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異世界に侵食される現代世界  作者: キヨ
第一章 侵食は始まった
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第3話 職務質問

 太陽がゆっくりと顔を出し始め、朝焼けが辺りを眩しく照らす早朝。ケモミミ幼女と出会った神社の賽銭箱の前で、俺は一人自分の行動に激しく頭を痛めていた。

 内容は勿論、昨日のケモミミ幼女とのやり取りに関してだ。


「いや、何やってんだ? 何やってんだ俺は?」


 彼女に出迎えられ、飯を貰ったまでは……まぁ良しとしよう。現代日本にケモミミ幼女が居るのは異常事態だが、ドラゴンが居た以上ケモミミ幼女なんて今更だろうし、そこまでなら一宿一飯の恩で済む。

 だがその後の膝枕、あれは駄目だ。いや、ケモミミ幼女の膝枕は良いものだった。即行で眠りに落ちる程度には優しく、やわらかく、快適で、魅惑的だったのは記憶に新しい。だが駄目だ。何が駄目かって……こう、色々と駄目だろうッ!


 ――男としてのプライドはどこにいった……ッ!?


 それ以外にも男としての自覚や意地。幼女に慰められるという情けなさ。恩を受けっぱなしで熟睡してしまったという間抜けっぷり……例を上げだせばキリがなく、少なくとも男としての自覚に欠けた行動だったのは間違いない。

 武士は食わねど高楊枝。どんなに辛くとも泣き言一つ言わず、痩せ我慢を辛く事こそ男の美徳だというのに……最早、誇り高き日本男児としてのプライドはボロボロだ。大和魂? 死んだよ。やっこさん。


「いや、TSしたから今は女だけどさぁ……」


 あぁ、その辺りまで考えれば違和感はなかっただろう。目のハイライトは常に消え、胸は残念極まりなく、しかしそれ以外は絶世のアルビノ美少女なのだ。月明かりの下、ケモミミ幼女に撫でられながら膝枕される姿はさぞ絵になったに違いない。

 だが待って欲しい。そのアルビノ美少女の中身は野郎だ。もっといえば俺だ。絵になる? 萌える? キマシタワー? 冗談じゃない! 恥だ。忌々しい過去だ。黒歴史だ……!


「くっ、いくらなんでも身体に引っ張られ過ぎだろ、俺っ……!」


 身体に引っ張られた。もう、そうとしか言いようがない。でなければ男の俺が、赤子の様に幼女へ甘えるなどという事があってたまるものか。男としての自覚もプライドもあったものではない!

 そうだ、昨日のアレコレは身体に引っ張られたせい。あくまでも改変された無意識の結果。俺が意図して進んでやった訳ではないのだ。


 ――そういえば、前にアメリカの大学だか研究機関だかが言ってたな……


 曰く、人の意識は身体に引っ張られると。

 だとすると、昨日の俺は正しく身体に引っ張られていたのだろう。男の俺ではなく、少女としての私へ。年相応の幼いそれへ。これならば食って直ぐに眠くなり、そのまま幼女の膝枕でグッスリ快眠したのも説明が付く。何せアメリカの大学様の論文だ。権威付けには充分だろう。

 そして、もう一つ言えるのは……この身体を弄くったクソヤローは許さないという事か。あぁ、絶対に許さない。絶対にだ。


「まぁ、これは意識してればどうとでもなるだろ。問題は……」


 身体に引っ張られるのは、TSしてしまった以上仕方のない話だ。演技として一人称を変える事や、多少の動作の変化等は諦めるしかない。

 そうある程度内心を――かなり強引かつ、無理矢理に――整理しながら、俺は手元で年期の入った革財布をいじる。確り中身まで入ったそれは、昨日までは持っていなかった物だが……それも当たり前だろう。これは、ケモミミ幼女が残していった物なのだから。


『先ずこのような紙切れ一枚残して去る事を謝らせて欲しい。本当に申し訳ない。どうしても見過ごせぬ用事が出来てしまい、お主を置いていく他無かったのじゃ。その代わりという訳ではないが、僅かばかりのお金を置いていく。それで今日一日、あるいは半日を町の方で過ごしてくれ。というのもこの神社は訳あって今日の夕方辺りまで客を招ける状態ではなくなるのじゃ。勝手に関わった挙げ句戻れと、そうお主に酷な事を言っておるのは百も承知じゃが、どうか分かって欲しい。用事は夜までには片付ける故、そのときに来てくれれば宿も貸せよう。お主が願うのなら、そこでまた会おうぞ。追伸、お主に掛けた毛布や枕は賽銭箱の裏にでも置いておいてくれ』


 今は皮財布の中にしまってある、小さめの和紙に達筆な筆文字で書かれた伝言。

 いや、勿論有り難い話だ。有り難過ぎて拝むまである。こんな誰とも知れぬ浮浪児にここまで親切にしてくれ、その上生活費まで出してくれたのだ。金無し、家無し、職無し、戸籍無しの俺が生きていく為にはどうしても先立つ物が必要だったし、このボロボロの服から着替える目処がたったのも有り難い。こんな寒い時代で、これ程温かい人……もといケモミミと出会えた事に感謝こそすれ、嫌な気持ちになる要素は皆無。

 しかし。


 ――お前、それでも男かッ!?


 これでは生活費を女にたかるヒモ野郎と何も変わらないではないか! その上相手は幼女。今の俺は幼女に金をたかって生活するクズだ。ゴミだ。控え目にいってロクデナシのヒトデナシだ。男どこか、人間なのか、それこそホモ・サピエンスなのかも怪しいだろう。なんで生きてんの???


 ――しかし、使わないという選択肢も無いっ……!


 ケモミミ幼女の伝言に従うのなら、俺は可能な限り早く神社から出なければならないし、その間は町で過ごす必要がある。

 ボロボロの服で? 朝、昼、晩、何も食べずに? 手元に先立つ物があるのに? ……残念ながら、不可能だろう。確かにここで痩せ我慢をすればケモミミ幼女のヒモにならずに済む。済むが、無理だ。俺の精神力はそこまで上等じゃない。間違いなく夕日が沈むより早く、誘惑に負けて欲望の沼に沈む事だろう。


「……この恩は、必ず」


 とはいえ、ケモミミ幼女の伝言が確かならもう一度会えるのだ。ならばその時にこの恩を返す他あるまい。一宿一飯の恩、膝枕の礼、金を貸してくれた恩……山の様に、それこそエレベストよりも高く積み重なったそれら全て、まとめて返すつもりで礼をしよう。

 あぁ、そうだ。彼女が望むなら何だって、文字通り何でもしようじゃないか。土下座は当たり前。生き肝を要求されれば差し出し、身体を売れというなら売る……そのぐらいの覚悟で、再会しよう。そうでなければ、そうでなければ――


 ――男としての自覚が、消えそうだ……


 身体に引っ張られるのを良しとし続ければ、この好意に甘え続ければ、間違いなくそうなるだろう。それが嫌ならケジメが必要だ。どこかに、防波堤が。

 そんな事を考えながら、俺は伝言に従って枕と毛布を賽銭箱の後ろに畳んで置いておき、境内に微かな違和感を感じつつ鳥居に向かって歩き出す。

 何はともあれ。TS生活二日目、スタートだ。


「…………トイレ、行きたい」


 まぁ、いきなり前途多難だが。

 いや……え? 俺、女性用のトイレ行くの? え゛? マジで? うわぁ…………どうしよう??


 ……………………

 …………

 ……


 強敵だった。かつてない強敵だった。幼女のヒモ問題に匹敵する程の強敵。トイレ問題――多大な精神ダメージを受けつつもフィーリングでなんとか乗り切った――と双璧を成すだろう高い壁。しかし、長い、長い戦いを征したのは私……じゃねぇ。俺だ。


「お買い上げ、ありがとうございます」

「いえ。私はこういう経験があまり無かったので、こちらこそ助かりました」

「いえいえ。またのご来店をお待ちしております」


 財布に複数枚入った古めかしい旧一万円札で支払いを済ませ、釣り銭をケモミミ幼女から貰った財布に流し込み。一礼する店員さんを尻目に、俺は服のコーナーが併設された近所のスーパーを歩く。


 ――あぁ、強者だったよ……女性モノの服を買うのはなぁ!


 暗色系のパーカーやTシャツ、動きやすいジャージのズボンに運動靴等々を試着しながらカゴに叩き込んだまでは良かった。そこまでは男の頃からそこまで変わらなかったからだ。

 が、下着。テメーは駄目だ。こちとら元とはいえ野郎だぞ? 記憶があろうと消えていようと、そもそもの基準が分からん。パンツは兎も角、ブラジャーなんてサッパリなのだ。今のツルンペタンな中学生ボディに必要なのかも分からん。

 俺はそうして暫し迷った後、更に追加で悩み、悩み、悩み……ついに白旗を上げて店員さんに助けを求めた。チラチラとこちらを怪しむ様子だった店員さんに任せるのは不安だったのだが、現在の同性という事もあって的確にアドバイスをくれたのは幸いだったな。おかげで下着から上着まで全て揃えて、店内で着替える事も出来たのだ。更に店員さんの厚意で合わなくなったボロボロの服もゴミとして引き取って貰ったし、オールオッケイだ。たぶん。


「これで多少はマシになった、か」


 そう呟きながら俺はフードを被り、店の出口へと向かう。入店時はチグハグな格好から嫌な視線を集めたが、一度キチッと格好付けてしまえばそういう視線はだいぶ減った。まだ残っているのは……何の視線だ? これ。


「これで気兼ねせず飯屋にだって行ける……うん?」


 ボロくなっていた上にダボついて合わなくなった服を買い換え、さて次は何をするべきかと思案しようとした俺の視界に嫌な物が飛び込んで来る。

 パトカーだ。それもパンダが一台に、覆面が一台の計二台。……なぜこんなところに?


「そちらも手掛かりは無しか」

「はい。聞き込みをしてみたのですが、住民に心当たりはないと。昨日は平和そのものだった様です。防犯カメラの人物も覚えがないと」

「参ったな。防犯カメラの映像はかなりの前進だと思ったんだが……」


 ふむ、どうやら休憩中の情報交換か、仕事に関する話し合いの途中らしい。制服の警察官が複数人と、茶色のトレンチコートを着て昭和の刑事みたいな格好した無精髭のオッサンが、コーヒー缶片手にあーだこーだと話し合っている。

 うん、お仕事お疲れ様です。それでは俺は目につかない様にコソーと失礼――


「……ん? ちょっと、そこのキミ。あぁ、フードを被ってるそこのキミだよ」


 ひっ!? お、お俺に言ってるのか!? 違うよな? きっと他にフード被ってる奴が……あ、居ませんね。これは俺が呼ばれてる間違いない。


「お……私に何か用ですか?」


 ここで逃げ出すのは明らかにおかしいだろう。そう考えた俺は腹をくくり、声を掛けてきた昭和なオッサンに声を返す。一人称は今の性別に合わせて、違和感が出ないように『私』だ。ちょっと蹴躓いたが、ケモミミ幼女とさっきの店員さんとのやり取りで猫被りは慣れたから問題無くやれるはず。やってみせろよ、俺。なんとでもなるはずだ。


「あぁ、嬢ちゃんにちょーと聞きたい事があってな」

「聞きたい事、ですか」

「おう。実は昨日、ここから少し離れたところにある住宅街に結構なクレーターが出来ててな……嬢ちゃん、何か知らないか?」


 はい知ってます。よく知ってます。一部始終バッチリ見てましたー……なんて言える訳がないだろぉ!? 言ったが最後黄色い救急車を呼ばれるわ! ドラゴンが落ちてきてTSしたとか誰が信じるんだ、誰がっ……!


「いえ、初耳ですね……大丈夫だったんですか?」

「…………あぁ、死人や怪我人は出てないからな。ただ、近所の人が車を動かすのに少し迷惑してるが」

「そうですか。……早く直ると良いですね」

「そうだな」


 あれだけ派手に大怪獣決戦やったのに、死人や怪我人は一切無し? いやいや、少なくともここにドラゴンに潰されてTSした元野郎が一人居るんですがそれは。

 まさか、安否を気にする家族とか友人とかが一人も居なかった訳でも、訳でも…………いや、気にしないでおこう。俺は生きてるんだからな! 悲しくなんてない!


「ところで、嬢ちゃん。そのフード取ってくれないか?」

「…………なぜです?」


 あれ? 待って、待って。何でそんな眼光するどく睨んで来るの、この厳ついオッサン警部。まさか、バレてる……?


「何、実は現場近くの防犯カメラに妙な人影がチラッと写っててな。真っ白な髪の子供の姿をしてたが……あの時間に子供が一人で出歩いているのはちーと妙だし、何より何か見てるかも知れねぇからな」

「……それが、私だと?」

「おいおい、そこまでは言わないさ。……だいたい、俺は嬢ちゃんがソイツだとは一言も言っちゃあいないぜ? 何だってそんなに警戒するんだ? んん?」


 …………ぁ、ああー!? ち、チクショウ! このオッサン嵌めやがったな!?

 こうなったら逃げるしか――げっ、いつの間にか警官に囲まれてるっ……!?


「石山警部」

「慌てんな。相手は子供だぞ」

「はっ!」


 石山警部? 確か昨日現場に来てた奴もそんな名前だったような……?

 いや、今はそんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。今は隙を見て逃げるのが先決……相手はこちらを子供だと侮っている。それがチャンスだが――クソッ、周りの警官は幾らでも隙を作れそうだが、この石山警部とかいう奴は隙が全く見当たらん。子供相手にマジになり過ぎだろッ!


「仮に私がその映像の少女だとしたら、どうするんです?」

「俺は性別も言ってねぇんだが……まぁ、そうだなぁ。取り敢えず交番まで来てもらおうかねぇ。何か知ってるだろうし」


 くっ、更に墓穴を掘って片足まで突っ込んでしまったが、まだ逃げる事は出来るはずだ。俺に大人しく従う気はこれっぽっちもないぞ。交番なんぞに行ってしまえば身分証明なんて出来ない俺は無戸籍なのがバレ、面倒な事になってしまうからな。というかそもそもパトカーの後部座席に乗りたくない。俺は無実なんだぞ!?

となると三十六計逃げるに如かず。ここは脱兎のごとく逃げるに限るが……


「で、脱いで貰えるんで?」

「……レディーに脱ぐとか、セクハラですか?」

「おっと、これは失礼しました。フロイライン(お嬢さん)。しかし我々も職務ですので、宜しければお顔をお見せ頂けますかな?」

「…………」


 ぐぬぬ。隙が、このオッサン隙が全く出来ん! ――仕方ないな。一か八かだが、やるしかない。

 俺は諦めた様子を見せた後、ゆっくりとフードに手を掛け、一気に取っ払う。


「こりゃあ……」

「おお……」

「すげぇ……」


 目を見開き、ゆっくり頷くオッサン――――今だ。

 俺は重心を横に傾け、オッサンの手の届かない方へと足を蹴る。途中にいた警官の脇をすり抜け――全力ダッシュ!


「しまっ!? えぇい! お前の自転車貸せ!」

「はっ? は、はいっ!」


 後ろでごちゃごちゃやってる様だが、知った事か! 狙った獲物を前にして、思考を止めたのが運のツキ! アタリだと頷く前に確保するべきだっ――なぁ!?


「待てやぁぁぁああ!」

「ヒッ!?」


 う、嘘だろ!? あのオッサン自転車で追っかけて来やがった!? えぇい、そんなモンどこから出した! てか追い付かれるぅぅぅ……? ん? そうでもない?


「くっ、は、速い……!」


 よく分からんが、俺とオッサンのスピードは拮抗してる様だ。オッサンが遅い……というより俺が速いのだろう。素で自転車に勝つとか意味不明なのだが……どうやら根本的に身体能力が桁違いらしい。

 リアルチートがあんまり嬉しくないのは、改造された過去故か。


「お、俺も歳か――」


 いや、オッサンバリバリ現役だと思うよ? うん。これは俺が改造人間だからだし。てかその改造人間について来れてるオッサンはいったい何者なんだ……? ニンジャか? まぁ、流石にというか、引き離され始めたが。


 ――よし、このまま逃げ切る!


 交番なんぞに行ったら厄介事しか起きないからな。戸籍もなければ頭も身体もおかしい……ハハッ、黄色い救急車からの施設ぶち込みコンボはごめんだ。下手すると解剖されてホルマリン漬けにされそうな可能性も出てきたし。

 なればこそ逃げるしかない! そう腹をくくった俺は更に前へと足を踏み出して加速する。捕まる訳にはいかないと。


「ぬぐぉぉぉおお!?」


 ありゃ、オッサン派手にクラッシュして……いや、受け身が上手いな。殆んど怪我はなさそうだ。とはいえ完全に距離が開いたから、追ってくるのは無理だろう。

 そう確信し、一安心――したのが悪かったのか、空腹が襲ってくる。グギュルルル、と唸り声を上げる腹の虫。それに俺は飯屋にでも行くか、と足の行き先を調整しながらアスファルトを駆け抜ける。ケモミミ幼女の奢りというのは情けなくはあるが、それしか手がないのだと開き直つつ。

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