流血案件
ヨウスケが、濡れた髪のまま洗面台に立っている。
「出かけるの?」
ヨウスケは決まった時間にお風呂に入らない。出かける予定が決まったとき、出発の三〇分前にお風呂に向かう。
「たぶん」
なんで風呂場で済まさなかったのか。髭を剃るための泡で覆われた口で応える。
「姉貴は出かけんの?」
おはようと言われたからおはようと返す。そんな風に、返事の中身に興味なさそうなままの質問。だけど私は、皮肉を込めて笑う。
「んなわけ」
由緒正しきニートの私がなぜ日曜日なんぞにでかけにゃならん。そんなもの、平日の昼間に済ましてあるわ。
それはそれとして。
「とこれでさ」
私が声色を変えると、鏡の中のヨウスケが少し真剣そうな顔に変わった。
「あんた気づいてる? 鼻からえらい量の血、出てるけど」
鼻の下、というより口の周りだが、ホラー映画のワンシーンよろしく赤に染まっている。しかも話している最中に出たのではなく、ヨウスケが鏡に向かって泡を塗っているときからずっとだ。
突っ込み待ちならあえて突っ込みたくはなかったけど、髭剃り片手に作業を続ける姿を見てたら黙っていられなかった。
「出てるね」
当の本人は気にした様子もなく作業を進める。ってかもう口の上の辺り、泡なのか血なのかわかんないし。そもそもあの状態で髭剃っていいものなの?
「少ししたら止まるでしょ」
それでいいのだろうか。本人が納得してるならいいのか。
「出かけるなら気をつけてな」
「ほいよ」
姉としての役割を少し果たした私はリビングに戻る。
男子は鼻血が出たくらいじゃ髭剃りを中断しないのか。勉強になった。
今日を鼻血髭剃り記念日と名付けよう。そう思ったものの、私は今日が何日なのかを思い出せない。私にとって必要な情報は平日か週末かだけ。