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異世界に侵食される現代世界  作者: キヨ
第一章 侵食は始まった
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第6話 不穏な勘違いと噂

 かなり強力な妖狐であるらしいケモミミ幼女が焼き付くし、力尽きたのかボロボロと崩れ続けた触手のクソッタレは遂に、その全身を崩壊させて消滅した。崩れ落ちた塵すらも消え去って、跡形も無く。


「━━ははっ……」


 思わず溢れる、笑い声。突然日常に割って入って暴れ回った憎い仇敵を━━その一片程度とはいえ━━討ち果たした事への喜び…………

 復讐を遂げた、というには軽過ぎる。だが闘争に打ち勝ったというには……この喜びはいささか暗い物だったが。あぁ、しかし。


「有り難う。狐さん」


 この勝利は一人では成し得なかった。むしろケモミミ幼女あってこその勝利。だからこそ礼の一つや二つは……そう思ってケモミミ幼女が居た方を見るが、居ない。

 頭の上にクエスチョンマークを浮かべつつ辺りを見渡すが、やはり居ない。どこにも。


「……?」


 おかしい。つい先ほどまでケモミミ幼女は俺の隣に居て、共にあのクソッタレの崩壊を見届けていたはず。それが居ない? 普通に考えれば移動したのだろうが、しかし。


「に、しては足音も何もしなかったんだが……?」


 先ほどまで居たはずなのに居らず、いつ消えたのかも分からない。確かに崩壊に集中してはいたが、直ぐそばで生き物が動けば流石に気づく。それが居ない?

 まるで狐につままれた気分だ。……いや、消えたのは狐だったな。それもかなり強力な妖狐で、ケモミミ幼女。


 ━━なら仕方がない……のか?


 逃げたのか、それともやむを得ない理由があったのか。なんにしても礼の一つぐらい言わせて欲しかった。これでは頭に気掛かりが残ってしまい、ヤツを倒したというのにスッキリしないままだ。


「どうしたものか……」


 とはいえ、当初予定したボディの性能チェックは嬉しいハプニングを挟み、気掛かりを残しつつも終了した。結果は……良いとは言えないが、悪くもないだろう。

 そうなると次に何をするか? それが悩ましい話になる。狐を追うか、それとも……この空腹をどうにかするか。


「…………腹、減ったなぁ」


 腹が減った。それも物凄く。恐らく散々暴れたせいだろう。先ほど食事してから五時間と経たないのに腹が減ってしまっていた。普通なら我慢するのもありだが……今は疲れきっていて、狐を追う気力も無い。

 うん。やむを得ないな。いささか早いが飯にしよう。色々考えるのは後だ。


「ヨシ、どこの飯屋に行こうかな?」


 確かここから南の方向には昔からの商店街があり、その辺りは飯屋も多かったはず。そんな事を考えながら俺は稲荷神社近くの林を後にする。

 目指すは、カロリー高めの飯屋だ。


 ……………………

 …………

 ……


「ふゅー……食った食った」


 稲荷神社から南に位置する古い商店街を歩きながら、俺は満腹になった腹をさすっていた。思うのは先ほど食べた食事の事。

 今回入ったのは女性ならまず行かない古いラーメン屋だ。食べたのは……何人前だろう? 短時間だったとはいえ仇敵との戦いで消費したカロリーは結構な物だったらしく、油っこいラーメンやチャーハン、果ては餃子をたらふく━━流れで受け取ったレシートを見るに2376円(税込み)━━食ってようやく満腹になってくれたのは覚えている。

 うん、食費が洒落になってないな。信じられるか? これ、一食分なんだぜ……? それもおやつ感覚の。


「うん。資金が底を尽きるのも時間の問題だな」


 早急に何かしら収入源を手に入れなければ空腹を満たす事は出来なくなり、飢え死にするか狐さんに泣きつく事になるだろう。何か手を打たなければならないが……この中学生程度のロリボディで収入源?


「……やっぱり、こう、いかがわしい事しか思い浮かばんな」


 これは俺が汚れ過ぎてるだけだろうが、だとしても思い浮かばない事に変わりはない。さて、どうしたものか――――うん? あれは?


「うわぁ……警部じゃん」


 思わずススッと壁際に寄りながら、俺は見つけてしまった人物……茶色のトレンチコートを着た男、昭和な出来る警部こと石山警部へ実に失礼な言葉を吐く。いや、彼は悪くないのだ。職務なのだし。ただ勘が良すぎて俺が苦手としているだけで……というか。


「病院には行ってないのか」


 思いっきり自転車でスッ転んでいたから、ひょっとしたらと期待したのだが……やはりというか、あの程度は問題ないらしい。なんというタフネス。どこぞの仕事熱心な昭和一桁警部を思い出すバイタリティーだ。

 まだこちらには気づいていないらしい厄介な男を見つつ、俺はこの場をどう離れるか迷う。今すぐ回れ右をして走って逃げたいところだが、それだと気づかれそうだし……いや、そのまま逃げ切れるか? ……ふむ?


「ん?」


 さてどうしたものだろうと俺が思案していると、警部殿が一軒の店の前に立って動かなくなる。その店の可愛らしい看板を見れば……菓子屋らしい。……菓子? あの渋いオッサンが?


「フッ、クフフッ……駄目だ、笑える」


 堂々と立っているならまだしも、迷う様に店の前に立っている姿が余計に笑いを誘ってくる。スーパーの前で俺の嘘を見抜き、何か知っているはずだと論破した男と同一人物とは思えない。いや、ホント。何をしてるんだ? 笑えるんだが。

 とはいえ、いつまでも笑っていては気づかれて職務質問されるので、俺は必死に笑いを堪えてひっそりと警部に近づく。……何か更に笑える事実がありはしないだろうかと、野次馬根性丸出しで。はたして、それは正解だったらしい。


「おや、石山警部。どうかされましたか? 菓子屋の前なんかで」

「んんっ!? い、いや、ちょーとな」

「はぁ……?」


 向こうから自転車━━何故かフレームに傷が入っている━━でやって来たお巡りさんが石山警部に敬礼して話し掛け……ふっ、それに対する警部の反応の笑える事。意表をつかれたのか見事に言葉を詰まらせ、焦っていた。まだだ、まだ笑うなよ……!


「まさか、この菓子屋に例の重要参考人である白い少女が?」

「……ん?」


 ん? 白い少女? 白い……つまりは俺の事か。今はアルビノかってぐらい白いし。え゛? いや、いやいやいや、居ないよ? そこの菓子屋には居ないよ? 貴方達をひっそりと見てるよ? 人違いでない? てか重要参考人ってなに。俺バッチリ疑われてじゃないですかヤダー。

 ……野次馬やめて逃げようかな。


「あの白い少女は少女と思えない異常な身体能力の持ち主でしたし、今すぐ応援を呼んだ方がいいでしょうか?」

「あ、いや、違う。違うぞ。……実はな、娘に頼まれてな」

「あぁ、確か警部には娘さんが一人いらっしゃいましたね。なるほど、お菓子を買って帰って欲しいと?」

「お、おう。まぁ、そんな感じだ。うん」


 ほーん。あの厳つい警部は娘さんが居たのか……で、その子の為に菓子を、ねぇ?

 嘘だな。

 百%嘘ではないだろうが、全て真実でもないと見える。だって動揺し過ぎだ。あれ、間違いなく自分用も買おうと思ってたとかそんな感じだゾ。もしくは頼まれてないのに買って帰って喜ばせようとしたとかそんな感じ。なんだ、いいオッサンじゃん。ここは見なかった事にしといてやるか……


「そ、そういや進展はどうだ? あの白いのは見つかったか?」

「いえ、逃げていった方向を捜索したのですが、全く。警部が目を付けた稲荷神社も探しましたが、居なかったとの事です」

「……奥の林は探したか?」

「はい。そちらも手を入れましたが、見つからなかったと。あの林は大して広く無いので、見落とすとも思えず……」

「そう、か……」


 前言撤回、見逃せないわ。まさかそこまでガッツリ探されてるとは思わなかった。これは本格的に隠れるしかなさそうだな……神社も調べたらしいし、結構危なかったぽい。

 けど、妙だな? 確かにあそこの林は結構広いし、いくらでも見落とせる環境だろう。けど今回に至っては違う。何せあのクソッタレを討ち果たすべく狐さんとドンパチ賑やか戦闘してたからな……それを考えると見落とすのは有り得ない。直ぐにでも見つかりそうなものだ。

 うーん? こう、何か噛み合ってないような……? 気のせいか?


「まぁ、捜索はそのまま続けてくれ。あのちっこい白いのが犯人とは思えんが、何か見たのは間違いないからな」

「了解です。……しかし、なぜあの少女は逃げるのでしょうか? 悪い事をしたわけでもないでしょうに」

「ふむ……見たのが信じられないモノ、だったのかも知れん。人に言っても信じてくれないような、そんな恐ろしいモノを見たとしたら……話したくないのも頷ける」

「恐ろしい者、ですか? ……精神異常者とか?」

「……ん、まぁ、そんな感じだろ」


 うん、オッサン当たり。ドラゴン見ました。あと推定邪神も。精神異常者とかそんなレベルじゃねぇ、もっと信じられないモノを見ちまったのだ……おかげで真実ゲロッても鉄格子付きの病院送りだよ! チクショウメェェェ!!


「あとは……家庭環境が良くなくて、人間不信に陥ってるのかもな」


 ん? 家庭環境? 人間不信? なぜそうなる。俺にその手の記憶は残ってないぞ。推定邪神が消し飛ばしやがったからな! 絶許。そして人間不信じゃなくて国家権力が面倒なだけですん。戸籍も消し飛んだし。激おこ。


「あぁ……スーパーの店員の話ですね。身体に合ってないボロボロの服を着て店に入り、どの服を買えばいいのか分かってない様子で……まるで、今の今まで虐待を受けていて、なんとか逃げ出して来た様な様子だったと」

「あぁ。あの白いのは先ず間違いなく虐待か、放置されていたんだろうな。今時の普通の子供なら合ってないボロボロの服を、その場で買い換えるなんてしないだろうし、どの服を買えばいいのか分かってないというのもおかしい。あの年頃ならオシャレは大好きだろう? 経験が全く無いというのは奇妙だ。ましてや着ている服がボロとなればな……」

「確かに。良い想像は出来ませんね」

「全くだ。うちの娘なんて誰に教わるまでなくオシャレしだしたし、ブラジャーとかいつの間にか付けていて……先日なんか洗濯のときに、ときに……うぅ」

「あー……御愁傷様です」


 あぁ、父と娘の洗濯物テンプレか。それは御愁傷様。

 しかし妙な勘違いはヤメロ。俺は記憶が消し飛んでるだけで、虐待されてたとか無いから。……いや、ひょっとしたらされてたのかも知れないが、記憶がパーになってる以上関係のない話。勝手に不憫属性を生やすのは止めて貰おう。俺が可哀想な子になってしまうではないか。


「では、あの白い少女に関しては慎重に接した方が良いですね?」

「だろうな。虐待されていたなら人間……ましてや大人なんて信じれないだろう。スーパーで普通に接している様に見えたが、あれも演技なのかも知れん。出来れば女性や同年代の子を交渉役にしてやりたいが……今回はそうもいかんからなぁ。あのクレーターの真相は早急に突き止めなければならん」

「……確かに。少女には悪いですが、あのクレーターは只事ではありませんからね」


 うん。気持ちは分かるが、無理です。ドラゴンが落ちてきた衝撃ですーとか言って誰が信じるんだ。誰がっ……! 境遇と頭が可哀想な子としてその手の施設に叩き込まれるわ! ヤメロー! 俺は正気だぁ!!


「とはいえ配慮は必要だ。今度会ったら、文字通り低姿勢で望んだ方がいいだろうな。それこそ這いつくばるぐらいに」

「視線を合わせると子供は落ち着く、というやつですね。……あぁ、それと警部。実は妙な通報があったのですが……」

「妙な通報?」

「はい。何でもバケモノ(・・・・)を見た、と」

「……何?」


 ん? バケモノ? ……これは、もしや、あの推定邪神の欠片は他にもいるのか? だとしたら聞き逃す訳にはいかない。俺は彼らの視線に入らないようにしつつも、耳をすませる。あの推定邪神の欠片は俺の獲物だ。他にも居るなら、俺が潰してやらないと━━


「なんでも、不定形の……スライムの様な何かが家の側を這いずっているので来てくれ、と。しかし我々が駆け付けてもそこには何も無く、錯乱気味の通報人が居るだけだった……という話です。しかしこの手の通報は今日で三件あり、場所は全て町の西側に集中。更に通報人もそれぞれ錯乱気味だったので……正直、どうしたものかと」

「ふむ。馬鹿馬鹿しい話だが、件数と通報人の様子から嘘や悪戯とも思えない……か。━━そういえば、そのスライムはどんな奴なんだ? ぷにっとした奴か? それともべちょっとした奴か?」

「べちょっとした奴らしいです。体当たりではなく、溶かすタイプの攻撃が得意そうな見た目だったと」

「……鳴き声は?」

「聞いてないそうです。……テケリリでは無い事を祈りたいですね」

「全くだ」


 ふ、む……? これは、あのクソッタレではないのか? 確かに奴の本体はスライム染みた不定形だが、末端は触手だ。いや、目撃されたのは末端ではなく本体? あるいは奴とは全く関係のないバケモノなのか……? ドラゴンや推定邪神だけでなく、スライムがこの現代日本に?


「……あり得る」


 ドラゴンや推定邪神が現れたのだ。スライムの一匹や二匹は現れてもおかしくない。となれば今回目撃されたのは推定邪神の本体ではなく、全く別のバケモノ……仮称スライムか。うん、ファンタジーな事を除けば筋は通っているな。

 さて、俺はこの情報を聞いてどう動くべきかな……?


「よし。万が一に備えて今後署員は必ずツーマンセル、もしくはスリーマンセルで行動だ。銃は……効くか分からんが使用も考えるように通達しておくか」

「……信じるのですか?」

「ん? ……あぁ、お前はこの町に来て浅かったな。いいか、一つ教えておいてやる。この町は━━」


 何やら警部が話しているが、声を潜めたのかよく聞こえない。だが、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。今重要なのはお巡りさんがいっていた仮称スライムの話。確か町の西側に出没しているらしいが……探してみる価値はあるだろう。

 あの日の大怪獣決戦を境に俺はTSした。だが、変化が起きたのはそれだけではないかも知れないのだ。……確かめなければならない。あの日を境に何が変わって、今、何が起こっているのかを。


「もし、スライムが居たのなら……」


 俺は警部達からこっそりと離れながら思う。

 もし、スライムが居たのなら……それは、日常の崩壊だろう、と。

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