scene.22 正解のない選択肢
「では、リリィとやらと行動を共にするようになったのは最近なのですか?」
「ええ、冒険者登録をしてから2ヶ月はずっと1人で王都の掃除クエストをこなしていましたからね。リリィが私の掃除している場所にやってきて冒険者ランクのあげかたを教えてくれって言ってきたのはつい先日です」
「オーランド様はどうしてリリィさんとパーティーを組まれたのですか?私にはよくわからないのです」
王女とケルシーから交互に質問を浴びせられる事数時間。
段々と面倒になりつつも、彼女らの機嫌を損ねる事だけは避けたいので、俺は全力で話をした。しかし……
最終的にはリリィと直接会って話をすることになった。
◇ ◇ ◇
「誰よあんたたち!」
グリフィアの屋敷の裏口には、掃除道具を手に持ち王女とケルシーを威嚇するリリィと、
「まあ……元気な子ね」
全身から何かを迸らせている王女とその後ろに隠れているケルシーが対面した。
全身を泥だらけにしてドブのような臭いを放っているリリィが帰ってきたのは夕方だったが、本当に臭いな。まあ、ドブのような臭いもなにもドブ掃除してたんだからドブの臭いそのものなんだけど。
「リリィおかえり。だけどダメだよ、そんな言葉遣いは」
「オーリー!帰ったわ!」
帰ってきたのは見たらわかるが、それよりも言葉遣いのほうに反応してくれ。
「オーリー、ね。本当にこの子とパーティーを組んでいるのね。……私にはよくわからないわ」
「あ、あの…私が冒険者に登録したら、オーランド様はパーティーを組んでくれますか?」
「ダメよ!!!」
いよいよ面倒くさくなってきたが、何で俺じゃなくてリリィが拒否してるんだよ。
「ひっ……」
ほら……ケルシーが怖がってるじゃないか……
「リリィやめろ。ケシーが怖がっているだろ」
「な、なによ!」
王女とケルシーを威嚇するように睨んでいたが、俺が強く言うと少しリリィが怯んだ。
「ケシー大丈夫だよ。リリィはちょっと声が大きくて言葉遣いが荒いけど、悪い子じゃないから。初めてあったケシーとロティーに緊張してるだけだから」
「は、はい」
威嚇するリリィから庇うようにシャーロットとケルシーの前に立ち、後ろに手を伸ばし怯えているケルシーと手を繫いで安心させる事にした。リリィだって今はこの国で生活をしているんだから、彼女らと敵対するのはまずい。
「リリィ、この人はシャーロット様。このラーガル王国の王女様だ。そしてこちらのケルシー様もまた、凄く偉い貴族のご息女様だ。こないだ勉強しただろ?専属側仕えになったら言葉遣いも少しずつなおしていこう、って。いいか?態度には気をつけるんだ、リリィ」
「なッ……なによ……」
お姫様とわかったからか、リリィの勢いはしおしおと萎れていった。
「元気なのは結構ですが、あなたはオーランドの専属に相応しくないと思いますよ」
リリィの勢いが無くなると今度はシャーロットが淡々と話し始めた。
「ロティー………」
あまりそう言わないであげてほしいのだけど……
ちょっとずつ教育するし…長い目で見てくれないだろうか。
「王女である私を相手にその言葉遣い……許されるものではありませんよ。あなたがそのような態度をとればとるほど、あなたの主であるオーランドの評判が下がっていくのです。オーランドの優しさに甘えているだけの子供が何を思いあがっているのですか?あなたに思慮が残っているのであれば今すぐにでも――」
「ロティーッ!」
しまった……つい反応してしまった。
いや、だけどシャーロットは言いすぎだ。
それにこの場合叱責されるのは主である俺のほうであり、リリィはさっさと引っ込むのが正解だ。
「なんですかオーランド?私は貴方の為を思って言っているのですよ?このような粗暴な側仕えを許す者などそうはおりません。私でなければその場で切り捨てられていてもおかしくないのですよ?」
「それは…はい……仰る通りですが……」
「貴方であれば他のパーティーメンバーなんてすぐに見つかるでしょう?私は忙しくて付き合えないですが、ケルシーだって優秀な魔術師ですしそこの娘よりもよほど貴方のメンバーに相応しいのではないかしら?」
仲間などすぐに見つかる、だと?
オーランド=グリフィアの仲間が簡単に見つかると思ってるのか?
「悪い事はいいません、そのような臭い娘とは早く手を切りなさい。オーランドの評判に瑕がつきます」
「な……なによ……」
シャーロットの言葉はその通りなのかもしれないが……
ラーガル王国の王女に面と向かって要らないと言われたリリィは、どんどん勢いがなくなっていった。
屋敷の裏口から入ってきた彼女は、全身をゴミで汚して酷い悪臭を放っている。
だが、それは俺がそうしろと言ったからだ。少しでも早く冒険者ランクをあげるためにはこれが一番効率がいいからと俺が言ったから、リリィはその言葉を信じて一直線で頑張っている。
毎日面白くもない掃除を頑張っているのは、少しでも早く俺と一緒にダンジョン攻略をする為だ。
「ロティー、そこまでにしてください」
気が付けば俺はケルシーの手を離していた。
そして今度は、王女の視線から守るようにリリィの前に立った。
「ッ………そ、そうですか………私ではなくその娘を取るのですね。好きにしてください。行きますよケルシー」
「え?あっ……はい……」
シャーロットはその言葉を残し、俺とリリィを一瞥してからケルシーを連れてその場を去ってしまった。
◇ ◇ ◇
終わった……やってしまった……
王女の機嫌を損ね、ケルシーの手を離した。敵対するつもりはない、敵対するつもりはないが……
「い…いいの?王女様いっちゃうけど……」
「……いいんだよ。遅かれ早かれ……こうなってたんだ」
全身から悪臭を放っているリリィは俺から距離を取って下を向いている。
「王女様怒ってた」
「怒ってたな…………でも別にリリィが悪いわけじゃない……だから気にすんなって」
悪い奴が居るとすればオーランド1人で十分だ。
王女とケルシーと敵対するとなれば……18歳の成人の儀まで生き残る事ができないかもしれない。
制限時間が少なくなってしまうが……
「そんな顔すんなよ、俺達は2人で最強になるんだろ?」
「そうだけど……」
「あーーーーもうめんどくせー!いいんだよ別に!そりゃあ……王女様とケルシーには嫌われたかもしれんが、お前は俺のパーティーメンバーだろ?だったら…冒険者なら仲間を守るのは当然だろ!逆にお前だって俺が困ってたらちゃんと守れよな。そんだけのことだろ」
ゲームキャラの王女やケルシーと敵対関係になるとしても、俺はリリィの手を取ると決めていた。
『ゲームに登場するキャラクターは信用しない』
これはオーランド=グリフィアがこの世界で生存する為に決めたルールだ。それに従ったまでの事だ。
この世界での俺の仲間は今のところリリィだけだしな……最初から選択肢にもなっていなかった。
ただ、今までよりももっと頑張らないといけなくなったってだけの話だ。
「ほら、ぼさっとしてないでこっち来い」
「でも…私、臭いし……」
「うるっせ!ほら…今更そんな事で躊躇すんなって。俺だって2,3ヶ月はずーっと臭かったからそんなものはどうでもいい」
俯いているリリィの手を強引に引っ張って屋敷の中に引き入れる。
しかしまあ、どうするのが正解だったんだろうな。もっと上手に宥められなかったのか……
無理か…ちょっとリリィを庇っただけであの反応だったもんな。俺がリリィの手を取ると決めた時点でシャーロットとケルシーとの敵対は不可避だったのだろう。
「こ、言葉遣い、なおす…なお、なおします……」
「そりゃそうしてくれると助かるが……無理に直す必要も急ぐ必要もねぇよ」
頑張って敬語を覚えていこうと考えてくれるのはいいことだが、リリィにそんな事は望んでいない。
俺が彼女に望んでいるのは背中を預けてダンジョンを攻略する仲間としての役割だ。
敵だらけのこの世界で、オーランド=グリフィアが生存するための仲間としての役割だ。
「うん……私、強くなる…なります」
「そうかい……頼りにしてるぜ」
こんなに呆気なく王女様とケルシーが機嫌を損ねるとは思っても見なかったが、どうせ俺はラーガル王国から出て行く人間だ…仮に18歳まで敵対せずに生きたとしても成人の儀で出自が判明すれば誰もが手の平を返して俺を断罪する。シャーロットもケルシーもその程度の関係だ。
今回の件で本格的に敵対関係になったとすればあまり悠長な事はしていられないかもしれないが、まだ時間はあるはずだ……大丈夫……大丈夫だ……俺は上手くやれている……大丈夫だ。
その後、王女様に色々と言われて元気のなくなったリリィの手を引っ張って井戸まで連れて行き、水魔術でざぶざぶと洗ってあげた。
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