閑話 勝利の宴 壱
side:飯屋の店長
夕日が隠れ、お月様が上に登った夜八時。今頃多くの家で夕食が楽しまれている頃、俺は空きっ腹を抱えて飯を作っていた。
自分の? いいや、他人のだ。
「店長ォ! 串カツ追加でェ!」
「俺はトンカツ!」
「唐揚げだ! 唐揚げを寄越せェェェ!」
何という不条理か。普段から他人に飯食わせて善行を積んでる俺が未だに飯を食えないとは。こんな事なら朝からガッツリ食うんだった。お陰でもう十二時間近くマトモに飯を食ってない。水飲んで、味見と称してつまみ食いして、ビールを二、三本飲んだだけだ。
「ハイヨー」
お陰で今はこんなエセ外国人みたいな返事しか出来やしない。
しかも客の奴ら、揃いも揃って揚げ物を頼みやがる。確かに俺の作る揚げ物は旨い。流石に一流の高級店様には勝てないが、その辺のチェーン店に負ける様なモンは出してないからな、そればかり頼むのも分かる。だが……
「キンキンに冷えてやがるっ……!」
「トリアエズナマァ!」
「犯罪的だ……! 旨すぎる……!」
俺の目の前でビールを飲むとはどういう了見だ!? しかもお前が飲んでるのは今日俺が開けようとした奴だぞ! その上つまみは俺の揚げ物だ! 旨いだろうなクソッタレ! お陰で今日は晩酌無しだ。チクショウめ……
━━こうなりゃ怪異の肉でも出してやろうか。
そうすりゃ腹痛で店を出ていくだろう。うちは猪や鹿なんかのジビエが食えるのも特徴だが、手に入れば怪異━━この世ならざるバケモノ━━の肉を出した事もあるんだ。
まぁ、俺を含めて腹痛でくたばりかけたが……普通ならそんなモンを出されりゃ帰るだろう。問題は、今来ている客が普通じゃない……オカルトマニアどもだって事か。
「やはりスコップこそ最強の武器よ。流石は塹壕の王者」
「いやいや、聖剣エクスカリバールこそ最強」
「俺も鮫斬りチェーンソー持ってくれば良かったぜ」
「━━でだ、そこで俺はこう言ってやったのさ。ただのカカシですな。俺達ならまばたきする間に皆殺しに出来る。冥土の土産にする事だ……ってな!」
「そいつは傑作だな。今頃そのゴブリンは冥土の土産に困ってるだろうよ」
「「HAHAHA!」」
何が面白いのか、オカルトマニアを自称する狂人どもがビール片手に自分の武勇伝で盛り上がってやがる。内容は、つい先日起きた小鬼の乱の話だろう。それなら俺にも幾つかの武勇伝があるが、とてもじゃないが混ざろうとは思えん。
なぜか? 騒いでいるのがオカルトマニアどもだからだ。
「貧乳は正義」
「単色パーカー&芋ジャージは可愛い」
「死んだ目からの、覇王の覇気」
「その上、アルビノ系……最高かよ。なぁ?」
「いやー、やっぱ幽霊少女こそ至高だよなぁ」
「いやいや、幽霊とか触れないじゃん? ここは異形種こそがな?」
「「あ゛?」」
「シロ、良いよね」
「良い……」
性癖はオカルト関連。興味を持つのもオカルト関連。なんなら仕事もオカルト関連にしたいし、死因もオカルトにしたい……この町に来るオカルトマニアはそんな連中だ。特に、今この店で騒いでいるのは極め付き。死んでも蘇りかねない連中なのだ。あまり関わりたくないのが正直なところ。
「はー、帰ったら即行会社だよ……」
「おう、ブラックサラリーマンは辛いな」
「そういうお前は?」
「フリーターという名のニート」
「ちくわ大明神」
「フリーランスという名のニート」
「お前には聞いてねぇ」
「誰だ今の」
「俺は、探偵さ」
「知 っ て る」
コイツらは普段は町におらず、各々別の場所で割りと普通に生活しているらしい。しかし、事ナニカがこの境町で起きそうだとなれば疾風迅雷、一致団結。怪異をその身で体感しようと、雲霞の如く押し寄せてくるのだ。
まぁ、下手な警察官より頼りになるのだが……しかし、打ち上げに毎度毎度俺の店を使うのは止めろ。鬱陶しいわボケェ!
「店長ォー! コロッケ追加で!」
「何でも良いからフライ三人前ー!」
「唐揚げ! 唐揚げ! 唐揚げェェェ!」
とはいえ俺の飯を食うならソイツは客だ。近所のオッサンや良い食いっぷりの白い嬢ちゃんも客なら、この狂人どももまた客。注文されたぶんは働かなければなるまい。
だが。
「おら狂人ども! 欲しけりゃ自分で取りに来い!」
「おぉと、店長ここで仕事の一部を放棄したぁぁぁ!」
「普通なら絶対しない事を平然とやってのける! そこに痺れる憧れるゥ!」
「そらぁ! この料理頼んだはどこのどいつだー!? 今は俺がウェイターだぁぁぁ!」
「美少女TSしてから出直せー!」
「美少女メイドを寄越せー!」
「そうだそうだー!」
酔っ払っているのか外野が騒がしいが、これ以上の追加のサービスなんぞしてやるものか! 後は勝手にやれ! これがうちのセルフサービスだボケがァ!
そう内心で吐き、ウェイトレスもいないからと注文された料理をカウンターにドンと置いておく。俺の料理か? 欲しけりゃくれてやる。持っていけ! 今から料理はカウンターに置いておく!
━━いいぞベイベー! 調理前はただの肉、調理後は俺の料理だ! ホント厨房は地獄だぜ! フゥハハハーハァー!
半ばイカれた脳ミソで料理を続ける事暫し。突然カランカランと鐘がなり、客が入店して来た事を告げて来た。チラリと視線を投げれば……ファ○ク、追加のオカルトマニアだ。どうやら神は俺を見捨てたらしい。
「うぇーい、店長ーオススメはー?」
「俺が知るか! 好きなモン頼めば良いだろうが!」
「じゃー揚げ物ー」
「あいよォ!」
クソッタレめ。こっちはもう物を考えるのも面倒くさいんだ。それぐらいテメェでやりやがれ。
「あ、後ビールビールゥー」
チクショウメェェェ! また俺のビールを横取りしやがった!
だが客は客。金を出す以上、俺はソイツに飯をやらねばならない。例えそれが自分の分だとしても━━ん?
「店長ー? どうしたー?」
「腹痛かー? 腹痛かー?」
「また怪異の肉でもつまみ食いしたんだろ」
「ありゃ傑作だったなぁ? 見た目は旨そうなのに食ったその場逃れからバタバタ人が倒れるんだからな!」
「「HAHAHA」」
客どもがキャンキャン騒いでいるが……こっちはそれどころじゃない。なんてこった。こんなのありかよ、最悪だ。
「マジでどうした? 店長。ギックリ腰か?」
「━━んだよ。」
「ん?」
「ねぇんだよ! ビールが! 一本も!」
「「な、何だってー!?」」
ファ○キュー、どうやら神は早めの就寝とシャレ込んだらしい。店の冷蔵庫に数ダースは入っていたビール缶がいつの間にか空になってやがった。これでは客に出せないのは勿論、俺の分もゼロ━━
「━━やがって……!」
「? 店長?」
「ふざけやがってぇ! ヤロォォォブックラッシャァァァ!」
「て、店長ー! 店内にござるぞぉ!?」
「ご乱心じゃ! 店長がご乱心じゃ!」
「えぇい、者共出合え! 出合え! あのアル中を引っ捕らえよ!」
「BGM掛けときますねー」
「やぁやぁ我こそはスコップでゴブリン三連続キルを成し遂げぇグコォ━━!?」
「柿崎ィィィ!?」
もう許さん。人に飯を食わさないどころか、人の酒を飲み干す様な連中に食わす飯無し! 全員そこに直れぇい! 手打ちにしてくれるわァ!
「フッフッフッ……こんなこともあろうかとぉぉぉ! 某、ビール買って来てますぞぉぉぉ!!」
「おぉぉぉ! おビール様じゃ! おビール様が降臨なされたぞ!」
「それ、店長におビール様を捧げるのだ!」
「鎮まりたまえー鎮まりたまえー」
最早素面の人間は俺一人、そんな状況でビール缶がドンッドンッとカウンターに置かれる。その数二ダースと半。ここにいる奴等全員に配ってなお、俺の分が確保される数だ……これには怒気を収めざるを得まい。
どれ、ついでに一口。
「あぁ……旨い」
「店長が飲んだぞ!」
「そぅら! 宴だ宴だ!」
これで完成な素面はゼロになった。こうなれば後はなるようにしかならないだろう……そうビール缶片手に思った俺が調理場に向き直ったとき、鐘が新たな客の訪れを知らせる。視線を投げて見れば、石山警部だ。署長代理の仕事は終わったのか?
「おぉ主人公が来たぞ主人公!」
「いや、今は前作主人公だろう。オッサンだし」
「いよっ! 前作主人公!」
「境町の守護神!」
「石山警部!」
「……なんだこの空間」
酔っ払ったオカルトマニア達にあっという間に囲まれた警部が困惑した様子で呟くが、俺にも分からん。というか酔っ払いの考えなんて考えるだけ無駄だろう。
まぁ、警部が来たなら俺は警部の分の料理を……ん?
「ささっ、今回の怪異解決を祝して先ずは一杯」
「いや、今回のはまだ解決しては……」
「そーらイッキ! イッキ!」
「「イッキ! イッキ!」」
巻き起こるイッキ飲みコール。俺からすれば煩くて仕方ないが、酔っ払いどもに自覚などあるまい。そして渦中の警部はオカルトマニアから受け取ったお猪口を片手に暫し迷いを見せたものの、やがてそれを勢いよく煽って飲み干す。さて、これで食前酒は済んだのだから━━
「ウグッ━━!? ま、まさかこれは、鬼殺し━━」
「は?」
そう言いながら警部は膝をつき、やがてドサリと完全に倒れ伏す。何事かとカウンターから乗り出してみれば、どうやら泥酔しているらしい。……泥酔? あの一杯で? いや、警部は『鬼殺し』と……まさか!?
「うぃー……次! 行きます!」
「良いぞー行けー」
「流石は現代まで生き残った鬼の一族との交渉に使われ、ヤマタノオロチモドキを討つ切り札として起用されただけはある。人間なんざ一発だ。狐様印は伊達じゃない」
「正に鬼殺し……いや、活躍的には蛇殺し?」
な、なんてモン飲んでやがるんだコイツら!? というか狐様が作った鬼殺しなんて貴重モノどこから盗んで来やがった! もう作られてない品だぞ!? うちの酒蔵にだって十本とないってのに……!
「ウグッ━━」
「一名倒れましたぁー!」
「メディック! メディィィック!」
「衛生兵ー! 衛生兵ぇぇぇ!」
「よし、次は某が!」
「いや俺が!」
「いやいや私が!」
「な、なら俺も!」
「「「どうぞどうぞ」」」
あぁ……なんて勿体ない。オカルトマニア達がお猪口に注がれた鬼殺しを口にしては次々と泥酔していく。彼らからすれば怪異絡みの酒を飲めれば失神しても幸せなのだろうが……あれでは酒の味も何も分かるまい。例えそれが人間に飲めない品だとしても、呪いの様に泥酔するとしても、勿体ないと思うのは道理だろう。
俺がそんな事を考えている間にもオカルトマニア達は鬼殺しを口にしては倒れていき━━
「ウグッ━━!」
遂に最後の一人が意識を失って人の山の一部と化す。
そうして残るのは取り残された俺と、倒れた人の山。そして鬼殺しが入っているのだろう酒ビンが一本だけ……
━━なんだ、これは?
酒ビンのラベルに達筆な筆文字で書かれた鬼殺しの名を見ながら、俺は頭痛を感じずにはいられなかった。何せ、意味不明だ。元々境町ってのは意味不明な土地だが、このオカルトマニアどもが関わると更に意味不明になる。だから嫌なんだよ、コイツらを店に入れるの……
そう頭を痛めながら、俺も鬼殺しを飲んで泥酔してやろうかと思っていた━━その時。鬼殺しを手に取る者が居た。
「ハッ、情けないねぇ。大の男が酒に飲まれるとは」
いつ店に入って来て居たのか? 倒れた者達を罵倒しながら、酒ビンを傾けて鬼殺しを一飲みするのはそこそこ年のいった婆さんだ。腰が曲がるかどうかといった見た目年齢に反して、その存在感は凄まじい。何より鬼殺しを飲んで倒れなかった。まさか、この婆さん……
「そら、店主。何か作んな。客を待たせるんじゃないよ」
「は、はい!」
いかん、この婆さんを敵にしてはマズイ。そう感じた俺はせっせと料理に戻る。幸いにも串カツがまもなく出来上がるところなので、そう待たせはしないたろう。
「全く、相変わらずだねこのアホどもは。どれ、警部殿の手帳は……っと」
背後でガサゴソと物漁りをしてるらしい婆さんには一言もくれず、俺は料理に没頭する。こういう雰囲気の奴等に探りを入れてはならない、それがこの町で生き残るコツだ。
キツネの耳を出した狐様ならともかく、この手のよく分からない相手なら余計に……大抵の場合、宜しくない怪異か古い妖怪なのだから。
「ほう? ふむふむ……なるほどねぇ」
見ざる、聞かざる、言わざる。俺は料理をするだけ出すだけ。そう自分に言い聞かせながら俺は料理を続ける。早く満足して出て行ってくれと願いながら……しかし、神は寝ているのだろう。
「中々愉快な祭が始まってるようじゃないか。これだから境町は面白い。これは、アタシも参加せずにはいられないねぇ……!」
そんな声の後にグビリと酒を飲む音。あぁ、なんという事か。どうやらこの婆さんは暫く居座るつもりらしい。そんなに神は俺が嫌いか? あるいは最近神棚の掃除をサボりがちだったのが悪いのか? それともお供えの品をケチッたのがバレたか? 明日は掃除もお供えもちゃんとするのでどうか助けてはくれまいか……無理か。
「ふーむ、しかしそうなると招待状が必要さねぇ? さて、誰から貰ったものか……いや、先ずは即興で催しをやるとしよう。このアタシが登壇の挨拶を派手にすりゃ、招待状は自然と懐に来るだろうからね。うん、名案だ」
俺の出した串カツを大口開けてむさぼり、鬼殺しをらっぱ飲みする婆さんから目を逸らしつつ、俺は決意する。明日から神棚の掃除とお供えは真面目にやろうと。
「強力な異界の異形、新米の狐巫女、竜に取り憑かれた哀れなガキ。役者がイマイチ揃ってない感じはあるが……ククッ、久しぶりに前菜でも楽しめそうだよ。これは……!」
俺の虚しい決意と共に夜は更けていく。やたら上機嫌な婆さんが警部の手帳を手放し、鬼殺しを飲み干して俺の店から出ていったのは……それなりの時間が経ってからだった。
ツイッター始めました。作者マイページから飛べます。
投稿予定が固まり次第呟いたりしてるので、良かったらどうぞー。無言フォローOKです。
次回は設定まとめを上げ、その後二章に入ります。




