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異世界に侵食される現代世界  作者: キヨ
第一章 侵食は始まった
27/30

エピローグ

 境町で発生した怪異事件、識別名称『小鬼の乱』の推移のまとめ。


 事件が明確に発生したのは━━月━━日の昼頃。住宅街での事。突然響き渡った子供の悲鳴に駆け付けた警官と現地協力者が『小鬼』を目撃したところから始まる。


 小鬼の身長は一メートルと少し、緑色のゴツゴツした肌を持ち、武器を使う程度の知能はある模様。とはいえ理性があるとはお世辞にも言えず、放置すれば誰彼構わず襲いかかるのが目に見えている程度には獣だった。類似する生物を上げるなら、怒り狂うサルかチンパンジーだろう。

 また『生物』というには特異な点が━━渦から出現する、倒すと塵になる等━━多く、怪異の一種だと推測される。なお驚異度は非常に高く、訓練された人間が早期に対処する必要がある。もし対処が遅れれば多くの民間人が犠牲になるだろう事は間違いない。


 現にこのファーストコンタクト時に数人の子供が危険に晒されており、勇敢な現地協力者の介入がなければ死者が出ていただろう。

 その後駆け付けた警官と現地協力者はこの小鬼、識別名称『ゴブリン』を危険極まりないと判断し、排除に移る。


 ゴブリンは怪異としては珍しく肉体を持っているようで、警棒等の打撃で頭蓋骨を粉砕する、首をへし折る、臓器を潰す……等々、通常の手段で撃破する事が出来た。

 倒したゴブリンは数瞬はマトモに死んでいるのだが、直ぐに塵と消える。場合によっては撃破後直ぐに塵と消えるパターンもあり、死体を残せる程『安定』した存在ではないようだ。

 またこれと同じ理由なのか、ゴブリンが手にしていた武器等も塵と消えていた。消えるまでの時間はバラつきがあるものの、丸一日持った物は一つもなかった。


 その後、このファーストコンタクトは現地協力者に負傷者を出しつつも終結。元凶と思わしき物━━現在専門家に意見を聞いている━━も排除し、地域の安全を確保する事が出来た。


 それから数日は何事もなく過ぎていったが……━━月━━日。再びゴブリン達が現れた。場所は人通りの少ない裏路地。出現が突然だった事、前触れがこれといってなかった事から対応は遅れを見せたが、現場の警官達の奮闘で奇襲を受ける事は防がれた。

 しかしゴブリンの襲撃はその後も継続、時間が経過する毎に激しくなり、多数の現地協力者の手助けがあってようやく被害を食い留める事が出来る有り様。また署員にも多数の負傷者が発生する等、前代未聞の大災害となりつつあった(事実、専門家によれば日本沈没シナリオも存在する怪異だったらしい)


 この状況を打開するべく、我々は現地協力者を含めた超少数精鋭による敵本陣奇襲作戦を立案、実行する。


 この敵本陣奇襲作戦により判明した事は幾つかある。

 先ずゴブリンが大軍であった事。明確な数は不明だが、恐らく一万近い大軍だっただろう。最低でも五千は硬い。そして練度も高く、職業軍人レベルのゴブリンもいた。まさに軍である。

 次におよそマトモな連中ではない事。倒すと塵になる。持っている武器も━━その大きさや重量も関係なく━━塵になる等、この時点でマトモではないが、その有り様もまたマトモではない。詳しくは専門家の調査を待つことになるが、狂信者といっても過言ではない生態を持つようだ。

 そして中でも最も重要なのは彼らのボス……いや、黒幕といえる存在が居た事だ。便宜上『邪神』と仮称するこの存在は━━


 ……………………

 …………

 ……


 草木も眠る丑三つ時。境町警察署の署長室にはまだ明々と電気の光がついていた。そこでパソコンに打ち込んだ『読書感想文』を眺めるのは……石山警部だ。

 彼は暫く自身の作品をボケっと眺めていたが、やがて頭痛がするとばかりに頭に手を当てて唸りだす。


「さて、どう報告にまとめたものかな……」


 どうやら目下警部を悩ませているのは上への報告らしい。マトモに報告しても取り合って貰えず、かといって死人こそ居ないが怪我人が出た以上報告は必要。ならば取り敢えず報告書だけでもと『読書感想文』を書いたが、その内容があんまりに過ぎるといったところか。さもありなん。


「急いだ方が良いんだが……」


 どうしたものかと一人ポツリと呟く警部。そう、あの事件から既に一昼夜が回っており、これ以上悩んでいる時間はないのだ。

 とはいえ今更上手い報告(言い訳)が思い付く訳もなく……ウンウン唸る警部の耳にふと、鈴の音が響いた。リン、と。


「━━なんだ、ハクさんか」


 何事か? そう視線を回した警部の視界に居たのは、先程までは影も形もなかった白髪の女性だ。ともすれば冷たいと思わせる整った顔立ち、今時珍しい着物姿等、特徴的な部分は幾つかあるが……最も特徴的なのはやはりピクリと動くキツネミミと、モッフモッフな九本(・・)の狐の尻尾だろう。特に尻尾に至ってはモッフモッフ過ぎて置物に当たりそうになっている始末だ。


 ━━相変わらず、神出鬼没な狐様だ。


 そんな事を思いつつ、警部はもう慣れたといわんばかりに視線を白髪のキツネミミ女性……ハクに向けた。


「ふん……相変わらず失礼なやつだな」

「そっちこそ、たまにはドアを開けて入って来てくる気はないんで?」

「好かぬ」

「だろうなぁ」


 やれやれだ。そう肩をすくめた警部は読書感想文が書かれたパソコンを一度閉じ、懐から愛用の手帳を取り出す。まるで聞き込みをするかの様に。

 そしてそれを合図と見たのか、ハクが口を開く。


「貴様に頼まれた件については終わった。それと、新たに分かった事も幾つか」

「聞かせてくれ」

「あぁ、良いだろう。と、いっても新たに判明した件はそれなりに多い。どれから語ったものか……いや、先ずは頼まれた件を報告しよう」


 そこで一度口を閉じたハクは懐から古びた紙……どうやら古めの地図らしい物を取り出して広げる。そこに書かれているのは━━記された製作日から察するに十数年程前の━━境町だ。


「貴様に頼まれた後始末……例の小鬼を発生、いや転移させていた石の片付けはおおよそ終わった。西、南側の物はその殆んどが既に破損済みで、未起動の物も全て回収、あるいは破壊した。これで例の小鬼が突然湧くという事はあるまい」

「ふむ、北と東は?」

「そも無かった。神秘が薄い……というよりは手が回らなかったのだろう。奴らは鍾乳洞を中心に使って仕込みをした様だからな。あれが町に繋がっているのは西と南だけだ」

「となるとジオフロント区画は白、か?」

「今のところは、な」

「なるほど」


 二人揃って地図に目を落とし、時折指差しながら説明された報告を聞いた警部は深く頷く。ひとまず安全そうだと。

 そう、彼が九尾の狐に頼んだのはゴブリンが湧き出す原因の排除だった。以前公園でコハクがやったのを見ていた警部は、今回もその必要がある考えたのだ。とはいえ対象の数は膨大で、更に厄介な特性も持ち合わせている為に最も高い力量を持つ熟練者の協力を仰いだのだが……果たして、それは正解だったらしい。ハクは九尾の名に恥じぬ活躍をしてくれたようだった。

 しかし……


「……この町は、変わったな。ホンの少し、ホンの十年ばかり離れただけで、また山と森が減った」

「あー、いや……その、だな」

「責めているのではない。ただ…………人が増えたと、そう思っただけだ」


 報告するハクは、どこか寂しげだった。まるで置いていかれた子供の様に……まぁ、十年を少しと言って良いのかは甚だ疑問だが。

 やがてハクは頭を振り、懐から小石の様な何かを取り出して言葉を繋げる。


「さて、年寄りの愚痴はここまでにして、これの話をしようか」

「その見た目で言われても……あぁいや、それで、どういう代物か分かったんで?」

「幾つかは。最も、分からない事も多いが」

「構わん。聞かせてくれ」

「ふむ、では分かったところを説明しよう」


 そこで言葉を一度切ったハクは小石の様な何かを警部の執務机の上に転がす。僅かに電灯と明かりを反射するそれは━━いささか薄くはあるが━━酷く淀んでいる。まるで中でヘドロが渦巻いているかの様に。


「この薄汚い小石だが……所謂負のエネルギーの結晶体だ。邪気や瘴気、あるいは妬み、恨み、嫉み、辛みといった黒々とした感情━━とにかく思い付く限りのよくない要素の塊がコレだ。あぁ、触るなよ。呪われても治さんぞ」

「おっと……あー、つまり、これは呪いの品物ってところか? 小鬼どもが作り出した」

「だったら楽だったんだがな。……言ったろう? エネルギーの結晶体だと。コレを触媒にする事で術者は様々な事が出来るのさ。例えばコイツで空間座標を固定し、戦力を小出しに転移されたり、な。まぁ、コレを使うには術者も相当に腐ってる必要があるが……件の小鬼ともなら問題なかっただろうよ。そして、作ったのは小鬼ではあるまい」

「……邪神か」

「然り」


 ゆっくりと頷いたハクは薄汚い小石を回収して懐に戻し、代わりに数枚の写真を取り出す。そこに写っているのは邪神と白竜。間違いなく境町上空で両者が激突したその日の物だろう。


「これは件の邪神と白竜が先日この境町上空に現れたときに念写した物だ。……あぁ、お前は知るまい。件の白竜が認識阻害の結界を張っていたようだからな。流れ弾を懸念した防壁も張っていたせいか、程度は低かったが……術者としての適性無くしてはあの戦いは見れまい」

「なるほど。確かに俺にその手の適性は大してないからな……ドラゴンってのはこの事か」


 カリカリとペンを走らせつつ、警部は一人頷く。これで飯屋で聞いた話に裏が取れたぞと。

 そうしてメモ書きが増えているうちにも、ハクは邪神の写真を睨みながら話を続ける。


「この邪神が全ての元凶である事は最早明白だ。しかし、コレについては殆んど何も分からない。どういう存在なのか、何が目的なのか、どこから来たのか、何も分からないのだ。当然、あの小石をどうやって作ったのかもな」

「ふむ。となると分かっているのは俺らにとって敵だという事だけか?」

「そうなる。強いて分かる事といえばこの白竜が邪神と敵対していた事、そしてそうそうこちらには来れない事ぐらいだ」

「戦ってるしな……そういえば、この戦いは白竜が勝ったんだよな? この白竜は今どこにいるんだ?」


 邪神がわざわざ召喚されて洞窟に現れたのだから、勝ったのは白竜。そして勝ったのなら今もどこかに居るだろう。そう思って問い掛けた警部だが……返答の声は暗かった。


「石山の。残念だが、勝ったのは邪神の方だ」

「何? いや、だが、なら何でわざわざ召喚されて出てきたんだ? 勝ったのならそのまま好き勝手出来るだろう」

「うむ、私もそう思う。故に、これは推測なのだが……邪神は白竜との戦いで想定以上に損耗したのではないか? ヤツがあの戦いでそのままこちらで好き勝手出来る余力を失ったと考えれば筋は通る」

「つまり、白竜は勝てないまでも邪神を撤退に追い込んだと?」

「恐らく。そして撤退に追い込まれた邪神は、何らかの要因で簡単にこちらには来れなくなったのだろう。例えば……結界を新たに張られた、とかな」

「結界……なるほど、だからわざわざ召喚されたのか。そうするしかこちらに来れなくなったから」


 合点がいった様子の警部にハクはコクリと頷き、新たな写真を執務机の上に置く。それは薄暗い洞窟の写真。その中央には魔方陣が写し出されていた。


「貴様も知っての通り結界というヤツは中々完璧とはいかないものだ。そしてそれは新たに張られたと思われる結界もそうなのだろう。この魔方陣の効果は召喚。詳しくいえば広げて引っ張る物だ」

「広げて、引っ張る」

「うむ。……そうだな、大きな網を思い浮かべてくれ。新たに張られた結界は網の目が細かく、糸も強靭で図体のデカイ邪神は通れない。せいぜい指先がこちらに出る程度……だから召喚という手順を踏む事で網の目を無理矢理広げ、更にこちらから引っ張ってもらう事でこちらに来ようとしたのだ。細かい網の目をすり抜けれる小鬼どもを送り込んでな」

「なるほど、小鬼の役目はソレか! それなら妙な動きも、狂信者染みた動きも理解出来る。奴らにとってこちらはどうでもよく、邪神の召喚さえ出来ればそれで良かった……!」

「間違いなくそうだろう。極論を言ってしまえば、小鬼は酷く熱心な土木作業員でしかなかった訳だ」


 お互いに頷きを返し、警部の手は高速でメモを書き連ねる。相も変わらず邪神の目的は不明だが、今回のゴブリンの動きについてはほぼ全てが判明したのだ。

 白竜との戦いで消耗した邪神は一度撤退し、再度こちらに来ようとするも指先しか来れず、やむを得ず網の目を通れる土木作業員を送り込む。それがゴブリン。そしてゴブリンはせっせとトンネルの開通作業を進め、最後の仕上げに生け贄が必要なところまで進めた……街中で暴れた連中はこの生け贄確保か、魔方陣起動までの陽動だろうとペンを走らせ、警部は最後の場面を思い出す。白い少女に翼が生え、特攻して風穴を開けられたあの場面。今思えばあの翼は鳥というより━━


「なぁ、ハクさんよ。邪神を撤退に追い込んだ白竜は……どうなったんだ?」

「…………ふむ、そうだな」


 まさかの可能性。しかし、何かと怪異に遭遇していた警部からすればあり得るとも思える可能性。それを考えながらハクに質問を飛ばせば……反応が鈍い。短くも沈黙し、先延ばしの言葉を発し、また沈黙した白い九尾はやがて仕方ないといわんばかりに口を開いた。


「残念だが、詳しくは分からない。故に殆んど推測になるが……少なくとも白竜は肉体的には死んでいる」

「肉体的には? ……なら、霊魂は?」

「不明だ。しかし、滅んではいまい。あの竜はそういう存在なのだろうな、直前でズレたのを見た。とはいえ、亡霊としてさ迷っている訳でもない。そしてそこに件の少女の話を付け加えると……」

「白竜の霊魂があの白い少女に、幽姫柊に取り憑いている」

「恐らく。殆んど推測だが、そう間違ってもいまい。━━我が妹も、面倒な運命と交わった物だ……」


 やれやれと頭を振るハクを視界から外し、警部はペンを走らせる。やはりあの少女は竜に取り憑かれていたのだと。そうして考えればあの異常な戦闘能力も、最後の特攻も理解出来た。特に最後の特攻に至っては自分の仇。静止の声など聞く耳持たなかっただろう。しかし……


「そうなると、元にいた少女は……」

「食われただろうな。人と竜とではそも大きさが違う。抵抗する暇すらなかっただろう……だが、白竜の方も万全ではなかっただろうし、そも食う事にためらいが出た可能性もある。ひょっとすると、半々(・・)かも知れん」

「元の少女の部分と、白竜で半々だと? 確かにそんな感じは……あるな」


 そうして警部が思い浮かべるのは何度か話した事のある白い少女の姿、そして言葉だ。今思えば共通していた点など服装と目の濁りくらいのもので、それ以外は会う度に印象が違い、口調も異なる少女だった。そのときは猫を被っているものと思っていたが……白竜の意識とせめぎあっていたのなら、印象や口調が変わるのは道理だろう。

 およそマトモな状態じゃない。そう結論づけてメモ書きを止めた警部に、更にハクは言葉を続けた。


「哀れな少女だよ。竜と半々等、竜が滅びるか、譲るかしない限り早晩食われる事になるだろう。そして人外というのは往々にして勝手な存在だ……そちらの調べでは、生まれも育ちも良くないとか?」

「あぁ、出生届すら確認出来ん。隠し子に虐待、あるいは放置か生き地獄か。ロクな想像は出来そうにないのが現状だ」

「……なんとも、哀れだな。親に愛されず、逃げ出した先で竜に食われ、生き残ればそれは不運で、戦い傷つき死んでいく未来しかない……よしんば生き残れても結局は竜に食われる。哀れとしかいいようがない」

「なんとか、ならないか?」


 愛されず、不運に見舞われ続け、戦いを強要され、最後は擦り切れて消えていく……まだ成人してもいない少女が背負うには、あんまりな現実ではないか。なんとかしてやれないか、何か出来ないか、そう思って問い掛けた警部だが、それに対する返答は無情だった。


「無理だな。取り憑いた瞬間ならともかく、今となっては手遅れだ。少女の肉体と白竜の霊魂は密接に繋がり、その考え方や趣味嗜好、身体能力や特殊技能、事によれば姿形すら白竜に寄っているだろう。そんな状態で白竜の霊魂を分離しようとすれば……少女の肉体は回復不可能な致命傷を受ける」

「そう、か」


 ここのところ感じる事のなかった無力感が警部の奥底から沸き上がり、暴れ回る。いい大人が子供一人救えないとは、と。

 そんな警部の内心を知ってか知らずか、ハクは「とはいえ、何も出来ない訳ではない」と前置きして言葉を繋げる。


「今あの少女は我が隠れ家で治療を受けているが、それに際して白竜の侵食を遅らせている。効果は限定的だが……まぁ、コハクの才能は本物だ。かなりの時間が稼げよう」

「おぉ、あの狐っ子がねぇ……」

「いささか以上に運と経験が足りん妹だが、今回はなんとかなろう。(つがい)の事だしな」

「……(つがい)?」


 少女にも救いがある。そんな嬉しい知らせに奇妙な単語が紛れ込んだ。

 (つがい)。その単語には幾つかの意味がある。例えば二つのものが組み合わさって一組みになること、あるいはただ対としての意味。そして……動物の雄と雌の一組み。つまりは夫婦としての意味が━━この場合の(つがい)の意味はどれか。警部としてはあまり考えたくなかったが、しかし、思わず有力候補が口から出てしまう。


(つがい)って、あれか、男と女の?」

「あぁ、雄と雌のあれだ。私が読んだところ、上手くいけば子供も出来るらしい」

「……女同士だぞ?」

「……正直、読み間違えたのではとも思っている」


 警部としては別に百合の花が咲こうが、女同士でR-18な展開になろうが知った事ではない。我が娘がそうなれば悩む話になるだろうが、哀れな少女とはいえ他人である。だからそう騒ぐつもりはない。ないが……女同士で子供が出来るというのは読み違えだろうとオッサンは思わずには居られなかった。だって、生物学的に無理だろう。それは。


「ま、まぁ、昔から女同士というのも無いわけではなかったし、今はその辺り寛容だろう。いざとなれば私が生やす(・・・)術を教えれば良い。そうすれば私の読みは今回も当たる」

「おいこら」


 前言撤回。このアマ自分の面子の為に生物学にケンカ売る気だ。

 流石に冗談だと思いたかったが、人外が時折突拍子もない事をやらかすのを経験から知っている警部は、最大限警戒せずには居られない。好き合ってならまだしも、術で操られてでは本人達が可哀想だと。


「んんっ、冗談だ。冗談。大方(つがい)と親友を読み違えたのだろう。子供は……養子か何かだろうさ。何にせよ、長らく一人だった我が末の妹に友人が出来るのだ。素晴らしい話ではないか、ん?」

「だと、いいがね……」


 微妙に早口になったハクから視線を外しつつ、警部は脳内のスケジュール表に新たな予定を書き込む。今度神社に行って警告してやらねば、と。


 ━━それに白い嬢ちゃんには今回の礼と、狐っ子には謝罪をせんとなぁ。


 礼は当たり前の事として、謝罪は……若干八つ当たりの感があるが、これも男としてのケジメだろう。そう腹をくくった警部。しかし……一人で行くには過酷な戦場だ。ならば。


「ところで、狐っ子が俺にキレてるのって、姉を取ったからだよな?」

「恐らく。他の姉妹がこの地から離れ、あるいは消え、最後まで面倒を見ていたのはババ様とコンの奴だ。そしてババ様が眠りにつき、コンが貴様の嫁に行き、我が妹が一人になった寂しさをどこにぶつけたのか……考えずとも分かろう?」

「……ところで、その寂しがり屋な妹さんを放置して旅に出た長女が居た気がするんだが? ここは俺と一緒に妹さんとその親友に会いに行く「おっと、風が呼んでいるようだ。失礼する」……チッ」


 お前も一緒に頭下げに行くんだよぉ! そう誘った警部だがあえなくフラれ、ハクは鈴の音と共に霞みと消えていった。来たときと同じ様に唐突に、跡形も無く。今頃はどこかに別のところに移動済みだろう。


 ━━何が風が呼んでいる、だ。放浪狐め。


 今代一の術者にして、住所不定の放浪九尾に警部は心の中で悪態を吐き……手元の手帳を見てため息を吐く。そこにあるデタラメな情報をどう報告書にまとめたものか? 警部が眠る事が出来る瞬間は、まだまだ先のようだった。

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