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異世界に侵食される現代世界  作者: キヨ
第一章 侵食は始まった
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第7話 何だこれは? スライムの体液か?

 警部とお巡りさんの話を聞いてから、早数時間。既に日が沈み、夜のとばりが降りた町の西側は……かなり暗い。稲荷神社から見て西側にあるこの辺りは家屋や店が殆んど無く、あるのは田んぼや畑ばかりな――所謂『田舎』の景色が広がっている――ので電気の明かりが極端に少ないのだ。道端の明かりなんて点々と思い出した様に古い街灯がポツポツとあるぐらいで、上を見れば星の明かりを確りと視認出来る程。


「くっ、当てが外れたかっ……!」


 そんな田舎のあぜ道を歩く白髪の少女が一人愚痴を吐き散らし、小石を蹴り飛ばす……あぁ、俺の事だ。警察に見つかれば補導間違い無しな光景だが、生憎この辺りは警察も滅多に来ない。だからこそ俺も暗くなるまで粘ったのだが、ここら辺りで目撃されたというスライムは影も形も見えなかった。やはり、あの話は嘘だったのだろうか……?


「いや、居るはずだ。間違いなく」


 最早当て付けそのもの。だが、不思議と間違っているとは思えなかった。根拠は……特にない。強いていえば直感だろうか? 先ほどから俺の直感がビシビシと何かを感じ取っているのだ。

 それは、TSする前は微塵も感じた事のない違和感。大怪獣決戦を見たときや、推定邪神の欠片と対峙したときと同種の気配。言うなら……この世のものではないナニカの臭いか?


「んー……少し、違うか」


 だが、大きくは間違ってない。感じるのだ。この世のモノではないナニカの気配を、この田園風景のどこかに。恐らく、スライムのソレを。お世辞にも大きいとはいえないないが、しかし確かにある気配。それを辿る。途切れ途切れの足跡を辿る。間違いなく居ると確信して。


「…………」


 ふと思うのは俺はスライムを探してどうしようというのか? という事。狐さんの様に友好的に接するのか、それとも敵対するのかは……スライムの知能と危険度次第か。


 ――どっちにしろ厄介事の塊だが。


 もしファンタジーなスライムがこの現代日本にいるのならば、この先の未来はファンタジーに侵食され、何一つ確かな事がないカオスとなってしまうだろう。常識も、固定観念も、なに一つ役に立たない、それこそある日突然性別が変わる様な事が平然と起こってしまう世界に。

 そう考えるとスライムが友好的だろうが敵対的だろうが、特大の厄介事である事に変わりはないのだ。狐さん? あれは特殊な事例だろう。うん。


「狐さんが良い子過ぎてなぁ……ん?」


 行き倒れなんぞ放っておけば良いのに、世話を焼いてくれる良い子なのだ。狐さんは。そうなれば参考にはなるまい……そんな事を考えながら歩く事、暫し。ふいに視界の端にやわらかそうな小麦色が見えた。あれは……狐さん? 狐さんだな。小麦色は彼女の三本の尻尾の様だ。コスプレなどではなく、間違いなく神社で会った狐さんだろう。神社からはそれなりに離れているのだが、何でこんなところに? こちらにはまだ気づいていない様子だが……うん。声を掛けてみようか。今度は礼も言わせずに逃がしはしないぞ。

 距離、十メートルちょい。男だった頃なら届かないが、TS&魔改造された今ならギリギリ射程範囲だ。足に力を入れて、ヨーイ……ドンッ!


「――っ、と。こんなところで何してるんです? 狐さん?」

「キュゥンッ!?」


 油断してたのか、他の事に注意が向いていたのか、狐さんはアッサリと俺の接近を許した。逃げ出す事もせずに。


「な、な、なぁ!?」

「どうどう、落ち着いて落ち着いて」

「お、落ち着けるものか! なぜお主がここにおるのじゃ!」

「あー……噂を聞いて?」


 うーむ。どうやら狐さんにとって俺がここに居るのはよくない事らしい。憤慨。そういわんばかりの様子で苛立たしげにブツブツと呟くケモミミ幼女は……中々に迫力がある。これは虎の尾を、いや、狐の尾を踏んだかな?


「いや、この際良い。よくよく説明しなかったわらわも悪いからの。じゃが、ここに居てはならぬ。早々に離れるのじゃ」

「……スライムが、居るからですか?」

「? すらいむ?」

「あー……こう、不定形のバケモノですよ。べちょべちょの」

「…………なるほど。お主はわらわよりも詳しい訳じゃ」


 地雷を踏んだ。そう確信するのに時間はかからなかった。何せ目の前の狐さんがスッと表情を消してしまったのだから。

 恐らく、彼女は知らなかったのだろう。ナニカ危険なモノが居るのは分かっていたが、それが具体的に何なのかまでは知らなかったのだ。しかし、俺はそれを知っている。狐さんが知らないモノを、危ないから離れさせようとした人間が。


 ――これは、失敗したかな?


 表情を消した狐さんの次が全く想像出来ない。怒るのか、悲しむのか、喜ぶのか、全く想像出来ないのだ。もし仮に怒りだすとしたら……一度退いた方が良いかもしれない。

 人を弄くった推定邪神はいつかぶちのめすし、スライムの有無は今後を考えると早急に判別しておきたいが……それだって俺の漠然とした不安から来るもので、理屈すらなければそこまで意地を張る理由もない。狐さんと争ってまでやる事じゃないのだ。そもそも彼女とは争いたくない。

 更に言えば推定邪神の欠片を消滅させたので、割りと満足していたりもするのだ。退いてしまうのは、アリだった。


 ――結論。急ぐものでもないし、今日は帰ろう。


 そう結論付け、俺がどこで夜を過ごそうかと考え始めた……そのとき。目の前の狐さんのキツネミミがピクリと動く。危機を感じ取ったかの様に、鋭く。


「くっ、こんなときに……」

「? どうしました? 狐さん?」

「構えよ、来るぞ」


 豹変。狐さんの変わり様はそう言っていいだろう。無表情はどこかへと消え去り、怖い顔で酷くピリピリとしている。近くに居る俺まで緊張し、思わず息を飲む程に。

 何事だろうかと狐さんを注視すれば、どうやら道端の一角を睨んでいるらしい。視線の先にあるのは何の変哲もないあぜ道……フェレンゲルシュターデン現象か?


 ――いや、違う。


 狐が睨んでいるのはあぜ道ではない。正確にはあぜみちの端にある側溝。それも下水道へと繋がっているだろう場所…………いや、下水道? ……まさか!?


「不定形のスライムなら、下水道に潜伏出来る……!」


 いくら探しても痕跡が見つからず、気配だけする訳だ。地面の下なんて探し様が無い。そして、そうと分かった上で俺も注視すれば、ナニカの気配を強く感じ取れる。居る。間違いなく、スライムが居る。

 俺は狐さんから目を外して、戦闘体勢に入る。狐さんは逃げ出すかとも思ったのだが、相も変わらず側溝を睨んでいた。……なるほど、少なくとも狐さんとスライムの関係性は良くなさそうだ。ならば、恐らく俺に取ってもスライムは――


「っ!」


 俺がスライムへの対応を決めようとしたその瞬間、側溝からナニカが勢いよく飛び出して来る。俺と狐さん目掛けて。

 突然の事に思考が一瞬停止し、後ろに跳んだ狐さんを視界の端で捉えて再起動。俺も彼女に習って後ろへと跳ぶ。

 一拍。ベチャリ、と。ナニカが先程まで俺と狐さんが居た場所に着弾する。おぞましきナニカが。


「これは、また……気色の悪い奴だ」


 古ぼけた街灯に照らされたソイツは、気色の悪い緑色をした不定形のバケモノだった。大きさは一メートル強。そのドロドロとしたしたボディを見るに、コイツがお巡りさんが言っていた噂のスライムなのだろう。国民的なRPGに出てくる様な可愛げは欠片もなく、恐ろしくもおぞましい身体を見せつけてくるソイツは、正しくモンスターだ。

 現代日本に居るはずのないモンスター。それを見た俺の胸中は複雑だ。好奇心の類いもあるにはあるが……やはり、嫌悪感が先に来る。ここに居ていい存在ではないと。


「バケモノめ。どこぞから来たかは知らぬが、帰って貰うぞ……!」


 そしてそれは狐さんも同じなのだろう。全身の毛を逆立て、スライムを威嚇している。立ち去らなければ攻撃すると。

 それを受け取ったはずのスライムに動きは無い。初手の奇襲に失敗したから動揺しているのか? いや、見た感じスライムに脳を始めとした臓器は見られない。半透明のボディにあるのは石の様なナニカが一つ……脳が無い以上、動揺とは無縁の生物だろう。

 俺と狐さん、スライムが対峙して……十数秒程。変化が起こる。


「……増援か」


 何とスライムが飛び出して来た側溝から更にスライムが這い出て来たのだ。一匹、二匹と這い出て来た増援のスライムはあぜ道へと身体を伸ばし、最初のスライムと合流。スライムは全部で三匹となった。

 俺と狐さんは二、スライムは三。俺達の数的劣勢とスライムの数的優位が確定し、そして。


『――!』


 スライムが襲いかかってくる! なんと全てのスライムが同時に身体の一部を飛ばして来たのだ!

 友好の握手とは思えないその行動を、俺と狐さんは更に後ろへと跳ぶ事で回避する。それは、正解だった。スライムの身体の一部が着弾した地面がジュウ、と。溶けたのだから。これは……!


 ――さ、酸だァァァ!?


 泡と音を立てながら軽く溶けた地面を目にし、俺は内心酷く動揺しながらスライムの脅威度を大幅に上方修正せざるを得なかった。

 何せ、酸だ。体当たりなんて可愛げのあるものではない、触れただけで身体が消滅しかねない攻撃。一撃必殺にして残酷な手段。それをスライムが行ってきたのだ!


「ナメてかかれば、殺されるのはこちらか……!」


 スライム。そう聞いてナメてかかっていたのは認めよう。無意識に某国民的RPGに出てくる弱いスライムを想像し、噂のスライムも弱いだろうと先入観を持ったままここに来たのはただの事実。

 だから、それは捨てる。あれはスライムはスライムでも、強い方のスライムで……油断すれば、俺は無惨な骸を晒す事になるのだから。


「狐さん!」

「またしてもお主を巻き込むとはな……しかし、任せよ!」


 この段で油断慢心出来る程、俺はアホではない。

 地を強く蹴って前進しつつ、狐に援護射撃を要請。直ぐに行われたそれに続く様にしてスライムに肉迫する。殴るつもりはない。だが。


「無視も出来んよなぁっ……!?」

『――!』


 スライム達の横に回り込み、圧迫をかける。勿論スライムが酸を持っている以上、近接攻撃は危険だ。常に地面を溶かしてないあたり、表面は酸ではないかも知れないが……そうだという確信も無い。ならば攻撃は狐に任せ、俺は囮に終始しよう。なに、攻撃してこなくてもまとわり着かれれば鬱陶しいもの。無視は出来ない。

 そう考え圧迫すれば、直ぐにスライム達のうち二匹がこちらへと飛び掛かり、狐から注意を逸らした。バカめ。


「そこっ!」


 そんなに横腹を見せれば撃って下さいと言わんばかりで、狐さんはそれを見逃さない。一拍置かないうちに鋭い炎がスライムに刺さり、焦がし、火花を散らす。


『――!!』


 悲鳴は聞こえない。だがカン高いナニカが放たれ、スライムが大きく負傷した事を知らせてくれる。どうやら推定邪神の欠片が固かっただけで、狐の火力はスライムを数発で落とせる程に高いらしい。


 ――これなら、囮は直ぐに終わりそうだ。


 そう考えたのがマズかったのか、俺に飛び掛かかったスライムが狐に注意を向けてしまう。狐とスライムで一対三。俺は役立たず……冗談っ!


「このっ!」


 素早く身を屈めて炉端の石を拾い、それをスライムに投げ付ける。全力で。

 ただの石ころ。されど石ころ。大きめのを選んだのが良かったのか、それとも異常な身体能力のおかげか、真っ直ぐに飛んだ石ころはスライムへと突き刺さった。溶かされる事なく。


 ――表面まで酸を出してないのか?


 表面まで酸で被うと何か不都合でもあるのか、どうやらスライムは表面まで酸を出していないらしい。

 そして、その結果命中した石ころに気をとられて一匹の足が鈍る。それで充分だった。


「はぁッ!」


 流石、というべきだろう。狐さんは突っ込んでくるスライムをヒラリと避け、背中? を見せた不定形連中のうちの一匹に射撃を集中し、焼き尽くし、落とす。落ちたのは右端の一匹。そこに、穴が出来た。


「シィッ――」


 短く息を吐き、出来たばかりの穴に飛び込む。スライムとすれ違う瞬間に回し蹴りを入れつつ、転がる様に更に前進。スライムとの距離を離して狐さんと合流する。


「ふぅ。狐さん、ナイスです」

「当然じゃ。……お主も、悪くない動きであったぞ?」


 僅かに手に入れた安全を使って狐にサムズアップ、もといイイねを送り。狐さんに褒め言葉を貰いつつスライムの方を見る。

 目に入るのは焼け焦げて消滅しつつあるスライム一匹と、やられた仲間には目もくれずにバカ正直に再度の突撃を敢行しようとしているスライム二匹の姿……見た目通り、脳ミソは無いとみた。


「行きます」

「うむ」


 地を蹴って駆け出し、一気に前へと踏み込む。

 やることは同じ。回避のタイミングをミスれば俺は酸で溶ける事になるが、やることは同じなのだ。慎重に、しかし大胆にやれば出来る。後は狐がキメる。簡単だ。

 油断は、無かった。だから、それに気づけた。


『――!』


 スライムの片方が微かに行き足を遅らせたのだ。見れば体内にある無数の気泡が街灯の光に照らされていた――マズイ。

 急制動。間に合わない。

 スライムが酸を吐き出す。咄嗟に横に飛んで、しかし当たる。


「ッ、ァ、ぐゥゥ……」


 当たったのは左手。直撃ではない。だがホンの少しの量だというのに、スライムの酸は俺の手をジュウ、と。ドロドロに焼き溶かしていく。咄嗟に手を振り払い、付着した酸を払い落とすが……既に手の甲の殆んどが焼けただれてしまっていた。

 そこに馴染み始めていた白い肌は無く、赤とも黒とも取れぬモノが広がっている。流れる血は赤い。痛みは鋭く、刺す様に。その有り様に行き足が止まってしまったのは……失敗だった。


『――!!』

「しまっ……!」


 眼前スライム。のしかかる気だ。そんな事をすれば俺は死ぬ。死んでしまう。酸でドロドロに溶かされて無惨な屍を晒す事になる。そんなのは、嫌だ。

 しかし狐の射撃は間に合わない。だから、俺は傷ついた左手でスライムに裏拳を入れてやる。


「ゃ、ァァァアア!」


 溶かされて死ぬぐらいなら。そう思って薙ぎ払った左手の裏拳は、確りとスライムに突き刺さった。焼けた手に感じるのはブニョ、とした弾力感。酸の痛みは無い。

 やはり常に酸を発生させている訳ではない様だ。そう確信した俺はそのまま拳を振り抜き、スライムを地面に叩き付ける。


「潰れろォォォ!!」


 手は休めない。右手と、焼けた左手も使ってグーを叩き込む。しかし帰って来るのはダメージが入っているとは思えない弾力感。これでは倒せそうにない。

 視界の端でもう片方のスライムに再度気泡が現れ――だが、直ぐに炎が叩き付けられて、そのまま燃やされていく。流石は狐さん。隙を見せた相手に容赦がない。……残るは、コイツだけ。


「っ、このぉ!」


 再度拳を叩き付けようとして、ふとスライムの中にある石が目に見える。……それは突然の思いつき。


「デェァァァアア!」


 渾身の一撃をスライムの石目掛けて降り下ろし――弾力、しかし奥に硬い手応え。やれる。ここを叩けばやれる。だから。


「砕けろォッ!!」


 更に力を入れて、押し込む。潰れろ、砕けろ、無様に四散しろ! そう願って力を込めれば――石にヒビが入る。それは一気に広がり、やがて石は粉々に砕け散った。

 そして、それと同時にスライムから弾力が失われ、空気の抜けた風船の様にへにゃへにゃと萎んでいく。どうやらあの石は重要なパーツだったらしい。


「ぅ、くっ、はぁ……」


 俺が倒したスライムは萎みに萎んで、やがて空気に溶ける様に霧散。完全に消滅したのを確認し、俺はようやく一息つく。ファンタジーなスライムが居ると聞いて軽く足を伸ばして酷い目にあったと。狐さんが居なければ溶かされて死んでいたかも知れないと。


「あぁ、そうだ。狐さんありが……狐さん?」


 また助けて貰ったのだ。お礼は言わねばなるまいと辺りを見渡すが……居ない。先程まで援護射撃でスライム二匹を落とした狐さんは、どこにもいなかった。


「に、逃げられた……!?」


 何という事か。俺はまたしても狐に逃げられてしまったらしい。そんなに俺にお礼を言われるのが嫌か? それとも捕まるのが嫌なのか? どちらにせよ。


「次は、逃がさないからな」


 今度は何があろうとあの狐さんを確保する。そう俺は腹に決めるのだった。

タイトルについて作者は「酸という事で使命感に駆られた」と供述しており……

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