鏡
私と彼が正反対だというのなら、生涯このまま、彼の鏡を全うしよう。
決して重なることはないけれど、私の姿を見て、彼が今の自分の姿を確認できるように。
透き通るような綺麗さも、割れてしまうような繊細さも、本当は持ち合わせてはいないのだけれど。
裏と表のように言われる二人は、知っているのかな? 実は一番近くにいるんだ。
「山南さぁん、ちょっとコレ見てくださぁい」
この暗闇……空間のことではなく私の心中なのだが、それに飲み込まれそうな時、決まって仲間の誰かが察知したように部屋を訪ねてくれるのだ。
幸せだ、良い仲間に恵まれて。
捨てようと決心した時こそ、身に沁みる。
今来てくれたのは、上洛前から一緒にいた沖田総司くんだ。
素直で一途で、いつまでも少年のようでそれなのに、誰も敵わないくらい剣術が強い。
何かにつけて褒めてもらいたい子どもの如く、丁寧に両手で帳面を開くこの青年が、弟のようにかわいかった。
それも、きっと彼と同じ気持ちだろう。
「……俳句、だね」
指差す先の句に目を通した。
水の北 山の南や 春の月
「沖田くんが? 俳句を詠むとは知らなかったな」
感心すると、幼げな顔を一層あどけなく綻ばせた。
「僕じゃないですよう! ……どう思います? この句」
批評をしてくれ、という意味なのかな?
声に出さずに窺うと、敏感に
「遠慮なくどうぞ」
と返された。
「……そうだねぇ……う~ん……なかなか難しい句だね」
そう言った瞬間、沖田くんは堪らず吹き出した。
いいや、涙目になってまで大笑いを始めている。
「……春の月……という言葉がいいね。清らかで」
なおも笑が止まらない沖田くんは、ついにお腹を抱えてしまった。
「きっ清らか! あははは! ご、ごめんなさ……あまりに、詠んだ人の雰囲気と違うので」
「そうなのかい? 随分と純粋で素朴な印象だけれど……」
もう沖田くんは苦しげに、呼吸すら危うくなってしまった。
そんなに笑わなくても……。
女性のように細く流れるような字で、けれど余計な虚飾がなくていい句だと思うよ。
「“春の月”はこの人のお得意なんです。大好きなんですよ!」
ではこの水の北と、山の南とは、なんだろう?
しげしげと見詰めていると漸く息を整えながら、以前からの癖で小首を傾げられた。
「これは、そんな難しく解釈していただく句じゃないですよ」
確かに、そうだね。
もっと単純に、正面から向き合うべきかもしれないね。
「ただ言いたかったのは、こうして並べたくなるくらい、両方とも大好きだってことなんです」
この句の意味がわかる頃では、遅過ぎた。
嫌ってくれている方が、気が楽だったよ。
どうして信じていられなかったのだ。
どうしてこの時の沖田くんの気持ちに応えてあげられなかったのだ。
自分勝手なのは私の方だ。
私達は、互いに鏡だったのに。
片方が割れてしまっては、姿かたちがわからなくなってしまうじゃないか。
それでも、独り善がりでも、祈ることをやめられない。
願わくば、鏡の割れたその表面でも、永遠に歪まないでほしい。
「サンナンさん! あ~……表紙が緑色の帳面を見なかったか? 句集……と書いてあるんだが」
白い頬を少し染めて目を泳がせる。
そうしていると、変わらないなぁ。
「それなら……」
見たよ、と答える前に、つい確認したくなった。
「あれは、土方くんの物なのかい?」
「なっ! 読んだのか!? 総司だな? あいつしかいねぇ!」
一言も返事をしないうちに、例の韋駄天走りで行ってしまった。
土方くんの物、というよりその血相だと、土方くんが詠んだものだったのだね。
そう、珍しくわかりやすい程の様子で。
了