悪いから私は……貴女も黙っていないで何か言いなさいよ!!」
マリアはイライラしてきたのか、今度は俺がマデリンに渡した女の子に当たりはじめてしまった。
矛先が俺ではなく女の子に向くのは望む所ではない。
「マデリンすまないが……」
マリアはもうどうでもいい。
こいつに何を言ったところで俺の言う事なんて聞きやしないからな。
そう思い、俺はマデリンだけを真剣に見て話した…
「…いきましょうお嬢様。それではオーランド様、後ほど」
俺の思いが通じたのか、マデリンはそっと女の子を抱き上げて馬の下へと歩いていった。
マリアは不満たらたらな様子だったが、マデリンから離れるわけにもいかないようで文句を言いながらもつかずはなれずの距離を保って後を付いていった。
その後もしばらくぎゃーぎゃーと文句を垂れ流していたマリアも、歯を鳴らして震えながら俺を見ていた女の子も、なんとなくこちらのことを察してくれた様子のマデリンも、それからすぐに王都に向かった。
走っていく馬を見送り、見えなくなるまで見送って……
「ウッ……オエエェ……」
俺はその場で吐いた。
それからの事はあまり覚えていない。
道を歩いていて、暗くなってきたところでグレゴリー先生が馬に乗って来たのは覚えてるが……吐きすぎて頭も痛くて気分も最悪だったせいか、あまり覚えていないし思い出したくもない……
俺は勉強が出来るはずなのに……
ちゃんと正解できたはずなのに……
不思議な事に何も嬉しくなかった。
もう、何も考えたく無かった。
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