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異世界に侵食される現代世界  作者: キヨ
第一章 侵食は始まった
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第20話 現れ出でる邪神

 我先にと逃げ出したゴブリンどもを追って洞窟の更に奥へと踏み込む事暫し。奴らの後ろ姿を追い、足跡を追い、気配を追って……慎重に、しかし急ぎ足で追っているうちに周囲の状況に明らかな変化があった。

 濃ゆくなったのだ。何が? 邪気、あるいは瘴気ともいえる毒々しい霧が。確かに存在しつつも、しかし視界を遮る程では無かったソレ。しかしソレは今や視界を遮る程に濃ゆくなり、暗闇と合わせて先を見通せない状況を作り出していた。コハクが狐火で照らしても、焼け石に水。最早ゴブリンは視認出来なくなっている。辛うじて目の前の視界は確保出来ているが……


「近いの」

「あぁ、間違いない」


 だが、同時にこれは元凶の元に近づいている何よりの証拠。俺達は行き足を止める事なく進み続け、やがて一つの空間に出る。

 奴らせいで歪み淀んだ空気が充満したそこは、かなり広い。少なくともジェネラルと戦った空間よりなお広いだろう。所々に設置されたかがり火とコハクの狐火を頼りに注意深く辺りを見渡せば……鍾乳石と思わしき物がいくつか見える。どうやらここは鍾乳洞の様だ。


「チッ、こんな奥深くまで潜ってやがるのか……」

「奴ら、余程地下が好きなようじゃの。……ん? あれは」

「ゴブリン。……しかし、多いですね」

「千は居そうじゃな……ここが、本丸か?」

「だと思いたいところだ」

「確かに」


 いつの間にか鍾乳洞のエリアまで潜っていたらしい俺達を迎えたのは、ゴブリンの大軍だ。それも千は超えるであろうそれ。ハッキリ言って今すぐすり潰してやりたいが……流石にこの数はキツイ。しかもあちらに逃げる気はなく、やる気だ。恐らく勝てると思っているのだろう。

 実際、それは正しい。何せあちらにはジェネラルクラスが十匹は見え、それを超える個体が一体居る。差し詰めキングか。弓兵も多数高台に見えているし、普通なら撤退すべきだろう。だが……


 ━━逃げる気は無い。


 というか逃げれまい。仮に尻尾巻いて逃げたとしても追って来られるのがオチだ。そしてそのままゴブリン軍が地上へと溢れだし……まぁ、ロクな事になるまい。少なくとも殿は必要だろう。


 ━━なら、それは俺がやる。


 その間に警部とコハクは脱出出来るだろう。そうすれば後はどうとでもなる。警部はこの手の事に慣れているようだし、コハクは、コハクは……出来れば生きていて欲しい子だ。

 なら、ここに残るのは俺しかないだろう。そう思っているとゴブリン達に動きが見える。来るか? 来ない。広がっているのは動揺? ……いや、似ているが違う物だ。あれは、感動か? なぜ?


「奴ら、何を?」

「む、ヒイラギ。奴らの後ろを見よ。一際大きい者の、更に後ろじゃ」


 コハクに言われるがまま視線を動かし、目を凝らせば……確かに何かある。薄ボンヤリと光っているアレは、魔方陣か? 側には杖を持ったゴブリンの姿も見えた。

 ふむ。魔方陣、魔方陣。魔方陣というからには何かの魔法を使う気だろう。あるいは召喚とか……まさか。


「この期に及んでまだ新しい戦力を出す気……!?」

「いや、それにしちゃあ様子がおかしい。……むしろ、アレが本命じゃないか? あの小鬼どもはアレを守っていて、もう間もなくそれも必要無くなるってのはどうだ?」

「なるほど。外で暴れているのは陽動か、さもなくば何かを収集しているだけ。本命はあの魔方陣の起動であり、間もなく起動可能になる……しかし、何の魔方陣じゃ? 呼び出すものに見えるが……」

「何にせよ、ロクなモノでは無いでしょう。妨害を━━」


 するので二人は脱出を。そう続けようとした言葉は出て来なかった。魔方陣が光だしたのだ。毒々しく、黒々と、おぞましい光を放ち出したのだ!

 それだけではない。何と次から次へとゴブリン達が魔方陣に飛び込んでは塵と消えていくではないか。木っ端もジェネラルも関係なく、目の前にいる俺達に背を向けて次々と消えていく。……いや、正しくは吸収されているのか。彼らが消えていく度に魔方陣の力が大きくなっているのだから。


「な、なっ……!?」

「いや、まさか、奴ら自らを生け贄に魔方陣を起動させるつもりか!?」

「っ! なるほど、足りなかったのは生け贄か。そして俺達が来たからやむ無く自分達を生け贄に……チッ、奴らは狂信者か?」


 おぞましい。なんとおぞましい邪教の儀式か。身の毛もよだつとは正にこの事。幸いだったのは奴らに拐われた人が皆無で、奴ら自身がやむ無く生け贄になっている事か。

 しかし、そのせいで既にカウントダウンは始まってしまった。恐らくカウントは十を切っているだろう……最早、間に合いそうにない。ジェネラルが消え、前衛ゴブリンの殆んどが消え、高台の弓兵が姿を消し、残っているのは監督しているらしいキングと制御してるだろうゴブリン達のみ。いや、キングが嗤って━━魔方陣に飛び込んで、消えた。


 ━━あれは、勝利を確信した笑みだ


 俺がそう察すると同時、魔方陣の光が頂点に達する。視界を覆い尽くさんばかりの黒々とした光が放たれ、それでも魔方陣を睨む俺の視界に……ソイツは再び現れた。

 最初に吹き荒れるのは凄まじい怖気。駆り立てられた恐怖に身を震わせれば、奴の先端が見えた。黒く、おぞましい、異様なナニカ。それは這い出る様にドロドロと魔方陣から現れている。一本、二本、三本、黒くおぞましい触手と思わしき物が出て、しかし本体はまだ見えない。だが充分だ。それで充分だ。アレを見れば何が出て来ようとしているか等、本能から理解出来る。ヤツだ。我が仇敵。例の推定邪神……いや、こんな怖気を震う邪教の儀式で出てくるのだ。邪神で間違いあるまい。ヤツが来たのだ。


「邪神め、性懲りもなくっ……!」


 やはり神社の裏手で滅したのは欠片でしかなかった。いや、事によれば抜け毛程度しかなかったのだろう……何せ、駆り立てられる恐怖の度合いが違う。衝動の大きさが違う。

 あぁ、あぁ! 最早我慢ならぬ! あの様なおぞましいバケモノがノコノコと出てくるのを黙って見ているなど、出来はしない!


「今すぐ、ここから、消え失せろォォォォォ!」


 煮えたぎる感情をそのまま吐き出し、俺は足を踏み出した。地を蹴り、加速し、一気に肉迫する。


「ヒイラギッ!」


 コハクの悲痛な叫び声が後ろから聞こえるが……止まる気はない。ヤツを前に止まる事は出来ない。ヤツが死ぬか、俺が死ぬか。そうだ、今度こそトドメをさしてやる。例え刺し違えてでもっ……!


「ギャギャ!」

「ギャギャー!」


 何が嬉しいのか、魔方陣を制御しているゴブリンどもが煩く騒ぐ。かと思えばグルリとこちらを向き、杖を向け、魔法を放ってきた。炎、あるいは土塊で出来た砲弾がこちらへ迫る。


「術使いじゃと!? ヒイラギッ! 一度退け! 聞こえ━━」


 コハクの声がする。そうだ、あの程度の魔法が何だというのか? あれはただの花火と泥団子。コハクの狐火とは比べ物にならない程、お粗末で低レベルな攻撃だ。ならば、打ち砕ける。


「邪魔ァ!」


 ばらつきのある砲弾のうち、自分に着弾する物だけを拳で打ち砕く。炎を打ち払い、土塊を粉砕し、速度を落とさず前へ進む。ズキリと拳が痛むが……放置。身体なんてヤツを討つまで持てばいい。

 そう僅かに思考しつつ更に前へ進んでいると、邪神に動きがあった。ヤツが突如としてその触手を振るい始めたのだ! しかし俺はまだ射程内には入れてない。にも関わらずそんな事をすれば……


「ギャギャ!?」

「ギャギャー!」


 当然、ヤツの周囲にいたゴブリンを巻き込む事になる。不規則に荒れ狂う触手に弾き飛ばされ、直ぐに塵と消えていくゴブリン。だが、妙だ。なぜゴブリンは笑っている? いや、むしろ率先して当たりにいってはいないか? なぜ、なぜだ。なぜそんな事を━━


『━━━━!!』


 空間が、震える。身体を引き裂く様な邪神の叫び声のせいだ。あぁ……そうか。さっきの奴らも生け贄か。そして、ついに生け贄は足りたのだろう。今や邪神は多くの触手と、それの根元に本体の一部を這い出させていた。

 魔方陣の起動は……止まっているのか? 光が弱々しい。だが、今出て来ている分だけでも充分脅威だろう。ならば。


 ━━潰さなければ。そうだ、仇を討つのだ!


 邪神まで後数歩。俺は行き足に更なる力を込め、加速する。ここまでくれば小細工は不要。全身全霊をぶつけるだけだ。

 眼前、仇。思いっきり踏み込んで、飛ぶ。


「消え去れェェェェェ!」


 今までで最大最高の飛び蹴りを邪神の触手に叩き込む。瞬間、衝撃。確かな手応え。やったか━━?


『━━━━!』


 いや、違う。これは、効いてない! 全く、全然、これっぽっちも、効いてはいないっ!

 重力に引かれて地面に着地した俺を嗤うかの様に、邪神が吠える。迫るのは奴の触手。字面こそ間抜けだが、その威力は本物だろう。急いで後ろへと飛ぶが……攻撃範囲が広すぎる。間に合わない。咄嗟に腕を盾にして攻撃を━━


「ッ━━」


 衝突の衝撃は凄まじく、息が詰まる。かと思えばメキッ、と。恐ろしく嫌な音が攻撃を受けた両腕から響いて来た。


 ━━折れたか……!?


 少なくともヒビは確実だろう。そんな思考がどこか遠くで流れ……景色も流れて行く。飛ばされているのか。そう思った次の瞬間、背中に凄まじい衝撃と痛みが走り、やがてじんわりと全身が痛みを訴えて来た。

 そこから察するに、肉体の損傷甚大らしい。少なくとも、立ち上がる事が出来ない程度には。


 ━━情けない。仇を前にして、戦えないとは。


 そう自虐しつつ、それでも視線だけはと邪神を睨めば……あぁ、何という事か。ヤツの本体に大きな力が集まっているのが分かる。間違いなく何かの予備動作だろう。恐らく、あの白竜を討った一撃。


 ━━終わったな。


 遠いところでそんな思考をしつつ、それでもと身体を無理矢理動かす。全身に恐ろしく鋭い痛みが走るが、知った事か。肉体などどうでもいい。

 許してはならないのだ。あの存在は、決して。例えここで死ぬにせよ、せめて追い返すぐらいはしなくては、一族としての役目すら(・・・・・・・・・・)━━


 ━━待て、何の事だ?


 当然、私が受け継いだ一族の悲願! いや、俺は知らない。そんな事は知らない! いや、私は知っている。あれは許してはならない。今すぐ滅ばさなければならない! この身を犠牲に刺し違えようと、滅ばさなければなら━━何だ、これは。誰の感情だ? ヤツは敵だ。しかしここまでする感情は俺は知らない。私は知っている。アレは私の仇だ! 許してはならない存在だ! 違う。俺は俺だ! 私ではないっ! 一体、何がどうなって…………?


「━━ぁ」


 痛みのせいか、それとも別の要因か。思考はグチャグチャに崩れて、迷って、壊れて役立たず。

 そして、邪神の一撃が放たれる。黒い光線が()に迫り。あぁ、これが、二度目の死か━━


「ヒイラギィィィ!」


 誰かの声がする。一体、誰の声なのだろう。()には、分からない━━

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