第2話 狐のもてなし
警察官達が集まってきた事件現場から逃げ出す様に離れた俺は、あてもなく夜の住宅街をフラフラと歩いていた。
サイズが微妙に合ってない服と靴を引きずってヨロヨロノロノロと歩くその姿は、警察官に見付かり次第補導間違いなしだろう。しかし着替えの用意がある訳でもないので仕方ない。……何せ、家が分からないのだ。
「おのれクソッタレの不定形野郎め。絶対に許さん……」
先程の警官の話は実に物騒で、それでいて幾つか気になる情報があった。気がついたらクレーターが━とか、グチャグチャの死体がーとかだな。
俺は、それをグルグルと考えてたのだ。いったいどういう事だろう? と。そうしてグルグルグルグル考えているうちに落ち着いた場所、つまりは自宅で考えたいなぁと思って……気づいた。気づいてしまった。帰るべき家が分からない事に。
「ミンチだ。今度は俺が奴をミンチにしてやるっ……!」
いや、家だけではない。自分の名前、年齢、経歴、家族構成━━そういった個人を形成するのに必要なアレコレモロモロが消し飛んでいた。元の性別や言葉を覚えてるのがやっと……そういうレベルでぶっ飛んでいやがったのだ。
間違いなく身体を何者かに……いや、あのクソッタレの不定形野郎に身体を弄られ、TSさせられたときに消し飛んだに違いない。証拠がない? 言い掛かり? 八つ当たり? 何だっていいさ。俺が自分の事を覚えてない事実は変わらないし、あのクソッタレが元凶の一つなのは間違いないのだから。……あぁ、だから。
「野郎ぶっ殺してしてやる……!」
ヤロウオブクラッシャー。あの不定形野郎だけはいつか殺す。絶対殺す。断固として殺す。鳥の羽をむしる様に一センチ四方の肉片にした後、跡形も残さずペーストにしてやる!
人がミンチになる理由を作り、了承も得ずにTSさせ、更に記憶まで消したツケを━━この際俺の勘違いでも構うものか、敵である事に間違いはないのだから━━絶対に払わせてやるのだ。ついでに白い竜の仇も取る。絶対に許さない。絶対にだ……ッ!!
――とは言ったものの、だな。
差し当たりどうしたものだろうか? 不定形野郎はどこかに消えてしまっていたし、何より奴はミサイルをブチ込んでも死にそうにない。今すぐどうこうするのは無理だ。
ならば準備を整えるか。しかし、どうやって? 奴は簡単な事では死なないだろう。最低でも核ミサイルを叩き込む必要があるはず……まさか、戦略原潜でもハッキングしろと?
「スパイ映画か何かかよ……」
あぁ、発想が飛躍し過ぎだな。先ずは明日の生活を考えてみよう。何せ性別が変わっている上に、記憶の殆んどが無いのだ。色々と考えねばなるまい。持ち物なんかも考慮して、確りと考えねば━━━━ん? あれ? これは…………
━━俺、詰んでね……?
持ち物、散歩中だったのか着てるものだけ。財布すら無く、明日の飯にも困る。
記憶、殆んど無い。会話が出来ない程ではないし、おぼろ気ながら残っている部分もあるが……だとしても記憶にあるべきはずの家や友人━━そんな存在が居ればだが━━を頼るのは不可能だ。何せそもそも覚えていないのだから。当然、記憶を失う前の財産も頼れない。
性別、変化している。なんなら見た目も。誰かが変化前の俺を探していたとしても、見つけるのは不可能だ。また見た目故に行動が制限されるだろう。例えば今警察に見つかれば、児童が深夜徘徊しているとして補導される事になる。そして戸籍なんかも当然一致しないので、非常に面倒くさい事になるだろう。何せあちらからすれば、戸籍のない子供なんて正体不明の浮浪児でしかないからな。
━━こんなん、どうしろと……?
詰んでいる。間違いなく詰んでいる。不定形野郎をどうこうする前に詰んでいる。笑うしかないとはまさにこの事だろう。まさか明日の生活どころか、今日の寝床に苦心する日が来ようとは…………どうしたものか。
「……腹、減ったなぁ」
グウゥ、と。小さく不満を鳴らすお腹を擦りつつ、そうポツリと呟く。普段なら飯を食いに家に帰るか、飯屋やコンビニに入るところだが……前者は記憶が無い為に、後者は金が無い為に不可能だ。
あぁ、こうなると飯の為に何かの施設に叩き込まれる事や、無戸籍のアレコレに基づく面倒を許容しなければならないかも知れん。おのれ不定形野郎。この空腹の恨みと面倒事の恨みは必ず晴らすぞ……!
━━ホント、どうしたものか
腹は減ったし、性別が変わったせいで戸籍が役に立たないし、腹は減ったし、戸籍が違うから公的機関は絶対面倒事になるし、腹は減ったし……あぁ、腹減った。
━━もう全部ゲロろうかなぁ。
ドラゴンとか性別の変化とかまとめてゲロり、頭のおかしい正体不明の浮浪児として保護されれば飯は食えるだろう。変わりに自由は無くなるし、なけなしのプライドも粉微塵になるが……さて?
「お金、落ちてないかなぁ?」
ギュルギュルと不機嫌そうなお腹を抱えて歩く事暫し。俺は闇夜の中で明々と光る自動販売機を見つけ、思わずその下を覗き込む。
結果。無し。五百円玉は勿論、一円玉すら落ちてなかった。こんな場末にも不況の風は吹いているらしい。収穫は僅かに残った人としての尊厳が削れただけだ。……ちくしょう。
━━なんでこんな目に……
フラフラ、ヨロヨロ、酔っ払い同然の歩みで前に進んでいた俺は、気づけば長い階段へと足を踏み出していた。ふと見上げた先にあるのは、確か、神社があったはず。おぼろ気な記憶が確かなら、古い稲荷神社が……俺が俺だった頃、よく来ていた気がする場所が。
そんな事を思いながら何気なく階段を登ってみれば……どうやら記憶は正しかったらしい。酷く既視感を感じる鳥居と狐の石像が見えた。そして、無人の境内も。
━━当たり前、か。
こんな夜中に誰かが居るはずもない。ましてや神社だぞ? それも管理人すら居ないような小さな神社、なおさら居ないに決まってる。
だが、それでも俺の足は止まらない。階段から危うく転げ落ちそうになりながらも足を上げ、遂に長い階段を登りきる。目の前にあるのは無人の神社で、食い物ではないというのに。
━━なにやってんだろ。俺。
なぜ? なぜだろう。いや、たぶん、神頼みなのだ。ファンタジーな大怪獣決戦に巻き込まれ、TSして、頼るあてもなく……自暴自棄になる手前の神頼み。ただの気まぐれ。あるいは、記憶を失う前の俺は存外信仰深い奴だったのかも知れない。
ただ、まぁ…………
「誰か、助けてくれないかな……」
そんな望みを呟くには丁度良い場所だろう。叶うはずもない、ただの愚痴。誰にも聞いて貰えず、聞かせるつもりもなく。吐き出すだけ吐き出したそれを飲み込もうとして━━しかし、聞く者が居た。
「お主の願い、確かに聞き届けたのじゃ」
リン━━と、すんだ鈴の音と共に鳥居をくぐった俺は、そう誰かに声を掛けられる。いったい誰が? そう下げていた視線を上げれば、声の主は直ぐに見つかった。
「ようこそ、我らが隠れ家へ。ゆっくりして行くとよいぞ」
そう言ってほがらかな笑みを浮かべる一人の幼女。背丈から見るに年頃は小学生……いや、ギリギリで中学生だろうか? 肩口まで伸びた艶やかな小麦色の髪が綺麗な子だ。
しかし、巫女装束に近い格好をしたその少女の頭には、ピクリピクリと動くモフモフのキツネミミがあり、背後にはフワリと動く三本の尻尾が…………あぁ、整った可愛らしい顔にドヤ顔にも見える笑みを浮かべるその幼女は、間違いなく、ケモノ系ロリっ娘だった。
「えっ、と…………?」
しかし、これは、どういう状況なのだろう? 俺は空腹も忘れてそう自問せずには要られない。何せドラゴン、TSときて、今度はケモミミ幼女だ。ここがファンタジー世界ならまだ分かる話だが、生憎ここは現代日本。ケモミミ幼女なんてコスプレでしかあり得ない。いや、コスプレだって難しいだろう。つまりは有り得ない。
そう、思いはするが……
「? どうかしたかの?」
「いや、その……」
コテン、と。不思議そうに首をかしげた幼女の頭の上でピクピクと動くキツネミミは、どう見ても本物だ。少なくとも触れればポロリと取れてしまう様なコスプレグッズには見えない。
だが、こんな事があり得るのか? 幻想潰えた現代日本で、ケモミミ幼女なんていうファンタジーが。
「? お主……」
呆然としたまま思考の海に沈む俺に疑問を持ったのか? ひょこひょことキツネミミをひくつかせながら、ケモミミ幼女が俺の手が届く範囲にまで近づいて来る。
そして、身長差のせいだろう。フワフワなキツネミミは今や俺の眼前にあった。ピクピクと誘う様に動くキツネミミが、目の前に。
「? どうかし━━クゥンッ!?」
「おぉ……」
思わず。あるいは我慢出来ずに。俺の手がわしゃ、と。ケモミミ幼女のキツネミミに触れる。そのまま撫でる様に手を動かしてみるが……やはりというか、キツネミミが取れる気配は無い。それどころか熱いぐらいの体温と、柔らかな肌触りを伝えてくる始末だ。後者はともかく、前者は作り物では出来ない芸当だろう……つまり、これは。
「本物のケモミミ……!?」
「クゥーン……?」
最早認めるしかなかった。この温かく柔らかなモフモフを持ち、満足げに、しかし不思議そうに、それでいてどこか物欲しそうに、穏やかな表情で俺に撫でられる幼女は、間違いなく伝説のケモミミ幼女なのだと。
━━ファンタジーだ……
いや、ドラゴンが出てきてる時点で充分ファンタジーだし、今では美少女TSしている俺も立派なファンタジー存在だろう。だが、やはりこうしてケモミミ幼女を撫で回してみれば……実感せざるを得ない。
日常は、既に崩壊したのだと。
ドラゴンが暴れ、男が女になる様な世界になったのだと。
━━まぁ、あんまり悲観的にはなれないけど。
何せケモミミ幼女だ。TSして色々失ったが、それでもお釣りがくる伝説的存在を、俺は撫で回している。現実逃避かも知れないが……しかし、この状況で悲観的になれという方が難しいのも事実だ。
━━ファンタジー万歳。
時折ケモミミにサワリと触れながら、ケモミミ幼女の流れる髪をすくように撫で、俺は内心で万歳三唱拍手喝采を送る。もう面倒なアレコレとかどうでもいいんじゃないかな……そんな風に思いだした頃。
突如としてグギュルルル、と俺の腹から凄まじい音がなる。腹の虫だ。
……これは、流石に恥ずかしい。
「んぅ? お主、お腹が空いておるのか?」
「あー、その、まぁ。はい……食べる物が無くて」
詳しい事情をだいぶ差っ引いた俺の返答に、ケモミミ幼女はふむ? と不思議そうにしながらも頷いた後、一歩大きく下がって俺の上から下まで何度も視線を走らせる。
その行為にどんな意味があったのか。ケモミミ幼女の顔は俺の姿を見れば見る程渋いものになり、その表情には様々な感情が……例えば悲しみや同情、あるいは微かな怒りを感じ取れた。
何がなんでそうなるのかは分からない。分からないが……何となく、嫌な予感がする。これは、マズイのではないか? と。
「あい分かった。暫しここで待っておくがよい」
「ぇ? あっ、はい」
合点いったとばかりにそう言った後、パタパタと駆け足で離れていくケモミミ幼女に、俺はぎこちなく頷く事しか出来なかった。ゆさゆさと揺れる三本のモフモフ尻尾を見送り、彼女が社とは別にある小屋……というより庵の様な場所に入って行くのを見届けて。
手持ち無沙汰になった俺は賽銭箱の前に行って座り込む。ため息混じりに。
「何がどうなってるのやら、なぁ?」
自問自答。しかし答えは出ない。ドラゴンが出て、TSして、ケモミミ幼女に会って? 意味不明だ。納得がいく答えなんて出そうにないし、出てくるのは凶悪なまでの腹の虫。何か食わせないとお前を食うぞと言わんばかりのそれ。
━━こればっかりは、ケモミミ幼女が何か恵んでくれる事を期待するしか……
ケモミミ幼女の言葉的にはおにぎりの一つぐらいは恵んでくれそうだし、もうそうなればこの腹の虫も多少は収まるだろう。変わりに幼女に飯を奢られた俺のプライドはボロボロになるだろうが……背に腹は変えられぬ。餓死するよりマシだ。
「その後は……どうしようかなぁ、ホント」
仮にケモミミ幼女が飯をくれるなら一宿一飯の恩は返さねばなるまいし、そうでなくてもケモミミモフモフした分は━━今覚えばセクハラものだったのだし━━何かしらするのが道理だろう。
問題は、今の俺に恩を返す様な力はないという事だ。金無し、家無し、職無し、仕舞いには戸籍無しときてるのだから、恩を返す以前に警察のご厄介になるのを考えねばならないレベル。明日を生きるのにも苦慮しなければならない。とてもではないがケモミミ幼女に何かしてあげられるとは思えないのが現状だ。
「となると働く……?」
履歴書の名前欄すら埋めれない状態で? 男だった頃ならともかく、このロリボディで働く? 履歴書が要らず、ロリボディでも出来て、保護者云々言われない仕事━━
━━いかがわしい事しか思い浮かばんっ……!
俺が汚れ過ぎてるだけか、それともただの現実か。どちらにせよ流石にそれは無理だ。そんな事をするぐらいなら国籍不明の電波系幼女を装って警察のご厄介になった方がマシだろう……!
━━まさか、一日一日を生き抜く事に悩む日が来るとはなぁ……
とはいえこれが現実なのだからどうしようもない。ひょっとしたら明日には全部元通りかも知れないし、政府の極秘機関がヘリで迎えに来てくれるかも知れないし、あのケモミミ幼女が全部解決してくれる可能性もあるにはある。だがそれらは希望的観測や天文学的確率と言われるものであって、一般ではそれをあり得ないというのだ。
やはり、自分一人の力で生き抜く事は考えておかなければならない。そうでなければあの不定形野郎への逆襲なんて夢のまた夢……
「あぁもうっ! あれもこれも全部あの不定形野郎のせいだ。そうに違いない」
少なくともあの不定形野郎が現れなければドラゴンを見ただけで済んでいたのだ。いや、そもそもドラゴンの目的があの不定形野郎だと推測出来る以上、不定形野郎が居なければドラゴンも現れず、俺は平和に暮らしていたはず……まかり間違っても夜の神社で明日の生活に悩んだりしなかったのは間違いない。
おのれ不定形野郎、絶対に許さない。絶対にだっ!
「奴さえ、奴さえいなければ、こんな事には━━ん?」
俺が不定形野郎への憎しみにかられていると、ケモミミ幼女がブンブンと尻尾を振りながら庵から出て来た。どことなく嬉しそうな彼女の手には何かの包みが抱えられており……恐らく、俺の期待通りなのだろう。有り難い話だ。
「すまぬ、待たせたの」
「いえ、大丈夫です。お……私も、少し考え事をしてたので」
トトトっと走り寄って軽く謝りを入れるケモミミ幼女に、俺は咄嗟にそれらしい対応を返す。まさか不定形野郎への恨みを彼女にぶつける訳にもいかないので、可能な限り丁寧な対応をと思ったのだが……一人称まで変えたのは女性的過ぎるか? いや、外面の事を考えれば女性的なぐらいが自然だろう。だがこれは流石にキモいというか、慣れないというか。
「そうか。……さて、余り物で悪いのじゃが、今は生憎これしか出せなくての。まぁ、味は悪くないはずじゃ。食べてくれ」
内心でウダウダと葛藤する俺に、ケモミミ幼女が包みを手渡してきた。思わずそれを受け取って見てみれば……ほのかに温かいそれは、どうやら竹の皮の様だ。なんとも、古典的な。
━━思えばこの子、口調も独特だな。古くさいというか、婆くさいというか……のじゃ口調だ。
アニメやマンガではこういう子は実は年寄り! ロリババア! なんてパターンだったりするし、だとすると口調や竹の皮も合点いくが、しかし、なぁ? ここは現代日本だぞ? いや、ドラゴンだの美少女TSだのが存在してる時点でかなりアレだが……
「? 遠慮せずともよいぞ。それとも、粥の方が良かったか?」
「い、いえ、大丈夫です。有り難うございます」
「うむ、気にせずともよい。ただのお節介じゃ」
いや、今はケモミミ幼女の好意に預かって腹ごしらえといこう。邪推や考え事はその後でもいいはずだ。
そう思って竹の皮の包みを開いて行けば……中から出てきたのは熱いぐらいのおにぎり。軽くのりが巻かれた純白のそれが、2つも。ただの白飯の塊といえばそこまでだが、しかし、今の俺にはどんな高級料理よりも素晴らしい物に思えた。空腹が暴れ回っているときにこれは、最早卑怯だ。
「っ! 頂きます!」
「召し上がれ」
手を合わせるのも、お礼の言葉もそこそこに、俺は茶化す様なケモミミ幼女の声がするのと同時におにぎりを口に放り込む。
一口でおよそ半分を食い千切り。そうして感じるのは米の甘味と……これは、塩か。ほのかな塩味が非常に旨い。更に口を進めれば海苔がパリッと心地よい音を立て、それら全てが空腹で敏感になった俺の舌を楽しませ、踊らせる。そうやってパクパクと食べ進めているうちにあっという間に一つ目が無くなってしまい……俺は我慢出来ずに二つ目へと素早く手を伸ばす。もっと寄越せと言わんばかりに。
「いい食いっぷりじゃのぉ……」
ほけー、と。しかし、なぜかどこか悲しそうにそんな事を言うケモミミ幼女に見られながら、むさぼる様におにぎりを口に運ぶ。ムシャムシャと、あるいはガツガツと。
そうしていれば二つ目もすぐに無くなっていまい、感じるのは口の渇きだが……
「ん、水ならここに用意してあるぞ」
なんと気が利くのだろう。いつの間にか俺の隣に座っていたケモミミ幼女はそう言って横合いから竹筒を差し出してくれた。これは有り難い。
お礼もそこそこに竹筒を受け取った俺は、そこから水を煽ってようやく一息つく。腹の具合は八分目以下だが、一先ず腹の虫が唸りだすのは防げるだろう……そんな事を頭の隅で思いながら受け取った竹筒をケモミミ幼女に返し、向き直る。
正面、どこか誇らしそうにピクピクとキツネミミを動かすケモミミ幼女。
「えっと、ありがとうございます。美味しかったです。それと、助かりました」
「うむ、礼は受け取ろう。しかし気にする事はないぞ? 先程も言ったように、これはわらわのお節介じゃからな」
ご機嫌にふわりふわりと揺れ動く三つの尻尾を見るに、その言葉に嘘はないのだろう。これはあくまでも彼女のお節介で、見た目に合わぬ言葉使いでの気遣いは心からの物。本当に有り難い話、だ……ん、ぅ?
「ふわぁ……ん、んぅ」
「む、眠いのか?」
「ぁ、いえ、その、すみません……」
突如として襲ってきた眠気。それに我慢出来ずに大きなあくびを吐き、更に続こうとするそれをなんとか噛み殺しながらケモミミ幼女に頭を下げる。人前で申し訳ないと。
そんな俺に彼女は「良い、気にするでない」と言ってくれるが……ふっ、と。更に強烈な眠気がズッシリとのしかかってきた。思わず目をこすってみるが、眠気は全く取れない。それどころかどんどん強くなってきている。恐らく腹が膨れて安心出来たせいだろうが……にしても。
━━俺は子供か……!?
いや、子供だった。少なくとも今の身体は子供のそれだ。どうあがいても高校生以上には見えないロリ体型……そんな身体にでは食ったら眠くなるのも無理はない、のか?
「疲れておるのじゃろう。無理もない。……色々、あったのじゃろ?」
「えぇ、まぁ、はい」
確かに。ケモミミ幼女の言う通り、今日は色々な事があり過ぎた。ドラゴン、大怪獣決戦、TS、ケモミミ幼女、明日への不安……一つ一つが突拍子もない大事件。それが立て続けに起きてるのだから、精神的に酷く疲れていてもおかしくはなかった。
「ほれ、膝を貸してやるからここで寝てしまえ。一眠りすれば疲れも取れよう」
ポンポン、と。正座をした自分の膝を軽く叩き、ケモミミ幼女は優しげな笑みで俺を誘う。
……正直、乗ってしまいたい話だ。眠気もいよいよ限界だし、何より彼女の整えられた膝は気持ち良さそうで……しかし、俺には男としてのプライドが━━
「……やれやれ。お主の様な童が、そんな顔で遠慮などするな。ほれ、今は休め」
「……ぇ?」
彼女はそう言いながらスッと俺の頭を撫でる様にしながら力を入れ、俺を横倒しにしてぽふり、と。膝の上に落としてしまう。俗に言う膝枕だ。温かで、穏やかなそれに眠気は我慢出来ない程に強くなり。負けてなるものかと視線を空にやれば……微笑まし気に笑みを浮かべた、ケモミミ幼女の顔が見える。優しげな、彼女の顔が。
「大丈夫じゃよ。ゆっくりと休め……ゆっくりと、な」
「ぁ……」
あぁ、これは……無理だ。卑怯だ。抗えるはずがない。
俺はケモミミ幼女に髪をすかれる様に撫でられながら、ゆっくりとまぶたを閉じ、眠気に身を任せる。
「そう、ですね……」
「あぁ、今日ぐらい。ゆるりと眠るがよい」
そうだな。今日は色々あり過ぎた。せめて、今日ぐらいは━━