scene.10 第二の刺客
シャーロット王女殿下の話し相手として呼び出されるのもこれで何度目だろうか。
初めて呼び出されたあの日から、俺は数日置きに暇を見つけては呼び出しを受けるようになった。
しかし、この日の呼び出しは少し違った。
「よく来てくれました、オーランド!」
城に到着するとあれよあれよと王女殿下の私室に通されたわけだが、シャーロット王女は両手を広げて歓迎してくれた。有り難い限りだが、俺の事を本当に歓迎してくれているのであれば呼び出しを止めて欲しい。
ほぼ素通りで通された俺とは違い、グレゴリーはここまではついて来れないようで途中で別れてしまったが……まあ、城内であれば護衛も何もいらないし大丈夫だろう。彼には適当に暇を潰しておいてもらおう。
「シャーロット様、招喚に従い参上いたしました」
10歳の女子とどんな事を話せばいいのか未だによくわからないが、それよりも気になるのはシャーロットの傍にいる女の子だ。
「そんなに畏まらなくていいのですよ?…あ!そうね、この子はケルシー=アトワラス。小さな頃から私の遊び相手を務めてくれている子です」
俺の視線に気付いたようですぐに紹介してくれた。
「お初にお目にかかりますケルシー様、私はオーランド=グリフィア。ドレイクを父に、クラウディアを母に持つグリフィア家の嫡子にございます」
「ケルシー=アトワラス……です」
人見知りなのだろうか?
王女の遊び相手に選ばれるくらいだから相当上位の貴族だとは思うのだが、挨拶すら出来ないのはやばくないか?と言っても前世の記憶が蘇る前のオーランドよりはマシか……
しかし、それにしても……
「黒髪は珍しいですものね…そうまじまじと見なくとも、ケルシーは呪子などではありませんよ」
ケルシーはこの世界に来て初めて見る…懐かしい髪色と目の色をしていた。
「呪子?いえ、美しい髪色だと思いまして。すみませんじろじろと…不躾でした」
呪子だかなんだか知らんが、久々にみた黒髪と黒目をついつい眺めてしまった。俺の瞳も黒ではあるが、俺以外で黒目の人間なんて初めて見た。
思わずじっと見てしまったのは悪かったが、俺の魂がこの色を見て安堵しているのを感じるのだから許して欲しい。
「まあ!そうでしたか!ほら、ケルシー?オーランドは怖くないと言ったでしょう?」
「は、はい…」
嬉しそうにケルシーの手を取って話している王女には悪いのだが、
「話が見えないのですが…ケルシー様がどうかされたのですか?」
なんのこっちゃわからん。
シャーロット王女はゲームの登場キャラではあったが攻略可能なヒロインではなかったし、俺の中の警戒ランクも多少は低い。適当に仲良くしておいて損はないだろうと思って付き合っているが、よくわからない話をされても困る。
「あら、オーランドは本当にご存知ないのですか?」
「正直なんの事かわかりませんが、ケルシー様の髪の色がどうかされたのですか?」
黒色は不吉とか、そういう感じの話なのだろうか?
確かに黒髪黒目なんてこの世界にきてケルシー以外で見たことがないが、灰色とか茶色だって黒と似たようなもんだろうに、そもそも髪の色だとか肌の色だとかどうでもよくないか? といってもここは剣と魔法のファンタジーワールドだしな、なんか色々と差別の基準が違うのかもしれん…
「ううん、知らないならそれでいいのよ。些細な話ですからね」
笑って誤魔化しやがって……王女様だから追及するつもりはないが後で調べるからどうでもいいか。
「ケルシー様。不躾な視線、大変失礼致しました。悪意あってのものではなく、純粋に……黒く美しい髪に見惚れていただけなのです。どうか許して貰えないでしょうか?」
よくはわからないがしっかり謝っておこう。
この世界で黒髪黒目が迫害を受けているのだとすれば俺は守る側に立とうじゃないか。もし貴重なのだとすれば守らないと、万が一にも絶滅してしまったら俺の日本人としての魂が嘆き悲しむ事になる。
しかし、それにしてもケルシー…ケルシーか……何処かで…………って!
ケルシー=アトワラスか!?
こいつケルシー=アトワラスじゃねぇか!!!ヒロインの1人が何でこんな所にいるんだよ!!!
「あらあら……そういう言葉はフェリシアに言うべきですよ、オーランド」
「し、し失礼致しました。そのような意図はなく、俺はあいえ、失礼、わ私はただ…」
ヤバイ、思考がぐちゃぐちゃになって口が回らん!!
どうしてこうなった!!
極力遠ざかりたかったヒロインの1人が突然目の前に現れた事もそうだが、王女様に招喚された以上そそくさと帰るわけにもいかないという状況もかなり厄介だ。ヒロインとわかったからと言って、王女の遊び相手であるケルシーを素気無く扱うわけにもいかないし……てか、本当に何でここに居るんだよ!
「ふふ…オーランドったらそんなに慌ててしまって、可愛い所もあるのね」
俺の焦りも知らずにぬけぬけと笑いやがってこの王女め、お前のせいで俺は関わりたくもないヒロインの1人に遭遇してしまったではないか!
「ケルシー?オーランドは貴方の髪が美しくて見惚れてしまっていただけですよ、怖がる必要はありません」
「私の髪が……ですか?」
「ええ、私も好きよ。ケルシーの黒い髪も、黒い瞳も、あなたは私の友達ですもの、当然ですよね。そしてそこのオーランドもまた私の友。ですから、私たちならきっと仲良くなれると信じておりました。本当はフェリシアもお誘いしたかったのですが、王都とリンドヴルムは少し距離がありますからね…フェリシアにはまたの機会に紹介しましょう」
王女は俺の手を取り、もう片方の手でケルシーの手を取り、互いの手を合わせさせてきた。
一瞬、ケルシーの手がビクリと跳ね、握手を交わした手は僅かに震えているように感じた。
「そうですよケルシー様、私はシャーロット様の友。そして同じくシャーロット様の友である貴女の事もまた、友であると考えております。ケルシー様がお許しになってくれるのであれば、これからもどうぞよろしくお願いします」
ヒロインとの敵対は避けなければならない。となれば、出会ってしまったヒロインを相手に俺が取る手は懐柔策しかない。
いずれケルシーが主人公に攻略されるとして、主人公とケルシーの恋路を邪魔したり悪い事さえしなければケルシールートでの処断イベントは発生せず、18歳の成人の儀まで俺が死ぬ事は回避できるはずだ。
さっきは黒髪を見るのが久々で嬉しくなってついつい眺めてしまったが、今後はこういう悪印象を極力排除するように細心の注意を払って接触しよう。フェリシアとケルシーのルートでは彼女らと主人公の恋路を邪魔せず暴力や恐喝などの悪事を働きさえしなければいい。そんなに恐れる必要はない………はずだ。確かそれであっているはずだ。
「あの……本当に?」
「ん?本当に、とは?」
「私の髪も目も……怖くはないのですか?」
「ああ、そのことですか…」
何のことかと思えば、黒髪と黒目が怖いかだと?
「黒い髪も黒い目も、美しいと感じる事こそあれ怖いと思う気持ちは理解できませんね」
そんなもん怖いわけがないだろう。俺は日本で19年も生活していた男だぞ?逆に安心感しかないわ。
「ね、だから大丈夫って言ったでしょう?オーランドは怖くないって」
王女は俺とケルシーが握手している上から手をのせてぶんぶんと振ってきた。
「はい……あの…よ、よろしくお願いします、オーランド様」
ゲームで見た彼女は長く美しい髪を揺らして自信満々に歩く孤高の麗人だったが、今目の前にいるケルシーの髪はまだまだゲームの絵で見た時ほど長くはなく、どうにも気弱そうな少女だった。この髪が長くなる頃にはケルシーも強くなっている事だろう。